「1976年」カテゴリーアーカイブ

第五福龍丸事件(焼津市)

『第五福龍丸事件』(焼津市、19761101 )

目次

見出し 備考
挨拶(焼津市長 服部毅―)
発刊によせて(焼津漁業協同組合長 滝ロ佐々ヱ門)
序(編集委員長 北山宏明)
1 事件の概要
乗組員名簿
第五福竜丸事件年譜
2 被災時の諸問題
1 被災時の位置
その時の状況について乗組員談
2 帰港後の様子と被災時の諸問題
3 乗組員の被害について
1 焼津市対策本部日誌3月14日より3月28日まで
2 衛生課の事件日誌
3 初診時所見とその経過(焼津病院外科医長 大井俊亮)
4 被災患者上京入院及び退院帰省につき打合せ事項
通達と譲渡証
患者との意見交換
4 乗組員の病状
1 3月1日より9月23日まで
2 故久保山愛吉氏の臨床経過
3 各医師の発表
東邦医大教授(森田久男博士の発表)
主治医の立場から (東大病院沖中内科教室医博 三好和男)
東大名誉教授都築博士  米国務省訪問見解表明
5 船体と管理
1 生いたちと概要
2 帰港直後の状況
3 船体等の管理と補償問題
4 船体の監視と売買
監視日誌
5 船体の移動と東京への回航
6 魚への影響及び補償(第五福竜丸関係)
1 主として直接的被害について
2 ビキニ事件の補償問題
3 久保山愛吉氏慰謝料問題について
4 乗組員の慰謝料問題について
7 事件と漁業対策(一般補償関係)
1 対策本部設置
2 組合長会議
3 日かつ連、要望書手交
日かつ運が総額20億円の補償要求
片付かぬビキニ補償
交渉妥結とその後の対策
ビキニ被災―年補償金決らず
補償問題の対米折衝経緯
ビキニ問題その後
8 手記及び追悼文
1 久保山愛吉氏の手記
2 愛吉氏と家族との交信
未亡人すゞさんの手記
3 患者の手記
4 久保山さんの死に思う 熊取敏之博士
5 故久保山愛吉君を悼む
9 “死の灰”について
調査団
死の灰の分析と第1回発表
筧博士の報告書
第2、第3回の分析発表
相つぐ漁船の被害
マーシャル水域における漁船等の被害対策
最終結果の分析発表
静岡大、大阪大、金沢大の分析結果
日本全土を掩う放射能
調査船〃俊鶴丸〃
a その後の乗組員の様子
b 当時を顧みて(近藤久一郎)
c 第五福竜丸の思い出 (宮崎作次)
d 回想(見崎吉男)
参考文献
編集委員名簿
資料写真

 

 

向原町原爆被爆者慰霊碑

向原町原爆被爆者慰霊碑

1976年10月建立、1995年8月1日、丸山公園に移設。

DSC03779
DSC03777
被爆者慰霊誌

昭和二十年八月六日広島市に原子爆弾が投下され本町がいち早くこれらの戦災者の救護活動を展開したが真夏日と医薬品皆無の状態の下悶死された犠牲者は百数十柱に及んだ
本年は原爆投下五十周年に当りこれら無縁物の心からの鎮魂と二度と戦争のない世界平和を誓い静閑なこの地にこの地に慰霊碑を移設するものである
平成七年八月一日
向原町

DSC03778
裏面 「昭和56(1981)年10月 建之」

 

年表:原爆展(1976年)

年表:原爆展(1976年)

記事
01 24 山梨県原水爆被害者の会など、ヒロシマ原爆の記録展を甲府市内・岡島デパートで開催(~28日).25000人が入場.2200の援護法署名が集まる.
02 10? 長崎市、ユネスコ本部で永久保存される平和のモニュメントに浦上天主堂の原爆遺物「天使の像」を第一候補に選ぶ。
02 14? 諸谷長崎市長、今春フランス・パリで開催される「南蛮渡来から原爆までの長崎展」に出席する意向を固める。
02 28 「南蛮渡来から原爆までの長崎展」準備委員会、開催。出品する資料を決定。
03 19 長崎市・浦上天主堂の原爆遺物「天使の像」の寄贈式、同天主堂で挙行。ユネスコ本部で永久保存される平和のモニュメントとして。
03 31? 広島市の国際青少年協会、西ドイツ・ハノーバー市でヒロシマ原爆展を開くことを計画。
04 01 長崎市、フランス・パリで開催される「南蛮渡来から原爆までの長崎展」に展示される資料を、市内で一般公開。-6日。
04 09 中国新聞「ヒロシマの痛み-米国で写真展開き訴え-今夏、広島の若者」
04 27 ユネスコと日本ユネスコ協会連盟、日本文化祭をフランス・パリのユネスコ本部で開催。開会式に諸谷長崎市長出席。期間中、「南蛮渡来から原爆までの長崎展」。-5月7日。
05 16 毎日新聞「パリ・日本文化祭の印象-中国放送の亀井さん-難しい”ヒロシマ”の訴え-核意識のズレ驚くばかり」
06 03 長崎市、8月6日から東京で開く「長崎原爆の記録展」の実施計画をまとめる。7日、予定していた銀座・松坂屋が会場の貸与を断る。
07 01 広島市、「戦後30年のあゆみ展」を市立中央図書館で開催。-
07 29 創価学会青年部平和委員会、全国縦断反戦・反核長崎展を、長崎市内で開催。-31日。
08 03 万国博記念協会、大タペストリー「かなしみの塔」の永久保存を決める。
08 06 ドイツ・ハノーバー市で「広島原爆31周年平和祈念式」と原爆資料写真展。国際青少年協会の同市訪問広島青少年使節団なども参加。
08 20 中国新聞「アメリカでヒロシマ写真展計画-広島の青年」
08 29 広島県大野町の原爆画展実行委員会、NHKが行った「市民の手で原爆の絵を」の町民版の原爆画展を同町公民館で開催。-9月12日。
11 07 マイク・グラベル米上院議員、米連邦議員として初めて広島市を訪問。20日、読売特派員に、原爆資料の国連への展示を働きかける意向を明らかにする。。
11 12 愛知県原水爆被災者の会、原爆被爆体験絵画展を名古屋市内で開催。-14日。

 

「核意識構造の実態研究」グループ(庄野直美)

「核意識構造の実態研究」グループ(代表:庄野直美)

「はじめに」(『核と平和 日本人の意識』(庄野直美他編、法律文化社、19781201 )抜粋

****************

研究が企画された契機は, 1975年8月の「広島大学平和科学研究センター」の発足にあった。この研究センターの研究プロジェクトの一つとして,「核識構造の実態研究」グループ(代表:庄野直美)が組織され, 1976年と77年には文部省科学研究費(総合A)補助金の交付をうけた。
この研究費により, 1976年度には,戦後30年間に新聞社等が行なってきた世論謌査のうち,核問題にかかわるすべての資料を収集し,その内容を分析した.収集された資料は, 190種の世論調査において約1,400の調査項目に及び,それらは(1)原爆被災 (2)核実験・核兵器・核政策(3)原水禁運動,(4)原子力発電,(5)戦争観・安全保障,(6)憲法第9条・自衛隊,という6大頂目に分類され,分析された。
しかし,これらの世論調査だけでは核意識構造の分析には不十分で,私たちが知りたいと望む情報を更に得るために, 1977年2月および7,8月には,広島・長崎・岡山・金沢の4都市において,中学2年生もしくは3年生,(回収実数5,039名)とその父母(回収実数4,699名)に対し,また同年11月には広島・長崎・岡山の高校2年生(回収実数1,816名)に対し,私たち研究グループ
独自の調査を実施した。この独自調査の分析結果が,本書の主要な内容である。
私たちの研究プロジェクトに参加した研究者は,全国]3大学の27名であり,専攻分野も十数領域に及んだOその氏名と所属(当時)は下記のとおりである。(○印は本書の執筆者,50音順)

伊東 壮:山梨大学(経済学)
今堀誠二:広島大学(アジア史)
岩佐幹三:金沢大学(政治学史)
〇上野裕久:岡山大学(憲法)
宇吹 暁:広島大学(歴史学)
〇大槻和夫:広島大学(教育学)
岡本三夫:四国学院大学(哲学・平和研究)
小川岩雄:立教大学(原子物理学)
鎌田定夫:長崎造船大学(人文・欧米文学)
○北西 允:広島大学(政治学)
栗原 登:広島大学(疫学・社会医学)
○小寺初世子:広島女子大学(国際公法)
○庄野直美:広島女学院大学(原子物理学・平和研究)
高畠通敏:立教大学(政治学)
田中靖政:学習院大学(社会心理学)
○永井秀明:広島大学(理論物理学・平和研究)
○初瀬龍平:北九州大学(政治学)
濱谷正晴:一橋大学(社会学)
深井一郎:金沢大学(日本語学)
藤井敏彦:広島大学(教育学)
○松尾雅嗣:広島大学(平和研究)
松元 寛:広島大学(英米文学)
安田三郎:広島大学(社会学)
山川雄己:関西大学(政治学)
山田 浩:広島大学(国際政治)
湯崎 稔:広島大学(社会学)
横山 英:広島大学(中国近代史)

本書の作成にあたっては,上記名簿(○印)の8名が,研究グループの討論をふまえた上で各自に執筆し,それを3名の編者が最終的に整理・加筆した。
本書は,核問題を中心とした,平和に関する日本人の意識構造を明らかにする,日本ではじめての総合報告書であると思う。平和と核問題に関心ある人びとの研究,教育,思索の一助になることを願うとともに,私たちの調査研究に寄せられた関係諸方面の援助・協力に対し,心からの謝意を表するものである。
1978年8月6日
編者

 

原爆三十年-広島県の戦後史目次

『原爆三十年-広島県の戦後史』(広島県編・刊、19760331 )

目次

章節  タイトル 執筆者
発刊にあたって  宮沢弘
 序説
1 人類の生存と平和の課題  熊田重邦
1-1 生存の問題
1-2 平和の問題
2 地域と生活の課題  天野卓郎
2-1 地域の問題
2-2 生活の問題
戦争と広島  児玉正昭
1 軍都広島
1-1 日清・日露戦争と広島
1-2 第二次世界大戦下の広島
2 県下の戦災
2-1 被害の概況
2-2 呉空襲
2-3 福山空襲
原子爆弾の被害
1 原爆被災  小堺吉光
1-1  被爆者の諸相
1-2  救護班の活動
1-3 調査・研究
1-4  原爆被災の概要  庄野直美
2 原爆と終戦
2-1 政府・軍部と原爆   小堺吉光
2-2 日本の原爆報道  宇吹暁
2-3 海外の原爆批判  宇吹暁
再建への道
1 一 戦後改革  井上洋
1-1  経済改革と労働者・農民
1-2 政治改革と市民運動
1-3 教育改革
1-4 女性解放
2 戦後の混乱と生活  永田守男
2-1 食糧危機
2-2 市民生活
2-3 犯罪
3  都市の復興  永田守男
3-1 広島市の復興
3-2 呉市の復興
3-3  福山市の復興
3-4 産業の復興
4 文化活動   永田守男
4-1  文化運動の台頭
4-2 原爆作品
平和意識の高揚  宇吹暁
1 朝鮮戦争と原爆問題
1-1  広島市の平和への努力
1-2  ストックホルム・アピール
1-3 朝鮮戦争下の平和の声
2 国民諸階層と原爆問題
2-1 原爆の子
2-2  映画「原爆の子」・「ヒロシマ」
2-3  広島の平和運動の前進
被爆者の援護
1  原爆医療
1-1  原爆症   庄野直美
1-2  アメリカ調査団とABCC  湯崎稔
1-3 被爆者治療対策と原対協   湯崎稔
2 被爆者の問題
2-1 原爆孤児と原爆乙女   湯崎稔
2-2  被爆者対策の発展   湯崎稔
2-3 被爆者の連帯   庄野直美
原水爆禁止運動  今堀誠二
1  原水協の成立 6
1-1  ビキニ被災
1-2 一〇〇万人署名運動
1-3  杉並アピール
1-4  原水爆禁止世界大会
2 原水禁運動と平和問題
2-1 被爆者の援護
2-2 原水禁運動と国際政治
2-3 原水禁運動と安保問題
3  国民運動の意味
3-1  分裂と統一
3-2  被爆国日本
3-3 ヒロシマ=平和のメッカ
ヒロシマの思想
1  核戦略と日本の立場  岸田純之助
1-1  ヒロシマへの回帰
1-2  核時代の現況
1-3 非核政策の堅持
2  慰霊碑・体験記の思想  宇吹暁
2-1 慰霊碑
2-2 体験記
3 被爆体験の継承
3-1  原爆ドームと原爆資料   小堺吉光
3-2 原爆被災白書運動と復元調査  湯崎稔
3-3 平和研究   庄野直美
3-4  平和教育  天野卓郎
未来への志向  天野卓郎
1  原爆問題と行政
1-1 被爆者の援護と平和
1-2 県・市町村議会と原水爆問題
1-3  県・市町村の被爆者対策
2 平和への道
2-1 ヒロシマをめぐる世論
2-2  ヒロシマを世界へ
2-3  ヒロシマを未来へ
資料
写真目次
参考文献
年表  宇吹暁
あとがき  熊田重邦
協力者(執筆者を除く):小都勇二(高田郡吉田町郷土資料館長、佐々木雄一郎(写真家)、城戸禅(県史編さん室嘱託)、松本栄一(朝日タウンズ)

広島県史研究記事目録(抄)

『広島県史研究記事目録(抄)』(広島県史編さん室、広島県、19760331)

号(発行年月日) タイトル 著者 備考
創刊(19760331)
創刊にあたって 宮沢弘
発刊によせて 熊田重邦
広島県における近代現代史研究の課題 今堀誠二
近代現代資料の収集状況(1)
2(19770331)
県史編さんに想う 熊田重邦
戦後外交文書の中の”原爆” 古川博
広島県史に求めるもの―私の戦争体験にふれながら 滝尾英二
市町村史編さんの問題点 一色征忠
3(19780331)
初心に立ちかえって 土井忠生
米国戦略爆撃調査団について 宇吹暁
<書評>『広島県史 近代現代資料編Ⅲ(社会文化編)』 佐々木隆爾
4(19790331)
県史編さんについて 竹下虎之助
市町村史編さんの実際と県史 橋本昭子
広島県史に期待すること 川島孝郎
近代現代資料の収集状況(2)
5(19800331)
広島県史の完結に向って 今堀誠二
戦後広島県の労働者文化運動 藤原浩修
全国文書館設立運動の問題と現状 広田暢久
資料保存運動の方向について-『広島県労働運動史』の観光と関連して 山下優
6(19810331)
史料調査・序説」 桑山浩然
「県立文書館」設立に向って
芸備地方史研究会
神辺郷土史研究会
甲奴郡文化財研究会
赤木勇夫
阿川静明
今中保子
太田雅慶
岡崎環
来栖義典
阪田靖正
下野岩太
末永栄
平井隆夫
資料は史料として創造の世界にまで及ぶ 深川宗俊
7(19820331)
広島県史の完成を願って 田中稔
戦後広島県の教育改革 藤原浩修
地元以外での県市町村史利用について 小野寺逸也
町村役場文書の利用と保存 松林俊一
史料の活用 有田吉之
地域史としての「おはなし歴史風土記」 松木鶴美
空襲・戦災を記録する運動と資料保存 岡田智晶
市町村史編さんの現状と課題
県立文書館建設調査研究協議会委員名簿
広島県立文書館建設基本構想について
8(19830331)
地域史の可能性 熊田重邦
原水爆禁止世界大会に関する覚書 宇吹暁
編集後記 あまの
<1~7号の編集後記の執筆者も「あまの」>

年表:平和教育(1976年)

年表:平和教育(1976年)

05 11 長崎市立長崎中学校3年生207人、修学旅行で初めて広島を訪問。広島市立国泰寺中学校の生徒が出迎える。
05 13 広島市立国泰寺中学校3年生346人、修学旅行で長崎市を訪問。長崎市平和公園で姉妹校の縁組みを進めている長崎中学校の生徒と交歓会を開く。
06 09 東京都葛飾区立上平井中学校3年生280人、修学旅行で初めて広島市を訪問。
06 12 第4回全国平和教育シンポジウム(広島市)。1200人余が参加。-13日。
06 19 京都市立安祥寺中学校3年生、修学旅行で初めて広島市を訪問。「原爆の子の像」と「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」を参拝。韓国人の慰霊碑に修学旅行生が参拝したのは初めて。

 

 

ヒロシマからの報告 平和・教育・被爆者問題を考える

『ヒロシマからの報告 平和・教育・被爆者問題を考える』(山田浩・関寛治・永井秀明・石田明・庄野直美編、労働教育センター、19760731)

目次

はしがき 山田浩
1部 今日の平和問題とヒロシマ-報告 熊田重克
 ヒロシマの「心」と課題/診療白書」が明らかにしたこと/原爆後遺症と被爆二世問題/「ヒロシマ・ナガサキ」を理解しない政府/「ヒロシマの国際化」を抑止するもの/核軍拡競争と「核抑止論」 /核軍拡競争はなぜつづくか /ヒロシマに立って「平和」を論じる
 ヒロシマから平和を考える-討論
山田浩・関寛治・熊田重克
 米ソの冷戦と核戦略の展開 /アメリカの“核戦略”の転換と後退/軍拡とデタントの理論問題/ヒロシマに平和をつくりあげる//
2部  ヒロシマの平和教育とその展望
 永井秀明・大槻和夫・藤井敏彦・空辰男
はじめに
平和教育の足どり
ヒロシマの平和教育の歩みと学校教育の現状-報告  空辰男
   戦後の原爆教育  /再起された原爆教育/文部省の「平和教育」/広島市の1つの教育実践
討論
 教科書から原爆をハズしたい /平和教育は広島の子らをどう変えたか/子どもたちが主体になって
平和教育の目的と内容-報告 永井秀明
平和教育の目的 /平和教育の内容
 討論
平和教育の視点と焦点/平和教育実践ニつの側面
 家庭や子どもの状況と平和教育-報告  大槻和夫
 広島の子どもたちの原爆認識 /受験体制下の子どもと平和教育/子どもの文化と平和教育/家庭の現状と平和教育/家庭・地域における平和教育
 討論
 「家庭の場」がそこなわれていく /重視したい「地域のつながり」
 地域課題の発掘視点と平和教育運動-報告  永井秀明
 戦争体験の掘り起こしと教材化(原点教材)/郷土の歴史と自然の掘り起こし、教材化/安保体制の把握と教材化/
 国際連帯と平和教育-報告  藤井敏彦
 平和教育における国際連帯教育の位置 /真の国際連帯とは何か/国際連帯教育を前進させ深めるために/ヒロシマと国際連帯/
 ヒロシマの平和教育-総合討論
永井秀明・大槻和夫・藤井敏彦・空辰男
 戦争体験と郷土史の発掘 /沖縄・被爆体験・原水禁運動/ヒロシマの国際化と地域化の結合
3部  核時代の被爆者問題
庄野直美・石田明・伊東壮・高橋昭博
「ヒロシマ」の意味するもの-討論
片仮名のヒロシマにこめられて/ヒロシマがもつ原体験/原爆投下と真珠湾攻撃/ヒロシマの風化は何に原因するか/原水爆禁止運動が広がったこと/ヒロシマの国際化と被爆者の役割
 原爆による物と体の被害-報告 庄野直美
原爆についての基礎知識 /広島・長崎原爆における死傷者数/熱線・爆風・放射線による被害の実相/原爆の医学的影響-原爆症について/
 被害の実態-報告  伊東壮
原爆による生活と心の被害-報告
 社会的側面のもつニつの意味/狭い意味の原爆被害/ 原爆被害の総合化/
 被爆者援護の諸問題-報告  庄野直美
 被爆者援護の歴史と救援運動
 被爆者援護の諸問題-報告  伊東壮
政府の援護対策と援護法
 被爆者問題と「ヒロシマの心」-討論
庄野直美・石田明・伊東壮・高橋昭博
 古くして新しい被爆者観 /外国人被爆者問題の周辺/「石田原爆訴訟」の今日的意味 /被爆者援護法と原水禁運動/「ヒロシマの世界化」を推進するもの
 あとがき  庄野直美

平和教育(季刊)

[季刊]平和教育 第1号(創刊号)
日本平和教育研究協議会、明治図書出版、19760525

発行年月日
(著者)
特集
(タイトル)
所蔵
G=原爆資料館、U=宇吹
01 19760525 平和教育をどうすすめるか GU
石田明 平和教育の今日的課題
森田俊男/松山善三/山田洋次/金沢嘉市/大田堯/飯島宗一/梅根悟/小川岩雄/棋枝元文/小森秀三
『季刊・平和教育』の発刊にあたって
鎌田定夫 被爆30年子どもたちの証言
文沢隆一 平和記念資料館物語
中沢啓治 インタビュー “はだしのゲン”とわたし
増岡敏和 作家と作品1 峠三吉 峠三吉の抒情の変革とその生涯
永田守男 マスコミの動向 被爆の炎は消えず
02  19760825  戦争体験をどう継承するか GU
03  19761125  平和のための学校行事設定の意義  GU
04  19770310  平和教育は人格形成にどうかかわるか GU
05  19770610  平和教育のあゆみと憲法・教育基本 GU
06  19770930  子どもの戦争観はどうなっているか GU
07  19780130  世界に広がる平和教育 GU
08  19780601  地域に学ぶ平和教育  GU
09  19790101  未来につなげる戦争の学習 GU
10  19790701  子ども・青年の危機と現代のファシズム  G
11  19800301  教育の荒廃と平和教育の課題 G
12  19800901  80年代と平和教育の課題  G
13  19810601  国防教育と自衛 G
14  19820201  道徳教育としての平和教育  G
15  1982/08/01  現代平和教育をめぐる実践的課題  G
16  1983/02/01  草の根の平和教育 G
17  1983/10/01  日本における沖縄の位置と課題 G
18  1984/04/01  核未来戦争の脅威の中で何を教えるか G
19
20  1985/04/01  核戦争の危機と教育の課題 GU
21  1985/11/01  アジア・アフリカをどう認識させるか  G
22  1986/04/01  子どもたちにいのちと人権を守る力を  G
23
24   1986/10/01  いじめ・暴力にたちむかうちから G
25  1987/01/01  ここからはじめる平和教育 G
 62  2002/06/01  二一世紀の平和教育 G