年表:原爆展(1978年)

年表:原爆展(1978年)

記事
長野県松本市で市民が描いた原爆の絵展.
02 14? 広島・長崎市、5月の国連軍縮総会中に、合同原爆展を開催することを決定。
03 06? 広島市、今年海外4カ国で原爆資料展を計画。
03 09 広島定例市議会で、外国籍遺族への戦没者援護法適用問題で質問。
03 09 広島市長、国連軍縮特別総会会期中に「広島・長崎被爆写真展」を開催すると発表。
03 14 広島・長崎両市、5月の国連での被爆写真展の写真選定作業など開始。
03 18 広島・長崎市関係者、国連での原爆展の下準備のため渡米。
03 23 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」主催で、「贈って下さい世界に!原爆の記録展」、広島市内で開催。
03 24? 国連での、広島・長崎被爆写真展の会期・展示写真など決定。
03 29 国連での合同原爆写真展の開催、正式決定。ただし、広島・長崎市主催は認められず。
04 01? 国連での原爆写真展の写真説明から、原爆投下した米国の国名が抹消されたことが判明。
04 03 広島市・長崎市、国連での被爆写真展の展示写真などについて討議。
04 14 国連軍縮総会での広島・長崎合同写真展の細目決定。
04 22 広島平和記念館・広島原爆資料館合同で、第1回特別展「最近寄贈された被爆資料展」を平和記念館で開催。(7月20日まで)
04 25 ヘルシンキで開かれる社会主義インターナショナル軍縮会議で、被爆写真展開催。
04 29 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、米で原爆記録展を開くため、東京で「被爆の記録を贈るつどい」開催。
05 09 国連での広島・長崎被爆写真展のパネル写真を発送。
05 16 国連での被爆写真展で、国連事務当局が「身体の障害」部門の写真を削除するよう求めたことが判明。
05 16 広島市長室次長ら、国連での写真展準備のため国連にむけ出発。
05 17 国連で展示する被爆写真について、国連広報センターより広島市へ「質問したい」との連絡が入る。
05 19 国連事務当局、ケロイド写真など5枚を写真展から削除するよう要請があったことが判明。
05 20 国連本部ロビーで広島長崎原爆写真展、公開。
05 22 国連での被爆写真展で、国連事務当局が削除を求めていた写真の復活決定。
05 23 国連本部での広島長崎原爆写真展、削除されていたケロイド写真など復活し、正式に開幕。
05 23 国連内で初の「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」開催。6月23日まで。(「平和の推進」)
05 25 国連派遣の代表団主催「原爆フェア」、ニューヨーク市で開催。
05 25 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」編集の、「広島・長崎-原子爆弾の記録」完成。
05 27 国連での写真展のため渡米していた国際文化会館長ら帰国。展示写真のクレーム問題について報告。
05 28 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、ニューヨークで「原爆の記録展」を開催。(6月1日まで)
05 29 広島・長崎市長ニューヨーク入りし、被爆写真展など訪問。
06 02 ニューヨーク滞在中の広島・長崎市長、日本政府主催の原爆写真展のためのレセプションに出席。
06 04? 国連本部で開催中の被爆写真展、8月頃バンクーバーでの開催が内定。
06 23 国連での被爆写真展、会期終了。
06 30 広島市長、市議会でカナダでの被爆写真展開催が決定したことを報告。
07 02 カナダ・モントリオール文化博覧会開催され、展示中の長崎被爆天使像が反響を呼ぶ。
07 26 広島原爆資料館・平和記念館合同の被爆資料特別展「ヒロシマ動員学徒の遭難」開催。(11月23日まで)
08 01 大韓YMCA・韓国教会女性連合会、初の原爆写真展を、ソウル市で開催。-6日。
08 03 「33年目の証言ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」、東京・広島で同時開催。(20日まで)米戦略爆撃調査団による未公開写真展示。
08 03 東京都、10月の軍縮週間にあわせて、都主催の原爆写真展の開催を決定。
08 06 カナダ・バンクーバーで、広島・長崎被爆写真展開催。(27日まで)
08 06 被爆未公開写真の展示会、長崎国際文化会館で開催。(15日まで)
08 10 「第2回読売新聞連載<戦争展>」、大阪で開催。
08 19 原爆投下直後のキノコ雲を写したカメラ、広島原爆資料館に寄贈される。
09 24 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」東京で、原爆記録写真展開く。
10 24 東京都主催「原爆記録展」、東京都庁で開催。(30日まで)
10 24 広島市主催「広島・長崎原爆写真・パネル展」、広島市内で開催。
10 25 長崎県平和委員会主催、長崎市で「原爆の記録展」(27日まで)
10 30 東京都主催「原爆記録展」、閉幕。
11 09 「読売新聞連載<戦争>写真展」、庄原市で開催。
11 12 「読売新聞連載<戦争>写真展」、三次市で開催。(13日まで)
11 13 「原爆記録展」、東京多摩地区で開催。(14日まで)
11 24 朝日新聞社、原子爆弾の記録展を長野市の長野東急デパートで開催(~29日).
12 21 長野県被団協など、原爆の記録展を松本市の信濃ギャラリーで開催(~25日).

 

年表:原爆展(1977年)

年表:原爆展(1977年)

記事
01 06 コスタリカ国の新聞記者、広島市長を訪問し原爆資料展の開催について協力要請。
02 08? 広島・長崎両市、今夏国内外で合同原爆開催を計画中と発表。
04 15 オーストラリアの平和団体、広島市から申し入れの原爆展開催を受諾。
04 16 長崎青年会議所、長崎市長に神戸での原爆資料展開催のため資料貸し出しを申し入れ。
06 08 ユネスコ本部事務局次長、長崎の原爆遺物「天使の像」を同本部日本庭園に永久保存されると発表。
07 12 広島・長崎両市、海外三都市での“ヒロシマ・ナガサキ原爆展”開催を決定。
07 27? このほど広島平和文化センター、8月開催のオーストラリアとポーランドでの原爆展にパネル写真など発送。
08 01 西独ハードビッヒシャフェン市の代表来広し、昨年の同市での原爆写真展を見た市民の署名簿を広島市長に手渡す。
08 01 長崎市主催「原爆パネル展」、東京で開催(6日まで)
08 11 「読売新聞連載<戦争>展」大阪で開催(15日まで)「原爆・戦後」のコーナー設置。

 

年表:原爆展(1976年)

年表:原爆展(1976年)

記事
01 24 山梨県原水爆被害者の会など、ヒロシマ原爆の記録展を甲府市内・岡島デパートで開催(~28日).25000人が入場.2200の援護法署名が集まる.
02 10? 長崎市、ユネスコ本部で永久保存される平和のモニュメントに浦上天主堂の原爆遺物「天使の像」を第一候補に選ぶ。
02 14? 諸谷長崎市長、今春フランス・パリで開催される「南蛮渡来から原爆までの長崎展」に出席する意向を固める。
02 28 「南蛮渡来から原爆までの長崎展」準備委員会、開催。出品する資料を決定。
03 19 長崎市・浦上天主堂の原爆遺物「天使の像」の寄贈式、同天主堂で挙行。ユネスコ本部で永久保存される平和のモニュメントとして。
03 31? 広島市の国際青少年協会、西ドイツ・ハノーバー市でヒロシマ原爆展を開くことを計画。
04 01 長崎市、フランス・パリで開催される「南蛮渡来から原爆までの長崎展」に展示される資料を、市内で一般公開。-6日。
04 09 中国新聞「ヒロシマの痛み-米国で写真展開き訴え-今夏、広島の若者」
04 27 ユネスコと日本ユネスコ協会連盟、日本文化祭をフランス・パリのユネスコ本部で開催。開会式に諸谷長崎市長出席。期間中、「南蛮渡来から原爆までの長崎展」。-5月7日。
05 16 毎日新聞「パリ・日本文化祭の印象-中国放送の亀井さん-難しい”ヒロシマ”の訴え-核意識のズレ驚くばかり」
06 03 長崎市、8月6日から東京で開く「長崎原爆の記録展」の実施計画をまとめる。7日、予定していた銀座・松坂屋が会場の貸与を断る。
07 01 広島市、「戦後30年のあゆみ展」を市立中央図書館で開催。-
07 29 創価学会青年部平和委員会、全国縦断反戦・反核長崎展を、長崎市内で開催。-31日。
08 03 万国博記念協会、大タペストリー「かなしみの塔」の永久保存を決める。
08 06 ドイツ・ハノーバー市で「広島原爆31周年平和祈念式」と原爆資料写真展。国際青少年協会の同市訪問広島青少年使節団なども参加。
08 20 中国新聞「アメリカでヒロシマ写真展計画-広島の青年」
08 29 広島県大野町の原爆画展実行委員会、NHKが行った「市民の手で原爆の絵を」の町民版の原爆画展を同町公民館で開催。-9月12日。
11 07 マイク・グラベル米上院議員、米連邦議員として初めて広島市を訪問。20日、読売特派員に、原爆資料の国連への展示を働きかける意向を明らかにする。。
11 12 愛知県原水爆被災者の会、原爆被爆体験絵画展を名古屋市内で開催。-14日。

 

年表:原爆展(1975年)

年表:原爆展(1975年)

記事
01 29? 広島市、今年全国で巡回被爆資料展を開催することを計画。
02 20 カナダ在住の節子・サーローら、「ヒロシマ・ナガサキ被爆30周年トロント委員会」発足。
02 26 長崎市、原爆被災写真展の開催を申し入れていた米・セントポール市から、承諾の連絡を受ける。
03 15 広島県・広島市・中国新聞社・NHK中国本部、「ヒロシマ・原爆の記録展」の開催実行委員会設立総会を県庁で開く。関係者約30人が出席。
03 19? イタリアの詩人ダニエル・ドルチ、同国内での原爆展を開催するための準備会議を組織する意向のあつことを広島市に伝える。
04 10 宮沢広島県知事、オーストラリアから帰国。キャンベラの戦争記念館で、広島の被爆写真の提供を要請されたことを明らかにする。
04 13? 長崎市、米サンアントニオ市のバプテスト教会の牧師から原爆写真展開催のための資料提供を求められる。
05 13? 広島市、9月に被爆資料展が予定されているボルゴグラード市へ資料を送付。
05 23 中国新聞「広島の惨状-被爆30周年相次ぎ海外展示」
05 26 広島市、海外被爆資料展の今年の開催を断念。
06 27 原爆資料保存会、総会を開催。今秋、イタリアのシシリー島で被爆資料展を開催することを決める。
07 02 広島市、今秋カナダ・トロントで開催予定の被爆資料展のために被爆写真91点を送付。
07 04 長崎県・市、「長崎原爆の記録展」を北九州市小倉で開催。-8日。
07 09? 毎日新聞「ヒロシマの心伝えたい-アフリカで原爆写真展-被爆二世の青年、単身で」
07 11 「ヒロシマ・原爆の記録展」札幌市で開催。-16日まで。3万9594人入場。
07 16 長崎県・市、「長崎原爆の記録展」を福岡市で開催。-20日。
07 24 長崎市など、長崎展を米サン・アントニオ市で開催。-27日。諸谷長崎市長が出席。
07 24 カナダ・トロント市在住の被爆者サーロ節子、長崎市を訪れ、カナダで開催を計画シテイル原爆展への協力を依頼。8月25日、長崎市が資料98点を送付。
07 24 「ヒロシマ・原爆の記録展」、仙台市で開催。-26日。2万4496人入場。
07 26 長崎県・市、「ながさき原爆の記録展・世界平和祈念ポスター標語展」を長崎市で開催。-8月6日。
07 27 朝日新聞「「ヒロシマ」「ナガサキ」の認識深めよう-米に広がる平和の心-各地で原爆展や慰霊祭」
07 27 日本キリスト教団広島流川教会、「被爆30年史資料展」を開催。五日市方面(?)から撮影した新しい原子雲の写真を展示。
07 28 長崎市など、長崎展を米セントポール市で開催。-8月3日。
07 29 カナダのトロント市在住の被爆者サーロー・節子来広。荒木広島市長をトロントで開催する被爆写真展に招待。
07 31 高知新聞社、広島市から資料Wを借りだし、資料被爆資料展を高知市で開催。-8月6日。
08 01 長崎市など、長崎展を米ウィルミントン市で開催。-5日。
08 05 「ヒロシマ・原爆の記録展」(広島県、市、NHK中国本部、中国新聞社など主催)東京日本橋・三越で開催。-15日。入場者は5万7485人。
08 06 「丸木位里・俊原爆の図展」、広島市の福屋デパートで開催。-14日。約4万5000人が入場。
08 06 千葉県市原市青年団、被爆写真展を市民会館で開催。-10日。
08 15 「ヒロシマ・原爆の記録展」、,大阪市・心斎橋・そごう百貨店で開催。-20日。入場者4万3136人。
08 23 「ヒロシマ・原爆の記録展」、名古屋市・丸栄デパートで開催。-28日。入場者6万2106人。
08 29 中国新聞「ヒロシマ展全日程終わる-体験継承に大きな成果-5会場23万人入る」
08 29 長崎県・市、「長崎原爆の記録展」を熊本市で開催。-9月2日。
08 31 西宮市・市教委・市原水協、被爆資料展を市役所展示室で開催。-9月4日。
09 17 カナダ・トロントの「よみがえる広島・長崎」委員会、原爆写真展を同市役所で開催。-10月15日。
09 21 長崎新聞「核兵器の廃絶と平和の貴さ訴える-被爆30周年記念「ながさき原爆の記録展」から」
09 25 ソ連ボルゴクラード市で原爆資料展。広島の使節団訪問中。
09 27 「ヒロシマ・原爆の記録展」開催実行委員会、県庁で会合し、解散。
12 13 横田工原爆資料保存会会長ら2人、ダニロ・ドルチと移動原爆展の欧州での開催について相談するため、イタリアに向け出発。1月17日、帰国の記者会見。

年表:原爆展(1974年)

年表:原爆展(1974年)

記事
05 16? 原爆資料保存会、来年にスペインで原爆被爆資料展の開催を計画。
06 25? 岡井巴らロサンゼルス在住の被爆者約150人、原爆の恐ろしさを広く認識してもらうため、74年の8月6日を期して、同市内で被爆写真展を計画。
06 25? 米オハイオ州で平和運動グループによる「ウィルミントン1975年8月会議」開催運動を展開。平和教育のカリキュラムや在米被爆者の認識、米国青年の原爆に対する拒否反応などについて討議する。
07 15 山田広島市長、来年中に原爆被爆資料の海外での展示を実現したいとの意向を市議会で明らかにする。7月末、ノーマン・カズンズ、バーバラ・レイノルズ、ノエル・ベーカー、エディタ・モリス、ダニロ・ドルチに協力を要請。
07 24 広島市、米国原爆被爆者協会(荒井常会長)が計画している被爆資料展のために写真90点を送る。
07 28? カナダ在住被爆者サーロー・節子、カナダでの原爆展開催を計画。
08 05 広島・長崎原爆被爆者追悼法要、ロサンゼルス市の西本願寺別院で開催。約300人が参列。同別院で広島市平和文化センターが送った原爆写真を展示。
09 02 山田広島市長、米のバーバラ・レイノルズからオハイオ州ウイルミントン大学で来年被爆資料展を開くとの回答を得たことを明らかにする。
11 22 朝日新聞社、「激動とあらしの半世紀-昭和の50年展」を広島市の福屋百貨店で開催。-26日。原爆資料も展示。
11 24 朝日新聞「戦争繰り返してはならぬ-「昭和の50年展」アンケートから」
12 14 荒井覚米国原爆被爆者協会会長、広島市平和文化センターに、来春ロサンゼルスで開催予定の被爆写真展に広島市の写真パネルや映画を寄贈して欲しいと要請。

 

年表:原爆展(1973年)

年表:原爆展(1973年)

記事
05 14 長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設、米国から返還された資料を開封し報道陣に公開。
06 11 広島市が返還資料のうち134枚だけを公開することについて、二つの県被団協や被爆二世問題連絡会が抗議。
06 16 広島、長崎両市と中国新聞、地元放送3社共催「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、広島平和記念館で開催。。-25日。期間中、8万245人入場。
06 16 朝鮮李王朝の子孫・李*公のいとこにあたる李玖、広島市を訪れ、「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」を見学。
06 22 中国新聞「対話:私の中の”返還被爆資料展”」
06 23 「ナガサキ・ヒロシマ米国返還原爆被災写真展」、長崎国際文化開館で開幕。
06 23 広島市の主婦、「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」で展示されている被爆直後の御幸橋の写真の女子学生が自分であると名乗り出る。
06 29 中国新聞「返還被爆資料展-8万人(入場者)の重み-記者座談会」
06 30 米返還被爆資料展、福山市で開幕。-7月3日。入場者は3万1828人。
07 06 広島市内の原水禁,被爆者団体,町内会関係者約30人、ヒロシマの街に8月6日を再現する被爆者と市民の会を結成.
07 06 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、広島県三次市で開催。-8日。総入場者数は1万5769人。
07 13 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、山口市で開催。-16日。総入場者数は5012人。
07 23 住友銀行広島支店、米返還被爆資料のうち30点を1階ロビーに展示。-8月6日。
07 30 ヒロシマの街に8月6日を再現する被爆者と市民の会、市内40か所で返還被爆写真街頭展を開始(~8月11日).
07 31 広島市など、2回目の「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」を広島平和記念館で開催。-8月6日。総入場者は2万4028人。
07 31 広島市、原爆死没者名簿を平和記念館で公開。-8月6日。
07 31 国鉄広島駅の団体待合室で「原爆の記録と広島駅の今昔展」開催。-8月7日。
08 01 広島市沼田公民館、沼田地区戦災関係資料展を開催。-4日。
08 02 広島市在住の主婦、「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」で「太陽館」と解説されているのは、「呉服店倉庫」であると誤りを指摘。男性による、「防空ごう」は「ざんごう」との指摘も。
08 05 中国新聞「返還被爆写真展を見て-広島会場でのアンケートから」
08 06 「全電通全国原爆被爆者協議会」、広島市で結成。
08 07 中国新聞「どうとどめる薄れる記憶-「あかし」を葬るな-急げ史実の収録-食い違う証言解明」
08 08 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、京都市で開催。-13日。
08 08 米返還被爆資料展、京都で開幕。九月中旬まで山形、新潟、宇都宮、大宮、熊本、宮崎の各市でも開催
08 12? 中国新聞社、全国有力地方紙に「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」の開催を呼びかける。
08 14 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、山形市で開催。-19日。入場者は約500人。
08 17 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、岡山市で開催。-21日。総入場者は3万2822人。
08 18? ブラジル在住の広島出身の男性、原爆を教えるための資料集めに帰国。
08 19 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、新潟市で開催。-26日。
08 24 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、宇都宮市で開催。-29日。
08 31 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、熊本市で開催。-9月4日。
09 13 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、宮崎市で開催。-18日。
09 13 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、大宮市で開催。-18日。
10 13 広島県・県商工会議所連合会など、米ホノルル市で「ハワイ・ひろしま親善フェア」を開催。-19日。広島市の被爆前と後の写真も展示。

 

年表:原爆展(1970年)

年表:原爆展(1970年)

記事
02 03 万国博・テーマ館への広島・長崎被爆写真展示、再検討ヘ。政府の万国博推進対策会議で「どぎつくて万国博にふさわしくない」との意見が出たため
02 24 万国博・地方自治体館、被爆写真を撤去。
03 04 万国博政府出展懇談会、最終会合。茅誠司座長、原爆タペストリーを「抽象的でわからぬ」と批判。
03 06 中国新聞「受難続きの原爆展示-万国博-撤去や横ヤリ相次ぐ-”悲惨さにベール”-主催者・米人に気がね」
03 13 原爆展示をめぐって紛糾した万国博テーマ館が、公開される。15日、一般公開。
03 15 日本万国博、大阪・千里で開幕。原爆展示は大幅後退
03 万国博の宮内弥地方自治体館館長、地方自治体館2号館「明け行く日本列島」の”海と船のショー・中国地方”(上映時間1分30秒)の場面に登場する原爆被害関係のシーンを差し替えるように日本映画新社に伝える。4月30日、差し替えたものが上映される。
04 14 米ニューヨーク在住のノーマン・カズンズ、広島市に、5月から開催を予定しているリンカーン・センターでの原爆資料展のために、被爆資料写真などの貸出を要請。
04 24 大原亨、万国博の地方自治体館の写真展示から館側が勝手に原爆被爆写真を撤去した問題を、衆議院文教委員会で取り上げる。
04 24 山田広島市長、米の平和団体がニューヨークで開く原爆資料展への資料貸出について、時期が適当でないと、断る。
05 11 万国博の地方自治体館が公開される。初めに制作者が計画していた「被爆母子」と「原爆の子の像」など円形パネル写真が姿を消し、きのこ雲の写真と長崎・浦上天主堂のマリア像の背景写真だけとなる。
05 11 米のニューヨーク文化センターで開催される「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」の開会式。リンゼー・ニューヨーク市長とノーマン・カズンズが挨拶。
05 12 米フレンド奉仕委員会、海外初の原爆写真展をニューヨーク文化センターで開幕(~6月21日).2万人以上の観客.
05 22 朝日新聞社、ニューヨークで原爆展を開催。海外初(「平和の推進」)。
07 18 大阪市の働くものの絵画集団「レアラ・ロンド(真実の仲間)」、万国博場外の原爆展として「原爆と平和展」を大阪・朝日文化ホールで開催。万国博に展示されなかった被爆写真の展示や映画の上映。-22日。8月5日~16日には、京都府立総合資料館で開催。
07 21 広島の写真家・佐々木雄一郎、原爆写真展「広島の日記」を西宮市民会館で開催。-23日。
07 24 長崎の浦上天主堂の写真を撮り続けた池松経興とその写真をもとに油絵をかいた福田重人の「原爆・二つの心展」、長崎市内のギャラリーで開催。
08 05? 万国博会場で数少ない原爆展示の「かなしみの塔」のある日本館のホステスたち、被爆の悲惨さについて勉強会を開く。原爆に関する英文パンフの配布を計画するが政治的な配慮から中止させられる。
08 06 万国博会場の野外劇場で広島テレビ制作の原爆ドキュメンタリー映画「朝顔」が上映される。
08 06 ゲレロ国連貿易開発会議(UNCTAD)事務局長、同会議デーを迎えた万国博の国連館で、各国のコインを集めて鋳造された「平和の鐘」を付き鳴らし、原爆死没者などを追悼。
08 07? 万国博会場内テーマ館の空中展示室にある原爆写真コーナーに菊の花が供えられる。
08 23 広島県、万国博の地方自治体館の「広島県の日」に被爆当時の写真パネル3枚を展示。-25日。
08 26 中国新聞「万国博「県の日」終わる-観光面で大収穫-被爆写真に不満の声も」

 

年表:原爆展(1969年)

年表:原爆展(1969年)

記事
03 24 大平通産相、万国博での原爆展示について、「原子力の誤った利用による過去の悲惨な経験と平和利用による明るい未来を展示する」と、参議院予算委員会で答弁。
04 24 社会党、万国博での原爆展示について政府に要請。5月16日、回答。
07 29 詩人さかもと・ひさしと写真家・大深みのじの「広島原爆25周年 詩と写真想像展」を広島市福屋デパートで開催。-8月10日。
08 01 広島在住の写真家・佐々木雄一郎、写真展「広島の日記」を東京銀座・松屋デパートで開催。-6日。
08 06 広島県府中市土生町の自動化移管で第3回原爆展。-17日。
09 25 万国博で日本政府館の「悲しみの塔」内壁を飾る原爆展示のタペストリーの制作が、京都・西陣の竜村美術織物で始まる。
10 17? 万国博の日本政府館に展示される原爆展示のうち「平和利用」の図柄が決まる。

 

年表:原爆展(1958~64年)

年表:原爆展(1958~64年)

記事
58 03 03 アジア・アフリカ連帯会議常設事務局、カイロで核兵器反対展示会を開催。広島・長崎の被害写真など展示(アカハタ)。
58 04 17 ブリュッセル万国博開幕。日本館の中央に広島の原爆の被害を示す写真を展示。
59 07 03 広島大学教養部学友会、学内で「八・六原爆展示会」を開催。-5日。
59 07 23? 原水爆禁止世界大会現地本部、大会参加者向けに原爆写真の展示と市内見学バスの臨時運行を計画。
62 05 21 広島市、二十一世紀世界平和博覧会(米シアトル市で四月二十一日から開催中)に被爆写真六十枚なとの出品決める。六月二十日発送を目標に準備進める。
64 02 03 米ボルダー市コロラド州立大学で二十一世紀世界展広島原爆展開く。八日まで。

 

年表:原爆展(1956年)

年表:原爆展(1956年)

記事
01 25 広島市当局、市議会産業委員会で、原子力平和利用展開催中は原爆資料館の資料を公民館に移す意向を表明。被爆者、遺品を移すのは心外だと反発。
02 02 丸木・赤松夫妻、「原爆の図」を日本アンデパンダン展に出品。全10部完成(アカハタ)。
02 11 神奈川県平塚市・地区労・医師会など、見附台体育館で丸木・赤松「原爆の図」展を開催(3日間)。約1万5000名が参観。原爆展の市主催は、英国コヴェントリー市についで2番目(アカハタ)。
03 23 天皇、東京日本橋高島屋で開催中のニューヨーク近代美術館など主催「ザ・ファミリー・オブ・マン」写真展を見学。その際、広島原爆被災の少年の写真にカバーがかぶせられる。(毎日新聞)
03 24 「ザ・ファミリー・オブ・マン」写真展に出品中の長崎原爆被災写真5枚について、米側責任者スタイケンが撤去を申し入れ。(朝日新聞)
03 26 丸木・赤松「原爆の図」展、ローマで開幕。(アカハタ)。
04 09 山口仙二長崎原爆青年会長、国際文化会館のケロイド模型の取り外しを指示した渡辺長崎県秘書課長補佐に7項目の公開質問状を提出。(長崎日々)
04 15? ハーベルマン(オランダの彫刻家)による丸木・赤松「原爆の図」の世界一周展覧行脚の呼びかけに対しスイスのベルン博物館・ニューヨーク・ボストン両博物館などから公開希望の申し入れ。
04 16 丸木・赤松後援会、「原爆の図世界行脚歓送懇談会を」東京お茶の水で開催。月末に訪中の予定(アカハタ)。
05 01 アカハタ、「「原爆の図」展の成果-神奈川平塚地区委員会の総括」を掲載(-3日、3回)。
05 12 丸木・赤松夫妻、中国人民保衛世界平和委員会の招きで訪中するため羽田を出発(アカハタ)。
05 26 広島原子力平和利用博覧会、開会式を挙行。
05 27 広島原子力利用博覧会(広島県・市など主催)、広島市平和記念公園の平和記念館・原爆資料館で開催(6月17日まで、約11万人入場)。藤居原・水協事務局次長、平和利用に先だって原爆症に対する治療・予防の研究を第一目標に置いて欲しいと談話。
07 06 原子力平和利用博覧会(アメリカ広報庁・福岡県市・西日本新聞社共催)、福岡市で開幕。(長崎日々)
08 04 長崎市原爆資料保存会、4月義宮来県以来国際文化会館の陳列から除かれていたケロイド模型を陳列することなどを決定。(長崎日々)[天皇]
08 31 丸木・赤松夫妻、平壌に到着(アカハタ)。
12 23 丸木位里、帰国(アカハタ)。

 

年表:原爆展(1954~55年)

年表:原爆展(1954~55年)

記事
54 01 09? 山口県防府地区労、丸木・赤松の原爆図展を開催(54.1.21中国新聞)。
54 04 08 福井芳郎「広島原爆画展」、中国新聞社ホールで開幕。
54 04 13 世界平和者会議広島大会参加の海外代表、中国新聞社2階ホールで開催中の福井芳郎原爆画展を参観。
54 08 06 市立長崎博物館で原爆記念文筆展開幕(~10日)。(長崎日々)
54 08 12 東京新宿・伊勢丹で「原子力展覧会」開幕(-12日)。広島・長崎の原爆被災写真・資料も展示。
54 09 24 広島・長崎両市の関係者、広島市役所で原爆資料展開催について協議。11月に日赤本社講堂を借り受け開催することを決定。
54 10 02 広島市、宇野長崎市社会課長を迎えて、原爆資料展について協議。ABCC、逓信・日赤・県立の各病院に資料の貸出を要請することなどを決定。
54 10 09 浜井広島市長、ロバート・ホームズABCC所長から原爆展のための資料提供要請に快諾の返答を受ける。
54 10 13 広島市原対協治療部会、原爆障害者の治療促進・原爆資料展への資料提供を決定。
54 10 14 広島市、来広した佐藤日赤本社報道室長・岸田日本民主文化協会理事長をまじえて、原爆展について協議。
54 11 01 長崎市議会全員協議会、東京で開催予定の原爆資料公開展の長崎市負担額119万3000円を承認。(長崎日々)
54 11 05 広島市、原爆展の概要をまとめる。
54 11 17 ロバート・ホームズABCC所長、初公開の原爆資料(男児の出生率が減少する)などを原爆展のため広島市に寄贈。
54 11 25 広島・長崎原爆資料公開展(日赤本社・広島市・長崎市共催)、東京日赤本社で開催(12月3日まで)。被災資料・写真など408点展示。ABCCの調査資料も展示。
54 11 26 日赤、原爆資料展の開催に合わせ、在京被爆者の健康相談所開設。
55 03 08 丸木・赤松「原爆の図」展、英国コヴェントリで開幕(3.13朝日新聞)
55 07 10 丸木・赤松「原爆の図」展、ロンドン市美術館で開幕。(1955.8.1)
55 08 06 広島平和記念資料館[広島原爆資料館]、完工し、原爆資料展示会を開催。
55 08 17 広島県・山県郡加計町青年団、中央青年会館で原爆資料展を、また常禅寺で庄野直允の講演会を開催。

 

年表:原爆展(1953年)

年表:原爆展(1953年)

記事
01 ? 丸木・赤松夫妻の「原爆の図」、国際平和賞を受賞。
01 02 秩父農業高校、原爆展を開催(アカハタ)。
01 15 長崎市教委ほか21団体、赤松俊子・丸木位里「原爆の図展」を長崎市労働会館で開催(~18日)。15日、3000名が入場。18日までに1万名を突破。会期を19日まで延期(長崎日々)。
03 18 長崎原爆の図展実行委員会、赤松俊子・丸木位里を招き、労働会館で長崎平和を守る会の結成大会を開催。(長崎日々3.13)
04 10 YMCA奉仕グループの河本一郎らの努力により釧路市労働会館で原爆展。以後、北海道各地に巡回(1953.7.4朝日新聞)。
07 10 山口大学講堂で原爆図展。3日間。
07 10 山口大学講堂で原爆図展開催(3日間)。(アカハタ)。
08 07 中国新聞社、「ノー・モア・ヒロシマズ原爆画展」を東京日本橋白木屋で開催(-12日)。福井芳郎の記録画を展示。
08 09 広島市・朝日ホールで丸木・赤松「原爆の図」展を開催(-13日)。(朝日新聞)
08 15 呉市公民館で「原爆の図」展覧会(17日まで).市民の10%約2万人が観覧

 

年表:原爆展(1952年)

年表:原爆展(1952年)

記事
01 19 長崎県など、大阪市近鉄阿倍野百貨店で「長崎県観光と物産博覧会」を開催(-2月2日)。
02 09 長崎県など、京都駅前丸物百貨店で長崎観光物産展を開幕。
02 25 長崎市立山里小学校、自主教育研究会に合わせて「永井博士と浦上の子ら」遺品展を開催。
05 23? 外務・文部両省、6月26日からニューヨークで開催される国際児童図書展覧会に「原爆の子」(岩波書店)など18点を出品することを決める。
07 30 東京都平和会議・世界政府協会・キリスト者平和の会、「大原爆展」を渋谷公会堂で開催。-8月2日。
07 30 東京都平和会議・世界政府協会・キリスト者平和の会、東京都渋谷公会堂で大原爆展を開催(-8月2日)。(アカハタ)
08 06 武蔵野市平和懇談会、井の頭公園で「大原爆展」を開催。-10日。
08 15 立川平和懇談会、赤松・丸木「原爆の図」5部作と東京都立大学の学生有志が集めた写真資料をもとに原爆展を開催。3日間。入場者総数は9907名(子供を加えると1万2000名以上)。(「平和のために-原爆展感想文より」52090901)
09 28 アカハタ、S・Yの詩「ピカドンを許さない-ある原爆展の会場にて」を掲載。
10 07 アカハタ、映画「原爆の図」(今井正作品・新星映画社)を紹介。
11 16 原爆画展、佐世保市公会堂で開幕(4日間)。
12 28 三菱造船労組長崎支部など、原爆図展実行委員会を開催。1958年1月15日から開催予定。

 

 

ヒロシマ 21世紀へのメッセージ

『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(朝日新聞社文化企画局大阪企画部(編・刊、199409)

目次

口絵写真
020 19940927-1030 熊本県立美術館
19950551-0612 大丸ミュージアム・梅田
19950812-0924 郡山市立美術館
19951007-1203 広島市現代美術館
021 ごあいさつ 主催者
024 霊魂よ眠れ 新藤兼人
033 コレクションテーマ[ヒロシマ]
087 ヒロシマ―半世紀への黙示
114 コレクション、テーマ「ヒロシマ」について 竹澤雄三(広島市現代美術館学芸課長)
120 21世紀への黙示―ヒロシマ 小泉晋弥(郡山市立美術館主任学芸員)
127 原爆写真とは何か―次代の人類のヴィジョンのために 平木収(写真論)
133 戦争を風化させないために―フォトCD[ヒロシマ・1945] 後藤和雄(朝日新聞写真データベース委員会幹事)
135 市民が描いた原爆の絵 小泉晋弥
136 作家略歴
140 出品目録

 

ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録

『ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録 』(佐々木雄一郎写真、毎日新聞広島支局編 、毎日新聞広島支局、19770701 )

内容

撮影年月日 備考
荒木武
194509 爆心
1948 原爆ドーム
<以下要入力>
ヒロシマの歩み<年表>
ヒロシマと生きて 佐々木雄一郎
ヒロシマに思う 山本皓三
編集後記 河野通宏
編集委員

ヒロシマ25年 写真記録

『ヒロシマ25年 写真記録』(佐々木雄一郎、朝日新聞社、19700730)

No. 備考
2 佐々木雄一郎
3 8本の線と1個の点
4 1 自宅付近の焼け跡
2 市電の残骸
3 義兄本田勘六宅の焼け跡
4 次兄佐々木末爾宅の焼け跡
7 原子砂漠
5 原子砂漠
8 6 爆心地
10 7 爆心地1
11 7 爆心地2
12 8 鉄分の噴き出した墓石
9 ピカドン墓
13 10 屋根のぬけ落ちた産業奨励館
14 11 爆心地下の白骨
15 閃光
15 12 石段の人影
16 13 ガスタンクの影
18 14 護国神社入口の狛犬1
15 護国神社入口の狛犬2
16 護国神社入口の狛犬3
17 避雷針の基礎の影
18 竹の火傷
19 広島城のユーカリ1
20 広島城のユーカリ2
23 爆風
21
21 御幸橋の欄干…23
22 相生橋風景… 25
23 爆心地島病院の跡…26
24 日赤病院のガラス破片…26
25 ねじれた鉄窓… 27
26/28 家屋の破損1~3…28/29
29 鉄梯子の曲った煙突
30 焼け跡
30 街の焼け跡 1~20
43 人間をかえせ
50 50 孤独な老人…43
51 はたらく原爆孤児…44
52/54 原爆浮浪児 1~3…46/48
55 孤児と修道尼…49
56 お祈りをする孤児…49
57 似島学園の女の子…50
58 先生と孤児…51
59 バラックの老夫婦…53
60 日向ぼっこの孤老
55 惨劇の証人
61 早暁の原爆ドーム…55
62/76 原爆ドーム 1~15…56/68
77 原爆ドームの碑…68
69 廃嘘のヤドカリ
78 バラックと子ども…69
79 石とトタンの家…70
80 防空壕の住居…71
81 兵営跡の市営住宅…72
82 新居と畑…72
83 バラック住い…73
84 バラックと子ども…73
85 基町のスラム…73
86/91 立ちのき 1~6…74/78
79 怒りと祈りと
92 ハトと噴水…79
93 ドームと洗たく女…80
94 写生する子どもたち…81
95 はねつきをする少女…82
96 置去りにされた石仏…82
97 工事場の群像…83
98 紙芝居屋と子ども…83
99 慰霊碑に詣でる被爆娘…84
100 読経する老人…85
101 消えていくバラック…86
102 工事場の人骨…87
103 工事の遅れた公会堂…88
104 公園建造物全景…89
105 遠足に来た生徒たち…90
106 雪の中の参詣…90
107 雨の中の参詣…90
108 ある対話…90
109 若い自衛隊員…90
110 休暇の黒人兵…90
111 暮色の公園…91
112 供養塔暮景…92
113 新春の供養塔…93
114 原爆の子の像…93
115 供養塔そばの自衛隊員…94
116/17 原爆資料館1~2…94/95
118 詩碑と少女…97
119 平和記念公園遠望…99
120 盛夏の平和記念公園…100
101 消えぬ爪あと
121 街を行く被爆者…101
122 原爆第1号のケロイド…102
123 原爆1号の店…103
124 ドームと第1号…103
125 はたらく被爆者…104
126 デパート屋上の被爆者…104
127 街に出てきた原爆乙女…105
128 発言する原爆乙女…105
129 川遊びの被爆少女…106
130 討議する被爆者代表…108
131 広島原爆病院…108
132 原爆病院の病室…111
133 原爆病院標本室…112
134/135 原爆病院病理室 1~2…112
136 原爆病院の回診風景…113
137 結び合う手…114
115 涙と叫びの夏
138 8月6日の慰霊碑…115
139 第1回平和祭…116
140 平和塔と人骨…117
141 第3回平和祭…118
142 第6回平和記念式典…119
143 過去帳奉納…120
144/151 第8回~第22回平和記念式典…121/125
152 8月6日の流燈会…126
153 ドーム前の流燈…127
154 折鶴の会の平和集会…128
155/161 8月6日の供養塔 1~7…129/133
162 涙の老女…134
163 少年と線香…134
164 動員学徒犠牲者の会…135
165 慰霊祭のあと…135
166 原水禁広島平和大会…136
167 第1回原水禁世界大会…137
168 核禁会議のタイマツ行進…137
169 平和大行進…139
170 遺影を胸に…140
171 林立する旗…141
172 ヘルメットに囲まれて…141
173 原爆病院前の平和行進…142
174 海を渡ってきた行進者…142
175 広島反戦集会…143
176 国際放射線影響学会…144
177 胎内被爆者・被爆二世を守る会結成大会…144
178 原水爆禁止科学者会議…144
179 慰霊碑前の抗議すわりこみ…144
180 第2回世界仏教徒会議…145
181 ある花束…146
147 死者をたずねて
182 原爆っ子の成人式…147
183 供養塔に眠る無縁仏…148
184 遺骨の引渡し…149
185 むなしく眠る遺骨…149
186 学徒死没者の碑…150
187 検視調書名簿…150
188 名簿を追って…151
189 探し疲れて… …151
190 あったッ!…152
191 供養塔納骨名簿…152
192 確認…153
193 喜び…153
194 祭壇上の遺骨…154
195 遺骨引渡し…154
196 悲しみ…155
197 被爆者実態調査票…156
198 被爆者調書…156
199 爆心地の復元…156
157 来訪者の顔
200 ジョセフィン・ベーカー…157
201 皇太子殿下…158
202 ザビエル順礼団…159
203 西部劇俳優ケニー・ダンカン…159
204 天皇・皇后両陛下…159
205 ヘレン・トローベル…160
206 宇野重吉…160
207 ルーズベルト夫人…160
208 ディマジオとモンロー…161
209 パルゴーザ・カルメーロ・ブラジル大使夫妻…162
210 高松宮ご夫妻… 163
211 高松宮妃…163
212 鳩山首相夫妻…164
213 原水禁世界大会ソ連代表…164
214 原水禁世界大会中国代表…164
215 ネール首相… 165
216 オーベルン・キルヘン少女合唱団…165
217 皇太子殿下ご夫妻…166
218 ハイネマン西ドイツ大統領夫妻…166
219/225 自衛隊1~7…167/172
173 不死鳥のごとく
226/275 よみがえる街々1~50…173/202
276 宇品港の引揚げ船…203
277 宇品港の外米輸入船…203
278 宇品港桟橋…204
279 ソ連観光船入港…204
205 焦土の祭典
 280 消防出初め式…205
281 相撲興行…206
282 庭球卓球競技大会…207
283 こどもまつり…207
284 広島カーブ結団式…207
285 第6回広島国体…208
286 秋祭(天神祭)…208
287 ファションショー…209
288 広島まつり…209
289 立太子式…210
290 競輪…211
291 亥の子祭…211
292 とうか祭…212
293 市民球場びらき…212
294 博覧会…213
295 X’masフェスティバル213
296 聖火リレー…214
297/309 第21回~第41回メーデー…215/222
223 声なき墓標の群れ
広島県地方木材KKの慰霊碑
225 慰霊碑
 311 雑草の中の供養塔…225
312 瓦礫の中の供養塔…226
313 広島郵便局の供養塔…226
314 広島土木出張所の供養塔…227
315 爆心地横死者の供養塔…227
316 さまざまなる供養塔…228
317 集められた供養塔…229
318 県立広島二中の供養塔…230
319 放置された供養塔…230
320 県立広島二中慰霊碑の裏面…231
321 広島二中慰霊碑の表面…231
322 広島市役所の慰霊碑除幕式…232
323 牛田町児童公園の供養塔…232
325 五日市町の慰霊碑…233
326 左官町の慰霊碑…233
327 宇品造船所の供養塔…233
328 広島女学院慰霊碑の表面…234
329 広島女学院慰霊碑の裏面…234
330 崇徳中学校の供養塔…235
331 広陵学園の慰霊碑…235
332 進徳高等女学院の慰霊碑…235
333 広鳥市高等女学校の慰霊碑…235
334 広島市造船工業学校ならびに広島市立商業学校卒業生原爆戦残者の慰霊碑…237
335 原爆の子の像の碑文…238
336 移動演劇さくら隊原爆殉難碑…238
337 慰霊碑守りの未亡人…238
239 墓標
338/351 墓標1~14…239/246
247 供物
247 352 タイ国海軍使節団の捧げた花輪
248 353 皇太子殿下の捧げた花輪
249 354 ネール・インド首相の花輪
249 355 世界連邦外国代表一行の花輪
249 356 ジョンソン駐日アメリカ特命全権大使の花軸
249 357 スポポダ・チェコスロバキア大統領の花輪
250 358 修学旅行生の献花
250 359 修学旅行生の捧げた折鶴
250 360 小学校児童の献花
251 361 センをぬいて供えられた酒
252 362 供養塔前の供物
252 363 慰霊碑前の菊の花と硬貨
253 364 新婚旅行者が捧げたブーケ
253 365 万博粉砕の千羽鶴
255 366 ヒロンマ1970年
258 広島被爆地図
260 ヒロシマの持続 大江健三郎
268 ヒロシマ年表 庄野直美・編…
279 あとがき

佐々木雄一郎

佐々木雄一郎(ささき・ゆういちろう)

19170111生19800204没 享年63 被爆記録写真を撮り続けた広島の写真家。[69原爆被災資料広島研究会]。『原爆三十年』(広島県編・刊)の挿入写真の選定・編集でお世話になる。

著書

書名 編著者 出版者 発行年月日
ヒロシマフォトアルバム 佐々木雄一郎編 広島平和協会 19491001
広島の日記 昭和20年から44年まで 佐々木雄一郎 佐々木雄一郎 19690801
写真記録 ヒロシマ25年 佐々木雄一郎 朝日新聞社 19700730
ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録 佐々木雄一郎(写真)、毎日新聞広島支局(編)  毎日新聞広島支局 19770701
   略歴
19170111 広島市に生まれる
19450806 日本写真公社のカメラマンとして東京にいた
19450809 広島に帰り、原爆による惨状を見る。
19450818 広島に腰を据える。肉親の行方捜し、13人を失う。同時に執念の撮影が始まる。
1969   東京・松屋で初の写真展。
1971   写真集「広島の日記」出版
1975   広島・センター街で写真展

 

母と子でみる 原爆を撮った男たち

『母と子でみる 原爆を撮った男たち』(反核・写真運動、草の根出版会、19870806)

目次

1 原爆の実相を伝える
はじめに-真の平和をめざして
広島・長崎の原爆
原爆カメラマン
日照計
アトミック・フィールド
2 原爆を撮った男たち(上)
尾糠政美
尾木正己
鴉田藤太郎
川原四儀
川本俊雄
岸田貢宜
岸本吉太
北勲
木村権一
黒石勝
空博行
斎藤誠二
林寿麿
深田敏夫
松重三男
松重美人
森本太一
山田精三
川端庸介<長崎>
3 原爆を撮った男たち(下)
松本栄一<長崎・広島>
菊池俊吉<広島>
林重男<広島・長崎>
4 原爆カメラマンの証言
どうして原爆写真を撮ったか
林重男・松重美人・松本栄一・相原秀次・菊池俊吉
広島原爆被災写真撮影者が語る被爆の実態
(河村盛明・三宅利明)、松重美人・松重三男・深田敏夫・林重男・黒石勝・岸田貢宣・尾糠政美・尾木正己
戦中・戦後のカメラマン
写真家をめざしたころ  菊池俊吉
幻のグラフ雑誌  多川精一
軍隊を終えカメラマンに  林重男
敗戦とアメリカ  林重男
「国際医師の会」で被爆体験を訴える  松重美人
平和へのかけ橋  「反核・写真運動」事務局
フィルムの話  林重男
「反核・写真運動」-あとがきにかえて   「反核・写真運動」事務局

世界写真家平和シンポジウム・写真展報告書

『世界写真家平和シンポジウム・写真展報告書 核の半世紀―目撃者は語る』(広島平和文化センター、19941216)

目次

発刊に当たって 平岡敬(広島市長、財団法人広島平和文化センター会長)
001 出席者のプロフィール
003 全体スケジュール
004 写真展の概要
005 原爆被害概況説明の概要
007 宇吹暁 原爆の社会的影響
011 練石和男 医学的影響「原爆放射線の健康影響」
013 山岡ミチコ 被爆者の証言「米国で27回の手術を受ける」
018 高橋昭博 被爆者の証言「私の被爆体験とヒロシマの心」
022 世界写真家平和シンポジウムの概要
1 日時
2 会場
3 テーマ
4 内容
5 主催
6 協力
7 後援
8 参考
023 平岡敬 開会あいさつ
024 シンポジウムの発言内容
勝部領樹
025 ジョー・オダネル
028 ユーリ・イワノビッチ・クイディン
30 勝部
30 キャロル・ギャラガー
32 勝部
33 ロバート・デルトレダシー
35 勝部
35 アンドレアス・ロベ
37 勝部
37 大石芳野
53 プロフィール
098 写真展における展示写真
109 新聞記事[原文]

たたかう映画-ドキュメンタリストの昭和史

『たたかう映画-ドキュメンタリストの昭和史』(亀井文夫著 谷川義雄編、岩波書店、19890821 )

目次

ドキュメンタリーをめざして 001
わんぱく時代/ソビエト留学/上海事変の記録/戦う兵隊/記録映画を考える/記録映画と真実と/
わが戦争と平和 073
信濃風土記 /シナリオ小林一茶/コミンテルンと雑魚一匹/日本の悲劇/来なかったのは軍艦だけ/
戦後を記録する 137
軍事基地日本 138
原爆への視線 146
世界は恐怖する 155
部落差別は生きている 176
生物みなトモダチ 185
ギャラリー東洋人にて 186
みんな生きなければならない 197
編者あとがき(谷川義雄) 215
亀井文夫監督作品目録 225