川端康成
かわばた・やすなり | 18990614生19720416没 | 享年72歳 | 日本ペンクラブ会長[50ヒロシマ・ピース・センター建設協力者]。 |
資料年表:川端康成<作業中>
年月日 | ||
1899 | ||
0614 | 誕生 | |
1949 | ||
1126 | 川端日本ペンクラブ会長ら、国際ペンクラブ大会(1950年・英国)出席に備え広島市を訪問。 | C |
1950 | ||
0415 | 日本ペンクラブ主催「広島の会」。川端会長らペンクラブ会員約80人参加。講師:川端、石川達三、真杉静江、阿部知二、原民喜ら18人。平和宣言を発表。 | C |
1959 | ||
0814 | 川端から広島「憩いの家」(広島市宇品町)に小説990冊が届く。 | |
1961 | ||
0730 | 日本ペンクラブ、広島「憩いの家」の運営資金にと42枚の色紙を贈る。寄贈者:川端、井伏鱒二、井上靖、徳川無声、丹羽文雄、佐藤春夫、東郷青児ら。 | |
1967 | ||
0612 | 世界平和アピール7人委員会の4人(茅誠司・川端康成・上代たの・内山尚三)、佐藤首相に文化人18人が署名した原爆被爆者援護法制定に関する要望書を手渡す。 | |
1969 | ||
0816 | 広島「憩いの家」主催「被爆者援護第7回文芸家・画家・国際色紙展」(会場:広島市・福屋百貨店)。川端ら約120人、300点を出品。サルトルらの被爆者へのメッセージも展示。 | |
1970 | ||
0814 | 広島「憩いの家」主催の被爆者救援の色紙展(会場:広島市・福屋百貨店)。川端らの色紙300点を展示。 | |
1972 | ||
0416 | 神奈川県逗子市のマンションでガス自殺。72歳。 | |
2016 | ||
0921 | 森本穫「緑地帯 川端康成と広島<1>」(『中国新聞』連載)~<8>(9月30日)。 | |
止