平和式典の会場-平和記念公園(設営)
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平和記念公園で初めて開催された1952年(昭和27年)の場合、式典会場には、わずかの椅子しか準備されておらず、大部分の人々は、座り込むか、立ったまま参列していた。64年以降、来賓や主催者以外の参列者への椅子席が設けられるようになった。64年に、遺族や老齢者のための椅子席が設けられ、その後、一般席(66年)、特別被爆者席(68年)、障害者席(81年)が設置された。椅子席の数は、新聞報道によれば、68年以後、約1万人分が設営されるようになっている。91年の場合、椅子席の合計は、1万2,945席で、その内訳は、特別来賓・主催者用480席、被爆者・遺族用3,000席、都道府県遺族代表用84席、認定被爆者用456席、身体障害者用54席、流れ献花者用96席、一般用8,775席であった。これらの椅子は、市内小中学校28校から借り集められた。
1991年の設営では、原爆死没者慰霊碑から広島平和記念資料館の間の広場のほぼ全面に椅子席が設けられた。しかし、それでも多くの参列者は、立ったまま参列しなければならなかった。この年の参列者は5万5,000人と発表されており、この年には、4万人以上が、式場周辺で立ったままの参列していたことになる。78年から、こうした参列者のために、式典モニターテレビが設置されるようになった。当初は、6台であったが、その後増設され、91年には16台が設置された。
このほか、合唱団・吹奏楽団用の山台の設置(1969年)、式台・鐘つき台の設置(70年)、献花台の設置(76年)などの改良が加えられた。また、70年に式典表示パネル「25周年広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式」が原爆資料館壁面に掲示され、75年からは、毎年掲示されるようになっている。