「1962年」カテゴリーアーカイブ

広島県原水協年表(1962年)

広島県原水協年表(1962年)

月日 事項
0120 広島県被団協理事会, 広島市平和会館で開催. 日本原水協が発表した「基本原則」の全面的支持を決定, 第二原水協問題に関連して「統一のために努力する」との声明を発表.
1.20
1.21 「核兵器禁止, 平和建設広島県民会議」, 広島市平和記念館で結成大会.
2. 6 広島―アウシュビッツ平和行進, 広島市平和公園を出発.
2. 9 広島県原水協, 米英の核実験再開にたいし抗議運動を起こすと表明.
2.11 広島県平和委員会再建総会. 規約を改正, 会長に佐久間澄を選出.
3.18 広島県平和委員会, 第 1回基地調査.
4. 1 中国五県の安保共闘会議, 呉市旧練兵場グラウンドで「春闘激励・憲法改悪反対, 日韓会談粉砕, 軍事基地撤去中国ブロック大会」. 121団体, 7000人が参加. 呉市で中国五県規模の集会は初めて.
4.20 広島県原水協, 同被団協, アメリカの核実験再開に反対して原爆慰霊碑前で抗議の座り込み.
4.23-25広島県平和委員会など, 陸上自衛隊13師団の市中パレードなど行事反対の行動.
4.25 原爆資料館下で約1000人参加して, アメリカの核実験に抗議の集会. 広大でも学生約 500人が大学正門前で抗議集会.
4.28 安保破棄憲法擁護県民共闘会議, 広島労働会館で沖縄返還国民総決起全国統一行動広島県集会.
5. 1 広島原爆被災者松原美代子・英広昌, 18カ国軍縮会議開催中のジュネーブでゾーリン・ソ連代表と会見. 広島平和行進委員会のメッセージを手渡す. 両名は, 米代表とも会見. 11日のタス通信, メッセージが軍縮委の公式文書として配布されることになったと報道.
6. 3 中国五県の安保共闘会議, 岩国市で「南ベトナム・ラオス軍事干渉反対, 核戦争阻止, 岩国基地撤去総決起大会」を開き3000人参加.
7. 8 日中友好協会広島県連合会第 3回理事会, 米第七艦隊の台湾海峡出動にたいして池田首相, ライシャワー米大使に抗議書.
8. 4 浜井広島市長, 門田広島市職組委員長, ケネディ大統領に無条件に核実験停止協定を締結するよう要請. 8月16日付でライシャワー大使から「非常識な主張」との内容の返書.
- 第8回原水爆禁止世界大会(東京). 6日まで.
8. 5 「平和のための広島県文化会議」, 広島市で結成.
8. 6 第 8回原水爆禁止世界大会広島集会. 社会党を中心とする議長団, 大会運営委員会提出の「ソ連の核実験によって米ソの核実験競争が始まった」とする「広島アピール」と「米ソ両国の核実験に抗議」の緊急決議案の採決を多数の反対にもかかわらず強行.
8. 7 共産党広島県委・民青広島県委共同で「広島アピール」と「ソ連への抗議決議」は無効であると主張.
8. 7 広島高校生平和と民主主義の会, 民青広島地区高校班の共催で第 2回高校生平和集会. 「広島アピール」の無効を宣言.
8. 7 日本被団協, 広島市で第 7回総会. 「被団協は日本原水協から脱退し核禁会議に加盟せよ」を骨子とする「11県共同提案」を審議. 結論出ず代表理事会に持ち越す.
8. 9 共産党広島県委, 民青広島県委, 広島県原水協伊藤事務局長を通じて集会実行委員会にたいし, 外国代表への公的謝罪, アピール・決議の取り消しを申し入れ.
9. 9 日本被団協代表理事会, 広島市で開催. 「11県共同提案」に反対し日本原水協にとどまることを確認.
9.10 全自交広島地方本部第 2回定期大会. 共・社両党支持, 第 8回原水爆禁止世界大会の「宣言」と「勧告」の全面的支持を決定.
9.16 広島県原水協, 広島市平和記念館で第 8回原水爆禁止世界大会の総括総会.  150人参加し今後の運動方針は持ち越す.
10.20 安保破棄憲法擁護県民共闘会議など 5団体, 県庁前広場で「日韓会談粉砕, 日中国交回復, 日ソ平和条約締結, 核武装阻止, 軍事基地撤去広島県大会」を開催. 32団体, 500人が参加.
10.21 岩国基地闘争, 広島県から約1000人参加(うち 500人を民青が組織)
10.29 呉地区安保共闘発足.
11.14 宗教者平和協議会(桑原英昭会長)常任理事会, 社会党・総評などが12月に広島市で開く原水禁国民大会(「広島集会」)への不参加を決定.
11.17 国労呉支部執行委員会, 「広島集会」をやめるよう呼びかけることを確認. 11.28 全商工中国支部, 全電波中国支部, 全建労広島県協議会, 全港建広島支部, 全日自労広島地本の 5団体, 連名で「広島集会」への不参加呼びかけ.
11.29 広島県原水協理事会, 「広島集会」への組織としての不参加を決定.
12.1-2広島合唱団, 劇団「月曜会」, 広島市平和記念館で第 1回合同公演. 400人参加.
12. 3 社会党, 総評の一部幹部が中心となって準備した「原水爆禁止と平和のため - 4 の国民大会」(「広島集会」)開催.
12. 5 「広島集会」全国実行委員会, 広島労働会館で総括会議を開催. 恒常的な機関として「原水爆禁止運動連絡会議」を設置, 分裂路線を具体的に打ち出す

 

 

きょうど「ひろしま」

『きょうど「ひろしま」』 広島県社会科資料研究会編、中国書店(発行所)19620405 所蔵者:ピカ研

発行日 監修者 備考
19620405 金子廉 広島大学東雲分校
三上嘉明
19700405(15版) 金子廉 以降の奥付初版発行日は「19571201」
19740401(18版) 金子廉
19750401(19版) 金子廉
19770401(20版) 金子廉

『歴史と教育』創刊号(広島歴史教育者協議会)

機関紙『歴史と教育』No1(196210)設立大会特集号

広島歴史教育協議会の発会にあたって(発起人 今堀ほか4名)
今堀誠二  ごあいさつ(会長)
石井金一郎 現代の課題(設立大会報告・問題提起)
幹事会  11月(第1回例会のお知らせ)
天野卓郎(幹事会)  小中高を貫く歴史教育の理論と実践の統一(大会報告・本年度活動方針)
川島孝郎  生徒の描く未来像からみた歴史教育の反省-主体的生徒を育てるには
村上尚三郎  秀吉の学習について-科学的歴史認識を育てるために
*(翠中3年)  キューバ問題についての感想
天野  広島歴史教育協議会設立総会報告
 広島歴史教育協議会会則・役員・その他

 

『歴史と教育』総目録

機関紙『歴史と教育』総目録

       広島歴史教育者協議会 1962年月日設立

No. 発行年
月日
内容(抄=広島の動向を中心に)
1 196210  設立大会特集
2 196212
道重哲男「わが国におけるファシズムの成長過程-高等学校日本史における近・現代史に教材的取り扱いの一例として」
3 1963
  後藤陽一「人権の歴史としての日本史について」(4月27日呉歴教協発会記念講演要旨)
 広島歴教協  討議資料-部落解放と歴史教育について
ニュース 歴教協呉地区協議会の発足
佐伯郡下に歴教協サークル結成の動き
特別 19630428
<資料>義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(案)
<紀元節問題に関する資料>1963.2.5国民文化会議声明
「紀元節法案」の歴史
4  196311
渕上和俊 歴史授業研究-主体的学習を深めるために-第13次広島県教研報告
歴史教育者協議会第15回大会参加記
高橋信雄 (1)「部落解放と歴史教育」分科会に参加して
三上勝康 (2)京都大会で感じたこと
天野卓郎 第13次広島県教育研究集会社会科部門集会から-中学校部会
事務局 広島歴教協の動き
(1)佐伯社会科教育協議会の結成(6月22日)
(2)歴教協安芸サークルの結成(10月12日)
(3)歴教協評議員遠山茂樹先生を囲んで(10月26日)-広島史学研究大会・日本歴史学協会総会-
5  19640120 第2回大会特集号
今堀誠二  歴教協の進むべき道―広島歴史教育協議会第2回大会講演
横山英 大衆運動をどう把えるか-五四運動の評価について
天野卓郎 大正デモクラシー運動について
6  19640420
川島 例会報告-戦争をどう教えるか
7  19650110
今堀誠二 挨拶
細田鼎 現代と社会科教育-広島歴史教育協議会第3回大会講演
8  19650310
今堀誠二 現代史の課題(1)
紀元節復活に反対する
9  19651220
天野卓郎 民族の伝統と変革をどう扱うか(1)-明治維新の学習ノート
今堀誠二 現代史の課題(2)
 10 19660410
 天野卓郎  1966年度”ひろしま歴教協”のとりくみのために<資料>-「民族の課題」にどう迫るか-
 11  19660715  教科書検定問題特集
天野卓郎  教科書検定訴訟を支援する全国連絡会第2回全国総会に参加して
<資料>  教科書検定訴訟を支援する全国連絡会第2回全国総会(1966.7.10)運動の現状と課題
同上 声明
天野 教科書検定訴訟を支援する歴史研究者の会懇談会ひらかれる
高橋 教科書訴訟を支援する広島集会
 12  19660801  第18回歴教協大会報告資料特集
扉のことば―年表にない歴史
川島孝郎 第6分科会・歴史学習の方法 学習授業の方法-戦後の実践を事例として
天野卓郎 第11分科会・現代史 現代史学習のねらいと構成-報告「資料」として(1)-
 13  19661201  ひろしま歴教協1966年次研究集会特集
今堀誠二 歴史の現時点
青才智恵雄 社会科における「生きる」ということの意味-社会科教師の基本像
空辰男 とくに政経社教授に訓育的過程をしている
川島孝郎 大会参加記-教科書批判学習について-
天野卓郎 ”歴史と教育”手帖
 14  19671001  石井金一郎先生追悼号<別記
 1  196402  広島歴教協月例会報告
 1  19670501  ひろしま歴教協通信
 2  19670601
 3  19670701
 4  19670901
 5  09671101
 19  19701216
 1  19720910  広島県歴教協広島支部ニュース
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7
8
9 19730613 広島県歴教協広島支部ニュース(再刊)

 

広島・長崎原爆被爆者大会(19620522)

広島・長崎原爆被爆者大会
1962年5月22日
広島市公会堂で2,500人の被爆者の参加のもとに開催。厚生省公衆衛生局全画課長の講演・両市被爆者代表の意見発表ののち,次のような宣言および決議を採択。大会の席上、全日本被爆者協議会を結成。

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案内ビラ

宣言
われわれ原爆被害者は,一生拭い去ることのできない放射能に対する不断の脅威と不安を内包し,日常生活並びに社会活動に多くの障害と制約を受け,物心共に苦難の十七年を生きてきた。その間放射能障害による症状の悲惨な現実と,被爆者の生活の実態が認識され,被爆者の切実な声が通して,最近に至り原爆医療法が制定され,逐次医療の充実をみつつあることはまことに慶びに堪えない。ここに関係各位の並々ならぬ御熱意と御努力に対し深甚なる感謝の意を表するものである。
本日被爆者大会の開催に当り,われわれは核爆発の実験停止と,真の世界平和確立のための,広島・長崎の悲願達成に,根気強く努力をつづけ,全国二十方に上る被爆者相携えて,あらゆる困難と苦痛を克服して力強く生き抜くことを誓い,更にいわれなき無この犠牲者に対する国家の責任と保障において,万全の援護対策の速かなる実現を切に要望して已まない。
右宣言する。

決議
戦後既に十七カ年の歳月を閲みし,全国二十万に上る原爆被爆者の多くは,経済的基盤を失い,或いは放射能障害に悩みかつ脅えつつ,日常生活並びに社会活動に幾多の制約を蒙り,苦難の日々に堪えて今日に至った。
医療に関しては,さきに特別立法により補償の途が開かれ,稍々安らかなるものを得たとはいえ,更に政府,国会その他関係機関におかれては,被爆者の生活の実態に鑑み,原爆犠牲者国家保障性の見地に立って更に援護その他強力なる施策を打出すべきである。よって次の事項について速かに適切なる措置を講するとともに全面的な援助を要請する。
一、特別被爆者の範囲の拡大をすみやかに実現することを期する。
二、原爆被爆者援護対策の確立を期する。
三、原爆被爆者ホームの建設を要望する。
四、原水爆禁止と世界恒久平和実現への正しい国民運動を力強く推進する。
五、全日本被爆者協議会の結成を促進する。
右決議する。

大会次第

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ヒロシマわが罪と罰

ヒロシマわが罪と罰-原爆パイロットの苦悩の手紙
クロード・イーザリー、ギュンター・アンデルス、篠原正瑛(訳)、
筑摩書房、1962年8月5日
内容
解説(ロベルト・ユンク)
1.未来図の象徴という断罪/2.私は狂信的な人間ではない/3.平和のために役立ちたい/4.原子力時代の最初の犯罪/5.ありがたくない宣伝材料/6.幅の広い戦線をつくろう/7.ボブ・ホープの映画化計画/8.広島の少女たちの友情/9.自伝映画に出演するな/10.私を利用しようとする人びと/11.二人で伝記を書こう/12.ユダがもらった銀貨/13.泳ぐためにはまず泳げ/14.日本からの多くの手紙/15.殉教者というものの運命/16.原子兵器反対のリーダーに/17.見せ物にならないように/18.19.(省略)/20.平和運動をさまたげる弟/21.だれが君を病院に入れたのか/22.闇ルートで返事を送る/23.(省略)/24.君の主治医に手紙を書いた/25.ドイツのグラフ誌に君の記事が/26.禁止措置はとれないか/27.掲裁中止を申し入れよう/28.みずから刑罰を求めた私/29.プライバシーと報道の自由/30.審問の結果が知りたい/31.僕が求めている欲張った報酬/32.君はノーマルだ/33.クロードは責任回避を拒絶したのです/34.もしも退院したら/35.君はユーモアをとりもどした/36.もっと 積極的なたたかいを/37.ワナにかかったのかもしれない/38.トランキライザーに参っている/39.一五年目の広島記念日/40.僕がまちがっていた/41.日本からのアンケート/42.広島上空で私がしたこと/43.弟たちを説得してくれ/44.ポーリング博士を救おう/45.希望と現実のかけ橋/46.人類はじまって以来の問題/47.私信も検閲にかかっている/48.選挙が僕の退院をさまたげる/49.日本へ行きたい/50.ノーマルな生活を立証せよ/51.病院から脱走した/52.秘密の家で守る九カ条/53.(省略)/54.アメリカは僕を歓迎しない/55.メキシコヘ行ってみてはどうか/56.再びとらわれの身となって/57.二○世紀のドレフュス事件/58.精神の健全さを証明しよう/59.(省略)/60.なぜ事件を忘れるのか/61.疑わしいイーザリー裁判/62.ラッセル卿のイーザリー観/63.ドレフュス・コンプレックス/64.”自由意志にもとづく”入院患者/65.君の良心は奪われない/66.僕はけっして勇気を失わない/67.イーザリーの抑留は正当である/68.法律的にも疑問あり/69.提訴は実を結びつつある /70.君を忘れない、永遠に/71.釈放の日は目前だ/

42.広島上空で私がしたこと[抄]
私は先導機、すなわち”ストレート・フラッシュ”号を指揮していました。私の任務は、原爆投下の目標地を選定したときに、第一候補としてあげられたこの広島に無事に到達し、天候の状態を確認するとともに、敵の空軍や高射砲部隊から何らかの抵抗が予想されるかどうかを判断することでした。
私は広島の上空に達してから約45分間、そのあたりを飛行しながら、広島の上空に立ちこめて一部視界をさえぎっていた雲の状態をしらべました。原爆投下の目標は、軍司令部と広島市との中間にある橋でした。約15機ほどの日本の飛行機が1万5000フィート(約5000メートル)の上空を飛んでいましたが、私のいる2万9000フィート(約1万メートル)の高度まで上昇しようとする気配はありませんでした。しかし、これら日本の飛行機は、まもなくどこかへ行ってしまいました。
この日、すなわち8月6日の天侯の状況はつぎのようでした。広島の上空には、1万2000フィートと1万5000フィートの間に積雲が散在し、毎時10ないし15マイルのスピードで広島の方向へ動いているようでした。私がこれらの事実を観測したのは、午前7時30分ごろだったと思います。目標の地点ははっきりと見えていました。それは、すでに申しあげましたとおり、一つの橋で、この橋を破壊することによって、日本軍の司令部に致命的な打撃をあたえずにはいないだろうと考えられたのです。
私には、天候の状況は理想的であると思われました。つまり、目標の橋だけが見えていて、広島市は視界からさえぎられているから、市それ自体は爆撃をまぬかれるだろう、そして、司令部に投下された原爆は、日本の軍部をして否応なしにそのおそるぺき破壊力を知らしめ、講和の条約に署名してこのおそろしい戦争を終わらせねばならねと悟らせるだろう、とこのように私には思われたのです。
私は、僚機に対して、”準備完了、投下〃を知らせる暗号の命令を送りました。すなわち私は、目標への原爆投下を指令したのです。

1987年7月28日、ちくま文庫に

広島・長崎原爆被爆者医療法改正対策委員会陳情運動日誌

「原爆放射能医学研究所設置」・「原爆医療法中二粁の制限拡大」・「戦傷病者戦没者遺族等援護法中学徒・女子挺身隊・義勇隊等の時限法改正」に関する陳情運動日誌
(広島・長崎原爆被爆者医療法改正対策委員会 1962年2月)

はしがき
昭和三十四年九月原爆医療法の一部改正を目的とする政治運動展開を企図して構成された本対策委員会は、同年、画期的な同法改正に成功、翌三十五年原爆放射能医学研究所設置運動に乗り出し、僅々一カ月の短期間において同所究所創設にかかる予算獲得・法律改正を奇蹟的に果し、引続き三十六年には、特別被爆者の二粁制限撤廃に立ち上り、遂にその制限を三粁に拡大する予算獲得に成功し、ここに原爆問題の当面する重要案件を殆んど処理し終えたものである。
本委員会が斯る華々しい成果を収め得たのは、自民党幹部を始めとする関係各位の強力は御支援・御協力によるところであるが、特に運動の推進役を担当して貰った自民党広島県支部連合会被爆者対策委員長・広島市被爆者対策委員長任都栗司君の献身的努力に負うところ極めて多く、ここに改めて深甚なる敬意と謝意を表明するものである。
本委員会は、運動の当初より事務局をして運動の詳細を記録せしめていたものであるが、原爆問題の重要案件を殆んど処理完了した今日、ここにこれが運動日誌を公にし、格別の御協力を賜わった関係各位に対し心からの謝意を表すとともに、将来の参考とすることとした。
各位の御高覧を御願いして止まない。
昭和三十七年二月
広島長崎原爆被爆者医療法改正対策委員会
常任委員 参議院議員 岩沢 忠恭

目次(其の一)

年月日
昭35(1960)
0922~1210
1.原爆医療法中2粁の制限拡大問題に関し、主として厚生省当局の意向を打診
1212-1213 1.原爆被害者医学総合研究機関の設置に関し関係各方面と基礎的打合わせ(特に所管省問題)をなす。
2.本対策委員会、昭和35年運動目標を原爆被害者医学総合研究機関の設置に置くことに決定。
1214-1221 1.広島市及び長崎市の原爆問題関係機関と打合せの結果、原爆医学研究機関の設置について地元の意識統一成る。
2.原爆医学研究機関設置にかかる陳情書作成
1223-1227 1.原爆医学研究機関設置に関し、関係各方面、特に自民党政調会文教部会に対し、陳情書提出の上、強力に陳情。
2.文部省当局に対し、原爆医学研究機関設置に関し、陳情運動展開中の旨連絡、表面化した場合引受け方陳情
1227 1.原爆医学研究機関設置の案件、広島大学に附置することとし、自民党政調会文教部会において満場一致をもって採択に決定
1228-0105昭36(1961) 広島大学当局に対し、原爆医学綜合研究機関設置に要する必要予算を至急追加要求方要請
2.広島大学との協同陳情書(要求予算を含む)作成
昭36(1961)
0106~0107
1.広島大学より広島原爆放射能医学研究所にかかる追加要求予算書を文部省当局に提出
2.広島大学より文部省に対し、提出の追加要求予算内容一部訂正の上、必要陳情書作成
0106~0107 1.自民党役員、同政調会役員、文教部会役員に対し、訂正陳情書を提示の上原爆放射能医学研究所問題の採択方について強力に陳情
2.自民党政調会文教部会は、政調役員会に対し原爆放射能医学研究所予算四億六百万円を要求することに決定
0107-0109 1.自民党政調役員会において原爆放射能医学研究所関係予算満場一致をもって採択に決定
0109-0111 1.自民党政調会副会長並びに各部会長合同会議において原爆放射能医学研究所関係予算採択に決定
2.大蔵省に対し、関係有力者を通じ、協力に陳情
0111-0115 文部省は、大蔵省当局に対し、新規追加要求予算として原爆放射能医学研究所予算四億六千六百万円を提出
0116-0117 1.広島原爆放射能医学研究所設置に要する関係予算、大蔵省第三次査定に於いて二カ年継続事業として遂に承認を受く
2.本件に関し格段の協力を賜った自民党役員、同政調会役員、その他関係各位に対し、御礼挨拶廻りをなす。

 

目次(其の二)

年月日
昭36(1961)
00403~1003
1.戦傷病者戦没者遺族等援護法中、学徒、女子挺身隊、義勇隊等の時限法改正に関し、運動の基本的打合せ、陳情書の作成、国会に対する請願書の提出並びに同請願の衆議院社会労働委員会において採択に至るまでの陳情
2.、原爆医療法中二軒の制限拡大に関し、運動の基本的打合せ、拡大の必要性を裏付ける資料の蒐集並
びに二粁制限拡大に伴う経費の昭和三十七年度厚生省要求予算に計上に至るまでの陳情
3.昭和三十六年度原爆医療法一般疾病医療費予算の不足に伴う予備費補充に関する陳情
4.原爆放射能医学研究所にかかる昭和三十七年度予算要求に関する陳情
1004-1116 1.原爆医療法中二粁の制限拡大にかかる経費について、昭和三十七年度厚生省要求予算に計上決定に伴い、関係各方面に対し、これが予算獲得に関する基礎的陳情運動
1128-1211 1.原爆問題陳情運動の一元化、漸くにして決定
2.二粁制限拡大の必要性を裏付ける資料蒐集、漸く完成し、陳情書作成
1212-1216 1.原爆医療法中二粁の制限拡大の必要性について、関係各方面、主として自民党政調会、社会部会並びに大蔵省に対し、陳情書を提出の上、強力に陳情
2.二粁制限拡大の案件、自民党政調会社会部会を満場一致をもって通過
3.原爆放射能医学研究所にかかる昭和三十七年度事業並びに長崎支所設置の明年度予算獲得について関係方面に強力に陳情
1217-1219 1.二粁の制限拡大に関し、自民党政調会役員並びに大蔵省当局に対し、関係有力者を通じ、強力に陳情
1220-1221 1.明年度予算にかかる大蔵省第一次査定の結果、二粁制限拡大に要する予算全額ゼロ査定を受く
1222-1223 1.二粁軒制限拡大関係要求予算、大蔵省第一次査定に於いて全額不承認の結果に基き、これが復活要求について自民党政調会役員並びに大蔵省当局に対し、引続き強力に陳情
2.広島原爆放射能医学研究所残事業にかかる要求予算、大蔵省第一次査定において不承認の結果に基き、自民党政調会関係役員にこれが復活要求について陳情
1224-0105昭37(1962) 1.二粁制限拡大関係要求予算、大蔵省第二次査定において三粁に拡大することとする基本線に基き、遂に承認を受く。
2.、戦傷病者戦没者遺族等援護法中学徒、女子挺身隊、義勇隊等の時限法改正に関する予算、厚生大臣、大蔵大臣の大臣接渉において、昭和三十八年度予算に計上することに確約を得る。
2.本件に関し、格段の協力を願った自民党役員、同政調会役員その他関係各位に対し、御礼の挨拶廻りをなす。

 

 

 

核実験禁止要請に関する決議(19620811)

核実験禁止要請に関する決議

世界で最初に原爆の惨禍を受け、今尚放射能害による死と闘いつつ原水爆禁止と核実験停止を全世界にくりかえし強く呼びかけてきた広島県民は、今回の貴国の核実験に対し不安と憤激の念とどめがたく、真に遺憾とするものである。
たといどのような理由があろうと実験のもたらす放射能は人類の生存に多大な悪影響を与え、実験が実験を呼ぶ悪循環は、軍拡競争に拍車をかけ、恐しい人類の危機をますます増大させている。
よって、広島県議会は従来しばしば決議要請した如く広島県民を代表してここに貴国核実験の即時中止を要請するとともに核保有国による実験停止協定の締結、核兵器の製造禁止を含む軍備全廃を目指して即時首脳会談を開いて努力されるようう要請する。
昭和三十七年八月十一日
要請先
ソビエート社会主義共和国連邦
アメリカ合衆国

核実験停止協定締結要請に関する決議(19621222)

核実験停止協定締結要請に関する決議(1962年12月22日)

アメリカとソ連は、現在なお核実験を続けています。核実験は、現在将来にわたって人類の生命と健康に害を与えます。
広島県議会は、従来しばしば決議要請してまいりましたがすぺての国の核実験をやめさせるために何度でもくりかえし反対し、一刻も早く停止協定を結ばせなければなりません。
ここに広島県民を代表して、すべての核保有国は来年一月一日を期して核実験停止協定を締結されるよう要請します。
右決議する
昭和三十七年十二月二十二日

被爆二世 その語られなかった日々と明日

『被爆二世 その語られなかった日々と明日』(広島記者団被爆二世刊行委員会編、時事通信社、1972年7月15日)

目次

 そうてい・カット 四国五郎
今中次麿
この子らのあすに何があるか/ひき継がれる“核の爪跡”
あすにむかって-被爆二世とその周辺
1 “帰らぬ鶴”を越えて<瀬戸真美さんの場合>
被爆二世であることの自覚/四つのときからの会員/玄海灘を越えて/多くの人に知らっもらいたい/真美さんの夢
2 歩みはじめた二十歳<川口裕子さんの場合>
私は平凡な女の子/主体的な歩み/活動家一年生/若ものたちとともに/大地に種をまく勇気を
3 看護婦をえらんだ姉<向井秀子さんの場合>
陸上競技の選手/お母さんの被爆/弟の発病/弟の死/看護婦の道をえらんで
4 十三日目の二次被爆が…<栗栖みどりさんの場合>
午前六時までもちこたえれば/いっしょに仕事をしたい・遊びたい/あの人に悪いけど、死にたい/原爆投下後十三日目の放射能が……/母の思い
5 もう少し遅く生まれていれば<山下恵子さんの場合>
クラスの中心人物/たった一つの弱音/壁と壁を破るもの
6 母親の心の軌跡<名越史樹君と操さんの場合>
原爆の生き証人/ランドセルも背負えないで/フミキ、シッカリ、カンドケ/『ぼく生きたかった』の出版/マスコミにとりあげられる苦痛/ベトナムの子らと
7 四十五万円の希望<沖縄の被爆者>
復帰にともなう生活危機/米軍を恐れながら/絶望を深める検診/沖縄の被爆二世/この距離をどう埋めるか
 原水禁運動と被爆二世
1  黙殺しつづけた行政
『ヒロシマの証言』の所信/行政姿勢の反映?
2 「守る会」生まれる
守る会の目的と方針/被爆者差別は核武装への奉仕/日本中の子どもの問題/目的は一致しながら/『広島はたたかう』
3 被爆二世の健康調査
五人に一人が異常あり/救援に役立つ調査を
4  一貫する行政の姿勢
広島県・市へ申し入れ/調査に踏みきらぬ行政当局/母の怒り、市民の怒り/守る会から対策会ヘ
5 母親たち 110
山下会の歩み/被爆二世と結婚/屈折した経験/手記づくり運動\ヒロシマの母とベトナムの母
6 要求で起ち上がった労働者
国労被爆協の取組/全電通の調査活動/被爆教師の会/新しい共同の動きⅢ 医学と被爆者
医学と被爆者
1  原爆と医学 杉原芳夫
医学の根底-政治/障害の隠蔽-ABCC/原爆症とは何か-科学的認識論/胎内被爆-非人道的調査/遣伝的障害-突然変異/被爆二世-白血病/差別の根源-核戦争政策
2  核戦略体制下のABCC
二十五年ぶり来広の真意は/原爆投下直後の救護体制/日本側救護を禁圧したプレス・コード/調査研究資料を押収したアメリカ調査団/日本料学者の努力とそれへの圧迫/ABCCの調査活動/被害者より加害者がはばをきかす/ABCCの真の目的/核戦争対策/ABCCは米政府機関/米本国へ送られた被爆者の臓器/アメリカの防衛と安全のための「契約」/無条件完全返還を
3  ABCCに癒着する広大原医研
三つの研究機関/遺体についての協定/ABCCへの死亡連絡/原医研のなりたち/原爆医学標本センター/原医研と被爆二世/ABCCとの関係/被爆者の背番号/下請け機関であることをやめよ
 国、地方自治体と被爆二世
1  “特別援護はしない”―厚生省-
「学術の進歩に合わせて考慮する」/その行政上の矛盾/急務にこたえよ
2 “医科学的証明がない”―広島県・市-
被爆地の自治体でありながら…/県も市と同歩調/後退する陳情書
3  先進的にとりくむ京都府など
京都の被爆者/被爆二世対策の実施/北海道でも/川崎市でも
4  長崎にて<ルポルタージュ> 深川宗俊
被爆二世の死/国への要望/対策にのりだした長崎市/ある被爆活動家の意見/沈黙は差別を助長する/長崎「青年と被爆二世の会」の発足/鎮魂のうたとして/“死を待つ行政”をのりこえて
 朝鮮人被爆者・被爆二世
1 差別の中を生きぬく
朴竜時さん一家の場合-一家の苦難/差別にくじけずに 金秀鉉さん一家の場合-生きかえってからの苦しみ/被爆者の子どもの人生/骨身にしみる憤り/快活な二世たち
2  二十七年間の空白
差別と貧困ヘの告発/広島の朝鮮人被爆者/はかどらぬ朝鮮人被爆者の救援/北朝鮮の被爆者たち/日本の責任
むすびにかえて
あとがき <本書は、日本ジャーナリスト会議広島支部(昭和42年結成)の学習会のなかから生まれた