広島復興大博覧会誌(目次)

廣島復興大博覧會誌(目次)
広島復興大博覧会誌編集委員会編
広島市役所 1959/04/01

開催期間:1958(昭和33)年4月1日~5月20日

 口絵
発刊のことば  渡辺忠雄(広島市長・広島復興大博覧会会長)
役員の面影
第1部  開催までの経過
1、広島市の大観
2、博覧会開催の機運
3、博覧会開催決定までの経過
4、財政事情
5、開催及び企画の決定
6、準備
 1 総務…11
(1)事務局の開設と規則及び諸規定の制定…11
(2)役職員の委嘱と任命…12
(3)運営委員会の設置…12
(4)後援及び協賛の依頼…13
(5)県の補助…13
(6)他都市の視察…13
(7)会場敷地決定に伴う措置及びその経過…14
(8)専門委員の委嘱…15
(9)交通業者との連絡調整…15
(10)場内食堂及び売店の決定…16
(1)食堂
(2)売店
(11)職員徽章と各種入場券、通門証…19
(12)臨時職員の採用と服装の決定…21
(1)守衛
(2)看視員等の採用
(3)服装の決定
(13)映画の制作…24
(1)宣伝映画「ヒロシマ」二巻
(2)記録映画「広島復興大博覧会」二巻
(14)開会式の準備…24
2 出品…25
(1)基本方針…25
(2)出品計画…25
(イ)各館の構想
(ロ)出品作業計画
(ハ)出品勧誘班の派遣
(3)装飾業者の指定…35
(4)運輸業者の指定と出品物の搬入、展示…36
(5)出品物の運賃割引申請…37
(6)各館責任者の決定…37
(7)監視員の配置…37
(8)出品物の保管…38
(9)報道機関の協力…38
(10)無料休憩所の設置…38
3 宣伝…39
(1)基本方針…39
(2)宣伝実施経過の概要…39
(3)宣伝活動…39
(1)文書、図書による宣伝…42
イ 看板類によるもの
ロ ポスターなどによるもの
ハ 印刷物によるもの
ニ 新聞広告
ホ ラジオ放送
ヘ 利用宣伝
(2)特殊宣伝…48
イ ミス広島博
ロ 宣伝車
ハ 宣伝船
(3)団体観覧客誘致宣伝…52
イ 前売券の売さばき
ロ 一般団体観覧客の誘致
ハ 学校団体観覧客の誘致
(4)連絡打合せによる宣伝…55
(5)観覧客の受入準備…55
4 施設…56
(1)会場施設の基本方針…56
(2)恒久施設の造営…56
(イ)広島城天守閣の復原
(ロ)噴水池
(ハ)鯨の池
(3)仮設建物の建築…64
(4)会場整地及び造園…64
(5)給水施設…64
(6)電話と放送設備…65
(7)電灯、電力工事…66
5 演芸…66
(1)番組篇成の基本方針…66
(2)つなぎ(下荷)演芸…67
(3)地元舞踊家及び地方民俗芸能等の誘致…67
(4)有名芸能人の来演誘致…67
(5)ラジオ公開録音…68
(6)印度芸能を招く…68
(7)軍官公衛音楽隊の来演…68
(8)演芸館の設営…69
7、協賛会
 1 組織と機構…69
2 事業計画…72
3 事業概況…72
4 収支決算…74
第2部 開会
1、開会式
 1 式典と祝宴…77
2 慶祝行事-こけら落しとパレード-…90
3 会場開き…90
2、人工衛星館の誘致
3、博覧会の情景-会場見てある記-
  1 人工衛星館…95
2 原子力科学館…98
3 復興館…102
4 観光館…104
5 専売館…106
6 電信電話館…108
7 郵政館…110
8 生活文化館…113
9 飲料館…116
10 体育保健館…117
11 テレビ電波館…122
12 国際館…124
13 新聞館…130
14 映写館…132
(特設)花道館…135
 第二会場…136
15 全国物産館…136
16 電気科学館…138
17 近代工業館…141
18 清酒館…143
19 農機具館…146
20 林業館…148
21 農水産館…150
22 演芸館…152
23 宇宙探検館…156
24 木工館 …162
25 国鉄館…163
26 交通科学館…166
27 お菓子の国…168
28 子供の国…169
(特設)クボタ館…171
(特設)ヤンマーディゼル館…172
(特設)その他の館…172
 第三会場…173
29 郷土館…173
4、各館小間配置図
 第一会場…178
第二会場…192
第三会場…208
5、会期中の行事と催物
 1 会期中の催物等による宣伝…211
2 広島祭…213
3 大名行列…214
4 自衛艦の来航…214
5 米軍楽隊吹奏行進…214
6 その他…215
7 会期中の催物写真集…217
6、会場の警備
 1 警備機構と事務分掌…224
2 火災予防計画…224
3 事故発生状況…225
7、救護
 1 準備…227
2 運営及び結果…227
8、会場雑記
 1 入場者と会期中晴雨表…228
2 会場清掃…232
3 余話(こぼれ話)…232
4 思い出のグラフ…237
第三部 閉会
1、閉会式
2、博覧会の成果
 1 入場券売上数…260
2 即売品売上…261
3 子供の国遊具使用料…262
3、本博覧会の反響
 1 来広客の増加…263
2 一般経済界に及ぼした影響…266
3 博覧会出品の効果…270
4 アンケート…270
5 児童作品集-作文-…275
4、残務整理
 1 出品物の搬出…280
2 会場施設の整理…280
3 運営委員会の開催…281
4 事務整理…281
イ 感謝状、礼状の発送
ロ 諸払いの清算と未収金の整理
5 事務局の解散…283
6 報道陣への感謝…284
5、予算及び決算
附録
1 開催趣意書
2 広島復興大博覧会条例
3 諸規則と規程
 イ 施行規則
ロ 事務局設置規定
ハ 事務局組織規定
ニ 会場整理要綱
ホ 出品物販売取扱要領
ヘ 看視員服務要領
4 役職員名簿
5 出品者名簿
編集後記

 

 

広島財界今昔物語(目次)

井上洋一郎『広島財界今昔物語』
(政治経済セミナー、1967年2月1日刊)

目次
序文・出版を記念して
河村郷四(第23代広島商工会議所会頭)
プロローグ
反骨の士、福島正則  広島一の大商人 和歌山組と地元組 維新のバスに乘りおくれ 二線級ピッチャー
広島金融界の今昔 その一
明治の金融
芸備銀行の歩み
広島銀行の躍進
信用金庫と信用組合
広島金融界の今昔 その二
相互銀行の成長
信用金庫と信用組合
広島の電力事業
広島電力界の先覚たち
合併から統制へ
復興を担った人々
広島の味覚
広島銘酒の物語
広島牡蛎の発展
消費都市「広島」
近代百貨店の出現
「福屋」の歴史
天満屋の登場
双生児の電車とガス
運輸界の人々
広島のガス事業
異色の郷土産業
矢野髢の盛衰
日本一の熊野筆
伝統三百五十年の製針業
”スリー・ダイヤ”の造船所
 三菱重工業の系譜
広島造船所の歩み
中小造船業界のチャンピオン
広島の木場
 木場の盛衰
浅野藩の木材専売 藩指定の木材商人 鷹匠町の老舗奥田木材 電柱の請負いで大損 相心橋かいわい 自家用飛行機の木材人、小川勇 “椿六十郎”小林秀人  木材一家の日垣兄弟 木材界の指導者加藤悦蔵  新興勢力の雄、寒川隆一 銘木の老舗藤居平一 市売市場復活の先陣・今井博美
防腐木材のチャンピオン
モータリゼイションの先駆
 モータリゼイションの先駆
東洋工業の歩み
松田恒次の経営精神
エピローグ
広島に過ぎたるもの  二葉会の創世記  二葉会の功績  藤田組の変遷  日赤病院の復旧工事で社会奉仕  ”ラジオ中国”のことども  ”広島テレビ放送”と横山周一  広島の洋々たる前途
 あとがき

 

 

あとがき

献花(11月)

献花(11月)

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ネリネ(ヒガンバナ科) など 撮影場所:自宅、撮影日:2019年11月10日
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 ビワ(枇杷) 撮影場所:倉庫 撮影日:2018年11月1日
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ハゼノキ(櫨の木)  撮影場所:自宅から実家への道路脇 撮影日:2018年11月1日
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 ほうき草(コキア)  撮影場所:実家、撮影日:2018年11月1日
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 クモ(蜘蛛) 撮影場所:倉庫、撮影日:2018年11月6日
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中国自然歩道   撮影場所:実家から倉庫への散歩道、撮影日:2018年11月6日
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センリョウ(千両)  撮影場所:実家から倉庫への散歩道、撮影日:2018年11月6日
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  撮影場所:実家から倉庫への散歩道、撮影日:2018年11月6日
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  撮影場所:実家から倉庫への散歩道、撮影日:2018年11月6日
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 撮影場所:政畝バス停、撮影日:2018年11月6日
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ネリネ(ヒガンバナ科)  撮影場所:自宅、撮影日:2018年11月6日
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  撮影場所:自宅、撮影日:2018年11月6日
 撮影場所:自宅(標高:190m)・実家(標高:172m)・倉庫(標高:172m)(いづれも広島県呉市)

 

鹿児島県原爆犠牲者慰霊平和祈念碑(1998年)

鹿児島県原爆犠牲者慰霊平和祈念碑
鹿児島県鹿児島市照国町城山公園・探勝園

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 一九四五(昭和二〇)年八月六日
広島に、九日には長崎に原子爆弾が
投下され、二つの都市は一瞬のうち
に壊滅しました。熱線や放射能など
で死亡した人は年末までに二一万人
を超えました。
唯一の被爆国である日本の国民は
あの恐ろしい戦争を再び起こさない
よう、また残虐極まりない核兵器の
廃絶を叫び続けてきました。しかし
いまだに実現されていません。
あの時から五三年経った今も鹿児
島県内の一七〇〇余名の被爆者は、
原爆後遺症と闘いながら懸命な運動
を続けています。
ここに原爆犠牲者のご冥福を心か
ら祈り、核兵器廃絶と世界の恒久平
和を願って、平和都市宣言のまち・
鹿児島市の絶大なご厚意により、こ
の地に碑を建てました。
建立にご援助をいただいた国・県・市
ご当局をはじめ、建立募金にご協力
の皆様に深く感謝申しあげます。
一九九八(平成一〇)年一〇月三〇日
鹿児島県
原爆被爆者福祉協議会
撮影年月日:2018年10月29日

広島平和祭協会(広島平和協会)略年表

広島平和(祭)協会略年表

1947年
事項
06 20 広島平和祭協会設立の打ち合せ会を広島商工会議所で開催。役員など決定。
07 03 広島平和祭協会、平和祭行事について市内各団体との打ち合せ会を開催(~7日)。
07 07 広島市平和祭協会、常任委員会を開催。「平和マーク」を販売して社会事業費に当てることを決定。
07 11? 広島平和祭協会、行事の大綱を決定。平和メッセージ・平和の鐘・平和の鳩など。
07 16? 広島市平和祭協会、平和祭予算105万円の募集に奔走。
07 22 広島平和祭協会、公募していた平和の歌・慈仙寺鼻と護国神社前の広場の名称の当選者を発表。
08 10? 広島平和祭協会、被爆体験を後生に伝える資料写真集・パンフレットの作成を計画。
08 15? 広島平和祭協会、市民のお祭騒ぎ批判の声に対し弁明。
1948年
06 14 広島市平和祭協会、48年度第1回総会を開催。協会名を平和協会と改称。
1948年
06 28 広島平和協会、宗教・茶華道関係団体の委員会を開催。30日までに興業・スポーツ・新聞報道・文化・商店街関係団体の委員会も開催。
08 06 広島平和協会・NHK・FK,NHK「世界の音楽」公開演奏会を広島児童文化会館で開催。
1949年
05 03 広島平和協会、世界憲法起草人民会議(50年9月ジュネーブで開催予定)代議員派遣署名運動を開始。
05 03 広島平和協会・中国新聞社、国際平和協会理事長賀川豊彦を招いて平和確立記念講演会「世界平和の創造」を開催。
06 06 広島平和協会、第1回役員会を開催。13名が参加。平和祭行事を決定。
06 27? 広島平和協会など、8月5日から3日間開催予定の平和都市記念書道展覧会の作品を募集。
08 05 広島平和協会、平和音楽祭を児童文化会館で開催。
08 06 広島平和協会、第4回平和祭式典を市民広場(児童文化会館前)で開催。約3000人が参加。
08 06 広島平和協会、平和音楽祭を児童文化会館で開催。英国の詩人ブランデン(東大講師)が平和祭に寄せた「ヒロシマに寄する歌」を広島放送合唱団が合唱。7日も。
1950年
02 11 広島市中央公民館で、原爆と平和展(広島平和協会主催)、開催(3月12日まで)。原爆関係資料展示。3月8日までの入場者数大人4273人、小人1611人。入場者収入32万2290円。
06 02? 広島平和協会、平和祭行事の計画案を作成。お祭り気分的行事を廃することをとする。予算は約200万円。
08 02 広島平和協会、緊急常任委員会を開催。平和祭を中止することを決定。
08 02 広島平和協会,平和祭中止を決定.
08 06 広島市民生局社会教育課編「原爆体験記」(広島平和協会)発刊.
1951年
07 25 広島平和協会、世界各国の主要都市(200)・国内各市(300)にメッセージを発送。

出典:『中国新聞』ほか

平成30年度公益財団法人広島平和文化センター事業計画書(抄録)

平成30年度公益財団法人広島平和文化センター事業計画書

出典:『平和と交流 2018年版(平成29年度事業)』

事業名 2018年度予算額(万円)
修学旅行生への被爆体験講話等 658.1
ヒロシマ・ピース・ボランティア事業 342.1
被爆者証言ビデオの制作 202.7
被爆体験証言者交流の集いの運営 3.7
平和文化センターインターンシップ事業 39
ヒロシマ・ピースフォーラムの開催 51.3
国内原爆写真展用資料の普及・活用 73.2
中・高校生ピースクラブの開催 201.6
平和学習講座 27.5
平和記念資料館平和学習ワークブック等の作成 314.6
国内原爆展の開催 1014.4
原爆展・平和学習用資料の普及・活用 67.6
英語で伝えようヒロシマセミナー 5.3
旧日本銀行広島支店での平和記念資料館収蔵品の展示 203.3
被爆体験伝承者による伝承講話の定時開催 381.3
平和記念資料館収蔵資料の保存措置の強化 1535
被爆資料の収集等の強化 846.5
平和記念資料館ボランティアスタッフ活動支援事業 175.8
広島平和記念資料館の企画展の実施 122.1
平和記念資料館再整備事業 4973.4
平和・戦争に関する博物館等とのネットワーク 11.9
展示・収蔵資料等の調査研究 210.8
こども平和キャンプの開催 31.1
ひろしま子ども平和の集い 82.1
こどもたちの平和文化活動支援事業 123.4
機関紙の発行等 418.2
平和宣言の発信 169.7
広島平和記念資料館ホームページ及びデータベースの管理・運用 1651.4
情報資料室の管理運営 222.9
国際平和シンポジウムの開催 9
国連軍縮フェローズの受入れ 37
中国人民平和軍縮協会との交流 164.6
ウェブ会議システムによる海外への被爆体験証言 22.4
ピースナイターの開催 30
国外原爆写真展用資料の提供 48.8
ヒロシマ・ナガサキ原爆展の開催 1069.2
「広島・長崎講座」の開設 18.4
国連見学ツアーガイド等のヒロシマ研修 369
平和首長会議の運営 865.4
2 0 2 0ビジョンキャンペーンの展開 3877
平和首長会議運営体制強化 866.9
平和首長会議インターンシップ 481.1
青少年「平和と交流」支援事業 700.1
NPT再検討会議等への高校生派遣事業 406.2
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の管理運営 29264.9
広島平和記念資料館の管理運営 31343.7

献花(10月)

献花(10月)

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タマスダレ   撮影場所:実家、撮影日 10月1日
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ハナニラ    撮影場所:実家、撮影日 10月1日
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きんもくせい(金木犀) 撮影場所:実家、撮影日 10月1日
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わけぎ(分葱) 撮影場所:倉庫、撮影日 10月1日
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ひがんばな(彼岸花) 撮影場所:倉庫、撮影日 10月1日
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 撮影場所:自宅、撮影日 10月1日
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椿の種 撮影場所:実家、撮影日 10月1日
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はぎ(萩) 撮影場所:京都市左京区修学院・修学院離宮、撮影日 10月4日
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  撮影場所:京都市左京区一乗寺門口町・詩仙堂、撮影日 10月4日
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さらしなしょうま  撮影場所:京都市・詩仙堂、撮影日 10月4日
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すすき   撮影場所:京都市・詩仙堂、撮影日 10月4日
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モクレンの実   撮影場所:実家、撮影日 10月9日
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  撮影場所:実家、撮影日 10月9日
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  撮影場所:実家、撮影日 10月9日
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  撮影場所:実家、撮影日 10月9日
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ツワブキ(石蕗)   撮影場所:実家、撮影日 10月17日
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パンジーとビオラ 撮影場所:倉庫、撮影日 10月17日
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みぞそば(溝蕎麦) 撮影場所:自宅から実家に向かう途中の小川、撮影日 10月18日
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くれたけ(呉竹)  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
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らっきょう 撮影場所:実家、撮影日 10月22日
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シュウメイギク(秋明菊)  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
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つた?  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
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かっぽん(いたどり)  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
DSC09603
 ? 撮影場所:実家、撮影日 10月22日
DSC09588
?  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
DSC09587
  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
DSC09586
?  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
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ほうき草(コキア)  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
  撮影場所:実家、撮影日 10月22日
 撮影場所:自宅(標高:190m)・実家(標高:172m)・倉庫(標高:172m)(いづれも広島県呉市)

 

原水爆禁止大会・平和集会(2018年)

○原水爆禁止2018年世界大会(原水爆禁止日本協議会)
8月3日~9日広島・長崎で開催。6000人(広島)1500人(長崎)の代表が参加。

○被爆73周年原水禁世界大会(原水爆禁止日本国民会議)
7月28日福島大会640人。8月4日広島大会2200人、8月7日長崎大会1700人

○被爆73年連合2018平和ヒロシマ集会 約2100人

○日本生活協同組合連合会~ピースアクション~
8月4日~6日「ピースアクションinヒロシマ」。全国70生協より延べ2,300人。
8月7日~8日「ピースアクションinナガサキ」。全国50生協より延べ1,110人。

〇「ピース・ナイター2018」 (広島東洋カープ)7月30日3万人余 MAZDA Zoom-Zoom

広島市平和式典(2018年)

平成30年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

あらたに3冊の名簿に記帳された氏名 5393人.
名簿登録者総数 314118人
名簿総数 115冊

参列者の概要

被爆者や遺族など 約5万人
安倍晋三 内閣総理大臣
アントニオ・グテーレス 国連事務総長(中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表.代読.)
遺族代表 40都道府県
各国大使や代表 85か国(核兵器保有7か国代表を含む)と欧州連合(EU)。

出典:『平和文化 No. 2018年月号』(広島平和文化センター)

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/

広島市 – 平和宣言【平成30年(2018年)】

 

内閣総理大臣挨拶

 一発の原子爆弾が、街を一瞬にして破壊し、十数万ともいわれる貴い命を奪いました。あれから73年、一命をとりとめた方々にも、筆舌に尽くし難い苦難の日々をもたらしました。若者の夢や明るい未来が容赦なく奪われました。

 原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
広島、長崎の悲劇を再び繰り返してはならない。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けて、粘り強く努力を重ねていくこと。それは、我が国の使命です。
近年、核軍縮の進め方について、各国の考え方の違いが顕在化しています。
真に「核兵器のない世界」を実現するためには、被爆の悲惨な実相の正確な理解を出発点として、核兵器国と非核兵器国双方の協力を得ることが必要です。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、粘り強く双方の橋渡しに努め、国際社会の取組を主導していく決意です。
その具体的な取組として昨年、核軍縮に関する「賢人会議」を、ここ広島で開催しました。
「賢人会議」を通じて有識者の知見も得ながら、核兵器不拡散条約(NPT)発効50周年となる2020年のNPT運用検討会議が意義あるものとなるよう、積極的に貢献してまいります。
また、その非人道性を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めが我々にあります。
若い世代が、被爆者の方々から伝えられた被爆体験を語り継ぐ。
政府として、そうした取組をしっかりと推し進めてまいります。
被爆者の方々への援護施策については、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的に推進してまいります。特に、原爆症の認定について、引き続き、一日も早く結果をお知らせできるよう、できる限り迅速な審査を行ってまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、「核兵器のない世界」と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

平成30年8月6日

内閣総理大臣・安倍晋三

出典http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0806hiroshima.html

 

類似式典(総理官邸ホームページより)

2018年月日 行事
0311 東日本大震災7周年追悼式 東京都千代田区の国立劇場。
<篠宮同妃両殿下、約人。前年までは天皇皇后>
0623 沖縄全戦没者追悼式 沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園 <約人>
0809 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。 平和公園 <約人>
0815 全国戦没者追悼式 東京・日本武道館 <天皇・皇后、約人>

 

後藤陽一

後藤陽一

ごとう・よういち 20020317没 享年88 広大名誉教授 88

資料

 道重哲男「追悼「後藤陽一先生を悼む」 」 『芸備地方史研究』237号(2003.6)
「おのが自し郷土に生活の運命を託した幾世代もの人たちの人間的営み、喜びも悲しみも、悲願も嘆息も、あらゆる人間的な感慨をこめて生き抜こうとした人たちの現実の行為は今は確かにない。しかし一切のものは、その土壌に深く浸み透って清冽な地下水となり、不断の流れをたたえて今日を養ってくれる。郷土の歴史とはそのようなものではあるまいか」  (追悼文に紹介された後藤の言葉)

「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して

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志賀賢治広島平和記念資料館館長 講演「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して
開催日時:2017年8月2日、会場: 広島大学東千田キャンパス>
出典『平成29年度第1回広島大学平和科学研究センター主催国際シンポジウム「原爆体験・戦争の記憶の継承~託す平和遺産」 No.33 Editor: Institute for Peace Science, Hiroshima University 201804』

 

 

原爆被害相談員の会からの報告

原爆被害相談員の会からの報告(IPSHU研究報告シリーズ No.23 広島大学平和科学研究センター 1996年3月1 日)

 著者  タイトル
 相良カヨ(原爆被害者相談員の会) 被爆者とABCC
 三村正弘(広島県保険医協会)  原爆被害者援護法と社会保障の一考察
 若林節美(広島YMCA健康福祉専門学校)  被爆者は今
 船橋喜恵(広島大学総合科学部)  原爆被害者相談員の会の歩み

戦後ヒロシマの記録と記憶(小倉馨のR・ユンク宛書簡)

『戦後ヒロシマの記録と記憶 小倉馨のR・ユンク宛書簡 上・下』(若尾祐司・小倉桂子編、名古屋大学出版会、2018年7月10日)

目次

上巻
ロベルト・ユンク「広島での出会い
第一編 共同作業に向けて-一九五七年五月末から同年末まで
 概要
小倉書簡(一九五七年五月二五日~一二月三〇日)
解説1 浜井信三インタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(一)
第二編 反核平和運動の高まりの中で-一九五八年一月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年一月八日~五月二七日)
補遺(一九五八年六月初旬~九月四日)
解説1 中央公論一九五八年八月号「ヒロシマ-その後十三年」
解説2 ロベルト・ユンクの動向(二)
第三編 被爆当時と後障害の究明-一九五八年九月から五九年一月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年九月八日~五九年一月二九日)
解説1 長岡省吾インタビュー
解説2 医師へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(三)
下巻
第四編 戦後の生活と性の現場へ-一九五九年二月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五九年二月二日~五月二九日)
解説1 遊郭関係者へのインタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(四)
第五編 平和を求めて生きる人々-一九五九年六月から同年一〇月半ばまで
 概要 486
小倉書簡(一九五九年六月三日~八月二四日と九月一五日~一〇月一三日)
解説1 河本一郎インタビュー
解説2 広島市観光課へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(五)
付録 小倉馨の人と生涯
 1 小倉馨関係年譜
2 小倉桂子インタビュー
3 追記

 

 

広島市被爆70年史

『広島市被爆70年史  あの日まで そして、あの日から 1945年8月6日』(被爆70年史編修研究会編、広島市刊、2018年7月28日)

目次

戦前編
第1章 プロローグ
第2章 広島市の誕生
第3章 日清戦争と軍部の形成
第4章 近代都市への発展
第5章 都市の変貌
第6章 社会運動と市民文化
戦中編
第1章 戦時下の広島
第1節 戦時体制の強化
第2節 銃後としての広島
第3節 広島の外国人
第4節 「決戦」命令の日々
第2章 原爆被災
第1節 グラビア 1945年8月6日
第2節 広島壊滅
コラム 原子爆弾の開発と投下
戦後編
第1章 廃虚からの出発
第1節 子どもたちと原爆
第2節 原爆はどう報じられたのか
第3節 占領軍の展開と占領の諸相
第4節 廃虚の中の市民生活
第5節 海外からの復興支援
第6節 医療と衛生の復興
コラム ニつの平和記念日
第2章 復興のつち音
第1節 復興計画の立案と進展
第2節 平和記念都市建設法と平和記念施設
第3節 基町を中心とする公園・緑地・住宅計画
第4節 丹下健三と広島の都市デザイン
第5節 太田川改修事業
第6節 市民球団カープの誕生と発展
第7節 文化の復興
第8節 戦後の経済復興と商工業
第9節 原子力の「平和利用・展示」
コラム 町名から見る城下町広島
第3章 民主化と労働運動の高まり
第1節 民主化と市民
第2節 労働運動の高まり
第3節 学校の復興と学制改革
第4節 広島の文芸と原爆文学
コラム 広島お好み焼の歴史
第4章 被爆者とヒロシマの展開
第1節 被爆者の実相の解明
第2節 被爆者の援護
第3節 被爆者の苦悩
第4節 核実験禁止・核兵器廃絶運動とヒロシマ
第5節 ヒロシマの継承
第6節 平和都市を担って
コラム エノラ・ゲイ号と原爆展示
第5章 高度成長以降の都市の拡大
第1節 経済と社会基盤整備
第2節 環境問題・環境対策
第3節 都市機能の「流出」-広島大学の統合移転と空港の移転
第4節 広島の大規模宅地・各種開発の歴史と課題
コラム 若者文化と広島フォーク村
第6章 エピローグ
第1節 グローバル化と21世紀の平和都市像
第2節 被爆100年後の広島に向けて
特論
特論1 広島・ヒロシマと美術
特論2 広島と音楽
特論3 映画と広島・ヒロシマ
特論4 スポーツ王国広島

 広島市被爆70年史 映像編目次
広島市の歴史 ~明治から現代
 Ⅰ -市誕生から被爆まで-
Ⅱ -被爆からの復興-
10人の証言集 記憶から紡ぐ あのころの広島
 「戦争に翻弄された少女の青春」 切明千枝子
「母が綴ったわが子への思い」 渡部定子
「迫る業火を逃げのびて」 竹内節子
「原爆乙女と呼ばれて」 笹森惠子
「麦畑の少年が見た広島の復興」 鈴木孝
「原爆と在日の二つの重みを背負って」 朴南珠
「広島復興の象徴、基町の再生」 中村和正
「被爆、そして原子力の平和利用」 伊藤薫
「ヤミ市から立ち上がった広島商人」 山西義政
「原爆にも負けないで、野球に打ち込んだ人生」 原田高史
ドキュメンタリー 幻の記録映画を追って 平和記念都市ひろしま

広島国際文化財団

広島国際文化財団

1977年、中国新聞社と中国放送が広島の文化振興を目的に設立した財団法人

主な事業

年月日
197807 街づくりシンポジウム(丹下健三、平山郁夫など)
197811 デザイン会議1978広島
197904 ガウディ展
198008 増田勉ヒロシマシリーズ作品展
米国記者招請計画(アキバ・プロジェクト)

玉川忠太

玉川忠太

たまがわ・ちゅうた 19870903生19701031没 享年73
広島県立医学専門学校講師。後日入市。広島で被爆遺体を解剖。[学研調査]。[広島大学]

資料

企画展案内:『病理学者、原子野をゆく―広島大学医学部教授・玉川忠太の原爆症への挑戦』(広島大学医学部医学資料館、2018年8月3日~9月20日)

日詰忍

 

ひづめ・しのぶ 19940102没 享年91 広島県被団協理事。1955年皆実原爆被害者の会会長。原水爆禁止広島母の会の活動、機関紙「ひろしまの河」。

日詰忍年表

1955 02 10 日詰しのぶ(広島市皆実町)、ロンドン医師会代表ホレース・ジュールスから体験談を聞きたいとの招待状を受け取る。
1955 02 16 森滝日記=夜、世界平和集会世話人会。日詰忍夫人がロンドンの医師団体(代表ホレース・ジュール博士)に招かれて原爆被災の体験談をすることになったので、その支度金カンパにつき相談うける。(目標五万)
1955 02 20 原爆被害者の会、日詰忍の渡英壮行会を事務所で開催。会員13人が参加。(「めばえ」NO.7)
1955 02 22 森滝日記=午後2時半、日詰さん安芸で立つ。渡辺、佐久間氏らとともに見送り。
1955 03 06 日詰しのぶ・居原貴久江(長崎被爆者)・山本杉・岡本彰祐、英国へむけて羽田を出発。
1955 03 13 日詰しのぶ・居原貴久江・山本杉、ロンドンに到着。(日本経済夕刊)
1955 03 23 原爆被害者の会、渡英中の日詰忍の第1報を入手。(「めばえ」NO.6、NO.7)
1955 04 05 山本中国新聞社長のもとに渡欧中の日詰忍から詳しい報告と感想が届く。
1955 04 19 原爆被害者の会幹事日詰忍、英国から帰国。(「めばえ」NO.6)
1955 05 03 日詰しのぶ(原爆被害者の会)、渡英の旅から広島に帰る。
1955 08 07 日詰忍、原水爆禁止世界大会第4分散会(農協ビル)に参加。
1956 02 20 広島県被団協代表の市川千代子・山田静代・日詰忍、国会の原水爆禁止決議へのお礼のための上京を終え帰広。(朝日新聞)
1959 11 21 「冷戦終結推進・安保改訂打破日本平和大会」、東京で開催。-23日。広島県平和委員会から日詰(皆実)・村上(婦民)・板倉(書記局)など6名が参加。
1994 01 02 日詰忍(広島県被団協理事)、死亡。4日のお別れ会には300人が参加。

 

資料

案内状「第7回先人を語る会(慰霊と講話)海外で最初の被爆証言~日詰忍さんを語る会~」(主催:広島市原爆被害者の会、日時:2018年10月13日、場所:広島平和記念資料館)
 投稿タイトル 掲載書誌 (発行年月日)
 7年の記  原爆に生きて-原爆被害者の手記(19530625)
 欧州に招ねかれて  開拓者(195508)
 一枚の服  めばえ(19560501)
 (アンケート特集への回答)  平和(広島平和をきずく児童・生徒の会)(19570805)
座談会・被爆体験と今日私たち ひろしまの河NO.2(19610801)
 署名  ひろしまの河NO.2(19610801)
被爆体験と平和憲法 ひろしまの河NO.4(19611201)
みちのくのたび ひろしまの河NO.4(19611201)
勲章について一言 ひろしまの河NO.11(19650101)
うた[短歌] ひろしまの河NO.12(19650801)
日詰忍 ひろしまの河NO.13(19660301)

 

平和の時計塔

平和の時計塔
建立年月日:1967(昭和42)年10月28日
場所:広島市中区中島町・平和公園
hic094a[正面]
平和の時計塔
PEACE CLOCK TOWER
核原子力の出現により、人類はいま生か、死か、破滅か、繁栄かの岐路に立っている。
ひろい世界を同じ心で一つに結ぶ、全世界のライオンズ会員が平和実現のために果す役割は大きい。
原爆ドームの永久保存に呼応し、人類が初の原爆の洗礼を受けた時刻、8時15分に、毎日全世界に向けこの時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を強く訴え、人類の高級平和実現の一日も早からんことを祈り、この時計塔を建設し、市に贈るものである。昭和四十二年十月二十八日
チャーター伝達十周年を記念し
広島鯉城ライオンズクラブ

資料

「ライオンズを探せ!@広島県・広島 村上薫元国際会長のテーマを伝えるピープル・アット・ピースの碑」(『LION 日本語版 2015年10月号』https://www.thelion-mag.jp/emag/201510/index_h5.html)

企画展:原爆白書運動と広島大学

『企画展:原爆白書運動と広島大学』(被ばく学創生研究会編、広島大学文書館、20160701)

目次

金井利博
金井利博と原爆白書運動
原民喜の詩碑建立
原民喜の遺書と受けとった梶山季之
原爆白書作成の訴えと運動
広がる原爆白書運動
国連へのはたらきかけ
国際連合への働きかけと被爆フィルム返還
原爆白書運動
「原水爆被災白書」をすすめる様々な動き
原爆被災資料広島研究会と『原爆被災資料総目録』
原爆被災資料総目録の発行 恩給をつぎ込んで
協力者 今堀誠二
金井との関係 『原水爆時代』
協力者 今堀誠二と談和会
金井学校 平岡敬と大牟田稔
金井学校の二人 平岡敬と大牟田稔
被爆者調査報道 「リフトン取材」
被爆20年特集記事「炎の系譜」
平岡敬 韓国の被爆者取材
大牟田稔 中国新聞社に入社して
大牟田稔 沖縄取材
きのこ会と大牟田
平岡と大牟田
広島大学原爆放射能医学研究所と湯崎稔
湯崎稔と爆心地復元運動
爆心地復元運動の成果
原爆爆心地復元運動
原水爆被災資料センター設立から原医研資料センターへ
『核権力』の執筆 志なかばの死とその後
病の中で、訴えつづけた雄大な構想 難民研究所を最後に
追悼文 今堀誠二「ヒロシマと金井利博」(『中国新聞』19740622)
国連報告から被爆の実相まとめへ
湯崎資料の遺産
原医研の保管資料 復元運動のその後
9 講演「金井利博と原爆白書運動」

参考資料

原爆白書運動と広島大学(企画展)
https://home.hiroshima-u.ac.jp/hua/event/genbakuhakusyo.html
核・被ばく学創成研究会(代表 小池聖一)・広島大学文書館は、平成27年7月3日~6日(旧日本銀行広島支店 1階ロビー)、9日~15日(広島大学中央図書館 地域・国際交流プラザ)の期間、広島大学原爆放射線医科学研究所、広島大学平和科学研究センターとの共催、中国新聞社の後援で、企画展「原爆白書運動と広島大学」を開催いたしました。
原爆白書運動とは、核戦争を防止するため、原爆被災の全体像と被爆体験を科学的に調査し、その記録を永久に残すともに国連を通じて全世界に公表するよう、日本政府に求めた運動です。運動の中心人物であった金井利博の足跡を中心に、今堀誠二、湯崎稔らの取り組みを紹介しました。
本企画展は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究B「広島における核・被ばく学研究基盤の拡充に関する研究」(26280123)の研究成果の一部です。
7月3日~6日には1270人、4日の小池文書館長の講演会には57人、9日~15日には15777人(ゲート通過換算)のご来場がありました。ありがとうございました。