「1945年」カテゴリーアーカイブ

回顧五年-原爆ヒロシマの記録(爆弾篇/体験篇)

回顧五年-原爆ヒロシマの記録(爆弾篇/体験篇)

爆弾篇(1945年)

見出し 掲載紙 掲載月日
英で着手、米で生産 毎日 0815
動力の世界に革新 毎日 0815
五百トン爆弾と同じ作用 朝日 0816
浅田博士に聴く(1) 朝日 0821
理博、阪大教授、産業科学研究所員、超電波の権威
浅田博士に聴く (2) 朝日 0822
浅田博士に聴く(3) 朝日 0823
浅田博士に聴く(4) 朝日 0824
浅田博士に聴く(5) 朝日 0826
浅田博士に聴く(6) 朝日 0827
原子爆弾の神秘を声明 19460330

体験篇(1945年)

見出し 掲載紙 掲載月日
原子弾を浴びて 朝日 0831
つきぬ情の一筋 中国 19460215
名作「原爆の回顧」 朝日 19470808
原爆孤児が綴る新版「父帰る」 中国 19470821
私らは大きくなった 朝日 19480808

出典:『回顧五年-原爆ヒロシマの記録』(瀬戸内海文庫、19500505)

回顧五年-原爆ヒロシマの記録(1945年)

『回顧五年-原爆ヒロシマの記録』(瀬戸内海文庫、19500505)

報道篇(1945年)

見出し 掲載紙 掲載月日
敵、広島に新型爆弾 朝日 0811
落下傘つき、空中で炸裂
ピカッ!物陰に
新型爆弾
鈍音熱線大轟音
悪魔の爆弾英民衆も非難
広島の戦訓
壕には爆風除け
正に火薬二萬噸に匹敵
危険は閃光の一瞬
聖断を拝し大東亜戦争を集結
詔書
最大の凶器原子爆弾
従来の作戦を一変す
英米で共同研究
原子爆弾投下機操縦者の話
死亡なお続出
原子爆弾現地調査報告書
原子爆弾、あの日の戦慄
残された原子爆弾の恐怖
惨、累々たる死骸
半径二キロまで全壊焼
死者なおも続出
頭髪も全部ぬける
「原子爆弾」その後
広島の被害世界一
妊婦には影響なし
嘘だ、七十五年説
原子爆弾防御法米研究所で発見
「原子爆弾」奇譚
原子爆弾の恐怖と対処策
地震学者のみた原子爆弾
根こそぎ倒れた国泰寺の樟
症状は回復してもこの冬無理は禁物
空中で組立て広島爆撃
街の話題
妊娠は当分駄目
原子爆弾と広島の復興

爆弾篇(1945年)

見出し 掲載紙 掲載月日
英で着手、米で生産 毎日 0815
動力の世界に革新 毎日 0815
五百トン爆弾と同じ作用 朝日 0816
浅田博士に聴く(1) 朝日 0821
理博、阪大教授、産業科学研究所員、超電波の権威
浅田博士に聴く (2) 朝日 0822
浅田博士に聴く(3) 朝日 0823
浅田博士に聴く(4) 朝日 0824
浅田博士に聴く(5) 朝日 0826
浅田博士に聴く(6) 朝日 0827
原子爆弾の神秘を声明 19460330

体験篇(1945年)

見出し 掲載紙 掲載月日
原子弾を浴びて 朝日 0831
つきぬ情の一筋 中国 19460215
名作「原爆の回顧」 朝日 19470808
原爆孤児が綴る新版「父帰る」 中国 19470821
私らは大きくなった 朝日 19480808

 

原爆被害:時時刻刻(8月16日~31日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月16日~31日)

時刻 事 項
16 「本日早朝より海兵団、潜水学校等を歴訪、食糧援助方を依頼。直に県に引返し貨車の手配を了し、夕方より再び大竹に向ふ。夜列車遅延の為大竹駅前に野宿す。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
16 「一、広島市ノ復興対策ニツキ左ノ通リ示サレタリ」(広島県「戦災記録」)
16 09:00 「一、本日九時内政課長 会計課長 桐原警部ハ県庁移転候補地タル海田市町日本製鋼 東洋工業会社下見ノ為メ出向 十一時五十分帰来左ノ通報告アリタリ」(広島県「戦災記録」)
16 14:00 「一、本日十四時廿日市病院ニ於テ近親者ニヨリテ大塚総監ノ仮葬儀行ハル 状況上参列辞退ノ旨申添アリ」(広島県「戦災記録」)
16 14:00 「一、十四時長官黒田属帯同総監府ノ会議ニ出向」(広島県「戦災記録」)
17 「二総作命甲号外第二号 第二総軍命令 八月十五日 広島」(広島県「戦災記録」)
17 佐伯郡、戦災対策本部を設置し、原爆被災者を救援・救護。郡内の公共施設・民家への収容者約2万人に達す。
17 「本日早朝より海兵団兵員の援助を得て食糧の貨車積を開始、午後4千俵の積込を終る。午後再び潜水校、陸燃等を訪問、残余の食糧積込を手配す。夜県庁に引返して泊る。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
17 09:30 「一、九時半 長官黒田属帯同 呉鎮呉市役所呉警察署訪問」(広島県「戦災記録」)
17 10:00 「一、十時 会計課長外三名県庁舎移転間題打合ノ為東洋工業株式会社ヲ訪問」(広島県「戦災記録」)
17 13:30 「一、十三時四十分 第二総軍岡崎参謀長 長官ヲ訪問」(広島県「戦災記録」)
17 15:00 「一、十五時 東洋工業株式会社事務所三階(全部)ヲ県庁舎トシテ貸付ノ件重役会議ノ結果承諾ノ旨同社総務部長来庁回答シタリ」(広島県「戦災記録」)
18 09:30 「九、三○ 長官村上属帯同 中国軍管区司令部ヲ訪問」(広島県「戦災記録」)
18 10:00 「午前10時より県庁部課長会議。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
18 11:00 「一一、○○ 部課長会議」(広島県「戦災記録」)
18 13:00 「午後1時より地方事務所市長会議。午後9時過帰宅す。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
18 13:00 「一三、○○ 内務省福田事務官事務打合ノ為来県」(広島県「戦災記録」)
18 13:00 「一三、○○ 市長地方事務所長会議」(広島県「戦災記録」)
18 14:00 「一四、○○ 都市計画委員会」(広島県「戦災記録」)
19 14:00 「日赤病院長長官ヲ訪問」(広島県「戦災記録」)
19 15:00 「緊急町村会同開催の手配をなす。午後3時より臨涛館にて陸軍兵器補給廠との懇談会あり。夜隣組常会開催さる」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
20 「午前5時発列車にて出広。本日県庁を向洋東洋工業に移す。午後1時より同所に於て長官開庁の挨拶あり。本日広島県人事課長兼食糧課長を命ぜらる。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
20 09:00 「長官 経済第一部長 警察部長 黒田属 東洋工場へ 各部全部東警察署ヨリ東洋工業ニ移転ス」(広島県「戦災記録」)
20 12:00 「中国軍管区部隊命令 8月20日12時 広島 一、広島地区司令官ハ戦災救護ノ為指揮シアル衛生機関ヲ任務終了次第撤収シ之カ派遣人員ハ夫々原隊ニ復帰セシムベシ 二、前項衛生機関ノ撤収部隊人員及同年月日ヲ其ノ都度報告スヘシ」(『中国軍作命甲綴』)
21 「本日より日本製鋼所の寮に入る。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
21 米国ロスアラモス研究所で、プルトニウム事故。作業員1人が被曝死。警備員1人が急性症状。
21 12:00 「中国軍作命丁第4号 中国軍管区部隊命令 8月21日1200 広島 一、広島第一陸軍病院長ハ速カニ宇品付近ニ分院ヲ設置シ船舶部隊ニ収容シアル軍戦傷患者ノ収療ニ任スベシ 二、施設ハ船舶司令部ト協議ノ上成ル可ク船舶部隊ノ既設ノモノヲ使用スヘシ 三、広島第二陸軍病院長ハ前項分院設置ニ対シ援助スヘシ 三、広島地区司令官ハ第1項、第2項部隊ヲ併セ指揮スベシ 四、広島第一陸軍病院宇品分院ノ編成表ハ別紙ノ如シ 」(『中国軍作命甲綴』)
22 長崎県、大工・左官等技能者約300名・一般労務者500名からなる「長崎県緊急建設本部」設置、長崎市内各所の災害復興を図る。
22 防空総本部技師鳥居捨蔵、広島原爆現地調査結果を報告。
23 「中国軍参電第94号 昭和20年8月23日 [件名]救護要員派遣ノ件 [宛名]山口・鳥取・浜田陸病長 [署名者]軍管区司令官 中国軍作命丁第5号要旨 山口・鳥取・浜田陸軍病院長ハ軍医1、日赤救護班1ヲ8月25日広島第二陸軍病院向原分院(芸備線沿線)ニ派遣シ診療業務ヲ援助セラルヘシ」(『中国軍作命甲綴』)
23 「岡山県庁より横山事務官外7名応援の為来庁。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
23 毎日新聞, 原爆爆心地域70年生物不毛説を伝える. 翌日, 朝日・読売報知,75年生物不毛説を報道.
23? 広島市の原爆被災状況、死者6万人以上・負傷者10万人以上に達す。
23? 中国地方総監府および広島県庁関係原爆死没者・負傷者氏名発表。
24 ジュノーら赤十字国際委員会の日本派遣員、各地の捕虜収容所に向け東京を出発。広島県向島造船所へはビルフィンガーが向かう。
24 「総監府連絡会議。長官厳島神社及速谷神社へ終戦報告の為参拝。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
24 仲みどり、東大病院で死亡(毎日新聞)。
24 08:00 「中国軍作命丁第6号 中国軍管区部隊命令 8月24日0800 広島市 一、福岡第二陸軍病院派遣救護班(西田大尉以下230名)原隊ニ復帰スヘシ 中国軍管区司令官 谷 寿夫」(『中国軍作命甲綴』)
24 10:00 「中国軍作命丁第7号 中国軍管区部隊命令 8月24日1000 広島市 一、鳥取救護班(美田少尉以下7名)ハ8月25日出発原所属ニ復帰スヘシ 中国軍管区司令官 谷 寿夫」(『中国軍作命甲綴』)
25 国際赤十字委員会マルセル・ジュノー、大森収容所で米飛行士の捕虜と接触(「ドクター・ジュノーの戦い」)。
25 東京帝国大学医学部臨時教授会で厚生省亀山次官から原爆被害調査依頼があったことが報告される。予算は防空委託研究費。(「DDT革命」)
25 11:00 「午前11時より県参事会。午後1時より県政協力会議」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
25 13:00 「中国軍作命丁第8号 中国軍管区部隊命令 8月25日1300 広島市 一、中国軍管区工兵補充隊ハ8月22日中国軍作命甲第29号ニ基キ広島第一陸軍病院江波分院及広島赤十字病院ニ派遣中ノ兵力ヲ引続キ8月27日迄派遣シ前任務ヲ続行セラルヘシ 二、細部ニ関シテハ参謀長ヲシテ指示セシム 中国軍管区司令官 谷 寿夫」(『中国軍作命甲綴』)
26 「会議室に於て県下警察署長会議開催。<その席上に於て偶々内務省より電報示達の機密文書の焼却指示を為す。焉ぞ図らん、後日之が禍して追放の処分に遇はんとは 嗚呼>」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
27 東京大学伝染病研究所員栗本珍彦他2名、広島で調査開始。(日本産業経済新聞)
27 国際赤十字委員会マルセル・ジュノー、相模湾停泊中の米軍艦サン・ディエゴ艦上で米軍と接触、米軍とともに大森収容所を解放(「ドクター・ジュノーの戦い」)。
27 井街軍医少尉、中国軍管区司令部軍医部長駒田少將の使者として京都大学を訪問。医学部に対し、原子爆弾被爆者の災害の徹底調査と早急なる対策樹立のために研究員の派遣を要請。(菊池論文)
27 13:00 「午後1時より東署楼上に於て戦災復旧対策官公署連絡会議開催。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
27? 長崎県建設工事本部、被災家屋の応急修理に着手する計画。
28 オーターソン大佐(マッカーサーの軍医顧問)、ガイ・B・デニット代将(太平洋米軍総司令部軍医総監)宛のメモ「原爆の障害が引き起こす影響に関する研究」を記す(『災害との遭遇』)。
28 厚生省の専門家、広島県衛生課や逓信病院で原爆被災者の健康について調査。
28 「児玉中国地方総監着任。長官と共に之を出迎ふ。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
29 「中立国利益代表長官を訪問。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
29 広島市、全市連合町内会へ第1回衣料品配給。
29 九大医学部沢田内科班、原爆による負傷者の救護とその影響研究のため長崎入り。
29? 大阪大学附属病院、収容した原爆被災者の病症状経過を発表。長井同大医学部助教授、広島現地報告を発表(朝日新聞)。
30 「長崎県知事代理人が来学し、原子爆弾による死亡者についての研究が依頼された」(「五十年史(九州大学医学部)」)
30 ファーレル将軍、第8軍司令官とともに横浜に到着(マンハッタン・プロジェクト『広島・長崎への原爆の投下』。
30 東大医学部教授都築正男ら調査団、来広。(朝日・毎日新聞)
30 「中国軍管区慰霊祭執行。長官に随行して参列。其序を以て長官邸焼跡を見廻る」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
30 赤十字国際委員会のビルフィンガー、広島に到着(「ドクター・ジュノーの戦い」)。
31 天皇、広島・長崎の惨状視察と救護関係者激励のため侍従を派遣することを明らかにする。
31? 日本政府、駐日スイス公使に、広島に対する原子爆弾攻撃で連合軍捕虜は一名も死傷者が無かったと通告。

 

原爆被害:時時刻刻(8月15日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月15日)

時刻 事 項
15 08:00 「一、本日午前八時長官ヨリ左記会報アリタリ 1十一時ヨリ部課長会議開催 部課長ノ外市内東西宇品警察署長集合ノコト 2十三時本庁本部ニ勤務ノ全員集合ノコト」(広島県「戦災記録」)
15 11:00 「一、十一時ヨリ部課長会議行ハル」(広島県「戦災記録」)
15 12:00 天皇の終戦詔書放送さる.
15 12:00 「一、十二時ラジオ放送ニヨリ聖旨アリ 米英ソ支ニ対シソノ要求受諾セリ 万事休ス-万感交々至リ熱涙滂沱タルヲ如何セン 吾尊皇国一生ヲ享ケ茲ニ多年幾度カ死線ヲ彷徨シテ死スルヲ得ス 八月六日又九死ニ一生ヲ得 天未ダ借スニ余命ヲ以テスルヲ感謝シ更ニ決死奏公ヲ熱願シアリシトコロ コトココ二至ル 死所ヲ得サリシヲ亦如何セン鳴呼!!」(広島県「戦災記録」)
15 14:00 「一、本日十四時全庁員参集 長官ヨリ 1詔書奉読 2内閣総理大臣謹話 3長官訓示-特ニ大和民族ノ誇〔ト〕気迫ヲ失フ勿レト訓示アリタリ 言々切々肺腑ヲ衝ク」(広島県「戦災記録」)
15 14:00 「一、吉田高等女学校生徒一二五名 引率教員三名 午後二特到着直テニ左記配処ニ就ク (各収容所)江波二○ 神崎二○ 舟入二○ 本川二○ 逓信 一○ 己斐二○ 袋町一五」(広島県「戦災記録」)
15 r <調査報告書>広島災害調査班長島田中佐「状況報告(総軍軍医部長宛)」
15? r <調査報告書>陸軍省広島災害調査班「広調班速報第9号」
15 「一、地区司令部主催連絡会議」(広島県「戦災記録」)
15 「[畑]元帥は15日帰任し、陛下の和平に対する鞏固なる団結と至厳なる軍紀を確保して大御心に副ひ奉らんことを期すべしとの主旨を伝達し、直ちに両方面軍参謀長を招致して此の主旨の徹底方を命令せり。」(『本土作戦記録・第二総軍』)
15 「15日西練兵場(概ネ爆心付近)空気中ニ同ジク5倍強度ノ放射能ヲ認ム 第二総軍幕舎付近ニ於テハ増加ヲ認メ得ズ」(陸軍省広調班速報9)
15 「管内兵事主任会同あり。生口島の各国民学校より御真影を奉還す。正午戦争終結に関す御詔勅発せられ、ラヂオを通じ玉音を拝す。感慨無量涙滂沱たり。直に広島に上り県の対処方針を糾す為県庁に出頭。其足にて直ちに大竹に赴き海兵団より糧食融通方手配す。夜下野署長宅に泊る」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
15 新聞, 原爆被災の詳細を一斉に報道.
15 「二総作命甲号外第二号 第二総軍命令 八月十五日 広島」(広島県「戦災記録」17日の項)

原爆被害:時時刻刻(8月14日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月14日)

時刻 事 項
14 07:00 「700島田中佐宇品船司ニ到リ連絡ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
14 08:00 「中国軍作命甲第21号 中国軍管区部隊命令 8月14日0800 広島 中部軍管区防疫部派遣班(村江中尉以下16名)ハ広島到着ト共ニ広島地区司令官ノ指揮下ニ入ルヘシ 中国軍管区司令官」(『中国軍作命甲綴』)
14 10:30 「一、十時三十分長官河田警部帯同市内救護状況視察ノ為メ出張セラレタリ 零時十分帰来衛生課長招致左ノ如キ指示アリタリ」(広島県「戦災記録」)
14 10:50 「臨時閣議開催の後10時50分より全閣僚、枢密院議長、両総長お召しを受け、御前会議が開催せられた」「午後1時より更に閣議開催せられ、詔勅案を審議し、これを奉呈したが同11時御詔勅発布せられた」(「東郷外相口述筆記」)。
14 14:30 「一、十四時三十分長官ハ会計課長帯同産報道場ニ出向カル 舎ノ状況下見ノタメナリ 十七時帰来総監府(副総監、副参事官)宿舎申込ノタメ全部ハ入レナイガ一部ノ移転ハ可能ト認ム」(広島県「戦災記録」)
14 15:30 「中国軍作命甲第23号 中国軍管区部隊命令 8月14日1530 広島 一、独立電気第3中隊ノ1小隊、大阪第二陸軍病院派遣救護班ハ広島地区司令官ノ指揮下ニ入ルヘシ 二、広島第二陸軍病院長ハ救護班1ケ(長以下約10名)ヲ差出シ広島地区司令官ノ指揮下ニ入ルヘシ 三、広島地区司令官ハ第1項、第2項部隊ヲ併セ指揮スベシ 四、指揮転移ノ時機ハ8月15日零時トス 中国軍管区司令官」(『中国軍作命甲綴』)
14 23:00 東郷外務大臣「「ポツダム」宣言の条項受諾の件」(在瑞西・加瀬公使、在瑞典・岡本公使宛)
14 r <調査報告書>呉廠砲実部西田亀久夫(海軍技術大尉)・坂巻喬(海軍技術大尉)「長崎市空襲被害概況調査報告」
14 r <調査報告書>技術院松前参技官「新型爆弾ニヨル広島市被害状況調査報告」
14 r <調査報告書>呉鎮守府衛生部「8月6日広島空襲戦訓(第3報)」、「第4報」
14 「午後調味料蔬菜等の配給に当る。仲々徹底せず。知事閣下の命により戦災患者の給与に付特別の考慮を払ふ。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
14 「御園生教官一行福田教授等来島ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
14 理化学研究所仁科芳雄・阪大浅田博士、広島現地調査結果発表。使用された爆弾は原子爆弾であり、被爆中心地は放射性物質が広く撤布されており、身体に悪影響を及ぼすため長期滞在は危険である。(読売報知新聞)
14 朝日新聞、「敵の非道を撃つ」との社説を掲げ、アメリカの原子爆弾投下を非難。
14 長崎県知事「空襲被害状況並ニ災害応急対策ニ関スル件第8報」(「長崎原爆戦災誌」5)
14 「一、本日ノ本部宿直員左ノ通」(広島県「戦災記録」)
14 「海医校小松、太田両中佐帰還ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
14 「一、義勇隊本部長ヨリ左ノ通告知アリタリ」(広島県「戦災記録」)
14 「御園生少佐(陸医校)以下4名放射線研究班並ニ福田教授以下3名ノ火傷調査班派遣セラル」(陸軍省広島災害調査班状況報告)
14 「海医校小松中佐来島ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
14 「中国軍作命甲第22号 中国軍管区部隊命令 8月14日[不明] 広島 一、岡山地区赴援隊ハ通信班及救護班ヲ残置シ主力ヲ以テ原所属ニ復帰スベシ 中国軍管区司令官」(『中国軍作命甲綴』)
14 「御園生少佐以下9名8月14日朝似島到着」(陸軍省広調班速報9)
14 「8月14日、似島ニ於テ焼却セル屍体ノ骨ニツキ放射能ヲ検シ最高自然状態ニ於ケル放射能ノ強度ニ比シ約10倍強度ノ放射能ヲ存スルヲ認ム」(陸軍省広調班速報9)

 

原爆被害:時時刻刻(8月13日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月13日)

時刻 事 項
13 08:30 「午前8時半最高戦争指導会議構成員の会合が首相官邸地下室で開催」(「東郷外相口述筆記」)。「9時前に首相官邸に、首相、陸相、海相及び両総長6人だけの会議が開かれ意見の交換がある、両総長は参内のため9時より10時半まで中断されたが、さらに15時まで前後約5時間にわたり、くりかえし議論が蒸しかえされ」(下村海南著「終戦記」)
13 08:30 「中国軍作命甲第20号 中国軍管区部隊命令 8月13日0830 広島 一、第225師団工兵隊(1中隊欠)ハ広島到着ト共ニ広島地区司令官ノ指揮下ニ入ルヘシ 二、広島地区司令官ハ前項部隊ヲ併セ指揮シ主トシテ広島市内橋梁ノ復旧ヲ実施スベシ 中国軍管区司令官」(『中国軍作命甲綴』)
13 09:00 「一、午前九時長官河田警部帯同ニテ市内ノ救護状況視察セラレタリ 帰来後関係課長ヲ招致左ノ通リ指示アリタリ」(広島県「戦災記録」)
13 13:30 「一、本日十三時三十分ヨリ戦災対策委員会ヲ本庁ニ於テ開催セラレタリ」(広島県「戦災記録」)
13 16:00 「[閣議が]16時に至り漸く開会された。昨日の懇談につづき4国回答に対し首相は円卓を囲める席次を、左より順次指名して閣僚の腹蔵なき開陳を求めた。・・・閣議はまとまらずに散会する事となった」(下村海南著「終戦記」)
13 r <調査報告書>陸軍軍医大佐戸田古一郎[西部軍派遣調査隊]「広島空襲被害報告」
13 r <調査報告書>陸軍省広島災害調査班「広調班速報第7号」、「第8号」
13 r <調査報告書>中国軍管区司令部「8・6広島市被害状況」
13 「海医校病理教官来訪当所ノ業務ニ協力シアリ」(陸軍省広調班速報8)
13 「13日畑元帥に至急上京の招電あり。」(『本土作戦記録・第二総軍』)
13 「目下広島市内ニ赤痢散発シ当似島ニ於テモ現在患者約500名中30名疑似患者アリ 至急防疫処置ヲ実施中ナリ」(陸軍省広調班速報8)
13 仲みどり(移動演劇団桜隊の女優)、広島で被爆後、東大都築外科に入院(8.31毎日新聞)。
13 「西部軍ニ教育出張中ノ戸田教官以下教官5名8月11日広島ニ到着目下広島陸病第一(可部)ニアリ 被教育者30名ヲ有ス 現地教育(資料提供)ノ後一両日中ニ帰還ノ筈ナリ」(陸軍省広調班速報8)
13 「海医校太田教官(病院)来島ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
13 「一、次ノ通報告アリタリ 八月十三日 知事  内務 厚生 農 商 軍需 文部 各次官宛」(広島県「戦災記録」)
13 「一、本日ノ宿直員主左ノ通」(広島県「戦災記録」)
13 「市内各所の配給所を視察。末端の配給仲々徹底せず。今尚副食の配給を受けざるものあり。明日より毎朝配給責任者会同を催すことに決定。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
13 「一、第二総軍戦闘司令部ヨリ左ノ通連絡アリタリ 連絡 戦闘司令所 本日ノ戦闘司令所防衛会報ハ取止メ県庁ニ於テ一三時ヨリ実施ノ会議ニ於テ打合セヲ実施スル予定」(広島県「戦災記録」)
13 「火傷患者ノ温浴療法ヲ開始ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)

原爆被害:時時刻刻(8月12日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月12日)

時刻 事 項
12 00:45 「12日午前零時45分、外務省ラジオ室より米英ソ支4国の対日回答発表せられたりとて、その内容を通知して来た」(「東郷外相口述筆記」)。
12 09:00 「一、本日午前九時長官罹災患者手当ノ件ニ付船舶司令官ヲ訪問セラル」(広島県「戦災記録」)
12 14:00 「午後2時より市役所に於ける軍官民防衛連絡会議に出席。夜県庁に宿泊。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
12 15:00 「天皇、皇族会議を召集す。・・・18時20分、皇族会議散会す。」(「8月12日終戦誌」)
12 16:00 「一、本日十六時ヨリ第二総軍連絡会議開催サレ左ノ通リ協議行ハレタリ」(広島県「戦災記録」)
12 r <調査報告書>船舶獣医部「広島ニ於ケル馬匹被害状況」
12 「海軍省及海医校調査班来訪資料ヲ交換セリ」(陸軍省広調班速報8)
12 「12日頃大本営より「帝国政府は連合国に対し和平交渉中」との主旨の電報に接せり」(『本土作戦記録・第二総軍』)
12 「海軍省及海医校調査班来島種々意見ヲ交換ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
12 「8月11日西部ヨリ見習士官2名ノ調査班派遣セラレタルヲ以テ之ヲ指揮シ現在迄蒐集セル資料ヲ与エ今後ノ処置ニ就キ指導セリ8月12日夜似島出発帰還セリ」(陸軍省広調班速報8)
12 「本日より戦災対策委員会食糧係として応援勤務に就く。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
12 「一、本日左ノ通発令セラレタリ」(広島県「戦災記録」)
12 「一、左ノ通リ広島警備船舶命アリタリ 広警船作命第二三号 広島警備船舶命令  八月十二日 一六〇〇 広島市庁戦闘司令所」(広島県「戦災記録」)
12 「火傷患者ニ対シクレゾール温浴療法ヲ開始ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
12 「一、本日十四時ヨリ本部ニ於テ開催ノ災害復旧対策部課長会協議 内容左ノ如シ」(広島県「戦災記録」)
12 マーシャル将軍、マッカーサー将軍にマンハッタン・プロジェクトの原爆調査グループについての情報を伝える(マンハッタン・プロジェクト『広島・長崎への原爆の投下』。
12 「一、宇品ニ於テ対策協議会要領左ノ通リ」(広島県「戦災記録」)
12 「一、福山地方事務所長ヨリ福山市ノ罹災状況第二報左ノ通報告アリタリ」(広島県「戦災記録」)

原爆被害:時時刻刻(8月11日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月11日)

時刻 事 項
11 07:00 「700松永課員帰京ノ途ニ上ル」(陸軍省広島災害調査班行動表)
11 08:30 「一、午前八時半ヨリ長官市内及安佐郡可部線沿線ノ罹災者収容救護状況視察」(広島県「戦災記録」)
11 16:00 「一、本日午後四時ヨリ船舶司令部ニ於テ防衛会議開催 宍戸輸送課長及小山事務官出席 会議ニ於ケル協議内容次ノ如シ」(広島県「戦災記録」)
11 「杉山教授一行1900帰途ニツク」(陸軍省広島災害調査班行動表)
11 「8月11日西部ヨリ見習士官2名ノ調査班派遣セラレタルヲ以テ之ヲ指揮」(陸軍省広調班速報8)
11 「一、明後十三日午後一時半ヨリ戦災対策委員会開催左ノ通リ通知ヲ発ス」(広島県「戦災記録」)
11 「一、戦災保護法ニヨリ死者一人当リ金五十円ノ見舞金ヲ支出スルタメ金二百五十万円ノ臨時借入フナスコトノ手配ヲナス-援護課」(広島県「戦災記録」)
11 「広島応援不在中の事務に関し庁内各課長と連絡。尚広島市の戦災患者1千名収容の依頼あり。警察署長と連絡の上手配を了す。夕方の列車にて広島に至る。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
11 広島市、復興のために文理大で学徒決起隊を結成(予告)。
11 「一、安芸高等女学校々舎倒壊シ調査ノ結果其ノ下敷トナリタル県庁員十二名(耕地課六名調査課五名畜産課一名)軍隊六○名学校側一名ナリ 内死亡者県庁員一名軍側十六名学校一名ニシテ未発掘ノモノ県庁一名軍三名ナリ」(広島県「戦災記録」)
11 「一、広島市内主要神社ノ復旧ヲ早急ニナシ一般市民ノ参拝ガ出来ル様ニ取運ブコトニ手配ス-加藤警部」(広島県「戦災記録」)
11 長崎市の復旧・被災者救護作業のため周辺地域義勇隊・学徒隊出動。
11 「戸田、山県教官来島ス。」(陸軍省広島災害調査班行動表)
11 「臨床検査(血液及尿)茲ニ屍体解剖等調査研究ヲ進ム」(陸軍省広島災害調査班行動表)
11 「西部軍ニ教育出張中ノ戸田教官以下教官5名8月11日広島ニ到着」(陸軍省広調班速報8)
11 グローブズ少将、ファーレル准将にマンハッタン・プロジェクトの原爆調査グループを組織するよう指令(マンハッタン・プロジェクト『広島・長崎への原爆の投下』。

 

原爆被害:時時刻刻(8月10日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月10日)

時刻 事 項
10 02: 「翌8月10日の午前2時をすぎた。・・・聖断は下った。・・・我が国の国力の現状、列国の情勢を顧みるときは、これ以上戦争を継続することは日本国を滅亡せしむるのみならず、世界人類を一層不幸に陥れるものなるが故に、この際堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで、戦争を終結せんとするものであるという主旨のお言葉であった。」(迫水久常手記「降伏時の真相」)
10 03:00 「3時更に閣議を開き、全員挙って原案に賛成決定を了した」(「東郷外相口述筆記」)。「各大臣は急遽内閣に引き返してここに待ち受けて居た全閣僚を会して閣議を再開し、閣議も聖慮のままを閣議決定として決定したのである」(迫水久常手記「降伏時の真相」)
10 06:45 東郷大臣「三国宣言受諾の件」(在瑞西・加瀬公使、在瑞典・岡本公使宛)
10 07:00 「一、長官午前七時出発 船舶司令官 鉄道局長逓信局長 西部逓信総局長 西警察署長等訪問」(広島県「戦災記録」)
10 08:00 「800定期便船ニテ松永少佐ヲ除ク全員似島ニ向フ作業開始」(陸軍省広島災害調査班行動表)
10 09:00 山岡静三郎海軍薬剤少佐ら大阪調査団、呉着。呉海軍病院へ。病院の車で広島市へ。西練兵場の砂に放射能を検出(「浅田常三郎メモ」)
10 10:00 「自1000至1630 陸、海軍合同特殊爆弾研究会」(呉鎮守府衛生部「陸、海軍合同特殊爆弾研究会決定事項(要項抜粋)」)
10 10:00? 「松永少佐ハ陸海軍合同研究会議ニ出席ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
10 10:00? 「<研究会>於陸軍補給廠 二総軍、陸軍軍務局、砲台監視哨、呉鎮、呉警、呉廠、一技廠、仁科、荒勝、木村」(呉鎮守府「広島市ニ於ケル原子爆弾ニ関スル調査(一般的調査)」)
10 10:30頃 「運よく飛来した飛行機に跳び乗って離陸したのは10時半ごろであった。・・・大正飛行場に不時着・・・午後1時頃再飛行、立川飛行場に着いたのは午後4時過ぎであった。」(「有末機関長の手記」)
10 11:00? 長崎県知事「空襲被害状況第6報」(「長崎原爆戦災誌」5)
10 14:00 「一、広瞥船作命第一○号 広島警備命令 昭和二十年八月十日一四○○広島市庁ニテ」(広島県「戦災記録」)
10 16:00 「1600松永少佐似島ニ来リ京大杉山教授一行来島ス。陸海軍合同研究会議ノ状況ヲ聴キ現在迄調査セル事項ニ就キ之ヲ取纏ム」(陸軍省広島災害調査班行動表)
10 16:00? 「8月10、11日京大杉山教授(病理)似島ニ来リ本調査ニ協力セリ」(陸軍省広調班速報8)
10 16:30 情報局総裁談「・・・敵米英は最近新に発明せる新型爆弾を使用して人類歴史上かつて見ざる残虐無道なる惨害を無辜の老幼婦女子に与へるに至った。・・・」
10 16:30? 「会議[陸、海軍合同特殊爆弾研究会]終了直後阪大浅田教授(原子物理学)一行到着参会者ト談合呉病帰着後現地土塊ヨリ放射性物質ノ有在ヲ証認ノ旨報告アリタリ」(呉鎮守府衛生部「陸、海軍合同特殊爆弾研究会決定事項(要項抜粋)」)
10 17:00 「一、市役所ニ於ケル船舶司令部主催ノ連絡会議ハ十七時ヨリ開催 刑事課長食糧課藤巻小作官輸送課竹原部長衛生課神崎嘱託出席 会議内容次ノ通リ」(広島県「戦災記録」)
10 18:00 「1800臨時福岡第二陸病ヨリ派遣防空衛生隊長(見習士官)以下29名本調査班ニ配属セラル」(陸軍省広島災害調査班行動表)
10 20:00 「呉海軍鎮守府長官発信 信令第六二一号 一、海軍潜水学校長及大竹海兵団長ハ夫々朝鮮米四、○○○俵(六○粁入)ヲ広島県ニ貸与スベシ 二、海軍経理部長及呉海軍軍需部長ハ夫々広島食糧事務所長及広島食糧営団ト連絡ノ上右実施並県庁返却ニ関シ所要ノ事務ヲ処理スベシ」(広島県「戦災記録」)
10 20:00 「一、本日午後八時左ノ受信ヲナス 呉海軍鎮守府参謀長 広島県知事殿 広島市戦災応急糧食トシテ海軍兵学校保管ノ朝鮮白米二、○○○俵(六○粁入)広島県ニ一時貸与ノコトニ取計ヒ度 右実施及貸与米ノ返却ニ関シ呉海軍経理部及呉海軍軍需部ヨリ連絡ス」(広島県「戦災記録」)
10 25 「呉病2隊ハ10日夕刻迄作業セシメ第二総軍県庁ニ挨拶連絡ノ上之ヲ率ヒ呉ニ帰投シ任務ヲ終了セリ」(「呉鎮守府広島派遣救護隊任務報告」)
10 25? 長崎県知事「空襲被害状況第7報」(「長崎原爆戦災誌」5)
10 25? 「戦訓(衛生)ヲ医務局長ヨリ各軍管区軍医部長宛電報指示ス」(陸軍省広島災害調査班行動表)
10 r <調査報告書>呉鎮守府広島派遣救護隊「広島派遣救護隊任務報告」
10 r <調査報告書>呉鎮守府衛生部「8月6日広島空襲被害状況並ニ対策(第2報)」
10 r <調査報告書>呉工廠「8月6日広島空襲ニ対スル研究会議事概要」
10 r <調査報告書>陸軍省広島災害調査班「広調班速報第5号」、「第6号」
10 r <調査報告書>陸軍省広島災害調査班 「八月六日広島市爆撃ニ於ケル戦訓(衛生)」
10 r <調査報告書>航本技術部「広島爆撃調査報告」
10 r <調査報告書>長崎地区憲兵隊「8月9日長崎地区空襲時ニ於ケル戦訓」
10 日本政府,スイス政府を通じ新型爆弾使用につきアメリカ政府に抗議.
10 「一、戦災復旧対策要項ニツキ八月八日付船舶司令部ヨリ発セラレタリ 其ノ内容次ノ通リ」(広島県「戦災記録」)
10 「一、八月七日付広島警備担任司令官船舶司令官次ノ通布告文ヲ発ス 広島市民ニ告グ」(広島県「戦災記録」)
10 国際赤十字委員会マルセル・ジュノー、アンクスト・ビルフィンガー・ペスタロッチとともに東京から軽井沢に向かう。17日、東京に戻る。24日、東京を出発しそれぞれが捕虜収容所に向かう(「ドクター・ジュノーの戦い」)。
10 「レントゲン教官派遣方要請」(陸軍省広島災害調査班行動表)
10 荒勝文策京都帝国大学理学部教授、広島入り。(菊池論文)
10 「一、広島鉄道局長ヨリ福山及岩国被害復旧ノ状態二就キ次ノ通連絡アリタリ(九日一七・○○)」(広島県「戦災記録」)
10 「一、府中地方事務所員ヨリ福山地方戦災状況ニツキ次ノ如ク報告アリ」(広島県「戦災記録」)
10 政府、「新型爆弾対策委員会設置ノ件」を閣議決定。
10 「一、食糧配給 罹災直後ヨリ各警察署ニ依リ非常配給ヲ実施シツアリシモ十日従来ノ三十二配給区ヲ十六ケ所ノ学区単位ヲ原則ニ統合整備シ各学区ニ一ケ所宛ノ統合配給所ヲ設置スルコトトナリ周辺部ヨリ〔逐〕次開設ノ上主要食糧野菜等ノ配給ヲ開始スルコトトセリ右二要スル物資ノ集荷ニ就テハ己ニ大部分手配済ニシテ山口県ヨリ入荷セル四、○○○〆ノ蒸甘藷ヲ十一日ノ昼食ト共ニ配給スル等万全ヲ期シツアリ 尚督油イリコ等」(広島県「戦災記録」)
10 「本日始めて広島市の戦災を見舞ふ。惨害筆舌に絶す。夕方帰忠。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
10 日本政府、アメリカの新型爆弾使用に対し、スイス政府を通じて抗議文をアメリカに提出。
10 杉山京都帝国大学医学部病理学教授、広島市の似島で調査。-12日。被爆者3人の病理解剖を実施。(菊池武彦「京都大学原子爆弾災害総合研究調査班の成立とその活動」)
10 「一、岡山県知事 山口県内政部長 内務省防空総本部総務局長来県」(広島県「戦災記録」)
10 「一、広島市内電車運行並運行予定 1八月八日ヨリ運転中 己斐町‐天満町間 2九月六日ヨリ運転予定 宇品‐比治山‐広島駅間 天満町‐元小網町間 3其他ノ線ハ運転迄ニ三ケ月乃至五ケ月ヲ要ス 4焼失車輌 四二軸 残存〃六○輌」(広島県「戦災記録」)
10 「一、庁員罹災状況(八月十日現在)」(広島県「戦災記録」)
10 「一、市内送電計画 1市及市付近ノ送電区域ハ高等学校以南宇品ニ至ル地区 段原比治山裏以南地区 草津己斐方面 府中方面ナリ 2市内変電所ノ被害状況 段原 宇品 江波変電所ハ健在ナルモ千田町変電所ハ破損シ使用不能 三篠変電所ハ目下調査中 3市内八目下ノ処軍官民ノ要求ニ応シ緊急方面へ送電ヲ急ギツツアリ 4資材ハ不足ヲ来シ居ルモ相当量軍ヨリ補給ノ趣ナリ 労務者ハ全滅ノ状態ナルヲ以テ近県ヨリ応援ヲ得テ居ル模様ナリ」(広島県「戦災記録」)
10 「一、救護班ノ出動配置状況ハ三十班ニ対シ医師八十三名十六ケ所ニ配置救護ニ任ズ 海軍救護班ハ東練兵場ヲ除ク他ハ引上グ 暁部隊救護班ハ引続キ救護ニ任ズ」(広島県「戦災記録」)
10 「一、広島市内乗用自動車運行状況 1広島駅-比治山-宇品間 九日ハ二輌運行十日ヨリ一輌運行 2横川‐江波町間 十日ヨリ一輌運行 3鷹野橋-観音町-己斐町間 十日ヨリ一輌運行 小修繕ニテ運行可能車輌一○輌 「参考」省営バスハ広島駅-紙屋町-宇品間 八月十日ヨリ運行」(広島県「戦災記録」)
10 「一、上水道復旧対策 広島市ノ平常一日ノ送水量ハ約八万噸ニシテ今災害ニヨリ動力室其処ノ破損ニヨリ電動機ノ修理ヲセザレバ運転不可能トナリ非常用ノ予備機関ヲ以テ全能力ヲ発揮シ今日迄四万噸ヲ送水シツツアルモ一部電動機ノ修理モ完了シ本日午後ヨリ平常通八万噸ヲ送水シ得ル見込ナリ 然シ市内各所ニ配水管及給水管ニ漏水箇所アルヲ以テ目下軍部初メ各方面ノ応援ヲ得漏水防止ニ努メ所要ノ水圧ヲ保タント全カラ注ギツツアリ」(広島県「戦災記録」)
10 「軍ヨリノ指令ニヨリ広島駅宇品間ハ最モ重要線ナル故駅ヨリ比治山廻リノ比較的被害大ナラサルモノヨリ復旧ノ予定ニシテ広島駅ヨリ己斐駅ニ至ル線ハ稲荷橋(京橋川架設)ノ破壊ノタメ之ガ復旧ニハ時日ヲ要スル見込ナリ」(広島県「戦災記録」)
10 「一、宇品警察署管内一部ニ於ケル警備隊警察部警防団連合町内会長会議 光村少将刑事課長出張シ復旧方針ニツキ懇談  内容ハ官民機構ノ自発的復興ヲ期待スルモ軍ニ於テ可及的援助ヲ図ル 食糧ニ関シ必要トアラバ米ノ立替配給モ考慮スル 被服ニツイテハ出来得ル限リ相互融通ヲ図ラレタシ 町内会ニ於テ共同湯沸場共同便所設定ヲ希望ス 交通関係ハ主要路線ノミ軍ニテ行ヒタルモ他ハ町内会ニテ復旧セラレタシ 住居関係ニツイテハ倒壊居住ノ能否等調査ノコト 」(広島県「戦災記録」)
10 「一、本日出動ノ警防団員一、二三六名ナリ」(広島県「戦災記録」)
10 「一、本日ヨリ県庁員並応援地方事務所員ノ宿舎ヲ左ノ通り定ム 東警察署 県庁幹部 警察部関係等 三篠信用組合 県庁員及応援地方事務所員等」(広島県「戦災記録」)
10 「一、食糧其他配給状況 罹災者ニ対スル給与ニ付テハ既定計画ニ基キ災害発生当日午後三時迄ニ第一回ノ配給トシテ乾麺鞄十二万食ヲ配給シタルヲ初メトシ爾来引続キ警察側ニ於テ給食継続中ニシテ其ノ状況」(広島県「戦災記録」)
10 「一、食糧其他配給状況[つづき] 而シテ非常用食糧配給要綱ニ依レバ警察ニ於テ給食スベキ日数ハ二日間ニシテ三日以後即チ八月八日以後ハ市ニ於テ配給ノ責任ヲ有シ居レルモ今次災害ニ依リ市及配給機関ハ全ク機能停止ノ状態ニ陥リタルヲ以テ引続キ警察側ニ於テ給与ヲ当リツツアリテ十一日以後ニ於テハ町内組織ノ確立地区ヨリ順次通常配給ニ復帰ノ予定ニテ目下配給所ノ設置等準備中ナリ」(広島県「戦災記録」)

原爆被害:時時刻刻(8月9日)

原爆被害:時時刻刻(1945年8月9日)

時刻 事 項
09 04:00頃 「9日の午前4時ごろ電話がかかってきて、ソヴィエトが日本に宣戦布告をしたことをつたえてきた。これはタス通信を受信したのです」(「長谷川才次談」)
09 08:00 「[ボックスカーなどの行動]屋久島の合流地点に到着、随伴機を待つために旋回。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 08:00 「[ボックスカーなどの行動]屋久島の合流地点に到着、随伴機を待つために旋回。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 08:00 「患者自動車ニテ市内ノ空襲被害状況視察ス。総軍軍医部長ニ申告シ爾後調査班一行部長ニ随行シ調査ス。行動順序 船司-総軍-広病跡-三滝分院-広病二-江波分院-船司。宇品偕行社別館ニ宿泊ス。山科軍医似嶋ニ先行。」(陸軍省広島災害調査班行動表)
09 08:00 「8月9日08:00在広部隊(臨時動員部隊ヲ除ク)損害状況左記ノ如シ(船舶軍医部調査) 戦死473 負傷2530 生死不明4145 民側損害状況 死者約2-3万、傷者約10万」(陸軍省広調班速報4)
09 08:20 「[ボックスカーなどの行動]B291機が視界に入り、編隊に加わる。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 08:50 「[ボックスカーなどの行動]屋久島を出発、2機目のB29との合流に失敗したまま、第一目標の小倉に向かう。ラジオで受信した気象報告では、小倉の天候は良好。長崎の気象報告は良好、しかし、雲が増加するとの予想。このため、第一目標を選定。(低空に3/10の雲、中空又は上空には雲無し、状況は良くなりつつあるとの予想)。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)”
09 09:44 「[ボックスカーなどの行動]第一地点に到着、目標への投下飛行を開始。目標は、地上のもやと煙で霞む。近くで偵察していれば、目標を捕捉できるかもしれないと期待しながら、2度投下飛行を実施。目標地点は、見ることができず。目標地域で約45分を費やした後、長崎に向かうことに決定。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)”
09 10:50 「[ボックスカーなどの行動]長崎の目標地域に到着。目標への接近は、すべてレーダーで行った。20秒間の目視による投下飛行の後、11時50分、爆弾を投下。爆弾は、あらゆる観点から見て、正常に機能した。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 11:00 「午前11時より最高戦争指導会議構成員の会合を開催した。」(「東郷外相口述筆記」)
09 11:02 11時 2分,長崎市に原子(プルトニウム)爆弾投下さる.
09 11:02? 長崎県知事「防空情報第1報」(「長崎原爆戦災誌」5)
09 11:02? 米戦略爆撃機ボックス・カー、プルトニウム爆弾(ファットマン)を長崎に投下。
09 11:05 「[ボックスカーなどの行動]煙の柱を旋回した後、沖縄に向け出発。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 12:00 「8月9日正午現在広島市ニ在ル衛生機関ハ左ノ如シ」(陸軍省広調班速報)
09 12:00 「患者取容の状況は、本日十二時迄に於て西地区二一三○、中央地区二○一○で、このほかに治療を受けて帰ったもの約四、○○○名に上り、また、主なる個所に更に救護所を増設するのみならず、自ら救護所に行けぬ重患者に対する処療に遺憾なからしめるよう努めることとし、為之、救護班を細分して、時に巡回救護班を励行し、小なる道路内を行動して救護に手落ちなからしめ、また、河の中其他の死体処理を迅速ならしむることとした。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 12:51 「[ボックスカーなどの行動]沖縄のヨンタン飛行場に着陸。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 13:00? 長崎県知事「防空情報第2報」(「長崎原爆戦災誌」5)
09 14:00 「一、本日十四時ヨリ第二総軍戦闘指揮所ニテ会合実施セラルルニツキ左記諸官参集相成度中国地方総監府副総監 広島県知事 右第二参謀副長ヨリ伝達アリタリ」(広島県「戦災記録」)
09 14:00?a 「一、第二総軍ニ於ケル会議ノ状況次ノ通リ 1食糧配給ハ概ネ順調ニ行ハレツツアリ 将来普通配給ニ順次移行セラレタシ 之ガ為残存町内会長部落会長ノ整備ヲ早急ニナスノ要アリ 2道路啓開主要幹線ハ完了セルモ其ノ次ニ必要ナル道路ノ啓開ノ要アル〔ヲ〕以テ之ガ計画ヲ樹テルコト 3屍体処理囚人ノ動員等当分継続シ区域ヲ定メテ河ノ中 細カナ路線ノ奥等ノ残レル者ヲ処理スルノ要アリ 」(広島県「戦災記録」)
09 14:00?b 「4救護 負傷者ニシテ分散数名宛点々ト居ルモノヲ治療スルタメ移動班ヲ設ケルコト(警察署二対シ調査応援ノタメ応援地方事務所員ノー部ヲ派遣スルコト) 給水関係ニ就テハ漏水ヲ止メル必要アリ 5民心ノ動向 警察情報ヲ通ジ民心動向ノ把握ニ努メルコト」(広島県「戦災記録」)
09 14:30 「ソ連の参戦通告により8月9日正午より臨時閣議が開かれる予定であったが、最高戦争指導会議構成員会議の論議が長かったのでやうやく14時半に開会」(下村海南著「終戦記」)
09 15:00? 長崎県知事「防空情報第3報」(「長崎原爆戦災誌」5)
09 16:00 「前記要望[広島市災害救護対策]ニ基キ現地部隊ハ直ニ別紙第二[広島市救護計画]ノ如キ具体策ヲ樹立シ9日16時之ニ関スル船舶司令官命令ヲ関係各部隊ニ下達セリ」(陸軍省広調班速報4)
09 16:06 「[ボックスカーなどの行動]テニアンに向け沖縄を出発。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 17:00 「一、本日十七時ヨリ市役所ニ於テ船舶司令部連絡会議開催 出席者 農務課長 刑事課長 衛生課長」(広島県「戦災記録」)
09 17:00? 「軍・官に於ける対策主任者の会同は本日も実施し、情報の交換を行なって現況を説明し、促進を図ることとした。此の日の主な申合せ事項は、次の通りであった。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 17:00?a 「1、会同には責任者が出席し、総て即決実行を期することに努める。  2、小豆島より醤油約三五○t、四国よりイリコ約一○○tを輸送する。 3、駅に案内所を設ける。 4、報道を整備し、報道の一元化を図る。 5、「トラック」三○両を統制使用する。 6、需品廠の板・木材を使用する。 7、各救援隊の援助状況及び実績を記録する。 8、処置した事項の大要は、総軍に筆記報告提出する。 」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 17:00?b 「9、各地区に於ける救護警備の部隊は、戦闘要報の如き様式で報告する。 10、船舶司令部経理部長は車輌の蒐集方につき適宜手配する。 11、船舶司令部軍医部長は、患者収容治療の為、野戦病院設置につき即急に研究手配する。 12、主要交通路の啓開は概成せられたが、その他の交通路も速やかに啓開するようにする。一般に市の南部地区に対し、一層、促進を期する。 」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 17:00?c 「13、水道は主機械の破損はないので早く給水し得る加く、軍に於て援助し漏水を速やかに防止する。 14、中国軍管区・中国地方総監府・県・市・海運局・文理大・新聞社にて、罹災者に救恤品を発送する。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 18:00? 長崎県知事「防空情報第4報」(「長崎原爆戦災誌」5)
09 18:30 「16時半再開[臨時閣議]」(下村海南著「終戦記」)
09 20:00? 長崎県知事「空襲被害状況第5報」(「長崎原爆戦災誌」5)
09 20:30 山岡静三郎海軍薬剤少佐(第二海軍療品廠)を団長とする大阪調査団、大阪駅を出発。同行、山田正明軍医少佐(大阪警備府衛生部)、桑田岩雄軍医中尉(大阪海軍病院)、中田左都男(海軍報道部員、同盟通信社)、浅田大阪大教授、尾崎誠之助(大学院学生)、荷物運搬用海軍兵員10名(「浅田常三郎メモ」)
09 21:45 「[ボックスカーなどの行動]テニアンに着陸。」(Vincent C. Jones著「マンハッタン:陸軍と原爆」)
09 22:00 「(閣議は採決することなく)夜10時総理と同道参内し同時に拝謁仰せ付けられ委曲を奏上した」(「東郷外相口述筆記」)
09 23:30 「御前会議は、8月9日午後11時30分(実際は約20分遅れた)より宮中防空壕内の一室において親臨を仰ぐ最高戦争指導会議が開かれたのである。・・・翌8月10日の午前2時をすぎた。・・・聖断は下った」(迫水久常手記「降伏時の真相」)
09 25a 「一、官公衙事務所 総軍司令部 双葉山中腹 船舶司令部 市役所横 中国軍司令部 大本営跡 地区司令部(元) 総監府 文理大 鉄道局 広島駅東客車内 逓信局白島(元) 財務局 日銀支店 専売局(元) 憲兵司令部 猫屋町光道学校 市役所(元) 食糧事務所(元) 営林署 安佐郡長束村 海運局 福屋 控訴院 地方裁判所址 地方裁判所 同 軍需監理局 地御前村旭兵器」(広島県「戦災記録」)
09 25b 「<一、官公衙事務所>放送局 安佐郡原村 郵便局 千田町貯金局内 燃料局古田町古江五一○ 西部地方鉱山局広島支局 安佐郡深川村 農商省広島木炭事務所 中島本町五三(元事務所焼跡) 中国石炭配給統制株式会社 草津町古田町高田津脇勘市氏宅」(広島県「戦災記録」)
09 r <調査報告書>陸軍省広島災害調査班「広調班速報第4号」
09 「至急東京へ帰るべく決心したわたしは、同夜おそく仁科博士一行の世話役をしていた新妻中佐と連絡して、明日以降の合同調査研究には出席出来ぬからと万事仁科博士に纏めてもらうよう依頼した」(「有末機関長の手記」)
09 「此の日収容した屍体の概数は、白島方面約一、七○○、中央地区方面約三六五○、西地区約八四○、計約六一九○で、その中約八割は、八月九日夜、火葬終了したが、河の中の死体収容は未了であった。 尚、氏名不明のものに対しては、遺骨と所与品を添えて標示陳列し、死体捜索者に便宜を与えることとした。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 諌早市、被災直後の長崎市に炊出し(13日までに20万食)。
09 国際赤十字委員会マルセル・ジュノー、満州国の首府新京(現在の長春=吉林省の省都)を出発、夜、羽田飛行場に到着(「ドクター・ジュノーの戦い」)。
09 「仁科博士一行と共に、まず予想した爆心地での実地調査に着手した」、「一行は、原爆投下の実際を観測したと思われる向宇品」の独立高射砲第22大隊本部へ向った」「少佐の説明の中に、ピカッと光ってドーンという爆発音、いわゆるピカドンという名文句があった。」(「有末機関長の手記」)
09 「舶船司令部-総軍司令部間、中国軍管区-市役所-中地区間は、この日野戦建築一中隊で架設し、兎に角、有線電話は開通し、また、放送は地区毎(?)にて実行するに至った。 非常用受信機(岡山のもの) 観音町の予備は異常なし」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「電線二○万米(各種類)は鉄道輸送により逐次到着し、また電話工事の為九米電柱約三○○本を兵器補給廠より補給を受けた。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「敵の宣伝ビラを拾ふ。」(竹内喜三郎<豊田地方事務所長>日記)
09 「此の夜、駅の電灯工事概了し、三日振りに点灯するに至った。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「内務省防空総本部鳥居技師宮崎総務課長来県事情聴取」(広島県「戦災記録」)
09 「8月9日信令第610号ニ依リ救護隊ノ任務ヲ解カレ各救護隊ハ最寄救護隊ニ引継ヲ了シ夫々原隊ニ復帰シ」(「呉鎮守府広島派遣救護隊任務報告」)
09 「一、広島市内乗用自動車運行状況 1広島駅-比治山-宇品間 九日ハ二輌運行」(広島県「戦災記録」10日の項)
09 「各地区に対し、陸上勤務中隊一○二、水上勤務中隊五○、建築勤務中隊一二○、総軍第一大隊九三○、総軍第二大隊五八五、独立工兵隊五九六、計二、三八三名を救援部隊として増強し、また、警防団四○名を中地区に増加した。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「この頃になると火災は概ね鎮火し、主要交通の啓開も一応出来るようになったが、患者の収容並びに屍体の処理は尚少なくなからず残されて居た。電話は一部開通し、放送も実行し得るに至った。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「船舶司令官は総軍司令官に対し、次のように意見具申した。 1、自動車を至急増加配属され度いこと。 2、工兵部隊を増強され度いこと。 3、医薬物品等を増加交付されたいこと。 4、運搬具を増加送付され度いこと。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「一、午後地区司令官富士井少将来庁 小谷少将以下六十四人死亡」(広島県「戦災記録」)
09 「一、本日出頭ノ地方事務所員配置状況次ノ如シ 本部七名 内女二名 内政課三名 農務課六名 食糧課六名 援護課一○名 衛生課一○名特高課五名 市役所三名 林務課五名 総監府二名 計五七名」(広島県「戦災記録」)
09 「一、県庁員 関係団体員 応援地方事務所員ノ出県簿備付ト同時ニ死亡者健康者負傷者調査」(広島県「戦災記録」)
09 広島駅宇品間の臨時乗合自動車、運転開始。
09 「一、福山市戦災対策協議ノタメ経保課渡辺警部水産課古河技手食糧課小山属ヲ派遣ス」(広島県「戦災記録」)
09 「レントゲン教官ヲ至急派遣セラレ度」(陸軍省広調班速報4電報)
09 「一、呉警察署長ヨリ「ソ連ト交戦状態ニアル旨呉鎮長官ヨリ通報アリタル」報告アリ」(広島県「戦災記録」)
09 「一、警察電話一部復旧セルモ本日三原線上下線廿日市線開通シ県下各警察署ニ対シ連絡可能トナル」(広島県「戦災記録」)
09 「一、県庁職員及其家族ノ合宿所ハ五日市町産報道場ニ決定」(広島県「戦災記録」)
09 「此の日、ソ聯参戦の報に接したが、第二総軍司令官は隷下将兵に次の要旨の訓示を行なった。 国際情勢の変転に際し人心を安定せしめること。 ソ聯と交戦状態に入ることとなったが、この事は、予て予期して居た事であるので、特別に方針に変化はない。神州不滅に向って断乎毅然として実行が必要であること。」(佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」)
09 「一、小豆島ヨリ醤油千石運搬ノタメ三百五十噸ノ配船ヲ得テ運搬スベク三原属担任出発ノ予定 イリコ一万貫ヲ愛媛県ヨリ百噸ノ配船ヲ得テ運搬スベク田坂技手担任出発ノ予定」(広島県「戦災記録」)