「31吉田治平」カテゴリーアーカイブ

資料年表:吉田治平

資料年表:吉田治平<作業中

年月日
1922
****生
1945
0815 未明、部隊の命で福岡から神奈川に向う途中、広島入り。
1977
0720 『わしらの被爆体験 100人の証言』(全日自労広島分会・自労被爆者の会編、全日自労広島分会刊)
2010
05 『生きて 労働運動家 吉田治平さん』(『中国新聞 連載』15回0518~0609)(担当:西本雅実・編集委員)
2018
0131
0209 西本雅実「評伝・吉田治平さん」(『中国新聞』)
 2023
1206 『被団協 第539号』(日本原水爆被害者団体協議会)
「ヒロシマの闘士」の歩みに学ぶ 広島 先人を語る会<9回目>

 

よしだ・じへい 1922****生20180131没 享年95歳 1845年8月6日の広島壊滅を福岡で聞く。軍命令で神奈川へ向かう途次の5日、上幟町の実家跡を掘り返す。1950年に広島自由労組を結成。1977年失対労働者100人の証言『わしらの被爆体験』を編む(西本雅実「評伝・吉田治平さん」『中国新聞』2018.2.9)<別記予定>

「生きて・労働運動家 吉田治平さん」

「生きて・労働運動家 吉田治平さん(1922年~)」『中国新聞』15回連載20100518~0609 西本雅実記)<作業中

内容

1 組合60年 「弱者」に寄り添い歩む 2010/5/18
2 新聞記者の息子 転校繰り返し父が急死
3 広島一中 軍国教育にはなじめず
4 外務省電信課 日米開戦の足音感じる
5 学徒出陣 電信隊に配属 九州回る
6 廃虚の街 掘り返した母と妹の骨
7 新聞記者 焼け跡の掃除から入社
8 夕刊ひろしま 「戦後」に手探りで挑む
9
10 広島自由労組 日雇いに飛び込み結成
11 「もち代」要求 市役所に座り込み拘置
12 広島市議 仲間に推され4期当選
13 わしらの被爆体験 今も許せない原爆投下
14 皆実平和住宅 復興期から住み続ける
15 私の訴え 怒りを覚え 声を上げよ 201006

わしらの被爆体験 100人の証言

『わしらの被爆体験 100人の証言』(全日自労広島分会・自労被爆者の会編、全日自労広島分会、19770720)<作業中

内容

わしらの被爆体験 ――この目で見た原爆地獄――
1
2 被爆後のわしら ――その生活と健康の不安――
3 わしらの願い ――原爆のない世界・援護法の制定――
怒りと悲しみの中から (組合・常任)吉田治平(54) 204
資料

吉田治平

吉田治平

よしだ・じへい  

20180131没

享年95 1945年8月6日の広島壊滅を福岡で聞く。軍命令で神奈川へ向かう途次の5日、上幟町の実家跡を掘り返す。1950年に広島自由労組を結成。元広島市議会議員。1977年失対労働者100人の証言『わしらの被爆体験』を編む(西本雅実「評伝・吉田治平さん」『中国新聞』2018.2.9)<別記予定>