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広島テレビ放送開局20周年記念誌

『あなたと共に20年 広島テレビ放送開局20周年記念誌』(広島テレビ放送株式会社、1982年9月1日)

内容<作業中

見出し
1 よりよい明日のために
2 ヒロシマから訴える
平和の願いを世界に
被爆の実相を追い続けて
数々の受賞作品
そして平和音楽祭
ゴールデンメイプル賞
あの日あの時
3 行け!われらのカープ
4 お茶の間に楽しみを
5 多彩な事業活動
三大イベント 広島平和音楽祭
    DSC06283 (2)
6 広島テレビの現況
7 年表

 

 

 

 

 

2021年8月(日録)

2021年8月(日録)

 事項
01  ヒロシマ遺文への投稿=「佐東町川内・温井義勇隊の碑」、「広島郵政関係者慰霊碑」、「ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔」、「2021年8月(日録)」
 03  ヒロシマ遺文への投稿=「広島テレビ放送開局20周年記念誌」、「広島平和音楽祭略年表」
 05  広島女学院大学講義。関西学院大学学生25名とスタッフ2名、本学受講生12名。~12:15。ソフィア101。
 06   広島被爆76周年。広島平和公園へ。原爆死没者慰霊行事に参列。原爆ドーム北側などを取材撮影。―07:26。
 06  朝日新聞「天声人語」で宇吹著『ヒロシマ戦後史』を引用。
06  山陰中央新報デジタル <特集>不変の底流 核なき世界へ 被爆76年、全面禁止条約発効
 07  福井新聞
 08  東京オリンピック閉会式。
 09   長崎被爆76周年。黙とう。
09 ヒロシマ遺文への投稿=「長崎旅行(2017年5月)」、「長崎調査(2007年12月)」、「長崎調査(2015年8月9日~11日)」。
10 沖縄タイムス
10 NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」。
10 ヒロシマ遺文への投稿=「宇吹メモの中のナガサキ(1967~76)」、
11 折鶴の紐遠し。折りはじめ=20181203。1000羽達成=20190427.
12 土屋豪志<共同通信>よりメール。©株式会社全国新聞ネットに私へ電話取材による記事ありとのこと。確認する。「核兵器の全面違法化、戦後最大の成果 条約不参加の「被爆国」、空洞化危機」
12 ヒロシマ遺文への投稿=「せこへい美術館」
13 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設問題を考える会」
14 ヒロシマ遺文への投稿=「敦賀・舞鶴・天橋立一人旅(2014年5月16日~19日)日程表」
15  終戦記念日。町内放送はなし。NHKテレビに合わせ黙とう。
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「戦争遺跡保存全国ネットワーク」
18 ヒロシマ遺文への投稿=「社説(ローカル紙)2021年8月6日」、「子どもたちの見たヒロシマ 修学旅行感想文集」。
19 ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま 世界平和の聖都」、「全国戦没者追悼式(開催概要)」。
20 **帰宅。~22日。
20 エディオン焼山店へ。高速小型無線LAN子機を購入。設置してもらうとパソコンの調子が良くなる。
21 エディオン呉店へ。プリンターを購入。
21 ヒロシマ遺文への投稿=「早田尚」。
22 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆訴訟を支援する会」。
23 **より電話。**(NHK)と替わる。
24  東京パラリンピック。~9月5日。
25 ヒロシマ遺文への投稿=「エドマンド・ブランデン詩碑」、「1984中国文化賞ー広島県総務部県史編纂室」
26 ヒロシマ遺文への投稿=「きのこ会」。
27 ヒロシマ遺文への投稿=「水を風を光を 日本YWCA80年1905-1985」。
29 ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立図書館《広島県出身・ゆかりの女性たちの紹介》」、「文学選ひろしま 1」、「木の葉のように焼かれて」
30 *(東区民文化センター)より電話。9月18日「令和3年度城下町広島の歴史講座」のこと。10日午後、開催の可否を連絡する由。
30 ヒロシマ遺文への投稿=「広島市千田婦人会」
31 桜が丘へ。倉庫の本「田原資料」のうち長崎関係2箱を自宅に持ち帰る。自宅の「おんな」関係資料の整理。

 

 

 

 

ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔

ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔

(正面)平和宝塔
〔副碑〕
(正面)第二次世界大戦中にポーランドの
アウシュビィッツで、ナチズムの
反ユダヤ政策の犠牲となった人々
の霊がここに眠っています。この
非人道的な惨劇はヒロシマの体験
と共に、決してくりかえされて
はなりません。
私たち一人一人の心の奥に
ひそんでいる貪欲、怒り
無智を深く反省し、人間の真
の心を培い、ひらきましょう。
(英文略)
(裏面)昭和四十八年五月十二日建立
ヒロシマ、アウシュビィッツ委員会

広島郵政関係者慰霊碑

広島郵政関係者慰霊碑

設置場所:中国郵政局(広島市東白島町)
建立年月日:1976年8月6日
HIC109A
(正面)(原文左横書)
慰霊
(裏面)慰霊のことば
昭和二十年八月六日午前八時十五分
世界最初の原子爆弾が広島の地に投下さ
れ、一瞬にして街は焦土と化し、二十数万
の尊い生命が失われました。
焦げ付く太陽の下、炎に追われながら
水を求めてさまよい歩く被災者は数知れ
ず、また、焼けただれた遺体が至る所に
ころがり折り重なって、まさに焦熱地獄
の惨状を呈したといわれております。
郵政部内においても、当時の広島郵便局
の二百八十八人をはじめ、西部逓信総局
広島逓信局・広島逓信病院・広島地方貯
金局・広島市内各郵便局の職員等、合わ
せて五百有余人が尊い犠牲となられたこ
とは、誠に痛恨の極みであります。
あれから三十有余年が過ぎた今日も、
原爆の後遺症に苦しんでおられる人が多
いことを思うとき、再びこのような悲劇
が繰り返されてはなりません。皆様の霊
を慰め永遠の平和を祈念するため、昨年
被爆三十周年を機に、遺族・退職者・全
逓労組・全逓被爆者の会、並びに、郵政
局・監察局、それぞれの代表者により、
「原爆慰霊碑建設委員会」を設け、有志
の浄財によってこの碑を建立しました。
どうか安らかにお眠りください。
昭和五十一年八月六日
原爆慰霊碑建設委員会
〔説明板〕
(正面)(原文左横書)
この慰霊碑は関係者の浄財により
建立された
設計 中国郵政局建築部
施工 フジタ工業株式会社
 HIC109MVC-001F
 HIC109MVC-006F
 HIC109MVC-007F
 HIC109MVC-008F
 HIC109MVC-009F

 

佐東町川内・温井義勇隊の碑

佐東町川内・温井義勇隊の碑

 (正面)(原文左横書)
義勇隊の碑
(縦書)広島市長
浜井信三書
 HIC072
(裏面)上温井(六八名略)
中温井(三七名略)
下温井(四〇名略)
 HIC072B
 〔側碑〕
(正面)謹みて義勇隊の霊にささぐ
我等みな忘れまじ悲しみて余りある惨状の日を、
そは昭和二十年八月六日午前八時十五分なり。
原爆、この地に投下され阿鼻叫喚の巷の中で
苦悶のはてに吾がはらからはいまここに眠る。
軍の至上命令とはいえ百七拾四名の尊き犠牲者
当日早朝より家屋疎開の作業に従事す。
その名川内村義勇隊旧安佐郡川内村温井
部落居住者なり
戦禍の憎しみ今ここで言うをまたず我等遺族
その若き命をささげし霊に対し断腸の思い
果つるを知らず。
ここに遺族一同相はかりてその尊き犠牲を
永久に語りつたえ、今平和のきざしこの地より
出ずるにあたり、霊よとこしえに安かれと祈念し
この碑を建立す。
昭和三十九年八月六日
安佐郡佐東町川内温井
遺族一同

 

 

 

 

悠仁親王

悠仁(ひさひと)親王殿下
平成18年9月6日ご誕生 お印:高野槇(こうやまき)
出典https://www.kunaicho.go.jp/about/history/history03.html

資料

厳島神社回廊 2006年11月23日撮影
20061123itukusimajinnja
悠仁(ひさひと)親王殿下 お印:高野槇(こうやまき)
DSC06224
DSC06222
宇吹実家の畑 2021年7月31日 宇吹暁撮影

 

 

平和の灯奉讃会

平和の灯奉讃会

設立:1965年1月25日
代表者など:
出典
関連資料

平和の灯

建立年月日:1964(昭和39)年8月1日

場所:広島市・平和記念公園

 

 

(裏面)

平和の灯

〔説明板〕

「平和の灯」は数十万原爆犠牲者の霊を慰めるとともに 核兵器を禁止し 永久平和を建設しようといふ日本国民の祈願により建設されたものであり 核兵器が地球上から姿を消すまで この灯は燃えつづけるであろう

この灯は争う心ではなく 無償で献げる心の結晶である

昭和三十九年八月一日

平和の灯建設委員会

 

*現在 説明板は撤去されている

 

1963年6月、核兵器禁止平和建設広島県民会議は、原爆死没者慰霊碑付近にオリンピックの聖火台のような「平和の灯」を建設することを計画した。この計画は、同年12月3日の核禁会議全国幹部会で取り上げられ、核禁会議が700万円を募金することが決定された。

灯の設計は、丹下健三が担当し、64年5月27日、「平和の灯」の起工式が挙行された。灯台は、原爆死没者慰霊碑と同じくコンクリート素打の工法で、高さ3メートル、幅13メートル、両手が力強く灯を掲げる姿を表現し、灯は、平和を求める積極的な姿を示したものであった。

起工式に出席した丹下は、設計者としての意図を、「安らぎを象徴するハニワ型の慰霊碑だけではもういけない。いまひとつ動的な平和の象徴が必要な時代だ」と語っている(「中国新聞」64年5月28日)。

「平和の灯」点灯式は、約1万人の参列のもとに64年8月1日午後7時から開始された。点灯に用いられた火は、伊勢神宮、東西両本願寺など全国12宗派から寄せられた「宗教の火」と溶鉱炉など全国の工業地帯から届けられた「産業の火」であった。

 

<「年表:核兵器禁止平和建設国民会議」へ

 

平岡敬前広島市長:私の平和論ーヒロシマから―20100121

広島女学院大学人間生活学研究科冬季特別講演会。
平岡敬前広島市長「私の平和論ーヒロシマから」。
ソフィア101。2010年01月21日 17:00~18:50

講演概要(宇吹メモ)<敬称略>
IMG_2417 (2)
死者の思いを忘れるな。県知事告諭、蜂谷道彦。仇を討つ。平和な社会を作ってくれと言って死んだ者はいない。原爆ドームの世界遺産化。国内160万人の署名。<講演後の話=参議院決議が文化庁を動かした。後で文化庁からいやがらせを受ける>。
国家の責任を国民が受け継ぐべきか。ヤスパースの4つの罪=刑法上の罪、政治上の罪、道徳上の罪、形而上の罪。
日本国民の戦争への共通認識がない。天皇の言葉=「あの戦争」。1998年のインド・パキスタンの核実験。インドで国防相、副大統領と面会。「核の傘」に守られている日本にインドを批判することはできない。ガンジーが生きていれば「作ってもいいが使うな」と言うだろう。帰国後の平和宣言で「核の傘」批判をおこなった。
「核の傘」=冷戦の産物。核状況の悪化=放射線被曝者の増加、劣化ウラン弾犠牲者、核物質の闇商人。キッシンジャー・シュルツなどによる「核のない世界」構想=中身は核拡散の防止。グローバル・ゼロ。この延長線上にオバマ発言。軍産複合体などアメリカの権力構造はオバマ政権でも変わらない=ブッシュ政権のゲーツが国防長官。オバマの選挙資金の4分の3が企業献金。
核兵器がなくなれば平和になるわけではない。核兵器廃絶後にどのような社会をつくるか。格差社会。
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赤木智弘=フリーター。論座で「丸山真男をひっぱたきたい」。折り鶴を折ることが平和に結びつくわけではない。折り鶴は紙切れ。原爆以外のハイテク兵器にどう対応するのか。
今日の講演で触れられなかったこと。1.原爆被害。2.核兵器の持つ皆殺しの思想。無差別爆撃。3.戦争体験の共有。4.日本に世間はあるが社会はない、5.原水禁運動、8.外国人被爆者、9.日米安保体制化の広島。10.ヒロシマの声として発信する人。
平岡敬への質問。
*井ヨ*エ(英米言語学科4年)。哲野イサク。網野沙羅。鈴木。
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謝辞=末永航。
平岡敬講演会参加者=読売、朝日(加戸靖史)、毎日(矢追健介)、共同(高見浩太郎)、産経(山澤義?)、中国(金崎由美、林淳一郎、吉原圭介、馬上稔子)、RCC(藤原大介ほか2名)。
平岡敬=講演後、学部事務室。中国メディアセンター記者。南部さやか(読売)。中田=父親が平岡と知り合いの様子。ラン・ツヴァイゲンバーグ(ニューヨーク市立大学)。平岡=*記者は抽象的になりすぎた。

 

 

広島市商同窓会

広島市立商業学校・広島市立造船工業学校
原爆戦没者慰霊碑

建立年月日:1963(昭和38)年8月6日

場所:広島市・平和記念公園

撮影日:2015年8月6日 08:59 撮影:宇吹暁
CIMG5582 (2)

(正面)(原文右横書き)

慰霊碑

(裏面)

建立発起人総代
広島市商同窓会々長 堀江守
同     副会長 平岡繁穂
同 同   大田広一
遺族代表      宮本卯三郎
広島市立造船工業学校原爆戦没者(略)
広島市立商業学校卒業生戦没者(略)

〔左側碑〕

碑文
青天の霹靂とはまさにこのことであった
昭和二十年八月六日午前八時十五分 われらの郷土広島は ただの一発の原子爆弾によってこの世ながらの地獄を現出し一瞬にして壊滅した
われらが母校広島市商は当時造船工業に転換を余儀なくされていたのであるが 当時学徒動員市内建物疎開作業に出動中の生徒二七〇名付添職員三名もまた 全滅の悲運に遭った
われらは年少の諸君の清純熱烈な愛国の至情に想いを至し 可憐悲痛全くいうべき言葉を知らない
われらここに殉難生徒職員各位の諸霊の冥福を祈り かくの如き悲劇の再び人間の手によってくり返さしめざることを誓うとともに 併せて今次大戦を通じて戦列に参加し 奮戦苦闘武運拙くも散華して護国の鬼と化した多数の旧市商同窓生各位の英霊をも弔うべくこの碑を建立し われらの微衷を永く後世に伝えんとするものである
昭和三十八年八月六日
広島市商同窓会 造船工業学校遺族
広島市商業高等学校長 田中浩造
撰文

〔右側碑〕(原文左横書き)

原爆戦没者慰霊
原爆死没者(五八名人名略)
戦争死没者(一〇一名人名略)

〔説明柱〕

広島市商業学校
広島市造船工業学校
原爆戦没者慰霊碑標