「広島平和教育研究所」カテゴリーアーカイブ

原爆を許すまじ 音楽平和教材伴奏集Ⅰ

『原爆を許すまじ 音楽平和教材伴奏集Ⅰ』(広島平和教育研究所編、教育芸術社、19870101)

目次

はじめに 広島平和教育研究所(編集/江種祐司・広野昭彦)
<直接的平和教材>
01 原爆を許すまじ 浅田石二作詞 木下航二作曲(林光編曲)
02 青い空は 小森香子作詞 大西進作曲
03 夾竹桃のうた 藤本洋作詞 大西進作曲
04 死んだ女の子 ナジム・ヒクメット作詞(飯塚広訳詞) 木下航二作曲(中井ひろの編曲)
05 にのしま 源田えり作詞 大西進作曲
06- 東京大空襲
06-01 炎の夜 山川啓介作詞 いずみたく作曲
06-02 母たちそして子どもたち 山川啓介作詞 いずみたく作曲
06-03
06-04 焼け跡の結婚式 門倉さとし作詞 いずみたく作曲
06-05 無人の時計屋 山川啓介作詞 いずみたく作曲
06-06 涙のあと 門倉さとし作詞 いずみたく作曲
06-07 さきちゃん 門倉さとし作詞 いずみたく作曲
06-08 おしっこの唄 門倉さとし作詞 いずみたく作曲
06-09 焼けた防空頭巾 門倉さとし作詞 いずみたく作曲
06-10 昔を語ったそのあとで 山川啓介作詞 いずみたく作曲
07 明日への伝言 山川啓介作詞 いずみたく作曲
08 とべよ鳩よ マトウソフスキー作詞(日本の歌声代表団訳詞) ドナエフスキー作曲(工藤吉郎編曲)
09 さくらよ 山本奈美作詞 山本奈美作曲
10 ひびけ ひろがれ 丸山亜季作詞 丸山亜季作曲
11 折鶴のとぶ日 小森香子作詞 浜名政昭作曲
12 川面に 藤本洋作詞 いずみたく作曲(木下そんき編曲)
13 ひろしま平和の歌 重園贇雄作詞 山本秀(みのる)作曲
<芸術的一般教材>
01 森は生きている 広渡常敏作詞 林光作曲
02 十二月の歌 S.マルシャーク作詞(湯浅芳子訳詞) 林光作曲
03 小麦色の娘 シュベドフ作詞(関鑑子訳詞) ノビコフ作曲
04 高くかかげよ 木村次郎作詞 丸山亜季作曲
05 ふるさとのうた 木村次郎作詞 丸山亜季作曲
06 伝説の広場の歌 林光作詞 林光作曲
07 自由なる大地へ 坂本秀樹作詞 位田勉作曲
08 ジョン ブラウンの歌 アメリカ民謡作詞(関鑑子訳詞) アメリカ民謡作曲
09 歓喜 訳詞者不明 シューベルト作曲
10 心さわぐ青春の歌 L.オシャーニン作詞(関忠亮訳詞) A.パフムートワ作曲
11 一つのこと 斎藤喜博作詞 丸山亜季作曲
12 前線にも春がきた ファチャーノフ作詞(東大音感合唱研究会訳詞) セドイ作曲
13 魔法の鈴 (伊藤武雄訳詞) モーツァルト作曲
14 ピオネールは木を植える ドルマトウスキー作詞(桜井武一・井上頼豊訳詞) ショスタコービチ作曲
15 グローリア 久野静夫作詞 モーツァルト作曲(市川都志春編曲)

 

 

被爆建造物をたずねて

『被爆建造物をたずねて 平和学習のしおり』(広島平和教育研究所・広島県原爆被爆教職員の会編、広島平和教育研究所出版部 、19910801 )

目次

被爆建造物とヒロシマ案内
ヒロシマ原爆被爆建造物「広島からヒロシマまで」
被爆建造物をたずねて 平和学習のしおり
01 国前寺と広島駅周辺
02 福屋倉庫
03 福屋 八丁堀
04 広島アンデルセン
05 袋町小学校
06 日本銀行広島支店
07 国泰寺高校(旧制県立1中)
08 広島大学理学部1号館
09 広島電鉄本社変電所と路面電車
10 御幸通り
11 日本通運出汐倉庫
12 比治山陸軍墓地
13 広島城周辺の旧軍事施設
14 基町の被爆エノキ
15 原爆ドームと平和公園

 

 

ヒロシマ その惨禍 未来への証言

『ヒロシマ その惨禍 未来への証言』(広島平和教育研究所、広島平和教育研究所出版部 、 19840803)

目次

章節項
発刊によせて
序章
Ⅰ章 ヒロシマをたずねる
1 原爆ドームと平和記念公園
(1)軍都広島 (2)平和都市広島 (3)広島平和記念公園 (4)原爆ドーム
2 原爆モニユメント
(1)広鳥平和都市記念碑(原爆慰霊碑)
(1)人的被害の「空白」 (2)碑文の由来と「碑文論争」
(2)原爆供養塔
(3)原爆犠牲国民学枚教師と子どもの碑
(4)県立広島第二中学校職員生徒慰霊碑
(5)韓国人原爆犠牲者慰霊碑
(6)義勇隊の碑
(7)原爆の子の像
(8)峠三吉詩碑
(9)原爆犠牲ヒロシマの碑
(10)マルセル・ジュノー博士記念碑
(11)嵐の中の母子像
(12)ローマ法王平和アピールの碑
(13)平和の灯
3 原爆被災資料
(1)広島平和記念資料館(原爆資料館)(2)広島平和記念館
2章 原爆は何をもたらしたか
1 原子爆弾
(1)原子爆弾の関発 (2)原子爆弾の構造 (3)原爆の威力と放射線 (4)原爆投下の理由 (5)原爆投下
2 原子爆弾による被害
(1)熱線による被害 (2)爆風による被害 (3)放射線による被害
(4)原爆後障害 (1)ケロイド (2)血液障害 (3)眼の障害 (4)胎内被爆 (5)悪性腫瘍 (6)遣伝的影響
3 原爆被害の特質一その非人道性
(1)人的被害 (2)建物被害 (3)その非人道性
3章 被爆者は何を体験したか
1 劫火に追われて
1-1 原爆地獄 死出の行列
(1)戸坂分院 (2)可部地区分院群 (3)江波分院 (4)庄原分院 (5)大田分院 (6)宇品分院 (7)広島第二陸軍病院
1-2 それは「人間の死」ではなかった
2 被爆者は、いま
2-1 肉体的・精神的・社会的条件の破壊
(1)『苦しむことだけで生きてきた人生じゃった』(中川さんの最合)
(2)『どうにもならにやあ自殺した方がえエ』(坂井さんの戦後)
(3)『妹は私が殺した…』(惨苦の思いを残して死んだ山田さんの場合)
(4)精神病院への入院(吉川さんとその家族の場合)
2-2 被爆の実相と原爆医療法
(1)直技被爆者 (2)入市被爆者 (3)胎内被爆者 (4)被爆者の遺伝的影響
2-3 被爆者は、日本人だけではない
2-4 被爆者の要求と国民的課題
(1)被爆者の救護と医療 (2)原爆医療法と特別措置法 (3)被爆者の実態 (4)被爆者の要求と課題
4章 核兵器・核戦略・核戦
4-1 今日の核兵器
(1)核兵器貯蔵量 (2)戦略核兵器 (3)戦術核兵器(戦場核兵器)(4)戦域核兵器
4-2 核戦略と世界
(1)核実験 (2)核戦略の推移 (3)核兵器の対峙状況 (4)核戦争の危機
4-3 核戦争と被害予測
(1)1メガトン核爆弾の威力 (2)戦域核戦争による被害 (3)世界核戦争のシナリオ (4)予測される被害 短期的影響 (5)予測される被害 長期的影響
5章 1.平和教育の意義と課題  2.平和教育の構造  3.平和教育の目的  4.平和教育の内容  5.平和教育の方法  6.平和教育運動
むすびにかえて
資料
1 広島原爆による人的被害関係文献資料
2 大戦末期の戦時法令等
3 広島平和記念資料館(原爆資科館)入館状況
4 つるの折り方
5 平和教育映画フィルム・ライブラリー

夏の生活

『夏の生活』(広島県夏休み帳編集委員会、広島教育会館出版部、1977) 所蔵:ピカ研

学年 科目 備考
1 国語科 峠三吉「仮繃帯所にて」
社会科 原爆=戦争=平和を考えよう
音楽科 原爆ゆるすまじ
数学科
英語科
技術家庭科(男子用)
技術家庭科(女子用)
2 国語科 八島藤子「私は広島を証言する」
社会科 原爆=戦争=平和を考えよう
英語科(New Prince用) ”Give back my father”(峠三吉)
英語科(New Horizon用) ”Give back my father”(峠三吉)
数学科
音楽科
理科
3 国語科 峠三吉「八月六日」
英語科(New Horizon用) “A Little Boy”(Takehiko Fujimoto)
英語科(New Prince用) 1.English Diary<例>ひとつの事件・問題などを例として
数学科
音楽科
技術家庭科(男子用)
技術家庭科(女子用)
別冊 原爆を考えよう 46年度夏の生活
別冊 今日の核時代を考える 52年度夏の生活
別冊 今日の核兵器と被爆者問題を考える 53年度夏の生活

原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録

『原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録』
「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会(編・刊)1983/02/21

目次
◆『八月六日』 峠三吉 1
◆『あの時…』 小林岩吉 2
◆『水ヲ下サイ』 原民喜 4
◆建立除幕によせて 5
石田明/河野浩樹/荒木武 7
若者の願いはばたけ 森下弘 11
ヒロシマの高校生とノエルベーカー卿 森滝市郎 12
原爆瓦が語るもの 佐久間澄 13
君たちは知ったのです 宮崎安男 14
ヒロシマの碑建立に思う 藤本幸作 15
『高校生の平和アピール』の意味するもの 松崎徹 16
高校生の平和アピール・行動提起 17
原爆瓦の叫び今こそ 大亀信行 18
小さなともしびから大きな炎へ 吉川徹忍 19
青春のエネルギーに囲まれて 土肥穣治 20
◆ちかいのことば 21
小学生のちかい・斉藤力(福山市立旭丘小学校 児童会代表)23
中学生のちかい・林文子(広島市立翠町中学校 生徒会代表)24
若者のちかい・山口小百合(広島商業高等学校・広島県高校生平和ゼミナール)25
◆碑・制作を終えて 27
『ヒロシマの碑』の思想 横山英 28
モニュマンの空高く 芥川永 30
平和を願う心の目を 吉田正浪 31
『ヒロシマの碑』に思う 林重男 32
私への鎮魂歌 構成詩『原爆瓦は語り続ける』を執筆して 深川宗俊 34
『原爆瓦』を追う映画を 田辺昭太郎 38
◆建設のあしどり 山下希昭 39
原爆犠牲ヒロシマの碑建設運動と募金活動のあらまし 41
原爆犠牲ヒロシマの碑建設委員会・同発起五十六団体名簿 62
原爆犠牲ヒロシマの碑建設のあそどり(事務局日誌)63
原爆犠牲ヒロシマの碑建設募金会計決算書 69
◆碑文づくり・ヒロシマ学習のなかで 71
平和学習のシンボルとして 沢野重男 72
全国の子どもたちから寄せられた碑文案撰64点 73
◆ヒロシマの碑プロフィール 77
◆募金に添えて送られてきた全国からの便り 91
◆構成詩『瓦を守れ』 広島・鈴峰高等学校社会科学研究部 123
◆ヒロシマの碑除幕に捧げる構成詩・『原爆瓦は語りつづける』 深川宗俊 131
◆ヒロシマの碑除幕に捧げる歌『ひびけひろがれ』 丸山亜季 146
◆附属資料 147
1 原爆犠牲ヒロシマの碑『説明文』(和・英)149
2 除幕式関係・各社報道記事(紙面)151
3 ヒロシマへの旅・原爆遺跡、記念碑めぐり 157
4 広島市長『平和宣言』 166
5 一九四七年八月文部省著作発行『あたらしい憲法のはなし』 188
6 平和の歌 歌曲集 232

 

加害基地宇品-新しいヒロシマ学習

『加害基地宇品-新しいヒロシマ学習』
空辰男著  汐文社 1994 /07/10

目次

見出し 備考
はじめに
1 原爆につながっていた軍港宇品
金輪島で見た火の玉
似島で叫ぶ母の呼び声
凱旋湯の子、日出子さんはまだ
若き海上特攻隊の被爆者救出
「軍港・宇品」の終結とヒロシマ
2 「臨戦地宇品」とはなんだったのか
日清戦争と軍港のはじまり
その頃の世界勢力と富国強兵
臨時首都(帝都)広島と神話
木口小平と正岡子規
軍港と陸軍検疫所似島のあゆみ
凱旋碑が平和碑になり得るか
3 宇品築港の本当の目的はなんだったのか
千田貞暁と願いと苦難
漁場を失う地元漁民の反対運動
人造石と服部長七と功労
「呉鎮」と「海兵」と「字品」
無用の長物と士族授産の行彼
西方をみつめる千田銅像
4 “うじな”にそろっていた自然条件
仁保姫神社の伝説と港
宇品島観音寺伝説と港
三代十郎兵衛物語りと大河のり
“うじな”の名の由来と港
5 軍港と陸軍墓地と歴史的責任
離散家族・三百万人の責任
平頂山事件と撫順戦犯管理所の教え
陸軍墓地の兵士の骨と被爆者の骨
「港」唱歌とヒロシマの心
6 古代から年表が語る「港・宇品」

平和教育へのあゆみ

『ひろしまの平和教育』(第2輯)

章節(頁) 見出し 備考
(平和教育へのあゆみ)広島県における「平和教育」第二十次教研までのあゆみ
1-1 第18次県教研での問題提起とその討議
1-2 第18次日教組全国教研へ問題提起
1-3 第19次県教研での取組みとその内容
1-4 県被爆教師の会の結成とその活動
会の活動方針とその動き
「ひろしま」「ながさき」を教えつづけることの誓いと訴え
さらに活動を強化発展させるために
1-5 平和教育教材づくり
2 (第20次県教研の実践報告より 1)人権と民族平和への課題-平和教育の土台づくり
なぜ平和教育が必要か(23)/平和教育をいつどのように行うか(27)/研究体制づくりと研究の経過(28)/教材の自主編成によって平和を認識させる(31)/
(第20次県教研の実践報告より 2)平和教育の実践でかわりつつあるその実態
平和教材「ひろしま」を使って(40)/8月6日を学校行事にして(49)/今後の課題(55
(第20次県教研の実践報告より3)大久野島-毒ガスをどう教えるか
大久野島を教える意義(56)/大久野島の地理と歴史(57)/毒ガスの島(60)/基地の島(71)/レジャーの島の中に(71)/従業員のくらしと運動(74)/今日の生物化学兵器(85)/大久野島をどう教えたかの実践例(88)
(平和教育への認識と展望)ひろしまの教師はなぜ平和教育を実践するのか
平和教育への阻害条件
“ひろしま”で何をどう教えるのか
平和教育は最高の倫理を教える教育
平和教育教材“ひろしま”指導資料(全)

 

 

 

ひろしまの平和教育

『ひろしまの平和教育』

発行年月日 備考 所蔵
G=原爆資料館。U=宇吹。
1 19700315 県平和教育専門委、教材編集委、被爆教師の会編 GU
19700701 『広島教育』別冊 No.218。第19次広島県教研集会平和部門専門委員会、広島県平和教育教材編集委員会、広島県原爆被爆教師の会編 GU

 

2 19710720 広島県平和教育専門委員会、広島県平和教育教材編集委員会、広島県被爆教師の会編 GU
3 19730330 広島県平和教育専門委員会、広島県被爆教師の会編、広島平和教育研究所 GU
4 19760110 広島平和教育研究所、広島県教研平和教育部会編 GU
5 19780325 広島平和教育研究所、広島県教研平和教育部会編 GU
6 19800315 広島平和教育研究所、広島県教研平和教育部会編 GU

 

 

広島平和教育研究所

広島平和教育研究所   設立:1972年6月1日

設立宣言

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
峠三吉

ヒロシマを忘却することは許されない。

それは、原爆の犠牲となった多くの人びとへの贖罪と鎮魂の意味からだけではない。全人類が無知と偏見、戦争の恐怖から免れ、平和のうちに生存し抜くことは、核時代を生きるわれわれの至上の課題であり、ヒロシマはその原点だからである。

人間の心に平和のとりでを築くことは、教育の力にまつところが大きく、ヒロシマは核時代の教育を問い直す原点である。教育を通して、ヒロシマを後の世代に継承し、人類共通のものにすることは、世界平和に貢献する人類史的責務である。

われわれは、このことを深く自覚し、平和教育に関する科学的究明を行なうとともに、広く世界の平和教育を推進することをめざして、ここに「広島平和教育研究所」を設立する。