ホロコースト・原爆ドーム世界遺産化についての本島等発言

ホロコースト・原爆ドーム世界遺産化についての本島等発言

Y M D NEWS1
95 03 09 長崎市議会、議員運営委員会で本島長崎市長が会期中に日本外国特派員協会での講演会出席のため出張することを全会一致で了承。
95 03 15 平岡広島市長・本島長崎市長、東京・有楽町の日本外国特派員協会で約70人を前に講演。
95 03 21 米紙ニューヨーク・ポスト紙、社説で、本島長崎市長の原爆投下をナチスのユダヤ人虐殺と並ぶ大虐殺とする発言に反論し、日本に説教する資格は無いと述べる。
95 04 14 日本共産党長崎地区委員会、16日告示の市長選挙で、本島市長を支持すると発表。
95 04 23 長崎市長選挙。本島等落選。伊藤一長(49才)が当選。
95 04 24 平岡広島市長、長崎市長選挙に破れた本島等にねぎらいの、当選した伊藤一長に協調を呼びかけるメッセージを送る。
95 04 27 本島等長崎市長、市長退任を前に記者会見。「長崎市には、核の廃絶を世界に訴える義務と責任、そして誇りがある」と語る。28日、退任式。
95 05 21 核実験に抗議する長崎市民の会、15日の中国の核実験に抗議して平和公園乙女の像の前で座り込み。本島前長崎市長ら20人が参加。
95 05 25 本島前長崎市長、修学旅行で長崎市を訪れた広島県府中市立第二中学校3年生190人に平和問題について話す。
95 07 01 「国際市民フォーラム・長崎」県民連絡会、シンポジウム「核時代の半世紀-長崎とマーシャル諸島を結んで」を長崎市内で開催。パネリストはトマキ・ジュダ・ビキニ市長、ビキニ被曝住民への補償を求める裁判の米国人弁護士、本島元長崎市長。
95 07 13? 市民団体ピースデイズ・インさせぼ実行委員会、本島前長崎市長を招き講演会を開催。
95 07 25 韓国原爆被害者協会・韓国キリスト教会女性連合会、ソウルの韓国基督教連合会館で「侵略と原爆展」を開催。本島元長崎市長が基調講演。約200人が参加。-31日。
95 08 05 「95生協ヒロシマ行動学習講演会」、広島市のYMCAで開催。本島等前長崎市長が講演。
95 08 05 日本生協連、「95ヒロシマ虹の広場」を広島グリーンアリーナで開催。約3000人が参加。本島前長崎市長も参加。
95 08 08 日本マスコミ文化情報労組会議、「なくせニュークス95MIC長崎フォーラム」を長崎新聞文化ホールで開催。約200人が参加。斉藤茂男・原寿雄・本多勝一などによるパネルディスカッションや本島元長崎市長の講演など。
95 11 01 平和シンポジウム「戦後・被爆50年を考える-核兵器・日米安保条約・日本国憲法」を長崎市内で開催。パネリストは本島等・葛西よう子・土山秀夫・山田拓民の4人。約100人が参加。
96 03 31 長崎市、原爆資料館の開館記念式典に本島等元市長を招待せず。
96 08 05 広島県府中市立第二中学校、「8・6平和集会」を開催。本島前長崎市長が講演。
96 08 06 移動演劇隊「桜隊」の慰霊追悼会、東京都目黒区の五百羅漢寺で開催。本島等前長崎市長が招かれ出席。
97 04 22? 本島等・前長崎市長、広島平和教育研究所の年報24巻に原爆ドームの世界遺産登録を「加害」の視点を欠くと批判する論文を掲載。
97 05 06 「長崎の原爆展示をただす会」、本島長崎市長の広島平和研究所年報での原爆ドーム批判は、個人的な見解であることを示すよう長崎市に要望。
97 05 28 広島県被団協、総会で原爆ドームの世界遺産化を批判した本島前長崎市長に抗議文を送付することを決議し、郵送。
97 07 12 東方2001、連続シンポジウム「第5回ヒロシマを語る-原爆ドーム世界遺産化で考える-ヒロシマの被害と加害」を開催。本島前長崎市長・袖井林二郎・松元寛らがパネリスト。約200人が参加。
97 07 23 「長崎の原爆展示をただす市民の会」、本島元長崎市長に、原爆ドーム遺産登録批判の論文と発言に対する抗議文を送付。
97 08 06 本島等前長崎市長、「8・6広島反戦・反核集会」で講演。広島市の平和宣言を「加害・侵略戦争に全く触れていない」と批判。
97 09 25 広島ユネスコ協会、加藤剛の朗読劇と平岡広島市長の講演会「アウシュヴィッツからヒロシマへ」を広島市内で開催。平岡市長、「侵略と核廃絶は別次元」と本島前長崎市長の発言に反論。
98 06 20 毎日新聞「ニュースパーク:核拡散時代の広島・長崎-「和解の世紀」の先頭に-本島等前長崎市長」
98 07 17 長崎新聞「インタビュー:本島等さん-前長崎市長、広島批判の真意は-忘れてならない戦争責任、謝罪の気持ち心に刻んで」
98 07 29 本島等前長崎市長、「原爆投下は仕方がなかった」と共同通信のインタビューで語る。
98 08 01 沖縄駐留の米軍が、1950年代後半、旧ソ連など敵の侵攻を受けた際に備え、核兵器の使用を含む沖縄本島の防衛作戦計画を立てていたことが、米海兵隊の秘密指定文書で明らかになる。
98 08 06 被爆53周年8・6ヒロシマ広島反戦・反核集会、広島市のアステールプラザで開催。本島等前長崎市長がパネリストとして出席。
98 08 06 本島等前長崎市長、広島市内での記者会見で、「原爆投下は仕方がない」と語る。
98 08 09 「被爆53周年8・9長崎反戦集会」、長崎市内で開催。約200人が参加。本島前長崎市長がパネルディスカッションに出演。
98 10 03 長崎原爆被災者協議会、「本島発言を考えるつどい」を長崎市内で開催。約20人が参加。
98 12 11 長崎ピースウイーク実行委員会、シンポジウム「戦争被害の実相を知る-ヒロシマ・ナガサキの被爆<再考>」を長崎市内で開催。本島等前長崎市長らが講演。
98 12 19 長崎原爆被災者協議会など、「本島発言を考える会」(第2回)を開催。11人が参加。

年表:本島等長崎市長の「天皇の戦争責任」発言その後の経緯

年表:本島等長崎市長の「天皇の戦争責任」発言
その後の経緯

1988年12月7日

長崎市定例市議会における柴田朴議員(共産党)の一般質問

「敗戦半年前天皇に出された”近衛上奏文”が聞き入れられておれば沖縄戦、広島、長崎原爆もなかったはず。天皇の戦争責任について被爆市長としてどう思うか」

本島等市長の答弁

「戦後43年たち、この戦争が何であったか反省が十分できてきた。外国人の記述、日本の歴史家の記述、私自身が軍隊生活で教育関係に携わってきた経験からも天皇に戦争責任はあると思う」

出典:「長崎新聞」1988.12.8

Y M D NEWS1
88 10 05 長崎原水協、長崎市が市役所庁舎内に天皇陛下平癒祈願記帳所を設置しているのは、地方自治体の本旨に背くとして、撤去を申し入れ。[本島長崎市長]
88 12 07 本島長崎市長、市議会で、「天皇に戦争責任はある」と発言。終戦の決断が遅れていなければ、広島・長崎原爆もなかったとコメント。発言後、抗議や激励の電話相次ぐ(1週間で約900件)。
88 12 08 長崎市議会、本島市長の天皇の戦争責任発言をめぐり紛糾。保守系議員ら、発言の取り消しを要請。
88 12 09 自民党長崎県議5人、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対して、取り消しを求める要請文を提出。
88 12 10 自民党長崎県連、本島長崎市長の天皇に戦争責任があるとの発言に対して撤回を要求することなどを決定。12日、文書で申し入れ。
88 12 11 本島長崎市長、天皇の戦争責任発言は撤回出来ないので自民党県連の顧問職を辞退するとの意向を表明。
88 12 14 長崎日の丸会、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言で、同会会長である同市長の解任を通告。
88 12 15 沖縄市長、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に異議があると同議会で答弁。
88 12 15 長崎市民有志、本島市長の天皇の戦争責任発言支持の声明を発表。17日までに声明に賛同する電話が約400本。24日、約1万4千人分の署名簿を長崎市に提出。
88 12 15 長崎市従組執行委員会、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言支持の声明を発表。そのなかで、市長への不当攻撃があれば、全力を挙げて闘うことを訴え。
88 12 15? 本島長崎市長、自らの天皇の戦争責任発言に対して寄せられた意見をまとめ出版することを計画。
88 12 16 荒木広島市長、市議会で、天皇の戦争責任及び本島長崎市長の天皇戦争責任発言について、発言は「差し控えたい」と答弁。
88 12 16 右翼12団体代表、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言の取り消しと市長辞職を求める文書を同市に提出。
88 12 17 自民党長崎県連、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言で、同市長の県連顧問解任と市政への非協力を決定。
88 12 20 中国共産党機関紙「人民日報」、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言とその後の反響について報道。
88 12 20 長崎県警本部、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言への右翼団体の活動に対して、「12・21右翼抗議行動警備本部」を設置。
88 12 21 全国の右翼団体代表、長崎市に集結(約260人)。宣伝カーが85台で街頭宣伝活動。天皇に戦争責任はあると発言した本島長崎市長に「辞職勧告書」を提出。
88 12 21 藤沢市長、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言について、被爆地の市長としての心情は理解できると発言。
88 12 21 本島長崎市長、自らの天皇の戦争責任発言について、言論の自由の重要性を強調し、理解を求める市民向けのコメントを発表。
88 12 22 日本科学者会議長崎支部、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対する自民党長崎県連の圧力・右翼の脅迫などへの抗議声明発表。
88 12 22 右翼団体メンバ-、本島長崎市長の天皇発言についての質問状を提出しようと同市役所を訪れ、一部の市政記者の退席を要求し押し問答。
88 12 22 社会党、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言問題で、右翼の嫌がらせ・自民党長崎県連の不当介入などに対して、適切な措置を取るよう自治相に申し入れ。
88 12 22 長崎大学・長崎総科大など教職員組合、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対して支持声明を発表。
88 12 22 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持する長崎市の学者・婦人団体などによる「憲法を守り天皇問題を考える長崎各界・連絡会」、結成。24日、市長に激励文を送付。
88 12 22 法政平和大学世話人会、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対して支持声明を発表。26日、非核宣言をしている自治体に同声明を送付。
88 12 23 右翼3人、長崎市役所に乱入し、市長室付近で本島同市長の「天皇発言」に対する抗議文を読み上げる。
88 12 23? 本島長崎市長、自らの天皇の戦争責任発言についての見解表明。言論の自由の重要性を強調し、原爆問題にも言及。
88 12 23? 沖縄県の社会党・護憲共同県議団、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対して激励の文書を送付。
88 12 24 中国国営新華社通信、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言への右翼の非難攻勢に対して、市民らから市長支持の動きが出ていると報道。
88 12 24 「日本はこれでいいのか市民連合」など、東京で、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持する声明を発表。8千人余が賛同署名。
88 12 24 「長崎日の丸会」など、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言撤回を求め、「本島市政を刷新する会」を結成(約400人参加)。署名運動など開始。26日、発言撤回を求める声明文発表。
88 12 26 長崎市民有志、本島市長の天皇発言を支持する「言論の自由を求める長崎市民の会」を1月に発足させることを決定。
88 12 26 広島県原水禁、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持・激励するメッセ-ジを送付。
88 12 26 埼玉県知事、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言について、「発言は理解できる」との談話を発表。
88 12 27 自民党長崎支部、天皇発言で市民生活に混乱を生じさせたことに遺憾の意を表するよう本島同市長に要望。
88 12 27 旧日本軍の捕虜だった英国人から、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持する手紙が届く。
88 12 28 本島長崎市長、同市役所事務納め式で、天皇の戦争責任発言に言及。言論の自由の重要さを強調し、職員らの理解を要請。
88 12 28 長崎原爆青年乙女の会、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持し、同市長への激励文を提出。被爆者団体の公式見解は初めて。
88 12 29 米ニュ-ヨ-ク・タイムズ紙、天皇に戦争責任があると発言した本島長崎市長が「死の脅迫」を受けていると報道。日本の民主主義の変則性を指摘。(26日、長崎市を訪れ取材。)
89 01 03 本島長崎市長後援会事務所の郵便受けなどが、壊される。天皇の戦争責任発言をめぐっての犯行として捜査を開始。
89 01 04 共産党福岡県議団、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を批判した同県知事に、発言撤回を求める声明を発表。
89 01 04 宮崎県知事、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言について、「いろいろなひとがそれぞれの立場で発言していけばいい」と発言。
89 01 05 福井市の男性、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対して、包丁を持って長崎市役所に乱入。
89 01 06 竹下首相、本島長崎市長の天皇の戦争責任に対してノーコメントと発言。
89 01 07 本島長崎市長、天皇の死去について「御冥福をお祈りしたい」と発言。
89 01 08 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持する市民ら、「言論の自由を求める長崎市民の会」を結成(約150人参加)。発言は被爆地の市長として当然の内容との声明を採択。
89 01 14 法政平和大学世話人会、公開講座「天皇問題を考える」を東京・法政大学で開催(約700人参加)。天皇に戦争責任はあると発言した本島長崎市長のメッセージなどを発表。
89 01 14 本島長崎市長、被爆者対策の充実などを求める上京陳情を例年通り実施する意向を表明。昨年12月の天皇の戦争責任発言以来、同市長には24時間体制の身辺警備。
89 01 14 共産党の松本善明衆院議員、天皇の戦争責任発言の本島長崎市長を尋ね、激励。
89 01 17 自民党の安倍幹事長、天皇の戦争責任発言の本島長崎市長を自民党長崎県連顧問から解任したことについて、同県連の判断を支持する考えを表明。
89 01 18 西独の政治週刊誌記者、長崎市を訪れ、本島同市長に天皇の戦争責任発言について取材。
89 01 20 広島・長崎原爆被爆者援護対策促進協議会(八者協)、地元選出国会議員らと東京で懇談会開催。被爆者対策費の復活折衝へ協力を要請。天皇発言以来、初上京した本島長崎市長も参加。
89 01 21 歴史学研究会、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持する手紙を同市長に送付。発言は歴史学的にみても極めて正当との見解表明。
89 01 22 長崎市の「本島市政を刷新する会」、同市で、「先の天皇陛下をしのぶ市民集会」を開催(約300人参加)。長崎市長発言を批判。
89 01 23 東京都保谷市長、「天皇に戦争責任はある」と、本島長崎市長発言を支持する姿勢を表明。
89 01 28? 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言で、米・西独などからの取材が相次ぐ。28日、西独週刊誌記者が同市長を取材。
89 01 28? 長崎市の「平和のための通訳グループ、MUP(マップ)」、同市内在住外国人を対象に、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言などについてアンケート調査を開始。
89 01 29 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を批判する女性らによる「長崎をよくしよう女性の集い」発会式、長崎市で開催(約80人参加)。
89 02 04 「言論の自由を求める長崎市民の会」、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言支持を訴える街頭署名を同市で実施。街頭での署名活動は初。
89 02 09 宮城県の学識者ら、本島長崎市長の天皇戦争責任発言を支持する声明文(163人が賛同署名)を同市長に提出。
89 02 11 軍国主義・紀元節復活反対呉市民集会(靖国神社問題呉市民の会主催)、呉市の日本バプテスト呉キリスト教会で開催(約70人参加)。天皇に戦争責任があると発言した本島長崎市長への激励文を採択。
89 02 11 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言は間違っているとする教師ら、同市で、「長崎教育を語る市民と教師の集い」を開催(約60人参加)。
89 02 13 「言論の自由を求める長崎市民の会」、長崎市で、「自由に語ろう天皇制」の集いを開催(約100人参加)。作家小田実ら、出席。主催者、本島長崎市長の天皇責任発言支持署名が約2万8千人に達したことなどを報告。
89 02 13 作家小田実ら、長崎市を訪れ、天皇戦争責任発言の本島長崎市長を激励。
89 02 13 本島長崎市長、昭和天皇の「大喪の礼」へ出席する意向を表明。
89 02 14 「本島市政を刷新する会」、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言撤回を求めた署名簿(約13万人分)を自民党長崎県連に提出。15日、長崎市長に提出。
89 02 21 昭和天皇の遺徳をしのぶ「昭和天皇県奉悼式」、長崎市で開催。天皇の戦争責任発言の本島長崎市長には案内状が出されていないことが判明。
89 02 22 昨年(1988年)末、昭和天皇に戦争責任があると発言した本島長崎市長に、銃砲の実弾を同封した脅迫状が届く。差出人は「全日本愛国連合」。
89 02 23 長崎市在住外国人を対象に実施した天皇問題・本島長崎市長発言などについてのアンケート調査結果まとまる。それによると、市長発言に圧倒的支持。同調査は、「平和のための通訳グループ、MAP(マップ)」が実施。
89 02 24 本島長崎市長、昭和天皇の告別式「大喪の礼」に参列。式典は宗教色が強かったとのコメント発表。
89 02 24 「言論の自由を求める長崎市民の会」、長崎市で、「天皇制を考えるマラソン集会」を開催(約200人参加)、反原爆をテーマにしたビデオ上映など。[本島市長]
89 02 26 長崎市役所の廊下のガラス、割られる。昨年末の本島長崎市長の天皇の戦争責任発言以来、抗議・嫌がらせが相次ぐ。
89 02 27 長崎地検、天皇に戦争責任があると発言した本島長崎市長を攻撃するビラを市役所内に張り書類送検された右翼団体幹部を、昭和天皇逝去に伴う大赦令で赦免処分。
89 03 01 天皇に戦争責任はあると発言した本島長崎市長に、実弾入りの脅迫文が届く(同様の脅迫文は2月22日に続き2度目)。
89 03 02 天皇の戦争責任発言の本島長崎市長に対する脅迫が相次ぎ、長崎県警、警備体制を強化。
89 03 06 定例長崎市議会本会議で、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言について論議。市長、右翼の抗議による騒音など市民への迷惑を陳謝。
89 03 09 本島長崎市長の天皇の戦争責任に抗議して牛刀を持って市役所に侵入した政治結社構成員に実刑判決(懲役7カ月)。
89 03 16 本島長崎市長、昭和天皇の大喪の礼は「憲法に違反しているとは言い切れない」と発言。
89 03 20 「市政を刷新する会」、本島市長の天皇の戦争責任発言をめぐって6項目の公開質状を同市長あてに提出。
89 03 29? 「言論の自由を求める長崎市民の会」、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対する賛同署名が約21万人(25日現在)になったと発表。
89 03 31 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言撤回を求めていた「本島市政を刷新する会」、所期の目的を達成したと、解散。
89 03 31 長崎市役所本館1階に銃弾が撃ち込まれているのを発見。長崎署、本島同市長の天皇の戦争責任発言に反発する者の犯行とみて、捜査を開始。同市長、「暴力的抗議は民主主義の基本原則を脅かす」とコメント。
89 04 03 「言論の自由を求める長崎市民の会」、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言支持署名(第2次集約の約37万人分)を長崎市に提出。
89 04 05 本島長崎市長、天皇の戦争責任発言に対する賛否の手紙をまとめた本「長崎市長への7300通の手紙」(3月刊行予定)の出版延期を求めていたことが判明。
89 04 15 長崎県、県内市長とともに自治省幹部を招き、特別交付税増額のお礼の宴会を開催。その際に、天皇の戦争責任発言をした本島長崎市長に呼びかけていなかったことが判明。
89 04 22 天皇の戦争責任発言をした本島長崎市長への相次ぐ脅迫に対して、長崎市、市長室窓ガラスなどを防弾化。
89 04 26 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言の撤回運動をしてきた「本島市政を刷新する会」(3月末解散)、新たに「長崎をよくする会」として新発足。同会は市長発言の責任を引き続き追求。
89 04 27 東京の右翼団体、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言撤回を求める抗議文を同市に提出。
89 04 29 「4.29広島集会―天皇制と言論の不自由」(「ストップ・ザ・戦争の道!ひろしま講座」など主催)、広島市で開催(約50人参加)。本島長崎市長の天皇の戦争責任発言などについての講演など。
89 05 15 天皇の戦争責任発言の本島長崎市長に寄せられた抗議・激励の手紙をまとめた「長崎市長への7300通の手紙」、出版。
89 05 16 関西の右翼団体、本島長崎市長の天皇の戦争責任に対する手紙類の刊行について、同市長に抗議文を送付。
89 06 01 長崎市の通訳者グル-プ「MUPながさき」、同市在住外国人を対象に天皇問題・本島発言などについてのアンケ-ト調査結果をまとめた冊子を発刊。
89 06 10 「自由法曹団」代表(約50人)、本島長崎市長を訪ね、同市長の天皇の戦争責任発言について、脅迫に屈しないよう激励。
89 06 10 本島長崎市長に実弾入り脅迫状が届く。「天皇に戦争責任はある」との発言に対する脅迫とみられ、今回で3度目。
89 06 11 本島長崎市の市長校舎に花火らしいものが投げ込まれる。同市長の天皇発言に対する嫌がらせの疑い。
89 06 19 本島長崎市長の「昭和天皇戦争責任発言」に反対し街頭宣伝活動をしている右翼団体「正気塾」の幹部、「暴力行為」の疑いで逮捕される。
89 06 21 長崎地検の廣畠速登新検事正、着任。本島長崎市長の「天皇の戦争責任発言」をめぐる脅迫事件解決に全力を挙げるとの談話。
89 06 23 右翼団体「全日本愛国者団体会議九州地区」代表、本島長崎市長に、「天皇戦争責任発言」などについての公開質問状を提出。
89 06 27 「言論の自由を求める長崎市民の会」、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言を支持する活動の記録「タブ-への挑戦」(B5、111ペ-ジ)を刊行。
89 07 09 テレビ番組「報道特集『長崎市長天皇発言』半年の波紋」(中国放送)、放送。[本島市長]
89 07 14 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対する実弾入り脅迫状郵送事件で、長崎署、同県西彼杵郡の梶山茂を脅迫の疑いで逮捕。(15日、送検。31日、追送検。)
89 07 15 天皇の戦争責任発言についての手紙をまとめた「長崎市長への7300通の手紙」、差別を助長する部分があると部落解放同盟の抗議で、増刷中止になったことが判明。[本島市長]
89 08 02 本島長崎市長の天皇戦争責任発言への意見を収録した「長崎市長への7300通の手紙」の一部削除の要請について、解放同盟と出版社が合意。それによると、解同側の反論文を掲載した「改訂増補版」を再出版。
89 08 04 本島長崎市長、天皇の初の記者会見を受けて、「戦争責任は新天皇を含め国民全体が負うべきもの」と発言。
89 08 04 天皇・皇后、即位後初の記者会見。本島長崎市長の戦争責任発言をめぐって、言論の自由が保たれるのが民主主義の基礎とコメント。
89 08 07 天皇制シンポジウム(ピースウィーク実行委主催)、長崎市で開催(約100人参加)。[本島市長]
89 08 07 「なくせニュークス(核兵器群)長崎マスコミフォーラム」、長崎市で開催(9日まで、約200人参加)。本島長崎市長、講演し、天皇の戦争責任発言以後の心情を吐露。
89 08 10 「日独平和フォーラム」参加者ら(約20人)、本島長崎市長を表敬訪問。同市長の天皇戦争責任発言に対する支持を表明。
89 08 29 本島長崎市長の「天皇の戦争責任」発言をテ-マにしたテレビ番組「市長の発言」(長崎放送)、「’89『地方の時代賞』映像コンク-ル」大賞を受賞。
89 09 01 長崎地裁で、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言に対する脅迫状郵送などで脅迫罪に問われた梶山茂被告の初公判。被告、罪状を認める。
89 09 13 長崎の証言の会、「証言―ヒロシマ・ナガサキの声」(A5、1500円)を刊行。天皇制について特集。[本島市長]
89 10 02 長崎地裁で、本島長崎市長の「天皇発言」に対する脅迫状事件の第2回公判。
89 10 12 核時代社会審理問題センター(本部・米ニューヨーク市)、本島等長崎市長に「世界平和賞」を授与。同市長による天皇の戦争責任発言についても評価。
89 10 20 右翼団体、本島長崎市長あての天皇問題発言に関する公開質問状(13日付)への回答を要求。
89 11 05? 長崎総科大・同大付属高校の学生ら、両校の学生(1200人)を対象に実施した「平和・核問題に関する意識調査」結果を発表。それによると、本島長崎市長の天皇戦争責任発言について約半数が「当然」と回答。
89 11 10 長崎署、長崎市長公舎に魚の汚物が投げ込まれた事件で、右翼団体幹部蜂谷公一を長崎地検に書類送検。本島市長の天皇戦争責任発言などへの嫌がらせ。
89 11 19? 「言論の自由を求める長崎市民の会」、本島長崎市長の「天皇戦争責任発言」に対する第三次賛同署名(9万7千人分)を同市長に提出。1988年12月以来、署名総数38万2千人。
89 12 04 長崎市政記者クラブ、本島長崎市長の天皇の戦争責任発言1周年で、同市長に会見を要望。
89 12 07 本島長崎市長の天皇の戦争責任発言から、1周年を迎える。
89 12 20 本島長崎市長の「天皇戦争責任」発言などに関するブックレット「長崎市長のことば」(A5、66ページ、岩波書店)、刊行。
89 12 25 長崎地裁で、天皇戦争責任発言で本島長崎市長を脅迫した梶山茂被告の判決公判。懲役2年、執行猶予5年の判決。
90 01 18 本島長崎市長、銃撃され1カ月の重傷。長崎県警、同市長の天皇の戦争責任発言に対するテロ事件として、捜査を開始。右翼団体幹部を殺人未遂容疑で逮捕。
90 01 19 広島県原水禁、本島長崎市長狙撃事件で、天皇・日本政府の戦争責任についての声明を発表。
90 01 21? 本島長崎市長の「天皇の戦争責任」発言についての書簡集「長崎市長への七三○○通の手紙」、全国で約2000冊の注文が殺到。
90 01 25 本島長崎市長、狙撃後初の記者会見。戦争責任は天皇を含め皆が負うべきであると強調。
90 02 21 天皇戦争責任発言で右翼に狙撃された本島長崎市長、回復し、1カ月ぶりに退院。
90 05 18 天皇、長崎市長との懇談で、被爆者の実情について質問。本島市長、高齢化した被爆者の生活苦について説明。
90 05 18 本島長崎市長、天皇の長崎訪問について、「被爆者は今日も苦しんでおり、あの戦争は何であったか天皇にも考えて欲しい」とコメント。
90 05 26? 長崎原爆被災協・「在韓被爆者問題市民会議」など、日本政府の在韓被爆者への40億円の援助・天皇発言に対して不満の意を表明。[本島市長]
90 07 31? 言語の自由を求める長崎市民の会、「天皇制と小さな民主主義-本島市長銃撃に抗する市民たち」(四六判、360ペ-ジ)を刊行。
90 11 17 昭和天皇に戦争責任はあると発言した本島長崎市長狙撃事件の求刑公判で、検察側、悪質な政治テロであると、懲役15年を求刑。
91 04 14 長崎市長選挙、告示。本島現市長の天皇の戦争責任発言で、自民党は本島候補を推薦せず、他候補を擁立し、社会・共産・社民連などが支持。
91 04 21 長崎市長選で、現職の本島等が当選。「天皇戦争責任発言」の選挙への影響についてはよく分からないと発言。

年表:中曽根康弘首相とヒロシマ・ナガサキ

年表:中曽根康弘首相とヒロシマ・ナガサキ

59 10 09 中曽根代議士、群馬県原爆被災者の会高崎支部総会で挨拶。(「炎の詩」851130)
71 03 19 中曽根防衛庁長官、三月はじめ海上自衛隊と米原子力潜水艦の合同訓練をしたと言明
75 02 22 中曽根自民党幹事長、広島市長選応援のため広島入り。被爆者援護法制定は考えないと言明。
83 01 06 日本原水協、中曽根首相に核問題などについての公開質問状を提出。
83 03 16 原水禁’83世界大会準備委員会、米原子力空母エンタープライズの佐世保入港拒否の要請書を中曽根首相に提出。
83 05 12 長崎市長、中曽根首相に、8月9日の平和祈念式への出席を要請。
83 05 13 「広本フサ様の遺志を守る広島・長崎被爆者の会」のメンバー、原爆投下日の休日制定を訴えるため、中曽根首相に面会を申し入れ。(多忙を理由に拒否)
83 05 19 作家小田実ら、東京で、6月に「反核・反安保・反中曽根」の行動を起こそうとの呼びかけ文を発表。
83 05 31 広島県原水禁、米で開催された第九回先進国首脳会議で、中曽根首相が「欧州戦域核配備を断行せよ」と発言したことに抗議声明発表。
83 06 19 市民運動グループによる、「反核・反安保・市中曽根集会」、東京で開催(3,000人参加)。
83 06 22 日本原水協、核兵器積載可能な米戦艦の日本寄港などについて、中曽根首相に公開質問状提出。
83 06 29 中曽根首相、原爆死没者慰霊式、平和祈念式典に参列の意向表明。
83 07 11 広島県被団協など四団体、平和祈念式に参列する中曽根首相と被爆者との懇談会についての要望を広島県に申し入れ。
83 07 16 中曽根首相の平和祈念式への出席が正式決定。日程発表。
83 07 19 広島県原水禁、平和式典に出席予定の中曽根首相に公開質問状を発送。
83 07 19 広島県原水禁、中曽根首相に、核兵器廃絶に努力する決意表明などを求める公開質問状を送付。
83 07 25 広島市、8月6日の平和祈念式に参列する中曽根首相に被爆者援護などを訴える被爆者代表7名を決定。
83 07 99 府中市のヒョウタン愛好家ら、8月6日の平和式典に出席する中曽根首相らに寄贈するよう、広島市にヒョウタンを寄託。
83 08 05 中曽根首相、平和祈念式出席のため来広。
83 08 05 非核平和宣言都市平和団体連絡会(東京・神奈川の平和運動グループ)、中曽根首相、核保有国首脳に核廃絶要請書を提出。
83 08 05 中曽根首相の私的諮問機関平和問題研究会、初会合開催。
83 08 06 広島県知事、市長ら、中曽根首相に被爆者対策の充実、強化を要望。
83 08 06 被爆者代表、広島市で中曽根首相に被爆者対策の充実を訴え。
83 08 06 中曽根首相、原爆養護老人ホーム「むつみ園」を慰問。「日本は異民族がいないからうまくいっている」「病は気から」と発言。
83 08 06 「広島市原爆死没者慰霊式、平和祈念式」(広島市主催)広島市で開催。中曽根首相、谷川防衛庁長官参列。原水禁大会参加の海外代表、首相の式典参列に抗議して式典参列を中止。約4万八千人参列。
83 08 06 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。中曽根首相・谷川防衛庁長官が参列。約4万8000人が参列。
83 08 06 中曽根首相、広島原爆養護ホームで「病は気から」と発言.
83 08 06 中曽根首相が、被爆者に「病は気から」と発言したことに対し、広島県原水禁など、抗議声明発表。
83 08 09 中曽根首相、来年の長崎市の平和祈念式へ出席の意向表明。
83 08 11 広島市長、中曽根首相に、6日の平和祈念式への出席についてお礼。
83 09 12 社会党田辺議員、衆院代表質門で、中曽根首相に広島原爆養護ホームで「病は気から」(8月6日)と発言したことについて質問。
83 09 14 日本被団協、中曽根「病は気から」発言にかんして声明を発表.
83 09 19 広島市長、同市議会で(8月6日)、中曽根相の「病は気から」発言を「問題ある言葉だとは受けとめていない」との見解表明。
83 09 21 参院予算委で自民党議員、中曽根首相に来年の長崎市の平和祈念式への参列を要請。首相「出席したい」と言明。
83 09 27 原水禁佐世保市民会議、レーガン米大統領と中曽根首相に米原子力空母の佐世保寄港に対して抗議電。
83 12 10 原水協、核兵器を装備しているとされる英の空田の日本寄港(来年2月予定)に反対する電報を中曽根首相あてに送付。
83 12 12 広島県原水禁、英空母の日本寄港を拒否すべきであるとの声明書を中曽根首相に送付。
84 03 17 参院予算委で、中曽根首相、「海外各地で被爆資料の展示が可能かどうか国連と相談したい」と発言。
84 03 22 参院予算委で中曽根首相、平和研究機関の設立は民間主導型が望ましいとの見解を表明。
84 04 04 長崎市長、中曽根首相に8月9日に平和祈式への出席の要請。首相、出席したいとの意向表明。
84 05 04 原爆投下日を休日にするよう中曽根首相に要請する被爆者ら、長崎市で出発式。(要請行動は、1969年以来29回目)
84 06 04 「核軍縮を求める二十二人委員会」、代表中曽根首相に、ロンドン・サミットで軍縮問題を取り上げるよう要請。
84 06 04 中曽根首相、社民連代表との会談で「核を持っている国には使う権利がある。」と発言。
84 06 29 広島県原水禁、など、中曽根首相に核積載艦船を入港させないよう求めた声明文を送付。
84 07 09 中曽根首相の長崎市の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」への出席、正式決定。
84 07 17 中曽根首相、8月9日長崎市での平和祈念式に出席の意向を表明。
84 07 23 8月9日の平和祈念式に出席する中曽根首相の日程決定。
84 08 05 原水爆禁止1984年世界大会準備委員会、米原潜の横須賀入港に対して米大統領、中曽根首相に抗議電。
84 08 09 長崎原爆被災者協議会など、長崎市で中曽根首相に被爆者援護法制定などを陳情。
84 08 09 中曽根首相、長崎市で来年の国政調査時に付帯調査として被爆者調査を実施するとの意向表明。
84 08 09 中曽根首相、長崎市の「恵の丘原爆養護ホーム」を慰問。
84 08 09 被爆39周年原爆犠牲者慰霊長崎平和祈念式典、長崎市で開催(約22000人参列)。中曽根首相参列、首相のあてさつ時に、約50人の学生ら、援護法制定のシュプレヒコール。広島市長参列。2217人の原爆
84 08 09 原爆禁大会に参加した海外代表(32人)、長崎市で、中曽根首相に対して被爆者援護などを求めた公開書簡を発表。
84 08 10 長崎市長新聞紙上で、9日の平和祈念式についてお礼とおわび、中曽根首相挨拶中のシュプレヒコールに言及、遺憾の意表明。
84 08 10 長崎市の自民党市議団、長崎市長に平和祈念式での中曽根首相挨拶中のシュプレヒコールに対し、遺憾の意を表明し、今後の対応を申し入れ。
84 11 01 増岡新厚相(第2次中曽根改造内閣)被爆者対策について「現行2法を充実していきたい」との見解表明。
84 11 99 米国原爆被爆者協会、在米被爆者の「帰国治療」実現を要請した嘆願書を中曽根首相に提出。
84 12 09 日本原水協など「核空母カールビンソンくるな!核兵器全面禁止、安保条約廃棄中曽根内閣打倒12.9横須賀緊急抗議集会」を横須賀市で開催(約5000人参加)。
84 12 10 広島県原水禁、米原子力空母カールビンソンの横須賀入港に対して中曽根首相、レーガン大統領へ抗議声明送付。
85 01 14 太平洋諸国を訪問中の中曽根首相が、使用済み核燃料の海洋投棄について、計画を凍結すると表明。
85 03 26 広島市長、中曽根首相に「広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式」への出席を要請。
85 03 29 参院予算委で宮沢議員(広島選出)、中曽根首相に平和祈念式への出席を要望。
85 04 04 長崎市長、中曽根首相に平和祈念式への出席を文書で要請。
85 06 03 日米欧の政治家らによる第 6回「議会と科学」会議、東京で開催。中曽根首相挨拶で核兵器問題に言及。
85 07 19 政府首脳、中曽根首相が広島市での平和祈念式に出席する予定であると発表。
85 07 22 広島市、8月6日の平和祈念式に、中曽根首相のほか、衆・参議長、厚相の参列が内定したと発表。
85 07 31 平和祈念式に出席する中曽根首相に、被爆者対策充実などを要請する被爆者代表(7名)決定(森滝市郎、沼田鈴子、李実根、他)。
85 08 01 広島弁護士会、「核兵器廃絶と被爆者援護法の制定」を求める声明を発表。中曽根首相らに送付。(「広島弁護士会史」)
85 08 01 中曽根康弘首相、米NBCテレビの録画撮りで、原爆投下に対する見解を求められ、「非人道的な行為で、都市住民への無差別爆撃は国際法違反だった。あってはならないことだった」と発言。
85 08 02 レンダーキング米国務省報道官、中曽根首相の「原爆投下は国際法違反」発言について、「原爆投下を受けた唯一の国として、日本人が核兵器に関して特別な感情をもっていることを米国は理解している」,、「もう過去に注意を払うのではなく、将来の関係強化にこそ注目すべきだ」と述べる。
85 08 03? 6日に、来広する中曽根首相に被爆者援護を訴える被爆者代表(7名) 、決定。
85 08 05 中曽根首相、 6日の平和祈念式典に出席するため来広。
85 08 06 中曽根首相、広島市で、被爆者援護法の制定は必要ないとの見解を再表明。
85 08 06 「被爆者代表から要望を聞く会」、広島市で開催。被爆者代表ら、中曽根首相に被爆者援護法制定などを要請。
85 08 06 広島県知事・市長、広島市で、中曽根首相・増岡厚相に被爆者援護措置の拡充強化を陳情。
85 08 06 中曽根首相、広島市内の原爆養護ホームを慰問。
85 08 06 「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(広島市主催)、同市で開催(約 55000人参加し、過去最高)。中曽根首相参列。在外被爆者初めて献花。
85 08 15 「ストップ・ザ・戦争への道!ひろしま講座」のメンバーら、中曽根首相の靖国神社公式参拝に反対して広島市内で街頭ビラ配布。[天皇]
85 08 28 長崎市長、来年末に期限切れになる在韓被爆者渡日治療の継続などを、中曽根首相らに要望。
85 10 23 中曽根首相、ニューヨークでの国連創設四十周年記念総会で演説。唯一の被爆国の立場から「核兵器の地球上からの追放」を提唱。
85 10 27 「GNP1%枠突破反対・反核・反基地・中曽根内閣打倒県集会」、佐世保市で開催( 約2500人参加) 。
86 02 15 中曽根首相、 5月の東京サミットに出席する各国首脳の広島・長崎視察は日程的に無理との見解表明。
86 03 22 中曽根首相、先進国首脳会議の関連施設での原爆資料展開催について、協力するのは困難との考えを表明。
86 04 10 長崎市長、中曽根首相に、 8月 9日の平和祈念式典への出席を要請。首相、出席を約束。
86 04 11 広島・長崎両市長、 5月の東京サミットで、中曽根首相が核兵器廃絶の方策を提案することなどを骨子とした要望書を、外相に提出。
86 04 13 中曽根首相、日米首脳会談でSDIへの参加問題について検討すると表明.
86 04 16 中曽根首相、衆院大蔵委で、被爆者などを含む戦死者の追悼施設建立について検討したいとの意向を表明。
86 05 05 米の民間団体「国防情報センター」所長ジーン・ラロック、米に核実験を一時停止するよう働きかけてほしいとの手紙を、中曽根首相に送付。
86 05 15 中曽根首相、ソ連共産党書記長の広島などでの首脳会談開催提案について、「それよりも、ジュネーブでの米ソ軍縮交渉を進める必要がある」と発言。
86 05 16 広島・長崎の被爆者(6名) 、原爆投下日の休日制定を訴える中曽根首相宛の直訴状を提出。
86 06 12 日本原水協、米戦艦寄港問題をめぐって寄港拒否などを求める文書を中曽根首相に提出。
86 07 01 中曽根首相、自民党の衆参両院選立候補者の応援で来広。原爆慰霊碑に参拝。
86 08 06 平和祈念式に中曽根首相代理として参列した厚相、被爆者援護法制定に否定的見解表明。
86 08 06 中曽根首相、広島市長の米ソ首脳会談広島開催提案に対して、否定的見解を表明。
86 08 09 被爆者団体代表、長崎市で、中曽根首相に被爆者援護法制定などを訴え。同首相、長崎市で、被爆者援護法に否定的見解を表明。
86 08 09 長崎県知事・同市長、同市で、中曽根首相に被爆者対策の充実などを要請。
86 08 09 原爆犠牲者慰霊平和祈念式典、長崎市の平和公園で開催( 約 2万 4千人参列)中曽根首相、参列。この 1年間の死没者( 6208人分) 名簿を奉納。
86 08 09 中曽根首相、長崎市の「恵の丘原爆養護ホーム」を慰問( 1984年に次いで 2度目) 。
86 08 09 日本被団協山口仙二代表委員、来崎中の中曽根首相に陳情.
86 09 16 「反核平和大阪連絡会」の呼びかけで、大阪市で、「中曽根軍拡に反対する新聞広告を出す会」発足。12月に広告を掲載することを計画。
86 09 18 中曽根首相、参院本会議で、原爆死没者への補償は、一般戦災死没者との均衡上困難であると発言。
86 09 18 中曽根首相、参院本会議で、米ソ首脳会談の広島開催について、「適当でないと思っている」と発言。
86 09 18 広島市長、米ソ首脳による広島での会談は核廃絶につながると、中曽根首相発言を批判する談話を発表。
87 02 04 中曽根首相、参院本会議で、被爆者援護法の制定について、一般戦災者との均衡上問題があると、同法制定を否定する見解を表明。
87 02 19 中曽根首相、8月6日の広島市での「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」への出席の意向を表明。
87 05 07 長崎市長、8月9日の平和祈念式典への出席を中曽根首相に要請する文書を提出。
87 06 02 岩手県原爆被害者団体協議会、中曽根首相に「核兵器持込み日米密約の撤回と国家機密法反対」の決議を電報で送る.
87 07 24 広島市の平和祈念式に出席する中曽根首相に、被爆者対策の充実などを要望する被爆者代表(7人)、決定。中本剛・吉井敏美・伊藤サカエ、他。
87 07 24 中曽根首相の広島市での平和祈念式出席、正式決定(1983、1985年に続き3回目)。
87 08 05 6日の平和祈念式に出席する中曽根首相、来広。
87 08 06 「被爆者代表から要望を聞く会」、広島市で開催。被爆者代表(7人)が、中曽根首相に、被爆者援護法制定を要望。
87 08 06 平和祈念式に出席した中曽根首相、黒い雨地域の見直しについて、消極的な見解を表明。
87 08 06 中曽根首相、広島原爆養護ホーム「舟入むつみ園」を慰問。
87 08 06 被爆42周年原爆死没者慰霊式、平和祈念式、広島市で開催(約55,000人参列)。中曽根首相、参列(3回目)。労組員ら(約20人)、中曽根首相あいさつに対して抗議行動。「’87ジャーナリスト国際平和シンポジウム」参加のジャーナリストら、献花
87 08 06 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。中曽根首相が参列。約5万5000人が参列。
87 10 14 広島市、広島双葉ライオンズクラブが出していた広島平和記念公園わきの中曽根首相の句碑建設申請を認可。
87 10 15 共産党広島市議団、中曽根首相は被爆者援護法制定に背を向けていると、首相句碑建立許可の取り消しを広島市に申し入れ。
87 10 15 原爆犠牲者慰霊碑建立の認可を申請していた広島県建設労働組合、同じ場所へ中曽根首相句碑を優先させたとして、広島市に抗議。
87 10 16 社会党広島市本部・県原水禁など、中曽根首相句碑建立の許可を取り消すよう広島市に申し入れ。
87 10 19 広島双葉ライオンズクラブ、中曽根首相句碑建立計画について説明。それによると、首相側から碑建立を働きかけ。
87 10 19 社会党広島市本部など、中曽根首相句碑建立取り消しを広島市に要請。
87 10 19 広島県原水禁など、中曽根首相句碑に抗議して、同碑建立予定地で座り込み(約80人参加)。
87 10 19 広島県文化団体連絡会議、中曽根首相句碑建立に対して、広島市に抗議。
87 10 20 広島市原水協など、中曽根首相句碑建立許可撤回を広島市に申し入れ。
87 10 21 広島市の市民団体代表ら、中曽根首相句碑建設許可を取り消すよう広島市に申し入れ。
87 10 22 平和団体「デルタ女の会」、中曽根首相句碑建立に抗議して、首相・広島市などへ抗議電報を打つ運動を開始。
87 10 25 平和団体「デルタ女の会」、中曽根首相句碑建立に抗議して、碑建立予定地で座り込み(約30人参加)。
87 10 28 中曽根首相句碑建立をめぐり、広島市に投書・電話相次ぐ。28日現在、反対意見が約 8割。
87 10 31 市民団体「デルタ女の会」など、中曽根首相句碑建立に反対して、建設予定地で座り込み(延べ約70人参加)。
87 11 02 広島県原水協など、中曽根首相の句碑建立について、市に建立許可取り消しを申し入れ(2度目)。
87 11 04 広島県被団協(佐久間澄理事長)など、広島市で、中曽根首相句碑建立に反対する街頭署名を実施。
87 11 06 広島県被団協(佐久間澄理事長)など16団体、広島市に、中曽根句碑建立許可撤回を求める請願書を提出。
87 11 07 中曽根前首相句碑建立を計画した広島双葉ライオンズクラブ、建立に反対している市民グループの要請を受け、句碑建立について協議。
87 11 07? 朝日新聞広島支局、中曽根前首相句碑建立についての意見を募集。
87 11 09 広島県原水禁など、広島市で、中曽根前首相句碑建立反対のビラを配布。
87 11 12 広島双葉ライオンズクラブ、中曽根前首相句碑を平和記念公園東側対岸に据え付け。建立に反対する市民ら(約80人)、抗議の座り込み。
87 11 12 中曽根康弘句碑(大手町一丁目・元安川岸)
87 11 12? ギリシャの政治評論誌記者、中曽根前首相句碑問題について取材。
87 11 13 広島県原水禁など、広島市・広島双葉ライオンズクラブに、中曽根前首相句碑建立に対して抗議し、公開質問状を提出。
87 11 14 中曽根前首相句碑問題についての意見募集に対して、朝日新聞広島支局に270通の投書が届く(うち243通は建立反対の意見)。
87 11 14 広島県原水禁など、中曽根前首相句碑建立に抗議して、同碑前で座り込み(約20人参加)。
87 11 14 「広島県高校生徒会」(県高校生平和ゼミナ-ル実行委など主催)、広島市で開催( 15日まで、県内14校、約750人参加)。テ-マ「青年の未来と部落問題・平和問題」。中曽根前首相句碑問題についてのアンケート調査結果を発表。
87 11 14? 「アキバ・プロジェクト」で来広した米記者から、中曽根前首相句碑問題について、米地方紙でも取り上げたいとの返事が、広島市の市民グル-プに届く。
87 11 17 中国ブロック5県評連絡会議、広島市に、中曽根前首相句碑建立許可を取り消すよう 申し入れ。
87 11 18 広島市の詩人栗原貞子、中曽根前首相句碑に抗議する詩「黒い鶴幻想」を発表。
87 11 18 「デルタ女の会」など、中曽根前首相句碑の撤去を広島市に申し入れ。
87 11 18? 「新俳句人連盟」中曽根前首相句碑の撤去を要求するとの声明文を発表。
87 11 21 被爆者グループ「原爆被害者証言のつどい」、中曽根前首相句碑撤回運動を進めていくことを決定。
87 11 21 市民団体「デルタ女の会」など、中曽根前首相句碑建立に抗議して、広島市役所玄関前で座り込み(約70人参加)。
87 12 05 「ストップ・ザ・戦争への道ひろしま講座」など、広島市に、中曽根前首相句碑問題について質問。市側、年内に話し合いの場を設けることを約束。
87 12 09 広島市、県原水禁など4団体による中曽根前首相句碑建立についての質問状に対して 回答。
87 12 10 ヒロシマ被爆二世の会など5団体、広島市に、中曽根前首相句碑撤去を求める公開質 問状を提出。
87 12 14 広島県原爆被爆教職員の会など、中曽根前首相句碑問題で、広島市・市教委に公開質問状提出。
87 12 14 広島市長、市会本会議で、中曽根前首相句碑問題についての公開討論会を開くつもりはないと言明。
87 12 15 沖縄・「平和の像」破壊と広島・中曽根句碑建立を許さない映画のつどい(市民講座ヒロシマなど主催)、広島市で開催。
87 12 16 広島市の市民グループ、パンフレット「中曽根首相句碑に異議アリ タカが句碑ではない!」(B5、15ページ)を発行。
87 12 16? 広島市議会で、西村議員、中曽根前首相句碑反対は「言いがかり」であると発言。
88 01 27 広島市の「デルタ女の会」など8市民団体、広島市に、中曽根首相句碑建立許可の撤回を申し入れ。
88 03 11 広島市の俳句愛好家ら、中曽根首相句碑撤去を求める全国の俳句人の署名(約680人分)を広島市に提出。
88 03 20 市民グループ「デルタ女の会」、中曽根前首相句碑撤去を求め、同句碑前で、「3.20中曽根句碑はいらん!悲願(彼岸)の集い」を開催(約50人参加)。
88 06 06? 広島平和記念公園わきの中曽根前首相句碑について、広島俳句協会会報で、是非論争。
88 11 12 広島市の婦人グループ「デルタ女の会」、中曽根前首相句碑建立1周年を迎え、同句碑前で、「霜月おんな“NO句碑”句会」を開催(約40人参加)。「風見鶏 鳩をまねても 右をむき」など披露。
89 03 19 市民グループ「デルタ女の会」、中曽根前首相の句碑への抗議の俳句などを集めた「霜月おんな“ノー句碑”句集」(A4、62ページ)を出版。広島市の平和記念館で出版記念会を開催(約50人参加)。
89 06 01 広島県原水協、中曽根前首相句碑撤去要請文を広島市に提出。
89 06 01 広島県原水禁、中曽根前首相句碑撤去を求める文書を、広島市と同碑を建立した広島双葉ライオンズクラブに送付。
89 06 01? 広島市観光協会の「平和記念公園ガイドマップ」(1988年末発行)に、中曽根前首相句碑が掲載されていることが判明。
89 06 04 広島市の市民グループ「デルタ・女の会」、中曽根元首相句碑撤去を求め同句碑前で座り込み(約30人参加)。
89 06 09 中曽根元首相句碑が広島平和文化センター発行の冊子に、「平和の祈り」の句碑として紹介されていることが判明。「デルタ女の会」、同句碑の撤去を広島市に申し入れ。
89 06 09 広島県原水禁、リクルート事件を契機に、中曽根元首相句碑撤去を広島市に申し入れ。
89 06 14? リクルート疑惑を契機に、広島市に建てられた中曽根元首相の句碑について、賛否論争が再燃。
89 06 26 「ヒロシマを語る会」、広島平和文化センター発行の「ヒロシマ読本」から、中曽根元首相句碑についての記述を削除するよう同センターに文書で申し入れ。
89 07 29? 広島平和文化センター理事・評議員に対する中曽根元首相句碑についての意見調査結果、判明。それによると、大原三八雄・森滝市郎ら、句碑の撤去を要望。
89 08 06 「デルタ・女の会」のメンバーら(10人)、中曽根元首相句碑前で、碑撤去を求める寸劇を上演。
89 09 04 広島市中区の中曽根元首相句碑、いたずらされて文字の一部が欠けているのを発見。
89 10 03 「デルタ女の会」、中曽根元首相句碑紹介文が「ヒロシマ読本」に掲載されていることについて、同「読本」を発行した平和文化センターに、紹介文の削除か変更を要望。
89 11 11? 広島市のアマチュア講談師久保浩之(入市被爆者)、中曽根元首相句碑撤去を訴える講談を創作し、上演。
89 11 12 広島市の中曽根元首相句碑建立2周年で、デルタ女の会のメンバーら、句碑撤去を訴えて同碑前で座り込み(約30人参加)。
89 12 14 広島市の市民グル-プ「デルタ女の会」など、中曽根元首相句碑撤去を求める請願書を広島市議会に提出。
89 12 20 広島市、市平和文化センター刊「ヒロシマ読本」の中曽根元首相句碑説明文に、同碑への反対運動が続いていることなどを付記する考えを表明。
90 01 30 「中曽根句碑撤去要求連絡会」、撤去要求署名(1万人分余)を添えて句碑撤去を広島市に申し入れ。
90 03 18 市民団体「デルタ女の会」、結成満8年を記念して中曽根元首相句碑前で集会を開催(約30人参加)。
90 04 20? 広島平和文化センター発行の平和冊子に掲載されている中曽根元首相句碑紹介文が、改訂版から一部変更されることが判明。
90 07 01 「中曽根句碑はいらない!ヒロシマ連絡協議会」、広島市に句碑撤去を求める10万人署名に取り組むことを決定。
90 07 11? 広島市平和文化センター発行の「ヒロシマ読本」に、中曽根元首相句碑の説明文として、同碑建立以来反対運動が続いていることを追記することが判明。
90 09 10 広島平和文化センター、「ヒロシマ読本」(12版)を発行。そのなかで、中曽根元首相の句碑の紹介部分に、同碑建設に際して反対運動が起きた事実を追加。
90 11 03 反核市民団体「デルタ女の会」、国連平和協力法案などに反対して、中曽根元首相句碑前で座り込み(約50人参加)。
90 11 06 広島市中区の中曽根元首相句碑に、赤ペンキでいたずらされているのが、発見される。
91 01 06 「中曽根句碑はいらない!広島連絡協議会」代表者会議、広島市で開催。句碑の撤去を求める署名が1万人に達したことなどを報告。
91 01 16 「中曽根句碑はいらない!ヒロシマ連絡協議会」、広島市に、約1万2千人分の署名を添えて句碑の撤去を要請。
91 03 11 広島市長、市有地に記念碑を設置する際の許可基準を定めた「彫像・記念碑の設置基準要綱」を見直す方針を表明。元中曽根首相句碑は同要綱をもとに広島市が設置を許可。
91 06 03 デルタ女の会など3団体、広島市議会に、中曽根句碑撤去を求める請願書を提出。
91 08 06 「デルタ・女の会」のメンバー10人、広島市の中曽根句碑前で、句碑の撤去を求める寸劇を上演。
92 08 06 デルタ・女の会、広島市・元安川ほとりの中曽根元首相の句碑前で寸劇を披露。
93 08 06 中曽根句碑どけろ女たちの交流会。
94 08 06 広島市の中曽根句碑前でマラソンスピーチ集会。
95 01 13 アジア太平洋議員フォーラム(APPF)第3回総会、メキシコ・アカプルコで開催。-14日。日本から同フォーラムの提唱者である中曽根元首相などが参加。核兵器の使用停止を決議。
95 08 06 「デルタ・女の会」、広島市・元安川河岸の中曽根元首相の句碑前で反核集会。
96 08 27 広島市の中曽根句碑にいたずら書きがされていることが判明。
97 08 06 デルタ女の会、8・6ヒロシマ女たちの集会、元安川東詰め中曽根句碑前で開催。40人が参加。
98 05 13 朝日新聞「インド核実験-2氏に聞く[中曽根康弘「影響を考えぬ利己主義」、武村正義「救いようのなさ、感じる]」
98 06 10 読売新聞「「印パ核実験」で緊急寄稿:中曽根康弘元首相-日本から「警鐘」鳴らせ-核廃絶への戦略が急務」
98 08 06 デルタ女の会、中曽根元首相の句碑に抗議する寸劇集会を同碑前で開催。約50人が参加。
99 03 04 世界平和研究所(中曽根康弘会長)・米ハーバード大学・独アデナウアー財団、「核不拡散・核軍縮に関する日・米・独共同研究国際会議」を東京で開催。-4日。
99 08 06 「8・6ヒロシマ 女たちの集い」、広島市平和公園の中曽根句碑前で開催。
99 12 25 東海村臨界事故を起こしたJCO社員・大内久の通夜、茨城県常陸太田市新宿町で挙行。中曽根弘文科学技術庁長官・橋本昌茨城県知事ら約400人が参列。
99 12 27 読売新聞「地球を読む:傷ついた米の威信-CTBT批准拒否-キッシンジャー氏に反論」(中曽根康弘)

原爆使用をめぐる国際司法裁判所の審議

原爆使用をめぐる国際司法裁判所の審議

Y M D NEWS1
90 01 18 国際司法裁判所に「核兵器の使用は国際法違反」との確認を求める運動の第1回世話人会、東京で開催。「原爆裁判」の弁護士らの呼びかけ。
92 12 18 国際平和事務局(IPB)・核戦争防止国際医師会議(IPPNW)・反核兵器国際法律家協会(IALANA)、国連の国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)で核兵器の国際法違反を追求する「国際法廷運動」を計画。
93 05 12 世界保健機構(WHO)、第46回年次総会で核兵器の使用が国際法違反かどうかの判断を国際司法裁判所に求める決議案を賛成多数で可決。
93 05 14 世界保健機関(WHO)年次総会全体会、核兵器の違法性の判断を国際司法裁判所に求める決議を賛成多数で採択。賛成73、反対40、棄権10か国。
93 09 06? 世界保健機構(WHO)、核兵器使用が国際法違反かどうかの判断を国際司法裁判所に求める決議を同裁判所に送付。広島市の核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部に入った6日に連絡で判明。
93 10 27 日本原水協代表団、ニューヨークでダビニッチ国連軍縮室長に会い、「核兵器使用を違法とする勧告を国際司法裁判所に求める決議」の採択、核兵器廃絶の国際条約の締結を要請。日本で集まった4314万人分の「ヒロシマ・ナガサキからのアピール署名を提出。
93 11 04 核兵器による威嚇およびその使用が国際法に違反していないかどうか国際司法裁判所の意見を求める決議案、国連総会第1委員会(軍縮・安全保障)に提出。
94 02 02 核兵器の廃絶をめざす関東法律家協会・日本国際法律家協会・日本原水爆被害者団体協議会、外務省を訪れ、日本政府が広島・長崎・ビキニ等の被爆の実相をふまえた陳述書を国際司法裁判所に提出するよう申し入れ。
94 04 22 広島・長崎両県知事と両市長、羽田外相に政府として核兵器使用の違法性を訴える陳述書を国際司法裁判所に提出するよう文書で陳情。地方自治体の要請は、東京都清瀬市議会について2番目。
94 06 03 外務省、国際司法裁判所に提出する核兵器使用は国際法には違反せずとの意見陳述書案を与党政策幹事会に提示。与党内にも反発。
94 06 06 日本被団協、国際司法裁判所へ提出する意見陳述書について、国際法違反は明白として政府へ抗議する特別決議を採択。
94 06 06 社会党広島県連執行委員会、国際司法裁判所へ提出する意見陳述書について、羽田首相に抗議し、外務省に意見陳述書の撤回を求める決議を採択。
94 06 06 外務省、核兵器は国際法に違反せずとの意見陳述書を国際司法裁判所に提出する方針を決める。
94 06 06 羽田首相、衆議院予算委員会で、政府が国際司法裁判所に提出する核兵器使用についての意見陳述書について、国際法違反ではないと述べ外務省見解を追認。
94 06 08 全日本民医連、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する電報を打電。
94 06 08 羽田首相、核兵器使用をめぐる国際司法裁判所への政府意見陳述書の修正について、政治的判断によるものであることを強調。
94 06 08 核戦争に反対し核兵器の廃絶を求める医師・医学者の集い、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する文書を発送。
94 06 08 婦民(再建)、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する電報を打電。
94 06 08 日朝協会、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する電報を打電。
94 06 08 日本被団協の代表ら4人、外務省を訪れ、国際司法裁判所に提出する意見陳述書で「核兵器使用は国際法違反と言えない」としたことについて抗議。
94 06 08 日本原水協、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する声明を発表。
94 06 08 全労連、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する電報を打電。
94 06 08 柿沢外務大臣、国際司法裁判所に提出する意見陳述書の政府案から、核使用が国際法違反とはいえないとの表現を削除すると、衆議院予算委員会で表明。
94 06 08 全生連、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する電報を打電。
94 06 09 平岡広島市長・本島長崎市長、政府が国際司法裁判所に提出する核兵器使用についての陳述書に「違法性」を明記するよう、柿沢外務大臣に要請。
94 06 09 新日本婦人の会、政府が核兵器使用を違法ではないとする意見陳述書を国際司法裁判所に提出しようとしていたことに抗議する文書を提出。
94 06 10 日本原水協、核兵器使用は国際法違反と明記した陳述書を国際司法裁判所に提出するよう求める要請書を政府・国会などに提出。
94 06 10 日本政府、オランダ・ハーグの国際司法裁判所に「核兵器使用の違法性」に関する陳述書を提出。
94 06 12? 国際平和ビューローの調査によるとウクライナ・スウェーデン・メキシコ・北朝鮮の4国が核兵器使用を違法とする意見陳述書を国際司法裁判所に提出する意向であることが判明。
94 06 17 米国務省、核兵器使用を巡る意見勧告問題で、国際司法裁判所の管轄権を否定し、核兵器使用を適法とする意見書を国際司法裁判所に提出。
94 06 20 平岡広島市長、国際司法裁判所に、核兵器使用の違法性についての被爆者の意見を聞くよう要請文を送る意向を表明。
94 07 13 広島県原水禁、米国の法律家団体から、国際司法裁判所が核兵器使用について意見陳述を求めている件に関する情報を入手。内容が推測できる20国のうち、10国が国際法違反を主張。
94 07 27 世界法廷運動日本センターの代表、五十嵐官房長官に、国際司法裁判所に「核兵器使用は国際法違反」との意見陳述書を追加提出するよう要請。
94 08 26 平岡広島市長、国際司法裁判所(JCJ)が核兵器使用の国際法違反問題を審議する際、広島・長崎両市長や被爆者が意見陳述をする機会が与えられるよう要請する書簡をJCJに送る考えを明らかにする。
94 08 30 広島・長崎両市、核兵器使用が国際法違反かどうかを審理する国際司法裁判所に対し、被爆者らの意見陳述を求める両市長の書簡をまとめる。9月6日に提出の予定。
94 09 06 脇坂清広島平和文化センター事務局長ら、オランダ・ハーグの国際司法裁判所を訪問し、核兵器使用の違法性の審理に際し被爆者に発言の機会を求める広島・長崎両市長連名の書簡を提出。
94 09 13 脇坂広島平和文化センター事務局長ら、核兵器使用の国際違反問題でオランダの国際司法裁判所(JCJ)に広島・長崎両市長の要請書を提出する旅から帰任し記者会見。JCJは規則により被爆者の意見陳述を認めないことが判明。
94 10 17 広島市、国際司法裁判所(JCJ)から、自治体から意見陳述を受ける規定がないとの返事を受け取る。平岡広島市長が本島長崎市長と連名で被爆地代表が核兵器使用に違法性について意見陳述の機会を求めた書簡に対する返書。
94 10 18? 非同盟諸国会議外相会議が、今月初めの会議で、核兵器による脅迫とその使用についての合法性について国際司法裁判所に勧告的意見を求める決議案を今年の国連総会に再提出し、採択を求めることを再確認していたことが判明。
94 11 12? 広島平和文化センターのニューズレター10月号、冒頭に「核兵器の使用を避難する手紙を」との見出しを付け、国際司法裁判所で審理されることになった核兵器使用の国際法違反問題の経過を紹介。
94 11 19 国連総会第1委員会、核兵器による威嚇とその使用が違法であることについて国際司法裁判所に勧告的意見を求める国連決議案を採択。非同盟諸国会議が提出したもので賛成が77、反対33、棄権21。日本は棄権。
94 12 05 非政府組織(NGO)の調査で、国際司法裁判所に核兵器使用の違法性をめぐる陳述書を35か国が提出、うち21か国が「国際法違反」と主張していることが判明。
94 12 08 広島県原水禁、南太平洋のナウル共和国が広島・長崎両市長に国際司法裁判所(JCJ)での意見陳述の場を提供する意向を示していることについて、申し入れを受けるよう平岡広島市長に要請。9日、市長が前向き姿勢を表明。
94 12 15 国連総会で核兵器の使用や威嚇が国際法に違反するかどうかの判断を国際司法裁判所(JCJ)に求める決議が採択される。賛成78、反対43、棄権38。日本は棄権。
95 02 09 国際司法裁判所(JCJ)が、核兵器の使用や威嚇が国際法に違反するかどうかについて日本を含む各国に対し6月20日までに政府見解を示す陳述書を提出するよう通知を進めていることが判明。
95 02 23 立木洋(共産党)、参議院外務委員会で、政府に、核兵器の使用と威嚇の問題について国際法に違反するという立場を明確にした陳述書を国際司法裁判所に提出するよう要求。河野外務大臣、陳述書提出を含め検討していると答弁。
95 03 02 平岡広島市長、市会の答弁で、国際司法裁判所への対応について市民の思いを伝えることは被爆都市の使命と代表派遣の意義を強調。
95 03 10 政府、国際司法裁判所(JCJ)に提出する意見書に「昨年の陳述書を踏襲し、核兵器の使用が「国際法に違反するとは言えない」との従来の見解を盛り込まない方針を固める。
95 04 19 「世界法廷プロジェクトセミナー」、米ニューヨークで開催。約80人が参加。広島・長崎両市長のメッセージが紹介される。「核兵器使用は国際法違反」との判断を国際司法裁判所に求める。
95 05 12 広島の金子一士県被団協理事長・佐々木猛也弁護士、オランダ・ハーグの国際司法裁判所を訪問。核兵器使用の違法性についての勧告的意見を出す前に裁判官が広島・長崎を訪れるよう申し入れ。22日、帰国の記者会見。
95 05 22? 政府、昨年12月の国連総会決議に基づき国際司法裁判所(JCJ)が各国に核兵器使用に関する見解提示を要請していることを受け、陳述書を再提出する方向で検討。
95 06 08 「世界法廷で核兵器の違法宣言を出させる運動・日本センター」と日本生活協同組合連合会、園田内閣官房副長官に「核兵器は国際法違反」の陳述書を国際司法裁判所(国際法廷)に提出するよう要請。
95 06 13 河野外相、閣議後の閣僚懇談会で、国連決議に基づき国際司法裁判所(JCJ)が各国に求めている核兵器使用に関する陳述書について、内容を報告し了承を得る。核兵器の違法性には言及せず、「反人道主義」と述べる。
95 06 13 広島・長崎両市長、連名で国際司法裁判所に提出する陳述書に国際法違反を明記するよう求める要望書を河野外相に提出。
95 07 03 世界法廷運動日本センター、国際司法裁判所(IJC)が核兵器の違法性についての口頭弁論を10月30日に開くとの情報を入手。
95 08 02 核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会、広島市内で第2回総会を開催。フランスの核実験中止を求める決議と国際司法裁判所に公正な判断を求める決議を採択。
95 08 06 村山首相、平和記念式典後の記者会見で、国際司法裁判所(JCJ)での意見陳述で被爆国として核廃絶をアピールする意向を表明。
95 08 08 ボルジャー・ニュージーランド首相、フランスの核実験再開を阻止するためフランス政府を相手取って国際司法裁判所に提訴することを明らかにする。
95 08 08? 国連NGO、核兵器使用の違法性をめぐる国際司法裁判所の弁論で、世界の核被害者を証人とするよう計画。
95 08 09 日本生活協同組合連合会、国際司法裁判所(JCJ)に核兵器の違法性を問う「世界法廷運動」を組織として積極的に進めることを決める。
95 09 11 国際司法裁判所(ICJ)で、ニュージーランドが提訴したフランスの核実験の停止を求める訴訟に関連し、フランスとニュージーランドの意見陳述が始まる。
95 09 20 政府、国際司法裁判所で行われている核兵器の使用が国際法違反に当たるかに関する審理で、広島・長崎両市長を核の惨禍についての証人として申請。
95 09 22 日本生活協同組合連合会・日本有権者同盟・日本青年団協議会、国際司法裁判所の核兵器の違法性審査に関連し、連名で核兵器は国際法違反と明言するよう政府と広島・長崎両市長に文書で申し入れ。
95 09 22 オランダ・ハーグの国際司法裁判所、ニュージーランドが求めていた南太平洋におけるフランスの地下核実験差し止め請求を12対3の評決で却下。
95 09 22 平岡広島市長、国際司法裁判所の裁判官に広島・長崎訪問と現地調査の実現を目指す考えを明らかにする。
95 09 29 広島県被団協(金子一士理事長)、広島市に対し、市長が国際司法裁判所で核兵器使用が国際法違反であるように証言して欲しいと要請。
95 10 03 広島弁護士会、常議員会で、核兵器使用の違法性を審理する国際司法裁判所の口頭弁論に向け、同裁判所と日本政府へ要望書を提出することを決める。
95 10 04 金子一士広島県被団協理事長・佐々木猛也日本法律家協会副会長ら3人、オーストラリアとニュージーランド政府宛てに、国際司法裁判所(ICJ)への陳述で核兵器の違法性を認めるように要請書を送付。
95 10 11 長崎市、伊藤長崎市長が広島市長とともに国際司法裁判所で核兵器使用の違法性をめぐる審理に証人として出廷することが内定したと発表。
95 10 13 中国地方弁護士大会、松江市で開催。フランスへの核実験抗議・即時中止とオランダ・ハーグにある国際司法裁判所に対し核兵器使用を国際法違反とする「勧告的」意見を求めることを決議。
95 10 13? 外務省に入った連絡で、広島・長崎両市長の国際司法裁判所での出廷が11月7日に内定したことが判明。20日に外務省から正式に両市に連絡。
95 10 15 生活協同組合コープながさき、フランスの核実験に抗議するメッセージ運動や、国際司法裁判所に核兵器使用の違法判断を求める署名活動を長崎市内で実施。15人が参加。
95 10 16 生協ひろしまと広島弁護士会、オランダ・ハーグの国際司法裁判所の核兵器の違法性に関する審理に会わせ「国際要請代表団」を派遣することを計画。
95 10 23 平岡広島市長、世界保健機構(WHO)のREMPAN会議開会式で、国際司法裁判所において核兵器の違法性を訴える決意を示す。
95 10 23 伊藤長崎市長、世界平和連帯都市市長会議出席などから帰国し記者会見。パリで原爆展を開催する意向を表明。国際司法裁判所に核使用が違法との陳述をすることは困難との見解を示す。
95 10 23 長崎被災協、伊藤長崎市長に対し、国際司法裁判所に核兵器が国際法に違反する兵器であることを明確に証言するよう要請。
95 10 24 キーティング・オーストラリア首相、国連設立50周年を記念する演説で、核兵器使用を違法と宣言するよう国際司法裁判所(ICJ)に求めると述べる。
95 10 24 世界平和連帯都市市長会議(会長:平岡敬広島市長、98カ国・地域、409都市)、オランダの国際司法裁判所裁判長宛てに核兵器使用の国際法違反を訴える決議文を送付。
95 10 26 佐々木猛也ら広島の弁護士3人、国際司法裁判所(ICJ)に対し、核兵器使用の違法性を審理する前に裁判官の広島訪問を求める要請書を送付。
95 10 27 平岡広島市長が、国際司法裁判所(ICJ)の核兵器の違法性審議を前にハーグ入りした日本生活協同組合連合会の代表に、「核兵器は国際法違反」とするICJあてのメッセージを託していたことが判明。
95 10 27 共産党長崎地区委員会・同党長崎市議団、伊藤市長に対し、国際司法裁判所などで核兵器の違法性を明確に証言することなどを申し入れ。
95 10 27? 国際司法裁判所(ICJ)で核使用の違法性をめぐり口頭弁論を参加申請していた25か国のうち、インドとナウルが欠席の意向をICJに伝えていることが判明。
95 10 30 オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)、核兵器使用の違法性をめぐる口頭弁論を開催。エバンス・オーストラリア外相が政府代表として初めて発言。
95 10 30 広島市、市長が国際司法裁判所で核兵器使用の違法性に関する証人として発言する内容を外務省に連絡。31日、外務省より「協議したい」との連絡。
95 10 31 広島の被爆者ら5人、国際司法裁判所の核兵器使用の違法性審理に合わせてオランダ・ハーグを訪問する旅に出発。
95 10 31 日本生活協同組合連合会のメンバー、オランダ・ハーグの国際司法裁判所に、核兵器の国際法上の違法性を訴える300万人以上の署名の目録と平岡広島市長のメッセージを提出。
95 11 01 フランス、国際司法裁判所の核使用の違法性をめぐる審議で、「司法の判断になじまない」との見解を表明。
95 11 01 フランス政府代表、国際司法裁判所(ICJ)の審理で核兵器が戦争防止に貢献していると陳述。
95 11 02 長崎市、原爆使用が国際法違反であることを明記した国際司法裁判所(ICJ)での陳述文案を外務省に送付。
95 11 02 石田明ら広島県原水禁の代表4人、平岡広島市長に、国際司法裁判所(ICJ)で核兵器使用が国際法違反であると明言するよう要請。
95 11 02 野坂官房長官、核兵器の違法性を審理する国際司法裁判所で証言する伊藤長崎市長の陳述原案が、外務省から「削除・修正」された問題に不快感を表明。
95 11 02 伊藤長崎市長、外務省の意見により国際司法裁判所(ICJ)での証言の原稿から「国際法違反」を削除したことを明らかにする。
95 11 02 国際司法裁判所(ICJ)、日本政府が提出した「書面見解」で「核兵器の違法性」が明記されていないことを明らかにする。
95 11 02 社会党広島県本部、国際司法裁判所(ICJ)の日本政府口頭陳述で、核兵器の使用は国際法違反であることを明確に訴えるよう求める要請書を河野外相に送付。
95 11 03 オランダ・ハーグに滞在している広島の弁護士2人、国際司法裁判所裁判官宛の要請書を提出。
95 11 03 インドネシア代表、国際司法裁判所へ日本生活協同組合連合会が持参した広島の被爆者らの証言集を同政府の証拠資料として提出したことを明らかにする。
95 11 03 国際司法裁判所、北朝鮮が核兵器使用が国際違反であるとする書面陳述を提出していることを明らかにする。
95 11 03 広島・長崎の被爆者ら日本代表団、国際司法裁判所で核兵器使用の違法性に関する審理を傍聴。
95 11 03 伊藤長崎市長が国際司法裁判所で陳述する文面から「核兵器使用は国際法違反」との明言を避ける方針が決まる。
95 11 04 ジョセフ・ロートブラット・パグウォッシュ会議会長が、14日にソロモン諸島の証人として国際司法裁判所に出廷することが判明。10?日、インフルエンザのため出廷を取りやめることにする。
95 11 04 伊藤長崎市長が国際司法裁判所で陳述する内容に「核兵器による文民攻撃は国際法違反」との表現が加えられることが明らかになる。
95 11 04 伊藤長崎市長、国際司法裁判所での陳述のためオランダに向け出発。
95 11 04 伊藤長崎市長、国際司法裁判所の核兵器の違法性をめぐる審議に出廷するためオランダに出張。-11日。
95 11 04 伊藤長崎市長、オランダ・ハーグで、国際司法裁判所での陳述で「核兵器は違法」と明言することを明らかにする。
95 11 06 イラン代表、国際司法裁判所で核兵器使用の違法性を主張。
95 11 07 河村武和外務省軍備管理・科学審議官、平岡広島市長、伊藤長崎市長、国際司法裁判所(ICJ)における核兵器の使用の違法性の審理で、日本政府代表として陳述。
95 11 07 日本代表団の約10人、国際司法裁判所での広島・長崎両市長の陳述を傍聴。
95 11 07 河村外務省審議官、平岡広島市長、伊藤長崎市長、国際司法裁判所での陳述を終え、ハーグ市内で共同の記者会見。
95 11 07 伊藤長崎市長、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)の図書館に長崎原爆関係の図書やビデオテープなどを寄贈。
95 11 08 日本原水協、日本政府代表が国際司法裁判所で核兵器の使用が国際法違反であると明言しなかったことに対し、抗議声明を発表。
95 11 08 広島県被団協、国際司法裁判所の日本政府に対する抗議電報を村山首相宛に送付。
95 11 08 日本政府が国際司法裁判所に広島・長崎両市長を「証人」として申請していたが、裁判所が「日本政府代表団」の一員としていたことが判明。
95 11 08 長崎市、伊藤市長の国際司法裁判所での口頭陳述の文面をインターネットで緊急発信。
95 11 09 ニュージーランド政府代表、国際司法裁判所ですべての核兵器の非合法化と核実験の違法性を主張。
95 11 10 広島県労連や民主商工会などで組織する国民運動大運動実行委員会、沖縄駐留米兵の小学生女児暴行事件や国際司法裁判所での日本政府の意見陳述、フランスの核実験などに抗議して、広島市内でデモ。約1000人が参加。
95 11 10 社会党広島県本部、国際司法裁判所での国際法違反と主張しなかった日本政府代表の意見陳述に対する公開質問状を河野外相に送付。
95 11 13 オランダの国際司法裁判所を訪れた生協ひろしまの代表など、市役所で帰国報告。
95 11 15 国際司法裁判所での核兵器使用に関する違法性についての口頭陳述が終了。
95 11 25 広島市・広島市女性団体連絡会議など、「平和・国際貢献と女性」をテーマとした女性問題セミナーを広島国際会議場で開催。講師の土井衆議院議長が、平岡市長の国際司法裁判所での陳述に感銘を受けたと語る。
95 12 06 定例長崎市議会、開会。長崎原爆資料館条例案など15件を上程。伊藤長崎市長、国際司法裁判所出廷について報告。
95 12 12 藤田雄山広島県知事、国際司法裁判所の意見陳述に関連し、核兵器の使用は国際法違反」と県議会本会議で初めて明言。
95 12 14 伊藤長崎市長、市議会で国際司法裁判所での日本政府の意見陳述について不満を表明。
95 12 16 広島弁護士会、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での核兵器使用をめぐる意見陳述の傍聴についての報告会「核廃絶を求めて-ヒロシマからハーグへ」を、広島弁護士会館で開催。約50人が参加。
95 12 21? 生協ひろしま、来年1月から、核兵器使用の違法性を審理中の国際司法裁判所(ICJ)裁判官へ、広島訪問を訴えるはがき運動を展開することを計画。
96 01 20? 広島市、国際司法裁判所での平岡市長の陳述内容を冊子にまとめる。
96 01 28 生協ひろしま、国際司法裁判所(ICJ)裁判官に広島訪問を要請するはがきへの署名活動をコープ安東店で開始。
96 02 15 生協ひろしま、オランダ・ハーグの国際司法裁判所の裁判官に向け広島訪問を呼びかける要請はがき1万4056枚を発送。
96 03 22 山田拓民長崎原爆被災者協議会事務局長、米ネバダで開催される核廃絶サミットに出席、国際司法裁判所(ICJ)に対する要請行動などを提案する考えを明らかにする。
96 03 27 国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)が核兵器の違法性についての「勧告的意見」を5月以降に出す見通しであることが判明。
96 04 05? 生協ひろしま、国際司法裁判所の裁判官らを被爆地広島に招こうと出した要請はがきに対し、アメリカ・ロシアの判事から訪問できないとの返事を受け取る。
96 06 01 西南学院大学のESS(英会話クラブ)、第30回「ドジャー杯英語暗唱大会」を開催。スピーチの題材に伊藤長崎市長の国際司法裁判所での核兵器廃絶を訴えた陳述文などを選ぶ。
96 07 02 日本被団協など、核兵器使用の違法性について審理している国際司法裁判所が8日に判断を示すのを受けて傍聴団を派遣すると発表。
96 07 08 国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)、核兵器使用の違法性について、WHOの諮問は、諮問の権限がないとして11対3で門前払い、国連総会の諮問については、一般的には国際法違反としながらも判断を避けた勧告的意見を発表。
96 07 08 広島の二つの県被団協と生協ひろしま・日本反核法律家協会の4団体、国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見に対する抗議の共同声明を発表。
96 07 08 生協ひろしまの組合員など約60人、広島市の平和公園で国際司法裁判所の判断に対する抗議集会を開催。
96 07 08 国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)、核兵器使用の違法性に関する判断を示す。
96 07 09 広島県原水禁のメンバーら約80人、国際司法裁判所の判断に対する抗議の座り込みを広島市平和公園の原爆慰霊碑前で実施。
96 07 09 日本原水協、国際司法裁判所の勧告的意見を批判する声明を発表。
96 07 09? 碓井法明広島市議、インターネットのホームページで、核兵器使用が国際法違反であるとする主張への賛同署名を集め、国際司法裁判所へ送付。
96 07 10 広島弁護士会平和推進委員会、国際司法裁判所の勧告に関する検討会を9月7日に開くことを決める。
96 07 11 長崎県原水禁と県平和・労働センター、国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を遺憾とするアピールを発表。
96 07 12? ピーター・ワイス国際反核法律家協会共同議長、国際司法裁判所の勧告的意見を否定的にとらえる必要はないとのメッセージを平岡広島市長に寄せる。
96 07 14 長崎の証言の会と広島の証言の会、国際司法裁判所が8日に出した核兵器使用に関する勧告的意見を遺憾とする声明を共同で発表。
96 07 25 世界法廷運動日本センターと日本生協連、国際司法裁判所の核兵器使用に関する勧告的意見をどう受けとめるかをテーマに緊急シンポジウムを東京都内で開催。
96 08 01 広島県被団協・生協ひろしま・日本反核法律家協会、国際司法裁による核兵器の違法性に対する勧告的意見についての学習・意見交換会を広島弁護士会館で開催。
96 08 05 ピーター・ワイス国際反核法律家協会(IALANA)共同議長、広島弁護士会の平和推進委員会で国際司法裁判所の勧告的意見について報告。
96 08 13? 広島市在住の細川浩史、被爆死した妹の日記を基にした本を国際司法裁判所(ICJ)の裁判官に手紙とともに送付。
96 09 07 広島弁護士会・県医師会・広島市、国際司法裁判所(ICJ)が出した核兵器に対する勧告的意見をもとに、シンポジウム「いまこそ核兵器廃絶を」を広島YMCAで開催。約200人が参加。
96 09 20 第51回国連総会本会議、国際司法裁判所の核兵器使用に関する勧告的意見を議題とすることを決定。
96 10 31 マレーシアなど23か国、国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を受けて「核兵器条約」の交渉を促す決議案を国連総会第1委員会に提出。
96 11 14 国連総会第1委員会、核兵器の違法性をめぐる国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見に基づき核軍縮を目指す多国籍館交渉を開始するよう求めた決議案を採択。賛成94、反対22、棄権29。日本は棄権。
96 12 11 国連総会、国際司法裁判所(ICJ)が7月に出した「核兵器使用は一般的には国際人道法に反する」との勧告的意見を受け、核兵器の開発・生産・威嚇・使用などを全面的に禁じる策定交渉を来年から始めるよう加盟国に要請する決議を採択。
97 11 04? 国際司法裁判所の元裁判官で現在旧ユーゴスラビア国際司法裁判所判事を務めるモハメド・シャハブディーン、核兵器廃絶をめざす日本法律家協会の招きで、来年4月下旬に来日することが判明。
97 11 25? 東京都町田市公民館、平和講座の一環として、「核兵器使用は国際法違反」と長崎市長が意見陳述した国際司法裁判所の裁判を題材にした創作劇を上演。

年表:オランダとヒロシマ・ナガサキ

年表:オランダとヒロシマ・ナガサキ

Y M D NEWS1
56 04 15? ハーベルマン(オランダの彫刻家)による丸木・赤松「原爆の図」の世界一周展覧行脚の呼びかけに対しスイスのベルン博物館・ニューヨーク・ボストン両博物館などから公開希望の申し入れ。
56 07 25 被爆記録「広島日記」のドイツ・イギリス版が、著者蜂谷道彦のもとに届く。同書は、これまでに米・オランダ・イタリアでも出版。
62 08 06 英、オランダなどで原爆反対デモ。
65 08 06 エディタ・モリス、「ヒロシマの花」の姉妹編「ヒロシマの種」を英・西ドイツ・オランダ・ギリシアで刊行。
77 04 05 駐日オランダ大使、広島訪問。
77 10 24 長崎市、長崎市都市掲揚委員会開き、姉妹都市縁組みの相手をオランダ・ミッテルブルグ市に決定。
78 03 07 長崎被爆の元オランダ軍人、原爆による傷害治療のため長崎入り。
78 03 08 長崎被爆の元オランダ軍人、長崎原爆病院で受診。
78 03 11 長崎被爆の元オランダ軍人、治療を終え長崎新聞社訪問。
78 03 14 長崎被爆の元オランダ軍人帰国。
78 05 19 駐日オランダ大使、来広。
78 10 20 ブラジル大使・トンガ国王・オランダ外相、長崎市訪問。
79 03 31 原水協のオランダ訪問団、核廃絶を訴えるため、オランダに向けて出発。
79 07 01? 長崎市で被爆した元オランダ兵捕虜の回想録が、長崎市に届く。
79 07 19? 長崎市、長崎で被爆死したオランダ兵捕虜の名前を原爆殉難者名簿に加えることを決定。
79 07 30 長崎市の原爆殉難者名簿に、被爆死した元オランダ兵捕虜の氏名記載。
79 08 06 オランダ・ハーグ市で、「平和のための婦人団体」主催の核禁止など訴えるデモ。
79 08 26 オランダの市民グループ、中性子爆弾開発中止を訴え、自転車でニューヨークの国連に向け、アムステルダムを出発。
79 10 27 オランダで開催される「中性子爆弾反対を教える平和教育全国集会」に、広島の平和教育関係者ら参加。
80 02 22? オランダから届いた名簿から、被爆死したオランダ人捕虜一名が確認される。
80 07 09 長崎市、長崎で被爆した外国人被爆者(韓国・北朝鮮・オランダ・オーストラリア)を平和式典に招請することを決定。
80 07 11? 長崎で被爆した元オランダ兵捕虜の被爆体験をもとにした詩・イラストが、「長崎証言の会」に届く。
80 07 21 オランダの「中性子爆弾反対・核軍拡競争中止協力グループ」、原水禁大会参加のため来日。
80 07 27 原水禁大会参加のため来日中のオランダ人平和運動家、来広し地元高校生らと交流。
80 08 20 第30回パグウォッシュ会議、オランダで開催され、核戦争の危険を警告する声明を採択。(25日まで)
81 03 05 オランダの図書館長、被爆したオランダ人捕虜についての資料収集のため、長崎市を訪問。
81 04 17 長崎市で被爆した元オランダ兵、長崎市を訪れ、被爆者手帳を受給。
81 04 22 核戦争防止のための「欧州核戦争会議」、オランダで開催。
81 06 14? オランダ・ミデルブルフ市、長崎市の世界平和シンボルゾーンにモニュメント寄贈する意向伝える。
81 06 19 オランダの新聞記者、来広し原爆問題取材。
81 07 01 オランダ・アムステルダム市長、長崎市を訪問、平和公園など見学。
81 07 10 長崎市、平和式典に元オランダ兵捕虜を招待することを決定。
81 08 06 オランダの平和運動グループ代表、オランダの子供たちからの折りヅルを原爆の子の像に供える。
81 08 08 長崎市の捕虜収容所で被爆した元オランダ兵ジャーゲン・オンケン、長崎市を再訪。
81 08 10 長崎市、元オランダ兵捕虜ジャーゲン・オンケンに被爆者手帳交付。
81 09 15 長崎市長、オランダ入りし、首相に原爆写真展の開催で協力要請。
81 10 29 広島市教委、折りヅルを広島市に送りたいとのオランダの子供たちに、本川小学校生徒を紹介。
81 11 21 オランダ・アムステルダムで、「欧州に新しい核兵器を持ち込むな」をスローガンに反核集会(30万人参加)。
81 11 23 オランダ・アムステルダムで、世界教会会議主催「核兵器と軍縮に関する国際公聴会」、開催。
81 11 26 核兵器の欧州配備に反対してオランダ・ハーグで女性によるデモ(1万人参加)。大阪市原爆被害者の会代表参加。
81 12 07 広島市立本川小学校に届いたオランダの子供たちからの平和を願う手紙など、同校で紹介される。
81 12 28 オランダの首相から、長崎市長にオランダでの原爆写真展開催に賛意を示す手紙届く。
82 03 03 オランダの平和団体、6月の米大統領訪英時にロンドンで反核デモを行うと発表。
82 03 25 広島県原水禁、オランダ・ベルギーへ被爆の語り部第三陣を派遣。(「ヒロシマ語り部の旅」)。
82 04 12 広島県原水禁による「ヒロシマ語り部の旅」第三陣、帰国。オランダ・ベルギーでの成果を報告。
82 04 13 オランダの女性向け週刊誌記者、来広し、原爆問題を取材。
82 05 27 オランダの日刊紙記者、来広し、軍縮問題について広島市長にインタビュー。
82 07 17? オランダ・ハーグ市、非核都市宣言を採択。
82 08 06 長崎市の妹姉都市オランダ・ミデルブルグ市で、「長崎・広島の原爆写真展」開催(26日まで)。
82 08 19 日本被団協派遣のヨーロッパ「語り部の旅」代表団(28名)、欧州に出発。(30日帰国)。5回目。東西独・仏・オランダ訪問。25日、ローマ法王に会見。
82 09 04 オランダの首都アムステルダムで、「長崎・広島の原爆写真展」開催。
82 10 30 核戦争防止国際医学者会議、オランダ・ハーグで開催され核凍結を求める決議を採択。
82 11 06? オランダでの原爆写真展(8-9月)が成果を収めたことの手紙が、ミテルグルク市長から長崎市に届く。
82 11 09 広島原爆資料館に英・オランダの教科書出版社から被爆資料提供依頼の手紙が届く。(海外からの依頼急増し、今年30件)
83 04 03 オランダで反核デモ、約2,500人参加。
83 04 11 欧州五カ国(英・西独・伊・オランダ・ベルギー)の非核都市宣言をした自治体の代表ら、ブリュッセルで反核運動について討議。各国の地方自治体に非核宣言するよう呼びかけることなどを決定。(12日まで)
83 05 31 東京裁判の判事を務めたオランダのベルナルト・ローリング、来広し原爆資料館など見学。「原爆投下は国際法違反」と発言。
83 06 18 オランダ・アムステルダムで第三回核戦争防止国際医師会議開催(22日まで)。広島市医師会長、広島大原医研教授ら、参加。米ソ首脳に核軍縮を訴えるアピール採択。
83 07 99 長崎市で被爆した元オランダ兵の被爆体験記「オランダ兵長崎被爆記」、刊行。
83 08 14 元オランダ兵の被爆体験記「オランダ兵士長崎被爆記」出版祝賀会、長崎市で開催。(レネ・シェファー著)
83 08 99 長崎市とオランダ・ミテルブルフ市の姉妹友好都市5周年を記念して、ミテルブルフ市、長崎市に平和モニュメント寄贈。
83 09 14 オランダ・ミデルブルフ市から、長崎市の平和公園内の世界平和シンボルゾーンにモニュメント届く。
83 10 06 オランダ・ミデルブルフ市親善使節団、長崎市を訪問。
83 10 07 オランダ・ミデルブルク市から長崎市に贈られた平和モニュメント「未来の世代を守る像」、平和公園で除幕。
83 10 29 オランダ・ハーグで反核を訴えるデモ(約6万人参加)日本から、被爆者も参加。
84 04 24 YMCA国際平和研究所、西独・オランダにメンバーを派遣。海外のYMCAに反核ネットワークづくりを呼びかけるため。(5・10帰国報告)
84 05 27 オランダ・エッテンレールで、オートバイを連ねた米軍基地への反核デモ実施。(約2,000人参加)。
84 08 04 室蘭市の「少年少女代表団」千羽ヅルを携え来広(平和祈念式に出席)。
84 08 07 「広島平和の旅・室蘭少年少女代表団」、室蘭市長からの平和メッセージを広島市役所に届ける。
84 09 12 オランダの議員団来広原爆資料館など見学。
84 10 10 オランダのデコレーション・フラワーの創始者、来広し、原爆資料館など見学。
84 10 13 長崎市助役ら、来年開催予定の「世界平和連帯都市市長会議」への参加を呼びかけるため、東独、オランダなどに向け出発。26日帰任、成果を報告。
85 04 26 長崎の証言の会、オランダ人の元被爆補虜らを囲んで長崎市で「日蘭不戦の集い」を開催。
85 04 28 核実験に抗議する長崎市民の会、25日のソ連核実験に抗議して平和公園で座り込み(約50人参加)。オランダ人の被爆元捕虜参加。
85 05 24 日本原水協、米・英・オランダなどに派遣する「核兵器全面禁止・被爆者国際遊説団」第1陣(約110人)の訪問日程などを発表。
85 05 29 広島県朝鮮人被爆者協議会会長、北海道を反核行脚開始。室蘭市・深川市・札幌市など。
85 06 25 日本原水協による「核兵器全面禁止・被爆者国際遊説団」(14人)第二陣、オランダに向け出発(7月 7日まで)。
85 08 08 テレビ番組「こんにちは!長崎」( テレビ長崎) 、オランダ人被爆者の被爆体験記を取り上げ、放送。
85 09 10? 昨夏来広した室蘭市の「広島平和の旅少年少女代表団」のヒロシマ報告記「ツルよとべ」(B5、74ページ) 、広島市に届く。
85 10 02? オランダ・ロッテルダムで開かれた「核戦争に反対する国際法廷」(9月19-21日) に招かれた被爆者、帰国し、同法廷のもようを報告。
85 12 06 日中戦争下の中国で、抗日反戦運動を続けた長谷川テルの遺児劉暁蘭、来広し、原爆資料館など見学。
85 12 22 神戸市内のオランダ様式の風車小屋に、1000枚の平和ポスター展示( 25日まで) 。
86 03 20 長崎県被爆者手帳友の会など、同県・市に、海上自衛隊とオランダ艦隊による長崎港西方海域での合同軍事演習の中止を働きかけるよう要請。
86 03 20 長崎市の姉妹都市オランダ・ミデルブルフ市長、長崎市を訪れ、平和祈念像に献花。
86 03 22 長崎原爆被災者協議会、海上自衛隊とオランダ艦隊の合同演習に対して、オランダ大使などに抗議文送付。
86 11 02 スウェーデン・オランダなどの女性平和運動グループ「グレート・ピース・ジャーニー」の一行(5名)、来広し、原爆資料館など見学。3日、市民交流会に出席。
87 03 23 広島市で開かれる世界蘭会議広島大会で、平和に対する願いを込めた洋ラン「ヒロシマ」出品。
87 03 25 世界蘭会議広島大会参加者ら、原爆資料館などを見学。
88 02 25 旧日本軍の捕虜だったオランダ人兵士から、原爆犠牲者慰霊にと、カトリック広島司教区に花輪が届き、原爆慰霊碑に献花。
88 06 10 日本(7団体)・ブラジル・仏・オランダなどの平和団体、国連に核兵器廃絶などを 求める請願書を提出。広島・長崎両市長・知事らによる請願書も。
88 10 16 横浜市在住の被爆者黒川万千代、スイスの平和団体「国連および関連機関職員軍縮・平和運動」の招きで訪欧。スイス・西独・オランダ・デンマ-クなどで被爆体験を発表。
89 07 24 長崎市にホームステイ中のオランダ・ミデルブルク市の高校生(6人)、平和祈念像に献花。
89 09 22 「国際反核法律家協会」の第1回世界大会、オランダ・ハーグ市で開催。-24日。長崎原爆被災者協議会の山口仙二会長、招かれ被爆体験を発表。
90 04 25 広島市、ソ連での「核実験禁止国際市民会議」・オランダでの「国際平和宣言会議」に代表を派遣すると発表。
90 05 10 広島市長、オランダでの「1990ロッテルダム国際平和宣言会議」出席のため広島市を出発(22日帰広)。
90 05 22 広島市長、オランダでの「国際平和宣言会議」より帰国。同会議のもようを報告。
90 07 06 国際平和研究学会、オランダで定例総会を開催。次期総会を1992年に京都で開くことを決定。
90 07 29 長崎市、姉妹都市のオランダ・ミデルブルフ市へ高校生親善訪問代表団(8人)を派遣。
90 11 06 戦時中長崎に収容されていたオランダ人元捕虜・遺族らの一行(14人)、長崎市を訪問。収容所跡などを見学。
90 11 14 即位の礼に出席したオランダの皇太子、長崎市を訪問。長崎平和会館などを見学。
91 02 22 朝日新聞社、湾岸戦争について、韓国人被爆者・在米被爆者・オランダ人被爆者・中国人被爆者らに意見を聴取し、紙上に掲載。
91 08 11 テレビ番組「爆心地の連合軍捕虜・オランダ兵士たちの戦後史」(NHK)、放送。長崎で被爆したオランダ人捕虜らを取材。
92 03 17 オランダのコンスタンタイン王子、長崎市を訪問、国際文化会館などを見学。
92 08 10 デンマーク・オランダ・ドイツなどの民衆大学の校長・教員ら8人、長崎市役所の本島市長を表敬訪問。
92 09 15 京都大学医学部同窓会「芝蘭会広島県支部」、広島県大野町で原子爆弾災害研究調査班員の枕崎台風遭難者慰霊の集いを開催。
92 10 30 長崎で強制労働中に被爆した元オランダ人捕虜や遺族ら一行16人、長崎入り。
92 10 31 オランダ人元捕虜や遺族一行、本島長崎市長を表敬訪問。
92 12 18 国際平和事務局(IPB)・核戦争防止国際医師会議(IPPNW)・反核兵器国際法律家協会(IALANA)、国連の国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)で核兵器の国際法違反を追求する「国際法廷運動」を計画。
93 09 15 芝蘭会広島支部・大野町など、「京都大学原爆災害総合研究調査班」11人の慰霊の集いを広島県大野町の遭難記念碑前で挙行。約100人が参列。
94 05 28 北海道室蘭市教育委員会が、来月13日同市内で開催予定の「朝鮮人被爆者の証言」(講師:李実根広島県朝鮮人被爆者協議会長)の後援を断ったことが判明。
94 06 10 日本政府、オランダ・ハーグの国際司法裁判所に「核兵器使用の違法性」に関する陳述書を提出。
94 08 03 東京都新宿区、長崎で被爆した元捕虜のオランダ人を招き語り部講演会を開催。
94 09 06 脇坂清広島平和文化センター事務局長ら、オランダ・ハーグの国際司法裁判所を訪問し、核兵器使用の違法性の審理に際し被爆者に発言の機会を求める広島・長崎両市長連名の書簡を提出。
94 09 10 オランダ・アルンヘム市でピースメッセンジャー会議。脇坂広島平和文化センター事務局長らが出席。
94 09 13 脇坂広島平和文化センター事務局長ら、核兵器使用の国際違反問題でオランダの国際司法裁判所(JCJ)に広島・長崎両市長の要請書を提出する旅から帰任し記者会見。JCJは規則により被爆者の意見陳述を認めないことが判明。
95 05 12 広島の金子一士県被団協理事長・佐々木猛也弁護士、オランダ・ハーグの国際司法裁判所を訪問。核兵器使用の違法性についての勧告的意見を出す前に裁判官が広島・長崎を訪れるよう申し入れ。22日、帰国の記者会見。
95 06 27 愛知芸術文化センター、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」を原爆投下の罪の意識に読み変えた演出で上演。
95 09 02 平岡広島市長、オランダ・フランス・カナダ歴訪のため出発。
95 09 03 日本ボーイスカウト広島県連盟の代表、世界ジャンボリー(8月オランダで開催)で世界各国のボーイスカウトが折った千羽鶴を広島市平和公園の原爆の子の像に捧げる。
95 09 05 平岡敬広島市長、オランダ・ハーグで開催の国際自治体連合世界大会の特別ミーティング「非核自治体国際会議」で講演。中国・フランスの核実験中止を求める決議をするよう提案。
95 09 06 平岡広島市長、滞在中のオランダ・ハーグでフランスの核実験に対する抗議のコメントを発表。
95 09 07 平岡広島市長、オランダ・ハーグで開催された「非核自治体国際会議」で演説。中国・フランスの核実験実施を非難し、核兵器の廃棄を訴える。
95 09 09 原水爆禁止長崎県民会議など、フランスの核実験に抗議する座りこみを平和公園で実施。約300人が参加。オランダの教育相も飛び入り参加。
95 09 22 オランダ・ハーグの国際司法裁判所、ニュージーランドが求めていた南太平洋におけるフランスの地下核実験差し止め請求を12対3の評決で却下。
95 10 13 中国地方弁護士大会、松江市で開催。フランスへの核実験抗議・即時中止とオランダ・ハーグにある国際司法裁判所に対し核兵器使用を国際法違反とする「勧告的」意見を求めることを決議。
95 10 16 生協ひろしまと広島弁護士会、オランダ・ハーグの国際司法裁判所の核兵器の違法性に関する審理に会わせ「国際要請代表団」を派遣することを計画。
95 10 24 世界平和連帯都市市長会議(会長:平岡敬広島市長、98カ国・地域、409都市)、オランダの国際司法裁判所裁判長宛てに核兵器使用の国際法違反を訴える決議文を送付。
95 10 27 日本被団協・日本生協などの第1陣、オランダのハーグ入り。
95 10 30 オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)、核兵器使用の違法性をめぐる口頭弁論を開催。エバンス・オーストラリア外相が政府代表として初めて発言。
95 10 31 日本生活協同組合連合会のメンバー、オランダ・ハーグの国際司法裁判所に、核兵器の国際法上の違法性を訴える300万人以上の署名の目録と平岡広島市長のメッセージを提出。
95 10 31 広島の被爆者ら5人、国際司法裁判所の核兵器使用の違法性審理に合わせてオランダ・ハーグを訪問する旅に出発。
95 11 01 「世界法廷運動」、オランダ・ハーグ郊外の図書館で被爆直後の長崎を撮影したカメラマン山端庸介の原爆展「長崎ジャーニー」を開催。-15日。
95 11 01 戦時中長崎市内の造船所などで強制労働させられたオランダ人元捕虜など24人、長崎市を訪問。被爆者と懇談。
95 11 02 日本被団協などの代表団41人、オランダ・ハーグに到着。3日、結団式を開催。
95 11 03 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)など、「世界法廷セミナー」をオランダのハーグで開催。
95 11 03 オランダ・ハーグに滞在している広島の弁護士2人、国際司法裁判所裁判官宛の要請書を提出。
95 11 04 伊藤長崎市長、国際司法裁判所での陳述のためオランダに向け出発。
95 11 04 国際反核法律家協会・核戦争防止国際医師会議・世界平和ビューロー主催「世界法廷セミナー」、オランダ・ハーグ市内の大学で開催。20か国から約200人が参加。
95 11 04 伊藤長崎市長、オランダ・ハーグで、国際司法裁判所での陳述で「核兵器は違法」と明言することを明らかにする。
95 11 04 伊藤長崎市長、国際司法裁判所の核兵器の違法性をめぐる審議に出廷するためオランダに出張。-11日。
95 11 05 平岡広島市長、オランダ・ハーグへ向け出発。同日夕(日本時間6日未明)、ハーグに到着。6日、イラン・イタリアの陳述を傍聴。
95 11 05 伊藤長崎市長、オランダ・ハーグに到着。
95 11 07 元オランダ兵捕虜やその遺族らでつくる「オランダ慰霊団」一行21人、広島市の原爆資料館を見学。
95 11 07 伊藤長崎市長、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)の図書館に長崎原爆関係の図書やビデオテープなどを寄贈。
95 11 09 オランダ・ハーグで広島・長崎両市長の陳述を傍聴した「生協ひろしま」の組合員ら6人、広島に帰る。
95 11 13 オランダの国際司法裁判所を訪れた生協ひろしまの代表など、市役所で帰国報告。
95 12 16 広島弁護士会、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での核兵器使用をめぐる意見陳述の傍聴についての報告会「核廃絶を求めて-ヒロシマからハーグへ」を、広島弁護士会館で開催。約50人が参加。
96 02 15 生協ひろしま、オランダ・ハーグの国際司法裁判所の裁判官に向け広島訪問を呼びかける要請はがき1万4056枚を発送。
96 03 27 国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)が核兵器の違法性についての「勧告的意見」を5月以降に出す見通しであることが判明。
96 05 21 平岡広島市長・伊藤長崎市長、ジュネーブのイギリス・パキスタン・オランダの各軍縮代表部を訪れ、包括的核実験禁止条約(CTBT)が例外なき核実験を禁止する条約となるよう各軍縮大使に要請。
96 06 15 長崎で被爆したオランダ人元捕虜兵レネ・シェーファー、死亡。
96 06 20 ヘンリ・エバラース・オランダ在神戸・大阪総領事、広島市の平和公園を見学。
96 07 05 海外4カ国(米・英・カナダ・オランダ)の教育関係者で組織する国際教育関係者訪日団、長崎原爆資料館で県内の教育関係者らと平和教育懇談会を開催。約60人が参加。
96 07 08 国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)、核兵器使用の違法性について、WHOの諮問は、諮問の権限がないとして11対3で門前払い、国連総会の諮問については、一般的には国際法違反としながらも判断を避けた勧告的意見を発表。
96 07 08 国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)、核兵器使用の違法性に関する判断を示す。
96 08 03 国際環境保護団体「グリーン・ピース」(本部オランダ・アムステルダム)のグリーピース号、初めて広島港に寄港。4日、一般公開。約1000人が見学。
96 08 08 今年6月に死亡したオランダ人元捕虜の被爆者シェーファーの名前が長崎市の原爆死没者名簿に記載されていないことが判明。
96 09 12 旧日本軍の捕虜となったオランダ人犠牲者や遺族ら20人、長崎市を訪問。
96 12 02 エルチョ・スフラー・オランダ国立戦争資料研究所(アムステルダム)理事長、広島市の原爆資料館を見学。
98 02 07? 広島女学院大学4年生・蘭(あららぎ)ゆかり、マレーシアで開催された「戦争の恐怖展」会場で中国系住民を中心に実施したアンケート調査の結果を卒論にまとめる。
98 09 08? 平岡広島市長、世界各国の非政府組織(NGO)が来年5月にオランダ・ハーグ市で開催する「平和アピール会議」への出席要請を受け取る。
98 10 12 オランダの戦争犠牲者団体「対日道義的債務基金」のメンバー23人、長崎市を訪問。
99 03 02 長崎市、オランダ・ハーグで5月に開かれるNGO(非政府組織)主導の国際市民平和会議「ハーグ平和アピール1999」に幹部職員ら数人を代表として派遣する方針を明らかにする。
99 03 18 広島県原水禁、常任理事会を開催。5月にオランダのハーグで開催されるハーグ国際市民平和会議に7人の派遣団を送ることを決める。
99 05 12 日本被団協などの「つたえようヒロシマ・ナガサキ共同代表団」、オランダ・ハーグ市内で被爆者の証言集会を開催。約60人が入れる会議室は満員。
99 05 12 世界市民平和会議「ハーグ平和アピール1999」、オランダのハーグ市国際会議場で開催。-15日。100か国から日本の400人を含む約8000人が参加。
99 05 14 世界平和連帯都市市長会議と「ピースメッセンジャー都市国際協会」、オランダ・ハーグで会合を開く。20都市の約90人が参加。秋葉広島市長、ネットワークの強化を呼びかける。
99 05 16 オランダ・ハーグからNATO本部のあるベルギー・ブリュッセルまで歩く「核廃絶2000ウオーク」、ハーグを出発。平和市民会議の出席者ら約500人が参加。出発集会で日本の被爆者4人が挨拶。
99 05 28 坪井直・金子一士ら、オランダ・ハーグで開かれた世界市民会議に参加した5人、広島市役所で共同の記者会見。
99 07 28 戦時中、福岡俘虜収容所第14分所でオランダ人捕虜らと被爆した田島治太夫(79歳)、死去。30日、長崎市内で告別式。
99 10 23 オランダ人の元捕虜や民間人抑留者で組織する「対日道義的債務基金」のメンバー24人、長崎市の平和公園などを訪問。
99 11 04 旧日本軍の捕虜となったオランダ人とその家族でつくるオランダの3団体の一行17人、長崎市の原爆資料館を見学。
99 12 14 長崎ヒバクシャ医療国際協力会、第3回永井隆平和記念・長崎賞の受賞者にオランダ在住の放射線物理学者ヨハネ・ブローズが決まったと発表。

被爆50周年記念切手と対日戦勝50周年記念切手

被爆50周年記念切手と対日戦勝50周年記念切手

Y M D NEWS1
94 05 18 広島・長崎両市、被爆50周年記念切手発行への支援を厚生省・外務省両省に要望。
94 07 01 広島市、国の来年度概算要求に向け、被爆50周年記念切手の発行など50項目の要望事項をまとめる。
94 07 04 平岡広島市長、東京都内で県選出国会議員らに被爆50周年記念切手の発行など来年度の主要事業40件の事業内容を説明し予算化に向けての協力を要望。
94 10 18 郵政省、来年8月1日に「平和50周年記念(広島・長崎平和祈念)」切手を発行すると発表。
94 11 28? 米郵便公社、来年9月2日の対日戦勝50周年記念日に合わせ発売する記念切手の図案を内定。その一つに原爆投下後のきのこ雲の図柄を採用。
94 12 01 反核市民グループ「プルトニウム・アクション・ヒロシマ2」、米郵便公社が来年9月2日に発行する記念切手の図案に「原爆きのこ雲」を採用することを決めたことに対する抗議文をモンデール駐日米大使に送付。
94 12 01 米郵政公社、米国の第二次大戦戦勝50周年を記念して来年9月に原爆のキノコ雲をあしらった記念切手の発行について、歴史の全体像の提供が目的と説明する声明を発表。
94 12 01 外務省首脳、米政府が対日戦勝50周年記念切手に原爆のキノコ雲の図柄を検討中とされていることに対し不快感を表明。
94 12 02 村山首相、米郵便公社の原爆きのこ雲の記念切手発行計画について不快感を表明し、米国に伝達すると語る。
94 12 02 平岡広島市長・本島長崎市長、米郵便公社が原爆きのこ雲の図柄の記念切手の発行を計画していることについて遺憾とするコメントを発表。
94 12 02 市民グループ「プルトニウム・アクション。ヒロシマ2」、原爆のきのこ雲の図柄の記念切手発行計画に対し、抗議文をモンデール駐日大使宛に送付。
94 12 02 寺田外務報道官、米国の原爆記念切手に「原爆が戦争終結を早める」との記述が計画されていることについて肯定的な見解を表明。直後に見解を訂正。
94 12 02 米国務省当局者、米郵便公社が原爆のキノコ雲を描いた記念切手を発行すると発表したことについて「未決定」と述べ、発行中止を含めた計画修正を公社に求めていることを強く示唆する見解を表明。
94 12 02 米郵政公社のライト報道官、原爆記念切手のきのこ雲のデザインに変更は無いと語る。
94 12 03 政府、米国務省が米郵政公社の計画している原爆切手問題で日本側の反発を配慮し発行中止の検討を表明したことについて、一応評価。
94 12 03 外務省幹部、米国務省が米郵政公社が計画している原爆切手問題で日本側の反発に配慮し発行中止の検討を表明したことについて一応評価。
94 12 03 ワシントン・ポスト紙、原爆きのこ雲の記念切手の発行計画について日米間の悪感情を生む新材料と報道。
94 12 03? 栗山尚一駐米大使、(この日までに)米国務省のロード次官補(東アジア・太平洋担当)を訪ね、「原爆切手」問題の善処を申し入れる。
94 12 05 外務省、米郵政公社が予定している原爆投下の記念切手発行について、近く米政府に発行中止を求めるなど、厳しい姿勢で臨む方針を固める。
94 12 05 全逓、米郵政公社が発行を計画している原爆切手に反対する要請書を近く同公社に送付することを決める。
94 12 05 シェリー米国務省副報道官、原爆記念切手発行問題で日本人の感情に理解を示し、郵政公社に修正を求めていることを示唆。
94 12 05 ライト米郵政公社報道官、原爆記念切手の発行について、計画に変更がないと語る。
94 12 05 久保社会党書記長、党本部でモンデール駐日大使と会談し、米郵政公社が計画している原爆切手発行計画の再考を要請。
94 12 06 大出郵政大臣、米郵政公社の原爆記念切手問題について、もし米国が発行するなら、日本も「原爆は国際法違反」との字句を入れた切手を発行したいと述べ、米国の計画に不快感を表す。
94 12 06 広島県被団協(金子一士理事長)、米国の原爆記念切手の発行中止を求める申入書をモンデール駐日米大使に送付。
94 12 06 シェリー米国務省副報道官、原爆記念切手問題で、ホワイトハウスが「政治決断」する可能性があることを示唆。
94 12 07 マイヤーズ米大統領報道官、米郵政公社の原爆記念切手問題で、米政府が郵政公社に非公式な形で図柄の変更を求めていることを明らかにする。
94 12 07 日本被団協、米郵便公社の原爆切手発行計画に対し、クリントン米大統領あてに発行中止を求める抗議声明を送付。
94 12 07 永野健日経連会長、米郵政公社の原爆切手の発行計画を批判。
94 12 07 韓国原爆被害者協会、米郵政公社の原爆記念切手発行計画に対し、反対の声明を発表。
94 12 07 米郵政公社のスポークスマン、原爆記念切手の発行計画を再検討する意向を示唆。
94 12 08 米郵政公社、原爆のキノコ雲を描いた記念切手の発行を取りやめ、デザインを変更すると発表。
94 12 08 憲法を守る広島県民会議・県原水禁など、「12・8不戦の誓いヒロシマ集会-戦後50年を前に、不戦の誓いを新たに開く」を原爆資料館東館で開催。約180人が参加。米郵政公社が原爆記念切手の発行を中止するよう求める決議を採択。
94 12 08 自治労中央委員会、広島市で開催。-9日。米郵政公社の原爆記念切手問題が提起される。
94 12 09 村山首相・五十嵐官房長官、米郵政公社の原爆記念切手発行中止についてそれぞれ歓迎の意向を表明。平岡広島市長・本島長崎市長も同様のコメント。
94 12 09 米ロサンゼルス・タイムズ、米郵政公社が原爆切手の発行を中止したことについて、評価する社説を掲載。
94 12 21 アメリカの出版社が米大統領の意向で発行中止となった原爆きのこ雲の切手のデザインを模造したシールを販売していることが判明。
94 12 24 中国共産党機関紙「人民日報」、「原爆切手」問題に関連し「民族感情を尊重するよう他人に求めるなら、まず自らが他人の感情を尊重せよ」とする論評を掲載。
95 03 09? 郵政省、戦後・被爆50周年を記念して発行する「平和50周年記念(広島・長崎平和祈念)切手」(8月1日発行)と「国連・ユネスコ50周年記念切手」(10月24日発行)のデザインを募集。
95 05 02 米郵便公社、さきに日本政府の要請で発行取りやめとなった「原爆きのこ雲」切手に代わる第二次世界大戦の切手図案を発表。トルーマン大統領が日本の無条件降伏を公式発表する場面の写真。
95 05 27 日本郵趣協会西日本支部など、戦後50年の歴史と戦争・平和を切手で伝える「スタンプショー=ヒロシマ」を広島県産業会館で開催。-28日。
95 06 06 郵政省、「平和50周年記念(広島・長崎平和祈念)切手」デザインコンクール」の結果を発表。長崎県北松吉井町の中学教師末永暢雄の作品が最高賞の郵政大臣賞に選ばれる。8月1日に発売予定。
95 06 20 郵政省、8月1日に発行される「平和50周年記念(広島・長崎平和祈念)郵便切手」のデザインを発表。
95 08 01 中国郵政局、「こども平和のつどい」の参加者全員への「平和50周年記念絵入りはがき」と「平和50周年記念(広島・長崎祈念)切手」の贈呈式を広島国際会議場で開催。生徒、平和記念公園内の平和記念ポストに両親や知人あてのはがきを投函。
95 08 01 「平和50周年記念(広島・長崎平和祈念)郵便切手」、全国一斉に発売。
95 08 01 郵政省、「平和50周年(広島・長崎平和祈念)郵便切手」の初刷りシートの長崎市への贈呈式を市民会館で開催。

 

クリントン米大統領と原爆投下問題

クリントン米大統領と原爆投下問題

Y M D NEWS1
93 08 02 クリントン米大統領、広島に原爆を投下したB29爆撃機エノラ・ゲイを展示する博物館をワシントン郊外のダレス空港近くに建設する法律に署名。
94 12 07 日本被団協、米郵便公社の原爆切手発行計画に対し、クリントン米大統領あてに発行中止を求める抗議声明を送付。
95 01 14 ダニエル・イノウエ米上院議員(民主党)、第2次世界大戦で原爆を投下したことを日本に謝罪すべきではないとクリントン大統領に伝えたと述べる。
95 01 27 マカリー米大統領報道官、スミソニアン航空宇宙博物館の原爆展についてクリントン大統領も関心を持っていると述べる。
95 01 30 マカリー米大統領報道官、クリントン大統領がスミソニアン協会の原爆展縮小を支持していると述べる。
95 04 07 クリントン米大統領、テキサス州ダラスで行われた全米新聞編集者協会での講演で、日本に原爆を投下した元大統領の決定は正しかったとの見解を表明、太平洋戦争終結50周年にあたり日本に謝罪する考えはないと述べる。
95 04 08 村山首相、クリントン米大統領の原爆正当発言に「日本の国民感情を配慮してほしかった」と不快感を表明。
95 04 10 五十嵐官房長官、クリントン米大統領の原爆投下決定を支持した発言に対し、アメリカに抗議する考えのないことを明らかにする。
95 04 10 日本被団協、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言に対する抗議文を送付。
95 04 10 広島県被団協(金子一士理事長)の被爆者ら約50人、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言に抗議する座り込みを原爆慰霊碑前で実施。
95 04 10 斉藤邦彦外務事務次官、クリントン米大統領の原爆投下正当発言について、原爆投下はいかなる理由があっても正当化できないと語る。
95 04 11 日本被団協、原爆投下への謝罪を拒む発言をしたクリントン米大統領に対し抗議文を米大使館を通して送付。
95 04 11 自民党総務会、広島・長崎への原爆投下を正当化したクリントン米大統領の発言問題で、対応策を協議。政府の対応への批判が出る。
95 04 11 長崎原水協、クリントン米大統領の原爆発言に対する抗議文を米大使館を通じて送付。
95 04 11 政府首脳、クリントン米大統領が広島・長崎への原爆投下は正当と断言したことについて、不快感をアメリカに伝える意向を表明。
95 04 11 原水爆禁止日本協議会、原爆投下について日本に謝罪する必要は無いなどと発言したクリントン米大統領宛に抗議文を送付。
95 04 11 長崎原水協、クリントン米大統領の原爆正当化発言に対する抗議文を米国大使館宛に送付。
95 04 12 自治労連、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言に抗議する電報を送付。
95 04 12 森井忠良社会党国会対策委員長、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言を批判。
95 04 13 米ニューヨークで開催される核拡散防止条約(NPT)延長・再検討会議に出席する河野外相の日程が決まる。クリントン大統領の原爆正当化発言を踏まえ、クリストファー米国務長官と「冷静な対応」を再確認する予定。
95 04 13 日本被団協の代表3人、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言の撤回を求め、米大使館に抗議文を提出。
95 04 13 五十嵐官房長官、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言について「非常に残念な内容」と発言、河野外相訪米の際に政府の立場を説明する考えを示す。
95 04 14 河野洋平副総理・外相、クリントン米大統領の原爆発言問題について、日米外相会談の際、「国民感情」をアメリカに伝えると発言。
95 04 14 古堅実吉日本共産党議員、衆議院外務委員会で、クリントン米大統領の原爆正当化発言に抗議しないのは核兵器使用を容認するものと外相を追求。
95 04 14 米紙ワシントン・ポスト、クリントン大統領の原爆投下正当化発言が、日本で波紋を起こしていることを報道。
95 04 14 久保社会党書記長、クリントン米大統領の原爆正当化発言を批判。
95 04 15 米紙ワシントン・ポスト、クリントン米大統領の原爆投下正当発言を支持する社説を掲載。
95 04 17 斉藤十朗参議院自民党議員会長、政府与党首脳連絡会議で、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言を黙認できないと発言、河野外相に米政府側へ不満を伝えるよう求める。
95 04 17 五十嵐官房長官、米紙ワシントン・ポストが社説でクリントン米大統領の原爆投下正当化発言を支持したことについて、認識不十分と批判。
95 04 17? 新進党、クリントン米大統領の原爆投下正当化発言への政府の対応を批判。
95 04 18 クリントン米大統領、記者会見で原爆投下の正当性を再び主張。
95 04 19 五十嵐官房長官、クリントン米大統領の再度の原爆投下正当化発言に不快感を表明。
95 04 20 広島県被団協(金子一士理事長)、クリントン米大統領が18日に再び原爆投下正当化発言をしたことに対し、大統領宛に抗議電報を打電。
95 04 22 山岡ミチコ(広島の被爆者)、クリントン米大統領の娘が通うワシントンの私立フレンズ学園の招きで渡米。26日、学園で被爆体験を話す。
95 09 02 「対日戦勝・太平洋戦争終結・第二次大戦終結記念日」の式典、米ハワイ・ホノルルで開催。クリントン米大統領、演説の中で原爆投下に触れず。

米国ニューメキシコ州ロスアラモスでの「原爆の子の像」姉妹像建設

米国ニューメキシコ州ロスアラモスでの
「原爆の子の像」姉妹像建設

Y M D NEWS1
90 12 12 米ニューメキシコ州の子供らが進めている「原爆の子の像」の姉妹像を建立する活動ぶりを伝える手紙が、中国新聞社に届く。
91 01 21? 米ニューメキシコ州の子供たちが進めている原爆の子の像の姉妹像を建立する運動を伝える手紙・写真などが、中国新聞社に届く。
91 06 16 広島県立井口高校生徒、アメリカ・ロスアラモスに「原爆の子の像」の姉妹像を建設する運動を支援するため、同校の文化祭で募金活動を実施。
92 01 22 米国で「原爆の子の像」の姉妹像建設運動に取り組むニューメキシコ・アルバカーキ市の女性建築家、広島を訪問。
92 11 16 米国ニューメキシコ州ロスアラモス郡議会、「原爆の子の像」姉妹像について、8月6日ではなく15日の除幕という条件付きで支持を決める。一部から反対意見が出たため。
92 11 16 米国ニューメキシコ州ロスアラモスの子供ら、同所に広島の「原爆の子の像」の姉妹像をつくることに賛成する全米1万人の署名をロスアラモス郡議会に提出。
93 06 12? 米ニューメキシコ州ロスアラモス市で進められている「原爆の子の像」姉妹像建立の動きに反発が起こっていることが判明。
93 11 18? 米ニューメキシコ州アルバカーキ市に在住の女性、長崎原爆被災者協議会を訪問。同女性は、広島平和公園の「原爆の子の像」の姉妹像をロスアラモス市に建立する運動を進めており、日本を訪問したもの。
94 07 27 新英語教育研究会など、「ピース・レインボー・コンサート」を都内で開催。約160人が参加。米国・ロスアラモスに広島の平和公園にある「原爆の子の像」の姉妹像を建設しようというアメリカの子どもたちを支援するため開催。
94 08 04 米国ミューメキシコ州アルバカーキ市の女子高校生ケイティリン・チェスナット、広島市役所を訪れ、平岡市長に「原爆の子の像」の姉妹像を建立する運動を説明。
95 06 26? 広島市の会社社長鉄増百芳、米ニューメキシコ州アルバカーキ市での「原爆の子の像」姉妹像建設に1000ドルの寄付を申し出る。鉄増は、37年前の「広島平和をきずく児童生徒の会」の委員長を務めた。
96 08 01 米国ニューメキシコ州アルバカーキ市で原爆の子の像の姉妹像の制作運動に携わった中学生ら3人、広島市の原爆資料館を見学。
98 08 16 中国新聞「視角98:高校生の平和運動-サダコの姉妹像を世界へ」(海老根勲解説委員)

 

ホリングス米上院議員の原爆ジョーク発言

ホリングス米上院議員の原爆ジョーク発言

Y M D NEWS1
92 03 03 ホリングス米上院議員、「キノコ雲は米国製で日本で実験・・・・」と演説の中で発言。加藤官房長官、この例えに不快観を表明。
92 03 04 ゲッパート米下院民主党院内総務、ホリングズ上院議員の「原爆ジョーク」を人種差別的発言と批判。ケンプ米住宅都市開発長官も批判。
92 03 05 米ロサンゼルス・タイムズ、社説でホリングズ上院議員の「原爆発言」は謝罪すべきと主張。
92 03 12 舟場広島大学教授、ホリング米上院議員の「原爆ジョーク発言」に対する米国内の反発を、滞在中の米ウィスコンシン州から中国新聞社宛の手紙で知らせる。
92 03 26? カリフォルニア州在住の日系一世、「原爆きのこ雲」発言のホリングス米上院議員、黒人問題失言の渡辺副総理など日米の政治家を相手国にホームステイさせることを計画。

 

ブッシュ米大統領の原爆投下正当化発言

ブッシュ米大統領の原爆投下正当化発言

Y M D NEWS1
91 12 01 ブッシュ米大統領、米ABCテレビとの録画会見で、原爆投下への謝罪の必要はない、真珠湾(パールハーバー)も過去のことと語る。
91 12 02 平岡広島市長、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に遺憾の意を表すコメントを発表。
91 12 02 原水禁国民会議、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に抗議の声明を発表。
91 12 02 日本原水協、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に抗議の声明を発表。
91 12 02 本島長崎市長、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言について「まず日本が謝罪すべき」とのコメントを発表。
91 12 02 加藤官房長官、ブッシュ米大統領の原爆投下への謝罪不必要との発言について抗議しないと語る。
91 12 02 日本被団協、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に抗議の声明を発表。
91 12 03 新聞労連、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に対し、抗議電報を送付。
91 12 03 広島県被団協(市岡正憲理事長代理)、ブッシュ米大統領の原爆正当化発言に抗議し、平和公園の原爆慰霊碑前で座り込み。約40人参加。
91 12 03 原水爆禁止京都協議会、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言について抗議文を送付。
91 12 03 長崎被災協、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に対し抗議文を送付。
91 12 03 長崎県原水禁、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に対し抗議文を送付。
91 12 04 長崎県原水協、ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言の撤回を求める声明を発表。
91 12 05 長谷川元法相・藤尾元文相ら、自民党三塚は総会で、ブッシュ米大統領の原爆投下正当化発言を理由に、国会の不戦決議に反対。
91 12 06 宮沢首相、衆院本会議でブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言は、将来の日米関係を重視したものと答弁。
91 12 07 日本共産党、日米開戦50周年に関連して声明を発表。その中で、日本政府がブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言に対し抗議をしなかったのは「売国的」と批判。
91 12 14 長崎原爆被災者協議会、拡大理事会を開催。被爆者援護法制定運動の強化を決定。ブッシュ米大統領の原爆投下謝罪不必要発言の撤回と原爆使用への謝罪を求める決議を採択。
92 01 04 非核の政府を求める京都の会、ブッシュ米大統領に原爆投下正当化発言で公開質問状を送付。
92 01 06 長崎原爆被災者協議会、ブッシュ米大統領と宮沢首相にブッシュ大統領の原爆投下正当化発言に抗議する書簡を送る。
92 01 07 広島県被団協(市岡正憲理事長代行)など、ブッシュ米大統領の来日にあわせ、平和公園の原爆慰霊碑前で原爆投下正当化発言への抗議の座り込みを実施。約180人が参加。
92 01 07 ブッシュ米大統領、バーバラ夫人とともに来日。
92 01 08 日本原水爆被害者団体協議会、ブッシュ米大統領の原爆正当化発言に抗議して「ノーモア・ヒバクシャ新春決起集会」を東京・山手教会で開催。100人が参加。
92 01 09 原水爆禁止長崎県協議会、ブッシュ米大統領の原爆投下正当化発言に抗議するビラを長崎市内の繁華街で配布。

 

真珠湾(パールハーバー)とヒロシマ

真珠湾(パールハーバー)とヒロシマ

Y M D NEWS1
82 10 07? 広島東南ロータリークラブ、ハワイのパールハーバーロータリークラブと姉妹縁組締結。
82 12 08 真珠湾(パールハーバー)攻撃で沈没した戦艦「アリゾナ」を記念するアリゾナ記念館、同館に原爆犠牲者の遺品などを展示することを計画。日本の宗教関係者に協力を依頼。
83 12 08 真珠湾(パールハーバー)攻撃で兄を失った広島市の主婦(被爆者)の反戦メッセージ、ハワイのアリゾナ記念館に展示、公開。
84 05 03 「憲法記念日」で憲法擁護国民連合、主催「憲法施行三七周年記念集会」、東京で開催。(1500人参加)。社会党委員長、「ノーモア・ヒロシマノーモア・ナガサキノーモア・パールハーバー」を訴え。
85 08 06 米・N・Y紙、日米関係意識調査(原爆投下、真珠湾(パールハーバー)攻撃などについて)結果を掲載。
88 04 16 ハワイ・パールハーバーと広島を結ぶ「ヒロシマカップ’89オーシャンヨットレース 」(日本外洋帆走協会主催)の来夏開催、決定。
89 06 18 「ヒロシマカップ’89オーシャンヨットレース」、ホノルル沖をスタート。同レースはパールハーバーと被爆地ヒロシマを結ぶ平和祈念レースとして企画。
89 12 08 広島市の「平和の灯」、米ハワイ真珠湾(パールハーバー)攻撃の被災地で献灯。
90 11 18? 日米政府関係者の間で、「太平洋戦争開戦50年」を記念して、米大統領が広島を訪問し日本の首相がハワイ真珠湾(パールハーバー)を訪問するとの構想が浮上。
90 12 23 「ピースボート」、広島港に入港。11月にギリシャを出港し、ハワイ・パールハーバーでは広島の被爆者沼田鈴子が被爆体験を発表。
91 11 08 広島の被爆者らの呼びかけで、真珠湾(パールハーバー)攻撃50周年の12月8日に、広島とハワイで同時刻に「和解の祈り」をすることが決定。
91 11 12 広島市平和問題調査会、東京で開催。平岡広島市長、就任後初めて出席。同会に諮る今後の課題として、パールハーバー50周年に果たすべき役割・被爆50周年に向けての役割などを列挙。
91 11 14? 「広島折鶴の会」、ハワイ真珠湾(パールハーバー)のアリゾナ記念館に折りづるを送る運動を開始。
91 11 14? 真珠湾(パールハーバー)攻撃の犠牲になった68人の市民のうち半数近くが日系人であることが、米の主婦の調査で判明。広大原医研宇吹暁助教授、「広までの爆心地復元運動と共通するものがある。」とコメント。
91 11 18 米誌ニューズウィーク、真珠湾(パールハーバー)攻撃50周年を特集し、日本では戦争を引き起こした罪の意識より世界で唯一原爆投下の犠牲になった被害者意識が強いと指摘。
91 11 22? 広島市の被爆者月下美紀、ハワイ・オアフ島で「平和へのひとりごと展」を開催。原爆の悲惨さを伝え、真珠湾(パールハーバー)攻撃に謝罪しようと、日米開戦50周年に合わせて企画
91 11 24 「広島折鶴の会」、ハワイ真珠湾(パールハーバー)のアリゾナ記念館に折りづるを送付。12月8日に同記念館に献納。
91 11 25 共同通信社、真珠湾(パールハーバー)攻撃50周年を機に、日米両国民を対象に実施した同時世論調査の結果を公表。それによると、広島・長崎の原爆投下について「許されない」と回答したのは日本76%、米22%。
91 11 27? 真珠湾(パールハーバー)攻撃50周年を前に、米のジャーナリストらによるヒロシマ取材が相次ぐ。ヒューストン・クロニクル紙記者、真珠湾についての被爆者の意見などを聴取。
91 12 01 ブッシュ米大統領、米ABCテレビとの録画会見で、原爆投下への謝罪の必要はない、真珠湾(パールハーバー)も過去のことと語る。
91 12 06 平岡広島市長、真珠湾(パールハーバー)攻撃の犠牲者の冥福を祈るとのコメントを発表。
91 12 07 長崎県被爆者手帳友の会、「真珠湾(パールハーバー)50周年を記念する市民集会」を平和公園の平和の鐘前で開催。約200人が参加。
91 12 08 日本の真珠湾(パールハーバー)攻撃50周年を迎え、広島市とハワイの教会で、「和解の祈り」を実施。
92 02 13 広島・長崎宗教者平和会議、長崎市内で開催。「真珠湾(パールハーバー)から広島・長崎」をテーマに約40人が討議。7回目。
92 02 18? 高橋昭博と沼田鈴子(広島の被爆者)、真珠湾(パールハーバー)攻撃で沈没した米機雷敷設艦の元乗員を12月に招き、意見を交換することを計画。
92 08 05 パールハーバーのアリゾナ記念館長、世界連邦日本仏教徒協議会の招きで広島入り。6日の平和式典に参列。
92 10 10 米国ハワイのパールハーバー・ロータリークラブ会長ら12人、広島市を訪れ、原爆慰霊碑に参拝。
92 10 12 米国ハワイ州のパールハーバー・ロータリークラブの一行約10人、平岡広島市長を表敬訪問。
95 08 03 米ハワイ・ホノルル市のパールハーバー・ロータリークラブの一行、広島市の平和記念式典に参列するため広島市入り。6日、広島東南ロータリークラブのメンバーと一緒に中央公園に紅白のさるすべりを記念植樹。
98 03 25 米ハワイ・真珠湾地区のパールハーバー小学校の児童14人ら、福岡県のホームステイ先の児童らとともに、広島市の平和公園を訪問。

年表:広島原爆投下機「エノラ・ゲイ」の戦後

年表:広島原爆投下機「エノラ・ゲイ」の戦後

Y M D NEWS1
45 08 06 米戦略爆撃機エノラ・ゲイ、ウラニウム爆弾(リトル・ボーイ)を広島に投下。世界初の原爆の実戦使用。
58 07 28 ロバ-ト・ルイス(広島原爆投下機「エノラ・ゲイ」の搭乗員)、日本での平和大会に出席するつもりはないと語る。
67 04 24 広島原爆投下機エノラ・ゲイ号の元乗員シャマード曹長(46)、自血病で死亡。米ミシガン州の退役軍人病院で。
70 08 04 毎日新聞の特派員、「エノラ・ゲイ」の元機長チベッツに電話でインタビュー。
70 08 05 「エノラ・ゲイ」のチベッツ元機長、英BBC放送のインタビューで「投下は必要だった」と語る。
70 08 06? 中国新聞特派員、「エノラ・ゲイ」の元爆撃手トーマス・W・フィアビーにインタビュー。
71 11 23 エノラ・ゲイの副操縦士ロバート・A・ルイス大尉の飛行日誌、ニューヨークの画廊で競売に付され、3万7000ドル(1332万円)で落札される。
75 08 05? 米週刊誌ピープル、広島原爆投下に出撃した「エノラ・ゲイ」のパイロットなど4人とのインタビュー記事を掲載。
75 08 09? チベッツ元「エノラ・ゲイ」機長、「計画完遂に誇り」、「罪の意識はない」とAP記者に語る。
76 10 11 米の航空ショー「エアショー76」(南部民間航空協会主催)、原爆投下を再現。テキサス州ハーリンゲンで。一万八千人の観衆の前でエノラ・ゲイ機のチベッツ元機長が模擬原爆を投下
77 10 08 広島に原爆投下したB29「エノラ・ゲイ」の機長だったP.ティベッツ退役将軍、米の航空ショーでB29操縦。
78 10 12 スパークマン米上院外交委員長、第25回在郷軍人賞を元「エノラ・ゲイ」機長ポール・チベッツに授与すると発表。
78 11 14 エノラ・ゲイの飛行日誌(ルイス副操縦士による鉛筆書き)、ニューヨークで競売に付され、8万5000ドル(約1600万円)で雑誌出版社が入手。
79 08 07? ワシントンの米国立航空宇宙博物館、エノラ・ゲイを復元して一般公開することを検討。
79 11 23 広島市の被爆者、広島へ原爆を投下したエノラ・ゲイ号の飛行日誌などを、P・ティベッツ米退役将校から入手。
79 11 28 広島市の被爆者が購入したエノラ・ゲイ号の飛行日誌など、広島に届く。
80 01 09 原爆投下ドキュメント「エノラ・ゲイ」の著者ゴードン・トーマス、来広。
80 03 20? 原爆を投下した「エノラ・ゲイ号」乗員らの証言を記録したテープ、広島市の被爆者のもとに届く。
80 06 18? 中国新聞のニューヨーク特派員、広島原爆の投下機「エノラ・ゲイ」の機長ポール・チベッツにインタビュー。
80 11 26? 広島原爆投下作戦の全容を描いたテレビ番組「エノラ・ゲイ」、米国で放送される。
81 02 25 エノラ・ゲイの元機長ポール・チベッツ、「原爆投下は悔いぬが、法王の訴えには敬意」と語る。
81 02 25 広島に原爆を投下した米空軍機「エノラ・ゲイ」機長ポール・チベッツ、原爆投下について後悔していないと言明。
81 06 16 広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長P・チベッツより広島原爆資料館長へ書簡届く。
81 06 26? 元エノラ・ゲイの関係者ら、同機を保存するよう求める運動を計画。
81 06 29? 「エノラ・ゲイ」号機長P・チベッツより、広島原爆資料館長に手紙届く。米のテレビ映画「エノラ・ゲイ」について。
81 08 03 広島原爆資料館長、「エノラ・ゲイ」号保存を進めている元機長に手紙を送付。
82 07 33 米ワシントンの国立航空宇宙博物館、シルバーヒル別館に「エノラ・ゲイ」の胴体を展示し一般公開。
82 08 06 米のニュースショー番組で、広島への原爆投下機「エノラ・ゲイ」の機長ポール・チベッツと在米被爆者との対談を放送。
83 06 18 広島に原爆を投下した「エノラ・ゲイ」号の副操縦士ロバート・ルイス、死去。
83 08 06 米紙、原爆塔載機「エノラ・ゲイ」機長ポール・チベッツの談話掲載。「原爆は、戦争のむなしさを示した。」
83 08 12 広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」の副繰縦士だった故ロバート・ルイス、原爆投下について悩み、キノコ雲の彫刻を創作していたことが判明。
84 07 18 米国の臨床心理学者グレン・バン・ウィロビー、来日。同博士は、エノラ・ゲイの副操縦士の心理療法に従事。
84 07 22 「84平和のための戦争展」大阪市で開催、(同展実行委主催)(29日まで)広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」の副操縦士故ロバート・ルイスが制作した「キノコ雲」の彫刻展示。(8.2-8.10京都市で)。
87 08 03 米のスミソニアン国立航空宇宙博物館、原爆投下機「エノラ、ゲイ」号の原爆搭載部分を復元したと発表。
88 08 05? 広島に原爆を投下した米軍材「エノラ・ゲイ」、保存のためスミソニアン研究所で解体・修理中。
88 12 31? 広島に原爆を投下した米軍の爆撃機エノラ・ゲイ復元作業が進行中。新設の航空宇宙博物館別館に展示することを計画。
89 09 25 画家平山郁夫、米の原爆投下機「エノラ・ゲイ」号の水彩画2点を広島市に寄贈。
89 11 27 米の原爆投下機「エノラ・ゲイ」の乗組員ら(5人)、英の原爆をテーマにしたテレビ出演のため来広。原爆資料館など見学。
90 01 29 米国スミソニアン博物館、ワシントン郊外に建設される同館別館に、原爆投下機「エノラ・ゲイ」を展示するとの計画を発表。
90 02 07 広島に原爆を投下した米の爆撃機「エノラ・ゲイ」の航空日誌、競売にかけらる。偽物説が流れ、競売は不成立。
90 08 03 広大原医研横路教授・「エノラ・ゲイ」元乗員ら、スペインのテレビ局が企画した討論番組に参加し、「戦後45年間の平和」について討論。スペイン全土に放映。
90 08 14? 広島に原爆を投下した米空軍機エノラ・ゲイ号の元乗員らが、原爆投下記念グッズを販売していることが判明。元機長ポール・チベッツによる「エノラ・ゲイ号の飛行」と題する本・カップ・Tシャツなどを販売。
90 08 21 広島平和文化センター事業部長高橋昭博、エノラ・ゲイ号の元機長ポール・チベッツに「原爆グッズ」の販売中止を求める手紙を送付。
90 08 25 原爆投下機エノラ・ゲイ号の元乗員ら、米ユタ州で戦後45年の記念集会を開催(約400人参加)。戦争終結に原爆投下は必要だったとの発言が相次ぐ。世界平和を願う碑を建立し、除幕式。
90 09 11 日本被団協、エノラ・ゲイ号の元乗員らによる原爆記念グッズ販売問題で、チベッツ元機長に抗議文を送付。
90 10 22 中国新聞社、広島に原爆を投下した米軍機エノラ・ゲイ号の航空日誌の写真コピーを入手。
92 08 31 ワイアット・デューゼンバリ(エノラ・ゲイの航空機関士)、死亡。
93 01 29? 佐世保市の末次昌子、広島での入市被爆の体験などを詠んだ歌集「エノラ・ゲイ航空日誌」を出版。
93 08 02 クリントン米大統領、広島に原爆を投下したB29爆撃機エノラ・ゲイを展示する博物館をワシントン郊外のダレス空港近くに建設する法律に署名。
94 03 30? 米国の退役軍人ら、スミソニアン協会のエノラ・ゲイ機と被爆資料の同時展示に猛反発。
94 07 31? アメリカの作家ゴードン・トマス、広島への原爆投下機エノラ・ゲイの元乗組員の証言の録音テープの買い手を募る。
94 08 10 24人の米下院議員がスミソニアン宇宙航空博物館のエノラゲイ展示計画に、原爆被害を強調し過ぎているとの抗議の書簡を出していたことが判明。
94 08 17 ルイス米下院議員、スミソニアン博物館にエノラ・ゲイ展示計画の変更を求める声明を発表。
94 08 18 スミソニアン博物館が「エノラ・ゲイ」展示で米下院議員に意向を配慮するとの返答を出していたことが判明。
94 09 19 ナンシー・カッセボム米上院議員、スミソニアン航空宇宙博物館が予定しているエノラ・ゲイ展示は、バランスを欠き侮辱的だとして計画変更を求める決議案を提出。
94 09 23 米上院本会議、エノラ・ゲイ機の展示を計画しているスミソニアン航空宇宙博物館に対して「米国人の思い出を非難することになるのを避けるべきだ」として展示内容の変更を求める決議を満場一致で可決。
94 09 27 スミソニアン航空宇宙博物館が計画しているエノラ・ゲイ展示問題で米下院に計画の修正を求める決議案が提出されていることが判明。
94 09 29 米紙ワシントン・ポスト、スミソニアン航空宇宙博物館が、全米退役軍人協会からのエノラ・ゲイ展示への抗議に対する譲歩として、被爆時計の展示中止など展示内容の変更を決めたと報道。
94 10 20 米スミソニアン航空宇宙博物館、エノラ・ゲイの展示をめぐる退役軍人らの批判を入れ、「感情に訴えるような(被爆状況の)写真や遺品」は展示から除き、太平洋戦争の経過に関する展示は増やすなどの修正計画の概要を公表。
94 10 20? 高橋昭博広島平和文化センター事業部長、米国立スミソニアン航空宇宙博物館が計画している原爆展に関連し、ポール・チベッツ元「エノラ・ゲイ」機長に、「ヒロシマの心」を伝える手紙を発送。
94 10 26 米スミソニアン航空宇宙博物館、来年5月から予定している広島原爆投下爆撃機エノラ・ゲイの詳細な展示計画書(約450頁)を公表。米退役軍人団体の批判を受け入れ、太平洋戦争全体の説明を大幅に増やした内容。
94 11 01 栗山駐米大使、記者会見で、エノラ・ゲイの展示計画問題について、大使館が注文を付ける筋合いのものではないと語る。
94 11 17 バーンシュタイン、ウィットナーなどアメリカの歴史学者ら52人、スミソニアン米航空宇宙博物館に、エノラ・ゲイ展の退役軍人会の圧力による修正企画案を元に戻すよう申し入れる書簡を発表。
94 11 23 米スミソニアン航空宇宙博物館、来年5月から展示する広島原爆投下機エノラ・ゲイの胴体を、メリーランド州の同館ガーバー施設から展示場所に搬入。
94 12 15 核戦争防止国際医師の会米国支部「社会的責任のための医師の会」など17の平和団体代表ら、スミソニアン航空宇宙博物館のエノラ・ゲイ展示について、被爆の惨状を復活するよう要請。
95 01 18 米復員軍人協会、スミソニアン航空宇宙博物館に対し、エノラ・ゲイ展示の中止を申し入れ。
95 01 19 米下院の共和党議員2人、スミソニアン航空宇宙博物館のエノラ・ゲイ展示問題で、ハーウィット博物館長の辞任を要求すると言明。
95 01 26 ギングリッチ米下院議長、スミソニアン協会の評議員に、エノラ・ゲイ展示計画批判派のサム・ジョンソン議員を指名すると発表。
95 01 27 ギングリッチ米下院議長、スミソニアン航空宇宙博物館の広島原爆投下機エノラ・ゲイの展示計画について、スミソニアン協会から大幅に縮小するとの話があったことを明らかにする。
95 01 30 スミソニアン協会、評議員会を開催。エノラ・ゲイ展示の大幅縮小を決定。
95 01 30 アメリカの3大テレビネット、スミソニアン航空宇宙博物館のエノラ・ゲイ展示計画の大幅縮小についてニュースで大きく取り上げる。
95 02 23 ヘイマン米スミソニアン協会事務局長、エノラ・ゲイの展示は当初予定の5月から6月に延期される可能性を示唆。科学者団体から「否定的な側面を強調しすぎる」と批判されていた科学関連展示コーナー「米国生活の中の科学」を変更する方針を明らか
95 03 10 米下院歳出委員会内務小委員会、スミソニアン協会の「エノラ・ゲイ」公開展示問題を取り上げる。ヘイマン同協会事務局長、展示では原爆投下正当論を採用することを明らかにする。
95 05 11 米上院議事運営委員会、スミソニアン航空宇宙博物館が企画した広島原爆展に関する公聴会を開催。広島に原爆を投下したエノラ・ゲイの元パイロットら退役軍人5人が原爆投下の正当性を主張。
95 06 03 広島に原爆を投下したエノラ・ゲイの乗員ボブ・キャロン、死亡。
95 06 22 米国自治領北マリアナ諸島連邦の「北マリアナ記念委員会」、8月6日にエノラ・ゲイの航跡を辿りながら広島を目指す「平和飛行」計画を発表。
95 06 22? 米ワシントンのスミソニアン協会航空宇宙博物館のB29「エノラ・ゲイ機」の展示予定会場にペンキがまかれていたことが判明。
95 06 27 米国立スミソニアン航空宇宙博物館、B29爆撃機「エノラ・ゲイ」展を報道陣に公開。会場入り口に当初の「原爆展」の企画を誤りだったとするヘイマン・スミソニアン協会事務局長の釈明文を掲示。
95 06 27 反核・平和団体の代表ら、米ワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館前で「エノラ・ゲイ」展に対する抗議行動。
95 06 28 米スミソニアン協会航空宇宙博物館、原爆投下機エノラ・ゲイの展示を開始。
95 06 28 米スミソニアン協会航空宇宙博物館の「エノラ・ゲイ」展会場で抗議行動を行った反核活動家21人が逮捕される。
95 07 02 B29爆撃機「エノラ・ゲイ」の元機長チベッツ、米オハイオ州の地元紙のインタビューで、広島への出撃は仕事である義務であったと語る。
95 07 10 森下弘・池田精子・原田浩、米アメリカン大学での被爆証言を終え、スミソニアン博物館で「エノラ・ゲイ」を見学。
95 07 17 全米鉄鋼労組(USWA)の500人、日本のタイヤ最大手ブリジストンの米現地子会社の労使紛争に関連し、「エノラ・ゲイをもう一度」などのプラカードを掲げてワシントンの日本大使館前でデモ。
95 07 31 広島テレビ、原爆に関する米国の学校教育を取材した「原爆を落とした国は-エノラ・ゲイと消されたヒロシマ」を放映。
95 07 31 広島テレビ(日本テレビ系)、「ドキュメント95-原爆を投下した国は・・・エノラ・ゲイと消されたヒロシマ」をネット放送。(午前0時15分-1時10分)
95 08 03 ポール・チベッツ元「エノラ・ゲイ」機長、米CNNテレビのインタビューに答え、原爆投下を後悔せずと語る。
95 08 06 米原爆投下機エノラ・ゲイの元爆撃手トム・フェアビー、「原爆投下を遺憾に思う」と語る。
95 08 06 北マリアナ連邦テニアン島・テニアン市のハーマン・マングローナ市長、広島市の平和記念式典に参列。同島は、「エノラ・ゲイ」が飛び立った島。
95 08 06? エノラ・ゲイの副操縦士ロバート・ルイスの航空日誌がニューヨークのフォーブス博物館に展示されていることが判明。昨年6月から。
95 08 07 ポール・チベッツら元米第509爆撃混成団の元隊員、米ニューメキシコ州アルバカーキで記者会見。原爆投下について「悔いなし」と語る。(「エノラ・ゲイ」)
95 09 22 ティベッツ元米B29爆撃機「エノラ・ゲイ」機長、ワシントンでの講演で、女性や子どもたちを殺す意図は無かったと語る。
95 10 06? フィリップ・ノビーレ、バートン・バーンスタイン、中止となった米スミソニアン航空宇宙博物館の「エノラ・ゲイ展」の未公開展示台本を収録した「葬られた原爆展」の日本誤訳版が出版される。
96 04 06 広島県・甲山防空監視哨保存会、同哨跡で記念石碑の除幕式を挙行。約40人が参列。同哨は、「エノラ・ゲイ」の襲来を通報。
96 06 08 戦時中、広島県尾道防空監視隊・甲山防空監視哨副哨長だった寺地文人、原爆搭載機「エノラ・ゲイ」の上空通過の報を受信した基地に勤務していた女性を訪問。
96 06 28 米スミソニアン航空宇宙博物館の「エノラ・ゲイ」展示が開幕1年を迎える。
96 07 20 米原爆投下機エノラ・ゲイの元機長ポール・チベッツ、アメリカ国立航空殿堂入り。
96 08 06? 広島原爆投下機エノラ・ゲイが長崎にも飛来していたことが米軍資料で明らかになる。
96 09 03 ドール米共和党大統領候補、ユタ州で開催された全米在郷軍人大会で、スミソニアン博物館のエノラ・ゲイ展に関連し、原爆投下決定を支持。
97 04 05? ティベッツらエノラ・ゲイの元乗員4人、ユマの米海兵隊基地で、原爆投下を正当化する発言を行う。
98 04 15 米国の劇作家クリス・ハードマン、広島平和文化センターを訪れ、原爆をテーマにした空間芸術の自作「独りぼっちのエノラ・ゲイ」を収録したビデオを寄贈。
98 05 18 米・スミソニアン航空宇宙博物館のエノラ・ゲイ機の特別展示、閉幕。2001年末、ダレス国際空港に完全修復した形で永久保存される予定。

 

年表:天皇とヒロシマ・ナガサキ

年表:天皇とヒロシマ・ナガサキ

Y M D NEWS1
45 08 15 天皇の終戦詔書放送さる.
45 08 31 天皇、広島・長崎の惨状視察と救護関係者激励のため侍従を派遣することを明らかにする。
45 09 04 永野長崎県知事、来崎した久松侍従に長崎市の被害状況を報告。9月1日現在、死亡者(検死済)19743人・行方不明者1927人・重軽傷者40993人、8月26日現在戦災者21774世帯89780人・全焼全壊家屋14046戸・半焼半壊家屋5441戸など。[天皇]
45 09 13 永積侍従、比治山迷児収容所を訪問。[天皇]
45 12 11 高松宮、来広。戦災者や引揚民の救護状況視察。[天皇]
46 10 30 天皇、宮中で楠瀬広島県知事に広島市の復興状況について質問。
47 05 33 第1回平和祭に向けての会合、広島市役所で開催。中村藤太郎広島商工会議所会頭、「8月6日の平和祭に、ぜひ天皇陛下の御臨席をお願いしよう」と緊急提言。(『天皇陛下と広島』)
47 10 04 広島県議会発議書「天皇陛下広島県行幸懇請について」(『天皇陛下と広島』)
47 10 25 広島市議会「広島市役所に天皇陛下御巡幸を仰ぐよう県当局に対する陳情書」(『天皇陛下と広島』)
47 11 20 宮内府、天皇の中国地方視察の日程を発表。[天皇]
47 11 22 広島市復興局、本年7月英豪軍航空隊撮影の写真から広島市の航空写真を作成。来広の天皇に提示予定。
47 11 24? 広島市、天皇に原子砂漠の写真を献上することを決定。作成は文化社。
47 11 30? 広島市、天皇来広に際し、国旗を掲揚しないよう要望。
47 12 05 天皇、国立大竹病院を訪問。外科第3病舎で同病院ただ1人の原爆病患者・畠山隆雄(24歳)を慰問。(『天皇陛下と広島』)
47 12 06 楠瀬広島県知事、天皇の下問に「広島市の原子爆弾の影響は現在では人体について殆ど心配なく、ただ植物に学問的に多少の影響を与えている程度であろう」旨、奏上。(『天皇陛下と広島』)
47 12 06 竹内釼・広島赤十字病院院長、宮島・岩惣の行在所で天皇に進講「広島市における戦災者の傷痍について」。(『天皇陛下と広島』)
47 12 07 永積侍従、天皇の命により、原爆供養塔を参拝し、日赤病院の原爆患者13人(吉川清など)を慰問。
47 12 07 天皇、広島を訪問。広島戦災児育成所(佐伯郡五日市町)-相生橋-広島市民奉迎場(元護国神社前)-第1授産共同作業場-袋町小学校-広島県立第1中学校-広島市役所-県庁-広島駅。
47 12 10? 天皇行幸記念の平和記念塔、広島爆心地産業奨励館横に完成。
47 12 12 広島市議会「天皇陛下本市行幸に対する感謝決議」(『天皇陛下と広島』)
48 08 06 広島護国神社、慰霊安鎮祭を執行。[天皇]
49 03 30 皇太子の来広日程、広島市議会全員協議会で公表。4月5-6日。[天皇]
49 04 06 皇太子、広島市内を見学。[天皇]
49 05 27 天皇、長崎市を訪問。28日まで。
49 07 01 三笠宮、来広。2日、広島赤十字病院で吉川清などを慰問。[天皇]
49 07 02 吉川清、三笠宮の慰問を受ける。[天皇]
49 07 18 大橋長崎市長ら上京。文化都市記念祭に天皇の「お言葉」や高松宮の臨席を懇請する予定。
49 08 06 広島神社(元護国神社)、戦争死没者の慰霊祭と平和祈願祭を執行。[天皇]
50 07 27? 広島県神社神道同志会、8月6日に元護国神社境内で戦死病没・原爆犠牲者慰霊平和祭開催を計画。[天皇]
51 04 05 順宮・清宮、修学旅行の途次、広島入り。供養塔、原爆記念館、御便殿、ABCCなどを視察。[天皇]
51 08 06 広島県神社神道同志会、元護国神社で原爆犠牲戦死病没者慰霊祭式典を執行。[天皇]
51 10 27 第6回国民体育大会、広島市で開幕。天皇・皇后参加。
51 11 14 広島市、強制作業中の原爆犠牲者12万8千人の靖国神社合祀と、遺族を戦争遺家族援護の対象に入れるよう国会請願展開。広島市議会議員ら、参院遺家族等援護小委員会で請願の主旨説明(15日には衆院)。[天皇]
51 11 19 広島市の原爆死没動員学徒が靖国神社へ合祀されることが判明。義勇団員については広島市の資料調査待ち。[天皇]
51 11 21 広島市議会文教・厚生両委員会、原爆死没動員学徒・徴用工・義勇隊員の靖国神社合祀と遺家族援護法の適用の陳情について協議。中島ピース・センター内への原爆犠牲学徒の像建設を可決。[天皇]
51 11 26 広島市議会代表、靖国神社に、原爆死没動員学徒・義勇隊員の合祀を陳情。[天皇]
52 01 29 広島・長崎両市議ら、靖国神社事務総長に、原爆死没動員学徒・義勇隊員の同神社合祀を陳情。[天皇]
52 02 02 長崎市議会議員、原爆犠牲者援護等陳情から帰任報告。原爆死亡者調査費の支給が決り,学徒義勇軍・勤労報国隊員などの死亡者の靖国神社合祀について同神社と話合い。[天皇]
52 02 12? 広島市議会副議長、全国議長会より帰任報告。原爆死没学徒・義勇隊員の弔慰問題について、地元調査の完了・靖国神社合祀が先決、と語る。[天皇]
52 04 21 長崎県、戦後初の戦没者招魂祭長崎市の県護国神社で挙行。県下の遺家族千数百人が参列。(「長崎市史年表」)[天皇]
52 05 04 広島原爆犠牲者12800柱を靖国神社へ合祀。[天皇]
52 05 07 原爆犠牲者遺家族援護促進委員長任都栗一興、靖国神社へ合祀された広島市の原爆死没者のうち、学徒義勇隊死亡者8205人分の名簿を同神社に納める。[天皇]
52 07 02 第5回広島長崎特別都市建設期成委員会、広島市で開催。外国資金による被爆者治療機関設立など政府への要望事項決議。原爆死没学徒の靖国神社合祀推進を申し合わせ。[天皇]
52 12 06? 元海軍指定管理工場長崎三菱4工場に勤務中原爆・空襲によって死亡した徴用工・動員学徒・女子挺身隊員の靖国神社合祀が決定、長崎市、該当者に軍属任命手続きを呼びかけ。[天皇]
54 05 24 秩父宮妃、長崎原爆中心地を訪問。(長崎日々)[天皇]
54 07 17 高山広島市助役、高松宮に平和祭式典参加を懇請。出席を約束。[天皇]
54 08 06 広島市の世界平和記念聖堂完工式。高松宮出席。[天皇]
54 08 06 広島市、原爆死没者慰霊式ならびに平和記念式を挙行。高松宮夫妻出席。2万人参加。[天皇]
55 07 09 高松宮喜久子妃、呉市での全日本軟式庭球東西対抗試合に出席の途次、原爆資料館・日赤広島病院・ABCCを見学。[天皇]
56 01 14 高松宮妃、来広。原爆孤児ら7人に面会。[天皇]
56 01 15 広島赤十字原爆病院起工式、開催。初の原爆症専門病院。高松宮妃(日赤名誉副総裁)、出席。工費6500万円はお年玉付年賀ハガキの分配金を充当。[天皇]
56 03 23 天皇、東京日本橋高島屋で開催中のニューヨーク近代美術館など主催「ザ・ファミリー・オブ・マン」写真展を見学。その際、広島原爆被災の少年の写真にカバーがかぶせられる。(毎日新聞)
56 04 03 義宮、長崎国際文化会館の原爆資料館を見学。その際、原爆被災者のケロイド模型3体を除去。7日、これに対して、モデルの山口仙二が同会館に抗議。(毎日新聞)[天皇]
56 08 04 長崎市原爆資料保存会、4月義宮来県以来国際文化会館の陳列から除かれていたケロイド模型を陳列することなどを決定。(長崎日々)[天皇]
56 08 08? 広島市の画家神田周三、1947年来広した天皇に、当時の日赤院長竹内博士が原爆被害について説明している場面を写生した際の思い出を毎日新聞社に寄せる。(毎日新聞)
56 09 11 広島原爆病院開院式、開催。日赤名誉副総裁秩父宮妃、郵政・厚生両大臣、広島県知事・市長ら出席。[天皇]
56 11 13 高松宮、長崎入り。(長崎日々)[天皇]
57 04 09 義宮、来広。原爆病院を慰問、ABCCを見学。[天皇]
57 04 17 清宮、長崎市内を見学。(長崎日々)[天皇]
57 05 31 秩父宮勢津子妃長崎入り。6月1日、原爆慰霊塔に花束を献花。原爆病院の起工式に参列。[天皇]
57 08 06 広島市平和公園で平和記念式典と原爆死没者慰霊式。三笠宮夫妻など2万人が参列。[天皇]
57 12 07 森絹子(14才の長崎被爆者)・沢田律子(17才の広島被爆者)、三笠宮邸を訪問。藤居・香田・中村(原水協常任理事)なども同席。(「被団協連絡」NO.2)(「原水爆禁止ニュース」NO.49)[天皇]
57 12 07 三笠宮夫妻、福田須磨子が作製した唐人形と広島の被災者が折った千羽鶴を受け取る。森絹子(西浦上中1年)、所沢田津子(広島女子商2年)が届ける。[天皇]
57 12 11 森絹子、三笠宮から被爆者へのプレゼントとしてあずかったたばこ100本を長崎大学付属病院の入院患者13人に届ける。[天皇]
58 05 28 長崎原爆病院、開院と落成式を県立長崎東高体育館で挙行。日赤名誉副総裁の高松宮妃など500人が参列。[天皇]
58 05 28 長崎原爆病院、開院式を長崎東高校で開催。高松宮妃出席。(西日本)[天皇]
59 07 21 広島県知事、厚生省引揚援護局より、60年4月から動員学徒戦没者8,000人の霊が一般軍人なみに靖国神社に合祀されるとの連絡を受ける。[天皇]
59 07 22 秩父宮妃、山下義信前参議院議員を赤坂の宮邸に招き、社会福祉事業推進の功労を労う。[天皇]
59 10 04 小泉昌子(広島県世羅郡世羅西町の津名中学校教師。原爆孤児、23才)、中央青少年問題協議会が皇太子結婚を記念して実施する「青少年海外派遣団」の一員としてアメリカに向け横浜港を出発。(東京新聞)[天皇]
59 12 08 広島赤十字病院、日赤原爆殉職慰霊碑除幕式と広島赤十字病院開設20周年記念祝賀式を挙行。日赤名誉副総裁秩父宮妃・日赤島津社長・赤十字国際委員会駐日特別使節団長アンドレ・デュランら関係者200人が参列。[天皇]
60 02 12 平塩広島県議会議長、8月6日に予定の県主催の原爆被爆者大慰霊祭に皇太子はじめ衆参両院議長に出席してもらうよう打診したことを明らかにする。[天皇]
60 03 28 原爆15周年慰霊式・平和記念式典準備委員会、広島県議会会議室で開催。皇太子・岸首相・衆参両院議長・各政党代表を招待することを決定。[天皇]
60 05 09 大原広島県知事、宮内庁次長に皇太子夫妻の原爆犠牲者慰霊式典への出席を申し入れる。[天皇]
60 07 21 宮内庁伊集院侍従、来広。皇太子の平和式典への参列が内定。[天皇]
60 08 06 広島県・市、原爆慰霊式ならびに平和記念式典を挙行。皇太子・中山マサ厚生大臣・清瀬衆議院議長・各政党代表など参列。約4万人が参列。[天皇]
60 08 06 皇太子、広島原爆病院を見舞い、ABCCを訪問。[天皇]
60 08 06 皇太子、似島学園を慰問。[孤児][天皇]
63 06 10 厚生省、原爆死没動員学徒らの靖国神社合祭決める。[天皇]
64 12 04 鈴木直吉広島県原水協(共産党系)会長「核兵器禁止が大きな国際問題として取り上げられているとき、原爆投下を指揮したルメー将軍を叙勲することは、政府に何かの意図があるのではないか」[天皇]
69 04 25 政府、第30回戦没者叙位と第61回戦没者叙勲を26日付で発令することを閣議決定。広島市内で建物疎開作業中に原爆死した動員学徒のうち2,582人が勲8等瑞宝章に叙勲。[天皇]
69 07 19 第22回戦没者叙位叙勲伝達式、広島市の袋町小学校で開催。市内在住の803人(うち学徒犠牲者684人)の遺族に伝達。[天皇]
70 11 27 永野広島県知事、天皇・皇后の広島・島根巡幸の日程を山田広島市長に伝達。内々に。
71 04 15 三瓶山での全国植樹祭に出席の天皇、皇后、20年ぶり広島を訪問。16日、原爆慰霊碑、原爆養護ホームなど参拝、慰問
71 04 16 天皇・皇后、広島市の原爆慰霊碑を参拝。
71 04 16 天皇、広島護国神社を訪問。(『天皇陛下と広島』)
75 10 31 天皇・皇后、「日本記者クラブ」の求めに応じて訪米後初の記者会見。広島の原爆投下について「広島市民には気の毒に思うがやむを得なかった」と語る。
75 11 12 広島県原水禁、10月31日の天皇発言は容認できないとの声明文を発表。
75 11 12 吉川清、原水協理事会に出席。天皇記者会見での原爆投下についての発言に抗議の声明文を宮内庁に出すことを決定。
75 11 20 宮内庁の富田次長、参院内閣委で天皇の原爆についての発言は「真意が伝わらず残念。被爆者に対して常に気の毒に思っておられる」と答弁
75 12 26 広島県原水禁、10月31日の天皇発言を補足する宇佐美毅宮内庁長官からの回答を受け取る。
76 10 27 久保長崎県知事、天皇に対する地方事情の説明者に選ばれ、皇居で離島・被爆者・長崎空港の3点について説明。
77 02 11 天皇陛下御在位60年広島県奉祝委員会、『天皇陛下と広島』を発行。
77 03 31 浩宮(徳仁親王)、長崎平和公園に参拝。[天皇]
77 09 30 「天皇陛下御在位60年奉祝広島県記念式典」、広島厚生年金会館で開催。2000名が参加。(『天皇陛下と広島』)
77 11 10 秩父宮妃、長崎原爆病院を慰問。[天皇]
77 12 25 広島市比治山公園に天皇陛下御在位60年奉祝記念事業として「御製碑」を建立。「ああ広島平和の鐘も鳴りはじめ たちなほる見えてうれしかりけり」(『天皇陛下と広島』)
78 07 16? 詩人栗原貞子、エッセイ集「核・天皇・被爆者」出版。
78 07 24 皇太子夫妻、来広。[天皇]
79 05 13 中国軍管区司令部慰霊碑(基町・護国神社前)[天皇]
80 08 06 広島師友会、護国神社で旧中国管区司令部の原爆犠牲者慰霊祭。[天皇]
80 08 12 広島市の護国神社で、戦没者・原爆犠牲者慰霊の「みたま祭」。[天皇]
80 12 10 靖国神社の公式参拝を求める請願が広島県議会に提出され、被爆者団体ら反発。[天皇]
80 12 20 広島県議会、首相らの靖国神社公式参拝を求める請願を採択。[天皇]
81 05 09 常陸宮夫妻、来広し、原爆慰霊碑に参拝。[天皇]
81 07 11 浩宮、来広し原爆慰霊碑に参拝。[天皇]
81 08 07 皇太子、原爆投下日に黙とうをかかさないと発言。[天皇]
82 11 29 新築移転した日赤長崎原爆病院の完成祝賀会開催。落成式に三笠宮妃出席。[天皇]
83 02 11 広島キリスト者平和の会など広島で「紀元節復活反対2・11集会」を開催。「ヒロシマと天皇」と題して講演。
83 07 27 常陸宮夫妻、来広し原爆慰碑に参拝。[天皇]
83 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
84 04 21 東京の靖国神社に、被爆死した旧長崎市医科大学の学生五百五十三柱が合祀されていることが判明。[天皇]
84 05 17 皇太子家長女紀宮、学習院女子中等科の修学旅行で来広し、平和学習。[天皇]
84 05 29 広島市、写真集「広島‐HIROSHIMA」を宮内庁に寄贈。(5月11日、天皇陛下、広島市長に広島の現状について質問。)
84 11 07 常陸宮紀、長崎市を訪れ、日赤長崎原爆病院を慰問。[天皇]
85 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
85 08 15 「ストップ・ザ・戦争への道!ひろしま講座」のメンバーら、中曽根首相の靖国神社公式参拝に反対して広島市内で街頭ビラ配布。[天皇]
86 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
86 09 22 広島県原水禁、天皇陛下在位60年記念碑の比治山公園への建立計画は不適当と広島市に抗議。
86 11 08 広島県原水禁など、広島市の比治山公園への天皇在位60年記念碑建立計画について、許可しないよう広島市に再度申し入れ。
86 11 13 言論・表現を守る広島実行委員会、天皇在位60年記念碑建立計画について、被爆地の市民は戦争責任のある天皇在位を祝う碑建立に抵抗を感じると抗議。
86 12 25 天皇陛下御在位60年広島県奉祝委員会、広島市の比治山公園に御製碑を建立し除幕式(約100人出席)。同碑は市へ寄贈。
87 05 28 第3回「真宗遺族の集い」、広島市で開催(約130人参加)。テーマ「真宗にとって靖国とは」被爆者遺族ら、靖国問題について発言。[天皇]
87 08 06 広島護国神社で、原爆死没者慰霊祭。[天皇]
87 08 06 広島護国神社で万灯御霊祭。[天皇]
88 08 04 広島護国神社で、万灯みたま祭。[天皇]
88 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
88 09 27? 長崎県創価学会、28日から予定していた東彼波佐見町での「平和への行動展」開催を天皇病気のため延期することを決定。
88 10 22 原水爆禁止日本協議会、天皇の名による侵略戦争の結果、いまなお40万人近い被爆者が苦しんでいるとして、天皇美化、元首化の策動に反対するとの声明を発表。
88 12 21 沖縄県中頭郡読谷村村議会で、同村長、天皇を戦争の最高責任者であると答弁。
88 12 28 福岡県知事、天皇の戦争責任問題は「もう済んだこと」との見解表明。
89 01 07 日本原水協、「天皇の死去について」との事務局長談話を発表。その中で、天皇は戦争を早期に終結せず原爆投下を招いたと指摘。
89 01 07 日本被団協、「天皇死去にあたって」との事務局長談話を発表。1975年の天皇の「原爆投下はやむを得なかった」との発言に言及。
89 01 07 天皇、死去。同天皇は、1947年、来広し、広島戦災児育成所などを慰問、「広島市の受けた災禍には同情に耐えない」と発言。1971年、原爆慰霊碑に参拝。1975年、「原爆投下は、戦争中のことでやむを得ない」と発言。[孤児]
89 01 07 新天皇、即位。皇太子時代には4度来広、1960年には似島学園を慰問、これまでに原爆病院を3回訪問。[孤児]
89 01 08 テレビ番組「天皇とヒロシマ」(中国放送、1時間45分)、放送。原爆犠牲者・市民の声を基調にした昭和のヒロシマの記録。
89 01 09 広島市の本川小学校の始業式で、同校校長、昭和天皇死去に伴う講話の中で、同校の原爆被災に言及。
89 01 10 韓国原爆被害者協会、新天皇即位を機に植民地統治の傷跡をいやすよう求める声明を発表。そのなかで、「裕仁天皇と日本政府は在韓被爆者たちに一言の謝罪も一文の補償も行わなかった」と発言。
89 01 21 長崎総科大の長崎平和文化研究所、ことし第1回目の例会を開催(約30人参加)。天皇制問題について論議。
89 01 21? 新天皇の昭和20年当時(当時11歳)の作文が保管されていたことが判明。文中、原爆について言及、「遂には原子爆弾を使って何十万という日本人を殺傷し、町や工場を破壊しました」。
89 02 10 広島県原水協・県被団協(佐久間澄理事長)など26団体、「天皇死去にあたっての共同声明」を発表。そのなかで、昭和天皇の戦争責任を指摘。
89 02 11 「2.11平和教育研究集会」(日教組九州地区協議会主催)、長崎市で開催(約500人参加)。講演「天皇制と平和をめぐる問題」など。
89 02 16 「天皇代替り監視・情報センター広島局」運営委員会、広島市長らに、24日の「大喪の礼」に出席しないよう申し入れ。昭和天皇の原爆投下は「やむを得なかった」との発言に言及。
89 02 24 天皇代替り監視・情報センター広島局主催「抗議の座り込みと歌舞音曲パレード」、広島市の原爆ドーム前で実施(約30人参加)。「原爆許すまじ」を合唱。
89 02 24 長崎県被爆者手帳友の会、長崎市の平和公園で集会を開催(約50人参加)。「戦争被害者を力づけてくれた昭和天皇に対し、国民の一人として弔意を表す」と、長崎の鐘を鳴らし、黙とう。
89 02 24 広島県原水禁など主催「大喪の礼これでいいのか?2.24ヒロシマ集会」、広島市で開催(約100人参加)。天皇の戦争責任発言などについて論議。
89 02 24 長崎原爆被災者協議会経営の「被爆者の店」(平和公園内)、「大喪の礼」で休業せず、開店。同会副会長、「天皇の戦争責任は免責されるものではない」とコメント。
89 02 24 広島県原水協・県被団協(佐久間澄理事長)など、「天皇問題を考えるシンポジウム」を広島市で開催(約300人参加)。原爆投下はやむをえなかったとの天皇の発言を批判。
89 02 26 「現代史を語るシンポジウム」(広島平和教育研究所主催)、広島市で開催。天皇制・平和運動などについて論議。
89 05 28? 1947年天皇来広当時の記録「天皇と広島」(1949年発行、B6、134ページ)、40年ぶりに復刻。
89 06 24 第17回全国平和教育シンポジウム(日本平和教育研究協議会・広島平和教育研究所主催)、広島市で開催。(約600人参加、25日まで)。講演「平和教育の到達点と当面の課題」、13の分科会を開催。「天皇問題と平和教育」に関するレポートが集中
89 07 18 ラジオ番組「天皇とヒロシマ」(中国放送)、日本民間放送連盟賞のラジオ分野中国四国地区審査会の報道番組部門最優秀賞を受賞。
89 07 22 写真家福島菊次郎の写真展「天皇の戦争責任とヒロシマ」、広島市で開催(小西のぶ子記念館主催、24日まで)。
89 08 01 長崎大学、公開講座「平和を考える」の受講生を募集。8月29日開講、計10回。テーマ「原爆・原発・天皇制」。(申し込みがなく10日の締め切りを延長し募集。)
89 08 06 万灯みたま祭、広島市の護国神社で開催。[天皇]
89 08 16 宮内庁と広島県、天皇・皇后の9月広島訪問を発表。それによると、9日来広、広島赤十字・原爆病院を慰問予定。
89 09 08 「天皇の来広を許さない9・9広島行動実行委員会」、広島地裁に、9日のデモ申請の県公安委による大幅変更について、許可の執行停止を求める仮処分を申請。(申請は却下され、デモを中止。)
89 09 08 広島県公安委員会、「ストップ・ザ・戦争への道!ひろしま講座」の天皇来広反対を訴えるデモ申請を時間変更して許可。
89 09 09 「天皇代替り監視情報センター・広島局」など、天皇・皇后来広に抗議して広島市でデモ(約170人参加)。県公安委による時間帯変更で、1時間遅れでデモを実施。
89 09 09 天皇・皇后、来広。11年ぶり。原爆慰霊碑に参拝、広島赤十字・原爆病院を慰問(皇太子時代を含め4回目)。来広の感想として「この地が原爆による被爆の歴史を持つことに思いをいたさずにはいられません」と発言。
89 09 09 広島地裁・高裁、天皇来広反対デモを県公安委が時間帯を変更して許可したことに対する市民団体の不服申し立てを棄却。
89 09 20 中国放送の報道特別番組「天皇とヒロシマ」、日本民間放送連盟のラジオ報道番組の最優秀に選定される。
90 02 23? 皇太子、長崎市長狙撃事件について、「言論を暴力で封じる行為は断固としてあってはならない」と発言。[天皇]
90 05 15 全国植樹祭出席の天皇・皇后を迎える「特別奉送迎者」として案内を受けた長崎県被爆者手帳友の会会長、体調を理由に欠席することを発表。
90 05 18 天皇・皇后、長崎市を訪問し、平和祈念像に供花(市民約3800人が出迎え)。日赤長崎原爆病院を慰問。
90 08 06 原爆慰霊祭、広島市の護国神社で挙行。[天皇]
90 11 10? 広島世界平和の道を拓く集いの会、冊子「天皇と平和」(B5、69ページ)を刊行。昭和天皇と原爆にまつわる秘話などを収録。
90 11 13? 長崎市の被爆者団体、天皇の「即位の礼」に対しての意見を表明。長崎の証言の会事務局長=天皇を再び神格化しようとする動きがある、長崎県被爆者手帳友の会会長=素直に祝意を表したい、長崎被災協会長=政治との結びつきに危ぐとコメント。
91 04 16? 刊本「来るべき日本との戦争」、米で刊行。そのなかで、広島・長崎の原爆投下は「『非人道的新型兵器を連合軍が使った』とすることで、降伏に同意する天皇の面目を保った」と主張。
91 05 14 秋篠宮、来広し、原爆慰霊碑に参拝(市民ら約1000人が出迎え)。広島赤十字・原爆病院を慰問。「今日でも多数の被爆者が治療を必要とする核兵器の恐ろしさを改めて認識した。」とコメント。広島訪問は初。[天皇]
91 08 06 原爆慰霊祭、広島市の護国神社で挙行。[天皇]
92 07 14 皇太子、15日の第28回献血運動推進全国大会に出席のため広島入り。平和記念公園の原爆慰霊碑に参拝、広島赤十字病院・原爆病院の入院患者を慰問。[天皇]
92 07 15 皇太子、放影研などを視察の後、第28回献血運動推進全国大会に出席。[天皇]
92 08 12 紀宮、福岡からの帰途、広島市平和記念公園の原爆慰霊碑を参拝。[天皇]
92 09 29 常陸宮華子、広島市内で開催される日本いけばな芸術中国展の開会式に出席のため広島入りし、原爆慰霊碑に献花。[天皇]
93 06 07 「ピースバス長崎」・「ナガサキ平和サークル」・「県原爆被爆二世教職員の会」など5団体、皇太子の「結婚の儀」に対し、連名で抗議声明。[天皇]
93 08 06 広島護国神社原爆慰霊祭。[天皇]
93 09 03 天皇・皇后、ローマで法王ヨハネ・パウロ二世と会見。広島・長崎への訪問に謝辞。
94 06 20 秋篠宮、広島赤十字・原爆病院を慰問。[天皇]
94 08 06 広島護国神社で原爆慰霊祭。[天皇]
94 10 01 皇太子夫妻、昼前広島市入り。原爆慰霊碑に献花し原爆養護ホーム「倉掛のぞみ園」を慰問。[天皇]
95 04 12 「やめんさい植樹祭!広島県ネットワーク」の代表ら、広島市の平和記念公園の「平和の水」を天皇の「お手植え」した苗木にまくのをやめてほしい、など13項目の公開質問状を県に提出。
95 04 20 広島県、第40回全国植樹祭に出席する天皇・皇后の日程を発表。天皇として初めて広島市の原爆資料館を視察予定。
95 05 20 天皇・皇后、広島入り。平和記念公園の原爆慰霊碑に献花、原爆資料館を視察、原爆養護ホーム舟入むつみ園を慰問。天皇が原爆資料館を視察するのは初めて。
95 05 21 第46回全国植樹祭、広島県立中央森林公園で開催。天皇・皇后など1万2000人が参列。天皇、挨拶の中で原爆被害に言及。
95 05 24 五十嵐官房長官、天皇・皇后が今夏に広島・長崎の被爆地を訪問する方向で検討していることを明らかにする。沖縄・東京大空襲の慰霊堂も検討。
95 06 16 宮内庁、天皇・皇后の戦後50年の慰霊訪問について日程を発表。長崎7月26日、広島27日の予定。
95 06 29 長崎県警、警察署長会議を開催。天皇・皇后来県に伴う警衛警備などについて協議。
95 07 04 天皇・皇后の「慰霊の旅」の日程が閣議で報告される。26日-27日長崎など。
95 07 21 天皇・皇后の長崎国際文化会館視察(26日)の際、被爆者団体関係者5人(山口仙二・下平作江・大平力男・築城昭平・松村鹿夫)が説明補助者として加わることが決まる。
95 07 24 長崎県警、天皇・皇后の慰霊の旅に伴い、婦人警察官の警衛部隊を発足させる。
95 07 26 天皇、長崎・広島訪問に先立ち、文書「長崎および広島訪問に当たって」を発表。
95 07 26 天皇・皇后、長崎市を慰霊のため訪問。午後、長崎市入り。高田勇知事から「戦災50年の概況」説明を受ける。平和公園の平和祈念像前で供花。原爆資料センターを視察。原爆養護ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」を慰問。市内のホテルに泊。
95 07 26 8・9長崎反戦闘争実行委員会、長崎市内で「天皇・皇后の慰霊の旅に反対する集会」を開催。約10人が参加。
95 07 26 天皇・皇后、慰霊のため長崎市を訪問。
95 07 26 市民団体のメンバー10数人、長崎市の繁華街で天皇の「慰霊の旅」に反対するビラ約2000枚を配布。
95 07 26 長崎県警、天皇・皇后の慰霊の旅に伴い、警察官2500人を動員して警備。
95 07 27 「天皇制はいらない!広島ネットワーク」、天皇・皇后の原爆慰霊碑供花に合わせ、原爆ドーム前や本通りなどでデモや集会を開く。
95 07 27 天皇・皇后、慰霊のため広島市を訪問。
95 07 27 天皇・皇后、慰霊のため広島市を訪問。藤田知事が「戦災50年の概況」を説明。原爆慰霊碑に献花。原爆養護ホーム「倉掛のぞみ園」慰問。
95 07 27 藤田広島県知事、天皇皇后の慰霊の旅についてコメントを発表。
95 08 02 天皇・皇后、沖縄を慰霊のため訪問。
95 08 03 天皇・皇后、東京大空襲の犠牲者らを慰霊する東京都墨田区の都慰霊堂を訪問。
95 08 10 天皇、戦後50年に当たっての長崎・広島・沖縄・東京の戦争犠牲者慰霊施設への訪問の感想を文書で公表。
95 12 22 長滝重信長崎大学医学部長、御所で天皇・皇后に、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の放射能汚染地区の子どもに多発している甲状腺がんの治療活動などについて説明。
95 12 22 天皇、62歳の誕生日を前に記者会見。長崎・広島・沖縄・東京での戦争犠牲者を追悼した「慰霊の旅」に触れ、体験の継承の必要性について語る。
96 08 06 広島護国神社で原爆慰霊祭。約200人が参列。[天皇]
96 09 11 天皇・皇后がひろしま国体秋季大会の開会式に出席することが決まる。
96 10 11 天皇・皇后、広島入り。平和公園参拝後、原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を慰問。
96 10 12 第51回国民体育大会秋季大会の開会式、ヒロシマビッグアーチで開催。天皇、広島の被害に言及。
96 10 27 おりづる国体出席のため広島滞在中の皇太子夫妻、原爆資料館を見学。[天皇]
96 11 17 第14回国際熱帯医学・マラリア学会、長崎県立体育館で開会式を開催。皇太子夫妻、出席前に日赤長崎原爆病院を慰問。[天皇]
96 12 08 韓国人元徴用工・金順吉、長崎市内で開催された「靖国と侵略を考える集い」で講演。厚生年金の脱退手当金を請求する見通しを明らかにする。[天皇]
97 05 31 「天皇を広島へお迎えする広島県・市民の会」の設立準備会、広島YMCAで開催。9月に設立総会の開催を予定。
97 08 06 広島護国神社、原爆慰霊祭を挙行。約200人が参列。[天皇]
97 10 07 秋篠宮夫妻、広島市の原爆資料館を見学。翌8日、同市で開催の全国都市緑化祭・グリーンフェスタひろしまでの植樹祭に出席。[天皇]
97 10 08 秋篠宮夫妻、原爆養護ホーム倉掛のぞみ園を慰問。[天皇]
98 04 22 皇太子夫妻、広島市の平和公園を訪れ、原爆慰霊碑に参拝。23日、庄原市で開催される第9回全国「みどりの愛護」のつどい式典に出席。[天皇]
98 05 19 秋篠宮妃紀子、第49回結核予防全国大会に出席のため長崎市を訪問。-20日。[天皇]
98 05 20 秋篠宮妃紀子、恵の丘ホームを慰問。[天皇]
98 07 21 秋篠宮夫妻、第13回「海の祭典」に出席のため広島市を訪問。原爆慰霊碑に参拝。[天皇]
98 08 06 原爆慰霊祭、広島護国神社で挙行。110人が参列。[天皇]

 

原爆報道2015

報じられたヒバクシャ

タイトル  掲載紙  掲載日
中国新聞
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タイトル  掲載紙  掲載期間  回数 備考
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本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日 備考

論文

掲載誌
編集、発行所
号数、発行年月日
タイトル
著者
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原爆報道2016

報じられたヒバクシャ

タイトル  掲載紙  掲載日
中国新聞
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タイトル  掲載紙  掲載期間  回数 備考
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本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日 備考

論文

掲載誌
編集、発行所
号数、発行年月日
タイトル
著者
備考

書誌2015

書誌2015

書名 著者 発行所 年月日
被爆した南方特別留学生への名誉博士号授与の記録 広島大学 20150301
福山市史 近代現代資料編Ⅲ 教育・文化 福山市史編さん委員会 福山市 20150331
歴史学が問う公文書の管理と情報公開―特定秘密保護法下の課題 安藤正人・久保亨・吉田裕(編) 大月書店 20150520
物語 私の広大医学部60年史 原田康夫 原田康夫 0612
日本軍「慰安婦」問題の核心 林博史 花伝社 20150625
2015年NPT再検討会議要請行動 広島県代表団報告集 2015年4月24日~5月2日 広島県原水協ほか 201506
 被爆70年記念写真展 復興の記憶 ヒロシマを見つめた写真家たち  泉美術館  20150716
 被爆70周年ヒロシマを見つめる三部作 第1部 ライフ=ワーク  松岡剛(展覧会企画・編集)  広島市現代美術館  20150718
原爆体験と戦後日本 記憶の形成と継承 直野章子 岩波書店  20150724
 広島・長崎被爆70周年 戦争と平和展  広島県立美術館・長崎県美術館  広島・長崎県美術館平和発信事業委員会  20150725
被爆70年―市民が育んだヒロシマ― 広島自治体問題研究所 20150728
原爆と戦った特攻兵 8・6広島、陸軍秘密部隊(レ)の救援作戦 豊田正義著 KADOKAWA 20150731
呉市立昭和図書館蔵
あじさいの街から 1995 2015 語り継ぐ!被爆70年の平和への思い 長崎県商工団体連合会婦人部協議会 201507
しまってはいけない記憶―被爆体験記集Ⅰ― 被爆70周年記念事業 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 20150801
浦上の原爆の語り―永井隆からローマ教皇へ 四條知恵 未来社 20150801
証 被爆70周年慰霊の記 広島舟入・市女同窓会慰霊部会(編) 広島市高等学校・広島市立高等学校同窓会<昭和図書館蔵> 20150806
原水爆禁止2015年世界大会の記録 原水爆禁止世界大会実行委員会 20150831
変化を生みだすソーシャルワーク~ ヒロシマMSWの生活史から~ 村上須賀子 大学教育出版 20150910
被爆70周年ヒロシマを見つめる三部作 第2部 俯瞰の世界図 角奈穂子(執筆・編集) 広島市現代美術館 20151010
広島神輿行列通り御祭礼 広島神輿行列「通り御祭礼」実行委員会 20151010
「ヒロシマ」が鳴り響くとき 能登原由美 春秋社 20151120
放射線影響研究所 2014年度年報 放射線影響研究所 201512

雑誌論文

著者 タイトル 掲載誌(編集、発行所) 発行年月日
助野信正 記録 原爆被災および敗戦後の広島工業専門学校での学生生活の思い出 広島大学文書館紀要 第17号(広島大学文書館) 20150227
特集・被爆70年、核廃絶の道を探る 広島ジャーナリスト 第20号(広島ジャーナリスト会議) 20150315
浅井基文 金子一士さんと丸屋博さんのこと
大亀信行 ドームにかき船はふさわしくない
那須正幹 ズッコケ三人組からのメッセージ 赤い鳥便り10号 別冊(鈴木三重吉赤い鳥の会) 20150401
鈴木三重吉忌講演会「那須正幹さんに聞く―ズッコケ三人組からのメッセージ」。2014年6月21日、長遠寺での講演要旨。
金子千鶴枝 戦後70年 今、言っておかなければ② 核廃絶を若い人たちに ヒロシマの子育て・教育第274号(広島教育研究所) 20150330
宇吹暁 すいせんのことば 木の葉のように焼かれて第49集 被爆体験集(新日本婦人の会広島県本部) 201506
 こーぷぱれっと2015 8月号 Vol.301  生協ひろしま 2015 0720
(特集:NPT再検討会議を終えて 核兵器のない世界を)中村澄子・箕牧智之 「「せっかく生かされた命」 被爆者として今、伝えたいこと」
潮 8月号 [特集]広島県 潮出版社 20150801
湯崎英彦、松井一實、志賀賢治、岡谷義則、片岡勝子、松田元、森瀧春子、椚田進
広島ジャーナリスト 第22号 広島ジャーナリスト会議 20150915
特集・戦後70年・被爆70年

 

書誌2016

書誌2016

本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日
広島大学文書館蔵大牟田

稔関係文書目録 書籍・雑誌編

広島大学文書館 20160224
広島大学文書館蔵金井利博関係文書目録 広島大学文書館 20160229
平和と安全保障を考える事典 広島市立大学広島平和研究所編 法律文化社 20160320
 原爆手記掲載書誌・雑誌総目録1945-2015 平成27年度 原爆死没者慰霊等事業補助 宇吹暁、「紙碑」・原爆手記総目録編纂委員会編 20160328
被爆者はどこにいても被爆者―郭貴勲・回想録- 郭貴勲(著)・井下晴子(訳) 韓国人被爆者・郭貴勲手記出版委員会 20160331
激動期東アジア諸地域の中間団体と国家―中国・日本・台湾 中国基層社会研究会 汲古書院 20160525
国際ワークショップ(2015年7月18日、上智大学で開催) の記録
原爆にも部落差別にも負けなかった人びと 広島・小さな町の戦後史 大塚茂樹 かもがわ出版 20160605
社会調査家 石忠さん 石田忠先生(1916~2011)生誕100年を記念して』 廣澤昌 沓石会(編集発行) 20160715
在外被爆者裁判 田村和之編 信山社 20161130

雑誌論文

著者 タイトル 雑誌名(発行者) 発行年月日

原爆報道2017

新聞社説 2017年8月6日

新聞名 社説
読売新聞 原爆忌 核軍縮へ確かな道を探りたい
朝日新聞 原爆投下72年 原点見据え核兵器禁止を
毎日新聞 広島・長崎の「原爆の日」 核廃絶への行動を怠るな
日経新聞 広島・長崎の「原爆の日」 核廃絶への行動を怠るな
東京新聞 原爆忌に考える 憲法が守ってくれた
産経新聞 原爆の日 脅威見据え議論すべきだ(主張)
北海道新聞 広島、長崎原爆の日 「核兵器禁止」に踏み出せ
河北新報 核廃絶に向けて/見えぬ 被爆国が描く道筋
東奥日報 被爆の原点に立ち返れ/原爆の日
デーリー東北 原爆の日 各国の首脳に招待状を(8月5日「時評」)
秋田魁新報 原爆投下72年 核廃絶へ問われる足元
岩手日報 原爆の日 国は被爆地の声を聞け(論説)
信濃毎日新聞 あすへのとびら 広島原爆の日に 幅広く担い手を育てたい
新潟日報 原爆の日 核廃絶への決意問われる
中日新聞 沈黙の声は未来を語る 原爆忌に考える
福井新聞 72年目の原爆忌 非人道的な安保観見直せ(論説)
神戸新聞 原爆の日/「核なき世界」をあきらめない
山陽新聞 広島原爆の日 世界の「溝」埋め核軍縮を
山陰中央新報 改めて被爆の原点に(論説)
愛媛新聞 原爆の日 「核なき世界」再生の決意新たに
徳島新聞 原爆の日  被爆国の使命を果たそう
高知新聞 【原爆の日】逆行している日本の姿勢
西日本新聞 広島原爆の日 「核抑止論」を乗り越えて
南日本新聞 [広島原爆の日] 核廃絶を主導する責任
琉球新報 広島原爆投下72年 核禁止条約、日本の責務
沖縄タイムス [原爆の日]消えた日常想像しよう

 

 

報じられたヒバクシャ

タイトル  掲載紙  掲載日
中国新聞
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本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日 備考

論文

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編集、発行所
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著者
備考

年表:世界のヒバクシャ(1998年)

 

Y M D NEWS1
98 01 04? 長崎大学医学部、海外の被曝者への遠隔医療支援を目的にした「国際ヒバクシャ医療情報ネットワークシステム」構築に向けた取り組みを計画。
98 01 05? 米国が最近公表した公文書に、1954年に太平洋ビキニ環礁で実施した実験が人体実験であったことを示唆する文書が含まれていることが判明。さらに、広島・長崎のデータと比較していたことも判明。
98 01 06 ロシア紙ラボーチャヤ・トリブーナ、ソ連時代に空軍パイロットとその家族約7000人が、カザフスタン・セミパラチンスク核実験場付近に集団移住させられ、白血病などによる死者が続出していると報道。
98 01 06? 「平和博物館を創る会」・日本被団協、写真集「核の20世紀-訴える世界のヒバクシャ」を出版。
98 01 07 広島県原水協・県被団協、米国が1954年の水爆実験の際、島民と広島・長崎の被爆者のデータを比較研究していた問題で、クリントン米大統領宛に抗議文を送付。
98 01 18 「チェルボナ・カリーナの会」、「つどい」を広島国際会議場で開催。ベラルーシの医師ラジュク・ドミトリーが現地の実態を報告、広島市内の共同作業所「元気工房」のメンバーが新曲「種たちと踊って」を披露。約100人が参加。
98 01 23? 第五福竜丸のエンジンが3月に東京都に寄贈され、都立第五福竜丸展示館に永久保存されることが決まる。
98 01 24 広島市鈴が峰公民館が昨年夏派遣した親善訪問団のメンバーら、「広島カザフスタン友好会」を結成。
98 01 24 「ジュノーの会」・「原爆被害者相談員の会」、「広島からチェルノブイリへ-ヒバクシャ交流報告会」を広島YMCAで開催。
98 02 06 ウクライナの医師3人、チェルノブイリ原発事故被災者救援の医学研修のため、長崎原爆病院を訪問。
98 02 08? 長崎県佐世保東商業高校生徒会、「チェルノブイリ支援キャンペーン」で集まった約30万円をチェルノブイリ支援運動九州に送金。
98 02 09 南米やアジア14か国の保健福祉担当者の研修団一行14人、広島市を訪問。4日間、放射線影響研究所などで研修の予定。
98 02 09? フランスの有力週刊誌「ヌーベル・オプセルバトゥール」最新号、1966-67年のムルロアでの核実験で島民ら1200人が被曝していたという記事を掲載。
98 02 13 東京都、第5福竜丸のエンジンを引き取り、夢の島の都立第五福竜丸展示館の来月中旬から展示することを決める。20日、和歌山市で出発式。
98 03 01 日本宗教者平和協議会、故久保山愛吉の墓前祭を焼津市・弘徳院で挙行。
98 03 01 広島県原水協禁、「タヒチは今、ロラン・オルダムさんの話を聞く会-3・1ビキニデー広島の集い」を広島市内で開催。約20人が参加。
98 03 02 第2回永井隆平和記念・長崎賞を授賞するカザフスタン共和国医学アカデミー名誉所長サイム・バルフハノフ、長崎市役所を表敬訪問。
98 03 02 マラト・ウラザリン・マイトハノヴィチ・セミパラチンスク医科大学副学長、広島市井口台中学校で生徒約450人を前に核実験被害などについて講演。
98 03 03 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会、永井隆平和記念・長崎賞の第2回授賞式を長崎市内で開催。カザフスタン共和国医学アカデミー名誉所長サイム・バルフハノフが受賞。
98 03 03 広島市国際交流協会・鈴が峰公民館など、講演会「被ばく地セミパラチンスクの現状」を広島国際会議場で開催。マラト・ウラザリン・セミパラチンスク医科大学副学長が講演。
98 03 03 第5福竜丸のエンジン、神奈川県三浦市に里帰りし、旧三崎魚市場で展示が始まる。-18日。
98 03 04 長崎大学医学部、カザフスタン共和国のセミパラチンスク医科大学と「国際ヒバクシャ学術情報交換システム」構築のための覚書を交わす。
98 03 04? 従軍米兵の支援組織「湾岸戦争財源センター」など3団体、劣化ウラン弾に汚染された米兵の被害を「40万人にも達する」との報告書を公表。
98 03 07 第五福竜丸展示館、映画「第五福竜丸」の上映会を開催。新藤兼人監督も参加。
98 03 13 放影研、1954年3月の米によるビキニ核実験の人体研究問題についてABCCが関与した証拠は見つからなかったとの調査報告結果を広島県被団協(金子一志理事長)に伝える。
98 03 17 広島大学原医研でチェルノブイリ原発事故被災者の治療について研修中のウクライナとキエフの医師3人、広島市を訪問し研修経過を報告。
98 03 19 第五福竜丸のエンジンの贈呈式、東京都庁で挙行。同船は、1954年の米国ビキニ水爆実験で被爆したもので、エンジンは、今秋から江東区・夢の島の都立第五福竜丸展示館で展示の予定。
98 03 29? 米エネルギー省が2月に発表した報告書で、ハンフォード核施設で放射性廃棄物が地下水を汚染し、地域住民への影響が懸念されていることが判明。
98 03 30 ニュージーランド政府、40年前のイギリスの核実験に参加した兵士に、その任務に起因する障害への全面的な戦争年金受給を行うよう法改正をおこなったことを発表。(「原水協通信」5月号)
98 04 07 新潟県原爆被害者の会など、チェルノブイリ原発事故被災者への医療救援を訴える公演に合わせ、「原爆と人間展」を長岡市で開催。-8日。
98 04 09? キルヒナー・ドイツ・ブレーメン大学教授の調査で、英国核燃料会社(セラフィールド所在)周辺のハトが放射能に汚染されていることが確認される。
98 04 11? 米エネルギー省、ワシントン州リッチランドにあるハンフォード核施設の風下住民1万4000人を対象とした医療検査を今年に開始することを決定。
98 04 12 「チェルボナ・カリーナの会」、民族舞踊団「チェルボナ・カリーナ」を招き、広島市内でコンサートを開催。同団は、チェルノブイリ原発事故で避難したウクライナの子どもたちで組織。
98 04 13 ウクライナの民族音楽団「チェルボナ・カリーナ」のメンバー14人、広島市の原爆資料館を見学。
98 04 15 NHK教育テレビ、「ETV特集:湾岸戦争症候群」を放映。劣化ウラン弾に絞って原因をさぐる。
98 04 18 日本原水協など、核実験被害調査団を米ネバダ州などに派遣。広島からABCCで看護婦をしていた南京子が参加。-30日。
98 04 18 広島市内の映画館シネツイン、チェルノブイリ原発事故で汚染した村を描いた映画「ナージャの村」を上映。-24日。
98 04 19 原水爆禁止世界大会実行委員会が派遣したネバダ核実験被害地調査団、米ラスベガスで草の根の平和運動家らと交流。
98 04 21 本橋成一の写真展「ナージャの村」(チェルノブイリ原発事故で汚染した村)、三越広島店で開催。
98 04 22 放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)、理事会を広島市内で開催。本年度事業(予算5100万円)を承認。
98 04 22 セルジュク・ウクライナ保健相、チェルノブイリ原発事故により現在までの12年間に、事故処理関係者約35万人のうち1万2519人が死亡したことを明らかにする。
98 04 26 クチマ・ウクライナ大統領、タス通信のインタビューの中で、チェルノブイリ原発閉鎖の方針を確認した上で、閉鎖時期は国際社会の支援次第と語る。
98 04 26 「チェルボナ・カリーナの会」と障害者作業所「元気工房」のメンバー約30人、広島市の原爆ドーム前でチェルノブイリ原発事故12周年にあたり、犠牲者を追悼する集いを開く。
98 04 26 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会、レオニード・イリーン著「チェルノブイリ虚偽と真実」の日本語版を発行。
98 04 26 広島県の尾道・三原・福山の市民らでつくる「脱びんごネット尾道」、「わたしたちはチェルノブイリを忘れない」の集いを尾道市内で開催。
98 04 27 米ワシントン大学の学生サークル「ヒロシマ・ナガサキ平和協会」、中山高光(長崎被爆者)とネルソン・アンジャイン(米国の水爆実験被曝者)を招き、学内でフォーラムを開催。約50人が参加。
98 04 28 ノルウェー紙ダーグブラデット、1950-60年代に、ノルウェーと米国の研究者が、知的障害者などを対象に放射線の人体実験を秘密裏に実施していたと報道。
98 04 28 日本原水協などが派遣した核実験被害調査団、調査を終え、米国ワシントンで調査の概要を発表。ネバダ核実験場風下地区住民など合計37人から聞き取りを実施。
98 04 29? 広島青年会議所(JC)、「身近な国際協力・カザフの子ども達救援」キャンペーンを開始。一昨年・昨年に続き3回目で、市民に書き損じたはがき、未使用のテレホンカードの提供を呼びかける。
98 05 01 デメロ国連緊急援助調整官とロシア・ウクライナ・ベラルーシの各国国連大使、国連本部で記者会見し、チェルノブイリ原発事故の被害者に対する支援を訴える。
98 05 02 チェルノブイリ原発事故の放射能汚染問題を調査しているフランスの民間調査機関「放射能調査情報センター」、アルプス山脈で高レベルの放射能を検出したとする報告書を発表。
98 05 03 広島青年会議所(JC)、「フラワーフェスティバル」会場で、カザフスタンの核被害を伝えるパネル展を開催。-5日。
98 05 03? 原子力資料情報室(高木仁三郎代表)、チェルノブイリ原発事故の処理処理者の多くが健康状態の悪化に苦しんでいる実態を示す資料を入手。
98 05 07 南京子、日本原水協などの米国核実験被害調査団の任務を終え、広島市役所で報告の記者会見。
98 05 10 日本原水協など、カザフスタンに核実験被害者調査団18人を派遣。-22日。広島県被団協の村田忠彦常任理事ら被爆者2人、長崎県原水協から三輪博志らが参加。
98 05 12 ミシュラ・インド首相秘書官、3つの核実験のうち、水爆装置の威力が他に比べ大きなものであったと語る。
98 05 13 インドのUNI通信、実験場から約8キロ離れた村の住民の核実験目撃証言を報道。「砂塵ますで濃い霧のよう」。
98 05 17 インドの英字紙ステーツマン、インド・ラジャスタン州ポカラン核実験場付近の村の住民10人以上が、鼻血や吐き気、皮膚炎、下痢などの症状を訴えていると報道。
98 05 19 中国新聞「ズーム:核実験・核施設重いツケ(米)-「風下住民」進まぬ救済」
98 05 25 読売新聞(広島版)「インタビュー・この人に聞く:甲斐等「ジュノーの会」代表」
98 05 30 朝日新聞「テーブル・トーク:写真家・本橋成一さん-「ナージャの村」でいのちの原点見た」
98 06 05 橋本和正広島市職労書記次長、カザフスタン核実験場などの調査の際出会った写真家ユーリ・クイジンの写真集「カザフスタン核惨事」を平岡広島市長に届ける。
98 06 06 日本原水協などが派遣したネバダとカザフスタン核実験被害者の調査団の報告会が広島市内で開催される。
98 06 07 今村展隆広島大学原医研講師、大量の放射線を浴びたチェルノブイリ原発の事故処理従事者の白血病発症率が高率であるという調査結果を原子爆弾後障害研究会で発表。
98 06 11? 米エネルギー省、1962-63年にかけて実施した核実験の映像記録の機密扱いを解き公開。
98 06 14 外務省、1950年代後半から1964年までの外交文書を公開(第14回)。1956・57年の米英の太平洋での核実験に対する賠償請求や57年の岸・ネール会談での核実験に関するやりとりの資料を含む。
98 06 15? 長崎市在住の被爆者・三輪博志、原水協が派遣したカザフスタン共和国の核実験被害調査を終え、現地の状況を報告。
98 06 18 読売新聞「豪先住民に核の「傷跡」-1950年代に英の実験で被爆主張」
98 06 18 広島の被爆者武田靖彦、広島県原水禁の「インド・パキスタン緊急調査団」の一員として、インド・ラジャスタン州ポカラン実験場の南約10キロのケトライ村で被爆体験を証言。約300人の村民が参加。
98 06 20 朝日新聞「被爆者印パを行く:核実験場の隣の村[インド・ラジャスタン州ケトライ村]-高さ1キロの「砂の壁」見た-壁に亀裂、鼻血、皮膚炎・・・」
98 06 22 中国新聞「ルポ:インド核実験場隣接の村-核実験ツメ跡深く(山根徹三)」
98 07 11? 旧チェルノブイリ原爆付近で軍事技術研修中に被曝したモンゴル人バヤラー、ジュノーの会の招きで来日し、広島大学原医研で入院検査。
98 07 13 ビシネフスキー・ロシア連邦核放射能安全監督局議長、南ウラルの企業「マヤーク」が投棄した放射性廃棄物が地球規模の汚染につながる恐れがあると警告。
98 07 14 ルカシェンコ・ベラルーシ大統領、欧州諸国が同国民のビザ発給に差別的な措置を取っているとし、対抗措置としてチェルノブイリ被災児童への援助の拒否を検討していると語る。
98 07 17 「広島カザフスタン友好の会」、「カザフスタン大学生と核を語る交流会」を広島国際会議場で開催。20人が参加。高木昌彦元大阪大学医学部講師夫妻らも参加。
98 07 17 広島市西区鈴が峰地区の住民らでつくる「広島カザフスタン友好の会」、「ヒロ・セミプロジェクト」を発足させる。来年8月に向け、「カザフ原爆展」の開催を計画。
98 07 18 「広島カザフスタン友好の会」の招きで広島市を訪れているカザフスタンの大学生、鈴が峰公民館で中・高校生と交流。約40人が参加。
98 07 20 東京ピースサイクルのメンバー、広島・長崎に向け「夢の島第五福竜丸」前を出発。
98 07 24 ドイツ・ビュルツブルグ大学で「シーボルト賞」の授与式。受賞者の長瀧重信長崎大学名誉教授、「広島・長崎とチェルノブイリからの教訓」と題して講演。
98 07 29 ウクライナ非常事態省、チェルノブイリ原発事故の影響で、現在もなお、ウラル以西のヨーロッパ総面積の4分の3がセシウム137に汚染されているとの調査報告を発表。
98 07 30 フランス国防省、地下核実験を実施してきたフランス領ポリネシアにおける放射能による健康被害調査の報告書を公表。
98 08 02 毎日新聞「インド核実験・現地ルポ」
98 08 02 カナダ北西部・グレートベア湖北方のウラン採掘原爆跡周辺の先住民デネー人一行7人、「第9条の会ヒロシマ」の受け入れで、広島入り。3日、原爆資料館を見学。4日、被爆者から体験を聞く。8日間。
98 08 02? 今村展昭広島大学原医研講師の調査で、チェルノブイリ事故処理従事者の白血病発症率が非被爆者の40倍以上であることが判明。
98 08 03 原水爆禁止1998年世界大会・国際会議(第2日)。リトアニアの医師や米国のウラン採掘労働者が放射能被害の実相を報告。
98 08 04 放射線被曝者医療の研修のため来崎したカザフスタンのユリー・プログロ医師ら旧ソ連の医師団6人、長崎県庁を表敬訪問。
98 08 05 ボワネ・フランス環境相、国防省が7月30日に公表したフランス領ポリネシアにおける放射能による健康被害調査の報告書を、調査不十分と発言。
98 08 07? セミパラチンスク放射線医学研究所のボリス・グシェフ、核実験による被曝者はこの36年間に120万人に達し、死亡者は16万人と語る。
98 08 08 長崎大学医学部と長崎ヒバクシャ医療国際協力会、「原研公開セミナー」を大学内で開催。約60人が参加。チェルノブイリ原発事故被害やカザフスタンの核実験被害について講演。
98 08 08 読売新聞2面特集「20世紀・どんな時代だったのか:ヒバク-世界に広がる恐怖」
98 08 12 崔日出韓国原爆被害者協会会長と豊永恵三郎韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長、広島県庁の放射線被曝者医療国際協力推進協議会事務局に韓国人医師の研修受け入れを要請。
98 08 15 毎日新聞「ウイークエンド・インタビュー:草の根レベルの連帯こそが世界を変える-NGO「アジアボランティアセンター」代表平田哲さん-温暖化と核・二重苦のマーシャル諸島」
98 08 15? 金沢の市民団体、手記集「チェルノブイリは続く・・・」を出版。
98 08 18? ビキニで被曝したマグロ漁船「第五福竜丸」のエンジンの修理や補強に5000万円以上かかるとの見通しが東京都の調査で判明。
98 09 01 外務省、市民団体「チェルノブイリ支援・広島医療協議会」に政府開発援助(ODA)予算のNGO(非政府組織)事業補助金約500万円を支給する方針を決定。
98 09 06 公明新聞(日曜版)「チェルノブイリ原発事故から12年余-悲劇のツメ跡今なお深く-広河隆一氏に聞く」
98 09 18 「第2回国際環境・放射線・健康学会」、カザフスタンのセミパラチンスク医科大学で開催。-18日。鎌田七男広島大学原医研所長、高木静子大阪市原爆被害者の会事務局長などが参加。
98 09 26 米反核団体「シュンダハイ・ネットワーク」・「アトミック・ベテランズ(原爆復員兵士連盟)」などのメンバー約30人、臨界前核実験に対する抗議行動をネバダ核実験場前で実施。
98 09 28 岡山県阿哲郡哲多町のボランティア団体「チェルノの子供たちを救う会・哲多」、ベラルーシ共和国の児童2人を受け入れる。10月29日まで会員宅に滞在。今回が3回目の受け入れ。
98 09 29 米紙テネシアン、全米11州にある計13カ所の核兵器工場と研究施設の労働者や周辺住民の間で、免疫系統の異常や神経障害などの健康被害が広がっていると報道。
98 09 30 日本癌学会、横浜市で開催。-日。山本晋史大阪市立大学医学部助手ら、チェルノブイリ原発事故汚染地域の住民に膀胱癌が急増しているとの調査結果を発表。
98 10 05? ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト(下崎末満世話人代表)、セミパラ国際会議・現地報告会を広島大学医学部で開催。
98 10 08? 池田高良長崎大学前医学部長・山下俊一教授・井石哲哉県医師会長の3人、カザフスタン共和国・セミパラチンスク医科大学から名誉博士号を受ける。
98 10 12 広島大学原医研、国際シンポジウム「高エネルギー放射線による生物影響」を広島国際会議場で開催。-14日。田中公夫同研究所助手、広島原爆で発生した低エネルギー中性子線の影響について報告。
98 10 13 カザフスタン・セミパラチンスク市長、来年8月に広島・長崎の原爆展を計画し、両市に協力を要請。
98 10 18 毎日新聞(広島版)「セミパラチンスク核被害者の現状-支援に携わる山田さんに聞く」
98 11 14 日本救急医療学会、チェルノブイリ原発事故などの経験をもとに、放射線災害に対する国内の被ばく医療の問題点を話し合うパネルディスカッションを高松市で開催。
98 11 14 ジュノーの会と原爆被害者相談員の会、ウクライナのチェルノブイリ原発事故被害者を訪れた旅の報告会を広島YMCAで開催。約30人が参加。
98 11 24 武見敬三外務政務次官、日本政府が来年4月か5月にカザフスタン共和国・セミパラチンスク旧核実験場周辺の被曝者を救済する技術・医療協力を推進するための国際セミナーを日本で開催する方針を、国連軍縮長崎会議の挨拶の中で明らかにする。
98 11 29 「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」、「セミパラチンスク現地調査報告会」を広島国際センターで開催。約150人が参加。
98 11 29? 米・ブルッキングズ研究所の調査で1940年代から70年代始めまで、米当局が核開発の一環として、計2万3000人以上の米国人に対して放射能人体実験を実施していたことが判明。
98 12 04 毎日新聞「ひと:小池健一-チェルノブイリ原発事故禍の白血病児に衛星を使った「遠隔治療」を試みる信州大医学部助教授」
98 12 30 米のシンクタンク・ブルッキングズ研究所の調査で、1945~63年の米の大気圏核実験により最高80万人ががんを発病して死亡したか、今後死亡する可能性があることが判明。

年表(テーマ別)概要

年表:テーマ別

胎内被爆者、 原爆孤児(1945-97年)孤老・老人・高齢、 白血病、 「原爆乙女」中国人被爆者(1950~97年)、 在外被爆者・外国人被爆者(朝鮮人・中国人・在米・捕虜を除く)(1957~97)年、 連合軍捕虜とヒロシマ・ナガサキ
在米被爆者 1965-79年)、(80-89年)、(90-97年)
韓国・朝鮮人被爆者 1960~67年)、1968年、1969年、1970年、1971年、1972年、1973年、1974年、1975年、1976年、(1977~80年)、(1981~83年)、(1984~85年)、(1986~87年)、(1988~89年)、1990年、1991年、(1992~93年)、(1994~95年)、(1996~97年)、1998年、1999
核禁会議(核兵器禁止平和建設国民会議)を中心とした在韓被爆者救援運動被爆朝鮮人徴用工、 三菱重工業と韓国・朝鮮人被爆者、 韓国原爆被害者協会、 韓国の原爆被害者を救援する市民の会、 広島県朝鮮人被爆者協議会、 韓国・朝鮮人原爆犠牲者慰霊碑
世界のヒバクシャ 1969~76年、1977~79年、1980~82年、1983~85年、1986~87年、1988年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998
被爆二世 1966~70年、71~75年、76~80年、81~85年、86~90年、91~95年、96~98年、99年、
原爆展、 原爆遺跡・遺物、 原爆爆心地復元運動(1966~69年)日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会(1966~73年)、 原水爆被災資料センター設立運動(1972~75年)、 原爆記録映画(1945~72年)、 自民党と被爆者援護法、 原爆被爆者対策基本問題懇談会、 8月6日の戦後史、 似島(にのしま)、 被爆者援護法問題プロジェクトチーム、 原爆ドームの世界遺産化、 ヒロシマを語る会、 原爆白書、 原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会、 原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会、 原爆死没者追悼平和祈念 館
原爆裁判 (1997-98年)、 (1999年
「国際司法裁判所」・「世界法廷」:(1990~94年)、1995年、1996年~
桑原原爆訴訟、 石田原爆訴訟、 長崎原爆松谷訴訟、 金順吉裁判、 国民法廷運動
慰問・奉仕 1945~76年、 1985年、 1995
広島原爆資料館 1951~69年、1970~77年、1978~79年、1980~81年、1982~831984~87年、
1988~90年、1991~93年、1994~95年、1996~97年、1998
広島平和文化センター 1967(昭和42)~75(昭和50)年、1976(昭和51)~78(昭和53)年、1979(昭和54)~80(昭和55)年、1981(昭和56)~83(昭和58)年、1984(昭和59)~85(昭和60)年、1986(昭和61)~87(昭和62)年、1988(昭和63)年、1989(平成元)~90(平成2)年、1991(平成3)~92(平成4)年、1993(平成5)~94(平成6)年、1995(平成7)~96(平成8)年、1997(平成9)~98(平成10)
広島大学原爆放射能医学研究所 1953~64年、 1965~66年、 1967年、 1968年、 1969年、 1970年、 1971年、 1972年、 1973年、 1974~75年、  医学標本センター(1965年~74年)
広島市レストハウス ~1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999年、
天皇とヒロシマ・ナガサキ、 広島原爆投下機「エノラ・ゲイ」の戦後、 真珠湾(パールハーバー)とヒロシマ、 ブッシュ米大統領の原爆投下正当化発言、 ホリングス米上院議員の原爆ジョーク発言、 米国ロスアラモスでの「原爆の子の像」姉妹像建設(1990~98年)、 クリントン米大統領と原爆投下問題、 スミソニアン協会とヒロシマ(1987~98年)、 被爆50周年記念切手と対日戦勝50周年記念切手オランダとヒロシマ・ナガサキ、 原爆使用をめぐる国際司法裁判所の審議、 中曽根康弘首相とヒロシマ・ナガサキ
原爆被害観の対立 1945~69年)、 (1970~87年)、 1988年、 1989年、 1990年、 (1991~93年)、 1994年、 1995年、 1996年、 (1997~98年)
プルトニウム人体実験、 ビキニ・マーシャル・ミクロネシア
チェルノブイリ原発事故 1986~88年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999
朝日新聞・読売新聞記事見出し:チェルノブイリ(1991年分)、 中国新聞記事データベース:チェルノブイリ (1990年分) (1991年分)
カザフスタン・セミパラチンスク 1988~89年、1990年、1991~94年、1995~97年、1998年、1999
核兵器禁止平和建設国民会議(1960~68年)、 弁護士と広島・長崎、 原爆被害者相談員の会(1981年6月~)、 平和文化(1998年)、 原爆報道
平和教育 1950~67年、1968~76年、1977年、1978年、1979年、1980年、1981年、1982年、1983年、1984年、1985年、1986年、1987年、1988年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999年、
本島等長崎市長 「天皇の戦争責任」発言その後の経緯、 ホロコースト・原爆ドーム世界遺産化についての発言
ニューヨーク・タイムズ原爆関係記事目録(1947~78年)