田中隆荘
| たなか・りゅうそう | 1925生20080714没 | 享年82歳 | 生物学者。広島大学学長・広島市立大学初代学長。 |
資料年表:田中隆荘
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1925 | ||
| **** | 生誕生 | |
| 1977 | ||
| 0910 | 『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死没者慰霊行事委員会) | |
| 第3節 植物学分野(藤田哲夫、安藤久次、田中隆荘)12 1.原子爆弾の植物に対する影響調査のこと 12 2.被爆後爆心地附近に生じた雑草の調査と標本展示 16 3.被爆後広島市に残存または出現した蘚苔類の研究 16 4.原子爆弾による被害植物の解剖学的研究 17 |
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| 1985 | ||
| 0501 | 『政治経済セミナー 5月号 第1029号』(政治経済セミナー社) | |
| 無限の可能性クローン植物 24 田中隆荘(広島大学理学部長)「バイオテクノロジーの世界」 |
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| 0701 | 『政治経済セミナー 7月号 第1031号』(政治経済セミナー社) | |
| 座談会・広島県勢活性化と農業 30 生産構造・貿易摩擦・バイオテクノロジー 竹下虎之助・桑田束稲・小野誠志・橋本宗利 田中隆荘 |
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| 1987 | ||
| 0301 | 『政治経済セミナー 3月号 第1051号』(政治経済セミナー社) | |
| 世界蘭会議とその背景 8 広島大学理学部教授 田中隆荘 |
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| 1201 | 『政治経済セミナー 12月号 第1060号』(政治経済セミナー社) | |
| 大正生れ 哀歓の昭和史 34 広島大学理学部長 田中隆荘 |
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| 1988 | ||
| 0501 | 『政治経済セミナー 5月号 第1065号』(政治経済セミナー社) | |
| 放射光利用研究センターの設立は地域活性化に役立つ 8 田中隆荘 広島大学理学部長 櫟本功 広島大学経済学部教授 |
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| 1989 | ||
| 0521 | 広島大学学長就任。歴代学長 | 広島大学 (hiroshima-u.ac.jp) | |
| 大正14(1925)年広島県生まれ。広島高等師範学校・広島文理科大学卒業後、広島大学理学部教授等、広島大学評議員、同理学部長を経て、平成元(1989)年、広島大学長に就任。平成20(2008)年死去。専門は植物学。 | ||
| 1990 | ||
| 01 | 『けんみん文化 1990年1月号第5巻第10号』(県民センター) | |
| けんみん・えっせい 自然と文化 田中隆荘 1 | ||
| 0630 | 『ひろしま新時代 21世紀への可能性を探る』(香川不苦三著 中国新聞社編、中野出版企画) | |
| 第8章 生活環境 アルボレータム(樹林園) 広島大学学長 田中隆荘 132 |
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| 1991 | ||
| 0926 | 原爆遺跡保存運動懇談会、広島大学理学部1号館の保存を田中隆荘学長に請願。 | C |
| 1219 | 広島大学理学部1号館の保存を求める声がOBの9割達し、後藤陽一名誉教授らが田中隆荘学長に保存策の検討を要請。 | C |
| 1993 | ||
| 0528 | 広島市、「ひろしま新世紀都市ビジョン懇談会」(座長:田中隆荘前広島大学学長)の第3回会合。朴子アドジャパン社長が広島市の「国際平和文化都市」の「平和」は「なぜ広島に原爆が落とされたかという視点が欠けている。加害面を無視したアンフェアな平和運動だったのではないか」と指摘。 | C |
| 1994 | ||
| 0415 | 平岡広島市長、開学した広島市立大学(田中隆荘学長)の第1期生を対象に講演。 | |
| 1998 | ||
| 0707 | 『21世紀への平和と創造』(嶋矢志郎、渓水社) | |
| 発刊に寄せて…広島市立大学学長田中隆荘…i | ||
| 1999 | ||
| 0215 | 『荒木武追想録-ヒロシマの心を世界へ燈々無盡』(荒木武追想録刊行委員会) | |
| 田中隆荘 85 | ||
| 1001 | 『核廃絶への新たな挑戦-東京フォーラムの意義と課題』(広島市立大学広島平和研究所) | |
| 広島市立大学長挨拶 田中隆荘氏…4 | ||
| 2008 | ||
| 0714 | 没 | |
止