「1957年」カテゴリーアーカイブ

写真でみる原爆の記録

『写真でみる原爆の記録』(手塚毅、原水爆資料保存会、19570601)

目次

記事編
◎爆発当時の広島の状況と原爆被害の実態
爆発当時の状況
被爆による人的被害
死亡者と死亡率
爆心地からの距離と死亡率
被爆生存一覧表(府県別)
原爆によって何人の人が死んでいるか
動員学徒死亡数
義勇隊死亡数
広島、長崎の被害比較表
◎被爆者の声
緒言
○三人の幼児を抱へ夫に去られたケロイドの婦人が歩む苦難の人生
多田まき子さんは語る
○原爆症と闘いついに死亡せる
恵原吉郎さん生前の手記
○ケロイドの妻のかなしい日日の生活
A夫人の手記より
於 広島
◎原水爆禁止世界大会
大会宣言 議長団代表 浜井信三氏
日本準備会事務総長 安井 郁氏
各国代表の声
アメリカ代表 ミルドレッド・スコット・オルムステツト女史
イタリー代表 ポブレア・デジー氏
インド代表 パリチウドル女史
インド代表 アチアリア氏
ポーランド代表 レオナルド・ソフノフスキー氏
オーストラリヤ代表 ウイリアムゴラン氏
アメリカ代表 アーム・ストロンク氏
フランス代表 ジヤキエ氏
世界民青連代表 バハルジン氏
ポーランド国会議員 ゾフイ・ヤワジルコウスカ夫人
インド代表 アニブ・シン博士
◎被害者の叫び
被害者(広島) 高橋明究氏
長崎原爆乙女の会々長 山口みさ子氏
福竜丸対策委員 山崎林太郎氏
ビキニ水爆の犠牲者 久保山すず未亡人
長崎の被害者(29才の婦人)
原爆症で愛児を失った 岩本夫人
原爆ドームの下の 吉川 清氏
10年してまた原爆症に 岩手代表
ビキニ被災者について 焼津代
◎被害者の救援問題について
◎原水爆の恐るべき影響について
長崎に於ける当時の状況
◎原爆被害者の治療及び剖検の経験 
塩月正雄(現メデカルセンター設立発起人)
写真編
広島編
広島に投下された原子爆弾
原爆はかくして投下された
原爆と水爆の種々
広島の原爆前原爆後の対照
原爆で吹っ飛んだ広島
原爆が物体に及ぼした影響
樹木・橋梁・木造建物
鉄筋建物・電車とレール・竹
墓石・屋根
放射熱線ののこした影の数々
放射熱線が物体に及ぼした焼痕
原爆の衝撃波
原爆直後の被爆者の診察
各収容所の状況
放射熱線に焼けただれた人々
熱線によるケロイド症状
原爆症
原爆患者死亡直後の写真
原爆の被害はまだ続いている
脱毛症・馬の原爆症
最近の患者の診療と手術
救はれざる人々
原爆未亡人・原爆乙女
原爆孤児・悲惨生活
原爆投下当時の新聞の報道
肉親や知人を探す人々
熱線と黒いもの白いもの
10年後爆心地付近で出るムクロ
長崎編 山端庸三氏撮影
最も完全に残された世界に唯一の原爆記録写真集
原爆後1年して撮った写真
水爆の恐怖
ビキニ水爆の実録
医師の記録 塩月正雄氏
平和運動世界にみなぎる
世界平和大会に於ける安井郁氏
ワルシャワの世界学生平和大会に於ける日本代表
世界に拡がる原水爆禁止署名運動
原爆10周年を期して広島で催された原水爆禁止世界大会
大会々場・渡辺広島市長
前市長浜井信三氏・大山郁夫氏
多大の感銘をあたえた長崎の山口さん
久保山未亡人
各国代表者たち・参集する群衆
その日の原爆ドームを中心とする市街
原爆犠牲者の霊をともらう人々
原子力の平和利用
ラジオアイソトープとその平和利用
古い年代を計る・医学への平和利用
工業への利用・農業への利用
気象観測へ・未来の交通機関
汽車・自動車・商船
原子力発電所・原子力バッテリー
食糧の耐久性へ・原子炉の種々
未来の原子力航空機・原子砲
放射能の処理・原爆避難壕
ジュネーブ原子力展示会

 

 

広島県動員学徒犠牲者の会(略年表)

広島県動員学徒犠牲者の会 1957年2月17日

略年表

Y M D NEWS1
57 02 04 広島県動員学徒犠牲者の会結成準備委員会、広島県庁で開催。
57 02 17 「広島県動員学徒犠牲者の会」結成大会、広島県庁で開催(約100人参加)。動員学徒も軍人・軍属なみの国家補償を要求すると宣言。
57 05 31 広島県動員学徒犠牲者の会、「友の会だより」を創刊。
57 10 20 広島県動員学徒犠牲者の会、第1回動員学徒慰霊法要を光道会館で挙行。終了後、平和公園供養塔に参拝。
58 07 06 広島県動員学徒犠牲者の会、第2回動員学徒慰霊法要を広島市寺町・本願寺別院で挙行。終了後、原爆病院の患者を見舞う。
59 04 12 広島県動員学徒犠牲者の会、第3回定期総会を広島女学院講堂で開催。
60 08 06 中山マサ厚生大臣、広島市内の旅館で県動員学徒犠牲者の会・県身体障害者団体連合会など県内23団体の陳情を受ける。広島市、原爆総合医療研究所の設置を要望。
66 06 20 準軍属広島遺族の会(1958年5月、援護法改正期成同盟会を改称)、解散総会をあげ、広島県動員学徒犠牲者の会に合流。([動員学徒誌])
69 04 09 広島県・長崎県動員学徒犠牲者の会交歓会、長崎市国際文化会館で開催。
73 08 20 広島県動員学徒犠牲者の会の代表3人、首相官邸で二階堂官房長官に、遺族・傷害者の恩給などの改善を陳情。
78 11 07 広島・長崎の動員学徒犠牲者の会、島原市で交流大会。
80 01 10 「広島県動員学徒犠牲者の会」理事長沖本喜夫、死去。
91 08 06 広島県動員学徒犠牲者の会、広島市平和公園の慰霊碑前で第35回原爆追悼式と供養会(約500人参列)。
94 04 17 広島県動員学徒犠牲者の会、動員学徒の50回忌法要を進徳学園で挙行。約400人が参列。
95 08 06 広島県動員学徒犠牲者の会、追悼式を平和公園の動員学徒慰霊碑前で挙行。約300人が参列。
97 08 06 広島県動員学徒犠牲者の会、動員学徒追悼式を挙行。約500人が参列。

 

原水爆禁止国民使節(1957年)

原水爆禁止国民使節(1957年)

日本原水協は本年[1952年]4月の第2回全国理事会に於いて、クリスマス島水爆実験阻止の抗議団派遣の討議の中で、相次いで原水爆実験を行っている米、英ソの原爆保有3国に対し夫々、原水爆禁止と即時実験禁止協定締結を訴える国民使節派遣を決定した。その后幾多の障害を乗り越え乍ら、世界大会準備の活動と並行して運動を進め、7月23日ソ連班を皮切りに、米英ソ三国にそれぞれ使節団を送り出した。各代表団は困難な条件の中でよく活動し、不十分ではあるが数多くの成果をもたらして、去る9月21日英国班を殿りとして全員無事帰国した。

出典:『原水爆禁止国民使節派遣経過並に活動報告』(国民使節派遣対策委員会、1957年10月5日)

編年資料:ヒロシマ-1957年

編年資料:ヒロシマ-1957年

月日 タイトル 備考
0801 『家庭教育 8月号(通巻17号)』(西日本図書) 所蔵:ピカ研
高橋定(原対協特別委員)「アメリカに渡った原爆乙女」
「わたしの履歴書 ”少年の島”似島学園」
 1201  『カリキュラム 108号』(誠文堂新光社)  所蔵:ピカ研
 社会科研究室 原水爆と平和の問題
 <実践報告>
 道家達将「死の灰の中の子ども」
 高井哲郎「小学校高学年での実践」
 井道玉温「広島大付中での実践」
 <研究>
 海後勝雄「『原爆と平和』の学習について」
 小菅茂雄「不安からの解放」
 <資料>
 放射能について科学はこう教える
 安芸玲太「子どもも叫ぶ原水爆反対」
 映評
 世界は恐怖する 日本ドキュメント・フィルム社・三映社共同製作

 

以下のリンクは現在接続不能

月日 資料名
0112 第1回日本原水爆被害者団体代表者会議討議資料
0113 第1回日本原水爆被害者団体代表者会議宣言
0113 第1回日本原水爆被害者団体代表者会議決議
0208 原爆被爆者の医療等に関する法律の施行に必要な予算(厚生省公衆衛生局企画課)
0216 援護法改正法促進大会宣言案
0216 援護法改正促進大会決議案
0217 第2回愛媛県原爆被害者総会宣言
0303 広島市原爆被害者の会連合会設立大会
0306 広島県議会意見書「クリスマス島原水爆実験の禁止要望について」
0325 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に対する付帯決議(衆議院社会労働委員会)
0329 岡山県原爆被害者協議会結成大会決議
「被爆者ニュース」(日本被団協機関紙)創刊号
被爆者ニュース創刊号(抄)
原爆医療等関係法令集 (厚生省公衆衛生局)
08 第3回原水爆禁止世界大会8・6広島大会討議資料
0806 広島市平和宣言
0809 長崎市平和宣言
0816 第3回原爆禁止世界大会(1957年)日本代表団会議の決議「(5)原水爆被害者救援に関する決議」
1217 全国各地の地域被団協結成状況(日本原水爆被害者団体連合会『被団協連絡第二号』)
1227 広島県議会意見書「原水爆実験禁止及び国際的放射線生物学研究機関設置方要望について」
1227 広島県議会意見書「原水爆実験禁止及び国際的放射線生物学研究機関設置方要望について」
1227 広島県議会意見書「核兵器持込禁止協定に関する要望について」