中野清一
なかの・せいいち | 1905**生19930702没 | 享年88歳 | 広島大学名誉教授。元立命館大学教授。「あゆみグループ」を組織し、原爆孤児を支援。 |
資料年表:中野清一<作業中>
年月日 | ||
1905 | ||
**** | 誕生 | |
1954 | ||
1210 | 『原爆と広島 大学人会研究論集 第1集』(平和と学問を守る大学人の会編、広島県教職員組合事業部) | |
中野清一「原爆影響の社会学的調査」(29) | ||
1958 | ||
0301 | 『新修広島市史第2巻 政治史編』 | |
第5章第3節第2項 「平和記念都市建設事業」(執筆:中野清一) |
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1026 | 「広島子どもを守る会青年部」あゆみグループの4組、原爆慰霊碑前で青空結婚式。仲人は中野清一夫妻。 | C |
1227 | 『新修広島市史第4巻 文化風俗史編』 | |
第7章 市民生活の進展[執筆:中野清一] | ||
第8章 新教育制度[執筆:中野清一] | ||
第9章 原爆と新しい文化[執筆:中野清一] | ||
1959 | ||
0517 | 広島子どもを守る会青年部(代表:中野清一広島大教授)、「祖父母と孫の家庭」実態調査を決める。 | |
0931 | 『新修広島市史第3巻 社会経済史編』 | |
第8章 原爆後の社会経済問題[執筆:石井金一郎・中野清一] | ||
1961 | ||
0601 | 『新修広島市史第1巻 総説編』 | |
第4編 原爆と広島[執筆:中野清一] | ||
0901 | 『文芸春秋 第39巻第9号』(文芸春秋新社) | |
ヒロシマに甦った青春 中野清一 236 | ||
0921 | 中野清一と谷本清広島流川教会牧師、アール・レイノルズのウラジオストクへのヨットでの核実験抗議航海を中止するよう説得。 | C |
1962 | ||
0822 | 広島平和科学研究所の発会式。中野清一広島大学政経学部長らが設立準備。 | |
1215 | 『不死鳥 第4号』(広島大学職員レクレーションの会) | |
戸惑う季節 中野清一(政経学部)…6 | ||
1963 | ||
05 | 中野清一、世界各国・各層から平和問題についてのアンケートを取り、あゆみグループの被爆青少年の声とあわせて出版を計画。 | C |
1110 | NHK教育テレビ、原爆孤児とともに歩みを続ける中野清一・千歳夫妻の人間像を描いた「原爆のこらとともに」を全国放送。 | |
1965 | ||
1225 | 『仲間とともに-中野清一教授広島大学御退官記念論集』(中野清一教授記念事業会) | |
1968 | ||
1220 | 『学問の周辺』(末川博編、有信堂) | |
中野清一「社会学とともに」 | ||
1982 | ||
0720 | 『広島・原爆災害の爪跡』(中野清一編著、蒼林社出版) | |
1993 | ||
0702 | 死亡。享年88歳 | |
1997 | ||
0125 | 『山代巴と民話を生む女性たち』(神田三亀男編著、広島地域文化研究所) | |
第二の故郷広島と山代さん 中野清一 94 第一信 95 第二信 99 |
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2005 | ||
0225 | 中野千歳(夫は中野清一)、死去。享年96歳 | |
2012 | ||
0423 | 『私の師』 NPO法人「ANT-Hiroshima」代表 渡部朋子さん(聞き手:升田咲子)『中国新聞』 | C |
2023 | ||
0403 | 【考 fromヒロシマ】原爆孤児を「守る会」70年 「ノーモア」願い支援の輪(小林加奈) | C |
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