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相原秀次

相原秀次

あいはら・ひでつぐ ****生20080123没 享年98 日本映画社の企画部員として広島・長崎への原爆投下直後から記録映画の製作に従事。来広時、原医研来訪。広島の被爆写真撮影者の動向について質問<宇吹メモ>。

 

相原秀次(宇吹メモ)

相原秀次

宇吹メモ<作業中

年月日
19750320 相原秀次、原医研来訪。
19940302 RCC。**(報道局報道製作センタ-副部長)、**(報道局国際ニュースセンタ-外信担当記者)、相原秀次、中川、?(女性)。日映に残っていたフラッシュを繋合わせたフィルムを一緒に見る。-7時。
映画「ヒロシマ母の祈り」に使われているフィルムに長崎のものがあるとの相原の指摘にはショック。昨日、高橋昭博らも見た由。
19950309  **(RCC)より電話。1945年Ⅺ月に合同調査団が長崎を撮影したフィルムがまもなく入手出来る。GHQ-AFPACのディコージーが撮影したもの。入手出来たら見て欲しいとのことだが、断る。
20060208 **?(原爆資料館)、来室。4月の文化財審議会で原爆資料館の文化財指定が審議される予定。現在までの審議経過について説明を受ける。相原秀次が資料を埼玉県立平和資料館に預けていたが、同館を通して原爆資料館に寄贈されることになった由。
 202008  久保田明子「広島における原爆被災の映像と資料相原秀二資料について」(『広島平和記念資料館調査研究会研究報告第16号』2020年8月)