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反核運動1988

反核運動1988


1988年5月31日~6月26日、第3回国連軍縮特別総会(SSDⅢ)が開催された。INF全廃条約締結後に開催されたこの総会にむけての国際的な盛り上がりは、6年前のSSDⅡほどにはみられなかった。しかし、日本においては、SSDⅠ・Ⅱのような諸団体の統一的な取り組みはなされなかったものの、それぞれの団体がSSDⅢにむけて多様な運動を展開し、約18団体が総勢1200人をニューヨークに送った。総会は、最終文書が採択されないという不調な結果に終ったが、8月前後には、恒例の原水爆禁止世界大会をはじめ、非核自治体や青年など反核運動の新しい担い手による取り組みが広島・長崎を中心に繰り広げられた。

[第3回国連軍縮特別総会]

日本で大量の代表を派遣したのは、日本原水爆被害者団体協議会や日本青年団協議会など市民10団体の「SSDⅢの成功に向けての市民準備会」、原水爆禁止日本協議会(原水協=共産党・統一労組懇系)などの「SSDⅢに核兵器のすみやかな廃絶を要請する日本連絡会」、原水爆禁止国民会議(原水禁=社会党・総評系)の「SSDⅢに向けて行動する会」で、それぞれ250~340人からなる代表団を送った。

総会に設定されたNGOデーである6月8日~9日には、9人の日本代表が発言した。第1日目の発言者は、伊藤サカエ(原水禁)・伊東壮(被団協)・二階堂進(軍縮議連)・中林貞男(市民準備会)・庭野日敬(立正佼成会)の5人で、このうち、伊東は「被爆実態を世界に普及するための各国政府による被爆者招請」を、また中林は「核軍縮に関する国連の情報・研究センターの広島設置」を提言した。第2日目には、荒木武広島市長と本島等長崎市長(世界平和連帯都市市長会議)および広根徳太郎(原水協)・山崎尚見(創価学会インタナショナル)が発言した。

10日には、国連本部で署名提出式が500人の参加のもとに開催された。約3900万の署名の目録が、総会議長へ手渡された。このうち3000万の署名は、日本連絡会の「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」署名である。翌11日には10万人の参加者によりハマーショルド広場での平和集会とセントラルパークまでのデモ行進がおこなわれた。世界的に反核運動の大衆動員が低迷する中で、原水協は、SSDⅢの開催中の6月9日に、前年の10月に続く第2の「平和の波」行動を実施した。この行動では、世界51か国、日本国内では約1000の市町村で反核の署名活動や集会などがおこなわれた。

[原水爆禁止世界大会]

原水禁による被爆43周年原水爆禁止世界大会は、8月1日の東京の国際会議を皮切りに広島と長崎で総会を開催した。国際会議には25か国・地域、2国際組織の60人の海外代表が参加した。一方、原水協を中心とした原水爆禁止1988年世界大会は、国際会議を2日から4日まで広島で、海外代表26か国14国際組織の代表と日本代表のあわせて290人のもとに開催し、広島と長崎で総会をおこなった。いずれの世界大会の総会も、広島では8000~1万人規模、長崎では5000人規模のものであった。また、原水協の大会は、核固執勢力との闘いを訴えた宣言を採択し、原水禁の大会は、「いまこそ、生活の場から反核を!日本こそ、非核・軍縮を!」との大会宣言を決議した。

このほかに、核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議=民社党・同盟系)が、7月29日に長崎で核禁会議九州ブロック集会(800人参加)を、8月1日には広島で核禁会議全国集会(600人参加)を開き、公明党も7月31日と8月5日に第8回核兵器全廃と軍縮をめざす平和市民集会を長崎と広島で開催している。

いわゆる市民団体の行事や集会も広島・長崎を舞台に繰り広げられた。日本生活協同組合連合会は、8月5日に広島で「文化の夕べ」を、9日には長崎で750人を集めて「虹のひろば」を開催した。一方、被団協は、広島・長崎で、それぞれの原爆記念日に「被爆者・遺族と国民のつどい」を開催し、原爆被爆者援護法の制定を訴えた。また、日本青年団協議会も、6日に広島で平和集会を開催している。なお、長崎では、県被災協・生協連など市民5団体主催の「市民平和集会」がもたれ、400人の参加が見られた。

[非核自治体運動]

1988年にも60以上の自治体が非核宣言をおこない、宣言自治体総数は約1300となった。非核宣言自治体の宣言後の行動として、東京の町田市・葛飾区、新潟の長岡市、大阪の大東市、福岡の八女市、山口市などが2月から9月にかけて平和都市宣言碑を建立した。大阪の枚方市は、初の試みとして7月25日から3泊4日の広島・長崎ツアー「平和の船」を航行させた。一般公募者1700人から選ばれた市民600人は、船上での記念講演やコンサート、人形劇・平和学校などの催しに参加するとともに、被爆地で原爆被害の実相を学んでいる。このほか、4月に日野市が1億円の平和基金条例を公布した。

非核自治体に関連した動きとしては、非核の政府を求める会(86年に近藤幸正・関屋綾子・宮本顕治などの呼びかけで結成)が、6月21日に東京で第3回総会を開催した。同会は、結成後地方の会づくりに力をそそいできたが、総会までに38都道府県で会の結成をおこなった。

[国内の動き]

日本の反核運動は、これまで8月を中心に繰り広げられてきたが、1988年は、SSDⅢの関係で、5月から6月にかけていくらかの集会がもたれた。5月13日には、原水協などが東京の日比谷の野外音楽堂で「広島・長崎の火5・13集会」を開催した。これは、3月26日に広島・長崎をそれぞれ出発し、全国6コースでリレーされてきた国連に届けるための「火」の終結集会で、2800人が参加した。一方、社会党・総評を中心とするSSDⅢにむけて行動する会は、開会中のSSDⅢに呼応して、6月13日に東京・代々木公園で「平和のひろば」を開いた。約80の団体が出店やパフォーマンスを展開したこの集会には2万3000人が参加した。このほか、宇都宮徳馬を座長とする核軍縮を求める22人委員会が、5月14日に「SSDⅢに向けて、なにができるか」をテーマに、「長崎平和シンポジウム」を開催し、核実験の禁止、非核3原則の堅持、海洋核の軍縮などを求めたアピールを採択した。このほかに、日教組婦人部などが、5月17日から22日にかけて、広島と東京において、「反核・軍縮、地球をまもる女たちの集会」を、12か国からの海外代表をまじえて開催するなど 、多彩な行事が展開されている。

原爆記念日前後には、原水協・原水禁あるいは生協といった大規模な組織による集会とは別に、コンサートなど若者を巻き込んだ行事や職能別の反核団体によるさまざまな行事が、継続的にもたれるようになっている。申楽乃座は、6日に大阪で、4回目の「反核・平和のための能と狂言の夕べ」を上演した。被爆地でも、5日に山本コータローらが広島で、また、6日にはさだまさしが長崎で、それぞれ「ヒロシマ88平和コンサート」とコンサート「長崎から・1988・夏・さだまさし」を開催した。いずれも昨年から始まったものであるが、広島では5000人、長崎では2万人の入場者があった。

[海外での反核の動き]

3月11日から10日間、アメリカの平和団体「ネバダ平和実験」(APT)が中心となってネバダ核実験抗議行動が展開された。12日には、5000人が集会を開き、実験場内に突入して1200人の逮捕者を出している。5月には、ギリシアの「平和の10日間行動」で8万人が行進をおこなった。また、6月25日、地中海の島国マルタ共和国では、3万人が決起し、港を船で封鎖、イギリス核艦船の寄港を阻止した。

こうした大衆動員の行動以外に、SSDⅢに合わせて、パグウォッシュ会議と核戦争防止国際医師会議(IPPNW)が、それぞれニューヨークとモントリオール(カナダ)で開催された。

消えたペン-新聞労働者の8月6日

『消えたペン-新聞労働者の8月6日』(中国新聞労働組合編 、汐文社、19880718)

目次

項目 備考
003 はじめに 中国新聞労働組合不戦の碑実行委員会
009 炎熱のもとで取材したこと 大佐古一郎
019 <記録>新聞労働者の1945・8・6
 相川愛子さん(21) 相原利夫さん(23) 有馬軍治さん(25) 井川勝雄さん(28) 伊藤音三郎さん(29) 石井道子さん(32) 石井諒一さん(36) 出雲初一さん(39) 今田レツさん(42) 今出良秋さん(44) 上田照子さん(46) 後チサ子さん(50) 小野一明さん(53) 落窪ミカさん(55) 神田留次郎さん(57) 本原フサヨさん(59) 北山一男さん(63) 串本誉さん(65) 桑原玉江さん(67) 小迫周蔵さん・美律枝さん(68) 小谷増夫さん(70) 河野秀三さん(72) 佐伯カメさん(84) 佐上美代子さん(77) 佐々木猪勢治さん(80) 佐瀬実さん(84) 坂本定造さん(86) 下本キクエさん(88) 下江達重さん(91) 新城朝子さん(96) 杉野勝吉さん(97) 高田久子さん(100) 竹前省三さん(102) 千葉恭子さん(105) 寺尾政之さん(107) 寺本簫三さん(108) 戸田正記さん(111) 伴谷ヤスヨさん(112) 中井ヨシヱさん(114) 中野勝正さん(115) 仲伏一之さん(118) 中村正男さん(121) 難波くみ子さん(124) 西村静一さん(126) 馬場謙一郎さん(128) 橋本令一さん(130) 桧山八重子さん(132) 平本ウメ子さん(134) 深川庄三郎さん(136) 福井ミツヱさん(137) 藤勇哲さん(140) 法安雅次さん(143) 細川儀一さん(146) 前田英子さん(148) 三木芳郎さん(150) 三田久ニさん(152) 三好友太郎さん(155) 水原智識さん(157) 宮武松三郎さん(161) 宮本軍一さん(163) 宮本澄香さん(165) 宮本藤吉さん(166) 望月慶三さん(168) 矢田茂さん(170) 保田博さん(173) 山井治吉さん(176) 山根喜美子さん(179) 山本利さん(181) 横田怐治さん(185) 横山隆ニさん(186) 吉田芳夫さん(189) 若林ツネヨさん(190)
192 藤間侃治(合同新聞=現山陽新聞)
196 <座談会>「不戦の碑」運動と犠牲者遺族取材を通して
204 戦時編集局の八月六日 ト部清隆
209 逝ってしまった先輩たち 兼井亨
214 原爆と私 下住忠
218 涙でうるんだファインダー 松重美人
224 おわりに 浅井幹夫(中国新聞労働組合執行委員長)

 

Hiroshima 1988

『Hiroshima 1988 August  5th-6th visual-aid book ヒロシマ1988★ドキュメント写真集』(音楽制作者連盟編、クロスロード刊、19881225)

「この本は広島サンプラザ・ホールで8月5日・6日の両日おこなわれたコンサートの全ドキュメントである」

 

 

年表:原爆展(1988年)

年表:原爆展(1988年)

記事
01 11 タイ・バンコクで、「核兵器―現代世界の脅威」展(国連・創価学会など主催、広島・長崎両市後援)、開催。1982年以降、14カ国17都市で開催。
02 20 原爆資料館保存の被爆資料4点、フランス国立科学技術産業博物館の特別展で展示す るためパリに向け送付。
02 23 「核兵器―現代世界の脅威展」(国連軍縮局・創価学会など主催)、那覇市で開催( 3月6日まで)。1982年から15カ国18都市で開かれ、今回が最終展示会。
05 12 被爆直後の惨状を撮影したカメラマン林重男ら(4人)、被爆写真を持参し、訪ソ。 ソ連平和擁護委員会の招待で、モスクワ・レニングラードなどで被爆写真を紹介。
05 21? 創価学会の「平和への行動展」、竹原市で開催(22日まで)。「現代世界の脅威」コ-ナ-で、被爆写真など展示。
06 07 写真家豊崎博光ら、モントリオール市での核戦争防止国際医師会議第8回世界大会会 場で「反核写真展」を開催。
06 07 創価学会、第3回国連軍縮特別総会に合わせて、ニューヨークで、「核兵器―現代世 界の脅威展」を開催(9日まで)。ニューヨーク市での同展は1982年に次いで2度目。
06 07 米ニューヨーク国連本部ロビーの広島・長崎被爆資料展示コーナー、改装され、開所式(広島・長崎両市長ら約50人出席)。同コーナーは、1983年に日本政府が設置。
06 11? 米ニューヨーク国連本部内の広島・長崎被爆資料展示コーナーについて、見学した被爆者らから展示内容についての不満の声相次ぐ(同コーナーは7日に改装オープン。)
07 07 ヒロシマ・ナガサキ被爆写真展、広島市の三篠公民館で開催(13日まで)。
07 14 広島市の吉島公民館で、市民が描いた原爆の絵など展示(8月10日まで)。
07 14? 広島市の祇園公民館で、市民が持ち寄った被爆資料展(18日まで)。
07 16 広島市の二葉公民館で、被爆パネル展(23日まで)。
07 20 原水禁西宮市協議会・西宮市主催の原爆展、同市で開催(開会には同市長ら出席、25日まで)。
07 21 広島市の祇園公民館で、市民の描いた原爆の絵を展示(29日)。
07 21 広島市の八幡公民館で、原爆写真パネルを展示(26日まで)。
07 29 広島市の馬木公民館で、市民が描いた原爆の絵展(8月4日まで)。
08 01 「ヒロシマ・ナガサキ原爆被災写真ポスター展」(広島市・広島平和文化センター主催)、広島市役所本庁と各区役所で開催(10日まで)。
08 01 「市民が描いた原爆の絵」展、広島市の平和記念館で開催(31日まで)。
08 02 「広島・長崎・チェルノブイリ写真展」。日・ソ両国で開催(「反核・写真運動」主催、7日まで)。日本では広島市、ソ連ではモスクワ市(6日-)で開催。5月に訪ソしたカメラマン林重男らによる被爆写真とチェルノブイリ事故の写真などを展示。
08 03 広島市の沼田公民館で、被爆直後の広島の写真展(8日まで)。
08 03 平和博物館を創る会、東京のミニ平和博物館で、「広島・長崎-原子爆弾の記録」展を開催(9月10日まで)。
08 07 ながさき原爆の写真展、長崎市の平和公園内で開催(10日まで)。
08 09 佐世保地区労青婦協、佐世保市で、佐世保地区平和集会を開催(約200人参加)。会場に被爆写真(約20点)展示。
08 28 釜ヶ崎原爆被爆者の会、同会結成15年を記念して、守口市で原爆資料展を開催(9月4日まで)。
09 23 長崎県創価学会主催「平和への行動展」、福江市で開催(25日まで)。「核兵器―現代世界の脅威」展の内容を要約し展示。
09 27? 長崎県創価学会、28日から予定していた東彼波佐見町での「平和への行動展」開催を天皇病気のため延期することを決定。
10 19 長崎市、西彼崎戸町など県内8カ町で原爆展を開催(11月25日まで)。1982年から毎年実施し、今年で7回目。
10 24 長崎平和推進協会、「国連軍縮週間」を記念して、「旧浦上天守堂被爆遺構写真展」を同市で開催(30日まで)。
10 24 長崎平和推進協会、「国連軍縮週間」を記念して、「被爆写真パネル展」を同市で開催。
11 05? 広島県双三郡三良坂町の「第11回ふるさとまつり」で、「第3回平和・戦争・原爆資料展」(「町平和を願う会」主催)、開催(6日まで)。原爆かわらなど約300点を展示。
11 25? 長崎市など主催「原爆展」、西彼大瀬戸町で開催(25日まで)。25日、被爆者下平作江による被爆体験講話など。

 

資料調査通信(広島大学原医研)1988年

資料調査通信 1988年
第69号(1・2月号)-第75号(11・12月号)

分冊 記 事
69   1/2 被爆問題年表 1988年1月 1 4
69   1/2 被爆問題年表 1988年2月 5 10
69   1/2 原爆関係社説・投書一覧 ―中国・朝日・毎日・読売・長崎新聞―1987年 11 17
70   3 被爆者対策史 年表 (6)1954年 1 16
70   3 被爆者対策史 年表 掲載号一覧 16 16
70   3 被爆問題年表 1988年3月 17 23
71   4 被爆問題年表 1988年4月 1 8
71   4 被爆問題年表 1988年5月 9 17
71 1 4 文献・図書資料 1986年1月~12月受入れ分 1 39
71 2 4 文献・図書資料 1986年1月~12月受け入れ分 図書の部 40 75
71 3 4 文献・図書資料 1986年1月~12月受け入れ分 図書の部 76 115
71 4 4 文献・図書資料 1986年1月~12月受け入れ分 逐次刊行物の部 16 145
72   6 被爆問題年表 1988年6月 1 10
72   6 被爆問題年表 1988年7月 11 21
73   8 被爆者対策史 年表 (7)1955年 1 14
73   8 被爆問題年表 1988年8月 15 35
74   9 被爆問題年表 1988年9月 1 6
74   9 被爆問題年表 1988年10月 7 13
74 1 9 被爆者対策史 -資料(3)- 「被団協」新聞に見る被爆者運動の動向 1978~1988 1 42
75   11 被爆問題年表 1988年11月 1 7
75   11 被爆問題年表 1988年12月 8 15
75   11 連載記事一覧 ―中国・朝日・毎日・読売・長崎新聞―1988年 16 27
75   11 連載記事一覧 Ⅱ.ローカル紙 1987年 25 31
75   11 連載記事一覧 Ⅲ.政党紙 1987年 32 37
75   11 訂正 資料調査通信1988年9・10月号分 38 38

 

 

 

呉市史第6巻

呉市史第6巻(呉市史編纂委員会・呉市、19880331)

目次

編章節 見出し 備考(執筆者など)
1 呉海軍 高橋衛
1-1 呉鎮守府
1-1-2 戦時下の呉海軍
1-1-2-2 太平洋戦期の呉海軍
1-1-2-2-1 太平洋戦争の勃発
1-1-2-2-2 戦時下呉海軍の活動
1-1-2-2-3 呉軍港への空襲
1-1-2-2-4 組織・制度の変遷
1-1-2-2-5 戦時下の呉鎮守府司令長官
1-1-2-2-6 敗戦
1-2 呉海軍工廠
1-3 広海軍工廠・第11航空廠
1-4 呉海軍と市民
2 合併町村 千田武志
 2-1  周辺町村の合併
2-2-1 阿賀町
2-2-4 吉浦町
2-5 広村 山中寿夫

 

 

 

広島県戦災史(目次)

『広島県戦災史』(広島県編、19880325)

目次

章節項 タイトル 執筆者
口絵
 竹下虎之助
序章 戦争と戦災 熊田重邦
1 15年戦争と戦災の様相
2 戦災への対応
軍都広島と戦争
1 15年戦争の展開
1 戦局の推移 安藤福平
2県内の主要な軍事施設 有元正雄
3郷土部隊と開拓団  児玉正昭
2 戦時体制の確立 安藤福平
1 準戦時体制の進行
2 日中全面戦争下の国民動員
3 大政翼賛運動
3 戦争経済の推移
1 産業の軍需化 高橋衛
2 戦時下の農村と農業 有元正雄
3 戦時経済統制の強化  高橋衛
4 戦時の生活  天野卓郎
1 深刻化する耐乏生活
2 国民統制の強化
5 戦争の激化と対応  天野卓郎
1 防空体制の整備と疎開
2 本土決戦の準備と国民動員
広島県の戦災
1 県内の空襲と戦災  天野卓郎
2 呉空襲
1 軍港内艦艇への攻撃  高橋衛
2 軍事施設への爆撃 千田武志
3市民への空襲 千田武志
3 福山空襲  有元正雄
1 戦争末期の福山市
2 福山大空襲
4 原爆の広島投下  宇吹暁
1 原爆の被害
2 救護と救援
5 化学兵器の製造と毒ガス被害  天野卓郎
終戦と広島県
1 戦争の終結
1 被災者の援護  宇吹暁
2 連合軍の進駐 藤原浩修
3 復員と引揚げ  児玉正昭
2 戦後の生活
1 戦禍につづく台風禍  松林俊一
2 戦後の混乱 天野卓郎
3 復興への胎動 高橋衛
終章 戦争と平和
1 平和への道  宇吹暁
2 核戦争の脅威  宇吹暁
原水爆禁止運動  宇吹暁
非核・平和宣言  宇吹暁
戦争から平和へ 熊田重邦
付録
 資料1 戦時期市町村別人口の推移  宇吹・安藤(資料5)
資料2 市町村別戦没者数
 資料3  市町村別・法区分別被爆者数
  資料4 戦災者名簿一覧
 資料 5 戦時期広島県の主要通牒一覧
  資料6 戦災調査報告一覧
  資料7 原爆モニュメントー覧
資料8 戦災者・戦没者慰霊碑一覧
資料9 広島県議会決議(戦災・平和・原水爆禁止関係)一覧
資料10 広島県内の非核・平和都市宣言一覧
 文献1 原爆被災記録   宇吹・内田恵美子(協力)
文献2 空襲・戦災・戦争体験記
文献3 その他
 年表 1931(昭和6)年~1946(昭和21)年  宇吹・安藤
 口絵写真一覧 松林・宇吹・安藤
さし絵写真一覧  松林・宇吹・安藤
 図一覧
 表一覧
 松下孝昭
あとがき  熊田重邦

ドキュメンタリー原爆遺跡

『ドキュメンタリー原爆遺跡 -ヒロシマの子の爆心地レポート』(広島高校生平和ゼミナール・広島県歴史教育者協議会・広島市教職員組合編、平和文化、19880701)

目次

刊行によせて
森田俊男(日本平和教育研究協議会代表委員)
序文
横山英(広島大学名誉教授・広島高校生平和ゼミナール校長)
原爆遺跡マップ
電車運転系統図
[楽譜]核の時代ヒロシマの子は
グラフ原爆遺跡
1章 被爆樹の記録
樹木の被害状況(大亀信行)
01 基町の被爆エノキ(沢野重男)
02 広島城のユーカリ(衛藤裕華)
03 平和公園のアオギリ(岡田邦子)
04 鶴見橋の被爆ヤナギ(坂本そのみ)
05 縮景園のイチョウとケヤキ(田丸綾子)
06 天満小学校のプラタナス(二宮孝司)
2章 爆心建造物の記録
建物の被害の概況(村井誠吾)
01 広島大学理学部一号館(村井誠吾)
02 広島赤十字病院(村本秀樹)
03 日本銀行広島支店(河本俊雄)
04 旧制広島第一中学校(福永誓)
05 中国電力(杉本麗次)
06 原爆ドーム(三宅昌子)
07 頼山陽文徳殿九輪の塔(水津素行)
08 広島銀行銀山町支店(小川周作)
09 旧広島管区気象台(木本安彦)
10 旧広島中央放送局(村井誠吾)
11 本川小学校(小西、松井)
12 広島市役所(加藤知之)
13 広島貯金支局(新谷博美)
14  逓信局と逓信病院(岡田邦子)
3章 川と橋の記録
橋は見ていた(高橋信雄)
01 猿猴橋(門田令子)
02 元安橋(村上敬之助)
03 旧観音橋(辻隆広)
04 御幸橋(高橋信雄)
05 京橋(高橋信雄)
06 万代橋(高橋信雄)
07 荒神橋(大西五巳)
4章 寺と社の記録
神社・寺院・墓石などの原爆被害に因んで(沢野重男)
01 白神社(大盛真子)
02 慈仙寺(正路順子)
03 禿翁寺の六地蔵(井口博美)
04 興禅寺(前田賢二、古川暢之、皆川直史)
05 広瀬神社(田丸綾子)
06 光隆寺(新谷博美)
07 西向寺(為平新吾)
08 三滝寺と原爆無縁墓(河岡陽子)
09 本願寺派広島別院(吉川徹忍)
10 被爆親鸞聖人像の台座(沢野重男)
11 清住寺(渡辺雅恵)
平和について考え、行動する高校生とともに
光寺重信(光隆寺住職)
友情と団結のある未来を
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の言葉より
解説(1):相原和光(元広島YMCA総主事)
解説(2):野口由松(元広島教区長、司教ドミニコ)
5章 旧軍全滅の記録
広島市内の旧軍関係施設について(高橋信雄)
01 大本営と広島城周辺の旧軍施設()
02 広島陸軍兵器支廠
03 陸軍被服支廠
04 宇品陸軍糧秣支廠
05 広島第二陸軍病院
06 比治山陸軍墓地
07 宇品線
08 似島
09 金輪島
調査を終えて 高校生の感想
あとがき(高橋信雄・沢野重男)

被爆教職員ここまで生きてきて

『被爆教職員ここまで生きてきて 被爆40周年を記念して』(原爆被爆教職員の会全国連絡会編・刊、19880310)

目次

はじめに 石田明(全国被爆教職員の会 会長)
1 被爆教職員の会結成へ-自らの体験を教え子に語り伝え
1 未来を語りつづけて(広島県被爆教職員の会結成)11
2 二度と悲劇をくりかえさないために(広島高校被爆教職員の会結成)16
3 沈黙の壁をやぶって(長崎被爆教職員の会結成
2 どのような課題を背負ってきたか-平和教育を創り出す力
平和教育運動
(1)広島から平和教育の創造
1 組織的にとりあげた平和教育 27
2 広島平和教育研究所の設立 34
3 とりたてた平和教育とカリキュラム 45
4 修学旅行生への証言活動
(2)広島(高校)の平和教育運動
1 会結成以後の原爆、平和教育推進について 73
2 これからのわたしたちのつとめ-高校生の批判に応える
(3)長崎からの平和教育運動
1 初期の平和教育運動 94
2 平和教育運動の復活と抵抗と創造
(4)全国被爆教職員の会結成と行動
くらしといのちを守るために
(1)被爆教職員の健康管理と権利の確立について 109
(2)修学旅行ヒロシマ学習への対応について 112
(3)広島(高校)被爆教職員の会結成と活動 112
(4)長崎県被爆教職員の会活動
《資料》これが人間のすべてをうばった原爆の実相-原爆死没者に関する中間報告の要点
3 被爆40周年にたって
(1)ヒロシマの心と教育 広島・空辰男 155
(2)池子弾薬庫米軍住宅建設阻止闘争について 神奈川・矢納直彦 162
(3)沖縄の反戦平和のたたかい 沖縄・栄野川安邦 166
(4)あの時、私は-40年を生きてきて
(被爆40周年ヒロシマ・ナガサキ被爆教職員・ヒロシマの集いから)177
4 ここから被爆教職員は生きる
忘れられない8月9日 福岡・豊田千五穂 193
広島原爆記念日にあたって 福岡・小川武志 198
被爆の洗礼の下で 熊本・小高盛穂 210
一日もはやく被爆者援護法を 長崎・岡本博 214
被爆を体験した私が残せるもの 広島・峠岡邦英 218
原爆と私 広島・田邊智恵美 223
ちぎれかけた左腕 広島・占部成人 226
あの日から四〇年 広島・入沢庄平 228
原爆の日に想うこと 広島・林美喜雄 231
集団疎開 広島・渡部みさを 233
被爆体験を語りつぐ 広島・浅野知恵子 246
広島のまほうつかい 広島・沢井充子
■原爆被爆教職員の会全国連絡会会則