「原爆報道(中国)」カテゴリーアーカイブ

消えたペン-新聞労働者の8月6日

『消えたペン-新聞労働者の8月6日』(中国新聞労働組合編 、汐文社、19880718)

目次

項目 備考
003 はじめに 中国新聞労働組合不戦の碑実行委員会
009 炎熱のもとで取材したこと 大佐古一郎
019 <記録>新聞労働者の1945・8・6
 相川愛子さん(21) 相原利夫さん(23) 有馬軍治さん(25) 井川勝雄さん(28) 伊藤音三郎さん(29) 石井道子さん(32) 石井諒一さん(36) 出雲初一さん(39) 今田レツさん(42) 今出良秋さん(44) 上田照子さん(46) 後チサ子さん(50) 小野一明さん(53) 落窪ミカさん(55) 神田留次郎さん(57) 本原フサヨさん(59) 北山一男さん(63) 串本誉さん(65) 桑原玉江さん(67) 小迫周蔵さん・美律枝さん(68) 小谷増夫さん(70) 河野秀三さん(72) 佐伯カメさん(84) 佐上美代子さん(77) 佐々木猪勢治さん(80) 佐瀬実さん(84) 坂本定造さん(86) 下本キクエさん(88) 下江達重さん(91) 新城朝子さん(96) 杉野勝吉さん(97) 高田久子さん(100) 竹前省三さん(102) 千葉恭子さん(105) 寺尾政之さん(107) 寺本簫三さん(108) 戸田正記さん(111) 伴谷ヤスヨさん(112) 中井ヨシヱさん(114) 中野勝正さん(115) 仲伏一之さん(118) 中村正男さん(121) 難波くみ子さん(124) 西村静一さん(126) 馬場謙一郎さん(128) 橋本令一さん(130) 桧山八重子さん(132) 平本ウメ子さん(134) 深川庄三郎さん(136) 福井ミツヱさん(137) 藤勇哲さん(140) 法安雅次さん(143) 細川儀一さん(146) 前田英子さん(148) 三木芳郎さん(150) 三田久ニさん(152) 三好友太郎さん(155) 水原智識さん(157) 宮武松三郎さん(161) 宮本軍一さん(163) 宮本澄香さん(165) 宮本藤吉さん(166) 望月慶三さん(168) 矢田茂さん(170) 保田博さん(173) 山井治吉さん(176) 山根喜美子さん(179) 山本利さん(181) 横田怐治さん(185) 横山隆ニさん(186) 吉田芳夫さん(189) 若林ツネヨさん(190)
192 藤間侃治(合同新聞=現山陽新聞)
196 <座談会>「不戦の碑」運動と犠牲者遺族取材を通して
204 戦時編集局の八月六日 ト部清隆
209 逝ってしまった先輩たち 兼井亨
214 原爆と私 下住忠
218 涙でうるんだファインダー 松重美人
224 おわりに 浅井幹夫(中国新聞労働組合執行委員長)

 

ヒロシマの記録(西本雅実)

ヒロシマの記録(西本雅実・中国新聞記者)

(抄)

見出し1 見出し2 備考(掲載日など)
001 ヒロシマガールズ
017 ドームの街 猿楽町
031 体験記53年後の訴え
041 ヒロシマの記録―遺影は語る
053 ヒロシマの記録―平和都市法50年
058 ヒロシマの記録―遺影は語る
132 写真家・林重男
135 ヒロシマの記録
平和記念式典の歩み
136 ヒロシマ打電第1号 レスリー・ナカシマの軌跡
144 ヒロシマの記録
平和大通り
被災写真をみる
147 原爆被災写真 1945~2003年
156 ヒロシマの記録―原爆・平和写真データベース化  20040322
資料館と本社共同 参加や式典2802枚 1次分を保存
157 松重美人さんが撮影 45.8.6全5カット 貴重な「記憶」次代へ
158 広島平和ミッション 歴史を見つめて 中国編
167 広島平和ミッション 過去、今、未来 韓国編
174 ヒロシマの記録
 182  ヒロシマの記録 原爆被災写真  20050802
被爆の惨状 鮮明267枚 被災撮影者の会台帳の原本 中国新聞社に保存
183 被爆直後の市民 惨禍伝える「証言者」
原子雲 市内外から9カット
193 被爆者運動50年
206 ヒロシマの記録
224 被爆1カ付き 廃墟の映像が現存
226 原爆写真を追う 1945―2007年
 230  原爆写真を追う 1945―2007年⑤  20070814
御幸橋の惨状
231 ヒロシマの記録―原爆写真の撮影者たち  20070814
   原爆写真57人が2571枚 1945年8月6日―年末に撮影 資料館、1819枚保存 全体像が判明
232~233 広島原爆の写真撮影者(1945年8月6日~12月末)
234 広島県女一年六組 1945-2008年
243 ヒロシマの記録

生きて(中国新聞連載)

生きて(中国新聞連載)

氏名 見出し 掲載日・担当記者
葉佐井博巳 核物理学者 西本雅実
1 原爆 放射線測定で実態追う
15 顧みて 戦争なき世界つくろう
石丸紀興 都市・建築研究者 林淳一郎
1 復興史研究 被爆地広島の軌跡追う 20161206
15 提案 地域見つめて研究継続 20161227
鎌田七男 <医師・広島大名誉教授(1937年~)> 西本雅実
1 顧みて 被爆者に教えられ歩む 20170725
15止 継承 広島だからこその務め 20170815
サーロー節子 <被爆者(1932年~)> 金崎由美
1 新たな決意 廃絶へ仕事はこれから 20180803
20止 核兵器 終わりの始まり 20180901

中国新聞

中国新聞

『山本正房追悼録』(中国新聞社、19710815)
論文
小池聖一「中国新聞・中国新聞社の戦前と戦後」
https://home.hiroshima-u.ac.jp/hua/public/mitsubishi/mitsubishi01.pdf#search=%27%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%AD%A3%E6%88%BF%27

中国新聞労働組合新聞研究部

中国新聞労働組合新聞研究部 1969年7月23日発足

略年表

年月日 事項
前史
19591005 「新聞討論集会」(中国地連主催、岡山市)。テーマ:「新聞はこれでよいのか」「新聞批判にどうこたえるべきか」。講演:「読者と新聞」(広島大・今堀誠二)など。中国労組から平岡敬委員長ら5人が出席。参加者約400人。
19610905 中国労組として初の新研集会「中国新聞をよりよくするために」。参加者約20人。大牟田稔委員長報告後、八・六紙面の検証など。
19690723 中国新聞労働組合新聞研究部発足
出典 『中国新聞労働組合50年史』(同編集委員会、19970829)

 

フェニックス広島号の冒険(アール・レイノルズ著)

『フェニックス広島号の冒険』(アール・レイノルズ著、三上仁

一・松元寛共訳)「中国新聞」連載(1961年10月10日~)。

「この連載記事は、今年アメリカで出版した”The Forbidden Voyage”=禁じられた航海=を、翻訳者に人を得て、日本の読者に向くよう一部改定したものです」(「中国新聞」1961.10.10)

No. 月日  見出し 備考
1-9 1010-1018 不吉な静けさ 1~9 19580409ハワイ島ヒロ港

 

10-17 1019-1026  海に立つ壁1-8
18-25  1027-1103  放射能図書室1-8
26-33  1104-1111  日本時間の中で1-8
 34-39 1112-1117  長い一日1-6
 40-46 1118-1124  保釈中の推理1-7
 47-52 1125-1130  ヒロシマの日前後1-6
 53-60 1201-1208  試練のういしお1-8
 61-65 1209-1214  名弁護士きたる1-5
66-69 1215-1218 科学も告発する1-4
70-72 1219-1221 打ちひしがれた時に1-3
73-77 1222-1226 ここもゆれ動く世界1-5 12月12日つづき―1958年12月25日(第1部おわり)

フェニックス広島号の冒険 第2部

No. 月日  見出し 備考
1-5 19620108- ”地球会社”の経営陣  19590108
6-15 19620113- 行為と無為
16-20 19620124- 広島大会は”赤”か1-5 、19590721、19590814
21- 19620201- けわしい再審の道 19590821
26- 19620206 故意と善意1- 19590828-
35- 19620216- 青年に期待- 19590920-
39- 19620220- 国策批判の声 19591104-
47- 19620304- 平和都市の内情 19600201-
52- 19620316- アメリカの自由 19600301-
56-57 19620324-0327 エピローグ 19610220-。―おわり―

「広島こそ”平和”のリーダーに  アール・レイノルズ氏-対談-森滝市郎氏」(『中国新聞』1962年2月14日)