広島市議会史-昭和(戦後)編

『広島市議会史-昭和(戦後)編』(広島市議会、19900331)

内容<作業中>

1 戦争終結と広島市
1 被爆による戦後  19
1 歴史を決めた白い光 19
2 市の応急措置 24
2  市会議員の被爆 36
3  敗戦と占領 48
1 8月15日までの応急事務 48
2 戦後処理 54
4  新市政の発足 60
1 戦後初の市会 60
2 復興の試み 65
5 市会の記録 70
1 市長の選出 70
2 官公庁等市内復帰の要望 76
2 再建の基礎
1 財政難の現実 81
1 戦後初の予算編成 81
2 財源問題 86
2 浜井市政の開始 89
1 最初の市長選挙 89
2 行政機溝の改変と制度の転換 94
3 戦後第1回の市会選挙 98
1 全市1選挙区制の採用 98
2 市会制度の整備と運営 103
4 広島平和記念都市建設法の成立 111
1 請願から特別法へ 111
2 法案通過と住民投票 117
5 市議会の記録 119
1 法制定過程についての報告 119
2 感謝決議と現実問題 123
3 戦後改革と市政
1 市町村主義への転換 137
2 シャウプ勧告 137
2 諸改革への対応 139
2 自治体警察の顛末 148
1 公安条例の制定 148
2 自治体警察の廃止 153
3 誘致の努力と成功 159
1 第6回国民体育大会とカープ出資 159
2 工場誘致 164
4 議員定数問題と選挙 169
1 定数削減の論議 169
2 26年統一選挙 175
5 市議会議員選挙当選無効事件 178
1 問題の経過 178
2 事件の幕切れ 184
4 施設の拡充と市政
1 市民球場とバスターミナル 189
1 市民球場の建設まで 189
2 バスターミナルの建設 195
2 治水・取水問題 203
1 太田川改修工事の完成 203
2 太田川分水問題と土師ダム負担金 208
3 中核都市への構想と対応 219
1 大広島構想の継続 219
2 広島市開発公社の設立 225
4 大規模施設をめぐる紛争 230
1 市営火葬場建設問題 230
2 空港 236
5 市議会の規模(施設と定数)241
1 新議事堂の建設 241
2 定数問題再び 248
5 原爆問題への新たな対処
1 原水爆禁止へ向けて 253
1 原水爆禁止運動と市議会 253
2 原水爆・核兵器の禁止を求めて 257
2 被爆者対策・被爆者医療を求めて 263
1 被爆者対策の開始 263
2 原爆医療法の成立と展開 268
3 被爆者の全面的援護を求めて 278
1 原爆特別措置法へ向けて 278
2 被爆者援護法を求めて 283
4 平和施設の設置 293
1 広島平和記念都市建設法の制定と市議会の対応 293
2 原爆ドーム 301
6 民生と福祉
1 同和対策事業 309
1 戦後当初の同和対策行政 309
2 同和対策行政の発展 313
2 失業対策事業 316
1 失業対策事業の開始と発展 316
2 失業対策事業の縮減へ向けて 319
3 医療機関の充実 323
1 広島市立舟入病院 323
2 社会保険広島市民病院 325
3 広島市立安佐市民病院 328
4 社会福祉事業の開始 331
1 戦後当初の社会福祉 331
2 国民健康保険事業 337
5 高齢化社会へ向けて 342
1 社会福祉施策の展開 342
2 高齢化社会への対応 351
7 教育行政
1 教育委員会 363
1 戦前の地方教育行政 363
2 教育委員会の変遷 364
2 小・中学校、高等学校 375
1 小学校および中学校 375
2 市立高等学校 385
3 幼椎園とその他の市立学校 393
1 幼椎園 393
2 その他の市立学校 401
4 広島大学移転 404
1 新制広島大学の誕生 404
2 統合移転へ向けて 406
3 広島市および市議会の対応 410
8 草の根民主主義のために
1 図書館の発展 427
1 CIE図書館と市立浅野図書館 427
2 市立中央図書館と公文書館
2 冷戦の中の姉妹都市 431
1ホノルル 432
2ボルゴグラード 437
3 新たな国際友好の動き 446
1 ハノーバー 446
2 重慶 453
4 安全な環境づくり 455
1 市議会の暴力追放決議 455
2 都公害からの自由 459
5 市議会議員定数条例問題 470
1 民主主義と議員定数 470
2 直接請求の提出と市議会の対応 472
9 政令指定都市への歩み
1 大広島構想による編入合併 487
1 戸坂村の編入 487
2 中山村・井口村の編入 490
2 広域合併 494
1 14カ町村の合併 494
2 合併をめぐる紛争 503
3 目標の確定 507
1 調査研究の進行 507
2 政策の転換 514
4 目標の実現 521
1 政令の公布 521
2 区設置条例の成立 529
5  指走都市移行の背景 537
1 基本構想の改定 537
2 自治省の視点からの折衝経過 541
10 政令指定都市としての広島市
1 区名決定の経緯 555
1 行政区画研究会案 555
2 区名決定まで 559
2 制度的移行の概要 563
1 制度としての指定都市 563
2 事務移譲 568
3 区役所の組織と機構 571
1 行政区の理念 571
2 区役所設置 578
4  昭和55年度への対応 584
1 予算編成と条例・規則の制定・改廃 584
2 予算と施策の概要 586
5 人事問題の波紋 597
1 副議長不信任 597
2 議員・市長・助役 606
11 大都市建設事業
1 西部開発事業の完成 615
1 事業の経緯 615
2 補償と市議会議員 620
2 市庁舎の完成・改修 626
1 本庁舎の新築 626
2 議事堂としての南庁舎改修 632
3 市街地整備事業のあらまし 637
1 基町地区再開発 637
2 段原再開発 642
3 駅前再開発 648
4 臨海部開発の構想 652
1 21世紀ビジョンの作成 652
2 メッセ・コンベンション・ゾーンの計画 657
5 広島西部丘陵都市構想の具体化 667
1 新都心形成の夢 667
2 都市建設に向けての論議 677
12 国際平和文化都市としての成熟を目指して
1 ごみ戦争と環境浄化 687
1 都市化と廃棄物 687
2 し尿処理 694
2 交通問題構想と総合交通体系 698
1 道路・交通の現況と取組み 698
2 新交通システム 711
3 平和アピールの継続 720
1 非核3原則 720
2 被爆40周年 727
4 文化行政の諸相 732
1 文化懇話会の提言から 732
2 都市美と現代美術館 740
5 市制100周年前後 748
1 昭和の終わり、平成の始まり 748
2 海と島の博覧会からアジア競技大会へ 753
付録
1 歴代市議会議長・副議長および市議会議員名簿 763
2 市議会開会の記録 772
3 会派の推移 789
あとがき

広島市議会史-昭和(戦後)編

資料年表:池永清真

資料年表:池永清真

年月日 事項
誕生
1947
0430 戦後初の広島市議会議員選挙。池永(無所属、前)915票で当選。(『広島市議会史 昭和(戦後)編』)
1976
1125 死亡。享年72歳。
1216 広島市議会葬。於:見真講堂(広島市)。
1979
0130 『池永清真追想録』

池永清真追想録

『池永清真追想録』(池永清真追想録刊行委員会、19790130)

内容<作業中>

発刊によせて
 宮本正夫(広島市市議会議長)
1 記録篇
広島市議会葬
葬儀式次第 005
葬儀委員長告別の辞
 浅尾義光 広島市議会議長 007
弔詞
 石崎時夫 広島市議会議長
弔辞 荒木武 広島市長 011
  松本一全国市議会議長会会長 015
  宮沢弘 広島県知事 018
  西田修一 広島県議会議長 020
  山内欶靖 広島商工会議所会 頭 024
  藤野孝子 広島市」地域婦人団体連絡協議会会長 026
  山田邦彦・岡垣茂・伊藤学・仁田一也・松田欣也 029
 
 
宅葬 031
弔辞
  松尾孝 宇品地区教育振興会会長 033
  服部清 宇品地区東西社会福祉協議会代表 037
  松本徳市 清友会会長 041
弔詞 043
 石井蓬萊  宇品地区婦人会
弔辞 046
 林太郎 宇品地区教育関係者代表
市議会人としてのありし日の記録 049
 広島市議会議長平和式典式辞
  昭和39年8月6日 051
  昭和40年8月6日 052
  昭和41年 054
  昭和48年 055
全国議長会謝辞 056
〈昭和49年5月30日」、全国市議会議長定期総会での40年永続表彰式における謝辞〉
議会における演説からの抜粋 058
遺された主な業績 064
2 追憶篇(アイウエオ順)
荒木武 073
植田高明 074
植田言愚 077
上村吉郎 079
江戸英雄(三井不動産会長) 081
大原亨 084
海徳貢 087
河村郷四(広島TV放送社長) 089
児玉秀一(広島県議会議長) 091
坂田修一(元広島市助役) 093
<1.初対面とその印象、2.旧軍用地無償払い下げ運動、3.バスターミナルの建設、4.広島港と市民病院について、5.市議会長老議員として>
佐竹新市(元衆議院議員) 102
重藤文夫(前広島日赤病院長) 105
下土井澄雄(財団法人三悪追放協会常務理事) 107
田中好一(山陽木材防腐株式会社会長) 110
田辺正治(広島市議会議員) 111
津田真行(前広島市助役) 114
中野重美(中国電気工事株式会社社長) 117
永野厳雄(参議院議員) 118
灘尾弘吉(衆議院議員) 119
長松太郎(元広島市助役) 121
西田修一(前広島県議会議長) 122
西名義美(元広島市議会議員) 124
藤田正明(参議院議員) 126
藤野孝子(藤野綿業社長) 129
本田尚(広島市議会事務局長) 130
松坂義正(元広島市議会議長) 133
松谷博(広島市議会議員) 137
村田可朗(広島商工会議所会頭) 140
森本亨(広島相互銀行会長) 142
元田猛(広島市議会議員) 144
柳坪進(前広島市議会議員) 147
山科美里(広島市議会議員) 150
渡辺忠雄(元広島市長) 153
【座談会】 池永さんを語る 155
磯崎叡(新都市開発センター社長〈元国鉄総裁〉)
川原太郎(広島バスセンター社長)
奥川忠利(医師) 173
梶川昭(株式会社広鉄環境サービス社長) 177
神笠昔夫(元宇品東小学校長) 179
笠岡一磨(前宇品小学校長) 181
吉川豊(似島学園長) 184
笹村弘志(元広島市教育委員会次長) 187
鶴岡成太郎(友人) 189
常重八重子(広島大学付属高等学校養護教諭) 191
中畝千枝子(保護司・舟入町南婦人会会長) 193
長崎守俊(第14期会幹事) 195
名柄正之(比治山女子短期大学) 198
南部清(第14期卒) 200
西村清槌(元宇品東小学校長) 204
林太郎(前宇品東小学校長) 206
丸木広雄(広島県鍼灸師会会長 ) 209
室田法雄(元宇品小学校長) 210
山田登(元広島市教育長) 214
〔座談会〕(昭和43年7月15日)宇品地域の学校と池永先生 216
〔座談会〕「右と左の泣き別れ」 228
石井蓬萊(宇品東婦人会長) 239
宇都宮萩乃(茶華道教授) 242
遠藤千代子(元宇品婦人会長) 244
岡垣茂 246
尾田恵美子(宇品東バレーボール同好会) 247
越智三郎(東宇品老人連合会長) 250
門恭子(宇品東小学校元PTA副会長) 251
角山静雄(元出島町内会長) 253
久米勝一(久米組社長) 258
坂本康郎(元宇品小学校PTA会長) 260
清水清人(元宇品町内会長) 261
竹下ヨシ子(宇品西地区民生委員) 262
津田欣二(元宇品東小学校PTA会長) 264
畠山茂生(宇品神田5丁目南町内会長) 266
服部清(東宇品社会福祉協議会長) 267
法貴みはる(前元宇品婦人会長) 268
松尾孝(カルビー株式会社社長) 273
松尾博(広島大学教授) 276
宮沢愛生(宇品西地区民生委員) 279
宮本典依(宇品小学校元PTA会長) 280
村上環(宇品東7丁目町内会長) 283
山本俊夫(元宇品老人会会長) 285
〔座談会〕宇品クラブと池永先生 287
池永先生を偲ぶことば 301
追憶 広大ヨット部 317
〔座談会〕池永先生の思い出
池永清真先生年譜 325
あとがき 336

終戦秘史 有末機関長の手記

『終戦秘史 有末機関長の手記』(有末精三著、芙蓉書房、19760815)

内容

序  松下芳男 01
序にかえて 吉積正雄(元陸軍省軍務局長、陸軍中将) 03
はしがき 15
1 風雲急を告げる市ヶ谷台 17
和平への模索  19
原子爆弾広島へ落ちる  26
急いで現地調査へ飛ぶ  26
大本営へ第一報を・・・ 29
焼野ヶ原の広島市 30
騒然たる参謀本部 35
終戦前夜  39
天皇、直々のご放送 39
阿南陸相の自決 46
市ヶ谷台の混迷 48
2 日本本土に占領軍飛来  53
運命の厚木委員長に任命  55
河辺ミッションのマニラ派遣 55
河辺代表の報告 59
厚木委員長任命の経緯 63
米軍第一陣の受入れ準備  69
形勢不穏な厚木飛行場へ  69
飛行機の残骸くすぶる滑走路 71
連合軍から〃天佑〃の飛電 73
あわただしかった四十八時間 -〃時の流れ〃の偉大な力- 76
深夜に準備を急ぐ  80
米軍先発隊、緊迫の飛来  82
テンチ大佐、虚をついて着陸 82
飛行場天幕内での一時間  85
米兵、ビールをラッパ飲み  87
パーフェクト・サティスファクトリ…(完全なる満足) 92
面くらった俘虜患者輸送  93
進駐軍本隊の着陸、いよいよ明日に迫る 95
準備した自動車、米兵に盗まる  97
マッカーサー元帥出迎えの準備 99
マッカーサー元帥、ついに日本へ第一歩  101
進駐軍本隊、続々着陸  101
舞台は厚木から横浜へ 106
忘れ得ないテンチ大佐とバワーズ少佐 108
GHQと対峙した横浜の二十日間  120
死せる街・横浜に米兵横行  120
地獄でホトケに会う  122
ミズーリ号上、降伏文書の調印 125
軍刀問題と投書人士の暗躍 127
進駐軍兵士による治安の撹乱  131
外地の軍隊と居留民の引揚げ  133
占領政策の強行を拒否  136
連合軍の調査第一号  138
A級戦犯容疑者の出頭  145
アイケルバーカー中将の横顔  152
杉山元帥とアイケルバーカー中将
フィシュ・ディナー
送別会
東久邇宮の激励  158
ウィロビー将軍との最初の出合い  159
3 占領軍GIIと有末機関の情報活動 161
有末機関、激動の八ヶ月  163
舞台は横浜から東京へ 163
機関の全貌  167
日本政府の早トチリ  171
戦犯容疑者の指命出頭  180
比島の戦犯裁判
山下栽判
本間裁判
182
建軍七十年、その最期  200
陸軍解体への歩み
ソ連軍、中国軍の進駐問題
日本弱体化政策より警察軍の研究ヘ
陸海軍大臣とマッカーサー元帥との会見
大日本帝国陸軍の終焉
旧雨今雨交々到る-彼我陣容の変化- 216
加藤辰弥さんという人 220
小林俊三「故加藤辰弥さんをしのぶ―七回忌と加藤ミステリー」 223
米・ソ対立の渦  230
 極東委員会と対日理事会
戦略調査、戦犯調査、入り乱れる情報 234
英軍側の調査
スバスチャンドラボース氏とバーモ氏
ソ連側の情報活動
-某所に軟禁され自署を強要(?)された体験-
米軍側の情報活動
戦犯容疑情報
所謂マッカーサー戦史
米スメドレー女史のスパイ情報
対米協力機関の萌芽 257
共産系政治犯釈放とアジ放送の奨励  259
民間家屋の接収とワシントン・ハイツの誕生 264
世相混沌、人心沈滞の中で 267
北海道の燻製鮭 267
GHQ正面にメリーXマスのネオン  271
マッカーサー元帥のお年玉  273
どの国にもある繁文縟礼(レッドティープ)
偽名「マッカーサー」軍曹 281
ウィロビー少将の友情 285
米軍内部の軋轢  288
有未機関の消滅 293
私に対する内外の批判  293
八方美人の末路近し
思い上がっだ態度をつつしめ
昨日は親独伊、今日は親米英
ウィークとアワー
復員省の編制替えと有末機関の終焉 300
4 米ソ冷戦激化の時代へ  307
私の戦犯容疑問題 309
私自身容疑の調査 312
検事側の証人として 315
弁護人側の証人として  317
朝鮮戦争の勃発 319
仁川と永興湾に上陸を示唆 319
マッカーサー元帥の解任とウィロビー少将の離日 322
本土再建復興のきざし 324
駐留軍の顧問を辞任 324
世界一周老いの巡礼 325
私の第三の人生 329
あとがき 331
参考文献

 

岸信介研究 巨魁

岩川隆『岸信介研究 巨魁』(岩川隆、ダイヤモンド社、19771104)

07 プロローグ
10 郷土の”英雄”
37 ”反骨”の官僚
65 亡霊よみがえる
90 政治は金と力だ
120 第一次FX商戦
145 ダレス=岸路線
170 60年安保に殉ず
206 賠償汚職の疑惑
241 エピローグ
249 あとがき

岸信介の回想

『岸信介の回想』(岸信介・矢次一夫・伊藤隆、文芸春秋、19810610)

内容<作業中>

はしがき 伊藤隆
1 満州時代
商工省時代 満州国経営
2 商工大臣から敗戦へ
新体制運動のなかで 東条内閣の閣僚として
3 戦犯容疑者からの復活
巣鴨プリズンの中で 日本再建同盟の建設
4 保守合同への道
日本民主党の成立 鳩山内閣の成立
5 鳩山政権下の幹事長として
幹事長として渡米 「両岸」時代
6 石橋内閣から岸内閣へ
岸内閣ができるまで 東南アジア歴訪の旅
7 日米新時代と「警職法」騒ぎ
アメリカ訪問前後 試練に立つ岸内閣
8 日中問題と日韓問題
日中関係の悪化 薄明の中の日韓関係
9 安保条約改定と反対運動
安保改定をめぐって
10 総理辞職以後
あとがき 矢次一夫
資料篇
年表

資料年表:岸信介

資料年表:岸信介<のぶすけ><作業中>

年月日 事項 メモ
1896 〈明治29年〉
1113 誕生。山口県田布施町。
1957
0211 岸信介首相代理、衆院予算委員会で「原爆持ち込みの事実はなし」と答弁(『中国新聞』)
0128 浅沼稲次郎社会党書記長、岸外相に米軍の原子機動部隊駐留反対の申し入れ。(『中国新聞』)
1966
0815 『資料・戦後二十年史 1-政治』(辻清明編、日本評論社)
1969
0330 訪米中の岸信介元首相、訪米中のワシントンで「ニクソン米大統領と会談し、できれば沖縄の『核抜き自由使用』を提案する」と語る。31日、佐藤首相「個人的な考えで、発言は行き過ぎ。基地の様態は未定」。(『中国新聞』)
1977
1104 岩川隆『岸信介研究 巨魁』(岩川隆、ダイヤモンド社)
1981
0610 『岸信介の回想』(岸信介・矢次一夫・伊藤隆、文芸春秋刊)
1987
0807 没。享年90歳。

 

2026年5月(日録)

2026年5月(日録)

 日  できごと
 01 ヒロシマ遺文への投稿=「朝鮮人徴用工の手記 – ヒロシマ遺文
 02
 03 (日)
 04
 05 ヒロシマ遺文への投稿=「放射線影響の研究 – ヒロシマ遺文
 06 ヒロシマ遺文への投稿=「火幻同人選集 半世紀の歌」、「公害にいどむ瀬戸内住民 : 第1回瀬戸内シンポジウムの記録
 07 ヒロシマ遺文への投稿=「北朝鮮問題と日本共産党
 08
 09 ヒロシマ遺文への投稿=「女にとっての戦争 「ひととき」欄の三十年から 1」、「女にとっての戦争 「ひととき」欄の30年から 2
10 (日) ヒロシマ遺文への投稿=「WOMEN351 女たちは21世紀を
11 ヒロシマ遺文への投稿=「私たちの戦争体験-40年目の自分史
12 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:青木圭介
13 ヒロシマ遺文への投稿=「地域民主主義を問いつづけて 水平社70年と広島のたたかい
14 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆にも部落差別にも負けなかった人びと 広島・小さな町の戦後史
15 ヒロシマ遺文への投稿=「ふくしま文庫
16 ヒロシマ遺文への投稿=「プルトニウムファイル(上)・(下)」、「ノーベル平和賞の虚構
17 (日) ヒロシマ遺文への投稿=「部落問題全国研究者集会
18
19 ヒロシマ遺文への投稿=「人権・差別・部落
20 ヒロシマ遺文への投稿=「2026年5月(日録) 
21 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:岸信介」、「岸信介の回想」、「岸信介研究 巨魁
22
23
24 (日)
25
26
27
28
29
30
31 (日)

ヒロシマ遺文への投稿=

 

人権・差別・部落

『人権・差別・部落』(東上高志・小倉襄二編、全国社会福祉協議会、19730515)

内容

はしがき
〈序章〉 国民生活と差別 東上高志(社団法人部落問題研究所理事)
民衆のことば
生活の破壊
人権意識と差別
福祉事業と差別
1 育てること、学ぶこと
幼な子にいのちの輝きを 徳畑智子(元東大阪蛇草保育所保母)
子どもと人権-学校新聞”青葉”より 渡辺元(八尾市立桂小学校教諭)
字を学ぶおとなたち 東上高志
2 地域を考える
挙家離村 東上高志
過密-崩壊する核家族 猪野健治
原爆と差別-被爆と差別の体験構造 天野卓郎・渡辺正治
「死の灰」の中での差別
原爆による差別の拡大-魂のうばわれた人
原爆と差別の実態-生活をうばわれた人
差別の壁とのたたかい―抗議しつづける人
就職と労働の差別
生活保護と権利意識
社会開発と部落問題 小倉英二(同志社大学教授)
自治体と住民と人権 坂野俊雄(立命館大学教授)
3 働くものの底辺
筑豊の部落地帯 馬原鉄男(大阪工業高専教授)
「合理化」の嵐に抗して 瀬川負太郎(小倉タイムス記者)
「アンコ」-差別の象徴 三塚武男(同志社大学助教授)
4 歴史をつくる
ある老人の話 成沢栄寿(東京都部落問題研究会事務局長)
部落解放の歩み 馬原鉄男(大阪工業高専教授)
私にとっての人権 住井すゑ(作家)
人権の視座 東上高志

部落問題全国研究者集会

資料年表:部落問題全国研究者集会 <作業中>

年月日
1971
0527 第1回部落問題全国研究者集会
1973
0609 第2回部落問題全国研究者集会
討議資料
報告
1974
0201 『部落解放の理論と実践 第2回部落問題全国研究集会報告』(部落解放同盟正常化全国連絡会議編・刊)

 

ノーベル平和賞の虚構

『ノーベル平和賞の虚構』(浜田和幸著、宝島社、20091223)

内容<作業中>

1 オバマ受賞に隠された秘密
14 平和賞の選考だけがノルウェーで行われる理由
16 たった5人の委員が”密室”で選考するナゾ
19
22
25
28
31
33
37
41
2 ノーベル平和賞と国際政治の駆け引き
44 なぜヒトラーがノミネートされたのか?
48 5回も候補になりながら受賞していないガンジー
51
52
54
55
3 ノーベル平和賞と国際投機マネー
66 日米を凌ぐ金満国家「ノルウェー」の二枚舌
69
72
76
81
86
89
4 核廃棄、あるいは環境ビジネスに群がる人々
92 パラダイムシフトが大きなビジネスチャンスを生む
96
100
105
108
111
114
5 「核のない世界」の正体
118 核のない世界からはほど遠い米ロ暗闘の現実
121  
123
128
130
134
136
6 原発ビジネスから環境バブルへ
142 莫大な利益を生む原発マーケット
144
148
152
154
159
163
7 オバマ人脈に狙われる日本の環境技術
170 オバマ受賞の意味がわかっていない”原子力大国”日本
174
178
181
185
188 あとがき

プルトニウムファイル(上)・(下)

『プルトニウムファイル(上)・(下)』(アイリーン・ウェルサム著、渡辺正訳、翔泳社)

内容

見出し
1 「産物」
1 プルトニウムは酸の味 3
2 カリフォルニア大学・放射線研究所 9
3 シカゴ大学・冶金学研究所、一九四二年 23
4 許容線量 35
5 マンハッタン計画始まる 49
6 頭を見せたプルトニウム 61
7 人体実験の立案 72
8 エブ・ケイド 80
9 ではお次ーアーサーとアルバート 88
10 トリニティ実験 99
11 小さな太陽 109
12 仕事は続く 126
13 ロチェスターの流れ作業 131
14 誤診された主婦 145
15 量をふやせ―シカゴ― 157
16  最後の三本-戦後のバークレー 161
2 核のユートピア
17 十字路にて 181
18 来る人去る人 197
19 原子力委員会(AEC)の隠蔽工作 210
20 嘘をつけるほどの愛国者-シールズ・ウォーレン 219
21 金の亡者と神様と 232
22 ナシュヴィルの妊婦たち247
23 ファーノルド校の少年たち 259
索引

ふくしま文庫

ふくしま文庫
広島県広島市西区福島町1丁目22番7号
資料年表:ふくしま文庫<作業中>
年月日 事項 メモ
1985
10 ふくしま文庫発足。
1986
ふくしま文庫『創立一周年記念誌』
1994
0527 「ふくしま文庫」1994年度第10回通常総会
0615 『ふくしま文庫 第48号』
0619 社団法人ふくしま文庫「故天野卓郎先生を偲ぶ会」式次第
2005
ふくしま文庫『創立20周年記念誌』

原爆にも部落差別にも負けなかった人びと 広島・小さな町の戦後史

『原爆にも部落差別にも負けなかった人びと 広島・小さな町の戦後史』(大塚茂樹、かもがわ出版、20160605)

内容

1 川に挟まれたひょうたん状の町 15
この町を愛した巡査と娘
クスノキがある町の生い立ち
地域の産業の歴史を捉える
福島町一致協会の誕生
差別の記憶の中で
軍都広島の光と影
太田川改修工事が始まる
コマちゃんと呼ばれていた木原清春
キリスト者として赴いた益田小蝝
2 貧しさと差別からの解放を求めて―中西ハルエと仲間たち 41
父と出かけた郊外の村
部落の小学校に学んで
不細工な女の子という自意識
卒業は友との別れを意味していた
初めての差別体験
差別を憎む友との出会い
防空壕を掘っていた朝に
敗戦直後の飢えと貧しさの中で
変わらぬ友、変わった友
差別の苦しみを胸に
苦しみに寄りそう二人
木原清春のまなざし
トラホーム治療活動に参加する
わかくさ子ども会の出発
子ども会と結婚したハルエ
太田川闘争の渦中で
太田川が連れてきた人
3 野戦病院のような診療所 87
中本康雄にとっての戦前と戦後
診療所を待ち望む人びと
二四時間稼働する野戦病院として
我が物顔の飲酒患者
三つの戦争を体験した新任看護婦
病院になっても試練は続く
病院への批判、看護婦たちの苦悩
被爆体験によって医師を志望した中本雅子
選挙に担ぎ出された院長
4 部落が変わりゆく日々に 117
1 子ども会活動を出発点にして 120
小学校を卒業し、靴職人から解放運動専従の道へ(池田實次郎)
素敵なゲームを考案した秘密(森岡宏寿)
子ども会のリーダーは、ハワイアンも愛していた(岩井博)
胸に秘めていた記憶の底から(仮名・笹山三郎)
「原爆の子」として、部落解放運動とは異なる道を(福原新太郎)
子ども会活動から病院職員への一筋の道(森岡富壽)
2 キリスト教社会館が誕生した頃 149
ジョーンズ先生と小蝝さんとともに(和田和江他)
3 地域の仕事を支えた人たち 158
屠場で生きてきた職人として(中島好勝)
「食肉コンビナート」を支えた先人の後継者として(菊崎司)
ダンスに燃えた日々から靴職人への転身(岡田三千年)
4 親から受けつぎ、自らをつくる 172
父・木原清春と志ともに抱いて(藤川邦子)
差別・両親・音楽への思い(益田遙)
5 被爆者として生きて 185
部落差別よりも辛かったケロイドへの視線(森本範雄)
忘れられない妹と弟の死(木原清子)
妹・喜和子を死なせてしまった無念(森本英子)
福島町に暮らし続けた在日韓国人として(朴南珠)
折り重ねられた遺体が燃やされる炎を凝視していた(許田宗文)
二人の兄を失い、多くの病気と闘ってきた(岩井留明)
旦雇い労働で一家を支えた母と息子の物語(八木秋江)
被爆体験を語るまでの長い日々(中西ハルエ)
福島地区の被爆の実態を見つめて(金崎是他)
6 差別を乗り越え、地域を変えるために―人間の苦しみに寄りそって 237
1 教師たちはどう向き合ったか 240
同和教育が向き合った現実とは(有田穣)
一年十組の生徒たちとともに(玖島慶子)
プラタナス集会と授業改革に賭けた日々(佛圓弘修)
2 地域で教育と文化を育む力 265
福島地区内外での保護者たちの活動
教育集会所の人びと(八木満喜男他)
ふくしま文庫館長が歩んできた日々(森岡憲子)
3 人間の尊厳を問い続けて 286
就職差別問題に直面して人生が変わった(亀本信子・正志)
医療ソーシャルワーカーとして出会った人びと(山田寿美子)
部落解放運動分裂と三つのエピソード
4 変貌した町を見つめる 310
いまも初心忘れることなく(村田康昭)
くすの木苑が歩んできた道(八木利彦)
地域に向き合うセンスを磨く(小西正則)
5 宗教者として問い続ける 329
部落に生まれたキリスト者として(東岡山治)
町とともに歩んだ寺の住職として(高橋哲了)
エピローグ 341
あとがき 345
主な参照文献 351

 

地域民主主義を問いつづけて 水平社70年と広島のたたかい

『地域民主主義を問いつづけて 水平社70年と広島のたたかい』(ふくしま文庫 編、部落問題研究所、19920516)

内容

地域における部落解放運動の70年 15
水平運動の歴史的遺産は何か/戦後の部落解放運動と地域づくり/結び-平和と人権・民主主義の地域づくり
地域の産業と生活 35
1.戦前の食肉産業 37
屠場と家畜市場/食用関連業者
2.戦前の皮革関連産業47
化学製品製造業者/皮革と靴
3.その他の産業 56
福島町の産業の概観/関連産業の展開
子ども会活動と教育運動 69
1.野道の草に生きる-わかくさ子供会- 70
わかくさ子供会の発足と活動/わかくさ子供会関係者の想い/木原先生・仲間そして子供会
2.同和教育と運動 95
観音中学校の同和教育運動/天満小学校の同和教育
3.就職差別反対の教育と運動 128
就職差別と進路保障の課題/就職差別反対の教育運動/就職差別をなくする共同闘争
戦後の部落解放運動 145
1.太田川改修闘争 146
戦後初期の太田川改修問題/太田川改修事業をめぐる補償問題/太田川改修闘争の展開
2.都市区画整理闘争 167
区画整理と地域の動き/都市区画整理闘争の展開/事業の終結
3.病院建設運動 185
戦前の医療/戦前の医療から戦後の医療へ/戦後の福島の医療/診療所建設運動/総括-権利としての社会保障
4.特別養護老人ホームくすの木苑 204
生命と暮しを守る住民運動/高齢化社会と“地域経営”の施設/高齢者問題と地域福祉協同事業
地域の現状と課題 24
1.同和対策事業と住民の自治・自立 218
「混住」の実態/福島地域の生活環境改善
2.医療事業 241
酒害との闘い/生協の医療/これからの福島の健康問題
3.国民融合運動 259
国民融合広島県議会の結成と方針/地方会議の結成と活動/結語
4.部落解放運動 275
運動の到達点/部落問題をめぐる情勢/「地域改善財特法」後をめぐって/部落開放への逆流/おわりに-課題と目的
あとがき

 

資料年表:青木圭介

資料年表:青木圭介<作業中>

年月日 事項 メモ
1944
**** 広島県生まれ。
1970
1973
広島女子大学文学部社会福祉学科。
2001
04 京都橘大学学長。
2002
『現代の労働と福祉文化』(桜井書店)
2022
1103 死去。享年77歳

 

私たちの戦争体験-40年目の自分史

『私たちの戦争体験-40年目の自分史』(辺見じゅん〈朝日カルチャーセンター自分史グループ〉編、深夜叢書社、19850625)

内容

明治・大正・昭和ヒトケタ世代
007 あの夏の日・長崎 島津千恵
029 山本五十六の勲章
047 八月十五日未明
061 レンパン(恋飯島)受難記
071 八王子空襲
085 青梅勤労動員署ににいた私
091 開戦の日に山の小学校教師となって
107 福山城炎上 高木規子
117 玉音放送
125 東京大空襲から疎開へ
141 福井大地震
155 学徒勤労動員
昭和フタケタ・戦後世代
183 阿波丸事件で死んでいった父
197 祖父の火・父の火・私の火
215 戦火の日々-昭和15年生まれの一つの体験
231 玉音放送
237 集団疎開
247 戦争を知っている父の手紙・母の手紙
271 自分史年表
  広田美紀・辺見じゅん
305 あとがき―40年目の自分史によせて 辺見じゅん

WOMEN351 女たちは21世紀を

『WOMEN351 女たちは21世紀を』(岩波書店編集部編、岩波書店、19841023)

内容

まえがき
002 青木生子 日本女子大学長 21世紀の女子大生へ
034 石垣綾子 評論家 核戦争をくいとめる力
035 石川逸子 詩人 ヒロシマへの旅を
042 石牟礼道子 文筆家・詩人 花のみやことは
062 浮田久子 日本平和学会副会長 平和研究に新しい動き
147 櫛田ふき 日本婦人団体連合会会長 21世紀への伝言
155 栗原貞子 著述業 女たちの悪魔祓いのうたで
164 小池吉子 長崎大学医学部講師 核の被害について
202 サーロー・節子 トロント教育委員 平和運動-日本人への警告
237 鈴木裕子 女性史・社会運動史研究家 いま、リブの復権を
340 住井すゑ 作家 女の証言
242 関根綾子 日本キリスト教協議会副議長 キリスト者として反核平和を
286 土井たか子 衆議院議員(日本社会党) 日本が国際社会の一員となるには
329 野上弥生子 作家 世界は、その存在を保ち得るか
388 堀場清子 日本現代詩人会会員 ”女らしさ”について
389 本間美智子 和光大学附属図書館司書 いとし子の未来のために
392 松井やより 朝日新聞アジア総局特派員 アジアの女たちと日本の女たち
412 箕輪幸代 衆議院議員(日本共産党) 個性と能力が発揮される社会へ
425 三輪妙子 フリーライター エコロジーと反核をつなぐ
436 もろさわようこ 女性史研究家 歴史をひらく女たち
438 山口みつ子 市川房枝記念館事務局長 政治を女性の側に引き寄せる力を
439 山崎朋子 女性史研究家 三つの言葉
444 山野和子 総評婦人局長 女性の労働組合のこれから
448 山本千恵 女性思想史研究家 女性史から学ぶもの
449 梁敏子 やんみんじゃ 21世紀に向う難民問題
国際連合難民高等弁務官日本事務所渉外担当
451 ヤンソン由実子 文筆業 生むことと生きること
452 山家和子<やんべ> 日本母親大会実行委員長 平和を築く捨て石の一つに
454 由井晶子 沖縄タイムス編集委員・論説委員 沖縄と本土の関係はどうあるべきか
458 吉成真由美 NHKスペシャル番組部ディレクター 生命体に学ぶ
468 ヨネヤマママコ パントマイムパフォーマー 三つの開拓-マイム、女の自立、異邦人として
469 若尾典子 琉球・沖縄大学講師 沖縄の女
471 鷲谷サト 北海道ウタリ協会日高支部連合会理事 アイヌ・ネノアン・アイヌの心
473 渡辺千恵子 長崎原爆青年乙女の会 世界から核を廃絶するために
475 綿貫礼子 環境問題研究家 生命の文化と将来世代

女にとっての戦争 「ひととき」欄の30年から 2

『女にとっての戦争 「ひととき」欄の30年から 2』(影山三郎・中村智子・草の実会編、田畑書店、19820815)

内容

年・見出し 投稿者
1968(昭和43)
血を流させたものへの憤り  高見悦子  12
また免疫になるのを恐れる 早川恭子   12
最も日常的な存在から 立原未知   13
私の思い描く戦死者の墓地 藤川渓子   14
こんどこそベトナム和平を 飯野周子   16
韓国の原爆患者にわびたい 田中テル   17
憲法を六十の手習い  石黒周子   19
「備えあれば」の恐ろしさ 伊藤つや子   20
百日紅に思う原爆の悲劇 吉田菊枝  22 
亡き弟への追憶  武井貞代   23
赤い雲のつめ跡  谷川寿子  24 
「あの日」の記憶のある限り 持田郁子   26
お国にささげた故郷の家  大西信子   27
仏壇の奥に入れた兄の勲章  関和子   29
育てよう「デモをする権利」  匿名希望  30 
時代の逆流をせきとめたい  斉藤淑子   32
戦死者慰霊祭に出席して 加納昌子   33
 
1969年(昭和44年)
兄たちの羽根つき  長尾彰子 36
終ってなかった父母の戦後  吉川美智子  37
戦死した父の墓が欲しい  斉藤由恵  38
肩身の狭い被爆二世  匿名希望  40
戦時中の「聖火リレー」  高橋文子  42
父が戦死して二十四年  西山悦子  44
戦災孤児だった夫  佐々木三枝子  45
父の味がするギンナン  斉藤由恵  46
昔の疎開先から届いた喪中の報  大森輝子  47
 
1970年(昭和45年)
女は執念深いのである  溝口悠紀子  50
出てきた予科練の合格通知書  河野ひさ江  51
主婦として何とかしなければ 旗手みどり  52
 捨てきれない二つの帽子  北垣甲子  54
焼け野原でのコンサート  永田周子  55
八月の太陽は悲しい  水原富子  56
植木バチに拾われた母の骨  奥山俊子  57
作られた「敵」を恐れた私  福本英子  58
夜の品川駅の別れ  牧野弘子  60
平和はいいなあ  畠山美恵  61
ベトナム帰休の沖縄出身兵士 小林節子  62
   
1971年(昭和46年)
一人暮らしの母を案じつつ  県洋子  66
戦災生きぬいたひな人形  木村冨美子  67
戦死の兄を待っていた亡父  大島かづ子  68
ヒロシマを語りつぎたい  三宅泰子  70
東京空襲を記録する文集  紀伊艶子 71
兄を奪われた妹の体験  仁木悦子  73
妻たちの戦後はつづく  星野美子  74
私も戦争で兄を失った妹  寺島弘子  76
責任追及の執拗さが大切  渡辺瑞代  77
   
 1972年(昭和47年)
 横井さんのニュースに思う 林和子  80
 箱根国立療養所の人びと  福田昌子  81
遺骨収集への肉親の願い  棚田良子  82
鏡台を買った古稀の母  石井鞆音  84
相模補給廠前で逮捕された息子  鈴木芳子  85
希望の顔はすばらしい  中井道子  86
信濃路の秋に木の実を拾う
加藤静  88
兄の霊は南の海の底深く
滝沢美子  89
カボチャを受けつけない夫  鳥海陽子  90
 
1973年(昭和48年)
「北爆指輪」に願いを託して  片野和子  94
ベトナム停戦と六歳児  佐藤静子  95
 二十八年前の集団疎開の友達へ  馬場カヨ  96
 南の島への里帰り  吉田福子  98
父親の温かさを知らない父親  宮川久美  99
防空ごう掘りとトロロイモ  藍原リエ子  100
忘れ得ぬ「八月十三日の人」  上脇霜子  102
「鷹匠」で思い出した祖母の話  小泉寿子  103
女性は軍歌を歌わない  勝又喜美子  104
「飢え」思い出したイモ掘り  亀谷美智子  106
 
 1974年(昭和49年)
 めぐり来る東京大空襲の日  笹本喜久子  110
「絶対」に納得しないわが子  犬伏すみ  111
いま思い出す祖母の涙  五十嵐登美子  112
戦争で見た人間の二つの顔  椿芳子  114
スタコラ逃げ出せる勇気  松本節子  115
白いホカホカご飯とアジの塩焼  今里綾子  116
両親の金婚式でなつかしい対面  加藤美智子  117
我慢の押しつけはゴメン!  八木原道子  119
 
1975年(昭和50年)
空襲で拾った命、今日も無事  及川とし子  122
 夕日の中で思う東京大空襲 志野原勝子  123
平和のため、私にできること  加藤とも子  124
 八歳の娘に語り継いだ原爆  玉手理子  123
インドシナの民衆に手を  小林礼子  127
ベトナム募金に協力したいが  安江明子  131
「昔は手で洗たく?」と驚く子  小出慶子  129
父の履歴書  内田明子  131
疎開児童と再会、老父の涙  雨宮昭世  132
まだ忘れられぬ戦争の悪夢  石原愛子  133
死を覚悟していた父の言葉  戸野谷由美子  135
娘へ小包、思い起こす戦争  槇文子  136
粗食に耐えた幼児はいま…  川島浪子  137
親と娘の「意義ある宿題」  中石節子  138
天皇訪米の風景  相原ゆう  140
忘れられないカキの思い出  深沢真理子  141
     
 1976年(昭和51年)    
チョコレートの箱と父の死  小林ルミ子  144
草もち喜んだ寝たきりの姉  宮沢寿子  145
日の丸は戦死した息子の…  後藤雍子  146
「お父さん」と呼べなかった私  関博子  148
戦争がこわいという娘の誌  猪野富子  149
あまりにむごい戦争の思い出  鞍智美知子  150
軍隊のビンタ忘れぬうらみ  金山愛子  152
「正八位」よりも青春を返して  藤井友子  153
しみじみ三十一年ぶりの卒業式  米川琴  154
1977年(昭和52年)    
受けとれなかった一万円  蓮沼とよ子  158
SLを見て戦争を思い出す  山村美恵子  159
出生兵の背の赤いコイのぼり  森本郁子  160
軍歌をくちづさむとき  永井百合子  162
子に「君が代」を歌わせたくない  山内保子  163
未体験の戦争も語り継ごう  中村陽子  165
     
 1978年(昭和53年)
悪夢のようだった預金封鎖  山芝美枝子  168
雑のうで作ったランドセル  長田幸  169
赤いひものついた防空頭巾  鈴木妙子  170
集団疎開の友の顔なつかし  山口久枝  172
シベリヤから父が帰った日  冨山美枝子  173
夏祭りで思い出す戦争  高橋照子  174
花火は空襲の死者への川供養  後藤雍子  175
つらかった戦争中の生理日  広瀬秋江  177
娘の宿題に残す終戦の体験  西内八重  178
母を通じてしのぶ父のこと   小林雅代 179
二十四歳で戦死した父の証言  藤波倭文子  181
1979年(昭和54年)     
書きとめた義父の戦争体験  石山みえ子  184
憲法前文はわが青春の書  西茂子  185
石けんの香りに平和をかいだ頃  木村靖子  186
涙が流れた三十六年前の家計簿  細野政子  188
戦没学生の母の悲しさ知る  高橋洋子  189
うそで包まれていた時代  桜井静子  190
 1980年(昭和55年)    
「流れる星…」で知った苦難  角澄子  194
亡夫の母の世話をする嫁の私  田中たかの  195
心ふるえたビスケットの味  河合洋子  196
再び「きけわだつみのこえ」を  福田フジ子  198
「語りつごう、静岡大空襲」のビラ  田宮ますえ  199
ひめゆりの乙女の友として 兼次京子  200
あの日々は風化させられぬ  滝沢よし子  202
木綿の感触に平和しみじみ  平柳喜和子  203
たった一人で戦い続けた父  大里祥子  204
難病の女性と共に祈る平和  和田三千代  206
小さなデモで反戦への決意  宮下喜代  207
まりつき唄に食糧難しのぶ  坂内敦子  208
平和の尊さを語り継ぎたい  吉武洋子  210
「平和教育」を見捨てないで 岡本早苗  211
四十五歳の小さなナベいとおし  大津一女  213
真珠湾の夜、反戦主張した父  加藤道子  214
軍人一時恩給と生命の重さ  落合典子  215
「私も戦争担った」、でも今は 新谷れい子  217
 
 1981年(昭和56年
定年後にこそ平和な日々を  佐々木かづ子  220
戦死した兄の供養と針供養  今野てる  221
ミカンの味は母の苦労の味  金内迪子  222
アルバムに思い出数々三十五年  鈴木勝子  224
平和こそが級友への鎮魂歌  高見沢幸子  225
日本にも戦争があったの?  新井恵美子  226
肉親捜す顔写真に重なる自分  西田清子  228
「はやらない」!? 非核三原則  岩野由美子  229
戦争は過去のことでしょうか 池上従子 230
平和な社会の軍事化に恐怖  村上福子  232
生かしたい敗戦後の教科書  小林眸  233
 どう残すおばあちゃんの嘆き   萩原美穂子  234
父の枕辺、平和を祈る  宇津山久子  235
戦争体験集にも五度目の夏  西山正子  237
「すいとんうまい」平和だね  増口千代世  238
ささやかに祝う「終戦の日」  鈴木アヤ  240
「非国民」の名に兄は耐えた  宮崎史子  241
中国に残った父の作品  西本芳子  243
軍服よりジーパン姿が好き 筒井真樹子  244
 
 1982年(昭和57年)
 米軍機墜落事故の日  長谷川玲子  248
核禁止署名、当然と思ったが  多田美津子  249
子を残した親たちのつらさ  奥田千鶴子  250
卒業式を焼いた東京大空襲  海口陽子  252
つらく長い姉の戦後終わる  宮沢寿子  253
反核署名待つ人と断る人と  五十嵐まつ  254
再び象を殺さないだろうか
福井由紀子  256
 「ひとときの」趣旨と役割  影山三郎  259
   

女にとっての戦争 「ひととき」欄の三十年から 1

『女にとっての戦争 「ひととき」欄の三十年から 1』(影山三郎・中村智子・草の実会編、田畑書店、19820715)

内容

年・見出し 投稿者
まえがき <草の実会> 小野和・金子きみ・熊井志津子 3
1952(昭和27)
原爆の少女たちに 細渓正子 17
子供を守るため 倉持ひろ子 18
水爆の実験 小野沢君子 19
城ヶ島にて 石川溪子 20
 
1953年(昭和28年)
戦車の地ひびき 岡谷志摩子 24
船足の音を聞きつつ 村沢テル子 25
未亡人と特需 木村誠子 26
旭川このごろ 大場智子 27
男の子の夢 中山千代子 28
八月六日 安藤貞香 30
八月十五日 赤堀あい子 31
中学生と戦争映画 松平芳子 32
思いがけない来客 白岩栄子  33
このごろゆううつ 杉本治子 34
君死に給ふことなかれ 北沢君枝  36
古いチャブ台 大塚多美 37
石も叫ぶべし 原伊久  38
 
1954年(昭和29年)
国民のいのちと再軍備 高田雪枝  42
原爆マグロの恐ろしさ ほりしずこ  43
原爆症の美しい友 米田葉子  44
X線技術者の妻 富田冨佐子 46
限りない孤独 政田章子 47
魚屋の娘として 青木薫子  48
ルーズベルト夫人に感謝 九里雅子  50
放射能の雨 1 虎谷信子  5
慣れっこになるな 山根清子 52
九年前の傷うずく  鈴木俊子 54
あるクェーカー教徒の母親 大森和子 55
久保山さんの死に想う 川名多恵子  56
少年自衛隊のこわさ 原田初代  58
山形の炭焼小屋から  印野千代子  59
 
1955年(昭和30年)
中国から帰国して十年 大須賀清子 62
季節めぐり来る時  福岡弘子 63
卒業式をおえて  飯窪恵紀子  65
イタリアからの旗 匿名希望 66
日本母親大会に出席して 水谷幸子 67
母親大会で思ったこと 永田みどり  69
自衛隊のうた 榎本芳枝 70
原爆症への恐怖 木下朝子 71
ああ、今年も生きられた! 奥田れい子  73
特車の不気味な砲口 高橋ツネ 74
日ソ交渉に祈る 大津一女 76
石川達三さんへ 伊藤利子 77
オネスト・ジョン 大黒敏子 79
さつまいもの味 金井寿美子 80
魯迅未亡人の手記によせて 古島琴子 82
ハバロフスクの写真に憶う 松下暢世  83
神宮球場と私 窪島睦子  85
 
1956年(昭和31年)
うこぎのおひたし 荒井きく子 88
こどもの日によせて 広田豊子  89
あやめ城のあと 細野多知子  92
沖縄を郷里にもって 仲里京子 93
息子 仲川いち  95
沖縄に平和を 成光和子 96
原水爆禁止運動に参加して 石島京子 98
満州野の遺骨の喜び 板垣享子 102
家庭の灯を守る女性たち 柴崎初枝 104
「避難民」はもうごめん 斉藤トミノ  105
今年をふりかえって 今村光子 106
1957年(昭和32年)
防衛費を削ってください 市毛栞 110
死んでほめられるより… 浅井千里  111
もっと易しく、訴える記事を 小林利果  112
憲法を読みましょう 堀江秋子 114
次の世代に降る恐怖 笠原美恵 115
原子力の村から農婦のお願い 塙きく代  116
1958年(昭和33年)
「信仰の暴力」に負けるな 匿名希望  120
兵隊を喜劇化しないで下さい 中村静子 121
悪魔の記憶 桑田竜子 122
原爆の傷は生きている 福田二三 124
続・悪魔の記憶 富田清子  125
被爆者の生活を守ろう 本間典子  127
映画「千羽鶴」と文部省 岡野稔子 128
私にもできること 渥美京子  130
どんな国にも、どんな町にも 篠田良子 131
原水爆禁止大会によせて 塚本順子 132
戦争体験を書いて 牧瀬菊枝  134
原爆症の夫を入院させたいが 小幡国子  135
この美しい行進を、母に 滝沢あい子  137
大砲や戦車の列を見ながら 小畑喜子  138
夫の見た夢 信太正子 140
1959年(昭和34年)
はかまをたたみながら 江上和代 144
おにぎりを思う 匿名希望 145
原爆記念日とおなかの子  中神二三子  146
戦争のツメあとはまだ… 黒沢園子  148
水密桃をむきながら 有馬志津子 149
傷痍軍人の妻は悲し 久保田浪子  151
遺族の生き方 井上糸英 152
沖縄に苗木がほしい 河野弘子 154
映画「ああ江田島」と若い人たち 山岸克子 155
朝鮮人の髪の毛で編んだくつ下 斉藤貞子 157
1960年(昭和35年)
善意とは積極的な生きる力 紀伊艶子  160
「十日の別れ」に思うこと 槇文子  161
ラオスからの便り  砂屋敷美恵子 162
防衛庁からの注文拒否 村山桂子 164
「精神とメシ」で夫婦問答 高橋雅子  165
常夏の故郷、小笠原島 匿名希望 166
「おかあさんの宿題」に感慨  南雲すみ 168
街頭で署名しながら 大石美千子 170
自衛隊員の投書に寄せて 春川まさ子 171
日系人の友へ  石橋晴美 173
グァム島生き残り日本兵の教訓 清水千枝子 174
熱意をもっと地道な方法で 田島清子 175
米青年に安保反対の真意を 中村一枝  177
私たちの集まり 薬袋みゆき 179
遅いけど…憲法読む母の会 大江みち  180
平和な主婦の時代は過ぎたか 山田美恵子  182
早く忘れたい八月六日の悲しみ 匿名希望  183
傷兵たちの一群 田中美智 185
私の学んできた民主主義  村松愛子 186
戦争のない世界を 田中美代子 189
子供たちの幸福を祈る 早川智恵子  191
もし女の子だったら… 原田さえ子  194
戦死した息子よ安心しておくれ 石浜きみ 195
1961年(昭和36年)
戦争未亡人と減税 長沢三枝子 198
かあさん、つらかった 匿名希望  199
リバイバルの軍歌 市原まゆみ 200
この地図のどこかへの旅 小林佐智子 202
遺族のシベリア墓参と母の願い 広田英美子 203
1962年(昭和37年)
母性愛を平和にそそごう 匿名希望  206
ひな人形を捨てた悲しみ  安部薫 207
小さな声集めて核兵器の絶滅を 安達みお子 209
「池田総理を囲んで」のテレビ 伊丹久子  210
私の八月九日 青野悦子  212
わが家の菜園にて 渡辺まさ子 214
終戦記念日に思う 村田静子  215
集団疎開した妹の思い出  村松弥生 216
平和への国際婦人の日 松沢昌子 217
キューバ危機に思ったこと 間瀬きみ子 218
矢ガスリ模様のはんてん 笠原芳枝  219
1963年(昭和38年)
ケネディの死と北京の子供たち 立木達子 222
知らないことの恐ろしさ 古川ユリ  223
1964年(昭和39年)
あなたと呼びかけるもの 白山ユキ 226
わが家の災害避難訓練 倉田ゆり子 227
1965年(昭和40年)
アメリカの友も悩んでいる 浮田久子  230
教えよう、戦争の恐ろしさ 槇文子 231
「未完成交響曲」と娘と私 藤田千枝子 233
夜桜と空襲の思い出 桜井愛子  234
お米をかついだ修学旅行 土屋まさ子 236
従軍看護婦の思い出と祈り 山口重子  237
心痛めるベトナム報道 山田昭子 238
戦争体験の文集「嵐」をよんで 岩崎多鶴 240
雑草と強制連行の朝鮮人 熊倉ひろ子 241
原爆で散った兄と友人たち 室野芙美 243
原爆跡に「ミナブジ」の父の文字 本橋正子 244
収容所で生まれた子も二十歳に 岩崎いさ 246
いたけな戦争の犠牲 堯信恵 247
戦争を知らぬ娘から母親へ 新津とも江 248
1966年(昭和41年)
兄の遺骨に平和を祈る 田熊千代  252
胸をつかれた捕虜の写真 堀畑美代子 253
菜切り包丁に二十一年の感慨 吉田竹代 254
漱石の「こころ」にうたれて 石沢スゲ 256
空襲とヤミ市と京人形 大野治子  257
「母さん、おにぎり、おにぎり」 多 田慶子 259
隣組結んだ亡夫の絵日記 中島さと子 261
1967年(昭和42年)
ひな人形への強い愛着 岡村彩子 264
「血液型」と暗い思い出 後藤信子 265
ベトナムへ帰ったある米兵 田中みよ子 266
反戦ちょうちん行列に参加して 永網泰代 268
反戦記念日のスイトン 井上照子 269
被爆者のこの声を聞け 小野和 271
あとがき 中村智子 274