「原爆と広島大学」カテゴリーアーカイブ

カザフスタン共和国セミパラチンスク被曝実態調査報告書

『カザフスタン共和国セミパラチンスク被曝実態調査報告書』(編著者:広島大学原爆放射線医科学研究所、広島大学・ひろしま平和科学コンソーシアム、200303)

内容

はじめに(星正治)
1 調査研究の概要(川野徳幸)
調査研究の概要…4
地図…8
写真…10
2 セミパラチンスク核実験周辺地域住民に対する健康状態聞き取り調査の結果ならびに文献的考察(峠岡康幸)…14
1調査の目的…15
2調査方法…15
3調査結果…16
4考察…18
5まとめ…22
6図表…24
3 セミパラチンスク核実験場近郊での被曝証言調査の結果ならびに被曝証言の内容分析(川野徳幸)…37
1調査の目的…38
2調査方法…38
3調査結果と考察…39
4まとめ…43
5表・地図…45
6核実験場近郊の被曝証言…48
1凡例…48
2サルジャル村の被曝証言…50
3ドロン村の被曝証言…59
4カイナル村の被曝証言…66
5コクペクティ村の被曝証言…76
 4  聞き取り調査に対する所感(平岡敬)…82
 5 被曝証言調査の意義:「ヒロシマ・ナガサキ」文脈で(松尾雅嗣)…87
6 今後の課題と展望(川野徳幸・峠岡康幸)…90
おわりに(星正治)…92
巻末資料…95
1.日程表・参加者名簿…96
2.アンケート・オリジナル(日本語)…98
3.アンケート・ロシア語…108
4.アンケート回答例ロシア語版…118
5.アンケート回答例カザフ語版…127
6.アンケート・被曝証言ロシア語・カザフ語…136
7.アンケート中の被曝絵…180
8.掲載された新聞記事…182

長崎 爆心地復元の記録

『長崎 爆心地復元の記録』(調来助編、日本放送出版協会、19720801)

内容<作業中

1 原爆前夜
1 戦時下の長崎 3
(1)浦上3
無人の里-浦上四番崩れ
浦上のなりたち
浦上の人びと
(2)長崎の中の浦上10
長崎の二つの顔
新しい浦上
(3)戦時下の長崎13
 市民生活の統制
思想文化の統制
緊張する長崎
2 三菱と長崎 20
(1)長崎の工業化と三菱20
長崎における工業の歩み
三菱系諸企業-戦時下の造船、兵器、製鋼など
(2)三菱と長崎市民 26
3 原爆投下決定 28
(1)アメリカ、原爆製造す28
 広島型と長崎型
原爆投下作戦
(2)選ばれた土地・長崎31
原爆搭載機、長崎へ
被爆直前の浦上地区
長崎の悲劇
  (3)広島から長崎へ-74時間47分   35
原爆第一号の波紋
広島・長崎で二度までも
広島-長崎、防空関係者たち
それは原子爆弾だ-カルルス亭に集まった人びと
2 閃光のつめ跡 45
1 そのとき松山町では 47
(1)ある晴れた日 47
(2)炎の街
爆心地の生命
岡町壕にて
 駒場町第八組~川崎作江と保立陽子
六本のトンネル
 天主堂の下で
幹部たち
(3)暗い昼・長い夜  62
炎の中の人びと
 炎の中の人びと その1
  炎の中の人びと その2
 炎の中の人びと その3
 炎の中の人びと その4
炎の中の人びと その5
炎の中の人びと その6
 黒い雨-残存放射能
火災の記録
目撃者
原爆弾書類綴から
2  家族・隣組・町内会 80
(1)地域社会の崩壊・マツヤマ
商店街・松山町
八月九日-申告人口1865人
出る人、残る人 その1
出る人、残る人 その2
出る人、残る人 その3
出る人、残る人 その4
家族離散
信徒被爆
(2)無差別な破壊
被害概況
3 医療救護活動99
医療救護活動
長崎医大救護隊(証言・調来助)
滑石救護所
終戦のあと
その他の救護隊
市内および市周辺での救護
長与村と時津町
遠隔地の病院における救護
 川棚・佐世保海軍病院
原爆による直接障害と応急治療
 福井順の手記
一般救護活動 その1
一般救護活動 その2
一般救護活動その3
救援列車「三一一」
4 都市の機能の崩壊 130
ちぎれた電線
燃えつきた電車
途絶えた電話
 記者たち
3 復元の中から 143
1 長崎再興 145
(1)復興への胎動
最初の仕事-遺体の処理
生命の息吹き
生活再建へ
励ましの言葉で
あかがね御殿の住人たち
爆心の本格住宅第一号
最初の慰霊祭
市民のくらし
(2)原爆に祈る人びと 157
浦上信徒-五度目の浦上崩れ
祈りと原爆と
永井隆のこと
(3)長崎、都市復興 164
戦災復興事業
長崎国際文化都市建設法
観光都市長崎の誕生
(4)三菱の復興ー高度成長への道のり171
長崎三菱王国の崩壊
復興から高度成長へ
2 占領下の長崎 175
(1)プレスコード時代
米軍上陸す
抑えられた原爆報道
(2)原爆調査活動  183
 日本学術研究会議の調査
長崎医科大学の調査
ABCCの調査
3 重荷を背負った被爆者たち 188
(1)被爆者対策はどのように行われてきたか
被爆者対策以前
被爆者対策へ世論の高まり
法制定への動き
原爆医療法の制定
 被爆対策の課題
原爆の後障害
(2)ハンディを背負って201
絶たれた家族の絆
 ひとりぽっちになって
悲惨な孤児たち-池田早苗さんの証言
原爆孤老たち
(3)被爆者のハンディ  209
進学をめぐって
就職をめぐって
結婚をめぐって
被爆二世の死
4 爆心の空白 215
(1)被爆の実相を求めて
一九七二年夏、ナガサキ
  原爆被爆の全体像
爆心地復元
(2)長崎の復元運動  220
 原爆二五周年平和公園にて
復元運動誕生
復元運動の輪拡がる
被爆者と復元運動
(3)広島、長崎、ビキニを越えて 229
終章  断絶から継承へ 231
いつまでも続く恐怖
この歴史の重荷
被爆者不在
被爆者のイニシアティヴによる復元運動
原爆・平和教育
広島≶長崎
広島から長崎を通っての一つの旅

 

 

 

 

 

 

 

広島から世界の平和について考える

『広島から世界の平和について考える』(広島大学文書館編、現代史料出版、 20060725)

内容

序文 i
1 私の平和論-ヒロシマをめぐって…平岡敬 1
はじめに
一 国家と民衆の関係
二 六〇年目の現実
三 慰霊碑文の思想
四 隠された〃怨念”
五 「唯一の被爆国」へ
六 被爆韓国・朝鮮人の存在
七 加害と向き合う
八 核の傘の下で
九 平和を訴える覚悟
一〇 戦争被害者との連携
一一 生き方を考える
一二 めざす社会の姿
一三 科学技術と倫理
一四 欲望を自制する
2 戦争と技術、戦艦大和の最後…戸高一成 41
一 日本における西洋技術の導入
1 日本の職人の技術
2 「和魂洋才」の落とし穴
二 戦艦大和の建造
1 職人の技術と戦艦大和
2 戦艦大和建造の条件
3 戦艦大和の負の側面
4 戦艦大和の最後
おわりに
3 原爆投下の歴史的意義…布川弘 71
はじめに
1 連合国の戦争犯罪としての原爆投下
2 加害と被害の重層性
一 原爆投下を正当化する論理
1 早期終結人命節約論
2 早期終結論のうそ
3 人命節約論について
二 広島が選ばれた理由
1 「軍都」
2 都市無差別爆撃の思想
三 戦略爆撃の思想
1 総力戦の思想
2 日本の中国侵略と重慶爆撃
4 戦後復興と森戸辰男の平和論…小池聖一 111
はじめに
一 森戸の略歴
二 森戸の平和論
三 国際主義にもとづく森戸の平和論
四 「ヒロシマ」と森戸
五 平和の実践-自由で平和な一つの大学
おわりに
5 原爆被害の医学的実相-放射線の人体影響と今後の治療展望…神谷研二
はじめに
一 原爆被害の実態
二 放射線障害とは何か
三 急性放射線障害と治療
四 晩発性放射線障害(がん)
1 被爆者のがんと発がん機構
2 放射線によるゲノムのキズとがん
おわりに
6 被曝のひろがり-カザフスタン共和国セミパラチンスク核実験場近郊の核被害…川野徳幸 183
一 セミパラチンスクにおける核実験とその被害
ニ アンケート調査の意義・対象・方法
1 調査研究の意義
2 調査地域
3 調査地域の被曝線量
4 調査対象と方法
三 調査結果及び考察
1 核実験の直接体験の有無
2 核実験を知った年代
3 核実験の諸現象とその体験
4 セミパラチンスク特有の被曝体験
四 住民への核被害「いのち」、「こころ」、「くらし」の視点から
1 「いのち」の視点から
2 「こころ」の視点から
3 「くらし」の視点から
五 結論
7 国際平和構築へ…篠田英朗 241
はじめに
一 日本の平和と国際社会の平和
二 広島の平和
三 現代世界の武力紛争
四 現代世界の国際平和活動
五 平和活動の枠組み
あとがき 273

広島大学文書館紀要

広島大学文書館紀要

発行年月 内容など
01 20020331 広島大学史紀要
06 広島大学史紀要
07 20050331 広島大学文書館紀要<改称>
菅真城「論文 広島大学文書館の設立経緯と現状」
作業中
19 20170228 「青木晴夫氏(広島大学一期生、カリフォルニア大学名誉教授)インタビュー」
20
21
22 20210331

原爆放射能医学研究所沿革(抄)

原爆放射能医学研究所沿革(抄)<宇吹勤務期:1976年5月~2001年3月> 沿革 | 広島大学 (hiroshima-u.ac.jp)

年月日 事項
195804 医学部附属原子放射能基礎医学研究施設設置
原子放射能医学理論の部門を置く。
195901 原子放射能傷害医学の部門を置く。
196101 原爆放射能医学研究所設置
医学部附属原子放射能基礎医学研究施設廃止
研究部門:障害基礎、病理学・癌、疫学・社会医学、臨床第一(内科)が置かれた。
医学部附属病院に診療科「(原爆放射能医学研究所)内科」増設
19610401 初代所長(渡邊漸 わたなべ・すすむ)
196109 医学部附属病院に病床50床設置
 196204 研究部門:血液学、遺伝学・優生学、化学療法・生化学、臨床第二(外科)増設
医学部附属病院に診療科「(原爆放射能医学研究所)外科」増設
196302 研究所第1期建物竣工 196403研究所第2期建物竣工 196503研究所第3期建物竣工
196504 医学部附属病院に病床40床増設
19670401 第2代所長(志水清 しみず・きよし)
196706 附属原爆医学標本センター設置
196903 附属原爆医学標本センター竣
196904 生物統計学研究部門増設
197004 病理学・癌研究部門を病理学に改称し、放射線誘発癌研究部門増設
19700401 第3代所長(岡本直正 おかもと・なおまさ)
197103 研究所第4期建物竣工
197404 附属原爆医学標本センターを附属原爆被災学術資料センターに改称
19770401 第4代所長(大北威 おおきた・たけし)
19810401 第5代所長(横路謙次郎 よころ・けんじろう)
198303 トリチウム実験棟竣工
198403 放射線照射動物実験棟竣工
19850401 第6代所長(栗原登 くりはら・みのる)
198603 RI実験棟その他竣工(RI-A、B、C棟完成)
19870401 第7代所長(服部孝雄 はっとり・たかお)
19890401 第8代所長(藏本淳 くらもと・あつし)
19950401 第9代所長(佐藤幸男 さとう・ゆきお)
199606 附属原爆被災学術資料センターを附属国際放射線情報センターに改組
10研究部門から「環境生物、分子生物、社会医学、病態治療」の4大研究部門に改組
19960401 第10代所長(峠哲哉 とうげ・てつや)
19970401 第11代所長(鎌田七男 かまだ・ななお)
199806 放射線先端医学実験施設設置(所内措置による。)
19990401 第12代所長(早川式彦 はやかわ・のりひこ)
 <以下略>

序(蔵本淳・広島大学原爆放射能医学研究所長・付属原爆被災学術資料センター長)

序(蔵本淳・広島大学原爆放射能医学研究所長・付属原爆被災学術資料センター長)

『原爆関係蔵書目録Ⅲ 1984年1月~1988年12月』(広島大学原爆放射能医学研究所附属原爆被災学術資料センター資料調査室 編・刊、19900731)所収

内容


昨年末,全米研究評議会(NRC)は低レベル電離放射線の生物学的影響についてBEIR (Biological Effect ofIonizing Radiation)の報告書Vを発表して注目されている。現在,放射線許容量などの基礎ともなっている
BEIR一報告書Ⅲ(Chairman: A, C, Upton, 1980), I CRP (国際放射線防禦委員会)や, UNSCEAR (国連科学委員会)からのデータが,この10年間の広島,長崎での調査研究成果から,大幅な改訂を迫られたというoとくに白血病や,発癌リスクについては従来の甘さが指摘され,また被爆胎児の知能発育,被爆者の子供への遺伝的影響,被爆者年令(ATB)の影響などの見直し,未解決の問題を指摘している。
本資料センターは,原爆被災に関する資料の保存を目的として1974年(昭和49年)4月,日本学術会議の政府勧告,地元広島,長崎市民の要望,研究者,関係財団の熱意と努力の結果,当研究所に併設された。その当時の関係者の卓見とこれを実現された熱意とエネルギーに襟を正す思いである。
以来,営々と資料の収集と整理に努力が重ねられ,すでに「原水爆関係資料目録I」は1974~78年の5年分を1980年に,「原爆関係蔵書目録U」は, 1979~1983年の5年分を1985年に発刊してきた。今回は特に直接被爆者本人からしか聞きとれない,かけがえのない原爆被爆体験に関わる資料を一義的に収集する方針から被爆記録,体験記,手記に重点をおいた。そして個人体験のみならず,原爆当時の組織,機関,団体ごとの手記や記録が主要なものとなっている。45年を経過し,生き証人となる方々が,年々少なくなってこれら貴重な資料が埋れ,散逸することが懸念されている。今回の成果は市民の方々の深い理解と暖かい協力の賜であることを強調して感謝したい。
本センターは,これら「資料調査室」の活動とともに,「医学資料室」,「人口資料室」が各々の作業を進めて,原医研年報に成果を報告している。今後は上記のごとく,広島,長崎のデータが,これからの人類の命運に関わる放射線の人体に及ぼす影響について,原子力の平和利用,宇宙開発に伴う健康管理についてのかけがえのない情報を提供することにより,世界平和にも貢献できる貴重な資料であることを改めて確認する必要があろう。またそうならなくてはならない責任が,この資料センターには嫁せられ,また期待されていることを認識しなければならない。4年を経過したチェルノブイル原発事故後の放射能汚染問題を解決するため,ソ連政府からの依頼でIAEA (国際原子力機関)が調査を開始している。今回も広島,長崎からの参加,研究協力がソ連政府からも,国際機関からもそして現地の官民,医療機関からも強く要望されていることを,身をもって体験し覚悟を新たにしている。
目録刊行にあたり資料の御寄贈御協力頂いた方々に感謝すると共に,目録の作成に尽力された資料調査室の皆様に敬意を表します。今後共,各位の御理解と御指導を切にお願い致します。
1990年5月
広島大学原爆放射能医学研究所長
附属原爆被災学術資料センター長
藏本 淳
 kuramoto

原爆関係蔵書目録Ⅲ 1984年1月~1988年12月

『原爆関係蔵書目録Ⅲ 1984年1月~1988年12月』(広島大学原爆放射能医学研究所附属原爆被災学術資料センター資料調査室 編・刊、19900731)

内容

序(蔵本淳・広島大学原爆放射能医学研究所長・付属原爆被災学術資料センター長)
凡例
原爆被災学術資料センター原爆関係出版物分類表
目次 1
図書の部(大分類)
0  総記 3
1  原爆開発投下・核・軍事問題 10
2  原爆被災記録・体験記・手記 13
3  原爆被害の実態・影響(調査・研究)79
4  被爆者問題(被爆者対策・被爆者運動)96
5 原爆関係文学・芸術 115
6  平和問題(平和研究・原水禁運動・原爆教育)122
7 原子力問題(開発・利用・原子力災害)139
8  戦争関係資料(戦争の記録・戦争災害・戦争研究)140
逐次刊行物の部
書名索引 巻末

原爆と広島大学 「生死の火」学術篇 人文科学の部

原爆と広島大学 「生死の火」学術篇 人文科学の部<作業中

人文科学関係(横田輝俊、磯貝英夫、松元寛)257
 Bk481130a
Bk491220a
 社会科学関係(山田浩、北西允、横山英)260
はしがき 260
1 被爆の実態および調査 260
2 平和運動をめぐって 263
3 ヒロシマの戦後と世界の中のヒロシマ 266
平和教育関係(大槻和夫)269
はじめに 269
1 長田新の平和教育論とその実践 269
2 教育学部附属中学校「原爆と平和」 271
3 教育学部社会科教室を中心とする調査研究 272
4 教育学部附属中・高校国語科の試み 273
5 教育学部附属小学校の『子どもと父母と教師が書いた、原爆の記憶』3部作 273
6 平和教育の発展の中で 274
おわりに 276

『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死没者慰霊行事委員会、19770910 )所収