資料調査通信(広島大学原医研)1987年

資料調査通信 1987年
第60号(1・2月号)-第68号(12月号)

 

 分冊 記 事
60   1/2 被爆問題年表 1987年1月 1 5
60   1/2 被爆問題年表 1987年2月 6 11
60   1/2 被爆者対策史 年表 (4)1951-1952年 12 20
61   3 被爆問題年表 1987年3月 1 7
61   3 トピック 新聞報道による「広島長崎訪問者一覧」 (1983ー1986年) 8 18
62   4 被爆問題年表 1987年4月 1 6
62   4 原爆関係新聞社説・投書一覧 「「中国・朝日・毎日・読売・長崎新聞「「1986年 7 13
62   4 ローカル紙の8.6社説 1986年 14 15
63   5/6 被爆問題年表 1987年5月 1 9
63   5/6 被爆問題年表 1987年6月 10 19
63   5/6 トピック 厚生省の被爆者実態調査結果の報道(1965・1975・1985年調査分) 20 23
64   7 被爆問題年表 1987年7月 1 14
65   8 被爆問題年表 1987年8月 1 20
65   8 ローカル紙の8.6社説 1987年 21 22
66   9 被爆問題年表 1987年9月 1 5
66   9 被爆者対策史 年表 (5)1953年 6 14
66   9 被爆者対策史 年表 掲載号一覧 15 15
66 1 9 文献・図書資料 1985年1月~12月受入れ分 図書の部 1 41
66 2 9 文献・図書資料 1985年1月~12月受け入れ分 図書の部 42 65
66 3 9 文献・図書資料 1985年1月~12月受け入れ分 逐次刊行物の部 66 86
67   10/11 被爆問題年表 1987年10月 1 8
67   10/11 被爆問題年表 1987年11月 9 14
67   10/11 被爆者対策史 資料(1)八者協に見る被爆者研究への要望 15 25
68   12 被爆問題年表 1987年12月 1 7
68   12 連載記事一覧 1987年 Ⅰ.中国・朝日・毎日・読売・長崎新聞 8 14
68   12 連載記事一覧 1987年 Ⅱ.ローカル紙 15 17
68   12 連載記事一覧 1987年 Ⅲ.政党紙 18 20
68 1 12 被爆者対策史 資料 (2)原爆症研究の再開 A.予研年報にみるABCC略史 1 31
68 2 12 被爆者対策史 資料(2) B.都築正男資料にみる文部省原子爆弾災害調査研究班の発足 32 50

 

 

資料調査通信(広島大学原医研)1986年

資料調査通信 1986年

第50号(1月号)-第59号(11・12月号)

 

分冊 記 事
50  1 1 被爆問題年表 1986年1月 1 7
50  1 1 原爆関連テレビ番組一覧 1985年 8 18
50 2 1 資料:原爆報道 新聞連載一覧 長崎編(1945ー1984) 1 48
50   1 資料調査通信索引 (1~50号) (別紙リーフレット) 1 2
51   2/3 被爆問題年表 1986年2月 1 6
51   2/3 被爆問題年表 1986年3月 7 14
51   2/3 原爆関係新聞社説・投書一覧 「「中国・朝日・毎日・読売・長崎「「1985年 15 24
52   4 被爆問題年表 1986年4月 1 8
52   4 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (9)1977-1983年 9 13
52   4 原爆関連テレビ番組一覧 (1982-1984年) 原医研ビデオ所蔵分 14 18
53   5 被爆問題年表 1986年5月 1 10
53   5 トピック 原爆供養塔の遺骨をめぐって 11 11
53   5 トピック 新聞による年表―原爆供養塔の遺骨引き渡し(1968ー1985年) 12 16
54   6 被爆問題年表 1986年6月 1 9
54   6 被爆後1年間の長崎-慰霊行事表   10 12
54   6 被爆後1年間の長崎-慰霊行事表 弔辞と1945-1952年の関係記事 13 23
ヒロシマの「史点」 占領下の原爆文献考
55   7 被爆問題年表 1986年7月 1 15
55   7 被爆者対策史 年表 1945(昭和20)年 16 22
56   8 被爆問題年表 1986年8月 1 25
57   9 被爆問題年表 1986年9月 1 6
57   9 被爆者対策史 年表 (2)1946-1948年 7 18
58   10 被爆問題年表 1986年10月 1 8
58   10 被爆者対策史 年表 (3)1949-1950年 9 16
59   11/12 被爆問題年表 1986年11月 1 7
59   11/12 被爆問題年表 1986年12月 8 13
59   11/12 連載記事一覧 1986年 14 29

 

資料調査通信(広島大学原医研)1985年

資料調査通信 1985年

第40号(1・2月号)-第49号(11・12月号)

 

 

分冊 記 事
40  1 1/2 被爆問題年表 1985年1月 1 7
40   1/2 被爆問題年表 1985年2月 8 15
40 2 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (9)1977~1978年 1 22
41   3 被爆問題年表 1985年3月 1 11
41   3 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (10)1979~1980年 1 23
42 1 4 文献・図書資料 1984年7月~12月受け入れ分 図書の部 3 37
42 2 4 文献・図書資料 1984年7月~12月受け入れ分 逐次刊行物の部 38 69
42 3 4 被爆問題年表 1985年4月 70 81
42 3 4 トピック(秦野) ―「被爆証人捜し」1972(昭和47年)~ (「被爆証人捜し」一覧 P.84~) 82 86
43   5 被爆問題年表 1985年5月 1 12
43 1 5 資料:原爆報道 社説一覧 中国新聞(1945年~1984年) 1 28
43 2 5 資料:原爆報道 社説一覧 朝日・毎日・読売(1945~1984年) 1 50
43 3 5 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (11)補遺 (1945ー1984年) 1 19
以上は手書き。
44   6 被爆問題年表 1985年6月 1 16
45   6 被爆問題年表 1985年7月 1 20
46   8 被爆問題年表 1985年8月 1 32
46   8 被爆問題年表 1985年7月補遺 33 33
46   8 被爆40年 原爆報道 ローカル紙の8・6社説 34 35
46   8 被爆40年 原爆報道 ローカル紙の8・6連載 36 39
46   8 トピック 反核意見広告(掲載紙・掲載日・頁・広告主) 40 40
47   9 被爆問題年表 1985年9月 1 9
47   9 資料:原爆報道 政党紙連載一覧 10 21
48   10 被爆問題年表 1985年10月 1 14
49 1 11/12 被爆問題年表 1985年11月 1 8
49 1 11/12 被爆問題年表 1985年12月 9 16
49 2 11/12 連載記事一覧 1985年 17 57

 

資料調査通信(広島大学原医研)1984年

資料調査通信 1984年

第29号(1月号)-第39号(12月号)

 

分冊 記 事
29 1 1 まどうてくれ 資料特集 第3回原水爆禁止世界大会議事速報[抄] 1 34
29   1 被爆問題年表 1984年1月 1 5
29   1 文献・図書資料 1984年1月受け入れ分 6 18
30   2 被爆問題年表 1984年2月 1 8
30   2 文献・図書資料 1984年2月受け入れ分 9 18
31   3 文献・図書資料 1984年3月受け入れ分 1 3
31   3 被爆問題年表 1984年3月 4 12
31   3 ビキニ被災30周年 新聞記事によるビキニデーの変遷(秦野) ①1955~1964年 13 19
32  1 4 文献・図書資料 1984年4月受け入れ分 1 11
32   4 被爆問題年表 1984年4月 12 20
32   4 ビキニ被災30周年 新聞記事によるビキニデーの変遷(秦野) ②1965~1974年 21 25
32 2 4 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (1)1945~1953年 1 15
33   5 文献・図書資料 1984年4月受け入れ分 1 5
33   5 被爆問題年表 1984年5月 6 17
33   5 ビキニ被災30周年 新聞記事によるビキニデーの変遷(秦野) ③1975~1984年(連載終り) 18 26
34   6 被爆問題年表 1984年6月 1 12
34   6 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (2)1954~1956年 13 24
35  1 7 文献・図書資料 1984年6月受け入れ分 1 19
35   7 被爆問題年表 1984年7月 20 35
35 2 7 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (3)1957~1962年 1 22
36  1 8 被爆問題年表 1984年8月 1 22
36 2 8 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (4)1963~1965年 1 22
37  1 9-10 被爆問題年表 1984年9月 1 8
37   9-10 被爆問題年表 1984年10月 9 18
37 2 9-10 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (5)1966~1969年 1 22
38 1 11 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (6)1970~1971年 1 26
38 2 11 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (7)1972~1974年 1 29
38   11 被爆問題年表 1984年11月 1 9
38   11 ―新聞報道による―「全国平和教育シンポジウム」の歩み  10 11
38   11 「「新聞報道による「全国平和教育シンポジウム」一覧 第1回(1973年)~第12回(1984年) 12 16
39   12 被爆問題年表 1984年12月 1 10
39   12 連載記事一覧 1984年 11 32
39 1 12 資料:原爆報道 新聞連載一覧 (8)1975~1976年 1 27

 

 

 

 

資料調査通信(広島大学原医研)1983年

資料調査通信 1983年

第17号(1月号)-第28号(12月号)

 

分冊 記 事
17   1 国会論議の中の原爆被害 (8)第75-78回国会 1974年12月27日~1976年11月4日 1 9
17   1 トピック(秦野) ―「広島・長崎訪問者について」― 14 14
17   1 1982年新聞報道による「広島・長崎訪問者一覧」(外国人のみ)  14 15
17   1 被爆問題年表 1983年1月 10 13
17   1 文献・図書資料 1983年1月受け入れ分 16 22
18   2 国会論議の中の原爆被害 (9)第79-83回国会 1976年12月24日~1977年12月10日 1 6
18   2 被爆問題年表 1983年2月 7 13
18   2 文献・図書資料 1983年2月受け入れ分 14 18
19   3 国会論議の中の原爆被害 (10)第84-86回国会 1977年12月19日~1978年12月12日 1 9
19 3 請願雑感(石田) 7 9
19 3 被爆問題年表 1983年3月 10 17
19   3 文献・図書資料 1983年3月受け入れ分 18 28
20   4 国会論議の中の原爆被害 (補)第54回国会以前 1 11
20   4 トピック ―ひろしまフラワーフェスティバルと自衛隊パレード― 18 18
20   4 被爆問題年表 1984年4月 12 17
20   4 文献・図書資料 1983年4月受け入れ分 19 26
21   5 特集:被爆後1年間の広島~慰霊行事表(石田) 1 9
21   5 新聞によるミニ原爆映画史(秦野) No.1映画「エフェクト・オブ・ジ・アトミックボム「ヒロシマ・ナガサキ」に関して 1967.5~1968.1 10 14
21   5 被爆問題年表 1983年5月 15 22
21   5 文献・図書資料 1983年5月受け入れ分 23 40
22   6 特集:報道・原爆被爆者の死(石田)1 7
22   6 新聞によるミニ原爆映画史(秦野) No.2 映画「エフェクト・オブ・ジ・アトミックボム「ヒロシマ・ナガサキ」に関して 1968年 8 11
22   6 被爆問題年表 1983年6月 12 22
22   6 文献・図書資料 1983年6月受け入れ分 23 34
23   7 国会論議の中の原爆被害 (11)第25-41回国会 1956年11月12日~1962年9月2日 1 12
23   7 被爆問題年表 11983年7月 13 29
23   7 文献・図書資料 1983年7月受け入れ分 30 40
24   8 国会論議の中の原爆被害 (12)第42-54回国会 1962年12月8日~1966年12月27日(連載終わり) 1 13
24   8 文献・図書資料 1983年8月受け入れ分 14 31
24 8 新聞によるミニ原爆映画史(秦野) No.3 1969年2月~1982年10月 32 39
24   8 被爆問題年表 1983年8月 40 65
25 2 9 まどうてくれ 資料特集 1956年8~9月 1 27
25 1 9 まどうてくれ 藤居メモ(3)1956年8~9月 1 27
25   9 被爆問題年表 1983年9月 1 9
25   9 文献・図書資料 1983年9月受け入れ分 10 24
26 1 10 まどうてくれ 資料特集 1956年10~12月 1 57
26   10 被爆問題年表 1983年10月 1 10
26   10 トピック(秦野) ―「レーガン招請運動」 反核で盛り上がる西欧の裏側で― 11 15
26   10 文献・図書資料 1983年10月受け入れ分 16 26
27 1 11 まどうてくれ 藤居メモ(4)1957年1~2月 1 24
27 2 11 まどうてくれ (4)1957年1月~2月 資料つづき 25 54
27   11 被爆問題年表 1983年11月 1 9
27   11 文献・図書資料 1983年11月受け入れ分 10 21
28   12 被爆問題年表 1983年12月 1 7
28   12 連載記事一覧 1983年 8 14
28   12 文献・図書資料 1983年12月受け入れ分 15 27
28 1 12 まどうてくれ 藤居メモ及び関連資料(5)1957年3~5月 1 30
28 2 12 まどうてくれ 藤井メモ及び関連資料(5)1957年3月~5月 30 65

 

資料調査通信(広島大学原医研)1982年

1982年

第6号(1月号)-第16号(12月号)

 

分冊 記 事
6 1 1 まどうてくれ ―藤居平一聞書―その(2)原水爆禁止大会 1 21
6   1 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (6)1960年 1 2
6   1 被爆問題年表 1982年1月 3 8
6   1 連載記事一覧 1981年 9 12
6   1 文献・図書資料 1982年1月受け入れ分 13 22
7 3 2 まどうてくれ 藤居メモ(1)1955年11月ー1956年3月 1 21
7 B 2 原爆障害症研究文献目録 ―渡辺 漸氏より借用分― 1 21
7 1 2 まどうてくれ ―藤居平一聞書―その(3)原爆被害者の救援と組織 1 17
7 2 2 まどうてくれ 資料 18 40
7   2 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (7)1961-1964年 1 4
7   2 被爆問題年表 1982年2月 5 12
7   2 文献・図書資料 1982年2月受け入れ分 13 16
8 1 3 まどうてくれ ―藤居平一聞書―その(4)広島県被団協 1 14
8 2 3 まどうてくれ 資料 14 58
8 3 3 まどうてくれ 藤居メモ (2)1956年3月~7月 1 31
8   3 被爆問題年表 1982年3月 1 13
8   3 被爆問題年表 1982年4月 14 25
8 3 「反核・軍縮の決議・意見書・宣言を採択した地方議会一覧」   26 33
8   3 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (8)1965-1971年 34 43
8   3 文献・図書資料 1982年3・4月受け入れ分 44 52
9 1 5 まどうてくれ 資料特集 1956年8月6日 第3回原水爆禁止広島大会,他 1 21
9 2 5 まどうてくれ 資料特集 くずれぬ平和を 8.6広島大会被害者大会議事録[抄] 1 19
9 3 5 まどうてくれ 資料特集 第2回原水爆禁止世界大会議事速報[抄] 1 19
9   5 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (9)1972-1976年(連載終わり) 1 5
9   5 被爆問題年表 1982年5月 6 21
9   5 トピック() 5月13日の宮沢官房長官の衆院外務委での答弁について 21 21
9   5 文献・図書資料 1982年5月受け入れ分 22 24
10   6 国会論議の中の原爆被害 (1)第55回特別国会 1967年2月15日~7月21日 1 5
10   6 被爆問題年表 1982年6月 6 21
10   6 連載記事一覧 1982年上半期 22 25
10   6 文献・図書資料 1982年6月受け入れ分 26 34
11   7 国会論議の中の原爆被害 (2)第56回~第60回国会 1967年7月12日~1968年12月21日 1 8
11   7 被爆問題年表 1982年7月 9 20
11   7 文献・図書資料 1982年7月受け入れ分 21 26
12   8 国会論議の中の原爆被害 (3)第61・62第国会 1968年12月27日~1969年12月2日 1 8
12   8 被爆問題年表 1982年8月 9 25
12   8 文献・図書資料 1982年8月受け入れ分 26 37
13   9 国会論議の中の原爆被害 (4)第63・64回国会 1970年1月14日~12月18日 1 5
13   9 被爆問題年表 1982年9月 6 11
13   9 トピック(秦野) ―「週間明星」の“事実誤認記事”について― 12 13
13   9 文献・図書資料 1982年9月受け入れ分 14 24
14 10 国会論議の中の原爆被害 (5)第65-67回国会 1970年12月26日~1971年12月17日 1 6
14   10 メモ(秦野) ―「被爆二世の遺族から体験を聞く会」とは? 16 16
14   10 被爆問題年表 1982年10月 7 16
14   10 文献・図書資料 1982年10月受け入れ分 17 21
15 11 国会論議の中の原爆被害 (6)第68-70回国会 1971年12月29日~1972年11月13日 1 6
15   11 被爆問題年表 1982年11月 7 14
15   11 文献・図書資料 1982年11月受け入れ分 15 22
16 12 国会論議の中の原爆被害 (7)第71-74回国会 1972年12月22日~1974年12月25日 1 10
16 12 トピック(秦野) ―「被爆者対策予算」について― 17 17
16   12 被爆問題年表 1982年12月 11 17
16   12 連載記事一覧 1982年下半期 18 20
16   12 文献・図書資料 1982年12月受け入れ分 21 29

 

 

2020年8月(日録)

2020年8月(日録)

 第26回平和のための広島の戦争展。2020年7月30日オンラインで開催 http://www.hicat.ne.jp/matui-f/hiroshimasensouten2.html?fbclid=IwAR0ZYSqHvpcjSHgMOmtosHG1GLyjWOz8zwYytg5filRP-ZMSiwNFw6U9540
02 07:45~~ 8:38 (53分) シリーズ「被爆75年 平和都市を築いた人々」第2回 『ETV特集 ドームと生きた男 〜「原爆一号」吉川清〜』(初回放送:1997年1月20日)。宇吹出演。
02 「生きて(14)単著の通史 詳述した重層的な営み」<「生きて ヒロシマ史家 宇吹暁さん― 」『中国新聞』文化面連載)>
02  平和科目「平和と人間C」第9回「被曝資料とその総括-Ⅰ」(12:50~14:20)補講<東広島>
 02 平和科目「平和と人間C」第10回「被曝資料とその総括-Ⅱ」(14:35~16:05)補講<東広島>
03 「生きて(15止)考えるたたき台を発信 世界に向けて情報発信」<「生きて ヒロシマ史家 宇吹暁さん― 」『中国新聞』文化面連載)>
04 広島女学院大学講義(関西学院との連携講座)。中止。
04 ヒロシマ遺文への投稿=「資料調査通信(広島大学原医研)1982年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1982年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1983年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1984年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1985年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1986年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1987年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1988年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1989年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1990年」、「資料調査通信(広島大学原医研)1991年」
06 読売・毎日・日経・産経をコンビニで購入。
06  広島原爆の日。広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式典
06 そごう駐車場―平和公園―広島県動員学徒犠牲者の会―原爆の子の像―原爆ドーム―原爆慰霊碑―花輪―撤去表(北辰映電)―献花―小倉桂子―peace run clubー平和の鐘を吊るす装置―巨大スクリーン―原爆慰霊碑―会場テント内―平和記念式典に寄せられたメッセージ―温井慰霊碑―造船工慰霊碑―教師と子どもの像―損保慰霊碑―湯川秀樹歌碑―原爆資料館―嵐の中の母子像―原爆資料館時計―ローマ法王碑―被爆ピアノ11:09―<全損保―被爆遺構―レストハウス>―そごう地下で昼食用弁当―
06 「47ニュース」で社説・論説をチェック。
06 ヒロシマ遺文ユーザー=163人。
07 呉市民劇場第例会「劇団1980公演 素劇 楢山節考」(6月2日上演分)。
08 蒲刈町在住の学生時代の友人宅を訪問。半世紀ぶりの再開。
09 07:45 シリーズ被爆75年「平和都市を築いた人々」第3回
ETV特集「ヒロシマの心忘るまじ~森滝市郎の日記から~」(1994年2月3日放送)視聴
09 長崎原爆の日。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。長崎原爆関係の報道を視聴。
11 散髪。丸坊主となる。
15   終戦記念日。全国戦没者追悼式。
15 19:30 総合「太陽の子」。~20:50。21:00~NHK総合 NHKスペシャル「忘れられた戦後補償」。~22:00。視聴
16 21:00 NHKスペシャル「アウシュビッツ―死者たちの告白」。~21:50。
16 22:00 BS1スペシャル「原子の力を解放せよ~戦争に翻弄された核物理学者たち~」。~22:50。
20 Miスマートバンドの利用開始。
23 「土門拳のヒロシマを探して 戦後75年を生きた人たち」(NHK総合8月8日 午前7:30~7:55 )(25分)の録画を視聴。
24 22:00 NHK総合「戦争動画集」(~22:45)視聴。
25   東京パラリンピック開会式。翌年に延期。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの記録(西本雅実)」、「広島は訴える 原爆広島11年の記録」
 27  ヒロシマ遺文への投稿=「広島は訴える 原爆広島11年の記録」、「原爆の記録ヒロシマ―米国返還資料から」、「広島・長崎 原子爆弾の記録」、「原子爆弾―広島・長崎の写真と記録」、「広島―戦争と都市(岩波写真文庫72)」。
28 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成」、
29  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県戦災史(口絵)」、「百二十八枚の広島」、「立ち上がるヒロシマ1952」
30 ヒロシマ遺文への投稿=「HIROSHIMA 半世紀の肖像-やすらぎを求める日々」、「昭和をとらえた写真家の眼」、「長崎 よみがえる原爆写真」
31 呉市昭和図書館へ。『原爆の記録ヒロシマ―米国返還資料から』を借用。
31  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの証(土田ヒロミ)」

 

 

 

新研ニュース(中国新聞労組新研部)

新研ニュース(中国新聞労組新研部発行)

発行年月日 備考
01
02 19840113
03 19840117
04 19840204
05 19840209 自治体報道への提言①兼井亨「一貫性欠ける特落ち対策」
11 19840321 原爆・平和報道への提言①秦野裕子「『なぜ』に答えぬ連載 多い常とう句深まらぬ認識」

 

資料調査通信(広島大学原医研)1981年

1981年

第1号(1月号)-第5号(12月号)

 

分冊 記 事
1 8 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (1)1945年10月~12月 1 2
1 8 被爆問題年表 1981年8月 3 10
1 8 文献・図書資料 1981年8月受け入れ分 11 15
2 9 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (2)1946年 1 5
2 9 メモ(宇吹) ジョン・ハーシーの「ヒロシマ」とビキニ原爆実験 5 0
2 9 被爆問題年表 1981年9月 6 9
2 9 文献・図書資料 1981年9月受け入れ分 10 14
3 1 10 「原爆被災資料総目録「「第3集 原爆手記・広島の部」収録状況一覧 収集資料一覧 単行本の部 3 12
3 1 10 「原爆被災資料総目録「「第3集 原爆手記・広島の部」収録状況一覧 収集資料一覧 逐次刊行物の部 12 22
3 10 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (3)1947-1953年 1 9
3 10 メモ(宇吹) パールハーバーとヒロシマ 9 0
3 10 被爆問題年表 1981年10月 10 15
3 10 トピック(寺井) 国連軍縮週間 15 16
3 10 文献・図書資料 1981年10月受け入れ分 17 20
3 別冊 あとがき(内田) <原爆体験記の収集について> 1 23
4 11 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (4)1954-1958年6月 1 8
4 11 被爆問題年表 1981年11月 9 14
4 11 文献・図書資料 1981年11月受け入れ分 15 18
5 12 まどうてくれ ―藤居平一聞書―その(1)「まどうてくれ」 1 8
5 12 THE NEW YORK TIMES の中のヒロシマ・ナガサキ (5)1958年7月-1959年 9 11
5 12 メモ(寺井) 原爆被爆者の死亡発表 11 11
5 12 被爆問題年表 1981年12月 12 18
5 12 トピック(寺井) ―「老人保健法」案と原爆医療法― 18 19
5 12 文献・図書資料 1981年12月受け入れ分 20 22

 

反核・平和図書館関係者の会

正式名称:核兵器をなくし、平和を求める図書館関係者の会  略称:反核・平和図書館関係者の会

結成大会:1985年9月28日
会場:YMCA(東京都千代田区神田)
会誌:『図書館反核平和通信』

資料

『図書館反核平和通信』準備号No.1(19841130)
本間美智子 イギリス研究の旅
山崎元 ある図書館員の死
『図書館反核平和通信』準備号No.2(19850914)
兵器をなくし、平和を求める図書館関係者の会 結成にいたる経緯
兵器をなくし、平和を求める図書館関係者の会 会則案
内田恵美子 (活動紹介)広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター
岩倉務 (活動紹介)平和博物館」
寄贈資料紹介 広島大学・原爆被災学術資料センター資料調査室『資料調査通信』No.30~43
核兵器をなくし、平和を求める図書館関係者の会 結成のつどいの模様と今後のお願い(世話人事務局、19851012)
『民主文学』1985年12月号 No.241 pp.157-158
清水正三 反核・平和図書関係者の会
話題・この人(『赤旗』19940821)
我妻滋夫さん 反核平和と図書館活動を結びつける事務局

ピカ研の指摘により作成した正誤表

ピカ研の指摘により作成した正誤表(20200704現在)
作成:宇吹 暁

年月日 書名
19710806 広島原爆戦災誌 第1巻
19710906 広島原爆戦災誌 第2巻
19711006 広島原爆戦災誌 第3巻
216 広島中央電話局(1.0km) 広島中央電話局(500m)
19711106 広島原爆戦災誌 第4巻
888上 田原伯 幻吉
19711206 広島原爆戦災誌 第5巻
19720331 広島県史 原爆資料編
19840329 広島県史 年表
19880325 広島県戦災史 116 天主閣 天守閣
19800715 原爆被災学術資料センター蔵 原水爆関係資料目録(Ⅰ)1974年4月~1978年12月
「お国がつくる見本の本 学者用 税立図書館」
19850301 原爆被災学術資料センター 原爆関係蔵書目録(Ⅱ)1979年1月~1983年12月
多数の指摘
19900731 原爆被災学術資料センター 原爆関係蔵書目録(Ⅲ)1984年1月~1988年12月
多数の指摘
1985 IMAGES FOR SURVIVAL <Exhibition of American and Japanese Peace Posters>
19890401 図説広島市史 172 「広島平和記念都市建設法」は、広島市民の平和への決意の結実であるとともに国内外のノーモア・ヒロシマズの声の象徴である。
この法に基づく広島の復興と市民のたゆみない平和への努力を基盤として、今日の広島市は国際平和文化都市を目指して進んでいる。
なぜか
172 ピカドン(昭和25年8月刊) (昭和25年8月6日刊)
172 原爆詩集(昭和26年9月刊) 原爆詩集(昭和26年9月20日刊)
173 『アサヒグラフ』 原爆特集号 『アサヒグラフ』 原爆被害の初公開
174 (写真15)原爆被災全体像調査のための市民集会
(所蔵者・提供者等)中国新聞社
(所蔵者・提供者等)金井・幻吉
174 (写真17)平和公園 (写真17)平和大通り
226 グアム島<「原爆投下機はグアム島発進!? 図説広島市史に誤記」『中国新聞19920331』
255 峠三吉「一九六五年のヒロシマ」(昭和二十一年八月二日) 峠一夫 21.12.1
1992 原爆文献にみる戦後史 平成4年度広島市公文書館常設展示
1992 都築・弓野資料にみる占領下の原爆災害調査 平成4年度広島市公文書館常設展示Ⅱ
多数の指摘
19960331 ヒロシマの被爆建造物は語る
098 『ニューヨーカー』 使用了解を
308 李将軍
365 原爆被災資料総目録1.2.3 原爆被災資料総目録1.2.3.4
383 ピカ研究所提供 ピカ資料研究所
386 年表広島 年表ヒロシマ
19960331 被爆50周年 図説戦後広島市史 街と暮らしの50年<本なし、ピカ研メモのみ>
19990726 原爆手記掲載図書・雑誌総目録 1945-1995
田原伯(ピカ研主宰) 田原幻吉(ピカ研所長)
1収録基準(5)改版? (内容変更)=改訂
2収録期間(1)1945年8月~1995年末
2収録期間(2)確認できる最も古い手記=1946年2月 逆あがり、1945.8.31大田洋子
3記載事項(2)多重者 多重者=記入法
3記載事項(5)所蔵 原医研・国会図 所蔵 原医研・国会図・以外
003 [0011]
013 [0106]<[]内は一連番号>原爆詩集 所蔵:国会図
014 お父さんを生かしたい―平和を叫ぶ子らの訴え 残念もう少し?四集5冊、三集5冊、10冊
031 [0284]<発行年月日日=19580401> <発行年月日日=195606>
201 [2015]原爆を吊ってあった落下傘
289 <19880331上原敏子>

 

 

「ピカより〇〇〇〇〇日」の会

ピカ暦19680706「ピカより〇〇〇〇〇日」の会
設立日:

資料:配布ビラ

年月日 ピカより何日
19680606 8341
 8時15分=8341日=201万1040分=7億2066万2400秒
19680706 8371
19680806 8402
19680906 8433
19681006 8463
19681106 8493
19681206 8524
19690106 8555
19690206 8586
19690306 8614
1240万4160分=7億4424万9600秒
pika2
「読売新聞(広島市内版)」(19740101)掲載広告
 田原幻吉(長崎市万才町3-33)

 

 

入会のしおり-非核の政府を求める広島の会

入会のしおり-非核の政府を求める広島の会(結成総会19870613)

呼びかけ人

相原和光 広島YMCA名誉総主事
市岡正憲 元中学校長
岩佐勝子 キリスト教婦人矯風会
宇根内良子 県母親連絡会
太田睦雄 広島市教組委員長
大槻和夫 広大教授
大森正信 広大教授
片柳寛 広島女学院大学長
倉光誠一 カトリック正義と平和広島協議会
迫千代子 婦人国際平和自由連盟
佐々木猛也 弁護士
佐藤天俊 三滝寺住職
佐藤光雄 広島市職労委員長
原田美代子 元小学校長
松重美人 写真家
山手叡 日本共産党広島県委員長
三浦精子 児童文学者
宗藤尚三 日本基督教団広島府中教会
(五十音順)

 

非核政府02
非核政府01
  ●非核の五項目
 ①全人類共通の緊急課題として核戦争をふせぎ、核兵器をなくす
 ②国是とされる非核三原則の厳格な実施をもとめる
 ③日本を核戦争にみちびくすべての措置に反対する
 ④国家補償による被爆者援護法を制定する
⑤原水爆禁止世界大会のこれまでの合意にもとづいて国際連帯をつよめる

四国五郎

四国(四國)五郎

しこく・ごろう 19240511生20140330没 享年89 画家。『広島県現代文学事典』(西原大輔・記)。自著『平和記念式典の歩み』の執筆過程で広島市広報課在任中の四国氏に面識を得た。

資料

刊本
年月日 書名 備考(編著者・発行所など)
1970/07/20 四国五郎詩画集-母子像 四国五郎著 広島詩人会議編 広島詩人会議
1975/04/30 広島百橋 四国五郎 絵と文 春陽社出版
1979/11/01 絵本おこりじぞう 山口勇子 原作、沼田曜一 語り、四国五郎 絵 金の星社
1982/06/25 おこりじぞう 山口勇子作、四国五郎絵 新日本出版社
1983/07/20 絵本ヒロシマのおとうさん ヒロシマの心を子どもたちに 高橋昭博文、四国五郎絵 汐文社
資料
2020 四国直登の避難ルート(A3、1枚) <2020年国立広島原爆死没者追悼平和祈念館企画展「ヒロシマを描き続けた四国五郎と死の床でつづった直登の日記」で入手>
2020 四国五郎の年譜(A4、1枚) <2020年国立広島原爆死没者追悼平和祈念館企画展「ヒロシマを描き続けた四国五郎と死の床でつづった直登の日記」で入手>
 20200806   NHK BS1スペシャル「ヒロシマの画家 四國五郎が伝える戦争の記憶」午前0:46~午前2:26(100分)

川手健を語る

『川手健を語る』(川手健を語る会編、岡本智恵子 19950806)

川手健を語る会

とき 1985年4月28日(日曜日)午後5時半
ところ 広島県民文化センター5階ルビーの間
会費 5000円

目次

事項 備考
002 案内状 発起人=13人
003
とき 1985年4月28日(日曜日)午後5時半
ところ 広島県民文化センター5階ルビーの間
会費 5000円
003 川手健君の横顔
004 川手健を語る会発起人
005 出席者 <宇吹暁が藤居平一の指示で代理として出席>
008 川手健追悼会(発言者)
大牟田(司会)
012 長崎
013 高橋
017 好村(司会)
018 岡田
021 中江
023 岡田
023 司会
025 松江
028 野村
028 司会
029 松野
031 司会
032 広岡
033 司会
033 望月
036 司会
037 森滝
046 司会
041 岡本智恵子(朗読) 「かんかんがくがく 黒い橋―あるコミュニストの死―」(『中国新聞』19600605)
043 司会
043 温品
044  司会
044 石田
047  司会
047 里信
048  司会
050 寺前
051  司会
052 高橋
053 石井
054 文沢
054  司会
055 石井
060  司会
060 沼田
061  司会
061 丸本
062  司会  メッセージ紹介
062  藤居平一
063  佐久間澄
 063  伊東壮
 063  竹内武
 063  杉本きみよし
 064  高橋昭博
 064  村上操
 064  多地映一  本名:田村順一
 064  小久保均
 065  司会
  065  石川
 066  司会
  066  川本
 067  高橋
 069  司会
 070  川手健  半年の足跡(「原爆に生きて」195306)
 080   川手健  ”傷は癒えたか”応募原稿
 087  川手健  年譜
 091  且原澄夫  川手健君のこと(1989.2.24)
 099  山元敏之  東京で38日間生きた
 104  新聞記事
 105  新聞記事
 106  広島大百科辞典
 107  新聞記事
108 奥付 100部発行の40

2020年7月(日録)

2020年7月(日録)

01 呉空襲犠牲者慰霊・恒久平和祈念の日。自宅で黙とう。
01 倉庫のピカ研資料の整理。
02  ヒロシマ遺文への投稿=「2020年7月(日録)」。ヒロシマ遺文のTOP頁の更新。
 01  広島市平和公園のレストハウス、リニューアルオープン。
 02  「ピカ研の指摘により作成した正誤表」(xlsx)の作成。
 04  五日市でピカ研資料の整理。
 05  毎日新聞広島版連載「閃光を背負って ”原爆第一号”の足跡」(12回19890816~0906)のスキャナーでの取り込み。
06 西日本豪雨から2年。
 07  吉川清『平和のともしび』『「原爆一号」といわれて』を読み直す。
08  毎日新聞連載『閃光を背負って』のデータの整理。
 09  若尾祐司ら訳『ヒロシマ グローバルな記憶文化の形成』受贈。
12  NHK
13  広島大学(千田町)講義。平和科目「平和と人間D」第13回「被爆資料とその総括」
14  広島大学平和科目「平和と人間C」<医歯薬学生対象>第9回「被曝資料とその総括-Ⅰ」「同前Ⅱ」。自宅を出る直前に休講の連絡。
 14 「生きて(1)研究半世紀 先人にしった激励され」<「生きて ヒロシマ史家 宇吹暁さん― 」『中国新聞』文化面連載)>
 15 「生きて (2)中学3年 原爆劇巡演 衝撃受ける」
 15  ヒロシマ遺文への投稿=「川手健を語る」
15 非核の政府を求める広島の会ニュースのデータ整理。
16  「生きて (3)国史学専攻 鍛えられた史料解読」
18 「令和2年度城下町広島の歴史講座」。翌年に延期。
 18  「生きて (4)県史編さん室 一本釣りで原爆調査へ」
18 ヒロシマ遺文への投稿=「四国五郎」
19 ピカ研資料整理
19 ヒロシマ遺文への投稿=「入会のしおり-非核の政府を求める広島の会」
20 中国新聞ジュニアライターオンライン取材。
 21  「生きて (5)「原爆資料編」 悉皆調査に努め解題も」
 22   「生きて (6)自主勉強会 現代史ガリ版で問う」
22 ヒロシマ遺文への投稿=「「ピカより〇〇〇〇〇日」の会」
 23   「生きて (7)原医研移籍 「便利屋」扱い自由さも」
24 スポーツの日。東京五輪開会式。コロナのため翌年に延期。
24   「生きて (8)「内地研究員」 東京で俊英に刺激され」
25  「生きて (9)「資料調査通信」『まどうてくれ』 聞き書きにのめり込む」
27 『中国新聞』、7月20日のジュニアライターオンライン取材への私のコメントを掲載。
28 「生きて (10)資料収集 田原伯さんに教えられ」
 28   ヒロシマ遺文への投稿=「ピカ研の指摘により作成した正誤表」、「ピカ資料研究所表札」、「ピカ資料研究所(ピカ研)の紹介ビラ」、「呉市内の倉庫に移動したピカ研資料」、「反核・平和図書館関係者の会」
29 「生きて (11)助手13年 仲間の協力で研究展開」
 30 「生きて (12)原爆手記 言い尽くせぬ個の記録」
31 「生きて (13)朗読劇 継承のヒントをつかむ」

予定

年月日
20200802 平和科目「平和と人間C」補講
 20200804 広島女学院大学講義(関西学院との連携講座)。中止。
 20200806  広島原爆の日。広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式典
 20200809  長崎原爆の日。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。
 20200809  東京オリンピック閉会式。翌年に延期。
20200815  終戦記念日。全国戦没者追悼式。
20200825  東京パラリンピック開会式。翌年に延期。
 202008?  第26回平和のための広島の戦争展。
20020906 東京パラリンピック閉会式。翌年に延期。
20201017 大阪。
20201103  アメリカ大統領選挙。
202012  真珠湾攻撃(12月8日未明、ハワイ時間12月7日)79周年。

 

 

被爆者救援活動を強化するための決議

第14回原爆禁止世界大会(1968年)日本代表団の決議
被爆者救援活動を強化するための決議
アメリカの広島・長崎への原爆投下は、一瞬にして30数万の人命をうばい、その後23年、被爆者は今なお、死の不安に脅かされ、生活と医療に苦しみつづけています。
原爆の生きた証人である被爆者をまもり、その切実な要求を実現することは、原水爆禁止運動の重要な課題です。
アメリカと日本政府が、核アレルギーからの脱却などといって、核兵器への警戒をゆるめ、核軍事同盟強化に公然とのりだしている今日、被爆者救援活動を強化することは、ますます必要となっています。
この1年間に、被爆者救援活動は飛躍的に強まり、被爆者の身近な諸要求に対する施策を自治体からかちとる活動も大きく前進しました。さらに、援護法制定の運動に多数の地方自治体を動かし、原水爆禁止運動の発展と被爆者自身の積極的な行動によって多くの成果をかちとりました。
このような高まりにおされ、佐藤内閣は、「原子爆弾被爆者の特別措置に関する法律」を本年9月から実施しようとしています。この法律は、医療法を援護法へと発展させるかのごとき形をよそおいながら、認定患者を中心とするきわめて限られた一部の被爆者に適用されるにすぎず、わたしたちが要求してきた被爆者援護法とは全くほど遠いものです。
わたしたちは、この特別措置法のゴマかしの本質を広く国民の前に明らかにし、国家補償の責任にもとづく生活と医療の全面的保障を内容とする真の被爆者援護法制定のために、いっそう奮闘しなければなりません。同時に、特別措置法が少しでも被爆者に有利に施行されるよう、原爆医療審議会の公開と民主的運営などのためにたたかう必要があります。
また、被爆二世に対する調査と健康管理が行なわれることがとくに重要です。
わたしたちは、日本国民の力で被爆者救援をおこなうために、1500万円募金とともに、被爆者の大衆的世話活動、地方自治体自身に救援の施策を実施させることなどにとりくみ、各都道府県ごとに6・9行動をはじめとする諸活動を強化してきました。こうして集められた救援金は、被爆者にたいするあたたかい励ましとなっていますが、被爆者のおかれているきわめて困難な状態からみるならぱ、なお不十分であり、自治体の救援施策もなお、被爆者の要求とはほど遠いものです。
わたしたちは、救援行動の新らしい目標に向かって一段と活動を強化しなければなりません。当面、6・9行動推進特別月間の成功のために全力をあげてがんばりましょう。
加害者が被害者を調査し、核戦争準備に役立てているABCCの撤去と資料の公開のためのたたかいを、ベトナム人民との連帯の実感のなかで、さらに強めましょう。
被爆の実相を国民に明らかにするうえで、貴重な資料である原爆映画について、政府はプライバシー尊重という欺まん的な口実のもとに、もっとも重要な人体にたいする影響の部分をカットし、原爆投下の犯罪を国民の目からおおいかくそうとしています。ただちに広範な抗議行動をおこし、全面公開をかちとるとともに、フィルムのすべてを米軍没収以前の所有者に返還させることが重要です。
こうした活動をおしすすめるなかで、原水爆禁止運動の正しい路線のうえにさらに広範な被爆者を結集し、都道府県の被爆者組織を民主的に強化し、被爆者運動と原水爆禁止運動との団結をいっそう固めて前進しましょう。
右決議します。
1968年8月5日・東京にて