伏見康治
ふしみ・こうじ | 19090629生20080508没 | 享年98歳 | 物理学者。1953年日本学術会議会長。1958年参議院議員(公明党)。 |
略年譜<出典:『時代の証言 原子科学者の昭和史』(同文書院)>
資料年表:伏見康治
年月日 | ||
1909 | ||
0629 | 誕生 | |
1946 | ||
0501 | 『科学の反省 再建叢書 , 第1輯』(帝国人造絹糸刊) | |
「原子爆弾経緯 8」 | ||
1952 | ||
1101 | 日本物理学会が原子力委員会設置問題で論争。賛成=伏見(阪大)ら、反対=三村剛昴(広大)ら。 | C |
1954 | ||
0915 | 『原子力のゆくえ 朝日文化手帖 35』(朝日新聞社) | |
1955 | ||
0807 | 伏見阪大教授、原水禁世界大会で発言。「原子力の平和利用にはABCCのような研究が不可欠」。 | C |
1956 | ||
0410 | 『新パンドラの箱 原子力平和利用のために』(毎日新聞社編) | |
伏見「人類のための原子力」 | ||
1957 | ||
1015 | 『原子力とエネルギー 市民のための原子力Ⅲ 市民のための原子力 3』(伏見康治・安芸皎一著、朝日新聞社) | |
1958 | ||
1015 | 『原子力シンポジウム報文集 第2回第1分冊 総合講演 討論』(日本学術会議、原子力シンポジウム報文集刊行委員会) | |
伏見(第二回原子力シンポジウム報文集編集委員会委員長)「編者のことば」 | ||
伏見(日本学術会議原子力特別委員会委員長)「挨拶」 | ||
1980 | ||
1022 | 『科学者憲章』(渡辺直経 他著、勁草書房) | |
伏見「科学者社会の憲章」 11 | ||
伏見「学術振興の基本」159 | ||
1981 | ||
0416 | 『嵯峨根遼吉記念文集』(嵯峨根遼吉、嵯峨根遼吉記念文集出版会) | |
伏見「第2部 座談会 嵯峨根遼吉先生の六つの活動相」 121 | ||
0903 | 第31回パグウォッシュ会議(カナダ)閉会。伏見日本学術会議議長らが参加。 | C |
1982 | ||
0512 | 世界平和アピール7人委員会の新メンバーに井上靖(日本ペンクラブ会長)・伏見日本学術会議会長。故湯川秀樹らの欠員補充。 | |
1025 | 『シラードの証言』(S・R・ウィアート、G・W・シラード編 伏見康治 他訳、みすず書房) | |
1983 | ||
0212 | 『原子力委員会の闘い』(石川欽也著、酒井節雄刊) | |
伏見「推薦のことば」 | ||
1984 | ||
1024 | 広島市で「核軍縮を求める22人委員会」のシンポジウム。伏見参議院議員らが参加。 | C |
1985 | ||
0213 | 『信州白樺』 | |
伏見「長田新先生の憶い出」…113 | ||
1986 | ||
0120 | 『「1%問題」と軍縮を考える 岩波ブックレット No.54』(核軍縮を求める二十二人委員会平和構想懇談会編、岩波書店) | |
伏見康治(参議院議員、元日本学術会議会長) | ||
1987 | ||
0730 | 東京で「核兵器廃絶運動連帯」主催の国際フォーラム「連帯のつどい」。世話人代表は伏見参議院議員ら。 | C |
1988 | ||
0803 | 『核廃絶と世論の力(長崎平和シンポジウム) 岩波ブックレット No.120』(長崎市・核軍縮を求める二十二人委員会編、岩波書店) | |
0815 | 『証言-ヒロシマ・ナガサキの声1988 第2集』(長崎の証言の会) | |
長崎平和シンポジウム(核軍縮を求める二十二人委員会・長崎市) 201 | ||
1103 | 「核兵器廃絶運動連帯」(世話人代表は伏見参議院議員)主催の「日米ソ国際フォーラム」の米ソ代表ら、広島の原爆資料館を見学。 | C |
1989 | ||
0509 | 「核兵器廃絶運動連帯」(世話人代表:伏見参議院議員、原水禁国民会議、核禁会議、市民団体などの連絡組織)、米水爆搭載機水没事件で政府に非核三原則の法制化を要求する声明。 | C |
1216 | 『時代の証言 原子科学者の昭和史』(同文書院) | |
2008 | ||
0508 | 没 | |
止