島津邦弘「東京裁判とヒロシマ-原爆投下責任論をめぐって-」( 『広島市公文書館紀要第3号(昭和55年3月発行)』所収)
| 項 | ||
| はじめに | ||
| 原爆投下に対する反響 | ||
| 「以下通訳なし」の意味 | ||
| 却下された書証の提出 | ||
| 裁かれる被告にとって「原爆」は・・・ | ||
| 朗読されなかった「パール判決書」 | ||
| 岡本尚一弁護士の情熱 | ||
| 結びにかえて | ||
| <補記>・・・また英文速記録、岡本弁護士関連の記述については「現代と広島の会」の田原幻吉・宇吹暁・石踊一則の各氏から資料提供などのご協力をいただいた。 | ||
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
島津邦弘「東京裁判とヒロシマ-原爆投下責任論をめぐって-」( 『広島市公文書館紀要第3号(昭和55年3月発行)』所収)
| 項 | ||
| はじめに | ||
| 原爆投下に対する反響 | ||
| 「以下通訳なし」の意味 | ||
| 却下された書証の提出 | ||
| 裁かれる被告にとって「原爆」は・・・ | ||
| 朗読されなかった「パール判決書」 | ||
| 岡本尚一弁護士の情熱 | ||
| 結びにかえて | ||
| <補記>・・・また英文速記録、岡本弁護士関連の記述については「現代と広島の会」の田原幻吉・宇吹暁・石踊一則の各氏から資料提供などのご協力をいただいた。 | ||
『黒い雨 内部被曝の告発』(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会、20120730)
内容
| 頁 | ||
| 001 | 発刊にあたって | 高野正明(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会) |
| 004 | 「黒い雨」降雨地域図 | |
| 006 | <証言> | |
| 佐伯郡五日市町海老塩浜 | ||
| 佐伯郡五日市町 | ||
| 佐伯郡観音村 | ||
| 佐伯郡観音村三宅 | ||
| 佐伯郡観音村 | ||
| 観音村千同 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村 | ||
| 佐伯郡八幡村 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村保井田の山 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村中地 | ||
| 佐伯郡八幡村利松 | ||
| 佐伯郡河内村下河内 | ||
| 佐伯郡河内村 | ||
| 佐伯郡砂谷村葛原 | ||
| 佐伯郡上水内村打尾谷 | ||
| 佐伯郡八幡村池田地 | ||
| 佐伯郡上水内村打尾谷 | ||
| 佐伯郡湯来町和田 | ||
| 佐伯郡砂谷村 | ||
| 佐伯郡水内村 | ||
| 佐伯郡水内村 | ||
| 佐伯郡上水内村 | ||
| 山県郡加計町 | ||
| 山県郡加計町字加計 | ||
| 山県郡加計町 | ||
| 山県郡加計町 | ||
| 山県郡加計町字坪野 | ||
| 山県郡加計町字穴阿地区 | ||
| 山県郡大朝町大朝 | ||
| 山県郡大朝町 | ||
| 安佐郡鈴張村 | ||
| 安佐郡三入村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 086 | 安佐郡可部町 | |
| 安佐郡可部町 | ||
| 安佐郡可部町 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村 | ||
| 安佐郡亀山村大字勝木 | ||
| 098 | 「黒い雨」と「フクシマ」 | 増田善信(元気象研究所研究室長) |
| 110 | 増田雨域 | |
| 112 | 知られざる核戦争-放射線被害者隠ぺいという「科学」の装いをした核戦争- | 矢ヶ崎克馬(琉球大学名誉教授) |
| 124 | 放射性降下物の広がりと影響 | 沢田昭二(名古屋大学名誉教授 ) |
| 資料 | ||
| 134 | 広島市の実態調査について | |
| 136 | 原子爆弾被爆地域の拡大に関する要望書 | |
| 139 | 「黒い雨」地区のアンケート調査について | |
| 142 | 原爆症認定訴訟と黒い雨 | 大越和郎(広島県原爆被害者団体協議会事務局長) |
| 144 | 原爆「黒い雨」問題と住民の運動 | 牧野一見(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会事務局長) |
| 148 | 原爆「黒い雨」に関する年表 | |
| 150 | 広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会名簿 | |
| 151 | あとがき | 高東征二(広島県「黒い雨」県連事務局次長) |
2021年2月(日録)
| 日 | できごと |
| 01 | 「没後50年 今夜はトコトン“三島由紀夫”」([BSプレミアム]1月30日後10:40~00:40)を録画で視聴。 |
| 01 | ヒロシマ遺文への投稿=「黒い雨 内部被曝の告発」 |
| 02 | ヒロシマ遺文への投稿=「東京裁判とヒロシマ」、「核兵器裁判」 |
| 03 | ヒロシマ遺文への投稿=「原爆地獄1915年8月(日本被団協50年史)」、「日本被団協の結成」、「「要求骨子」をかかげて」、「77国際シンポから「基本要求」ヘ」、「「基本要求」をかかげて」、「被爆45周年運動と「援護に関する法律」」、「ふたたび被爆者をつくるな、核兵器なくせ戦争のない世界を」、 |
| 04 | ヒロシマ遺文への投稿=「被爆40年史年表-広島県原水協創立30周年」、「広島県原水協年表(1945~53)」、「広島県原水協年表(1954年)」~「広島県原水協年表(1985年)」。<1972~76年分のテキストデータが欠落>。 |
| 05 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本国際法律家協会の30年」、「広島弁護士会史」、「私の中の平和と人権」 |
| 06 | ヒロシマ遺文への投稿=「在外被爆者裁判」 |
| 08 | ヒロシマ遺文への投稿=「平和記念式典後の総理記者会見19960806」~「同 20010806」、「内閣総理大臣とヒロシマ・ナガサキ」 |
| 09 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本における原水爆禁止運動の出発」、「原水爆禁止決議」、「原水爆禁止運動の開始」、「県(区・市)民運動の展開」、「原水爆禁止署名運動の意義」 |
| 10 | ヒロシマ遺文への投稿=「「被爆体験」の展開」、「原水爆禁止世界大会に 関する覚書」。「その他(講座)」に「広島の戦災と復興(20080308)」 |
| 11 | 建国記念の日 |
| 12 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島原爆被災資料の保存(今堀)」、「広島原爆被災資料の保存(今堀2)」、「広島原爆被災資料の保存(今堀3)」、「ランドルフ・メイコン女子大学との合同セミナー2001」、「広島女学院被爆57周年平和祈念式2002年」 |
| 13 | ヒロシマ遺文への投稿=「キリスト教主義大学ジョイント8・6平和学習」、「比治山ツアー(広島女学院大学宗教委員会主催)」、「宇吹ゼミ東区探検20030531」、 |
| 14 | 「市政だより くれ Vol.841」(21210210)で国立国会図書館デジタル化資料送信サービスを呉中央図書館で利用されることを知る。 |
| 14 | ヒロシマ遺文への投稿=「平山郁夫美術館」、「広島女学院大学第37回原爆講座」。 |
| 15 | 「ヒロシマ遺文」のカテゴリーが消える。修理を依頼。16日直る。 |
| 15 | ヒロシマ遺文への投稿=「最新大広島市街地図」 |
| 16 | ヒロシマ遺文のトップ頁から消えていたカテゴリーが回復。カテゴリーの順序の修復作業。 |
| 17 | 年賀状の整理。 |
| 18 | ヒロシマ遺文への投稿=「フェリス女学院2003年度ジャパンスタディーツアー」 |
| 19 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立文書館研修(生活文化史演習 2003年5月14日)」、「広島女学院大学・若葉寮解体式」、「韓国・淑明女子大学での交流とソウル市内研修」、「アンネのバラ植樹式(広島女学院大学図書館前)」、「平和学連携講座ヒロシマ20040805-08」、「平和学連携講座「ヒロシマ」200508」、「広島県立文書館研修20060525」、 |
| 20 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島の碑をめぐる闘いの記録」、「広島平和記念資料館総合図録 ヒロシマをつなぐ」 |
| 21 | ヒロシマ遺文への投稿1=「平和祭(第1回、1947年)」、「平和祭(第2回、1948年)」、「平和祭(第3回、1949年)」、「幻の平和祭(第4回、1950年)」、「慰霊式(1951年)」、「平和式典の原型(1952年)」、 |
| 21 | ヒロシマ遺文への投稿2=「反核運動1988」~「反核運動1998」、「明田弘司」。 |
| 22 | 広島テレビ「ドキュメント’21 毒ガスの痕・ヒロシマ・ウサギ島の記憶」~01:50。同日夜、録画で視聴。 |
| 22 | ヒロシマ遺文への投稿=「原爆被災者補償法の制定を期する市民の会」、「つぐない 原爆補償」、「原爆補償法の思想(今堀誠二)」。 |
| 23 | 天皇誕生日。日本共産党オンライン演説会。志位和夫。~14:20。後半1時間視聴。核兵器禁止条約についてわかりやすい解説。 |
| 23 | マウスパソコンのトップページをマイクロソフト・エッジに変更。使い方の検討。 |
| 23 | ヒロシマ遺文への投稿=「冬のリトルボーイ」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「ー句碑・句集」、「総理大臣など挨拶 ・出席状況」。 |
| 26 | 一日雨。一日自宅で2月分の新聞切り抜き作業。 |
| 27 | |
| 28 |
『’82・平和のためのヒロシマ行動 3月21日の記録』(総評教宣局共同デスク、労働教育センター、19820523)
内容
| 頁 | 見出し | 備考 |
| 01 | ヒロシマ行動 反核の叫び、空前の大集会 | |
| 世界へ核廃絶訴える | 富塚光夫(総評事務局長) | |
| 02 | 反核運動に新たな芽-ヒロシマへー | |
| 07 | 東京、国連に連動を | |
| 11 | 報告(「音楽運動」4月1日号) | 印牧真一郎 |
| 13 | メッセージ | デクエヤル(国連事務総長) |
| 14 | 反戦・反核の声高く ヒロシマに20万人つどう(「婦人しんぶん」4月10日号) | 広島・森容子 |
| 19 | 核戦争の危機をめぐって(月報生きる権利 82年4月号) | 野間宏(作家) |
| 24 | きいてください | 洲加本有衣子(作詞) |
| 26 | 6会場で多彩な催し 人類が生存するために | |
| 26 | メインステージ | |
| 28 | 反核平和運動と「3・21ヒロシマ行動」の意義-ヨーロッパと極東(月報「生きる権利」82年4月号) | 森瀧市郎(広島大学名誉教授) |
| 30 | スピーチ広場 草の根運動を広めよう | |
| 32 | 若者の広場 | |
| 35 | 戦争に加担するな 小田実氏が講演 | |
| 38 | ちびっ子ひろば | |
| 43 | 反核・軍縮へ・・・各界もたちあがる | |
| 46 | ヒロシマ行動の中で 新しい運動への始動 抑圧からの解放の役割を | 伊藤成彦(反核・文学者グループ・中央大学教授) |
| 48 | 語り部の広場 原爆の惨状を伝える | |
| 52 | 歌の広場 | |
| 56 | 日本は悲惨を知っている 世界各地でヒロシマ報道 ロンドンからモスクワから | |
| 57 | ヒロシマ行動に20万 5・23集回につなごう(「解放新聞」4月5日号) | |
日本学術会議25年史(日本学術会議、1974)目次概要
| 各期の活動 | ||
| 第1期報告 | ||
| 日本学術会議の成立//3 学術体制刷新委員会委員長報告//4 学士院長あいさつ//7 学術研究会議会長あいさつ・その他//10 発会式典//10 第1回総回における審議//10 第2回総会以後の活動//13 科学技術行政協議会(STAC)と日本学術振興会//17 会長・副会長・部長等の訪米//18 国際学術会議への出席//19 創立1周年記念会//19 関連資料//19 |
||
| 第2期報告 | ||
| 概説//31 いくつかの提案//31 研究所等の設置について//32 社会的諸情勢と関連して//33 原子力研究について//35 学術会議と外部組織//37 国際交流の進展//38 大学に関する諸問題//39 学術体制討論会について//40 選挙についての紛争//40 日本学術会議の所轄について//41 科学研究費補助金について//42 関連資料//42 |
||
| 第3期報告 | ||
| 概説//52 原子力問題//53 原子力3原則//55 原子力に関する基本法の制定について//55 放射線影響問題//56 動力協定をめぐる諸討議//57 原子力研究についての国際会議//57 原子力特別委員会の設置//58 大学における原子力研究//58 ラッセル・アィンシュタイン宣言//59 長期研究計画調査委員会//59 研究所,研究機構の設置//61 国際研究調査計画への協力//62 学術会議とほかの機関との関係//63 教育問題//64 ソビエト連邦及び中華人民共和国との学術交流について//65 その他特記すべき諸事項//66 国際的な学術交流についての二,三の決議//67 災害に関する要望//67 環境保護について//67 関連資料//68 |
||
| 第4期報告 | ||
| 概説//75 外部組織との関連//76 南極観測について//77 原子力問題//77 原水爆実験反対//78 ゲッチンゲン宣言と第1回パグウオッシュ会議//78 その後の原水爆反対声明//79 原子力平和利用等に関する諸問題//79 研究費の増額について//82 研究所設立の要望//84 その他の研究体制について//85 研究者の待遇//85 学問・思想の自由について//86 国際学術交流について//86 ドイツ連邦共和国の訪問//87 その他勧告・要望//87 学術記者会の発足//87 関連資料//87 |
||
| 第5期報告 | ||
| 概説//102 委員会の存置改廃等内部機構の整理//102 科学技術会議と学術会議の関係//103 科学技術会議に対する諮問第1号答申に関する学術会議の勧告//104 科学協力に関する日米委員会と国際協力5原則//106 学術の国際交流に関すること//107 大学等への各種の助成について//107 各種研究活動事業の促進の勧告//108 各種研究所及び研修所の設置の勧告//109 科学者の待遇の改善その他//110 その他の勧告//110 原子核実験に関する二つの国際的アピール//110 大学の管理運営について//111 関連資料//111 |
||
| 第6期報告 | ||
| 概説//135 大学制度に関連して//135 科学研究計画第1次5か年計画//136 諸研究所の設立について//139 情報科学の研究機関の設立について//140 地震研究について//141 科学者の待遇について//141 私立大学への助成//142 大学等への寄附金について//142 国際学術交流について//143 沖縄との学術交流について//144 原水爆反対等戦争と平和にかかる諸決議//144 その他の諸勧告・声明//145 関連資料//147 |
||
| 第7期報告 | ||
| 概説//166 研究所・研究機関,研究体制にかかわる勧告//166 情報関係の研究所//168 主として生物学に関連する研究所等//169 理学部門の研究所//171 原子力研究及びその関連//172 宇宙科学,地球科学//173 工学関係の研究所の設立勧告//174 研究費関係について//175 科学研究費補助金問題//176 昭和44年度科学研究振興に必要な予算について,その他//177 国際学術交流と関連して//177 科学者の待遇等に関係するもの//178 日本学術会議と他機関との関係//179 沖縄・小笠原関係//180 平和問題について//180 その他//181 関連資料//181 |
||
| 第8期報告 | ||
| 概説//197 第8期中の活動の総括//198 新設された特別委員会等//198 審議の三つの重点//199 大学問題の検討//200 大学改革についての勧告//202 自然,文化財の保護と公害問題//203 沖縄に関する諸問題//204 原水爆被災資料センターとBC兵器禁止//205 研究予算,研究所設置等//206 関連資料//209 |
||
| 第9期報告 | ||
| 概説//225 委員会体制の改革//225 広報活動の強化//229 学術交流上の諸問題//230 第9期における主な勧告・要望等//232 国際学術交流との関係について//235 平和問題,その他関連事項//236 その他の事項//236 関連資料//237 |
||
| 日本学術会議前史 | ||
| 東京学士会院・帝国学士院・学術研究会議・日本学術振興会//250 | ||
| 東京学士会院//250 帝国学士院//251 学術研究会議//253 日本学術振興会//259 |
||
| 終戦後の学術体制刷新の動き//261 | ||
| 学術体制刷新委員会//265 | ||
| 前史関連資料//281 | ||
| 各部の活動 | ||
| 第1部報告 | ||
| <略> | ||
| 第7部報告 | ||
| 委員会の活動・その他 | ||
| 研究費委員会 | ||
| 科学者の待遇問題委員会 | ||
| 長期研究計画委員会 | ||
| 学問・思想の自由委員会 | ||
| 学術体制委員会 | ||
| 学術交流委員会 | ||
| 特別委員会 | ||
| アジア・アフリカ研究特別委員会//406 人文・社会科学振興特別委員会//409 大学問題特別委員会//411 1970年代の科学・技術特別委員会//418 日本学術会議のあり方検討特別委員会//425 原子力特別委員会//430 原子核特別委員会//434 国際生物学事業計画特別委員会//438 国際地球観測特別委員会//440 宇宙空間研究特別委員会//442 南極特別委員会//445 海洋学特別委員会//450 水特別委員会//453 環境問題特別委員会//455 沖縄問題特別委員会//457 |
||
| その他//461 | ||
| 学術会議会員選挙//461 地方区//464 |
||
| 附属資料 | ||
| I 関係法規//473 II 組織・予算//494 III 諮問・答申,勧告・声明等//551 IV 国際学術交流//569 V 会員選挙//597 |
||
| 総会年譜//600 | ||
『記録・82年 平和のためのヒロシマ行動』(82年・平和のためのヒロシマ行動広島実行委員会、198205)
内容
| 頁 | タイトル | 備考 |
| テーマソング きいてください | ||
| 主催:第2回国連軍縮特別総会に核兵器完全禁止と軍縮を要請する国民運動推進連絡会議、82年・平和のためのヒロシマ行動・ヒロシマ実行委員会 | ||
| 参加人員:194000名、とき:1982年3月21日 午後1時~4時 ところ:広島市平和記念公園一帯 | ||
| グラビア | ||
| 002 | <はじめに>(K) | |
| 002 | メイン・ステージ | |
| 003 | 開会宣言 | 今堀誠二 |
| 003 | 呼びかけ人挨拶 | 中野好夫 |
| 004 | 基調報告 | 庄野直美 |
| 007 | 被爆者の訴え | |
| 007 | 何も知らずに死んだ市民 | 伊藤サカエ |
| 008 | 罪ない朝鮮人被爆者 | 李実根 |
| 009 | 今こそ真剣に行動を | 山口仙二 |
| 010 | あいさつ(国際軍縮促進議員連盟顧問) | 宇都宮徳馬 |
| あいさつ(広島県知事) | 竹下虎之助 | |
| メッセージ(国連事務総長) | デ・クエヤル | |
| 011 | あいさつ(広島市長) | 荒木武 |
| 012 | あいさつ(長崎市長) | 本島等 |
| 012 | 日本被団協あてローマ法王庁からのメッセージ(要旨) | |
| イ・マルチネス(バチカン市国、国務長官代理) | ||
| 013 | ヒロシマ・アピール | |
| 82年 平和のためのヒロシマ行動 | ||
| 014 | 反核アピール | |
| 伊藤成彦 | ||
| ディック・ミネ | ||
| 槙枝元文 | ||
| 森瀧市郎 | ||
| 藤井日達 | ||
| 大友ヨウフ | ||
| 田中龍夫 | ||
| 中林貞男 | ||
| 草野信男 | ||
| 熊代慎一 | ||
| 今石益之 | ||
| 閉会宣言(日青協会長) | 城吉信 | |
| <以下別掲予定> | ||
| 024 | 語り部の広場 | |
| 050 | 歌の広場 | |
| 056 | 若者の広場 | |
| 071 | ちびっこの広場 | |
| 077 | スピーチの広場 | |
| 105 | 関連協賛行事 | |
| 115 | ヒロシマ行動をふりかえって | |
| 117 | 経過と総括 | |
| ヒロシマ行動会場分布図 | ||
『核を葬れ!森瀧市郎・春子父娘の非核活動記録 』(広岩近広、藤原書店、20170806)内容
| 章 | ||
| プロローグ | ||
| 1 | 「力の文明」の対極に「愛の文明」 | |
| 右目に突き刺さった原爆のガラス片 残された左目に映った広島の惨禍 原爆と敗戦の深い傷痕 同僚や子らの死に深い悲しみ 戦争は「力の文化」の必然的帰結 原子力時代に求められる新しい道徳 |
||
| 2 | 「ヒロシマ後の世界」を見据えて | |
| 「広島子どもを守る会」が発足 ビキニ事件に憤慨して原水爆禁止国民運動 六〇年安保に揺さぶられた平和運動 国民運動は原水協と原水禁に分裂 |
||
| 3 | 「不殺生」「非暴力」「生命への畏敬」 | |
| 国民平和使節として欧州に反核の旅 大学に辞表を提出して、重大決意を実行 「原水爆禁止広島母の会」の活動 三人の聖者の生き方に感銘 「人類は生きねばならぬ」と退官後も奮迅 |
||
| 4 | 幻想だった核の平和利用 | |
| 平和利用の名のもとに原発の建設計画 原発は原爆の材料プルトニウムをつくる 「核と人類は共存できない」と世界に訴える 反核の力を結集させたい 「ヒロシマの役割」を再認識する 非核の未来をつくらねばならない 「それでも原発は危険だ」と言いつづける 「いのちとうとし」のラストメッセージ |
||
| 5 | ウラン採掘に始まる放射能汚染 | |
| インド.パキスタンの若者と平和交流 ウラン鉱山の放射線被害を現地で調査 「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」が始動 「子どもの命を返してくれ!」 劣化ウラン国際大会が警告した内部被曝 |
||
| 6 | 原子力体制を問う | |
| 核廃絶は、原発廃絶と切り離せない 日本政府の原発輸出と核政策を問う 「国から二度、棄民にされた」 三つの課題と三つのキーワードで責任を追及 法廷で「核の人道に対する罪」を陳述 フクシマを忘れない、繰り返させない特別アピール |
||
| 7 | 地球規模で広がるヒバクシャ | |
| 核被害を総合的に捉える 「私たちには怒る義務がある」 ヒバクシャは世界的な用語になった 「核なき世界」を目指す取り組み オーストリアが「人道の誓約」 「平和の種」が「反核の息子」に 核兵器禁止条約に反対する被爆国 国連で、核兵器禁止条約を策定 |
||
| エピローグ | ||
| 資料 | ||
| 世界核被害者フォーラム 広島宣言 世界核被害者の権利憲章要綱草案 核兵器禁止条約 |
||
| 森瀧市郎・春子の活動年譜 | ||
| 主な引用・参考文献 | ||
『軍縮と国際協力のためにーストックホルム平和大会の記録』(軍縮と国際協力のための世界大会日本準備会編、日本平和委員会、19581225)
内容
| はしがき | 日本準備会事務局長 阿部行蔵 | ||
| 「軍縮と国際協力のための世界大会」の概要 | |||
| 出席の諸代表-戦争に対する一致した反対-大会の重要議題-討論の結集点-分科会と活動グループ-経済の分野において-文化交流のために-数多くの大会がなぜ必要か?-民族独立の問題-平和のための協力 | |||
| 開会の辞 | |||
| 平和は体制の相違を超えて | アルトゥール・ルンドクヴスィト(スエーデン) | ||
| 大会基調報告 | |||
| 1 | 軍縮の諸問題について | フレデリック・ジョリオ=キュリー(フランス) | |
| 2 | 軍縮討議の分析 | ジョン・D・バーナル(イギリス) | |
| 附属文書 | |||
| その1 首脳会談の議題にかんする諸提案 | |||
| その2 1957年における軍縮にかんする諸提案の要旨 | |||
| その3 軍縮問題年表 | |||
| 3 | 平和5原則に従えば戦争は根絶する -政治協力について- | ラメシュワリ・ネルー(インド) | |
| 4 | 国際経済協力について | オスカー・ランゲ(ポーランド) | |
| 5 | 文化交流促進の活動を | アルトゥール・ルンドクヴィスト(スエーデン) | |
| 6 | 民族独立と平和 | オルガ・ポブレーテ(チリー) | |
| 7 | 国家の偉大さは人間の福祉にたいする関心の大きさによって決まる -平和勢力の協力について- | ジェイムズ・G・エンディコット(カナダ) | |
| 平和運動の全般的諸問題 | |||
| 1 | 1平和運動は戦争という病気を予防し治療する運動である | 郭沫若(中華人民共和国) | |
| 2 | 平和の問題点はどこにあるか | イリヤ・エーレンブルグ(ソ連) | |
| 3 | 平和運動の中に冷戦を持ちこませてはならない | アマニュエル・ダスティエ(フランス) | |
| 4 | 平和のための行動の統一 | ルチオ・ルザット(イタリア) | |
| 5 | 一にも、二にも、三にも団結 -労働者階級と平和- | スギリ(世界労働組合連盟) | |
| 平和運動と経済協力 | |||
| 1 | 国際経済関係の新紀元 | アロンソ・アキラル(メキシコ) | |
| 2 | 軍縮と国際協力を求めるソ連経済 | ネステロフ(ソ連) | |
| ハンガリー・ナジ処刑問題をめぐって | |||
| 1 | 人権問題に関心をはらえ | カルル・ボネヴィエ(ノルウェー) | |
| 2 | 意見の相違と平和運動の団結 | ピエール・コット(フランス) | |
| 3 | ナジ事件を冷戦の道具とするな | ジョセフ・ダルヴァス(ハンガリー) | |
| 西欧諸国の平和運動 | |||
| 1 | 西ドイツの情勢と平和運動 ) | クララ・マリー・ファスビンダー(西ドイツ | |
| 2 | われわれの生命はわれわれの手中にある | ハンス・イヴァント(西ドイツ) | |
| 3 | 統一された民主的平和ドイツを | ワルター・フリードリッヒ(東ドイツ) | |
| 4 | フランス平和運動の進む方向 | フランシス・ボスク(フランス) | |
| 5 | イギリスの核兵器反対運動 | ロバート・ルトスレー(イギリス) | |
| 6 | オーストリアにおける平和運動の組織形態 | フランク・ハートレー(オーストラリア) | |
| 民族独立の運動と帝国主義に反対するたたかい -アジア、アフリカ、アメリカ- | |||
| 1 動乱の中東から【その1】 陰謀渦巻く都から独立のとりでの都へ |
サファ・ハフェル(イラク) | ||
| 2 | 動乱の中東から【その2】 レバノン人民は必ず勝利する |
ジョージ・ハンナ(レバノン) | |
| 3 | 地獄と化したエデンの島、キプロス | ジョン・ポタミティス(キプロス) | |
| 4 | アジア・アフリカの叫び【その1】 国際協力の生きた実例、アジア・アフリカ |
ユーセフ・エル・セバイ(アジア・アフリカ連帯委員会) | |
| 5 | アジア・アフリカの叫び【その2】 アルジェリアのたたかいは独立達成のときまで続く |
アルジェリア民族解放戦線代表(アルジェリア) | |
| 6 | アジア・アフリカの叫び【その3】 人民の意志こそ奇蹟を生む |
モハメッド・カメル・エル・ビンダリ(アラブ連合共和国) | |
| 7 | アジア・アフリカの叫び【その4】 積極的行動への3つの提案 |
サヒブ・シン・ソケイ(インド) | |
| 8 | アジア・アフリカの叫び【その5】 国をあげての平和運動 |
シラジュディン・アバス(インドネシア) | |
| 9 | アジア・アフリカの叫び【その6】 戦争挑発の危機のなかで |
韓雪野(朝鮮民主主義人民共和国) | |
| 10 | 中南米の声【その1】 ラテン・アメリカの後進性の原因 |
アルベルト・T・カセロ(アルゼンチン) | |
| 11 | 中南米の声【その2】 ラテン・アメリカを平和地域に |
ホセ・ラファエル・ガバルドン(ヴェネゼラ) | |
| 日本からの報告 | |||
| 1 | 力の政策の現段階と平和運動の中心的課題 | 平野義太郎(日本) | |
| 2 | 各国の大衆運動強化とその間の積極的協力関係の確立 | 安井郁(日本) | |
| 3 | 沖縄のたたかい | 瀬長亀次郎(日本) | |
| 閉会のことば | ジョン・D・バーナル(イギリス) | ||
| 各国代表団参加者数 | |||
| 参加者の職業別構成 | |||
| 国別参加者数 | |||
| 参加国際団体代表数 | |||
| アピール・決議・声明・勧告等 | |||
| アピール | |||
| 大会議長団から提出された決議 | |||
| 中東情勢にかんする世界諸国民へのアピール | |||
| 国連へのアピール | |||
| 首脳会談即時開催にかんする決議 | |||
| 軍縮委員会の宣言 | |||
| 政治協力にかんする委員会の声明 | |||
| 政治協力にかんする委員会の民族独立の問題にかんする決議 | |||
| 政治協力にかんする委員会のドイツ問題にかんする声明 | |||
| 経済協力委員会の勧告 | |||
| 文化委員会の勧告 | |||
| 文化委員会の作家、芸術家にたいするアピール | |||
| 文化委員会の世界ジャーナリストへのアピール | |||
| 平和勢力の協力にかんする委員会の勧告 | |||
| 付 世界平和評議会新役員一覧 | |||
| 日本選出世界平和評議会評議員 | |||
| 日本における準備状況 | |||
| 日本提案 | |||
| 1 | 政治提案 | ||
| 1 軍縮(核兵器禁止を含む) | |||
| 軍事ブロックの廃止、平和地域の設置についての提案 | |||
| 3 国際関係の改善と国際協力についての提案 | |||
| 4 大国会談の開催についての提案 | |||
| 2 | 経済提案 | ||
| 3 | 文化提案 | ||
| 1 文化交流についての勧告案 | |||
| 2 世界平和運動10周年記念コンクールについての提案 | |||
| 4 | 組織提案 | ||
| 付:日本平和大会宣言 | |||
| 日本代表団名簿 | |||
| 解説 | |||
| 軍縮と国際協力のための大会の成果 | 日本平和委員会理事長 平野義太郎 | ||
『ウ・タント 世界平和のために』(国際連合広報局編、国際市場開発、19720410)
内容
| 日本語版への序文(ウ・タント) | ||
| 本書の推薦のことば(国際連合広報センター所長代理) | ||
| 編集者のことば | ||
| Ⅰ | 国際連合の目的と原則 | |
| 国際連合の必要性/国際連合の任務/事務総長の役割/総会と安全保障理事会の役割/平和と進歩への障害/暴力/協力の利益/諸国の行動の調和/忍耐、多様性、相互理解/国家主権/国家主義と国際主義/新興独立国の役割/小国の役割/一国一票の原則/普遍性/極小国家/平和について/国際法の役割/国際連合の強化/国際連合のコスト/新しい地球への脅威、新たな出現/国際連合の評価 | ||
| Ⅱ | 平和と安全の維持 | |
| 紛争の平和的解決/地域的取極/軍縮と核兵器/核保有国会議の必要/宇宙空間の平和利用/原子力の平和利用/平和維持の必要/平和維持活動/中東/コンゴ/キプロス/インドーパキスタン/国際平和部隊/ヨーロッパの安全保障に関する会議/世界平和の安全と多様性/ | ||
| Ⅲ | ベトナム戦争 | |
| 解決を求めて/基本的問題/国際連合とベトナム/戦争終結への三段階/ドミノ理論/直接会談/国際的評価/政治的ディスエスカレーション/戦争のエスカレーション/インド-シナ | ||
| Ⅳ | チェコスロバキア | |
| Ⅴ | ナイジェリア | |
| Ⅵ | 経済社会開発 | |
| 国際連合開発の10年/地球戦略/貿易と開発/格差の拡大/国際援助の必要性/資本主義と共産主義/技術革新/科学と技術の役割/開発と軍縮/変動世界における教育/人間環境/加盟国の選ぶ道/新しい問題、新たな挑戦 | ||
| Ⅶ | 独立の達成と人権 | |
| 人権/人種差別/アパルトヘイト/植民地解放/青年と人権 | ||
| Ⅷ | 国際連合と世論 | |
| 世論の役割/マス・メディア | ||
| 付録 | ||
| Ⅰ | 国際連合について(国際連合広報センター) | |
| Ⅱ | 抜粋・参考文献 | |
| 訳者あとがき(井上昭正) | ||
核兵器禁止条約発効-新聞報道(20210122)
| 紙名 | 頁 | 見出し |
| 中国新聞 | 01 | 核兵器禁止条約が発効 被爆地 廃絶へ前進願う |
| 朝日新聞 | 01 | 天声人語 |
| 毎日新聞 | 02 | 核禁条約順次発効 批准50カ国・地域で |
| 読売新聞 | 02 | 核禁条約22日発効 50か国・地域 米中露など不参加 日本不参加方針変えず |
| 産経新聞 | 05 | 核兵器禁止条約 きょう発効 保有国含めた行動 課題 |
| しんぶん赤旗 | 01 | 核禁条約きょう発効 世界各地で行動を計画 |
| 日本経済新聞 | なし |
核兵器禁止条約発効-Yahooニュース 2021年1月22日、8:22:30
![]() |
||
| 時事通信社会 | 1/22(金)7:14 | 署名1370万筆、核禁止条約に力 被爆3世ら、新たな運動も 発効未届け活動終了 |
| 朝日新聞デジタル国際総合 | 1/22(金)04:41 | 核兵器禁止条約が発効 51の批准国・地域で初の違法化 |
| 毎日新聞国際総合 | 1/22(金)0:16 | 核兵器禁止条約、批准国で順次発効 締約会議はオーストリア開催へ 日本惨禍は? |
| 中国新聞デジタル社会 | 1/21(木)23:02 | 核兵器禁止条約が発効 「核の傘」依存の日本、不参加のまま |
『核兵器の包括的研究 国連事務総長報告』(服部学監訳 、出版社、19820305 )
| 章 | ||
| 日本語版刊行にあたって | ||
| 国連事務総長による前書き | ||
| 報告提出にあたっての手紙 | ||
| 1 | はじめに | |
| 2 | 現在の核兵器の実態 | |
| A 核兵器 21 B 長距離運搬システム 22 C 情報・指揮・管制・通信 27 D 超大国の主要な戦略兵器 28 E 地域核戦力 35 F 他の国の戦略兵器 36 G 戦術核戦力 37 H 核兵器取得の技術と費用 |
||
| 3 | 核兵器の技術的発展の傾向 | |
| A 過去ならびに現在の発展の主要な形態 43 B 弾頭の設計と特性 46 C 核兵器実験 49 D 兵器体系についての一般的解説 52 E 戦略的運搬システム 54 F 戦略的対抗手段および対抗システム 59 G 探知・識別システム 62 H 地域的核戦力 |
||
| 4 | 核兵器使用の効果 | |
| A 一発の核爆発による効果 68 B 限定核攻撃の効果 79 C 戦術核兵器の広範な使用による影響 84 D 全面核戦争、核の応酬の影響 89 E 全地球的側面 96 F 核実験の影響 103 G 民間防衛 |
||
| 5 | 抑止論および核兵器にかんするその他の理論 | |
| A 戦略理論と核兵器 112 B 核兵器と抑止 113 C 戦略理論と技術の発展 118 D 核兵器保有国の核戦略理論 119 E 戦略理論と安全保障 129 |
||
| 6 | 核兵器体系のひきつづく量的増加と質的改良が安全保障に対してもつ意味 132 | |
| 7 | 核軍縮にかんする諸条約、諸協定、諸交渉の意味 157 | |
| 8 | むすび 「人間社会にたいする絶え間ない脅威」 172 | |
| 付録Ⅰ | 核兵器による効果の技術的記述 | |
| A 爆風とその効果 183 B 熱線とその効果 187 C 火災 188 D 電磁パルスとその効果 190 E 初期核放射線 193 F 残留放射線(フォールアウト)196 G 放射線傷害 198 H 複合傷害および一般的相乗作用 |
||
| 付録Ⅱ | 1980年度軍縮交渉委員会に提出された核保有国による「安全保障の保証」 | |
| あとがきにかえて | ||
『原水爆禁止2013年世界大会』(原水爆禁止日本協議会、2013/05/02)<パンフ34頁>
内容
| 1 | 核の被害をたどる | |
| 2 | 北朝鮮の核問題 | |
| 3 | 世界の非核平和 | |
| 4 | 日本の非核平和 | |
| 5 | 被爆者とともに | |
| 6 | 言ぱっと核兵 | |
| 7 | 世界大会に向けて-国民平和大行進 | |
| 8 | 世界大会に向けて-ショメイと原爆展 | |
| 9 | さあ!2013年世界大会へ |
『ドキュメント1945→1985 核兵器のない世界を No more Hirosima Nagasaki 写真記録』(被爆40年と原水爆禁止運動編集委員会編、原水爆禁止日本協議会、19870130 )
| 章 | 見出し |
| [カラー]物証(東松照明) | |
| 1 | 1945年広島・長崎 |
| 2 | 平和擁護の国際世論と1950年ストックホルム・アピール |
| 3 | 1954年3・1ビキニ水爆被災事件と原水爆禁止署名運動 |
| 4 | 1955年原水爆禁止世界大会―広島・長崎のよびかけを世界に |
| 生きているヒロシマ (土門拳) | |
| 5 | 原水爆禁止国民平和行進 |
| 6 | 原水爆禁止運動と60年安保闘争 |
| ドキュメント1961-ナガサキ (東松照明) | |
| 7 | 日本の核基地化許すな-米原潜・米原子力空母寄港反対、核持込み反対のたたかい 核も基地もない沖縄をかえせ |
| 8 | 原水爆禁止運動の統一と団結の前進 |
| 9 | ベトナムに広島・長崎をくりかえさせるな |
| 10 | ビキニ水爆被災の証人 第五福竜丸保存運動 |
| 11 | 被爆者とともに-被爆者援護・連帯 |
| 被爆者( 森下一徹) | |
| 12 | 核兵器廃絶 原水爆禁止運動の国民的統一をめざして |
| 1977年原水爆禁止世界大会-国民署名運動と国連軍縮特別総会 | |
| 13 | 高まる反核平和運動と世論 |
| 14 | 日本を核戦場にするな-人間の鎖と草の根運動 |
| 15 | 核戦争阻止 核兵器廃絶のために-「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」署名運動 |
| [カラー]1985年夏(丹野章) | |
| 写真記録・人間のドラマをひきつぐもの | |
| 写真撮影者・提供者名、写真応募者、協力団体、参考資料 | |
| 年表・被爆四十年と原水爆禁止運動 | |
| 解説=1945年広島・長崎 | |
| 刊行にあたって (原水爆禁止日本協議会) | |
『核兵器全面禁止の日まで 岩手県原水協30年の歩み』(上田伸雄著、原水爆禁止岩手県協議会刊、19850120 )
目次
| 章 | 節 | ||
| 序文 岩手大学学長原田三郎 | |||
| 発刊のことば 「核兵器全面禁止の日まで-岩手県原水協30年の歩み」刊行委員会委員長 岩手大学教授高橋伊三郎 | |||
| 1 | 岩手原水協の発足と発展 | ||
| 1 | 原水爆禁止運動の旗上げ | ||
| 2 | 岩手県原水爆禁止運動の発展 | ||
| 3 | 原水爆禁止運動の拡大 | ||
| 2 | 大陸間弾道弾、人工衛星の出現と原水爆禁止運動の変化 | ||
| 1 | 原水爆禁止運動の大きな変化 | ||
| 2 | 原水爆禁止運動と新らしい情勢 | ||
| 3 | 安保闘争の新段階に対応する県原水協の一大県民運動 | ||
| 3 | 軍備全廃への道をひらく運動を展開 | ||
| 1 | 軍備全廃署名運動 | ||
| 2 | 国民平和大行進・県北を行く | ||
| 3 | 第7回原水爆禁止世界大会 | ||
| 4 | 軍備全廃について岩手県民への訴え | ||
| 5 | 第7回定期総会と運動の2つの柱 | ||
| 4 | 分裂策動の嵐をこえて県原水協再建、統一をかちとる | ||
| 1 | 第8回世界大会後、2・21までの経過 | ||
| 2 | 原水爆禁止運動の団結と統一のための日本原水協、県原水協の奮闘 | ||
| 3 | 日本原水協第60回常任理事会と第9回世界大会 | ||
| 4 | 第9回世界大会後、県原水協の統一と団結のための努力 | ||
| 5 | 県原水協の再編と行動開始 | ||
| 6 | 第10回世界大会の成果を上げた要因は何か | ||
| 5 | 岩手原水協の組織再編と活動の活発化 | ||
| 1 | 国際共同行動6・25岩手県中央集会 | ||
| 2 | 県原水協の組織強化 | ||
| 3 | 闘うベトナム人民との連帯で運動の一層の前進 | ||
| 4 | “平和行進は国民の敵だ”-自衛隊一本木集会での暴言 | ||
| 5 | 第12回世界大会と日本原水協声明 | ||
| 6 | 高倉山温泉被爆者療養センター第1期工事竣工す | ||
| 1 | 被爆者療養センター問題 | ||
| 2 | センター建設運動進む | ||
| 3 | 第13回原水爆禁止世界大会 | ||
| 4 | 被爆者療養センター第1期工事竣工 | ||
| 7 | 沖縄返還問題と原水爆禁止運動 | ||
| 1 | 第5福竜丸保存運動始まる | ||
| 2 | 核兵器もちこみ禁止運動と第14回世界大会 | ||
| 3 | 沖縄問題の緊急化 | ||
| 4 | 第15回原水爆禁止世界大会 | ||
| 第15回世界大会後の県原水協の活動 | |||
| 8 | 核署名運動の推進と沖縄返還闘争 | ||
| 1 | 沖縄返還闘争と原水爆禁止運動 | ||
| 2 | 第16回原水爆禁止世界大会 | ||
| 3 | 日本原水協アピール | ||
| 4 | 第17回原水爆禁止世界大会へのとりくみと大会の特徴 | ||
| 5 | 秋の大統一行動 | ||
| 9 | ベトナム問題と原水爆禁止運動 | ||
| 1 | ベトナム人民支援の急務 | ||
| 2 | 第18回原水爆禁止世界大会 | ||
| 3 | ハノイ市長からの訴え | ||
| 4 | ベトナム情勢の重大化 | ||
| 5 | 第19回原水爆禁止世界大会と岩手原水協のとりくみ | ||
| 10 | 長崎アピールにこたえる核兵器完全禁止の国際協定締結の運動 305 | ||
| 1 | 第19回世界大会の決議の実践 | ||
| 2 | 4党共同提案(被爆者援護)と日本原水協の協力 | ||
| 3 | 原水爆禁止運動の国民的統一を訴える日本原水協のアピール | ||
| 4 | 核兵器完全禁止の国際協定締結をめざす第20回世界大会 | ||
| 5 | 核兵器完全禁止国際共同行動週間 | ||
| 6 | 被災21周年3・1ビキニ・デーのアピール | ||
| 7 | 第21回原水爆禁止世界大会 | ||
| 11 | 原水爆禁止運動を国民運動へと発展させるために | ||
| 1 | ヒロシマ・アピールの意義とその普及のための行動 | ||
| 2 | 国民運動としての3・1ビキニ・デーにとりくむ県原水協の活動 | ||
| 3 | 第22回原水爆禁止世界大会とその成果 | ||
| 4 | 原水爆禁止運動の国民的統一への始動 | ||
| 5 | 原水協、「原水禁」の間に「統一合意」成立 | ||
| 6 | 1977年統一世界大会 | ||
| 12 | 国連に核兵器禁止と被爆者援護を訴える運動 | ||
| 1 | 国連に核兵器禁止を要請する署名運動 | ||
| 2 | 国連への代表派遣運動の意義と代表団の活躍 | ||
| 3 | 1978年世界大会と被爆者援護・連帯運動 | ||
| 13 | 原水爆禁止運動の統一への道をきりひらくために | ||
| 1 | 原水爆禁止運動の国民的統一実現のための方針 | ||
| 2 | 1979年世界大会と岩手県原水協の6大運動 | ||
| 3 | 統一へ一歩前進 | ||
| 4 | 1980年世界大会成功裡におわる | ||
| 5 | 80年世界大会後の県原水協の活動 | ||
| 14 | 日本を、世界の核戦場にするな | ||
| 1 | 太平洋非核化運動の歩み | ||
| 2 | 岩手県原水協の活動方針と組織強化 | ||
| 3 | 1981年原水爆禁止世界大会 | ||
| 4 | 1981年世界大会で日本原水協の果した役割と岩手県原水協の活動 | ||
| 5 | 1982年の情勢と岩手県原水協の方針と活動 | ||
| 6 | 第2回国連軍縮特別総会 | ||
| 7 | 1982年原水爆禁止世界大会 | ||
| 15 | ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ総行動 | ||
| 1 | 総行動の一環として岩手県民法廷・盛岡でひらかれる | ||
| 2 | 原水爆禁止運動の量から質への転換 | ||
| 3 | 1983年世界大会成功のための岩手原水協の方針と行動 | ||
| 4 | 1983年原水爆禁止世界大会、その成果と問題点 | ||
| 5 | “トマホークくるな、F16核攻撃機くるな”運動と1984年世界大会 | ||
| 岩手県原水協30年の歩み(年表) | |||
| むすびのことば 上田仲雄 | |||
『われら水爆の海へ<俊鶻丸ビキニ報告>』(駒野鎌吉、日本織物出版社 、19540801 )
目次
| 部 | |||
| 口絵 | |||
| 序(谷口利雄) | |||
| 1 | だれもビキニへ行きたくなかった 航海日誌 | ||
| 1 | 出航 | ||
| 2 | 船酔 | ||
| 3 | 七日目の初調査 | ||
| 4 | 電報「米人乗船せず」 | ||
| 5 | ウエーキ島(1) | ||
| 6 | ウエーキ島(2) | ||
| 7 | 「餓死日記」 | ||
| 2 | われら水爆の海に入れり | ||
| 8 | 船長物語 | ||
| 9 | 海水が汚れていた | ||
| 10 | 魚も汚れていた | ||
| 11 | 赤道祭 | ||
| 12 | 爆心地ビキニ | ||
| 13 | ガイガーS.O.S | ||
| 14 | プランクトン | ||
| 15 | 30日目の結論 | ||
| 3 | 9000マイルの航跡 | ||
| 16 | 南の海の珊瑚採り | ||
| 17 | 最後のハエ縄 | ||
| 18 | 船長の独白 | ||
| 19 | 俊鶻丸の叛乱? | ||
| 20 | アナタハン海域 | ||
| 21 | インピンジャー | ||
| 22 | 黒潮と放射能 | ||
| 23 | 食事事件 | ||
| 24 | 一路故国へ | ||
| 4 | 俊鶻丸ビキニ調査資料一覧 | ||
| A | 俊鶻丸の航跡と調査点 | ||
| B | 空気・アメの放射能 | ||
| C | 海水の放射能 | ||
| D | プランクトンの放射能 | ||
| E | 魚の放射能 | ||
| F | 空気・船体の汚染 | ||
| G | シンチレーションカウンター | ||
『第五福龍丸事件』(焼津市、19761101 )
目次
| 章 | 見出し | 備考 | |
| 挨拶(焼津市長 服部毅―) | |||
| 発刊によせて(焼津漁業協同組合長 滝ロ佐々ヱ門) | |||
| 序(編集委員長 北山宏明) | |||
| 1 | 事件の概要 | ||
| 乗組員名簿 | |||
| 第五福竜丸事件年譜 | |||
| 2 | 被災時の諸問題 | ||
| 1 | 被災時の位置 | ||
| その時の状況について乗組員談 | |||
| 2 | 帰港後の様子と被災時の諸問題 | ||
| 3 | 乗組員の被害について | ||
| 1 | 焼津市対策本部日誌3月14日より3月28日まで | ||
| 2 | 衛生課の事件日誌 | ||
| 3 | 初診時所見とその経過(焼津病院外科医長 大井俊亮) | ||
| 4 | 被災患者上京入院及び退院帰省につき打合せ事項 | ||
| 通達と譲渡証 | |||
| 患者との意見交換 | |||
| 4 | 乗組員の病状 | ||
| 1 | 3月1日より9月23日まで | ||
| 2 | 故久保山愛吉氏の臨床経過 | ||
| 3 | 各医師の発表 | ||
| 東邦医大教授(森田久男博士の発表) | |||
| 主治医の立場から (東大病院沖中内科教室医博 三好和男) | |||
| 東大名誉教授都築博士 米国務省訪問見解表明 | |||
| 5 | 船体と管理 | ||
| 1 | 生いたちと概要 | ||
| 2 | 帰港直後の状況 | ||
| 3 | 船体等の管理と補償問題 | ||
| 4 | 船体の監視と売買 | ||
| 監視日誌 | |||
| 5 | 船体の移動と東京への回航 | ||
| 6 | 魚への影響及び補償(第五福竜丸関係) | ||
| 1 | 主として直接的被害について | ||
| 2 | ビキニ事件の補償問題 | ||
| 3 | 久保山愛吉氏慰謝料問題について | ||
| 4 | 乗組員の慰謝料問題について | ||
| 7 | 事件と漁業対策(一般補償関係) | ||
| 1 | 対策本部設置 | ||
| 2 | 組合長会議 | ||
| 3 | 日かつ連、要望書手交 | ||
| 日かつ運が総額20億円の補償要求 | |||
| 片付かぬビキニ補償 | |||
| 交渉妥結とその後の対策 | |||
| ビキニ被災―年補償金決らず | |||
| 補償問題の対米折衝経緯 | |||
| ビキニ問題その後 | |||
| 8 | 手記及び追悼文 | ||
| 1 | 久保山愛吉氏の手記 | ||
| 2 | 愛吉氏と家族との交信 | ||
| 未亡人すゞさんの手記 | |||
| 3 | 患者の手記 | ||
| 4 | 久保山さんの死に思う 熊取敏之博士 | ||
| 5 | 故久保山愛吉君を悼む | ||
| 9 | “死の灰”について | ||
| 調査団 | |||
| 死の灰の分析と第1回発表 | |||
| 筧博士の報告書 | |||
| 第2、第3回の分析発表 | |||
| 相つぐ漁船の被害 | |||
| マーシャル水域における漁船等の被害対策 | |||
| 最終結果の分析発表 | |||
| 静岡大、大阪大、金沢大の分析結果 | |||
| 日本全土を掩う放射能 | |||
| 調査船〃俊鶴丸〃 | |||
| 附 | |||
| a | その後の乗組員の様子 | ||
| b | 当時を顧みて(近藤久一郎) | ||
| c | 第五福竜丸の思い出 (宮崎作次) | ||
| d | 回想(見崎吉男) | ||
| 参考文献 | |||
| 編集委員名簿 | |||
| 資料写真 |
年表:ヒロシマ(1946年)
| 月日 | できごと |
| 0108 | 宇品地方引揚援護局、同局大竹出張所設置。1947年10月20日業務閉鎖、12月31日閉局。入港船舶・上陸人数は、宇品100隻・16万9026人、大竹219隻・41万410783人。 |
| 0108 | 広島市復興局設置 |
| 0109 | パターソン米国陸軍長官一行、呉市の戦災状況を視察。10日広島市の被害を視察。 |
| 0110 | 呉地方初の海軍施設転用により、日本製鉄株式会社兵器処理部呉事務所開設、復興作業に着手。 |
| 0120 | GHQ,第一次賠償指定。三菱重工業広島工作機械製作所など指定をうける。 |
| 0122 | 広島市宇品町の元陸軍共済病院、日本医療団宇品病院となる(のち広島中央病院と改称)。 |
| 0125 | 広島県警備隊廃止。 |
| 0127 | 連合国極東委員会一行70人、来広。楠瀬広島県知事、広島市を世界新平和の象徴として再建することを委員会に提案。 |
| 0201 | 英連邦軍先遣部隊に300人、呉へ入港。 |
| 0201 | 広島復興民団発起人会、広島駅前食堂で開催。発起人、鈴川貫一ら経済界の有力者22人。 |
| 0210 | 広島市青崎国民学校で原爆犠牲者追悼文化人大会・追悼合同短歌会開催。 |
| 0225 | 広島市復興審議会初会合。 |
| 0401 | 恩賜財団軍人援護会広島県支部と恩賜財団戦災援護会広島県支部、解散合併して、恩賜財団戦災援護会を設立。 4・ 1 播磨造船所呉船渠、旧呉海軍工廠造船・造機部跡に開設。 |
| 0401 | 尼崎製鉄、旧呉海軍工廠製鋼部跡に呉作業所を設置し操業開始(現神戸製鋼所呉工場)。 |
| 0401 | 元呉海軍工廠、連合軍総司令部の指示により大蔵省に移管。 |
| 0406 | 広島復興都市計画を決定し、復興五か年計画案を作成。 |
| 0501 | 中国新聞社『月刊中国』を創刊。同誌四号(昭和二一年八月一日)は「原子爆弾記念号」とする。 |
| 0503 | 極東国際軍事裁判開廷。 |
| 0506 | 広島県食糧営団運営委員会再発足し、第一回総会を海田市寮で開催。 |
| 0510 | 天然痘流行し、患者360余人に達する。 |
| 0517 | 満州開拓義勇隊引揚第一陣広島・安芸・安佐・双三出身者からなる井岡中隊41人、佐世保を経て帰広。 |
| 0517 | 傷痍軍人援護会解散し、財団法人協助会広島県支部発足。傷痍軍人・一般傷疾病者の相互扶助・福利厚生などを意図 |
| 0522 | 広島市・広島県仏教連合会など主催の戦災死没者遺骨収容大供養週間はじまる。 |
| 0527 | 広島市戦災供養法会、西本願寺法主大谷光照を迎え執行。 |
| 0601 | 県、食糧危機突破甘藷増産運動を展開(~15日)。 |
| 0610 | 朝鮮民主臨時政府促成人民大会、広島駅前広場で開催。 |
| 0611 | 広島県援護会発起人会、外地引揚団体の統合をはかるため広島県引揚同胞更生会の設立を決議。同月15五日発足。 |
| 0627 | 満州からの初の引揚船、宇品港へ入港。 |
| 0630 | アメリカ戦略爆撃調査団の報告書『広島・長崎の原爆の効果』公表。 |
| 0701 | アメリカ、マーシャル群島ビキニ環礁で戦後初の原爆実験。 |
| 0702 | 呉市戦災死者一周忌追弔法要、五番町国民学校で執行。 |
| 0705 | 広島県、食糧危機突破対策の一環として、高級料理・飲食店の自粛的臨時休業の措置を開始。 |
| 0709 | 広島県住宅緊急措置令施行細則制定。住宅不足対策として余裕住宅への入居を勧奨。
7・ |
| 0724 | 広島県・恩賜財団同胞援護会広島県支部・広島県社会事業新興連盟主催同胞援護強調週間始まる。 |
| 0724 | 広島軍政部公衆衛生係、日本側衛生関係者を招集し、花柳病予防対策協議会を開催。 |
| 0726 | 広島市、同胞援護強調週間の行事として、市内西診療所で引揚者・復員者・一般罹災者の無料診察実施(~30日)。 |
| 07 | 呉市駐屯の米軍第76軍政中隊本部、広島軍政部と改称。中国5県の各軍政部統括機関として中国地方軍政司令部を設置。 |
| 0801 | 広島県教職員適格審査委員会、初会合。8月8日審査を開始。 |
| 0802 | 尾道署、第11空廠事件の関係者を隠匿物資等緊急措置令違反・価格統制令違反で広島地検へ送検。 |
| 0805 | 広島市、市内八か所に原子爆弾症医療無料相談所を開設(~7日)。 |
| 0805 | 福山市復興協力会第1回総会開催。 |
| 0806 | 広島市、各宗連盟県支部・広島市供養会共催戦災死没者一周年追悼法会、慈善寺鼻の記念礼拝堂で開催。 |
| 0810 | 広島市調査課、1945年8月6日現在市内居住者を対象に原爆被害調査を実施。 |
| 0812 | 占領軍危険物特別処理隊、大久野島の毒ガス3万トンを太平洋にもちだし船とともに海底に沈める。 |
| 0824 | GHQ、第二次賠償指定。これにより県内では日本製鋼所広島製作所・東洋工業・日本化薬福山染料工場など指定をうける。 |
| 0824 | 社会党広島県支部、広島駅前で食糧増配要求市民大会を開催。 |
| 0830 | 食糧危機突破のため篤農家で組織する広島県食糧増産同志会、御調郡重井村で第一回懇談会を開催。 |
| 0831 | アメリカの週刊誌「ニューヨーカー」、J・ハーシーのヒロシマ・ルポを特集。 |
| 08 | 広島市幟町カトリック協会フーゴー・ラサール神父、ニューヨークで原爆投下時の広島の模様を語る。 |
| 08 | 公職適否審査委員会設置。 |
| 08 | 呉市で旧軍施設への紡績工場誘致運動おこる。 |
| 0901 | 福山市会議員一同、広島軍政部に日本化薬福山染料工場の賠償指定削除を嘆願。この月、福山市長も同様の嘆願。 |
| 0902 | 呉市に設置の英連邦占領軍放送局(WBTB)、特別放送を開始。 |
| 0903 | 福山市会、福山市戦災復興事業促進を決議。 |
| 0903 | 似島に孤児収容所開設。 |
| 0909 | 生活保護法公布。 |
| 0910 | 離職者・復員軍人・海外引揚者・戦災者など失業者の就業指導のため広島県職業補導所を県内五か所に設置。 |
| 0910 | 広島市銃後奉公会・戦災援護会の解散式ならびに恩賜財団同胞援護会広島県支部広島支会の発会式、市役所で挙行。 |
| 1001 | 広島県連合方面委員会、広島県連合民生委員会と改称。 |
| 1009 | 戦災都市広島・呉・福山の三市、特別都市計画法に基づき、特別都市に指定される。 |
| 1014 | 終戦連絡呉事務局、終戦連絡呉中国事務局に改組。中・四国九県の占領軍との渉外事務を取扱う。 |
| 1015 | 広島県、賠償指定工場(三菱広島工作機械製作所・倉敷紡績広島工場・日東工業川尻工場・旭株式会社・第一産業・帝国兵器羽衣製作所・北川鉄工所・東洋製缶・日本化薬福山染料工場・日本製鋼所広島工場・東洋工業・日本発送電坂発電所・岡本工作機械製作所松永工場)への無断立入、機械・施設の無断持出を禁止。 |
| 10 | 広島市旧西練兵場跡に授産場完成。 |
| 1101 | 広島県地方課の調査による市町村の追放該当者152人。 |
| 1101 | 広島県失業対策実施本部設置規程制定。 |
| 1103 | 日本国憲法公布。 |
| 1103 | 改正憲法公布祝賀大会、広島県・市・放送局・商工会議所・中国新聞社共催により元護国神社前広場で開催。県内各地でも記念行事。 |
| 1113 | 広島県社会教育課、新憲法精神普及運動を開始 |
| 追放令該当県議20人辞任。 | |
| 1126 | トルーマン米大統領、米国学士院・学術会議に原爆傷害調査委員会(ABCC)の設置を指令。12月6六日予備調査団、広島入り。 |
| 11 | 日立造船因島造船所、総司令部から民需転換を許可される。 |
| 11 | この年、コレラ流行。患者169人、死者69人。 |
出典・参考資料『広島県戦災史』
核兵器禁止条約50カ国・地域批准報道(日本)
日本の新聞(10月26日1面掲載)
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| 日本の新聞報道(1面掲載20201026) |
| 中国新聞 |
| 朝日新聞 |
| 毎日新聞 |
| 読売新聞 |
| 日本経済新聞 |
『広島女学院大学の世界遺産学-』(広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科、広島女学院大学総合研究所、20080228)
目次
| 著者 | タイトル | 備考 |
| 宇吹暁・末永航 | はじめに | |
| 宇吹暁 | 世界遺産条約と世界遺産をめぐる動向 | |
| 田頭紀和 | 日本の誇る自然の美-日本の自然遺産とそのあり方- | |
| 堀田佳克 | 建築構造からみた世界文化遺産-工人の知恵と工夫の結集- | |
| 末永航 | ヨーロッパの世界遺産と世界遺産の未来 | |