広島警備担任船舶司令官「広島警備命令」(1945年8月7日)

広島警備担任船舶司令官「広島警備命令」

1945年8月7日

広警船作命第一号 八月七日一四、○○

広島警備命令

一、予ハ自今広島警備ノ担任ヲ命ゼラレ在広諸部隊並ニ逐次広島付近ニ到着スル陸軍部隊ヲ併セ指揮シ速ニ戦災復旧ヲ処理セントス戦災処理ノ為警備ニ関シ中国地方総監広島県知事及広島市長ヲ区処セシメラル

海軍増援部隊指揮官ハ戦災復旧ニ関シ予ヲ援助シ広島駅(含ム)ヨリ十日市土橋ヲ経テ己斐駅(含ム)ニ至ル乗車線以北地域ニ於ケル救護給与ヲ援助シ且ツ広島駅付近復旧ニ任ス

二、東地区警備隊長(暁沢田部隊長)

中地区警備隊長(暁芳村部隊長)

西地区〃(暁梶部隊長)

ハ船防作命第一八号ニ拠リ別紙区分ニ基キ広島市ノ警備一任スへシ

海軍増援部隊指揮官担任地域ト重複スル地域ニ於ケル警備ハ広島駅付近ヲ除ク外陸軍主担任トシ細部ハ相互協定スルモノトス

三、中国憲兵隊司令官ハ現任務ヲ続行スヘシ

四、中国地区鉄道司令官ハ広島付近山陽線ノ復旧ニ任スルト共ニ一部ヲ以テ先ヅ速ニ宇品線ノ復旧並ニ運行ヲ処理スヘシ

五、中国軍管区派遣部隊ハ中地区警備隊長ノ指揮ヲ承クヘシ

六、中国地方総監広島県知事広島市長ハ警察及警防団等ヲシテ警備ニ関シ各東地区中地区西地区警備隊長ノ指揮ヲ承ケシムヘシ

七、細部ニ関シテハ参謀長ヲシテ指示セシム

八、予ハ宇品ニ在リ 明八日八時ヨリ広島市役所ニ在リ

広島警備担任船舶司令官 佐伯文郎

 

広警船作命第一号二基ク参謀長指示

一、広島市戦災復旧ハ軍官民一体トナリ迅速ニ処理ヲ完了シ第一次ハ八月九日迄ニ救護及屍体収容ヲ完了スルモノトス

二、作業ハ先ヅ速ニ負傷者ノ救護ニ任スルヲ主トス 救護所及設置担任区分左ノ如シ

1比治山西側聖橋 東地区警備隊長

2御幸橋東側三叉路〃

3住吉橋 東地区警備隊長

4観音町中央十字路・市立商業北側付近 陸軍燃料廠救護班

5東練兵場、6土橋、7横川駅、8己斐駅 海軍増援部隊

9東警察署、10市役所、11泉邸跡 広島県

三、救護ハ昼夜連続実施スルヲ本則トシ特二払暁黎明時機ヲ活用シ八月九日中ニ終了スルモノトス

四、屍体ノ処理ハ丁重且迅速ニ実施スルヲ主旨トス

各警備隊官庁ハ所在ノ地ニ於テ火葬又ハ土葬シ為シ得ル限リ神官僧侶ヲ列席セシムルニ勉メ人名止ムヲ得サルモ柱数ヲ確実ニ調査シ逐次広島警備担任船舶司令官ニ報告スルト共ニ広島市長ニ通報スルモノトス

広島刑務所長ハ左記地点ニ各囚人約百名ヲ派遣シ屍体処理ニ任セシムルモ各警備隊官庁ニ於テハ迅速処理ニ遺憾ナカラシムルモノトス

1山陽中学北側

2市役所

3紙屋町八丁堀付近

4土橋

五、警報伝達ハ民心安定ノ第一要件ナルヲ以テ各警備隊ハ警備地区内ノ警報伝達ニ関シ遅クモ明八日十二時迄ニ施設ヲ完備スルモノトス 広島県広島市ハ警報伝達ニ関シ強カニ援助スルモノトス(鐘太鼓等用意ノコト)

六、流言ノ取締ノ為新型爆弾ニ対シ防空壕ノ価値大ナルコトヲ推奨シ「何トカ手ハアル」ノ信念ヲ確保セシムルモノトス

七、広島県広島市ハ天幕及菰等ヲ明八日十二時迄ニ収容シ各救護所ニ配布スルモノトス

八、広島市長ハ速カニ水道ノ復旧ヲ実施シ尚電灯ノ復旧並主要幹線ノ「バス」ノ運行ヲ促進セシムルモノトス 又罹災民ノ情況ヲ判明セシムルタメ各町内会ニ罹災民相談所ヲ設クルモノトス

九、各警備隊長ハ主要交通路ノ啓開及交通整理並ニ倉庫ノ盗難防止ニ関シ特ニ所要ノ処置ヲ実施スルモノトス

昭和二十年八月六日

船舶参謀長 馬場英夫

一、輸送困難ニツキ自今「戦災処理員」ノ腕章ヲ右腕ニ付ケタルモノハ陸軍部隊等ノトラックニ便乗スルコトヲ得

一、警報伝達用鐘代用ノ石油カン一○○箇及燈油若干ヲ広島市役所ニ配布ス

一、炊出シハ警備隊ニ於テ適正ニ行フコト

一、明九日ノ連絡会議ハ十七時ニ比治山神社ニ於テ実施ス

一、警防団ノ配置及活動ニツキ明八日午前八時広島市役所ニ於テ県警察部係員ト連絡協議ヲナス