「32 原水爆禁止運動」カテゴリーアーカイブ

書誌:世界連邦

書誌:世界連邦

発行年月日 書名 編著者・発行所  発行所 メモ
1950
0110 世界連邦運動と我国におけるその現状 外務省情報部文化課
0201 世界連邦アジア会議報告書 世界連邦アジア会議広島準備委員会事務局(編)
1952年11月3日~6日に広島で開催された会議の報告書
1951
1952
1953
0201 世界連邦アジア会議報告書 世界連邦アジア会議広島準備委員会事務局著編・刊
0430 世界連邦は広島から 中島進  世界連邦広島協議会
1954
1101 世界連邦第二回アジア会議広島大会 世界連邦建設同盟、世界連邦建設同盟広島支部
1101 世界連邦 下中弥三郎  元々社
    「8.ひろしま会議」
1961
0401 国際平和読本 改版 小谷鶴次著  関書院
1965
0101 サンフランシスコ大会(第12回世界連邦世界大会)-参加と欧米視察の報告書 [出版者不明]
0205 平和像のできるまで 世界連邦建設同盟豊中支部
0411 平和の解剖 エメリー・リーヴス著 稲垣守克訳  世界連邦協会出版局
0701 世界連邦第1集 尾崎行雄記念財団
1966
0307 世界は一つ 森義明  新東海社
0615 岐路に立つ-世界連邦実現の近みち 南俊夫著、世界連邦日本国民会議編  世界連邦日本国民会議
 0615 世界連邦西日本大会-大会のしおり 広島市、世界連邦建設同盟広島県協議会
1967
0101 世界連邦都市宣言運動 その目的・精神・方法・効果 世界連邦都市宣言世界本部
1007 世界連邦日本大会 第6回 世界連邦日本大会準備事務局
1968
0415 世連人間山脈 世界連邦建設同盟
世連講座  高橋三郎 [ほか] 世界連邦建設同盟広島支部連合会
第一回鹿島平和賞受賞の記録 受賞者クーデンホーフ伯 鹿島平和研究所編・刊
平和記念日へのメッセージ 広島市
世界連邦運動20周年記念日本大会 1968 世界連邦建設同盟
1969
0125  武力とその使用 小谷鶴次著  世界連邦建設同盟広島支部連合会
0331  世連の声 世界連邦建設大阪府協議会編  桃谷勉三郎
0501 世界連邦運動二十年史 世界連邦建設同盟編・刊
0501 世界連邦の現実性、核時代から世界連邦時代へ-世界連邦運動20年史抜萃 世界連邦宣言自治体全国協議会
0507 世界連邦都市宣言運動の歩み-戦争なき一つの世界を! 世界連邦都市宣言世界本部
0806 濱井信三追想録 濱井信三追想録編集委員会
1101 世界連邦日本大会 第9回 世界連邦日本大会事務局(第9回)
1970
0101 「平和記念日」の取扱について 広島市教育委員会編・刊
0101 世界連邦の構想 武藤勝恵著  広島文教女子大学
0101 世界連邦運動情報資料(1970.1.26) 世界連邦都市宣言世界本部
0401 アジアの平和と日本 武者小路公秀、ノーマンカズンズ 他  世界連邦建設同盟
1101 こども平和文集 平和についてこう考える 児童平和協会  児童平和協会
1971
01015 オタワ大会-第14回世界連邦世界大会報告 世界連邦建設同盟
0429 世界連邦ハンドブック 1971 世界連邦建設同盟編  世界連邦建設同盟、国際平和協会
0529 世界連邦平和促進宗教者大会 第3回 世界連邦促進宗教者大会事務局
1003 世界憲法 ロバート・ハッチンス著 賀川豊彦訳  世界連邦推進委員会
世界憲法 ロバート・ハッチンス著 賀川豊彦訳  世界連邦推進委員会
 1220 平和競存の創造 人類永遠の生存法則 加藤新一著編  地球人友の会
1972
0625 世界連邦運動ヒロシマ25年史-第2回世界連邦平和促進宗教者大会記念 世界連邦運動ヒロシマ25年史編集委員会(編)  世界連邦建設同盟広島県協議会
1972
0101 世界連邦都市宣言運動の歩み-戦争なき一つの世界を 世界連邦都市宣言世界本部編  世界連邦都市宣言世界本部
0206 世界連邦国会決議ハンドブック 世界連邦建設同盟
0206 世界連邦国会決議ハンドブック 世界連邦建設同盟編  世界連邦建設同盟
0331 原子雲を越えて-各国首脳との核停交渉記録 上田貞治著  全国日本学士会
0601 世界連邦平和促進宗教者大会 第4回 世界連邦日本宗教委員会
0625 世界連邦運動ヒロシマ25年史 第2回世界連邦平和促進宗教者大会記念 世界連邦運動ヒロシマ二十五年史編集委員会編  世界連邦広島宗教者協議会、世界連邦建設同盟広島県協議会
0921 世界連邦日本大会 第11回 世界連邦日本大会事務局(第11回)
1333 世界連邦都市宣言運動の歩み 世界連邦都市宣言世界本部
1973
0101 平和像除幕記念式典 大阪府・大阪市 世界連邦平和都市宣言10周年記念 世界連邦建設同盟大阪支部
0610 教育は一つの世界を志向する-平和教育に関する教育者会議資料 鈴木義光著  国際平和協会
0801 サム・レイバー氏の建設的国際主義提案資料 世界連邦
 1005 世界連邦運動-われらの歩み(1948-73) 小塩完次著  世界連邦建設同盟
 1016 世界連邦日本大会 第12回 世界連邦日本大会事務局(第12回)
1974
0725 広島に捧げる日本の天命 喜澎晃久著  春陽社出版
0810 第一回地球市民日本大会ならびに第四回世界連邦教育者全国会議 : (略称)地球市民ヒロシマ大会 地球市民ヒロシマ大会
10102 世界連邦-その思想と運動 田中正明  平凡社
1975
0520 われら地球市民 安積得也著  時事通信社
0715 平和への道 庭野日敬  佼成出版社
1976
0101 総会資料 昭和51年度 世界連邦宣言自治体全国協議会
0308 世界連邦を21世紀までに-世界連邦の諸価値をめぐる報告と討論 世界連邦第一次五ヵ年計画委員会
0515 農業・食糧問題と世界連邦 世界連邦を21世紀までに第一次五ヶ年計画委員会
0601 世界連邦を21世紀までに-世連宗教者亀岡大会報告書 第七回世界連邦平和促進宗教者大会事務局編・刊
0715 山田節男追想録 山田節男追想録刊行委員会編・刊
1977
0101 世界連邦日本大会参加者名簿 第13回 世界連邦
0101 世界連邦日本大会 第13回 第13回世界連邦日本大会事務局
0101 総会資料 昭和52年度 世界連邦宣言自治体全国協議会
0110 世界連邦の構想 谷川徹三著  講談社
0503 1か0(ゼロ)か 世界は一体のものとなるか さもなければ無に帰してしまう ギュイ・マルシャン著 小谷鶴次訳  柳原書店
 1220 国際連合論序説 齋藤鎮男著  新有堂
1978
0101 総会資料 昭和53年度  世界連邦宣言自治体全国協議会
0115 世界連邦国会決議-1978特集資料 世界連邦建設同盟編・刊
0301 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第6回 世界連邦宣言自治体全国協議会、世界連邦建設同盟編
0301 世界連邦への道 世界連邦宣言自治体全国協議会編  世界連邦宣言自治体全国協議会
0501 世界連邦運動の推進歴(S24.4-53.4満30周年の記録) 世界連邦推進全国協議会
1979
0101 総会資料 昭和54年度 世界連邦宣言自治体全国協議会
0301 世界連邦への道 世界連邦宣言自治体全国協議会
 0301 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第7回 世界連邦宣言自治体全国協議会
1001 国際連合論序説 齋藤鎮男著  新有堂
1980
0101 1980 HIROSIMA World Citizens Assembly 第18回世界連邦世界大会・第3回地球市民大会ヒロシマ 地球市民連合広島センター
0101 世界連邦への道 世界連邦宣言自治体全国協議会
 0301 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第8回 世界連邦宣言自治体全国協議会
 1225 地球世紀に生きる-人類文明史成長の軌跡 第3回地球市民ヒロシマ大会実行委員会  第18回世界連邦・第3回地球市民世界大会ヒロシマ会議実行委員会
1981
 0101  世界連邦への道 世界連邦宣言自治体全国協議会
 0301  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第9回 世界連邦宣言自治体全国協議会
1982
 0201  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第10回 世界連邦宣言自治体全国協議会
 0320  世界的に狂っている国防論 「世界連邦」創設の「政治的プロセス」 三好康之著  勁草書房
 0430  新世界秩序をめざして-第18回世界連邦世界大会報告 世界連邦建設同盟編・刊
 1120  国際連合の話 桑原輝路  広島平和文化センター
1983
 0201  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第11回 世界連邦宣言自治体全国協議会
1984
 0201  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第12回 世界連邦宣言自治体全国協議会
 0301  世界連邦への道 世界連邦宣言自治体全国協議会編・刊
 0410  全人類への訴え 世界平和のために 大槻憲二著  大槻憲二遺選集刊行会
1985
 0201  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第13回 世界連邦宣言自治体全国協議会編・刊
 0220  世界連邦がやってくる-多国籍企画、国際化、進む情報化、往来居住の自由化などで世界は変わる 田中照雄著  泉文社
 0301  非核都市宣言自治体連絡協議会 結成総会 報告書 昭和60年3月 広島県府中町
 1001  総会資料 世界連邦宣言自治体全国協議会
1105 海外事情から世界連邦へ 小谷鶴次  出版サービス
1986
 0201  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第14回 世界連邦宣言自治体全国協議会
 0301  世界連邦への道 世界連邦宣言自治体全国協議会編・刊
 0430  国際関係と人間 小谷鶴次著  Toshindo出版サービス(発売)
1218  世界はひとつ 道ひとすじに 日高一輝著  八幡書店
1987
0101  全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第15回 世界連邦宣言自治体全国協議会
1988
0124  平和を生きる 三宅歳雄著、三宅龍雄編  講談社
1989
 0705  湯川秀樹著作集 5 平和への希求 湯川秀樹著  岩波書店
 0720  この道五十年 小谷鶴次著  Toshindo出版サービス
1991
 0420  世界連邦へのプロセス 神野清著  晃洋書房
 0503  世界市民の対話 平和と人間と国連をめぐって 池田大作、ノーマン・カズンズ著  毎日新聞社
 0814  パール博士の日本無罪論 田中正明著  慧文社
 1992
1115  国際平和法序説 小谷鶴次著  Toshindo出版サービス
1993
 0301  平和の条件 奥田広隆著  奥田広隆
1994
 0410  平和の条件 世界連邦の目標と構想 奥田広隆著  中日出版社、愛知県郷土資料刊行会(発売)
 0701  最終平和論-世界連邦をめざして 奥田広隆著  奥田広隆
1995
 0220  思い出から平和の構築へ 小谷鶴次著  晃洋書房
 0701  世界連邦と国連-世界改造計画の理想と現実 奥田広隆著  奥田広隆
 0901  今日の世界連邦主義 奥田広隆著  奥田広隆
1996
 0516  記念誌 世界連邦全国婦人協議会  世界連邦全国婦人協議会
2000
 1014  平和へ魁ける綾部 新世紀へのメッセージ 綾部世界連邦運動50年史編纂委員会編  綾部世界連邦運動協会
 1101  パール判事の日本無罪論 田中正明著  小学館
2002
 0513  私の二十世紀 岡本安正著  岡本安正
  1125
 人類共存の哲学 庄野直美著  日本図書センター
2003
 非核平和都市宣言20周年イベント 町田市  町田市
 1110  平和研究 第28号 世界政府の展望 日本平和学会編  早稲田大学出版部
 1110  第9条と国際貢献 勝守寛著  影書房
2004
 0201 国際刑事裁判所とは? 国際刑事裁判所問題日本ネットワーク(JNICC)
 0401 女性たちが歩む平和の道しるべ  世界連邦全国婦人協議会創立45周年記念誌編纂室  世界連邦全国婦人協議会
 0801 地球に平和を 世界連邦ものがたり 荻野忠則  世界連邦運動協会 世界連邦・北海道
2005
 1005 人類共存を実現しよう 庄野弘全著  学術出版会
2007
 0815 パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義 中島岳志著  白水社
2008
 0525 原子爆弾とキリスト教 広島・長崎は「しょうがない」か? 栗林輝夫著  日本キリスト教団出版局
 0704 湯川秀樹とアインシュタイン 戦争と科学の世紀を生きた科学者の平和思想 田中正著  岩波書店

 

 

 

 

写真でたどる第五福竜丸

『写真でたどる第五福竜丸 ビキニ水爆実験被災50周年記念・図録』(第五福竜丸平和協会、20040301)

目次

項目 備考
刊行にあたって 川崎昭一郎(財団法人第五福竜丸平和協会会長)
発刊にあたって・東京都 伊藤精美(東京都東部公園緑地事務所長)
01 水爆実験との遭遇
第五福竜丸23人の乗組員、第五福竜丸の航海の位置と被災位置
02 乗組員のその後と久保山さんの死
03 「原子マグロ」と国民生活
04 ビキニの海へ―俊鶻丸の海洋放射能調査
05 漁船第五福竜丸
06 原水爆反対の声おこる
1各地で取り組まれた署名簿、2第1回原水爆禁止世界大会ポスター、3第2回原水爆禁止世界大会ポスター、4第1回世界大会参加証、5署名簿
07 乗組員へのお見舞いの手紙
08 漁業補償と事件の「決着」
09 マーシャル諸島の核被害
10 世界の核実験被害
11 原水爆のない未来へ
12 第五福竜丸の保存と展示館の建設
13 船体とエンジンの再会
展示館のこんにち
年譜 第五福竜丸のあゆみ
解説:第五福竜丸一廃船から展示館開館まで 山村茂雄(第五福竜丸平和協会理事)
解説:水爆実験と日本の科学者 森一久(第五福竜丸平和協会評議員、日本原子力産業会議副会長)
解説:第五福竜丸事件の現在一日本経済への影響 山本義彦(静岡大学人文学部教授、焼津市史編集委員会副委員長、近現代日本経済史専攻)
解説:マーシャル諸島の核被害者 竹峰誠一郎(w瀬田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程)
解説:世界の核実験被害 安田和也(第五福竜丸平和協会事務局長、学芸員)
解説:第五福竜丸の被災と被爆者 岩佐幹三(第五福竜丸平和協会評議員、日本原水爆被害者団体協議会事務局次長)
おわりに一展示毎開館から今日まで 川崎昭一郎(財団法人第五福竜丸平和協会会長)
主な所蔵資料
掲載写真提供一覧
ビキニ事件と第五福竜丸に関する参考文献
50周年記念プロジェクトのよびかけ
都立第五福竜丸展示館の案内

 

第五福竜丸展示館関係資料

第五福竜丸展示館関係資料

書名 発行者・発行所 発行年月日 備考
奪う者は誰か 第五福竜丸船員の手記から 橋爪健、 東都書房 1958/03/31
死の灰の谷間 日本-放射能と原爆被害の実相 原水爆禁止日本協議会 1958/06/25
第五福竜丸-ビキニ事件と原水爆禁止運動 原水爆禁止日本協議会 1968/09/23
第五福竜丸 1954年3月1日その日から 第五福竜丸平和協会 1975/07/01
 ビキニ水爆被災資料集 第五福龍丸平和協会編 、東京大学出版会 1976/03/31
第五福龍丸事件 「第五福龍丸事件」編集委員会編、 焼津市  1976/11/01
中央集会・第五福竜丸のつどい  原水爆禁止日本協議会 1977/03/30
 第五福竜丸 その真相と現在  広田重道、 白石書店   1977/07/31
私たちの平和教育 「第五福竜丸」「3.1ビキニ」を教える 飯塚利弘著、静岡県歴史教育者協議会編 民衆社 1977/08/01
 ビキニ水爆被災の証人 第五福竜丸 第五福竜丸平和協会 1978/08/01
都立・第五福竜丸展示館・管理レポート4 第五福竜丸平和協会 1980/06/01
 第五福竜丸保存運動史 広田重道著 白石書店 1981/03/10
東京都立第五福竜丸展示館管理レポート5 第五福竜丸平和協会 1981/06/10
船を見つめた瞳-第五福竜丸・親と子の感想録 第五福竜丸平和協会、同時代 1981/09/23
平和問いかける船と共に 都立第五福竜丸展示館管理レポート7   第五福竜丸平和協会 1983/06/10
沈めてよいか第五福竜丸 武藤宏一氏追悼文集編集委員会 1983/07/30
熊野からの手紙 熊野で造られた第五福竜丸の記録 徳田純宏著 編集工房ノア 1984/03/01
 死の海をゆく 第五福竜丸物語 長谷川潮 著 文研出版 1984/07/01
 母と子でみる 第五福竜丸   第五福竜丸平和協会、草土文化  1985/01/20
 水爆実験との遭遇 ビキニ事件と第五福竜丸  川井龍介、斗ヶ沢秀俊著 三一書房   1985/07/15
   The Lucky Dragon ; 第五福竜丸  ed. by Koji Suzuki, Susan Murata ; 鈴木光治、スーザン村田 Sanyusha ; 三友社出版  1986/07/20
 第五福龍丸  第五福竜丸平和協会 1989/01/01
 わすれないで 第五福竜丸ものがたり  赤坂三好 文・絵 金の星社  1989/03/01
 死の灰を背負って 私の人生を変えた第五福竜丸 大石又七 著、工藤敏樹 編 新潮社  1991/07/10
 死の灰を越えて 久保山すずさんの道  飯塚利弘著 かもがわ出版 1993/08/15
 ひかりのばらは-第五福竜丸ものがたり  「ひかりのばらは」編集委員会 、かもがわ出版 1994/08/06
 世界の平和博物館  西田勝・平和研究室編 、日本図書センター 1995/08/25
 第五福竜丸のベン・シャーン展   秦小夜子編 、第五福竜丸展示館 1996/11/01
 原水爆のない未来へ  TOMOHIRO H. 第五福竜丸平和協会  1997/03/15
 世界の「戦争と平和」博物館 写真・絵画集成 第6巻  日本 荒井信一、早乙女勝元監修 山本耕二写真総責任 日本図書センター  1997/04/25
 原爆のない未来へ 第五福竜丸全長(ポスター)  第五福竜丸展示館  1997/08/08
日本の平和博物館展 特別展 = Exhibition of peace-related museums in Japan  立命館大学国際平和ミュージアム  1998/10/29
 平和をどう展示するか‐第3回世界平和博物館会議報告書 第3回世界平和博物館組織委員会 他  1999/03/30
 第五福竜丸ものがたり-この船の名を告げ合おう-  第五福竜丸平和協会  2000/01/22
都民運動の記録 第五福竜丸エンジンを東京・夢の島へ 「第五福竜丸エンジンを東京・夢の島へ」都民運動 20000831
 第五福竜丸とともに 被爆者から21世紀の君たちへ   川崎昭一郎、新科学出版社   2001/03/01
 ビキニ事件の真実 いのちの岐路で  大石又七 、みすず書房   2003/07/24
  第五福龍丸 2004年、平和への願い  焼津市歴史民俗資料館  2004/01/01
母と子でみる 水爆ブラボー 3月1日ビキニ環礁・第五福竜丸  豊崎博光、安田和也 、草の根出版会 2004/02/10
写真でたどる第五福竜丸 第五福竜丸平和協会 2004/03/01 U
第五福竜丸心の航跡 静岡新聞社 2004/03/20
第五福竜丸 ビキニ事件を現代に問う 川崎昭一郎、岩波書店 2004/07/06
訪ねてみよう戦争を学ぶミュージアム/メモリアル 「記憶と表現」研究会著 岩波書店   2005/06/21
「核」とイメージ-博物館展示の考察 修士論文 中尾麻伊香 2006/01/17
千の波 万の波 元第五福竜丸漁労長 見崎吉男のことば 見崎吉男著、水野紀子絵 新妻博子、中村謙介 2006/04/12
都立第五福竜丸展示館30年のあゆみ 1976.6-2006.6 開館30周年記念誌 第五福竜丸平和協会 2006/06/10
ベン・シャーンの第五福竜丸 第五福竜丸平和協会 2006/09/20
ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸  ベン・シャーン絵 アーサー・ビナード構成・文 集英社 2006/09/30
これだけは伝えておきたいビキニ事件の表と裏 第五福竜丸・乗組員が語る 大石又七著 かもがわ出版  2007/07/20
平和ミュージアムに行こう 高見祥一著 京都教育大学教育社会学研究室 2008/04/15
第五福竜丸平和協会設立35周年記念の栞   第五福竜丸平和協会 2008/11/28
平和創造のための空間としての平和博物館 第6回国際平和博物館会議報告集 第6回国際平和博物館会議組織委員会 2009/02/28
イケナイ世界遺産 ビキニ環礁(チラシ) 第五福竜丸展示館 2010/10/20
 第五福竜丸から「3.11」後へ 被爆者大石又七の旅路  小沢節子著 岩波書店  2011/10/26
 第五福竜丸は航海中 ビキニ水爆被災事件と被ばく漁船60年の記録  第五福竜丸平和協会  2014/03/01
 第五福竜丸ゴジラ1954→2014 ビキニ事件60年企画  原爆の図丸木美術館  2014/09/13
 国際平和博物館会議 第8回 日本参加者報告書  安斎科学・平和事務所  2014/10/01
 世界における平和のための博物館  山根和代、安斎育郎、小島健太郎 共同編集責任者 第10回国際平和博物館会議・組織委員会  2020/09/01

 

 

 

 

3・1ビキニデー2019

2019年の「3・1ビキニデー」関連イベント一覧

月日 イベント 主催者 場所 備考
0224 被災65周年3・1ビキニデーヒロシマ集会 広島県原水協 約70人。
講師:高橋博子名古屋大学大学院法学研究科研究員。約70人。(『朝日新聞』)
0227~0301 被災65年2019年3・1ビキニデー集会 実行委員会(原水協など) 静岡市・焼津市
0227 日本原水協全国集会/国際交流会議 静岡市
パネリスト:アメリカ、韓国、リトアニア、日本からの4人。120人が参加
0228 日本原水協全国集会/全体集会 日本原水協 静岡市 参加者:約750人。
0228 日本原水協全国集会/分科会 日本原水協 静岡市
0228 3・1ビキニデー宗教者平和運動交流集会 日本宗教者平和協議会 焼津市 40人が参加。
0301 故久保山愛吉氏墓参行進 日本原水協 焼津市
0301 墓前祭 日本原水協 焼津市 弘徳院
 0301  被災65年2019年3・1ビキニデー集会  日本原水協 焼津市  1500人が参加。

 

静岡県史の中のビキニ水爆被災事件

静岡県史の中のビキニ水爆被災事件

通史編6 近現代二
第一編 満州事変期の地域社会と経済発展
―――
第四編  経済成長と県政の変容
第五章  住民運動の発展
第一節  ビキニ被爆と核兵器に反対する議会の決議と運動
1 第五福竜丸事件
第五福竜丸の被爆/原水爆禁止決議/市民の怒り
2 原水爆禁止運動と静岡県
原水禁運動の出発/県下の原水爆被害者
第二節 安保闘争とその前後
1 勤評反対闘争と警職法改悪反対闘争
さまざまな県民共闘/勤務評定反対、民主主義を守る県民会議/警職法改悪反対県民会議
2 60年安保反対闘争
第四節  公害反対運動
5 浜岡原子力発電所と住民運動
設置の申し入れ/誘致の背景/誘致推進と反対運動の始まり/用地買収と漁場問題/安全協定と原子力発電所の建設
資料編21 近現代六
第一編 政治・行政
第二編 経済
第三編 社会
第一章 新生日本の創造
第二章 社会改造への努力
第一節 敗戦後の社会問題
一 戦災の実態
二 生活難と秩序の動揺
第二節 労働組合運動の高揚から方向転換へ
第三節 農民運動と農民組合
第四節 占領期の在日朝鮮人
一 外国人登録令の施行
二 在日朝鮮人団体の活動
三 浜松事件
第五節 女性の進出と女性団体の再編
第二章 社会改造への努力
第一節 基地拡張と住民の対応
一 朝鮮戦争の影響
二 静浜・東富士演習場問題
三 東富士演習場返還を求める運動
第二節 平和運動の始まり
第三節 労働組合運動の再編
第四節 社会諸運動
一 青年の生活状態概観
二 広がる青年学級
三 青年団体の組織と活動
第五節 女性団体と活動の諸相
一 県婦連と農協婦人部の活動
二 母親学級の展開
第三章 高度成長と安保改定
第一節 ビキニ被曝と原水禁運動
1 ビキニ被曝の実相
2 核廃絶を決議する会
3 被爆者県民の実情
第二節 高度成長期の労働運動
第三節 安保闘争とその前後
一 さまざまな県民共闘
二 安保反対県民共闘会議
三 日韓条約反対・ヴェトナム戦争反対運動
第四章 環境問題と公害反対運動
第一節 公害問題と運動の概観
第二節 沼津・三島コンビナート計画と地元民
一 県当局の公害対策とコンビナート計画を支持する運動
二 地元世論と反対運動
第三節 富士公害反対運動
一 富士市公害対策と開発促進運動
二 火力発電所公害及びヘドロ問題に対する住民運動
第四節 浜岡原子力発電所と住民運動
一 原子力発電所設置の推進
二 原子力発電所設置反対の住民運動
第四編 教育・文化
第一章 学校教育の新生と改編
第一節 占領下の教育と新教育への出発
第二節 新制中学校・高等学校の成立
第三節 大学の発足
第四節 教育行政と教師
一 教師の適格審査と教職員組合の結成
二 教育委員会制度の成立
第五節 社会教育の自立
一 PTAの結成
二 公民館などでの活動
第六節 障害児教育義務制と幼児教育
第二章 社会の変動と教育
第一節 教育課程の再編成と教育環境
第二節 生活指導と特設道徳
第三章 高度経済成長と教育
第一節 勤務評定の実施と反対運動
第二節 全国一斉学力テストの実施
第三節 高校進学率の向上と高校多様化
第四節 短大の設立
第五節 教職員の勤務条件をめぐって
第六節 民族教育をめぐって
第七節 青少年問題
第八節 障害児教育と幼児教育の進展
第四章  文化財保護と大衆文化・宗教活動
第一節 登呂遺跡の発掘調査
第二節 文化財保護行政と県指定史跡伊場遺跡の保存運動
第三節 地域の文化活動
一 地域文化団体の叢生
二 庶民大学三島教室
三 民主主義科学者協会静岡支部
四 文化団体名簿 ・・・953
五 音楽と演劇 ・・・959
第四節 民間放送とテレビ放映の開始 ・・・968
第五節 新宗教団体
別編 静岡軍政(民事)部月例報告書〔抄〕
解説
あとがき
付録 明治二十二年四月一日(市制・町村制施行)現在・市町村区域図
昭和二十八年九月一日(町村合併促進法公布日)現在・市町村区域図
昭和四十三年十月二十三日現在・市町村区域図
平成三年五月一日現在・市町村区域図
市町村配置分合一覧
静岡県歴史文化情報センター
〒420-0853 静岡市葵区追手町9-18 静岡中央ビル7階

 

反核運動1998

反核運動1998


5月11日、インドが1974年5月以来24年ぶりに地下核実験を実施、さらに、同月28日にはパキスタンがこれに対抗し初の地下核実験を行った。また、アメリカが、前年に続き第3・4回目の臨界前核実験を3月25日と9月28日に実施し、核開発の意志を放棄していないことを示した。印パ両国は、1996年9月の国連総会において採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟しておらず、また、臨界前核実験は同条約で禁止されていないものであった。そのため、これら一連の実験は、同条約に基づき核軍縮をめざそうとする国際社会に大きな衝撃を与えた。

**国内の動き**

この1年、日本の反核運動は、印パ両国の核実験問題を中心に展開された観があった。直後から国内のさまざまな団体が、抗議行動を繰り広げた。これを受け、衆参両院が両国の実験にたいする抗議の決議(参議院:5月13日、29日、衆議院:5月14日、6月4日)を採択した。今年初めから原爆展が印・パ両国内でつぎつぎに開催されるが、これらの多くは、広島・長崎両市や日本の反核団体などが現地の平和団体に働きかけて実現したものであった。実験前の1月と4月、インドのムンバイおよびニューデリーで広島・長崎両市の協力により原爆展「ヒロシマ・ナガサキ・ネバーアゲイン」が開催された。両国の核実験実施後には、ピース・ボート、原水爆禁止広島県協議会(広島県原水禁)、連合などの協力による原爆展も開催された。また、政府も原爆展に関心を示し、12月に、パキスタン日本文化協会主催(在パキスタン日本大使館後援)の原爆展が首都イスラマバードで開催された。

原爆記念日前後に広島・長崎両市を中心に開催された諸行事においても印パ両国の関係者への働きかけが行われた。その結果、広島・長崎両市の平和記念式典に両国の駐日大使の参列が実現したが、外国大使の式典への参加は初めてのことであった。また、原水爆禁止日本協議会(広島・長崎それぞれ7300人、3300人規模)および原水爆禁止国民会議(4500人、3000人規模)を中心に開催された二つの原水爆禁止世界大会に、印パ両国から代表が参加し、それぞれ、国内での反核運動の困難な実情を伝えるとともに、国際的な支援を訴え、注目を集めた。

8月30-31日に米ロなど核保有5か国と印パ両国を含む18か国の軍備管理・軍縮専門家らによる東京フォーラム「核軍縮・不拡散に関する緊急行動会議」の初会合が東京で開催された。印パの核実験直後、日本政府が核軍縮に関する国際フォーラムの開催を提唱していたが、これが具体化したものであった。12月18-19日、広島で2回目の会合が開催され、来年には、核軍縮に向けた具体的提案がまとめられる予定である。

このほか、11月24-25日、国連軍縮長崎会議(日本での開催は10回目、長崎では2回目)が、「核兵器のない世界に向けて」を基調テーマとして開催された。印パ両国を含む24カ国の政府の軍縮担当者・研究者・非政府組織(NGO)代表など71人が参加したこの会議では、宣言やアピールの採択はしないとのこれまでの慣例を破って初めて「長崎を最後の被爆地に」との決議が採択された。

**海外の動き**

6月6日、国連安全保障理事会が印・パ両国の核実験を非難し、核不拡散体制の堅持を求める決議を採択。また、同月9日には、スウェーデン・アイルランド・南アフリカ・ブラジル・メキシコ・エジプト・ニュージーランド・スロベニアの非核保有8か国(新アジェンダ連合)が、米ロなど核保有5大国と印パ両国およびイスラエルにたいし、核兵器と核製造能力を廃絶し放棄する意志表明を即刻行うよう求める共同声明を発表した。この声明の趣旨は、その後、8か国を中心に「核兵器のない世界に向けて-新しい課題(アジェンダ)の必要性」という決議案にまとめられ第53回国連総会に提案、11月4日に採択された。このほか、ジュネーブ軍縮会議(CD)の兵器用核分裂性物質の生産禁止(カットオフ)条約を交渉するための特別委員会設置の決定や、ドイツの新政権によるNATOでの核先制不使用を求める動きなど、核軍縮をめぐる新たな動きが見られた。

印パ両国の核実験を契機とする国内外での反核運動の盛り上がりにもかかわらず「核兵器のない21世紀」を迎える展望は未だ見えていない。国内では、広島・長崎への修学旅行の減少や平和教育の衰退などが懸念されている。原爆展の海外での継続的な開催とともに、国内での「被爆体験継承」の積極的な取り組みが期待される。

反核運動1997

反核運動1997


アメリカが7月と9月に臨界前核実験を実施、11月には、ロシアが昨年と今年それぞれ2回づつ同実験を実施していたことが判明した。また、湾岸戦争で使用され帰還兵の間でその影響による障害が問題となっている劣化ウラン弾が米海兵隊機により沖縄の射撃場で誤射されていたこと(2月)や、新たに開発された地下直撃型B61核爆弾が米国内に配備ずみであること(6月)が明らかになった。

包括的核実験禁止条約(CTBT)の国連総会での採択(1996年9月)後、核実験反対運動の国際的な盛り上がりは姿を消した。しかし、核兵器の廃絶を求める地道な運動は、引き続き展開された。

【原水爆禁止世界大会】

原爆記念日前後、例年どおりさまざまな反核団体が広島・長崎両市で大会を開催した。原水爆禁止日本協議会(原水協)系の原水爆禁止世界大会は、それぞれ3300人、7000人規模で開催された。国際会議には15カ国から海外代表52人が参加し、前年と同様に「核兵器のない21世紀」をめざす取り組みについて論議を深めた。

一方、原水爆禁止国民会議(原水禁)系の大会は、「核廃絶への新しい一歩を」をメインテーマに、それぞれ5000人、2000人規模で開催した。連合・原水禁・核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)の合同集会(1995年に続き3回目)、生活協同組合連合会の集会なども同じ時期に両市で開催されている。

【原爆展】

広島・長崎両市が計画し被爆50周年から実施されている海外での原爆展が、今年はイタリアのペルージア・アッシジ両市(3月)とアメリカ・ニューヨーク市立大学リーマン校(9月-10月)において開催された。また両市それぞれによるドイツ・ビュルツブルグ(2月、長崎市)、スペイン・バルセロナ(5月、広島市)での原爆展も開かれた。6月には日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がパネル「原爆と人間展」を完成し、国内外での同展の開催が始まった。

日本の加害展示を含む「戦争と原爆展」も、広がりを見せた。韓国・ソウル市での初開催(1995年7月)以後2年間に開かれた日韓両国の会場数は23に及んでいる。8月には、マレーシア中華大会堂総商会によりクアラルンプールで「戦争の恐怖-すべての戦争と核兵器のない世界を目指して」展が開催された。

【原爆遺跡保存運動】

前年に始まった長崎市爆心地公園にある原爆落下中心碑の撤去・建て替え問題は、2月に同市が計画の撤回を表明したことにより、一応の解決をみた。一方、広島市では、ユネスコ世界遺産センター代表(7月)や文化庁(8月)などが、平和公園内のレストハウス(元大正屋呉服店、被爆遺跡)を解体し新設するという同市の方針(1995年末発表)に対し、現状維持や保存を求めた。その主な理由は、同建物が原爆ドームの世界遺産化にともなって設定されたバファーゾーン(緩衝地帯)内に存在していることであった。これにより、広島市は新たな対応をせまられることとなった。このほかに、昨秋和歌山の海底から引き上げられた第五福龍丸のエンジンを保存する運動が始まり、10月には、「第五福龍丸エンジンを東京・夢の島へ都民運動」の結成集会が開かれている。

【原爆被爆者対策】

原爆被爆者援護法に基づく特別葬祭給付金の請求が6月末に締め切られた。厚生省は、支給者を25万人と予想していたが、8月末現在では半数に止まっていることが判明した。10月、同じく同法に基づき広島・長崎に建設される原爆死没者追悼平和祈念館(仮称)の事業の一環として、原爆被爆手記のデータベース化が始まった。これは、広島市が厚生省から委託を受け行うもので、当面厚生省が被爆50周年に集めた広島・長崎の被爆体験記約8万9000人分の入力が行われることになった。しかし、同館自体の建設は、両市の被爆者団体が強く求める核兵器廃絶の建設理念をめぐり調整がつかず、10月、当初予定の1998年(広島)・99年(長崎)の開館が遅れることが明らかになった。

11月7日、福岡高裁が、長崎原爆松谷訴訟(1988年長崎地裁に提訴)の控訴審で、国側の控訴を棄却する判決を下した。この裁判は、松谷英子(長崎の被爆者)が医療特別手当の受給に必要な原爆症認定申請を却下した国(厚生大臣)に処分の取り消しを求めたものであるが、同時に原爆被害を過小評価しがちな国の姿勢を問う性格を持っており、被爆者だけでなく原水禁運動関係者も大きな関心を寄せていた。しかし、国は、同月20日、判決を不服として最高裁に上告した。

12月2日には、金順吉(在韓被爆者)が戦時中に強制連行され三菱重工業長崎造船所で働かされ被爆したとして、三菱重工と国に未払い賃金支払いと損害賠償を求めた訴訟(1992年提訴)に対する判決が長崎地裁であった。国の徴用を不法行為と認定する初めての判断が下されたが、請求そのものは棄却された。

【国内の動向】

7月、国連軍縮会議が札幌市で開かれた。32か国から約100人が参加し、CTBTの発効への道筋などをめぐり意見の交換を行った。この会議は今回が9回目に当たるが、同市では初めての開催である。また、この会議に先立ち第5回非核自治体全国草の根交流大会も同市で開かれた。こうした自治体を中心とした軍縮問題への取り組みは、「冷戦」終了後も着実に進展しており、日本非核宣言自治体協議会(事務局・神奈川県藤沢市)の調査によれば、7月現在で「非核宣言自治体」の数は全自治体数の3分の2を超える2774に上っている。

8月5日-9日、広島・長崎両市を舞台に第4回世界平和連帯都市市長会議が「平和・公正・自由-世界の調和を目指して」を基調テーマとし、32か国・地域75都市から参加して開催された。このほかに11月には、長崎市で核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の初の北アジア会議が開かれた。6か国から約100人が参加し、「21世紀の核依存からの脱皮」をメインテーマに討議を行った。また、長崎平和研究所(鎌田定夫所長、1月)や平和資料協同組合(梅林宏道代表、11月)が設立され、市民レベルでの新たな取り組みが始まった。

【海外の動き】

期限を切った核兵器廃絶のプログラムを求める声が、これまで核軍縮と無縁であった分野の運動や団体の間に拡がりを見せた。1996年12月に公表された世界17か国60人の退役将軍などによる共同声明で中心的役割を果たしたバトラー元米戦略空軍司令官は、1月のワシントンでの講演でも、核兵器廃絶を求める重要性や核抑止論の誤りを指摘した。3月には、米国医師会・米国公衆衛生協会・内科医師会の3団体が期限を切って段階的に核兵器を廃絶する条約の交渉を開始するよう求める宣言を発表した。8月、ノルウェー・リレハンメルで開かれたパグウォッシュ会議第47回年次会議で、評議会が、核兵器廃絶条約の交渉、締結をめざして作業を始めるようよびかける声明を発表、また、10月にはロートブラットやIPPNWなどノ-ベル平和賞を受賞した6名と3団体が中・東欧に非核地帯の設置をよびかける声明を発表した。

反核運動1996

反核運動1996


フランスが、1月27日に南太平洋ムルロア環礁で核実験(昨年の核実験再開以来6回目)を実施したが、終了後、実験終結を宣言、その後ムルロアの核実験場の閉鎖に着手した。また、中国も、6月8日と7月29日に、ウィグル自治区ロプノルで核実験を実施、7月の実験後、核実験を凍結するとの声明を発表した。これにより、前年に引き続いて展開された両国の核実験に対する反対や抗議の運動は終息した。

今年には、世界の非核化に大きな進展があった。仏・米・英の3つの核保有国の南太平洋非核地帯条約(ラロトンガ条約)への調印(3月25日)、ロシアを除く核保有4カ国のアフリカ非核化条約(ペリンダバ条約)への調印(4月11日)がなされた。これにより、これまでに調印された南極(1959年)・中南米(トラテロルコ条約、67年)・東南アジア(95年)の各非核地帯条約と合わせ、南半球の大半が非核地帯で覆われることとなった。さらに、9月10日には、国連総会であらゆる核兵器の爆発実験やその他のあらゆる核爆発を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)が158カ国の賛成で採択された。

【核実験反対運動】

日本国内ではさまざまな団体が、仏・中両国の在日大使館への抗議デモや抗議文の送付を実施した。1月4-14日には、広島の市民グループによる「市民のフランス原爆展」が、パリ・リヨン・グルノーブルの3都市で開催され、約1000人の観客を集めた。また、2月6日-17日、連合や広島・長崎の被爆者団体など主催の「ヒロシマ・ナガサキ原爆資料展」が、パリで開催され、期間中に約9000人が見学した。

このほかに、長崎大学医学部有志が、ルモンド紙(1月27日付)に、1面を使った反核意見広告を掲載している。また、6月には衆議院(14日)と参議院(17日)が中国の核実験に抗議する決議案をいずれも全会一致で採択した。

【原水爆禁止世界大会】

原爆記念日前後、広島・長崎両市で原水爆禁止日本協議会(原水協)系の原水爆禁止世界大会が、それぞれ7500人、3000人規模で開催された。国際会議では「核兵器のない21世紀を=国際共同行動」を提唱した宣言が採択された。また、大会には核保有5カ国の核開発・実験・使用によって生じた放射線被曝者の代表が参加し、交流を深めた。

一方、原水爆禁止国民会議(原水禁)系の大会も、「CTBTから核廃絶へ」をメインテーマに、それぞれ5500人、2800人規模で開催された。連合・原水禁・核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)の合同集会(前年に続き2回目)、生活協同組合連合会の集会なども同じ時期に両市で開催されている。

【被爆体験の普及と継承】

広島・長崎両市は、昨年のスミソニアン協会航空宇宙博物館の被爆資料展示の中止問題を契機に、被爆の実相を伝えるため国内外の団体に原爆展の開催を呼びかけていたが、7月26日には政府主催による海外での原爆展開催を外務省に要請した。アメリカでは平和をめざす退役軍人の会が、広島・長崎両市の呼びかけに応え、8月20日から13日間、コロンビア市のスティーブン大学で原爆展を開催した。また、広島市は、8月27日-9月1日に新潟市で「ヒロシマ原爆展」が開催した。両市は、こうした国内外での原爆展を来年以降も継続的に開催することを計画している。

原爆展以外にも被爆体験の普及と継承をめぐる新たな動きが見られた。長崎市の原爆資料館が、4月1日に新装開館した。同館に展示された南京大虐殺など日本の加害を示す資料は、国内外に反響を呼び起こした。中国からは、新華社通信が開館を報道するなど好意的な反応が示されたが、同月23日、開館前からこの展示に反対していた長崎日の丸会などが「長崎の原爆展示をただす市民の会」を結成した。

平岡広島市長が8月6日の平和宣言の中で、「被爆資料の集大成」と「平和文化」の創造を訴えたが、宣言の中でこうした問題が取り上げられたのは、初めてのことである。広島では、12月に原爆ドームの世界遺産化の実現し、被爆体験の国際化が新たな形で進められようとしている。

広島・長崎両市は、数年前から平和公園一帯の整備を進めている。しかし、その一環として計画されたレストハウス解体(広島)、原爆落下中心地碑の撤去・立て替え(長崎)について、両市民の間で、これらの計画を撤回し保存を求める集会や署名運動が広がりを見せた。

【国際司法裁判所】

オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)は、世界保健機構(WHO、1993年11月決議)と国連総会(94年12月決議)の要請に基づき核兵器使用と威嚇が国際法に違反するかどうかの審理を続けていたが、7月8日、その判断を示した。それは、WHOの要請については、要請を提出する資格がないとして却下する一方、国連総会決議に対しては「核兵器使用または核兵器による威嚇は一般的には国際法違反」との勧告的意見を示したものであった。

この意見が、自衛目的の使用についての判断を避けたものであったことから、広島・長崎両市では、否定的な評価が目立った。しかしその一方で、ICJの意見を、核兵器廃絶を求める国際世論に応えたものとして評価し、これを足がかりとして核兵器廃絶をめざす動きが見られた。マレーシアなど非同盟23カ国は、10月31日、ICJの勧告的意見に基づき核兵器禁止条約交渉の早期開始を求める決議案を国連総会第1委員会(軍縮)に提出した。この案は、同月14日の委員会において圧倒的多数で採択された(日本政府は棄権)。

【チェルノブイリ10周年】

チェルノブイリ原発事故10周年のさまざまな行事が催された。4月9-12日には、IAEAと世界保健機構(WHO)・欧州連合(EU)の共催による同事故の影響と今後の対策について話し合う国際会議が、ウィーンで開催された。世界各国から約700人が参加したこの会議では、事故により放出された放射線が当初推計の3-4倍に及ぶことや事故後に発生した小児甲状腺がんの増加状況などが報告され、改めて事故の被害の大きさが確認された。

同月20日には主要7カ国(G7)とロシア首脳がモスクワで原子力安全サミットを開き、原子力平和利用で安全性を最優先させることやCTBTの早期締結などを柱とする声明と宣言を採択した。事故当日に当たる26日には、ロシアやウクライナなどで事故犠牲者の追悼行事が催された。ロシアでは事故犠牲者27人が眠るモスクワ郊外の墓地において、ロシア第一副首相ら約2000人が参列して追悼式典が挙行された。

【海外の動き】

4月1日から4日間、米・ネバダ大学ラスベガス校で米内外の反核・平和団体35組織から500人余が参加して核廃絶サミットが開かれた。また、4月24-25日にはNGO(非政府組織)国連軍縮会議が、「1996年-重大な転機にある軍縮」との全体テーマのもとにアメリカ・ニューヨークの国連本部で開催された。日本から、前者には原水協や日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表が、また後者には広島・長崎両市の代表が参加した。このほかに7月25-28日には、米マサチューセッツ州ウースターで核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の第12回世界大会が、42カ国から400人が参加して開催された。

反核運動1995

反核運動1995


被爆50周年を迎え、広島・長崎両被爆地はもちろん海外でも、例年になく多彩な行事が催された。また、核軍縮をめぐっても、大きな動きが見られた。核拡散防止条約(NPT)延長・再検討会議(4月-5月、ニューヨークで開催)は、投票無しの全会一致で無期限延長という結果に終わった。同時に、1996年中に包括的核実験禁止条約(CTBT)の締結に向けた合意を達成することが決められたが、その直後の5月15日に中国が新彊ウイグル自治区のロプノル実験場で核実験を実施、6月13日にはフランスが核実験再開の意向を表明した。その後、8月17日に中国(今年第2回目)が、また、9月5日、10月1日、27日、11月22日とフランスが南太平洋ポリネシアのムルロア環礁で核実験を実施した。

【核実験反対運動】

フランスの核実験再開声明に対し、スウェーデン・デンマーク・ドイツなどでフランス製品のボイコット運動が始まり、その他のヨーロッパ諸国や日本にも広まった。また、オーストラリア・日本やフランスなどで、数千人から1万人を超える集会が、繰り返し開催された。国際的な反核団体グリーピースは、9月1日に「虹の戦士2」のボートによるムルロア環礁のフランス領海突入といった直接行動を実施した。また、同フランス支部は、10月28日に世界約30か国から集まった核実験反対の署名約700万人分をシラク大統領あてに送った。

6月29日には、核実験場となるポリネシアの政庁所在地タヒチ島パペーテで、同島始まって以来の約1万2000人による実験反対デモが行われ、実験直前の9月2日には、10数か国の国会議員約100人を含む約2000人による国際抗議集会が開催された。しかし、実験直後の6日に発生した約3000人のタヒチ島ファーア空港への乱入・放火事件後、ポリネシア領内での運動は鎮静化した。

こうした市民レベルの運動と並行して、7月14日の欧州議会(EU)、30日の東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議、9月14日の南太平洋諸国会議(SPF)首脳会議、22日の国際原子力機関(IAEA)第39回総会、11月10日の英連邦首脳会議などで核実験への憂慮や遺憾の意が表明された。また、11月16日には国連第1委員会で日本・オーストラリアなど41か国が共同提案した核実験停止決議案が採択された。国内では、8月4日、参・衆両院の本会議で、それぞれ中国・フランスの核実験に反対する決議が採択され、国内の県市町村議会でも、核実験反対決議があいついだ。

【被爆50周年】

広島・長崎両市では、国連軍縮長崎会議(6月12日-16日、テーマ「過去半世紀における軍縮努力と将来への展望」)、世界平和連帯都市市長会議アジア太平洋地域会議(6月28日-30日、広島、テーマ「アジア太平洋地域の平和と都市の役割-核兵器廃絶を目指して」)、第45回パグウォッシュ会議(7月24日-29日、広島)、国連非政府組織(NGO)軍縮特別委員会主催「被爆50年国際シンポジウム」(7月31日-8月2日、広島)などの国際会議が開催された。長崎での国連軍縮会議(日本での開催としては7回目)と日本でのパグウォッシュ会議の開催は、被爆50周年を記念して初めて開催されたものであった。両者ともに、これまで核管理や核軍縮を中心テーマとしたものであったが、今回はとくに核廃絶が取り上げられた。

海外のマスコミも被爆50周年に大きな関心を寄せた。広島・長崎両市長は、3月15日、日本外国特派員協会に招かれて講演、広島市の平和記念式典を取材した報道機関は、同市が把握しただけでも21か国95社に及んだ。両市は、こうした関心に応え、NPT延長・再検討会議などの会議への代表派遣、8月6日付ワシントン・ポスト紙への意見広告の掲載(広島市)といった海外への働きかけも積極的に行った。このほか9月28日に、外務省が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会に広島の原爆ドームの推薦書を提出しているが、これも被爆50周年の実現をめざして、政府が前年から準備していたものであった。

【原爆展】

スミソニアン協会航空宇宙博物館は、原爆投下50周年を記念して原爆資料の展示を企画したが、退役軍人会などの圧力に屈して1月に展示の中止を決定、6月28日に広島原爆投下機エノラ・ゲイを中心とした展示を開始した。この問題を契機にアメリカ国内では、原爆投下の正当性をめぐる論議が高まり、ワシントンのアメリカン大学(7月8日-27日)などで原爆展やシンポジウムが開催された。韓国でも、ソウル市(7月25日-31日)などで「侵略と原爆展」が開かれた。アメリカ国内で見られた「侵略者である日本が被害者として描かれる」という批判を考慮した新しい試みであった。

【国内の動き】

原爆記念日前後、広島・長崎両市で原水爆禁止日本協議会(原水協)を中心にそれぞれ9000人、6000人規模の、また、原水爆禁止国民会議(原水禁)を中心に6000人、3000人規模の原水爆禁止世界大会が開催された。NGOが日本で「国際シンポジウム(正式名称:広島・長崎への原爆投下と核軍拡競争による被害の実態と補償ならびに核兵器廃絶についての被爆50年国際シンポジウム)」を開催するのは、1977年以来のことである。今回は、原水協と日本原水爆被害者団体協議会が中心となって準備をおこなったもので、23か国40団体77人の海外代表が参加した。シンポジウムでは、日本の原爆被害だけでなく、アメリカ・ロシア・カザフスタン・マーシャルなどでの核開発にともなう被害の実態が明らかにされた。このほか、連合が、原水禁と核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)と「協催」の形で、1万人、3500人規模の集会を広島・長崎両市で開催している。

急速に普及しているインターネットを利用した反核の動きが日本にも現れた。東京大学の大学院生が呼びかけたフランスの核実験への抗議署名には、8月15日までに102か国から約6万人が応じた。また、広島・長崎両市長は、ホームページを設け、その中で、原爆記念日の読み上げた平和宣言などを世界に発信している。このほかにも、原爆被害情報を中心として発信する試みがいくつか試行されている。

【海外の動き】

10月30日-11月15日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)で核兵器の使用やそれによる威嚇が国際法違反に当たるかどうかに関する口頭弁論が開催された。これは、国際平和ビューロー(IPB)・核戦争防止国際医師会議(IPPNW)・反核兵器国際法律家協会(IALANA)などが提唱した世界法廷運動が、前年12月の第49回国連総会の決議を経て実現したもので、22か国が陳述した。広島・長崎両市長は、日本政府の代表として参加し、11月7日の陳述で、核兵器の使用の違法性の主張を避ける方針を示していた日本政府の方針とは異なり、ともにその違法性を明言した。

放射線被曝者の実態が、前年に続き明らかになってきた。ウラル放射線医学研究センター(1月、ロシア・チェリャビンスク市)・世界保健機構(WHO、ジュネーブ、11月)が開催した会議では、それぞれ旧ソ連下の核開発とチェルノブイリ原発事故による放射線被曝の実態が明らかにされた。また、8月にはアメリカ・エネルギー省が、対象者が1万6000人に及んだとする放射線による人体実験に関する最終報告書を公表した。

反核運動1994

反核運動1994


1995年3月の核拡散防止条約(NPT)期限切れにともなう同条約の改定問題をめぐる論議など、核拡散をめぐる問題がクローズアップされた1年であった。6月には、朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)の核開発疑惑に対するアメリカを中心とした経済制裁の動きがあり、緊張の高まりが見られた。その一方で、11月にはウクライナ最高会議の核拡散防止条約(NPT)加盟決議、カザフスタンのウラニウムのアメリカへの移送など核不拡散に向けての動きも存在した。また、被爆50周年という節目の年を1年後に控え、国内外で原爆開発や投下、被爆の意味を問い直す動きが見られた。被爆地広島・長崎では、原爆犠牲者50回忌を迎え、慰霊・追悼行事が多数催された。

【核兵器使用への意見陳述】

国際司法裁判所がWHO加盟国に求めていた核兵器使用に関する意見陳述問題で、広島・長崎両県知事・両市長は、4月、日本政府に核兵器使用の違法性を訴える陳述書の提出を求めた。原水禁団体や平和団体なども、6月以降同様の要請を行った。外務省は当初、「核兵器使用は国際法に違反せず」との陳述書案を準備していたが、羽田内閣の内部でも問題となり、6月10日、政府は違法性に言及しない陳述書を提出した。この問題は、11月に国連総会第一委員会が、非同盟諸国が提出した核兵器使用が違法であることについて国際司法裁判所に勧告的意見を求める国連決議案を採択したことにより、引き続き国際的な問題として検討されることになった。

【原水爆禁止世界大会】

原爆記念日を中心に、さまざまな団体が恒例の集会を開いた。原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)は、8月2日~9日に、広島・長崎で、それぞれ、7500人、3000人規模の大会を開催した。大会では、NPT改定問題が取り上げられ、アメリカなど核保有国が意図する同条約の無期限延長への反対が決議された。原水禁国民会議(原水禁、社会党系)の大会にも、両地で同じ規模の代表が参加した。この大会には、6月末に社会・自民・さきがけ3党による村山内閣が発足したのを受けて、自民党の代表が初めて参加した。

【国内の動き】

細川政権のもとで連立与党による原爆被爆者援護法に関するプロジェクトチームが作られ、援護法の精神・内容についての検討が始まっていた。これは村山内閣の連立与党3党の課題として引き継がれ、11月に政府案がまとまった。一般空襲による被害や海外の戦後補償問題への波及を避けるため「国家補償の精神」が取り入れられないなど、被爆者の要求を満たすものでなく、被爆者団体やその支援団体から強い反発が示されたが、12月に成立した。

広島市を中心に進められていた原爆ドームを世界遺産条約の遺産リストに登録するよう求める請願が、参議院(1月)を衆議院(6月)で採択された。9月には、登録への前提となる文化財指定のための文化庁による遺跡について指定基準の見直し作業が始まった。

NPT改定問題は、5月に開催された第2回国連軍縮広島会議(19か国から61人が参加)でも議論が集中した。また、原爆記念日の広島・長崎両市の平和宣言は、いずれも無期限延長への反対を明確に表明した。

【海外の動き】

前年11月、アメリカの新聞アルバカーキ・トリビューン紙が核開発過程で行われた放射性物質による人体実験の事実を詳細に報道した。これが発端となり、今年早々、クリントン政権による実態究明が始まるとともに、実験の被検者やその遺族による損害賠償請求訴訟がつぎつぎと起こされた。

アメリカのスミソニアン航空宇宙博物館は、原爆投下50周年を記念する企画展示として、広島への原爆投下機エノラ・ゲイ機と併せて広島・長崎の被爆資料の展示を計画した。このシナリオが明らかになると、アメリカ国内では退役軍人協会を中心に、同機と被爆資料の同時展示に反対する動きが起こり、9月には上院が全会一致で同博物館に企画の修正を求める決議をおこなうまでに発展した。同博物館は、シナリオの大幅な修正を加え、こうした動きへの妥協を図ったが、その一方で、国内の著名な歴史学者やジャーナリストらが原爆投下を賛美するものとして、修正を求めている。

このほか、それぞれ100人、4000人という小規模ではあったが、カザフスタン共和国セミパラチンスクで8月末から9月初めにかけて核兵器廃絶と核実験被害者への補償を求める国際会議が開かれ、10月にはイギリスの核軍縮運動(CND)による集会がロンドンで数年ぶりに開催された。