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年表:天皇とヒロシマ・ナガサキ

年表:天皇とヒロシマ・ナガサキ

Y M D NEWS1
45 08 15 天皇の終戦詔書放送さる.
45 08 31 天皇、広島・長崎の惨状視察と救護関係者激励のため侍従を派遣することを明らかにする。
45 09 04 永野長崎県知事、来崎した久松侍従に長崎市の被害状況を報告。9月1日現在、死亡者(検死済)19743人・行方不明者1927人・重軽傷者40993人、8月26日現在戦災者21774世帯89780人・全焼全壊家屋14046戸・半焼半壊家屋5441戸など。[天皇]
45 09 13 永積侍従、比治山迷児収容所を訪問。[天皇]
45 12 11 高松宮、来広。戦災者や引揚民の救護状況視察。[天皇]
46 10 30 天皇、宮中で楠瀬広島県知事に広島市の復興状況について質問。
47 05 33 第1回平和祭に向けての会合、広島市役所で開催。中村藤太郎広島商工会議所会頭、「8月6日の平和祭に、ぜひ天皇陛下の御臨席をお願いしよう」と緊急提言。(『天皇陛下と広島』)
47 10 04 広島県議会発議書「天皇陛下広島県行幸懇請について」(『天皇陛下と広島』)
47 10 25 広島市議会「広島市役所に天皇陛下御巡幸を仰ぐよう県当局に対する陳情書」(『天皇陛下と広島』)
47 11 20 宮内府、天皇の中国地方視察の日程を発表。[天皇]
47 11 22 広島市復興局、本年7月英豪軍航空隊撮影の写真から広島市の航空写真を作成。来広の天皇に提示予定。
47 11 24? 広島市、天皇に原子砂漠の写真を献上することを決定。作成は文化社。
47 11 30? 広島市、天皇来広に際し、国旗を掲揚しないよう要望。
47 12 05 天皇、国立大竹病院を訪問。外科第3病舎で同病院ただ1人の原爆病患者・畠山隆雄(24歳)を慰問。(『天皇陛下と広島』)
47 12 06 楠瀬広島県知事、天皇の下問に「広島市の原子爆弾の影響は現在では人体について殆ど心配なく、ただ植物に学問的に多少の影響を与えている程度であろう」旨、奏上。(『天皇陛下と広島』)
47 12 06 竹内釼・広島赤十字病院院長、宮島・岩惣の行在所で天皇に進講「広島市における戦災者の傷痍について」。(『天皇陛下と広島』)
47 12 07 永積侍従、天皇の命により、原爆供養塔を参拝し、日赤病院の原爆患者13人(吉川清など)を慰問。
47 12 07 天皇、広島を訪問。広島戦災児育成所(佐伯郡五日市町)-相生橋-広島市民奉迎場(元護国神社前)-第1授産共同作業場-袋町小学校-広島県立第1中学校-広島市役所-県庁-広島駅。
47 12 10? 天皇行幸記念の平和記念塔、広島爆心地産業奨励館横に完成。
47 12 12 広島市議会「天皇陛下本市行幸に対する感謝決議」(『天皇陛下と広島』)
48 08 06 広島護国神社、慰霊安鎮祭を執行。[天皇]
49 03 30 皇太子の来広日程、広島市議会全員協議会で公表。4月5-6日。[天皇]
49 04 06 皇太子、広島市内を見学。[天皇]
49 05 27 天皇、長崎市を訪問。28日まで。
49 07 01 三笠宮、来広。2日、広島赤十字病院で吉川清などを慰問。[天皇]
49 07 02 吉川清、三笠宮の慰問を受ける。[天皇]
49 07 18 大橋長崎市長ら上京。文化都市記念祭に天皇の「お言葉」や高松宮の臨席を懇請する予定。
49 08 06 広島神社(元護国神社)、戦争死没者の慰霊祭と平和祈願祭を執行。[天皇]
50 07 27? 広島県神社神道同志会、8月6日に元護国神社境内で戦死病没・原爆犠牲者慰霊平和祭開催を計画。[天皇]
51 04 05 順宮・清宮、修学旅行の途次、広島入り。供養塔、原爆記念館、御便殿、ABCCなどを視察。[天皇]
51 08 06 広島県神社神道同志会、元護国神社で原爆犠牲戦死病没者慰霊祭式典を執行。[天皇]
51 10 27 第6回国民体育大会、広島市で開幕。天皇・皇后参加。
51 11 14 広島市、強制作業中の原爆犠牲者12万8千人の靖国神社合祀と、遺族を戦争遺家族援護の対象に入れるよう国会請願展開。広島市議会議員ら、参院遺家族等援護小委員会で請願の主旨説明(15日には衆院)。[天皇]
51 11 19 広島市の原爆死没動員学徒が靖国神社へ合祀されることが判明。義勇団員については広島市の資料調査待ち。[天皇]
51 11 21 広島市議会文教・厚生両委員会、原爆死没動員学徒・徴用工・義勇隊員の靖国神社合祀と遺家族援護法の適用の陳情について協議。中島ピース・センター内への原爆犠牲学徒の像建設を可決。[天皇]
51 11 26 広島市議会代表、靖国神社に、原爆死没動員学徒・義勇隊員の合祀を陳情。[天皇]
52 01 29 広島・長崎両市議ら、靖国神社事務総長に、原爆死没動員学徒・義勇隊員の同神社合祀を陳情。[天皇]
52 02 02 長崎市議会議員、原爆犠牲者援護等陳情から帰任報告。原爆死亡者調査費の支給が決り,学徒義勇軍・勤労報国隊員などの死亡者の靖国神社合祀について同神社と話合い。[天皇]
52 02 12? 広島市議会副議長、全国議長会より帰任報告。原爆死没学徒・義勇隊員の弔慰問題について、地元調査の完了・靖国神社合祀が先決、と語る。[天皇]
52 04 21 長崎県、戦後初の戦没者招魂祭長崎市の県護国神社で挙行。県下の遺家族千数百人が参列。(「長崎市史年表」)[天皇]
52 05 04 広島原爆犠牲者12800柱を靖国神社へ合祀。[天皇]
52 05 07 原爆犠牲者遺家族援護促進委員長任都栗一興、靖国神社へ合祀された広島市の原爆死没者のうち、学徒義勇隊死亡者8205人分の名簿を同神社に納める。[天皇]
52 07 02 第5回広島長崎特別都市建設期成委員会、広島市で開催。外国資金による被爆者治療機関設立など政府への要望事項決議。原爆死没学徒の靖国神社合祀推進を申し合わせ。[天皇]
52 12 06? 元海軍指定管理工場長崎三菱4工場に勤務中原爆・空襲によって死亡した徴用工・動員学徒・女子挺身隊員の靖国神社合祀が決定、長崎市、該当者に軍属任命手続きを呼びかけ。[天皇]
54 05 24 秩父宮妃、長崎原爆中心地を訪問。(長崎日々)[天皇]
54 07 17 高山広島市助役、高松宮に平和祭式典参加を懇請。出席を約束。[天皇]
54 08 06 広島市の世界平和記念聖堂完工式。高松宮出席。[天皇]
54 08 06 広島市、原爆死没者慰霊式ならびに平和記念式を挙行。高松宮夫妻出席。2万人参加。[天皇]
55 07 09 高松宮喜久子妃、呉市での全日本軟式庭球東西対抗試合に出席の途次、原爆資料館・日赤広島病院・ABCCを見学。[天皇]
56 01 14 高松宮妃、来広。原爆孤児ら7人に面会。[天皇]
56 01 15 広島赤十字原爆病院起工式、開催。初の原爆症専門病院。高松宮妃(日赤名誉副総裁)、出席。工費6500万円はお年玉付年賀ハガキの分配金を充当。[天皇]
56 03 23 天皇、東京日本橋高島屋で開催中のニューヨーク近代美術館など主催「ザ・ファミリー・オブ・マン」写真展を見学。その際、広島原爆被災の少年の写真にカバーがかぶせられる。(毎日新聞)
56 04 03 義宮、長崎国際文化会館の原爆資料館を見学。その際、原爆被災者のケロイド模型3体を除去。7日、これに対して、モデルの山口仙二が同会館に抗議。(毎日新聞)[天皇]
56 08 04 長崎市原爆資料保存会、4月義宮来県以来国際文化会館の陳列から除かれていたケロイド模型を陳列することなどを決定。(長崎日々)[天皇]
56 08 08? 広島市の画家神田周三、1947年来広した天皇に、当時の日赤院長竹内博士が原爆被害について説明している場面を写生した際の思い出を毎日新聞社に寄せる。(毎日新聞)
56 09 11 広島原爆病院開院式、開催。日赤名誉副総裁秩父宮妃、郵政・厚生両大臣、広島県知事・市長ら出席。[天皇]
56 11 13 高松宮、長崎入り。(長崎日々)[天皇]
57 04 09 義宮、来広。原爆病院を慰問、ABCCを見学。[天皇]
57 04 17 清宮、長崎市内を見学。(長崎日々)[天皇]
57 05 31 秩父宮勢津子妃長崎入り。6月1日、原爆慰霊塔に花束を献花。原爆病院の起工式に参列。[天皇]
57 08 06 広島市平和公園で平和記念式典と原爆死没者慰霊式。三笠宮夫妻など2万人が参列。[天皇]
57 12 07 森絹子(14才の長崎被爆者)・沢田律子(17才の広島被爆者)、三笠宮邸を訪問。藤居・香田・中村(原水協常任理事)なども同席。(「被団協連絡」NO.2)(「原水爆禁止ニュース」NO.49)[天皇]
57 12 07 三笠宮夫妻、福田須磨子が作製した唐人形と広島の被災者が折った千羽鶴を受け取る。森絹子(西浦上中1年)、所沢田津子(広島女子商2年)が届ける。[天皇]
57 12 11 森絹子、三笠宮から被爆者へのプレゼントとしてあずかったたばこ100本を長崎大学付属病院の入院患者13人に届ける。[天皇]
58 05 28 長崎原爆病院、開院と落成式を県立長崎東高体育館で挙行。日赤名誉副総裁の高松宮妃など500人が参列。[天皇]
58 05 28 長崎原爆病院、開院式を長崎東高校で開催。高松宮妃出席。(西日本)[天皇]
59 07 21 広島県知事、厚生省引揚援護局より、60年4月から動員学徒戦没者8,000人の霊が一般軍人なみに靖国神社に合祀されるとの連絡を受ける。[天皇]
59 07 22 秩父宮妃、山下義信前参議院議員を赤坂の宮邸に招き、社会福祉事業推進の功労を労う。[天皇]
59 10 04 小泉昌子(広島県世羅郡世羅西町の津名中学校教師。原爆孤児、23才)、中央青少年問題協議会が皇太子結婚を記念して実施する「青少年海外派遣団」の一員としてアメリカに向け横浜港を出発。(東京新聞)[天皇]
59 12 08 広島赤十字病院、日赤原爆殉職慰霊碑除幕式と広島赤十字病院開設20周年記念祝賀式を挙行。日赤名誉副総裁秩父宮妃・日赤島津社長・赤十字国際委員会駐日特別使節団長アンドレ・デュランら関係者200人が参列。[天皇]
60 02 12 平塩広島県議会議長、8月6日に予定の県主催の原爆被爆者大慰霊祭に皇太子はじめ衆参両院議長に出席してもらうよう打診したことを明らかにする。[天皇]
60 03 28 原爆15周年慰霊式・平和記念式典準備委員会、広島県議会会議室で開催。皇太子・岸首相・衆参両院議長・各政党代表を招待することを決定。[天皇]
60 05 09 大原広島県知事、宮内庁次長に皇太子夫妻の原爆犠牲者慰霊式典への出席を申し入れる。[天皇]
60 07 21 宮内庁伊集院侍従、来広。皇太子の平和式典への参列が内定。[天皇]
60 08 06 広島県・市、原爆慰霊式ならびに平和記念式典を挙行。皇太子・中山マサ厚生大臣・清瀬衆議院議長・各政党代表など参列。約4万人が参列。[天皇]
60 08 06 皇太子、広島原爆病院を見舞い、ABCCを訪問。[天皇]
60 08 06 皇太子、似島学園を慰問。[孤児][天皇]
63 06 10 厚生省、原爆死没動員学徒らの靖国神社合祭決める。[天皇]
64 12 04 鈴木直吉広島県原水協(共産党系)会長「核兵器禁止が大きな国際問題として取り上げられているとき、原爆投下を指揮したルメー将軍を叙勲することは、政府に何かの意図があるのではないか」[天皇]
69 04 25 政府、第30回戦没者叙位と第61回戦没者叙勲を26日付で発令することを閣議決定。広島市内で建物疎開作業中に原爆死した動員学徒のうち2,582人が勲8等瑞宝章に叙勲。[天皇]
69 07 19 第22回戦没者叙位叙勲伝達式、広島市の袋町小学校で開催。市内在住の803人(うち学徒犠牲者684人)の遺族に伝達。[天皇]
70 11 27 永野広島県知事、天皇・皇后の広島・島根巡幸の日程を山田広島市長に伝達。内々に。
71 04 15 三瓶山での全国植樹祭に出席の天皇、皇后、20年ぶり広島を訪問。16日、原爆慰霊碑、原爆養護ホームなど参拝、慰問
71 04 16 天皇・皇后、広島市の原爆慰霊碑を参拝。
71 04 16 天皇、広島護国神社を訪問。(『天皇陛下と広島』)
75 10 31 天皇・皇后、「日本記者クラブ」の求めに応じて訪米後初の記者会見。広島の原爆投下について「広島市民には気の毒に思うがやむを得なかった」と語る。
75 11 12 広島県原水禁、10月31日の天皇発言は容認できないとの声明文を発表。
75 11 12 吉川清、原水協理事会に出席。天皇記者会見での原爆投下についての発言に抗議の声明文を宮内庁に出すことを決定。
75 11 20 宮内庁の富田次長、参院内閣委で天皇の原爆についての発言は「真意が伝わらず残念。被爆者に対して常に気の毒に思っておられる」と答弁
75 12 26 広島県原水禁、10月31日の天皇発言を補足する宇佐美毅宮内庁長官からの回答を受け取る。
76 10 27 久保長崎県知事、天皇に対する地方事情の説明者に選ばれ、皇居で離島・被爆者・長崎空港の3点について説明。
77 02 11 天皇陛下御在位60年広島県奉祝委員会、『天皇陛下と広島』を発行。
77 03 31 浩宮(徳仁親王)、長崎平和公園に参拝。[天皇]
77 09 30 「天皇陛下御在位60年奉祝広島県記念式典」、広島厚生年金会館で開催。2000名が参加。(『天皇陛下と広島』)
77 11 10 秩父宮妃、長崎原爆病院を慰問。[天皇]
77 12 25 広島市比治山公園に天皇陛下御在位60年奉祝記念事業として「御製碑」を建立。「ああ広島平和の鐘も鳴りはじめ たちなほる見えてうれしかりけり」(『天皇陛下と広島』)
78 07 16? 詩人栗原貞子、エッセイ集「核・天皇・被爆者」出版。
78 07 24 皇太子夫妻、来広。[天皇]
79 05 13 中国軍管区司令部慰霊碑(基町・護国神社前)[天皇]
80 08 06 広島師友会、護国神社で旧中国管区司令部の原爆犠牲者慰霊祭。[天皇]
80 08 12 広島市の護国神社で、戦没者・原爆犠牲者慰霊の「みたま祭」。[天皇]
80 12 10 靖国神社の公式参拝を求める請願が広島県議会に提出され、被爆者団体ら反発。[天皇]
80 12 20 広島県議会、首相らの靖国神社公式参拝を求める請願を採択。[天皇]
81 05 09 常陸宮夫妻、来広し、原爆慰霊碑に参拝。[天皇]
81 07 11 浩宮、来広し原爆慰霊碑に参拝。[天皇]
81 08 07 皇太子、原爆投下日に黙とうをかかさないと発言。[天皇]
82 11 29 新築移転した日赤長崎原爆病院の完成祝賀会開催。落成式に三笠宮妃出席。[天皇]
83 02 11 広島キリスト者平和の会など広島で「紀元節復活反対2・11集会」を開催。「ヒロシマと天皇」と題して講演。
83 07 27 常陸宮夫妻、来広し原爆慰碑に参拝。[天皇]
83 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
84 04 21 東京の靖国神社に、被爆死した旧長崎市医科大学の学生五百五十三柱が合祀されていることが判明。[天皇]
84 05 17 皇太子家長女紀宮、学習院女子中等科の修学旅行で来広し、平和学習。[天皇]
84 05 29 広島市、写真集「広島‐HIROSHIMA」を宮内庁に寄贈。(5月11日、天皇陛下、広島市長に広島の現状について質問。)
84 11 07 常陸宮紀、長崎市を訪れ、日赤長崎原爆病院を慰問。[天皇]
85 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
85 08 15 「ストップ・ザ・戦争への道!ひろしま講座」のメンバーら、中曽根首相の靖国神社公式参拝に反対して広島市内で街頭ビラ配布。[天皇]
86 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
86 09 22 広島県原水禁、天皇陛下在位60年記念碑の比治山公園への建立計画は不適当と広島市に抗議。
86 11 08 広島県原水禁など、広島市の比治山公園への天皇在位60年記念碑建立計画について、許可しないよう広島市に再度申し入れ。
86 11 13 言論・表現を守る広島実行委員会、天皇在位60年記念碑建立計画について、被爆地の市民は戦争責任のある天皇在位を祝う碑建立に抵抗を感じると抗議。
86 12 25 天皇陛下御在位60年広島県奉祝委員会、広島市の比治山公園に御製碑を建立し除幕式(約100人出席)。同碑は市へ寄贈。
87 05 28 第3回「真宗遺族の集い」、広島市で開催(約130人参加)。テーマ「真宗にとって靖国とは」被爆者遺族ら、靖国問題について発言。[天皇]
87 08 06 広島護国神社で、原爆死没者慰霊祭。[天皇]
87 08 06 広島護国神社で万灯御霊祭。[天皇]
88 08 04 広島護国神社で、万灯みたま祭。[天皇]
88 08 06 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇]
88 09 27? 長崎県創価学会、28日から予定していた東彼波佐見町での「平和への行動展」開催を天皇病気のため延期することを決定。
88 10 22 原水爆禁止日本協議会、天皇の名による侵略戦争の結果、いまなお40万人近い被爆者が苦しんでいるとして、天皇美化、元首化の策動に反対するとの声明を発表。
88 12 21 沖縄県中頭郡読谷村村議会で、同村長、天皇を戦争の最高責任者であると答弁。
88 12 28 福岡県知事、天皇の戦争責任問題は「もう済んだこと」との見解表明。
89 01 07 日本原水協、「天皇の死去について」との事務局長談話を発表。その中で、天皇は戦争を早期に終結せず原爆投下を招いたと指摘。
89 01 07 日本被団協、「天皇死去にあたって」との事務局長談話を発表。1975年の天皇の「原爆投下はやむを得なかった」との発言に言及。
89 01 07 天皇、死去。同天皇は、1947年、来広し、広島戦災児育成所などを慰問、「広島市の受けた災禍には同情に耐えない」と発言。1971年、原爆慰霊碑に参拝。1975年、「原爆投下は、戦争中のことでやむを得ない」と発言。[孤児]
89 01 07 新天皇、即位。皇太子時代には4度来広、1960年には似島学園を慰問、これまでに原爆病院を3回訪問。[孤児]
89 01 08 テレビ番組「天皇とヒロシマ」(中国放送、1時間45分)、放送。原爆犠牲者・市民の声を基調にした昭和のヒロシマの記録。
89 01 09 広島市の本川小学校の始業式で、同校校長、昭和天皇死去に伴う講話の中で、同校の原爆被災に言及。
89 01 10 韓国原爆被害者協会、新天皇即位を機に植民地統治の傷跡をいやすよう求める声明を発表。そのなかで、「裕仁天皇と日本政府は在韓被爆者たちに一言の謝罪も一文の補償も行わなかった」と発言。
89 01 21 長崎総科大の長崎平和文化研究所、ことし第1回目の例会を開催(約30人参加)。天皇制問題について論議。
89 01 21? 新天皇の昭和20年当時(当時11歳)の作文が保管されていたことが判明。文中、原爆について言及、「遂には原子爆弾を使って何十万という日本人を殺傷し、町や工場を破壊しました」。
89 02 10 広島県原水協・県被団協(佐久間澄理事長)など26団体、「天皇死去にあたっての共同声明」を発表。そのなかで、昭和天皇の戦争責任を指摘。
89 02 11 「2.11平和教育研究集会」(日教組九州地区協議会主催)、長崎市で開催(約500人参加)。講演「天皇制と平和をめぐる問題」など。
89 02 16 「天皇代替り監視・情報センター広島局」運営委員会、広島市長らに、24日の「大喪の礼」に出席しないよう申し入れ。昭和天皇の原爆投下は「やむを得なかった」との発言に言及。
89 02 24 天皇代替り監視・情報センター広島局主催「抗議の座り込みと歌舞音曲パレード」、広島市の原爆ドーム前で実施(約30人参加)。「原爆許すまじ」を合唱。
89 02 24 長崎県被爆者手帳友の会、長崎市の平和公園で集会を開催(約50人参加)。「戦争被害者を力づけてくれた昭和天皇に対し、国民の一人として弔意を表す」と、長崎の鐘を鳴らし、黙とう。
89 02 24 広島県原水禁など主催「大喪の礼これでいいのか?2.24ヒロシマ集会」、広島市で開催(約100人参加)。天皇の戦争責任発言などについて論議。
89 02 24 長崎原爆被災者協議会経営の「被爆者の店」(平和公園内)、「大喪の礼」で休業せず、開店。同会副会長、「天皇の戦争責任は免責されるものではない」とコメント。
89 02 24 広島県原水協・県被団協(佐久間澄理事長)など、「天皇問題を考えるシンポジウム」を広島市で開催(約300人参加)。原爆投下はやむをえなかったとの天皇の発言を批判。
89 02 26 「現代史を語るシンポジウム」(広島平和教育研究所主催)、広島市で開催。天皇制・平和運動などについて論議。
89 05 28? 1947年天皇来広当時の記録「天皇と広島」(1949年発行、B6、134ページ)、40年ぶりに復刻。
89 06 24 第17回全国平和教育シンポジウム(日本平和教育研究協議会・広島平和教育研究所主催)、広島市で開催。(約600人参加、25日まで)。講演「平和教育の到達点と当面の課題」、13の分科会を開催。「天皇問題と平和教育」に関するレポートが集中
89 07 18 ラジオ番組「天皇とヒロシマ」(中国放送)、日本民間放送連盟賞のラジオ分野中国四国地区審査会の報道番組部門最優秀賞を受賞。
89 07 22 写真家福島菊次郎の写真展「天皇の戦争責任とヒロシマ」、広島市で開催(小西のぶ子記念館主催、24日まで)。
89 08 01 長崎大学、公開講座「平和を考える」の受講生を募集。8月29日開講、計10回。テーマ「原爆・原発・天皇制」。(申し込みがなく10日の締め切りを延長し募集。)
89 08 06 万灯みたま祭、広島市の護国神社で開催。[天皇]
89 08 16 宮内庁と広島県、天皇・皇后の9月広島訪問を発表。それによると、9日来広、広島赤十字・原爆病院を慰問予定。
89 09 08 「天皇の来広を許さない9・9広島行動実行委員会」、広島地裁に、9日のデモ申請の県公安委による大幅変更について、許可の執行停止を求める仮処分を申請。(申請は却下され、デモを中止。)
89 09 08 広島県公安委員会、「ストップ・ザ・戦争への道!ひろしま講座」の天皇来広反対を訴えるデモ申請を時間変更して許可。
89 09 09 「天皇代替り監視情報センター・広島局」など、天皇・皇后来広に抗議して広島市でデモ(約170人参加)。県公安委による時間帯変更で、1時間遅れでデモを実施。
89 09 09 天皇・皇后、来広。11年ぶり。原爆慰霊碑に参拝、広島赤十字・原爆病院を慰問(皇太子時代を含め4回目)。来広の感想として「この地が原爆による被爆の歴史を持つことに思いをいたさずにはいられません」と発言。
89 09 09 広島地裁・高裁、天皇来広反対デモを県公安委が時間帯を変更して許可したことに対する市民団体の不服申し立てを棄却。
89 09 20 中国放送の報道特別番組「天皇とヒロシマ」、日本民間放送連盟のラジオ報道番組の最優秀に選定される。
90 02 23? 皇太子、長崎市長狙撃事件について、「言論を暴力で封じる行為は断固としてあってはならない」と発言。[天皇]
90 05 15 全国植樹祭出席の天皇・皇后を迎える「特別奉送迎者」として案内を受けた長崎県被爆者手帳友の会会長、体調を理由に欠席することを発表。
90 05 18 天皇・皇后、長崎市を訪問し、平和祈念像に供花(市民約3800人が出迎え)。日赤長崎原爆病院を慰問。
90 08 06 原爆慰霊祭、広島市の護国神社で挙行。[天皇]
90 11 10? 広島世界平和の道を拓く集いの会、冊子「天皇と平和」(B5、69ページ)を刊行。昭和天皇と原爆にまつわる秘話などを収録。
90 11 13? 長崎市の被爆者団体、天皇の「即位の礼」に対しての意見を表明。長崎の証言の会事務局長=天皇を再び神格化しようとする動きがある、長崎県被爆者手帳友の会会長=素直に祝意を表したい、長崎被災協会長=政治との結びつきに危ぐとコメント。
91 04 16? 刊本「来るべき日本との戦争」、米で刊行。そのなかで、広島・長崎の原爆投下は「『非人道的新型兵器を連合軍が使った』とすることで、降伏に同意する天皇の面目を保った」と主張。
91 05 14 秋篠宮、来広し、原爆慰霊碑に参拝(市民ら約1000人が出迎え)。広島赤十字・原爆病院を慰問。「今日でも多数の被爆者が治療を必要とする核兵器の恐ろしさを改めて認識した。」とコメント。広島訪問は初。[天皇]
91 08 06 原爆慰霊祭、広島市の護国神社で挙行。[天皇]
92 07 14 皇太子、15日の第28回献血運動推進全国大会に出席のため広島入り。平和記念公園の原爆慰霊碑に参拝、広島赤十字病院・原爆病院の入院患者を慰問。[天皇]
92 07 15 皇太子、放影研などを視察の後、第28回献血運動推進全国大会に出席。[天皇]
92 08 12 紀宮、福岡からの帰途、広島市平和記念公園の原爆慰霊碑を参拝。[天皇]
92 09 29 常陸宮華子、広島市内で開催される日本いけばな芸術中国展の開会式に出席のため広島入りし、原爆慰霊碑に献花。[天皇]
93 06 07 「ピースバス長崎」・「ナガサキ平和サークル」・「県原爆被爆二世教職員の会」など5団体、皇太子の「結婚の儀」に対し、連名で抗議声明。[天皇]
93 08 06 広島護国神社原爆慰霊祭。[天皇]
93 09 03 天皇・皇后、ローマで法王ヨハネ・パウロ二世と会見。広島・長崎への訪問に謝辞。
94 06 20 秋篠宮、広島赤十字・原爆病院を慰問。[天皇]
94 08 06 広島護国神社で原爆慰霊祭。[天皇]
94 10 01 皇太子夫妻、昼前広島市入り。原爆慰霊碑に献花し原爆養護ホーム「倉掛のぞみ園」を慰問。[天皇]
95 04 12 「やめんさい植樹祭!広島県ネットワーク」の代表ら、広島市の平和記念公園の「平和の水」を天皇の「お手植え」した苗木にまくのをやめてほしい、など13項目の公開質問状を県に提出。
95 04 20 広島県、第40回全国植樹祭に出席する天皇・皇后の日程を発表。天皇として初めて広島市の原爆資料館を視察予定。
95 05 20 天皇・皇后、広島入り。平和記念公園の原爆慰霊碑に献花、原爆資料館を視察、原爆養護ホーム舟入むつみ園を慰問。天皇が原爆資料館を視察するのは初めて。
95 05 21 第46回全国植樹祭、広島県立中央森林公園で開催。天皇・皇后など1万2000人が参列。天皇、挨拶の中で原爆被害に言及。
95 05 24 五十嵐官房長官、天皇・皇后が今夏に広島・長崎の被爆地を訪問する方向で検討していることを明らかにする。沖縄・東京大空襲の慰霊堂も検討。
95 06 16 宮内庁、天皇・皇后の戦後50年の慰霊訪問について日程を発表。長崎7月26日、広島27日の予定。
95 06 29 長崎県警、警察署長会議を開催。天皇・皇后来県に伴う警衛警備などについて協議。
95 07 04 天皇・皇后の「慰霊の旅」の日程が閣議で報告される。26日-27日長崎など。
95 07 21 天皇・皇后の長崎国際文化会館視察(26日)の際、被爆者団体関係者5人(山口仙二・下平作江・大平力男・築城昭平・松村鹿夫)が説明補助者として加わることが決まる。
95 07 24 長崎県警、天皇・皇后の慰霊の旅に伴い、婦人警察官の警衛部隊を発足させる。
95 07 26 天皇、長崎・広島訪問に先立ち、文書「長崎および広島訪問に当たって」を発表。
95 07 26 天皇・皇后、長崎市を慰霊のため訪問。午後、長崎市入り。高田勇知事から「戦災50年の概況」説明を受ける。平和公園の平和祈念像前で供花。原爆資料センターを視察。原爆養護ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」を慰問。市内のホテルに泊。
95 07 26 8・9長崎反戦闘争実行委員会、長崎市内で「天皇・皇后の慰霊の旅に反対する集会」を開催。約10人が参加。
95 07 26 天皇・皇后、慰霊のため長崎市を訪問。
95 07 26 市民団体のメンバー10数人、長崎市の繁華街で天皇の「慰霊の旅」に反対するビラ約2000枚を配布。
95 07 26 長崎県警、天皇・皇后の慰霊の旅に伴い、警察官2500人を動員して警備。
95 07 27 「天皇制はいらない!広島ネットワーク」、天皇・皇后の原爆慰霊碑供花に合わせ、原爆ドーム前や本通りなどでデモや集会を開く。
95 07 27 天皇・皇后、慰霊のため広島市を訪問。
95 07 27 天皇・皇后、慰霊のため広島市を訪問。藤田知事が「戦災50年の概況」を説明。原爆慰霊碑に献花。原爆養護ホーム「倉掛のぞみ園」慰問。
95 07 27 藤田広島県知事、天皇皇后の慰霊の旅についてコメントを発表。
95 08 02 天皇・皇后、沖縄を慰霊のため訪問。
95 08 03 天皇・皇后、東京大空襲の犠牲者らを慰霊する東京都墨田区の都慰霊堂を訪問。
95 08 10 天皇、戦後50年に当たっての長崎・広島・沖縄・東京の戦争犠牲者慰霊施設への訪問の感想を文書で公表。
95 12 22 長滝重信長崎大学医学部長、御所で天皇・皇后に、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の放射能汚染地区の子どもに多発している甲状腺がんの治療活動などについて説明。
95 12 22 天皇、62歳の誕生日を前に記者会見。長崎・広島・沖縄・東京での戦争犠牲者を追悼した「慰霊の旅」に触れ、体験の継承の必要性について語る。
96 08 06 広島護国神社で原爆慰霊祭。約200人が参列。[天皇]
96 09 11 天皇・皇后がひろしま国体秋季大会の開会式に出席することが決まる。
96 10 11 天皇・皇后、広島入り。平和公園参拝後、原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を慰問。
96 10 12 第51回国民体育大会秋季大会の開会式、ヒロシマビッグアーチで開催。天皇、広島の被害に言及。
96 10 27 おりづる国体出席のため広島滞在中の皇太子夫妻、原爆資料館を見学。[天皇]
96 11 17 第14回国際熱帯医学・マラリア学会、長崎県立体育館で開会式を開催。皇太子夫妻、出席前に日赤長崎原爆病院を慰問。[天皇]
96 12 08 韓国人元徴用工・金順吉、長崎市内で開催された「靖国と侵略を考える集い」で講演。厚生年金の脱退手当金を請求する見通しを明らかにする。[天皇]
97 05 31 「天皇を広島へお迎えする広島県・市民の会」の設立準備会、広島YMCAで開催。9月に設立総会の開催を予定。
97 08 06 広島護国神社、原爆慰霊祭を挙行。約200人が参列。[天皇]
97 10 07 秋篠宮夫妻、広島市の原爆資料館を見学。翌8日、同市で開催の全国都市緑化祭・グリーンフェスタひろしまでの植樹祭に出席。[天皇]
97 10 08 秋篠宮夫妻、原爆養護ホーム倉掛のぞみ園を慰問。[天皇]
98 04 22 皇太子夫妻、広島市の平和公園を訪れ、原爆慰霊碑に参拝。23日、庄原市で開催される第9回全国「みどりの愛護」のつどい式典に出席。[天皇]
98 05 19 秋篠宮妃紀子、第49回結核予防全国大会に出席のため長崎市を訪問。-20日。[天皇]
98 05 20 秋篠宮妃紀子、恵の丘ホームを慰問。[天皇]
98 07 21 秋篠宮夫妻、第13回「海の祭典」に出席のため広島市を訪問。原爆慰霊碑に参拝。[天皇]
98 08 06 原爆慰霊祭、広島護国神社で挙行。110人が参列。[天皇]

 

原爆報道2015

報じられたヒバクシャ

タイトル  掲載紙  掲載日
中国新聞
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タイトル  掲載紙  掲載期間  回数 備考
 1~
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本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日 備考

論文

掲載誌
編集、発行所
号数、発行年月日
タイトル
著者
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原爆報道2016

報じられたヒバクシャ

タイトル  掲載紙  掲載日
中国新聞
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タイトル  掲載紙  掲載期間  回数 備考
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本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日 備考

論文

掲載誌
編集、発行所
号数、発行年月日
タイトル
著者
備考

書誌2015

書誌2015

書名 著者 発行所 年月日
被爆した南方特別留学生への名誉博士号授与の記録 広島大学 20150301
福山市史 近代現代資料編Ⅲ 教育・文化 福山市史編さん委員会 福山市 20150331
歴史学が問う公文書の管理と情報公開―特定秘密保護法下の課題 安藤正人・久保亨・吉田裕(編) 大月書店 20150520
物語 私の広大医学部60年史 原田康夫 原田康夫 0612
日本軍「慰安婦」問題の核心 林博史 花伝社 20150625
2015年NPT再検討会議要請行動 広島県代表団報告集 2015年4月24日~5月2日 広島県原水協ほか 201506
 被爆70年記念写真展 復興の記憶 ヒロシマを見つめた写真家たち  泉美術館  20150716
 被爆70周年ヒロシマを見つめる三部作 第1部 ライフ=ワーク  松岡剛(展覧会企画・編集)  広島市現代美術館  20150718
原爆体験と戦後日本 記憶の形成と継承 直野章子 岩波書店  20150724
 広島・長崎被爆70周年 戦争と平和展  広島県立美術館・長崎県美術館  広島・長崎県美術館平和発信事業委員会  20150725
被爆70年―市民が育んだヒロシマ― 広島自治体問題研究所 20150728
原爆と戦った特攻兵 8・6広島、陸軍秘密部隊(レ)の救援作戦 豊田正義著 KADOKAWA 20150731
呉市立昭和図書館蔵
あじさいの街から 1995 2015 語り継ぐ!被爆70年の平和への思い 長崎県商工団体連合会婦人部協議会 201507
しまってはいけない記憶―被爆体験記集Ⅰ― 被爆70周年記念事業 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 20150801
浦上の原爆の語り―永井隆からローマ教皇へ 四條知恵 未来社 20150801
証 被爆70周年慰霊の記 広島舟入・市女同窓会慰霊部会(編) 広島市高等学校・広島市立高等学校同窓会<昭和図書館蔵> 20150806
原水爆禁止2015年世界大会の記録 原水爆禁止世界大会実行委員会 20150831
変化を生みだすソーシャルワーク~ ヒロシマMSWの生活史から~ 村上須賀子 大学教育出版 20150910
被爆70周年ヒロシマを見つめる三部作 第2部 俯瞰の世界図 角奈穂子(執筆・編集) 広島市現代美術館 20151010
広島神輿行列通り御祭礼 広島神輿行列「通り御祭礼」実行委員会 20151010
「ヒロシマ」が鳴り響くとき 能登原由美 春秋社 20151120
放射線影響研究所 2014年度年報 放射線影響研究所 201512

雑誌論文

著者 タイトル 掲載誌(編集、発行所) 発行年月日
助野信正 記録 原爆被災および敗戦後の広島工業専門学校での学生生活の思い出 広島大学文書館紀要 第17号(広島大学文書館) 20150227
特集・被爆70年、核廃絶の道を探る 広島ジャーナリスト 第20号(広島ジャーナリスト会議) 20150315
浅井基文 金子一士さんと丸屋博さんのこと
大亀信行 ドームにかき船はふさわしくない
那須正幹 ズッコケ三人組からのメッセージ 赤い鳥便り10号 別冊(鈴木三重吉赤い鳥の会) 20150401
鈴木三重吉忌講演会「那須正幹さんに聞く―ズッコケ三人組からのメッセージ」。2014年6月21日、長遠寺での講演要旨。
金子千鶴枝 戦後70年 今、言っておかなければ② 核廃絶を若い人たちに ヒロシマの子育て・教育第274号(広島教育研究所) 20150330
宇吹暁 すいせんのことば 木の葉のように焼かれて第49集 被爆体験集(新日本婦人の会広島県本部) 201506
 こーぷぱれっと2015 8月号 Vol.301  生協ひろしま 2015 0720
(特集:NPT再検討会議を終えて 核兵器のない世界を)中村澄子・箕牧智之 「「せっかく生かされた命」 被爆者として今、伝えたいこと」
潮 8月号 [特集]広島県 潮出版社 20150801
湯崎英彦、松井一實、志賀賢治、岡谷義則、片岡勝子、松田元、森瀧春子、椚田進
広島ジャーナリスト 第22号 広島ジャーナリスト会議 20150915
特集・戦後70年・被爆70年

 

書誌2016

書誌2016

本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日
広島大学文書館蔵大牟田

稔関係文書目録 書籍・雑誌編

広島大学文書館 20160224
広島大学文書館蔵金井利博関係文書目録 広島大学文書館 20160229
平和と安全保障を考える事典 広島市立大学広島平和研究所編 法律文化社 20160320
 原爆手記掲載書誌・雑誌総目録1945-2015 平成27年度 原爆死没者慰霊等事業補助 宇吹暁、「紙碑」・原爆手記総目録編纂委員会編 20160328
被爆者はどこにいても被爆者―郭貴勲・回想録- 郭貴勲(著)・井下晴子(訳) 韓国人被爆者・郭貴勲手記出版委員会 20160331
激動期東アジア諸地域の中間団体と国家―中国・日本・台湾 中国基層社会研究会 汲古書院 20160525
国際ワークショップ(2015年7月18日、上智大学で開催) の記録
原爆にも部落差別にも負けなかった人びと 広島・小さな町の戦後史 大塚茂樹 かもがわ出版 20160605
社会調査家 石忠さん 石田忠先生(1916~2011)生誕100年を記念して』 廣澤昌 沓石会(編集発行) 20160715
在外被爆者裁判 田村和之編 信山社 20161130

雑誌論文

著者 タイトル 雑誌名(発行者) 発行年月日

原爆報道2017

新聞社説 2017年8月6日

新聞名 社説
読売新聞 原爆忌 核軍縮へ確かな道を探りたい
朝日新聞 原爆投下72年 原点見据え核兵器禁止を
毎日新聞 広島・長崎の「原爆の日」 核廃絶への行動を怠るな
日経新聞 広島・長崎の「原爆の日」 核廃絶への行動を怠るな
東京新聞 原爆忌に考える 憲法が守ってくれた
産経新聞 原爆の日 脅威見据え議論すべきだ(主張)
北海道新聞 広島、長崎原爆の日 「核兵器禁止」に踏み出せ
河北新報 核廃絶に向けて/見えぬ 被爆国が描く道筋
東奥日報 被爆の原点に立ち返れ/原爆の日
デーリー東北 原爆の日 各国の首脳に招待状を(8月5日「時評」)
秋田魁新報 原爆投下72年 核廃絶へ問われる足元
岩手日報 原爆の日 国は被爆地の声を聞け(論説)
信濃毎日新聞 あすへのとびら 広島原爆の日に 幅広く担い手を育てたい
新潟日報 原爆の日 核廃絶への決意問われる
中日新聞 沈黙の声は未来を語る 原爆忌に考える
福井新聞 72年目の原爆忌 非人道的な安保観見直せ(論説)
神戸新聞 原爆の日/「核なき世界」をあきらめない
山陽新聞 広島原爆の日 世界の「溝」埋め核軍縮を
山陰中央新報 改めて被爆の原点に(論説)
愛媛新聞 原爆の日 「核なき世界」再生の決意新たに
徳島新聞 原爆の日  被爆国の使命を果たそう
高知新聞 【原爆の日】逆行している日本の姿勢
西日本新聞 広島原爆の日 「核抑止論」を乗り越えて
南日本新聞 [広島原爆の日] 核廃絶を主導する責任
琉球新報 広島原爆投下72年 核禁止条約、日本の責務
沖縄タイムス [原爆の日]消えた日常想像しよう

 

 

報じられたヒバクシャ

タイトル  掲載紙  掲載日
中国新聞
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本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日 備考

論文

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編集、発行所
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著者
備考

年表:世界のヒバクシャ(1998年)

 

Y M D NEWS1
98 01 04? 長崎大学医学部、海外の被曝者への遠隔医療支援を目的にした「国際ヒバクシャ医療情報ネットワークシステム」構築に向けた取り組みを計画。
98 01 05? 米国が最近公表した公文書に、1954年に太平洋ビキニ環礁で実施した実験が人体実験であったことを示唆する文書が含まれていることが判明。さらに、広島・長崎のデータと比較していたことも判明。
98 01 06 ロシア紙ラボーチャヤ・トリブーナ、ソ連時代に空軍パイロットとその家族約7000人が、カザフスタン・セミパラチンスク核実験場付近に集団移住させられ、白血病などによる死者が続出していると報道。
98 01 06? 「平和博物館を創る会」・日本被団協、写真集「核の20世紀-訴える世界のヒバクシャ」を出版。
98 01 07 広島県原水協・県被団協、米国が1954年の水爆実験の際、島民と広島・長崎の被爆者のデータを比較研究していた問題で、クリントン米大統領宛に抗議文を送付。
98 01 18 「チェルボナ・カリーナの会」、「つどい」を広島国際会議場で開催。ベラルーシの医師ラジュク・ドミトリーが現地の実態を報告、広島市内の共同作業所「元気工房」のメンバーが新曲「種たちと踊って」を披露。約100人が参加。
98 01 23? 第五福竜丸のエンジンが3月に東京都に寄贈され、都立第五福竜丸展示館に永久保存されることが決まる。
98 01 24 広島市鈴が峰公民館が昨年夏派遣した親善訪問団のメンバーら、「広島カザフスタン友好会」を結成。
98 01 24 「ジュノーの会」・「原爆被害者相談員の会」、「広島からチェルノブイリへ-ヒバクシャ交流報告会」を広島YMCAで開催。
98 02 06 ウクライナの医師3人、チェルノブイリ原発事故被災者救援の医学研修のため、長崎原爆病院を訪問。
98 02 08? 長崎県佐世保東商業高校生徒会、「チェルノブイリ支援キャンペーン」で集まった約30万円をチェルノブイリ支援運動九州に送金。
98 02 09 南米やアジア14か国の保健福祉担当者の研修団一行14人、広島市を訪問。4日間、放射線影響研究所などで研修の予定。
98 02 09? フランスの有力週刊誌「ヌーベル・オプセルバトゥール」最新号、1966-67年のムルロアでの核実験で島民ら1200人が被曝していたという記事を掲載。
98 02 13 東京都、第5福竜丸のエンジンを引き取り、夢の島の都立第五福竜丸展示館の来月中旬から展示することを決める。20日、和歌山市で出発式。
98 03 01 日本宗教者平和協議会、故久保山愛吉の墓前祭を焼津市・弘徳院で挙行。
98 03 01 広島県原水協禁、「タヒチは今、ロラン・オルダムさんの話を聞く会-3・1ビキニデー広島の集い」を広島市内で開催。約20人が参加。
98 03 02 第2回永井隆平和記念・長崎賞を授賞するカザフスタン共和国医学アカデミー名誉所長サイム・バルフハノフ、長崎市役所を表敬訪問。
98 03 02 マラト・ウラザリン・マイトハノヴィチ・セミパラチンスク医科大学副学長、広島市井口台中学校で生徒約450人を前に核実験被害などについて講演。
98 03 03 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会、永井隆平和記念・長崎賞の第2回授賞式を長崎市内で開催。カザフスタン共和国医学アカデミー名誉所長サイム・バルフハノフが受賞。
98 03 03 広島市国際交流協会・鈴が峰公民館など、講演会「被ばく地セミパラチンスクの現状」を広島国際会議場で開催。マラト・ウラザリン・セミパラチンスク医科大学副学長が講演。
98 03 03 第5福竜丸のエンジン、神奈川県三浦市に里帰りし、旧三崎魚市場で展示が始まる。-18日。
98 03 04 長崎大学医学部、カザフスタン共和国のセミパラチンスク医科大学と「国際ヒバクシャ学術情報交換システム」構築のための覚書を交わす。
98 03 04? 従軍米兵の支援組織「湾岸戦争財源センター」など3団体、劣化ウラン弾に汚染された米兵の被害を「40万人にも達する」との報告書を公表。
98 03 07 第五福竜丸展示館、映画「第五福竜丸」の上映会を開催。新藤兼人監督も参加。
98 03 13 放影研、1954年3月の米によるビキニ核実験の人体研究問題についてABCCが関与した証拠は見つからなかったとの調査報告結果を広島県被団協(金子一志理事長)に伝える。
98 03 17 広島大学原医研でチェルノブイリ原発事故被災者の治療について研修中のウクライナとキエフの医師3人、広島市を訪問し研修経過を報告。
98 03 19 第五福竜丸のエンジンの贈呈式、東京都庁で挙行。同船は、1954年の米国ビキニ水爆実験で被爆したもので、エンジンは、今秋から江東区・夢の島の都立第五福竜丸展示館で展示の予定。
98 03 29? 米エネルギー省が2月に発表した報告書で、ハンフォード核施設で放射性廃棄物が地下水を汚染し、地域住民への影響が懸念されていることが判明。
98 03 30 ニュージーランド政府、40年前のイギリスの核実験に参加した兵士に、その任務に起因する障害への全面的な戦争年金受給を行うよう法改正をおこなったことを発表。(「原水協通信」5月号)
98 04 07 新潟県原爆被害者の会など、チェルノブイリ原発事故被災者への医療救援を訴える公演に合わせ、「原爆と人間展」を長岡市で開催。-8日。
98 04 09? キルヒナー・ドイツ・ブレーメン大学教授の調査で、英国核燃料会社(セラフィールド所在)周辺のハトが放射能に汚染されていることが確認される。
98 04 11? 米エネルギー省、ワシントン州リッチランドにあるハンフォード核施設の風下住民1万4000人を対象とした医療検査を今年に開始することを決定。
98 04 12 「チェルボナ・カリーナの会」、民族舞踊団「チェルボナ・カリーナ」を招き、広島市内でコンサートを開催。同団は、チェルノブイリ原発事故で避難したウクライナの子どもたちで組織。
98 04 13 ウクライナの民族音楽団「チェルボナ・カリーナ」のメンバー14人、広島市の原爆資料館を見学。
98 04 15 NHK教育テレビ、「ETV特集:湾岸戦争症候群」を放映。劣化ウラン弾に絞って原因をさぐる。
98 04 18 日本原水協など、核実験被害調査団を米ネバダ州などに派遣。広島からABCCで看護婦をしていた南京子が参加。-30日。
98 04 18 広島市内の映画館シネツイン、チェルノブイリ原発事故で汚染した村を描いた映画「ナージャの村」を上映。-24日。
98 04 19 原水爆禁止世界大会実行委員会が派遣したネバダ核実験被害地調査団、米ラスベガスで草の根の平和運動家らと交流。
98 04 21 本橋成一の写真展「ナージャの村」(チェルノブイリ原発事故で汚染した村)、三越広島店で開催。
98 04 22 放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)、理事会を広島市内で開催。本年度事業(予算5100万円)を承認。
98 04 22 セルジュク・ウクライナ保健相、チェルノブイリ原発事故により現在までの12年間に、事故処理関係者約35万人のうち1万2519人が死亡したことを明らかにする。
98 04 26 クチマ・ウクライナ大統領、タス通信のインタビューの中で、チェルノブイリ原発閉鎖の方針を確認した上で、閉鎖時期は国際社会の支援次第と語る。
98 04 26 「チェルボナ・カリーナの会」と障害者作業所「元気工房」のメンバー約30人、広島市の原爆ドーム前でチェルノブイリ原発事故12周年にあたり、犠牲者を追悼する集いを開く。
98 04 26 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会、レオニード・イリーン著「チェルノブイリ虚偽と真実」の日本語版を発行。
98 04 26 広島県の尾道・三原・福山の市民らでつくる「脱びんごネット尾道」、「わたしたちはチェルノブイリを忘れない」の集いを尾道市内で開催。
98 04 27 米ワシントン大学の学生サークル「ヒロシマ・ナガサキ平和協会」、中山高光(長崎被爆者)とネルソン・アンジャイン(米国の水爆実験被曝者)を招き、学内でフォーラムを開催。約50人が参加。
98 04 28 ノルウェー紙ダーグブラデット、1950-60年代に、ノルウェーと米国の研究者が、知的障害者などを対象に放射線の人体実験を秘密裏に実施していたと報道。
98 04 28 日本原水協などが派遣した核実験被害調査団、調査を終え、米国ワシントンで調査の概要を発表。ネバダ核実験場風下地区住民など合計37人から聞き取りを実施。
98 04 29? 広島青年会議所(JC)、「身近な国際協力・カザフの子ども達救援」キャンペーンを開始。一昨年・昨年に続き3回目で、市民に書き損じたはがき、未使用のテレホンカードの提供を呼びかける。
98 05 01 デメロ国連緊急援助調整官とロシア・ウクライナ・ベラルーシの各国国連大使、国連本部で記者会見し、チェルノブイリ原発事故の被害者に対する支援を訴える。
98 05 02 チェルノブイリ原発事故の放射能汚染問題を調査しているフランスの民間調査機関「放射能調査情報センター」、アルプス山脈で高レベルの放射能を検出したとする報告書を発表。
98 05 03 広島青年会議所(JC)、「フラワーフェスティバル」会場で、カザフスタンの核被害を伝えるパネル展を開催。-5日。
98 05 03? 原子力資料情報室(高木仁三郎代表)、チェルノブイリ原発事故の処理処理者の多くが健康状態の悪化に苦しんでいる実態を示す資料を入手。
98 05 07 南京子、日本原水協などの米国核実験被害調査団の任務を終え、広島市役所で報告の記者会見。
98 05 10 日本原水協など、カザフスタンに核実験被害者調査団18人を派遣。-22日。広島県被団協の村田忠彦常任理事ら被爆者2人、長崎県原水協から三輪博志らが参加。
98 05 12 ミシュラ・インド首相秘書官、3つの核実験のうち、水爆装置の威力が他に比べ大きなものであったと語る。
98 05 13 インドのUNI通信、実験場から約8キロ離れた村の住民の核実験目撃証言を報道。「砂塵ますで濃い霧のよう」。
98 05 17 インドの英字紙ステーツマン、インド・ラジャスタン州ポカラン核実験場付近の村の住民10人以上が、鼻血や吐き気、皮膚炎、下痢などの症状を訴えていると報道。
98 05 19 中国新聞「ズーム:核実験・核施設重いツケ(米)-「風下住民」進まぬ救済」
98 05 25 読売新聞(広島版)「インタビュー・この人に聞く:甲斐等「ジュノーの会」代表」
98 05 30 朝日新聞「テーブル・トーク:写真家・本橋成一さん-「ナージャの村」でいのちの原点見た」
98 06 05 橋本和正広島市職労書記次長、カザフスタン核実験場などの調査の際出会った写真家ユーリ・クイジンの写真集「カザフスタン核惨事」を平岡広島市長に届ける。
98 06 06 日本原水協などが派遣したネバダとカザフスタン核実験被害者の調査団の報告会が広島市内で開催される。
98 06 07 今村展隆広島大学原医研講師、大量の放射線を浴びたチェルノブイリ原発の事故処理従事者の白血病発症率が高率であるという調査結果を原子爆弾後障害研究会で発表。
98 06 11? 米エネルギー省、1962-63年にかけて実施した核実験の映像記録の機密扱いを解き公開。
98 06 14 外務省、1950年代後半から1964年までの外交文書を公開(第14回)。1956・57年の米英の太平洋での核実験に対する賠償請求や57年の岸・ネール会談での核実験に関するやりとりの資料を含む。
98 06 15? 長崎市在住の被爆者・三輪博志、原水協が派遣したカザフスタン共和国の核実験被害調査を終え、現地の状況を報告。
98 06 18 読売新聞「豪先住民に核の「傷跡」-1950年代に英の実験で被爆主張」
98 06 18 広島の被爆者武田靖彦、広島県原水禁の「インド・パキスタン緊急調査団」の一員として、インド・ラジャスタン州ポカラン実験場の南約10キロのケトライ村で被爆体験を証言。約300人の村民が参加。
98 06 20 朝日新聞「被爆者印パを行く:核実験場の隣の村[インド・ラジャスタン州ケトライ村]-高さ1キロの「砂の壁」見た-壁に亀裂、鼻血、皮膚炎・・・」
98 06 22 中国新聞「ルポ:インド核実験場隣接の村-核実験ツメ跡深く(山根徹三)」
98 07 11? 旧チェルノブイリ原爆付近で軍事技術研修中に被曝したモンゴル人バヤラー、ジュノーの会の招きで来日し、広島大学原医研で入院検査。
98 07 13 ビシネフスキー・ロシア連邦核放射能安全監督局議長、南ウラルの企業「マヤーク」が投棄した放射性廃棄物が地球規模の汚染につながる恐れがあると警告。
98 07 14 ルカシェンコ・ベラルーシ大統領、欧州諸国が同国民のビザ発給に差別的な措置を取っているとし、対抗措置としてチェルノブイリ被災児童への援助の拒否を検討していると語る。
98 07 17 「広島カザフスタン友好の会」、「カザフスタン大学生と核を語る交流会」を広島国際会議場で開催。20人が参加。高木昌彦元大阪大学医学部講師夫妻らも参加。
98 07 17 広島市西区鈴が峰地区の住民らでつくる「広島カザフスタン友好の会」、「ヒロ・セミプロジェクト」を発足させる。来年8月に向け、「カザフ原爆展」の開催を計画。
98 07 18 「広島カザフスタン友好の会」の招きで広島市を訪れているカザフスタンの大学生、鈴が峰公民館で中・高校生と交流。約40人が参加。
98 07 20 東京ピースサイクルのメンバー、広島・長崎に向け「夢の島第五福竜丸」前を出発。
98 07 24 ドイツ・ビュルツブルグ大学で「シーボルト賞」の授与式。受賞者の長瀧重信長崎大学名誉教授、「広島・長崎とチェルノブイリからの教訓」と題して講演。
98 07 29 ウクライナ非常事態省、チェルノブイリ原発事故の影響で、現在もなお、ウラル以西のヨーロッパ総面積の4分の3がセシウム137に汚染されているとの調査報告を発表。
98 07 30 フランス国防省、地下核実験を実施してきたフランス領ポリネシアにおける放射能による健康被害調査の報告書を公表。
98 08 02 毎日新聞「インド核実験・現地ルポ」
98 08 02 カナダ北西部・グレートベア湖北方のウラン採掘原爆跡周辺の先住民デネー人一行7人、「第9条の会ヒロシマ」の受け入れで、広島入り。3日、原爆資料館を見学。4日、被爆者から体験を聞く。8日間。
98 08 02? 今村展昭広島大学原医研講師の調査で、チェルノブイリ事故処理従事者の白血病発症率が非被爆者の40倍以上であることが判明。
98 08 03 原水爆禁止1998年世界大会・国際会議(第2日)。リトアニアの医師や米国のウラン採掘労働者が放射能被害の実相を報告。
98 08 04 放射線被曝者医療の研修のため来崎したカザフスタンのユリー・プログロ医師ら旧ソ連の医師団6人、長崎県庁を表敬訪問。
98 08 05 ボワネ・フランス環境相、国防省が7月30日に公表したフランス領ポリネシアにおける放射能による健康被害調査の報告書を、調査不十分と発言。
98 08 07? セミパラチンスク放射線医学研究所のボリス・グシェフ、核実験による被曝者はこの36年間に120万人に達し、死亡者は16万人と語る。
98 08 08 長崎大学医学部と長崎ヒバクシャ医療国際協力会、「原研公開セミナー」を大学内で開催。約60人が参加。チェルノブイリ原発事故被害やカザフスタンの核実験被害について講演。
98 08 08 読売新聞2面特集「20世紀・どんな時代だったのか:ヒバク-世界に広がる恐怖」
98 08 12 崔日出韓国原爆被害者協会会長と豊永恵三郎韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長、広島県庁の放射線被曝者医療国際協力推進協議会事務局に韓国人医師の研修受け入れを要請。
98 08 15 毎日新聞「ウイークエンド・インタビュー:草の根レベルの連帯こそが世界を変える-NGO「アジアボランティアセンター」代表平田哲さん-温暖化と核・二重苦のマーシャル諸島」
98 08 15? 金沢の市民団体、手記集「チェルノブイリは続く・・・」を出版。
98 08 18? ビキニで被曝したマグロ漁船「第五福竜丸」のエンジンの修理や補強に5000万円以上かかるとの見通しが東京都の調査で判明。
98 09 01 外務省、市民団体「チェルノブイリ支援・広島医療協議会」に政府開発援助(ODA)予算のNGO(非政府組織)事業補助金約500万円を支給する方針を決定。
98 09 06 公明新聞(日曜版)「チェルノブイリ原発事故から12年余-悲劇のツメ跡今なお深く-広河隆一氏に聞く」
98 09 18 「第2回国際環境・放射線・健康学会」、カザフスタンのセミパラチンスク医科大学で開催。-18日。鎌田七男広島大学原医研所長、高木静子大阪市原爆被害者の会事務局長などが参加。
98 09 26 米反核団体「シュンダハイ・ネットワーク」・「アトミック・ベテランズ(原爆復員兵士連盟)」などのメンバー約30人、臨界前核実験に対する抗議行動をネバダ核実験場前で実施。
98 09 28 岡山県阿哲郡哲多町のボランティア団体「チェルノの子供たちを救う会・哲多」、ベラルーシ共和国の児童2人を受け入れる。10月29日まで会員宅に滞在。今回が3回目の受け入れ。
98 09 29 米紙テネシアン、全米11州にある計13カ所の核兵器工場と研究施設の労働者や周辺住民の間で、免疫系統の異常や神経障害などの健康被害が広がっていると報道。
98 09 30 日本癌学会、横浜市で開催。-日。山本晋史大阪市立大学医学部助手ら、チェルノブイリ原発事故汚染地域の住民に膀胱癌が急増しているとの調査結果を発表。
98 10 05? ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト(下崎末満世話人代表)、セミパラ国際会議・現地報告会を広島大学医学部で開催。
98 10 08? 池田高良長崎大学前医学部長・山下俊一教授・井石哲哉県医師会長の3人、カザフスタン共和国・セミパラチンスク医科大学から名誉博士号を受ける。
98 10 12 広島大学原医研、国際シンポジウム「高エネルギー放射線による生物影響」を広島国際会議場で開催。-14日。田中公夫同研究所助手、広島原爆で発生した低エネルギー中性子線の影響について報告。
98 10 13 カザフスタン・セミパラチンスク市長、来年8月に広島・長崎の原爆展を計画し、両市に協力を要請。
98 10 18 毎日新聞(広島版)「セミパラチンスク核被害者の現状-支援に携わる山田さんに聞く」
98 11 14 日本救急医療学会、チェルノブイリ原発事故などの経験をもとに、放射線災害に対する国内の被ばく医療の問題点を話し合うパネルディスカッションを高松市で開催。
98 11 14 ジュノーの会と原爆被害者相談員の会、ウクライナのチェルノブイリ原発事故被害者を訪れた旅の報告会を広島YMCAで開催。約30人が参加。
98 11 24 武見敬三外務政務次官、日本政府が来年4月か5月にカザフスタン共和国・セミパラチンスク旧核実験場周辺の被曝者を救済する技術・医療協力を推進するための国際セミナーを日本で開催する方針を、国連軍縮長崎会議の挨拶の中で明らかにする。
98 11 29 「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」、「セミパラチンスク現地調査報告会」を広島国際センターで開催。約150人が参加。
98 11 29? 米・ブルッキングズ研究所の調査で1940年代から70年代始めまで、米当局が核開発の一環として、計2万3000人以上の米国人に対して放射能人体実験を実施していたことが判明。
98 12 04 毎日新聞「ひと:小池健一-チェルノブイリ原発事故禍の白血病児に衛星を使った「遠隔治療」を試みる信州大医学部助教授」
98 12 30 米のシンクタンク・ブルッキングズ研究所の調査で、1945~63年の米の大気圏核実験により最高80万人ががんを発病して死亡したか、今後死亡する可能性があることが判明。

年表(テーマ別)概要

年表:テーマ別

胎内被爆者、 原爆孤児(1945-97年)孤老・老人・高齢、 白血病、 「原爆乙女」中国人被爆者(1950~97年)、 在外被爆者・外国人被爆者(朝鮮人・中国人・在米・捕虜を除く)(1957~97)年、 連合軍捕虜とヒロシマ・ナガサキ
在米被爆者 1965-79年)、(80-89年)、(90-97年)
韓国・朝鮮人被爆者 1960~67年)、1968年、1969年、1970年、1971年、1972年、1973年、1974年、1975年、1976年、(1977~80年)、(1981~83年)、(1984~85年)、(1986~87年)、(1988~89年)、1990年、1991年、(1992~93年)、(1994~95年)、(1996~97年)、1998年、1999
核禁会議(核兵器禁止平和建設国民会議)を中心とした在韓被爆者救援運動被爆朝鮮人徴用工、 三菱重工業と韓国・朝鮮人被爆者、 韓国原爆被害者協会、 韓国の原爆被害者を救援する市民の会、 広島県朝鮮人被爆者協議会、 韓国・朝鮮人原爆犠牲者慰霊碑
世界のヒバクシャ 1969~76年、1977~79年、1980~82年、1983~85年、1986~87年、1988年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998
被爆二世 1966~70年、71~75年、76~80年、81~85年、86~90年、91~95年、96~98年、99年、
原爆展、 原爆遺跡・遺物、 原爆爆心地復元運動(1966~69年)日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会(1966~73年)、 原水爆被災資料センター設立運動(1972~75年)、 原爆記録映画(1945~72年)、 自民党と被爆者援護法、 原爆被爆者対策基本問題懇談会、 8月6日の戦後史、 似島(にのしま)、 被爆者援護法問題プロジェクトチーム、 原爆ドームの世界遺産化、 ヒロシマを語る会、 原爆白書、 原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会、 原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会、 原爆死没者追悼平和祈念 館
原爆裁判 (1997-98年)、 (1999年
「国際司法裁判所」・「世界法廷」:(1990~94年)、1995年、1996年~
桑原原爆訴訟、 石田原爆訴訟、 長崎原爆松谷訴訟、 金順吉裁判、 国民法廷運動
慰問・奉仕 1945~76年、 1985年、 1995
広島原爆資料館 1951~69年、1970~77年、1978~79年、1980~81年、1982~831984~87年、
1988~90年、1991~93年、1994~95年、1996~97年、1998
広島平和文化センター 1967(昭和42)~75(昭和50)年、1976(昭和51)~78(昭和53)年、1979(昭和54)~80(昭和55)年、1981(昭和56)~83(昭和58)年、1984(昭和59)~85(昭和60)年、1986(昭和61)~87(昭和62)年、1988(昭和63)年、1989(平成元)~90(平成2)年、1991(平成3)~92(平成4)年、1993(平成5)~94(平成6)年、1995(平成7)~96(平成8)年、1997(平成9)~98(平成10)
広島大学原爆放射能医学研究所 1953~64年、 1965~66年、 1967年、 1968年、 1969年、 1970年、 1971年、 1972年、 1973年、 1974~75年、  医学標本センター(1965年~74年)
広島市レストハウス ~1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999年、
天皇とヒロシマ・ナガサキ、 広島原爆投下機「エノラ・ゲイ」の戦後、 真珠湾(パールハーバー)とヒロシマ、 ブッシュ米大統領の原爆投下正当化発言、 ホリングス米上院議員の原爆ジョーク発言、 米国ロスアラモスでの「原爆の子の像」姉妹像建設(1990~98年)、 クリントン米大統領と原爆投下問題、 スミソニアン協会とヒロシマ(1987~98年)、 被爆50周年記念切手と対日戦勝50周年記念切手オランダとヒロシマ・ナガサキ、 原爆使用をめぐる国際司法裁判所の審議、 中曽根康弘首相とヒロシマ・ナガサキ
原爆被害観の対立 1945~69年)、 (1970~87年)、 1988年、 1989年、 1990年、 (1991~93年)、 1994年、 1995年、 1996年、 (1997~98年)
プルトニウム人体実験、 ビキニ・マーシャル・ミクロネシア
チェルノブイリ原発事故 1986~88年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999
朝日新聞・読売新聞記事見出し:チェルノブイリ(1991年分)、 中国新聞記事データベース:チェルノブイリ (1990年分) (1991年分)
カザフスタン・セミパラチンスク 1988~89年、1990年、1991~94年、1995~97年、1998年、1999
核兵器禁止平和建設国民会議(1960~68年)、 弁護士と広島・長崎、 原爆被害者相談員の会(1981年6月~)、 平和文化(1998年)、 原爆報道
平和教育 1950~67年、1968~76年、1977年、1978年、1979年、1980年、1981年、1982年、1983年、1984年、1985年、1986年、1987年、1988年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999年、
本島等長崎市長 「天皇の戦争責任」発言その後の経緯、 ホロコースト・原爆ドーム世界遺産化についての発言
ニューヨーク・タイムズ原爆関係記事目録(1947~78年)

 

1999年12月のうごき

う ご き
01 長崎県内の各市町村役場などで被爆二世無料健康診断の申し込み受付が始まる。
01 秋葉広島市長、東京都内で、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の建設促進など38項目が国の来年度予算に盛り込まれるよう県選出国会議員らに要望。
01 長崎地裁、「長崎原爆中心地訴訟」の第12回口頭弁論を開く。
01 広島市立袋町小学校の卒業生有志6人、市役所を訪れ、被爆建物である西校舎(3階建て)の全面保存を求める841人分の署名を提出。
01 国連総会、日本提案の「核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮」決議案を賛成153、反対ゼロ、棄権12で採択。「新アジェンダ連合」による「核兵器のない世界へ」決議も賛成111、反対13、棄権39で採択。
01 ルーダン米駐大阪総領事、広島市内の講演会で米艦船の広島寄港を希望。2日、広島県原水協・県被団協など3団体と「ピースリンク広島・呉・岩国」、それぞれ抗議文を同総領事あてに送付。3日、長崎県原水協も。
02 東京大学付属病院、東海村臨界事故で被曝した大内久に兄弟の皮膚を移植する手術を行う。
02 広島部落解放研究所、本年度人権講座を広島市内で開催。宮崎安男県原水禁代表委員「ピョンヤン原爆展を開催して」などの講演。
02 広島市教育委員会の「21世紀教育改革推進総合プラン検討会議」(第2回)を開催。平和教育などについて論議。
02 広島県、小説家・阿川弘之に名誉県民の称号を贈ることを決める。
02 日露青年交流センターの交流事業で来日中のロシア軍若手将校ら50人、広島市の原爆資料館を見学。
02 長崎平和研究所、インドのアルン・ガンジー(マハトマ・ガンジーの孫)の講演会「ガンジーの非暴力思想と21世紀の世界」を長崎市内で開催。約80人が参加。
02? 広島経済大学の学生グループ、ネパールの高校からの要請に応え、原爆写真展の開催を計画。
03 「平和・協同ジャーナリスト基金」、第5回基金賞を発表。「写真記録・チェルノブイリ消えた458の村」(広河隆一)が基金賞、朝日新聞社会部原爆投下取材班「原爆投下55年目の真実」など5点が基金奨励賞。
03 英アバディーン市の市長、長崎市を訪問。
03 ブルガリアの管弦楽団「ソフィア・ゾリステン」の関係者、長崎市平和公園を訪れ、バイオリン演奏で犠牲者の冥福を祈る。
03 英国退役軍人会会長ら一行4人、英国との平和友好交流事業をすすめている外務省の招きで来日し、広島市を訪問。
04 「中国人強制連行・西松建設裁判を支援する会」、広島で被爆死した中国人の遺族の証言集会を広島YMCAで開催。
04 長崎県平和・労働センターなど、茨城県東海村の臨界被ばく事故を機に原発反対をあらためて訴える市民集会を長崎市内で開催。橋爪健郎鹿児島大学助手が講演。約110人が参加。
04 原子力安全委員会のJCO東海事業所臨界事故調査委員会、第8回会合を東京都内で開催。先にまとめた「緊急提言・中間報告」に対し一般から121人206件の意見が寄せられたことが報告される。
04 広島市立袋町小学校・同小PTA、被爆校舎の解体工事を控え、地域住民や卒業生たちに校舎を開放し、お別れ会を開催。約500人が参加。
04 「核兵器の廃絶をめざしすべての核実験に反対する長崎ネットワーク」が派遣した「高校生平和大使」3人の帰国報告会、長崎市内で開催。
04 広島市立幟町中学校の生徒たちが計画している「折り鶴の碑」建立のチャリティー寄席、市中央公民館で開催。
04 長崎県被爆者手帳友の会・県原水禁など、「再びヒバクシャをつくらないために」をテーマに東海村臨界事故を考える市民集会を長崎市内で開催。
04 広島県原水協・県被団協、新アジェンダ連合などが国連総会に提案し採択された核兵器緊急廃絶決議案に、日本が棄権したことに対する抗議文を小渕首相に送付。
05 原爆をテーマにした創作バレエ公演などに尽力した葉室潔、死亡。81歳。
05 JCO、東海村の転換試験棟内に残る放射線量のモニタリングを開始。
05 「李康寧裁判を支援する会」、結成集会を長崎市内で開催。約30人が参加。
05 「核兵器廃絶を求める広島・長崎市民の集会」の総括集会、広島市内で開催。「核兵器のない21世紀を実現するために」をテーマに、約40人が参加。
06 李実根在日本朝鮮人被爆者連絡協議会会長、年内に予定していた北朝鮮の医師の訪日研修が来年初めに延期される予定であることを明らかにする。
06 広島県原水協・県被団協・県平和委員会、ルーダン米駐大阪総領事の、広島への米艦船寄港要望発言に抗議するよう、広島市長に申し入れ。
06 「ピースリンク広島・呉・岩国」、ルーダン米駐大阪総領事の、広島への米艦船寄港要望発言を撤回するよう働きかけることを、広島県知事に申し入れ。
06 広島平和文化センター、初の公募による被爆証言ビデオの収録を開始。広島原爆ドーム対岸の平和記念公園内などで、 秋田サチエら安田高等女学校の級友だった3人の証言を撮影。
06? 「多田謡子反権力人権基金」、今年度人権賞を、英国セラフィールドの核施設による被ばく・汚染・事故隠しなどを告発してきた住民団体COREなどに贈ることを決める。
06? ナガサキ学生平和ボランティア、長崎の大学生の平和活動などを紹介するインターネットのホームページを開設。アドレスはhttp://www.try-net.or.jp/~kitazono
07 東京大学病院、東海村臨界事故で被ばくした大内久の循環状態が不安定になったと発表。
07 長崎地裁、李康寧裁判の口頭弁論を開く。
07 放射線影響研究所、被爆二世の健康影響調査についての地元連絡協議会を長崎で開催。成人病などの疾病と親の被爆との関係を検討することなどを柱とする計画概要を発表。
07 光武佐世保市長、米原子力艦船の防災対策について情報提供を米側に働きかけるよう外務省に要請したことを市議会一般質問で明らかにする。
07? 広島原爆死没者追悼平和祈念館に収める厚生省収集分の被爆体験記録約8万9000人分のデータベース化作業で、入力分が50%を超える。これまでに771の個人団体から1991点を収集。
07? 長崎大学、来年度から教育学部情報文化教育課程の科目として「平和学」の新設を計画。3年生を履修の主対象に、戦争と原爆の意味などを考える内容にする予定。
08 長崎出身のミュージシャンが平和を願うコンサート「Peace Beat Club’99 unpluged」、長崎市内で開催。
08 広島県平和運動センター・県原水禁など、「12・8不戦の誓いヒロシマ集会」を広島労働会館で開催。
08 長崎の証言の会など7団体、「ナガサキ不戦の集い」を長崎市爆心地公園の「核兵器廃絶人類不戦の碑」前で開催。約40人が参加。
08 長崎市、「原爆を「原点とする」ものではない」としてきた同市教委の平和教育原則の見直しを検討する方針を明らかにする。
08 森元弘志広島市助役、ルーダン米駐大阪総領事の広島への米艦船寄港要望発言について、「断りたい」との個人的見解を表明。
08 広島原爆資料館、収蔵するすべての被爆資料約8600点をインターネットのホームページで公開。
08 米テネシー州オークリッジの核兵器製造工場で化学爆発が発生。放射能が施設内に流出し10人が被ばく。
08 長崎県松浦市、原子力災害も想定し、同市地域防災計画の見直しを検討することを明らかにする。
08? 広島県三次市立三次中学校、10年前から毎年「原爆の日」を前に校区内で実施している「平和の火リレー」で「みよし人権文芸賞」を受賞。
09 「中国人強制連行・西松建設裁判を支援する会」・「三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会」、ギュンター・ザートホフ(ドイツ・ナチス犠牲者相談所連盟)からドイツ企業の強制労働に対する補償について話を聞く集いを広島市内で開催。約40人が参加。
09 米国防総省、米国の全面支援でロシアの核弾頭やミサイルを解体する「米ロ共同脅威削減計画」が開始されて以来7年間で、5000個の核弾頭が買いたいされたことを明らかにする。
09 電力会社や核燃料加工会社など原子力関連の民間事業者35社・機関、茨城県東海村の臨界事故を受け、安全性の向上をめざす「ニュークリアセイフネットワーク(NSネット)」を発足させる。
09? 日立製作所、JCO東海事業所の臨界事故で操業停止や休業を余儀なくされたとして2億3800万円の損害賠償を請求。
10 広島県内59の医療機関で被爆二世の健康診断を実施。希望者を対象に厚生省が1979年に始め、今年で21回目。
10 富山県高岡市の竹中製作所、長崎市から大修復を請け負っている平和祈念像の手首の点検を、同市職員から受ける。
10 米連邦捜査局(FBI)、米ロスアラモス国立研究所の中国系米国人元研究員ウェンホー・リーを機密扱い規則違反で逮捕。
11 韓国の伝統的民俗芸能団 「マダンプンムルノリ」、12日の広島公演を前に、広 島市平和公園を訪問。原爆慰霊碑や韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前で、慰霊の演奏や舞をささげる。
11 茨城県、「JCO臨界事故補償対策室」を設置。
11 東海村臨界事故を起こしたJCO、茨城県や東海村、経済団体と補償問題について初交渉。避難要請の出た350メートル圏内の住民に1人5万円の見舞金を支払うことなど基本的な補償の考え方を示す。
11 科学技術庁、東海村臨界事故で現場から約80メートル地点に事故発生から約25分間とどまった場合に被曝する線量の推定値を、これまでに発表した75ミリシーベルトから11ミリシーベルトにするなど、推定線量を大幅に下方修正することを決める。
11 長崎被災協など、原爆被害の受認論などを考えるシンポジウムを長崎市内で開催。
11 原爆被害者相談員の会、「12・11シンポジウム:原爆被爆者と東海村被曝者-放射能被害の実態と援護を考える」を広島YMCAで開催。約50人が参加。
11 日本環境学会、緊急学術シンポジウム「原子力事故と社会の対応-JCO事故が提起するもの」を東京都内で開催。
11? 政府、東海村臨界事故を受け、原子力の開発・利用行政をチェックする原子力安全委員会の事務局を来年4月に現在の科技庁から総理府に移管し、現在の19人から100人規模に増員することを決める。
12 広島県原水協・県被団協、米テネシー州の核兵器製造工場の事故に対する抗議文をクリントン大統領宛に送付。
12 学芸員をめざす広島女学院大学の学生16人、45年前被爆者追悼のためドイツ・デュッセルドルフ市から寄贈された広島市の幟町カトリック教会の正面扉を清掃。
12 広島原爆資料館、一日平和教室を開催。
12 米の核監視団体・天然資源保護協会、米軍が冷戦時代に岩国などの米軍基地に核物質部分を取り外した核爆弾を配備、佐世保などには核搭載艦船が常時出入りしていたことが米文書で確認されたと発表。
13 放射線影響研究所、被爆二世の健康調査についての外部の専門家の審議機関「科学委員会」の初会合を開く。
13 中国人民平和軍縮協会の訪問団5人、広島市入り。15日、秋葉市長と会見し、中国での初の原爆展開催に向け協議を進めることを確認。
13 米国務省からジョンソン駐日大使宛電文「核兵器と小笠原」(1968年1月4日付)に、1960年の安保条約改定時に核持ち込みに関する秘密議事録が交わされていたことを指摘する記述があることが判明。
13 原子力災害対策特別措置法など、参議院本会議で全会一致で可決、成立。
13? 茨城県東海村の「臨界事故賠償対策協議会」、JCOが提示した補償基準を「誠意がなく不十分」として全面的に見直すよう求めることを決める。
14 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の工事が始まる。
14 広島県立安西高校の朝鮮問題研究クラブの生徒3人、10月17日に韓国人原爆犠牲者慰霊碑にペンキがかけられた事件に関連し、平和友好を願い真の国際化を目指す決意で折りづる2000羽を同碑に納める。
14 長崎ヒバクシャ医療国際協力会、第3回永井隆平和記念・長崎賞の受賞者にオランダ在住の放射線物理学者ヨハネ・ブローズが決まったと発表。
14 李瑞環・中国人民政治協商会議主席、長崎市を訪れ平和公園などを見学。中国共産党機関紙・人民日報等国内向け主要メディアは、同主席が「原爆落下中心地碑」に献花したことを報道せず。
14 保利耕輔自治相、本年度12月分の特別交付税の配分を閣議で報告。東海村臨界事故対策で新たに茨城県に1億900万円、東海村に2300万円など。
15 広島平和文化センター、来年2月10~14日に沖縄県那覇市で開催する「広島・沖縄平和のキャンパス」の参加者を募集。
15 広島市平和公園の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館建設予定地の地中約40cmの層から、被爆当時の舗装路面とみられる塊が見つかる。
16 日本造血細胞移植学会総会、広島国際会議場で開催。平井久丸東大病院助教授が東海村臨界事故で被曝した大内久に行った末しょう血細胞移植の経過について報告。
17 放影研、「地元連絡協議会」を開催。原田広島大学学長が原医研と放影研の共同研究を提案。
17 広島大学平和科学研究センター、シンポジウム「21世紀の日本の核政策-変動する国際社会の中で」を広島市内で開催。
17 吉永小百合、長崎市・浦上天主堂で長崎の被爆者らが作った詩の朗読会「第二楽章 長崎から」を浦上天主堂で開催。約1000人が参加。
17 非核の政府を求める長崎県民の会、日米両国政府間に小笠原諸島での核兵器配備に関する密約があったとされる問題で、小渕首相と河野外相に抗議文を送付。
17 広島市役所で環境行政などの研修をしていたインドとパキスタンの市職員、半年間の研修期間を終え、秋葉市長に挨拶。
17 原子力安全委員会の「ウラン加工工場臨界事故調査委員会」、計110項目の提言を盛り込んだ最終報告書をまとめる。
17? 対馬厳原町立久田中学校に、原爆CDに胸打たれ出した手紙に対する返事として吉永小百合から直筆メッセージが届く。
18 長崎市城山小学校、原爆のすさまじさを感じさせる痕跡が残っているとして市の被爆建造物Aランクに指定されている被爆カラスザンショウを保護するため、3本の支柱をが立てる。
18 長崎市・浦上天主堂下の石垣(被爆遺構)の永久保存のための補強工事がほぼ完了。
18 「核兵器廃絶2000年運動長崎市民会議」(仮称)の結成準備会、長崎原爆資料館で開催。
18 平和の灯奉賛会、広島市平和公園の「平和の池」の大掃除を実施。約30人が参加。
19 東京大学病院、東海村臨界事故で被ばくした大内久の容体が不安定になったと発表。
19 東方2001・中国新聞社、連続シンポジウム「ヒロシマを語る」の第7回目として「今後の日中関係と広島の課題-中国総領事館誘致をめざして」を東方2001で開催。
19 初の大規模修復工事が行われている長崎市平和公園の平和祈念像、一般公開され、市民や観光客が見学。
20 東海村臨界事故で被ばくし放射線医学総合研究所に入院していた横川豊、事故発生から82日目に退院。
20 2000年度予算大蔵原案内示。被爆者対策費として1634億6200万円。
20 広島市平和公園への国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の建設工事に伴う、旧天神町北組慰霊碑の移設作業がほぼ終了。
20 非核の政府を求める長崎県民の会、日米両国政府間に小笠原諸島での核兵器配備に関する密約があったとされる問題で、政府への照会や県独自の調査・研究の実施を金子知事宛に申し入れ。
20 駐広島韓国総領事館、韓国政府から平岡敬・前広島市長らに勲3等修好勲章が贈られと発表。
20 長崎市、来年2月5日に開く「第1回ながさき女性国際平和会議」(同企画運営委主催、長崎新聞社など後援)の内容を発表。全体テーマは「戦争と女性」。
20 AP通信、20世紀の20大ニュースを発表。第1位は「広島・長崎への原爆投下」。
21 広島県原水協、広島市内の病院や原爆養護ホームなどに入院・入所中の被爆者たちに年末見舞金を贈る。
21 東海村臨界事故で被ばくしたJCO社員・大内久、午後11時21分、多臓器不全のため東大病院で死亡。
21 JR東日本、東海村臨界事故を起こしたJCOに、運休による減収額や社員の超過勤務費などとして約7600万円の損害賠償を請求。
21 三重県議会、同県原爆被災者の会から提出されていた「福祉事業」についての請願を全会一致で採択し国に対する意見書を決議。
21? 北朝鮮在住の被爆者支援のための医師の訪日研修が来年1月中旬にも実現することが、明らかになる。
21? 米バージニア州の報道博物館ニュージアム、来館者約3万6000人の投票結果として20世紀の100大ニュースを発表。第1位は広島・長崎への原爆投下、第2位は日本軍の真珠湾攻撃。
22 国際原子力機関(IAEA)、コンピューターの2000年問題で最も注目しているのは旧ソ連・東欧の原発ではなく日本であることを明らかにする。
22 高橋昭博元広島原爆資料館館長、広島原爆投下機の機長だったチベッツの手紙のコピーを原爆資料館に寄贈。
22 「原発・原子力施設立地県全国連絡会」、参議院議員会館で、科学技術庁と通産省の担当者に、東海村臨界事故の原因究明を要請。
22 原水禁国民会議のメンバー20人、大内久の死亡に対し、科学技術庁前で原子力政策の転換を求める座り込みを実施。
22 土山秀夫元長崎大学長・梅林宏道ピースデポ副代表ら、東京都内で「核兵器廃絶2000年キャンペーン」の記者会見。
22 科学技術庁、東海村臨界事故発生後、周辺の土のう積みやホウ酸水注入などの作業に携わった、JCO以外の防災業務関係者57人の被曝状況をまとめ、原子力安全委員会に報告。
22 茨城県東海村の臨界事故で放出された放射線は、JCO敷地内の建物など遮蔽物の影響で、同じ距離でも方角により被曝線量に差があったことが、高田純広島大学原医研助教授らの調査で判明。
22 広島県原水禁など、広島市平和公園の原爆慰霊碑前で、東海村臨界事故による被曝で死亡した大内久の追悼と抗議の座り込みを実施。約60人が参加。
24 大牟田稔・前広島平和文化センター理事長ら、カバデール米上院議員から、米上院の包括的核実験禁止条約(CTBT)批准否決の理由に関する公開質問状に対する「同条約の批准は国防の弱体化を招く危険」との内容の返書を受け取る。
24 原子力安全委員会の事故調査委員会、安全規制当局の強化などを求めた提言の最終報告書をまとめる。
24 長崎県西彼長与町の築地重信(山里国民学校4年の時被爆)、原爆で焼けた母校の校舎の炭を使って当時の校舎の惨状を描いた被爆絵を母校に寄贈。
24? 広島県千代田町議会、東海村臨界事故に関連し、「原子力発電所および関連施設の安全性に関する意見書案」を全会一致で可決。
25 東海村臨界事故を起こしたJCO社員・大内久の通夜、茨城県常陸太田市新宿町で挙行。中曽根弘文科学技術庁長官・橋本昌茨城県知事ら約400人が参列。
25 広島県原水協・県被団協・広島中央保健生活協同組合、「東海村臨界事故-大内さんの死を考える」を広島市内で開催。約70人が参加。
25 広島市在住の原仲裕三、野外アート「0055HIROSHIMA TIME1999-2000」で、被爆建物である旧広島大学理学部1号館に1945年8月6日8時15分を元年とした電光板を展示。
25? 木山事務所、「はだしのゲン」の企画などで第34回紀伊国屋演劇賞受賞が決まる。
26 JCO、東海村臨界事故で死亡した大内久の葬儀・告別式(社葬)を茨城県常陸太田市で挙行。興直孝科学技術庁原子力局長らが参列。
27 長崎県佐世保原水協、米海軍原子力潜水艦「トピーカ」が事前の通告より遅れて佐世保を出港した問題で、佐世保市に、事前通知の厳守を米側に求めるよう申し入れる。
27 クマール駐大阪インド総領事、友好親善目的で長崎市を訪れ、原爆落下中心碑前で献花。
28 広島県原水協・県被団協、米軍普天間飛行場返還問題で、沖縄県名護市長に、新基地受け入れ撤回を求めるファックスを送付。
28 東本願寺長崎教務所、所有していた原爆死没者の遺留品や被爆直後の惨状を写した写真数点を、長崎原爆資料館に寄贈。
31 1998年8月6日米シアトル市を自転車で出発し、世界47カ国を訪れ平和を訴える「ピースライド」の一行16人、広島市の平和公園に到着。
31 広島青年会議所・「ひろしま点灯虫の会」・広島市、広島市平和公園で元日にかけ、約300個のキャンドルで「平和の池」を彩る年越しイベン ト「ピース・ミレニアム」を開催。約100人が参加。

 

1999年11月のうごき

う ご き
01 小出裕章京都大原子炉実験所助手らのグループ、東海村臨界事故で避難勧告範囲半径350Mを越える450M内で、一般人の年間被ばく線量限度を超える中性子線を受けていた可能性が高いとする研究結果をまとめる。
01 呉海軍工廠の元少佐・神津幸直らが被爆直後の広島市で実施した状況調査の報告書の原本を故人の妻が呉市に寄贈。
01 放射線影響研究所の研究内容をチェックする国際審査委員会、広島市の同研究所で開催。3日、基礎研究充実など13項目を勧告し閉会。
01 長崎市平和公園の平和祈念像の初の本格的な修復工事が始まる。
01 非核の政府を求める長崎県民の会、1960年の日米安保条約改定の際、核兵器持ち込みに関する「秘密議事録」を交わしていたとされる問題で、同議事録の破棄などを求める申入書を、小渕首相と河野外相あてに郵送。2日、県知事に政府に要請するよう文書で申し入れる。
02 原爆被害者相談所、被爆者健康手帳を取得するため証人を捜している2人を公表。
02 広島大学原医研、国際シンポジウム「第5回セミパラチンスクの核実験場周辺住民の放射線影響」を大学内で開催。約60人が参加。
02 伊藤長崎市長と野口市議会議長、CTBTの批准を否決した米国の上院議員51人に対し、早期批准を求める連名の要請書を送付。
02 長崎県佐世保市、米海軍原子力潜水艦の放射能事故発生を想定した医療態勢など独自の対応策を本年度末までにまとめる方針を明らかにする。
02? 小泉好延東京大学助手ら、東海村臨界事故で現場から100Mの民家が中性子を100ミリシーベルト被曝していたと推計。
03 広島市中区の旧猿楽町)ゆかりの 人でつくる「矢倉会」、映像による街並み復元で、 被爆時の家族の様子を再現することを計画。
03 被爆地から反核平和のメッセージを米国の国連本部に届ける「高校生平和大使」3人を含めた派遣団10人の結団式、長崎原爆資料館で開催。約20人が参加。
04 横田工・原爆資料保存会会長、死亡。
04 科学技術庁の東海村臨界事故対策本部。施設付近の被ばく線量の推定結果を原子力安全委員会に報告。敷地境界付近で事故から25分間で一般人の年間被ばく線量限度1ミリシーベルトの75倍。
04 「元大正屋呉服店を保存する会」と「原爆遺跡保存運動懇談会」、広島市レストハウスの保存活用計画を早く策定するよう市に要望。
04 第56回中国文化賞授賞式。鎌田七男広島大学原医研元所長ら6人が受賞。
04 世界平和研究所・読売新聞社、「核不拡散・核軍縮国際シンポジウム」を東京都内で開催。世界9か国の専門家が参加。-5日。
04 旧日本軍の捕虜となったオランダ人とその家族でつくるオランダの3団体の一行17人、長崎市の原爆資料館を見学。
04? 広島市、市民が世界各国に送る平和メッセージや核兵器にかかわる抗議文を英語に翻訳する事業を開始。
05 原子力安全委員会のウラン加工工場臨界事故調査委員会、「緊急提言・中間報告」をまとめ、首相と科学技術庁長官に提出。事故の際放出された放射性ヨウ素の推定量は約50キュリーで国内で過去最大。科技庁の甘い規制を指摘。
05 「核兵器の廃絶をめざし、すべての核実験に反対する長崎ネットワーク」、東京大行動を実施。-6日。
05 ロバート・マクナマラ元米国防長官、外務省を訪れ、核兵器廃絶を求める中堅国家群「アジェンダ連合(NAC)」が国連に提出している決議案に賛成するよう求める。
06 広島の証言の会、第3回総会を広島市内で開催。約10人が参加。
06 被団協連載「在外被爆者はいま」(-日、回)
06 広島県原水協、核兵器廃絶を求める国連決議に国が賛成するよう求める署名運動を広島市内で実施。
06 長崎市山里小学校、「あの子らの碑」前で50回目の平和祈念式を開催。
06 広島県廿日市市の廿日市小学校6年生108人、被爆者の心をいやした柳の老木をテーマにした音楽劇「あかいトマ ト」を学習発表会で上演。
06 永井隆の故郷・島根県飯石郡三刀屋町、同町のシンボルである桜「御衣黄」の苗木を長崎市に向け発送。永井隆記念館など5カ所に植えられる予定。
07 山内博・聖マリアンヌ医大助教授のJCO臨界事故の現場から350M圏内にいた150人についての健康影響調査で、8人からDNA損傷を示す物質が平均より高いレベルで検出されていることが判明。
07 インドとパキスタン両国への平和行脚を目指して昨年12月に結成された市民団体「グローバル・ピースメーカー・アソシエーション」、広島市内在住の両国の男性を招いて両国の反核・平和意識について学習。
07 広島市など、「子どもたちの平和の絵コンクール」作品展を広島原爆資料館で開催。
07 ジェレミー・ハリス米ホノルル市長、秋葉広島市長を表敬訪問。
07? 長崎原爆資料館(長崎市平野町)、原爆・戦争の記録集や被爆者の手記など同館所蔵の図書約1万2000冊の貸し出しを開始。
08 科学技術庁、東海村臨界事故で被曝した46人の染色体調査を実施していることを明らかにする。結果は11月下旬に出る見込み。
08 広島県原水禁、開会中の国連総会に提出されている核兵器廃絶を求める決議案を積極的に支持するよう小渕首相と河野外相に要請書を送付。
08 ウェリントン・ウェッブ米コロラド州デンバー市市長、広島市の平和公園を訪問。
08 国立国会図書館、終戦時の内閣書記長官だった迫水久常が、終戦時の政治を語った速記録と録音テープを公開。
09 科学技術庁、東海村臨界事故直後、JCO社員の救助に出動した救急隊員7人に被曝線量を説明。
09 東京地裁、東数男裁判の第1回口頭弁論を開く。国側、全面的に争う答弁書を提出。
09 長崎市の東本願寺長崎教務所に完成した「原子爆弾災死者収骨所」の落慶法要。約200人が参列。
09 友沢光男・米国原爆被爆者協会会長、倉本寛司・同名誉会長、森田隆・在ブラジル原爆被爆者協会会長ら、長崎市を訪れ、伊藤市長に在外被爆者への援護実現に協力を要請。
09 長崎県原水禁と県平和・労働センター、「反核9の日座り込み」を長崎市平和公園で実施。約60人が参加。
09 インド・ニューデリーを拠点に活動している反核・平和運動家アジェイ・マハジャン、広島市を訪れ、被爆者などと交流。-10日。
09 国連総会第1委員会(軍縮)、日本提出の核廃絶に関する決議を賛成128、反対0、棄権12で採択。
09 国連総会第1委員会(軍縮)、新アジェンダ連合による核兵器廃絶に向けた決議案を賛成90、反対13、棄権37で採択。日本は、棄権。
10 秋葉広島市長、アメリカの臨界前核実験に対する抗議文をクリントン大統領あてに送付、
10 美智子パンピアンが設立した設立したNPO団体)「子供のための世界平和プロジェクト」(WPP)、米シアトル市の野球場「キングドー ム」に世界最大の折りづるを展示。
10 東京都立大山高校の2年生、修学旅行で訪れた広島市で、平和学習の成果として起草した「平和宣言」を発表。
10 天皇・皇后、即位10年を機に記者会見。天皇、原爆の被害を世界に理解してもらう意義に言及。
10 午前7時19分(米東部時間9日午後5時19分)、米エネルギー省、臨界前核実験(8回目)をネバダ州で実施。
11 長崎県諫早市長、アメリカの臨界前核実験に対する抗議文を大使あてに送付。
11 長崎県平和・労働センターなど5団体、米国の臨界前核実験に対し、長崎市平和公園の平和祈念像前で抗議の座り込み。
11 広島県原水協など8団体、米の臨界前核実験に対する抗議の座り込みを広島市平和公園の原爆慰霊碑前で実施。約90人が参加。
11 広島県西部の8市長すべてが、この日までにアメリカの臨界前核実験に対する抗議文をクリントン大統領や大使あてに送付。
11 広島県原水禁など13団体、米の臨界前核実験に対する抗議の座り込みを広島市平和公園の原爆慰霊碑前で実施。約70人が参加。
11 広島県・三良坂町平和を願う会、米の臨界前核実験に抗議する集会を同町平和公園で開催。67人が参加。
11 東京・八丈島の都立八丈高校定時制生徒ら12人、修学旅行で長崎市を訪れ、原爆資料館などを見学。
11 長崎市立山里小学校5年2組の児童36人、姉妹校の島根県飯石小学校に送るため、「平成11年11月11日11時11分11秒」と38枚のカードを持って、ビデオ撮影.し、
11 フォーリー米駐日大使、大阪府議・市議、兵庫県議・神戸市議らと大阪市の米総領事館で会談。「米艦船の神戸入港を願う」と述べる。
12 大阪地裁、郭貴勲裁判の口頭弁論を開く。森田隆在ブラジル原爆被爆者協会会長と倉本寛司米国原爆被爆者協会名誉会長が証言。
12 広島市立大学の「広島平和研究所長候補者に関する諮問委員会」、就任を要請していた関東の国立大学教授の招へいを断念。
12 「ピースリンク広島・呉・岩国」、米国の臨界前核実験に対するクリントン大統領宛の抗議文を送付。
12 沢田神奈川県横須賀市長、艦船の放射能漏れ事故を想定した防災マニュアル策定に当たり、米側の情報提供を求めるよう外務省に要請。
12 政府、原子力災害対策特別措置法案と原子炉等規制法改正案を閣議決定。
12 九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)から8.3キロの距離に位置する長崎県・北松鷹島町議会、茨城県東海村で発生した臨界事故を受け、全員協議会を開き、国や九電などに対し、同町内の防災対策の充実どを求める働き掛けを強化することを確認。
13 第39回広島県高校総合演劇大会、広島市内で開催。-14日。広島市立舟入高校演劇部、原爆をテーマにした創作劇「SHAKE HANDS!」を上演。
13 反核平和画家・四国五郎の絵画展「あの頃この頃」、広島市内で開催。-16日。
13 大阪市原爆被害者の会、「被爆54周年ノーモアヒバクシャの集い」を市立社会福祉センターで開催。約100人が出席。
13 広島市の婦人団体・グループ連絡会、広島県内の留学生と一緒に平和公園で碑めぐりを実施。約100人が参加。
13 「伝えようヒロシマの心」をテーマに交流を続けている婦人団体・グループ連絡会、「第12回国際交流集会」を広島市内で開催。日本を含む11カ国の約100人が参加。
13? 長崎平和研究所、研究誌「長崎平和研究」第8号を発行。
13? 長崎県教職員組合、第49次教育研究県集会を大村市で開催。平和教育分科会では、ガスバーナーで焼いて原爆がわらの再現を試みたリポートなど。
14 「核実験に抗議する長崎市民の会」、米国の通算8回目の核実験に抗議する座り込みを平和公園で実施。約40人が参加。
14 「核兵器の廃絶をめざしすべての核実験に反対する長崎ネットワーク」の「国連平和大使」派遣団10人、同市を出発。-20日。
14? 倉本寛司・米国原爆被爆者協会名誉会長、「私とアメリカの被爆者」を出版。
15 長崎市、平和祈念像修復懇話会の初会合を開催。同工事について被爆者団体や地域住民の代表らに経過報告。
16 長崎市、平和公園の平和祈念像大規模修復工事で像の頭部と腕を取り外す本格的作業を開始。頭部や腕が取り外されるのは、1955年の設置以来初めて。
16? 広島の反核市民団体「グローバル・ピースメーカー・アソシエーション」のメンバー5人、来年2月にインドとパキスタンへの平和行脚を計画。
17 日本被団協、来月の国連総会全体会議で迅速な核兵器廃絶を求める諸決議に賛成するよう、小渕首相宛に要請。
17 秋葉広島市長・伊藤長崎市長、米国の8回目の臨界前核実験に抗議し即時中止を働き掛けるよう求めた連名の要請文を、小渕首相と河野外相に送付。
17 広島原爆資料館、所蔵する被爆資料の情報を再収集するため、寄贈者からの聞き取り調査を開始。
17 エリツィン・ロシア大統領、包括的核実験禁止条約(CTBT)批准法案に同日署名し、早期批准を求めて下院に提出。
18 東京大学付属病院、東海村臨界事故で大量の放射線をあびた大内久に下血が始まったことを明らかにする。
18 茨城県東海村の村長と農業・商工業関係者、JCOの親会社の住友金属鉱山を訪れ、臨界事故による被害総額約13億円の損害賠償を請求。
18 長崎総合科学大学長崎平和文化研究所、平和文化講演会「アジア・太平洋地域の安全保障と平和」を開催。
18 モンゴメリー・米ハーバード大名誉教授、広島市役所を訪れ秋葉市長と懇談。
18 米中央情報局(CIA)、冷戦末期のソ連の核戦力を分析した24通の報告書を公表。
18? 北朝鮮在住被爆者の治療にあたる医師ら7人の広島市を中心とした訪日研修が年内にも実現する見通しが明らかになる。
18? 米ハワイ州の日系4世で広島大学医学部の研究生ギャリン・ツル、原爆が被爆者や被爆二世に及ぼした精神的な影響についての研究を実施。10月から1年半の予定。
18? 「プルトニウム・アクション・ヒロシマ」・「原発はごめんだヒロシマ市民の会」など広島県内の反核市民4団体、東海村臨界事故を受けて「今こそ、脱原発を!」と呼びかける署名活動を開始。
19 「原爆を許すまじ」を作曲した木下航二・元東京都立日比谷高校教諭、死去。73才。
19 北朝鮮の被爆者支援のため訪日研修を準備中の李実根広島県朝鮮人被爆者協議会会長と中川智子衆議院議員(社民党)、国会内で記者会見し、この日、北朝鮮に招請状を送ったことを明らかにする。
19 岡崎俊雄科学技術庁事務次官、辞職願を提出。東海村臨界事故やH2ロケット打ち上げの失敗の引責とみられる。
19 科学技術庁、東海村臨界事故現場から半径350メートル以内にいた人を対象とした被曝線量推定のための行動調査を実施。-20日。対象者は最大約100人と予想。
19 東京大学病院、東海村臨界事故の被曝者・大内久の下血が減ったことを明らかにする。
19 平山郁夫、フランス学士院の碑文・文芸アカデミー外国人会員に選ばれ、認定式後の記念講演で広島での被爆体験を語る。
19 広島市、広島平和記念都市建設法の制定50周年を記念して「平和都市NEXT50シンポジウム-21世紀のひろしまを考える」を原爆資料館で開催。石丸紀興広島大学教授が基調講演。約300人が参加。
20 「三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会」、連続講座「アジアの人々との戦後「和解」を求めて」を開催。第1回は在間秀和弁護士「戦時中、広島の三菱で何があったのか-韓国人徴用工の被害の実態に迫る」
20 全国保険医団体連合会・全日本民医連など、「核戦争に反対し、核兵器廃絶を求める医師・医学者のつどい」を東京都内で開催。100人以上が参加。
20 反原子力茨城共同行動のメンバーなど6人、国の原子力政策の見直しを求めて、茨城大学内でハンスト。
20? 原子力委員会が毎年発行してきた「原子力安全白書」の1999年版が、東海村臨界事故などへの対応のため発行されないことになる。
20? 広島平和教育研究所、来年度のヒロシマ平和カレンダーを発行。プロゴルファーの岡本綾子ら6人の一流スポーツ選手が平和メッセージを寄せる。
21 山口県のアマチュア劇団「夕なぎ会」、被爆三世とその父親を取り上げた「ヒロシマのマチエール」を岩国市内で上演。
21 ドイツ・ドルトムント市で平和コンサート「今世紀の死者のために」を開催。広島からの24人をはじめ10カ国から500人が参加。
21 出雲市の神西小学校、学習発表会を開く。6年生が被爆エノキ二世を描いた創作劇を発表。
22 韓国慶尚南道の原爆養護ホーム「陜川原爆被害者福祉会館」の白南珍館長ら3人、広島市の被爆者介護研修の第1陣として広島入り。
23 原子力安全委員会の事故調査委員会、JCO東海事業所を現地調査。初めて、臨界事故を起こした転換試験棟に入る。
23 放射線影響研究所(長崎)、施設を一般公開。
23 ヒロシマ・ピース・センター、第10回世界平和弁論大会を広島市内で開催。第1位は*艶(中国人留学生)「原爆資料館で感じたこと」。
23 第11回谷本清平和賞授与式。広島市立舟入高等学校で原爆演劇活動を指導してきた伊藤隆弘が受賞。
23? 広島市教委、被爆直後の伝言の一部が見つかった袋町小学校西校舎の保存問題で、来年1月から全面調査を計画。
23? 県立広島病院、「創立120年記念誌」を発行。
23? 「宗教と社会」学会と国学院大学日本文化研究所、全国73の大学・短大など約1万人を対象にした宗教意識調査の結果をまとめる。「終末に起こること」として5割近くが「核戦争」と回答。
24 茨城県、東海村臨界事故による風評被害総額は153億円と発表。
24 「高校生平和大使」とともに15日、米ニューヨーク・国連本部に反核平和のメッセージを届けた同行団の吉田勲団長(長崎被災協評議員)ら5人、長崎市役所で帰国会見。
24 福島県浅川町立白石小学校、テレビ会議「地球からいじめ、戦争をなくすには」を長崎県と結んで実施。長崎市の森口貢が被爆の実相を子どもたちに語る。
24 衆議院科学技術委員会、原子力災害法案を全会一致で可決。25日、衆議院を通過。
24? 科学技術庁事故調査対策本部、東海村臨界事故の現場に残る放射能汚染されたウラン溶液の今年度内の搬出を断念。
25 厚生省が12月から無料で実施する被爆二世健康診断の説明会、広島市役所で開催。県と市が概要を説明。県被爆二世団体連絡協議会、被爆二世健康手帳の発行など13項目の要望書を提出。
25 長崎市・小ケ倉中学校、平和に関する教育研究発表会を開催。市内の小中学校から焼く110人の教師が参加。
25 広島市総合計画審議会、第4次基本計画をまとめ秋葉市長に答申。
26 中国新聞が「ヒロシマの記録―遺影は語る」として掲載した広島県立広島第二中学校(広島二中、現・ 県立広島観音高)の原爆被災状況について、遺族からの連絡により、さらに1年生10人と2年生1人、教員1人の被爆 死状況が判明。この結果、死没を確認できた人は1年生281人、上級生17人、教職員8人の計306人となる。
26 長崎市都市景観審議会、開催。市が平和公園地区を対象にした景観形成地区指定計画案を報告。
26 長崎市が来年2月開催する女性国際平和会議の企画運営委員会、市女性センター・アマランスで開催。分科会やシンポジウムなど同会議の概要を固める。
26 伊藤長崎市長の諮問機関「平和推進専門会議」、長崎原爆資料館で開催。土山秀夫・元長崎大学長ら地元委員と、石栗勉・国連アジア太平洋平和軍縮センター所長ら県外の専門家など計8人が出席。4回目。
26 マレーシア・ケダ州の若者38人、広島市を訪れ、広島アジア競技大会で同国の応援を担当した竹屋公民館で市民や留学生と交流。27日、原爆資料館を見学。
27 東海村臨界事故で大量被曝し東大病院に入院中の核燃料加工会社ジェー・シー・オ ー(JCO)社員、大内久の容体が急変。同病院、重篤状態に陥っていることを明らかにする。
27 創価学会広島平和会議、広島学講座「チェルノブイリ災害とその後」を広島池田平和記念会館で開催。イワノービッチ・ウクライナ最高会議事務局代表顧問が講演。
27 英国の医学雑誌「ランセット」、比較的健康とされる被爆者の間で、白血球の一種「好中球」の減少症が多発しているとする今村展隆広島大原爆放射能医学研究所講師の研究結果を掲載。
27 放射線影響研究所(広島)、施設を一般公開。
27 市民団体「ピースリンク広島・呉・岩国」、結成10周年記念シンポジウム「動き出している新ガイドラインとどう向き合うか」を広島市・広島カトリック教会で開催。約50人が参加。
27 広島県比婆郡口和町立口北小学校、「口北ふれあい広場」を開催。姉を原爆で亡くした同町の倉林満徳の体験を基に、6年生の児童が劇「奪われた笑顔」を上演。
27 長崎市・長崎平和推進協会、「核兵器廃絶を考えるフォーラム」を長崎原爆資料館で開催。平和推進専門会議委員の前田哲男・東京国際大教授と堀内敏宏・NHK部外解説委員が講演。
28 東京大学付属病院、東海村臨界事故で被曝した大内久について、なお重篤と発表。
28 茨城県内17団体、「臨界事故シンポジウム」を東海村で開催。斉藤紀(広島)福島正教病院長らが報告。約170人が参加。
29 囲碁棋士・岩本薫、死亡。97才。原爆投下時、広島市郊外で当時の本因坊に挑戦。
29 東京大学付属病院、東海村臨界事故で被曝した大内久肝不全状態になったと発表。
30 インドのアルン・ガンジー(マハトマ・ガンジーの孫)、広島市を訪れ幟町中学校で講演。
30 在日米海軍司令部(神奈川県横須賀市)と米海軍佐世保基地、長崎新聞社の取材に対し、佐世保港での米原子力艦船の事故対策について、「佐世保市側から要請があれば合同で防災会議を開く用意があると語る。
30 長崎県、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)に近い地域の防災対策について、緊急時の情報伝達や避難方策などのマニュアル化を検討することを明らかにする。

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