「1958年」カテゴリーアーカイブ

フェニックス広島号の冒険

フェニックス広島号の冒険

関係資料

年月日
19611010 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険(第1部)」(77回)
1958
0407 不吉な静けさ ハワイ島ヒロ港
0502 海に立つ壁 ハワイ、ホノルルにて
0610 放射能図書室
0625 日本時間の中で
0708 長い一日
0711 保釈中の推理
0802 ヒロシマの日前後
0813 試練のうしお
0923 名弁護士きたる
0926 科学も”告発”する
0928 打ちひしがれた時に
1010 ここもゆれ動く世界
19620108 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険」(57回)
1959
0101 地球会社の経営陣
0326 行為と無為
07  広島大会は赤か
0821 けわしい最新の道
0828 故意と善意
0920 青年に期待
1104 国策批判の声
1960
0201 平和都市の内情
0301 アメリカの自由
0220 エピローグ
  20220116082627797
196105 The Forbidden Voyages
19620101 All in the same boat : an American family’s adventures on a voyage around the world in the yacht Phoenix
by Earle and Barbara Reynolds   David McKay
1 THE RISE OF THE PHOENIX 1
“Between a dream and a deed lie the doldrums.”
2 PREPARATIONS FOR A VOYAGE 20
“Cruising is walking,talking,buying,scrounging … but
cruising is also sailing.”
3 FROM JAPAN TO HONOLULU 39
“The long shakedown … a seven-week course in How to
Sail.”
4 ON TO THE SOUTH PACIFIC: FROM HAWAII TO TAHITI 61
“Banzail Banzai! Banzai!”
5 TAHITI AND THE ISLANDS UNDER THE WIND 81
“Money? What I do with money?”
6 WESTWARD THROUGH THE SOUTH SEAS:
RAROTONGA, SAMOA, FIJI 100
“A broad reach, a quiet sea, a full moon …”
7 DOWN UNDER: NEW ZEALAND AND AUSTRALIA 115
“Ah-h-h, yes-s-sl …”
8 AND BACK UP: THE GREAT BARRIER REEF 133
“Better men than we had come to grief …”
9 INTO INDONESIA: THURSDAY ISLAND TO BALI 151
“Our life at sea was teaching us …”
10 BALI, JAVA, THE KEELING-COCOS 169
“A sense of uneasy anticipation …”
11 ACROSS THE INDIAN OCEAN: COCOS TO DURBAN 189
“You have seen people of all sorts. Makes my mouth
water …”
12 SOUTH AFRICA: BEAUTIFUL, UNHAPPY LAND 207
“What will you do when that day comes?”
13 ACROSS THE ATLANTIC THE LONG WAY:
CAPE TOWN TO NEW YORK CITY 225
“Beautiful night, new moon, slow progress, who cares?”
14 EVERY KIND OF CRUISING: NEW YORK TO PANAMA,
BY THE CORKSCREW ROUTE 247
“A man must stand up for what he believes.”
15 GALAPAGOS: HOME OF THE LAST PIONEERS 267
“Those delicate souls whose coffee must be just so …”
16 BACK TO HAWAII 286
“How come change ya mind?”
17 THE LAST LEG: HONOLULU TO HIROSHIMA 297
“Of course, there were a couple of incidents.”
INDEX 305
19611010 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険(第1部)」(77回)(「ヒロシマ巡礼」)
19620108 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険」(57回)(「ヒロシマ巡礼」)

 

 

第1回原爆被爆者調査団会議開催案内(1959年2月16日)

第1回原爆被爆者調査団会議開催案内

1959年2月16日

拝啓

原爆被爆者調査の件について、調査団員となることを御承諾いただき、御礼申しあげます。

2月8日に第1回調査団会議を開き、次のように決定致しましたので御報告します。

一、調査案骨子の件

調査委員会決定「被爆者調査案」(同封別紙)を諒承

二、調査団員(広島側のみ)

石井金一郎(広島女子短大)、庄野博允(女学院大)、大西典茂(女学院大)、北西允(広島大学)、大江志乃夫(広島大学)、山手茂(広島女子短大)、小久保均(文学者)、仮井節子(広島女子短大)、長本伸枝(ABCC)

その他二、三の人について検討し、本人の意向を確かめ、次回調査団会議にはかることになった。

三、調査票

同封別紙調査票を決定

ついては、次の調査団会議を次の次第で開きます。御多忙中を恐縮ですが、実質的には調査の出発点となる会議ですから、万難を排し御出席下さるようお願い致します。

時日 2月22日(日)午後2時~6時

所  広島女子短大紫水会館(電停宇品13丁目下車、正門入って左手の建物)

議題 調査分担、調査票説明

昭和34年2月16日

原爆被爆者調査団

代表 石井金一郎

 なお、同封葉書に御出席の有無を御記入のうえ、御返送下さい。

原子爆弾被爆者の医療・健康管理並びに援護に関する陳情書

原子爆弾被爆者の医療・健康管理
並びに援護に関する陳情書

1958年8月30日

 私共原爆被爆者のため、昨年四月原子爆弾被爆者の医療等に関する法律を制定せられ、被爆者の医療並びに健康診断が行われることとなり、誠に感謝に堪えない次第であります。

しかしながら、原爆症の治療につきましては、未だ根本的な治療法はないと伝えられているのであります。

加うるに被爆者は特別の健康状態にあり被爆後十三年の今日に至ってもなお発病し重体に陥り不測のうちに死亡するものがあとをたたない現状であります。

これは現に原爆症で悩んでいる多数の患者のみならず被爆者は一様に原爆症に対する不安におびえているのであります。

又、原爆被爆者は、一般の被災者と異なり、経済の基盤を失ったものが多く身体的にも活動能力を阻害され、日常生活をおびやかされているものが多数あるのであります。

以上申し述べました事情御賢察の上、被爆者の医療と健康管理との万全並びに援護対策の確立のため左記事項につきまして格別の御配慮を賜わらんことを切に懇願申し上げる次第であります。

一 医療範囲の拡大

二 温泉治療を認められたいこと

三 医療交通費の支給

四 生活援護費の支給

五 被爆者福祉センターの設立

六 健康管理の完全を期するため栄養物の補給

七 根治療法の確立

八 原爆死没者の遺族援護の確立

昭和三十三年八月三十日

広島市原爆被害者の会連合会 会長 渡辺 忠雄

  広島県原爆被害者団体協議会

代表委員 森滝 市郎

〃 藤居 平一

〃 伊藤 正子

〃 井上  昇

       殿

被爆者の援護対策の確立に関する陳情書

被爆者の援護対策の確立に関する陳情書

1958年8月30日

 被爆者は、一般の被災者と異なり経済の基盤を失った者が多く、身体的にも活動能力をそ害されているのが現状であります。

医療をうけるに際しましても、経済基盤がしっかりしていないと生活に優先されて医療がおろそかにならざるを得ません。

現に障害者の中には人院治療を必要としながらなお入院をちゆうちょするもののあることであります。

その数は明らかにすることは困難でありますが、これらの事実のあることは被害者の集いのあるところ必ず聞かれるところであります。

これらの人々は、生活保護法のあることを承知しているものでありますが、できるだけこれをさけて自立再起したいという念願に外なりません。

つきましては、右事情御賢察の上、左記各項目について被爆者の援護対策を確立せられ、もって、被爆者の医療と健康管理との万全が期せられますよう格段の御配慮を賜わりたく、切に懇願する次第であります。

一 医療中における生活保障(医療前に得ていた収入を一定限度において確保する。)を確立すること。

二 医療交通費の支給

三 指定病院へ寝具の備付

四 身体障害者の装具の支給(例えば白内障治療による眼鏡或は身体障害者の義足等)

五 被爆者福祉センターの設立(被爆者の生活相談、職業補導施設、休養施設、宿泊施設など総合的なもの)

昭和三十三年八三十日

広島市長 渡辺 忠雄

広島市議会議長 仁都栗 司 殿

原爆白書の作成に関する陳情書 1958年8月30日

原爆白書の作成に関する陳情書

1958年8月30日

 原爆の被害と障害に関しましては、その悲惨と残酷なることは周知のとおりでありますが、今回、これらの実態が国家においてまとめられていないというのは甚だ遺憾なことであります。

広島と長崎との各分野にわたる資料の収集と記録とは一地方の手に委ぬられることなく国家においてとりまとめられなければならないと存ずるものであります。

これは国民一般に権威あるものとして、その実態が認識せられ併せて対外的関係においても同様の措置は当然のことと思われます。

資料も時日を経るに従って散逸するのでありますからこの措置は速かに行われなければなりません。

つきましては、右事情御賢察の上、速かに原爆白書が作成されるよう格段の御配慮を賜わりたく、切に懇願する次第であります。

昭和 年 月 日

広島市長 渡辺 忠雄

広島市議会議長 仁都栗 司 殿

原爆被爆者の健康管理及び医療を促進するための対策に関する陳情書(1958年)

原爆被爆者の健康管理及び医療を
促進するための対策に関する陳情書

1958年8月30日

 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が施行せられてから一年有余を経過いたしましたが、その間の実施状況では、被爆者特有の各種の事情が在在し、私共の努力にもかかわらずその運用は必ずしも充分とはいえません。

しかしながら、被爆者の健康状態は、本年六月までに精密検査を必要とされているもの約六千人、治療をうけているものは約九百人もあり、この事実はまことに重大事でありまして、今後ますますこの法律の使命の重要性を痛感するものであります。

つきましては、右事情を御賢察の上、特に左記各項目について速かに法の適用拡大を図られ被爆者の健康管理の目的が達成せられるよう格別の御配慮を賜わりたく、切に懇願する次第であります。

一 検査を促進するため機動性のある検査車を設けること

二 健康管理の完全を期するため栄養物の補給をすること

三 医療範囲の拡大と認定手続の簡素化を図ること

四 原爆症の根本的治療方法を研究するため現地に原爆医療研究機関を設置すること

昭和三十三年八月三十日

広島市長 渡辺 忠雄

広島市議会議長 仁都栗 司 殿

原水爆実験停止命令申請訴訟(1958年4月)

原水爆実験停止命令申請訴訟 1958年4月

原水爆実験停止命令申請訴訟主任
弁護士ウイリン氏の来日について

 A・L・ウイリン氏は、五月九日早朝のパン・アメリカン機で突如来日した。A・L・ウイリン氏はロスアンジェルス市の在住者で、連邦裁判所の弁護士の資格をもっている。同氏は右の訴訟の考案者の一人であり、現在主任弁護士である。

一、訪日目的と滞在予定

同氏は、六日ハワイのホノルル地裁でおこなわれた「ゴールデン・ルール」号乗組員の公判に立会った。
今回の訪日の目的は、約一週間の予定で、日本で現在実際に研究に従事している原子力分野の科学者と会見して、核爆発実i験の影響に関する最近の科学資料を蒐集することであり、同時に実験による漁業と漁民への影響を調査することである。

二、日本原水協の受け入れ体制について

これらの目的を充分はたすために、同氏は訪日の直前の手紙で、日本原水協の協力を要請してきた。
日本原水協は、同氏とアメリカの平和活動家、なかんずく核政策健全化委員会との関係を考慮し、世界大会にたいする協力要請もあることなので、同氏の訪日目的にできるだけそうような協力をすることが必要である。
このため、各分野の科学者、漁業関係者、漁民、法律家との会見を調整して、これに必要な通訳兼助手を一名つけることにした。

三、財政について

右のために必要な財政支出は、通訳費約一万円、交通費など雑費約一万円で計二万円をこえない額におさまることになる。

原水爆実験停止命令申請訴訟

 本件は、1958年4月4日、アメリカにおけるコロンビア地区連邦地方裁判所に提起された。本件の詳細は次のとおりである。

1.原告

ライナス・C・ポーリング アメリカ、ノーベル化学賞受賞者、カルフォルニア工科大学化学教授)
バートランド・ラッセル イギリス、ノーベル文学賞受賞者
賀川豊彦 日本、日本原水協代表委員、キリスト教界長老
カール・ポール・リンク アメリカ、ウイスコンシン大学生化学教授
レスリー・C・ダン アメリカ、コロンビア大学動物学教授
クラレンス・E・ピケット アメリカ、アメリカ・フレンド奉仕委員会名誉執行委員
ウィリアム・ブロス・ロイド アメリカ、政治評論家、編集者
ノーマン・トーマス アメリカ、作家、アメリカ社会党長老
ステファニー・メイ アメリカ、家庭主婦
L・ジョーン・コリンズ イギリス、ロンドン聖パウロ寺院僧会議員
G・ミカエル・スコット イギリス、イギリス聖職者協会書記、国連アフリカ局名誉会長
中谷清明 日本、室戸岬船員同志会会長、船長
松下?江治 日本、室戸岬船員同志会会員、機関長
釣井高明 日本、第十一カトリ丸船主
ブロック・チショルム カナダ、世界保健機構前事務総長
D・マルチン・ニーメラー 西ドイツ、ドイツ福音教会会長、神学者
アンドレ・トロメク フランス、フランスF・O・OR会長
キャスリン・ロンズデール イギリス、ロンドン大学化学教授、王立協会会員

2.被告

ニール・H・マッケルロイ アメリカ国防長官
ルイス・L・ストローズ アメリカ原子力委員長
ウイリアード・F・リビー アメリカ原子力委員
ハロルト・S・ヴァンス アメリカ原子力委員
ジョーン・S・グレーアム アメリカ原子力委員
ジョーン・F・フローバーグ アメリカ原子力委員

 

3.提案の趣旨

放射能を発生する核兵器を、それに責任のある関係公務員が、今後爆発させることを防止する訴訟を、米・英・ソ連において提起する。この訴訟は、勿論、各国の法律が異なっているので、別々に各該当国で提起することになる。然しこれらの訴訟は同時に提起されるよう、あらゆる努力を払い、かつ若干の原告はすべてのこれらの訴訟に共通であるようにする。

米国における訴訟は、米国市民のグループ及び米国市民と共に他の国々の原告のグループから提起され、コロンビア地区の連邦地方裁判所に提起される。これは原子力委員会のメンバー、その主たる執行官等及び国防長官に対し、これらの公務員等が放射能を発生する核兵器を爆発させることを将来において差止めることを目的とするものである。

もし不利な判決があった場合は、コロンビア地区の控訴裁判所に上訴し、更に不利な判決があれば、連邦最高裁判所に上訴されるであろう。

第六回全国理事会議事及決定事項(原水爆禁止日本協議会 、1958.3.11)<抄>

「車の両輪」論

(原水爆禁止日本協議会「第六回全国理事会議事及決定事項」1958.3.11)<抄>

このようにして第一回世界大会では感情的であったにせよ救援運動の方向が大きく打ち出されたのであって、事実この大会以后世間の被害者に対する関心は急速に高まり、被害者自身もはげまされて立ち直りはじめた。この大きな動きは一九五六年八月ナガサキにおける第二回大会において更に強められ理性化され「日本原水爆被害者団体協議会」が発足するに至った。この間にあって、救援運動と禁止運動は切りはなせない関係にあり、車の両輪の如く、噛み合って進められなければならないことが広く確認され、また事実をもってそれは示されて来た。

原爆障害者生活援護費給付の手びき(1958年)

原爆障害者生活援護費給付の手びき

財団法人 広島原爆障害対策協議会

一.制定の趣旨

原爆障害者の治療に関しては、昭和二十八年以来財団法人広島原爆障害対策協議会(以下「原対協」という)に於て医療費の殆んど全額に亘る給付を行っているのであるが、昭和三十二年四月原爆医療法の制定に伴い、原爆症に関する検査及び医療費の全額国庫負担の実見を見るに至り、一応治療費に関して万全の措置が講ぜられたが、一方原爆障害者に対する生活援護は遂に取りあげられることなく今日に至った。原爆障害者の治療は長期に亘るため、これが治療の促進は単に医療の給付のみでは解決することは困難であり、特に入院を必要とする障害者の治療に影響を及ぼすこと多大であるため治療意欲の減退を来し、ひいては治療活動を阻害する結果となっている。

ここに於て原対協は昭和三十二年度予算に治療推進費を計上し、その一項目として生活援護を行い、安心して治療に専念し、生活再建の途を開かしめると共に治療の円滑化を期することとした。

二、生活援護費の給付をうけられる人

1.原爆障害者であって、現に原爆症の治療をうけている人であること
2.、低額所得者であって、援護の必要がある人
例えば
イ、本人が家計の主なものであって、入院治療のため収入が得られなくなる場合(規定第三条第一号参照)
ロ、家族であるが収入の一部を生計に当てていて入院治療のため収入が得られなくなる場合(規定第三条第二号参照)
ハ、その他の事情により入院治療をうけるため生計の資料が得られなくなる場合
などですが、お困りの方は一度御相談下さい。

三、給付の内容

1.給付期間 右の給付のある期間
2.給付額 毎月一定額を右の期間に給付する。(規定第三条参照)

四、手続

所定の申請書を左記場所え提出する。(用紙も備え付けてあります)

五、決定

審査の上決定通知されます。

申込場所

一、財団法人 広島原爆障害対策協議会

広島市千田町一丁目広島原爆病院内(電話(4)三一一一)

又は
一、広島市厚生局原爆被害対策課

広島市国泰寺町三九北庁舎内(電話(4)〇一〇一、(4)一一一二)

原爆障害者生活援護費給付規程

第一条 財団法人広島原爆障害対策協議会(以下「原対協」という)の行う生活援護費の給付業務は、この規程の定めるところによる。
第二条 生活援護費の給付は、原爆被爆者にして低額所得のため原爆医療を受けることにより生活を脅かされるおそれのある者に支給するものとする。
第三条 前条の給付は、次の要領によって行う。
一、主として生計を維持しているものが医療をうけることにより収入が得られない場合
一ケ月六、○○○円以内
一、右以外の者が医療うけることにより援護の必要あると認られる場合
一ケ月二、○○○円以内一
第四条 生活援護費の給付を受けようとする者は、生活援護費給付申請書(別紙様式)を原対協会長に提出し、審査を受けるものとする。
付則
この規定は、昭和三十三年一月一日から実施する。但し特別の事情があるものについては、昭和三十二年四月一日にさかのぼることができる。

原爆関係資料 (広島県)

『原爆関係資料』(広島県 昭和32年2月)

健康手帳交付数(1957年月別)

月別 交付数 月別 交付数
7 11458 1 931
8 11497 2 336
9 2569 3 634
10 3392
11 951
12 574 合計 32342

健康手帳交付数(法第2条による分類)

区分 1号 2号 3号 4号
交付数 19358 9304 1520 259 30441
百分率 63.6 30.6 5.0 0.8 100

 

健康手帳交付・健康診断受診者・要精密検査数(1957年末現在)

保健所 健康手
帳交付
予定数
交付数 一般
健康診断
受診者数
要精密
検査数
呉東 1700 346 321 13
呉西 1237 1107 40
三原 520 705 287 61
尾道 930 713 465
福山 530 306 192 41
廿日市 4830 5439 927 128
可部 9670 4314 1036 45
加計 1030 835 278 27
千代田 420 896 68
甲田 1760 1888 1019 233
西条 1880 2955 825
竹原 930 1365 442 84
甲山 400 582 293
府中 360 366 257 23
三和 200 267 245 25
上下 160 173 149 25
三次 930 981 897 74
三良坂 250 251 189 28
西城 760 955 490 63
海田 5830 5100 1615 99
大柿 500 767 225 49
原爆病院 1419 707
その他 385 42
合計 33590 30441 13131 1809

医療

病院別 精密検査
受診者数
要治療者
原爆病院 1091 234
広島赤十字病院 46
広大附属病院 15
県立広島病院
1153 243
(21%)

 

メモ:久保良敏資料