『誓いの炎ー長野県高等学校「学校平和宣言」』(長野県高等学校教職員組合平和教育専門委員会、総合編集プロダクション章文館、19850310)
目次
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発刊に寄せて |
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心ここにうち揃ふ |
清水正行(長野県高等学校教職員組合執行委員長) |
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先達として、さらに大きな前進を |
金子毅(日本高等学校教職員組合中央執行委員長) |
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発刊にあたって |
長野県高等学校教職員組合平和教育専門委員会 |
『宣言』に至るまでの歩み |
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第1章 |
学校平和宣言-その意義と取り組み |
第2章 |
平和教育の歩みと到達点 |
1 |
安保体制と平和教育の始まり |
2 |
全県的な平和教育の展開 |
3 |
平和教育の広がり |
第3章 |
今後の展望と課題 |
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各校の『宣言』文と、取り組みの経過 |
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教師の宣言 |
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生徒たちの宣言 |
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「非核平和都市宣言」をした長野県下の市町村 |
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長野県高等学校教職員組合第54回定期大会決議(抜粋) |
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「学校平和宣言」のとりくみについて(指示) |
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自衛隊勧誘の実態調査 |
付 |
各界の平和に関する決議 |
『高校生平和大使にノーベル賞を 平和賞にノミネートされた理由』(「高校生平和大使にノーベル賞を」刊行委員会編、長崎新聞社、20180804)
目次
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第1章 |
ノーベル賞候補ノミネートへの道 |
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第2章 |
高校生平和大使への軌跡 |
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第3章 |
未来へつなげていくために |
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特別収録 |
高校生平和大使アンケートから |
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資料 |
歴代の高校生平和大使一覧、署名数推移 |
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あとがき |
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『ドキュメンタリー原爆遺跡 -ヒロシマの子の爆心地レポート』(広島高校生平和ゼミナール・広島県歴史教育者協議会・広島市教職員組合編、平和文化、19880701)
目次
章 |
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刊行によせて |
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森田俊男(日本平和教育研究協議会代表委員) |
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序文 |
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横山英(広島大学名誉教授・広島高校生平和ゼミナール校長) |
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原爆遺跡マップ |
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電車運転系統図 |
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[楽譜]核の時代ヒロシマの子は |
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グラフ原爆遺跡 |
1章 |
被爆樹の記録 |
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樹木の被害状況(大亀信行) |
01 |
基町の被爆エノキ(沢野重男) |
02 |
広島城のユーカリ(衛藤裕華) |
03 |
平和公園のアオギリ(岡田邦子) |
04 |
鶴見橋の被爆ヤナギ(坂本そのみ) |
05 |
縮景園のイチョウとケヤキ(田丸綾子) |
06 |
天満小学校のプラタナス(二宮孝司) |
2章 |
爆心建造物の記録 |
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建物の被害の概況(村井誠吾) |
01 |
広島大学理学部一号館(村井誠吾) |
02 |
広島赤十字病院(村本秀樹) |
03 |
日本銀行広島支店(河本俊雄) |
04 |
旧制広島第一中学校(福永誓) |
05 |
中国電力(杉本麗次) |
06 |
原爆ドーム(三宅昌子) |
07 |
頼山陽文徳殿九輪の塔(水津素行) |
08 |
広島銀行銀山町支店(小川周作) |
09 |
旧広島管区気象台(木本安彦) |
10 |
旧広島中央放送局(村井誠吾) |
11 |
本川小学校(小西、松井) |
12 |
広島市役所(加藤知之) |
13 |
広島貯金支局(新谷博美) |
14 |
逓信局と逓信病院(岡田邦子) |
3章 |
川と橋の記録 |
|
橋は見ていた(高橋信雄) |
01 |
猿猴橋(門田令子) |
02 |
元安橋(村上敬之助) |
03 |
旧観音橋(辻隆広) |
04 |
御幸橋(高橋信雄) |
05 |
京橋(高橋信雄) |
06 |
万代橋(高橋信雄) |
07 |
荒神橋(大西五巳) |
4章 |
寺と社の記録 |
|
神社・寺院・墓石などの原爆被害に因んで(沢野重男) |
01 |
白神社(大盛真子) |
02 |
慈仙寺(正路順子) |
03 |
禿翁寺の六地蔵(井口博美) |
04 |
興禅寺(前田賢二、古川暢之、皆川直史) |
05 |
広瀬神社(田丸綾子) |
06 |
光隆寺(新谷博美) |
07 |
西向寺(為平新吾) |
08 |
三滝寺と原爆無縁墓(河岡陽子) |
09 |
本願寺派広島別院(吉川徹忍) |
10 |
被爆親鸞聖人像の台座(沢野重男) |
11 |
清住寺(渡辺雅恵) |
|
平和について考え、行動する高校生とともに |
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光寺重信(光隆寺住職) |
|
友情と団結のある未来を |
|
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の言葉より |
|
解説(1):相原和光(元広島YMCA総主事) |
|
解説(2):野口由松(元広島教区長、司教ドミニコ) |
5章 |
旧軍全滅の記録 |
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広島市内の旧軍関係施設について(高橋信雄) |
01 |
大本営と広島城周辺の旧軍施設() |
02 |
広島陸軍兵器支廠 |
03 |
陸軍被服支廠 |
04 |
宇品陸軍糧秣支廠 |
05 |
広島第二陸軍病院 |
06 |
比治山陸軍墓地 |
07 |
宇品線 |
08 |
似島 |
09 |
金輪島 |
|
調査を終えて 高校生の感想 |
|
あとがき(高橋信雄・沢野重男) |
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|
『ヒロシマの旅-碑めぐりガイドブック 』(広島県歴史教育者協議会・「ヒロシマの碑」建設委員会・広島県高校生平和ゼミナル監修、平和文化、19830623)
内容
頁 |
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|
はじめに ヒロシマを学ぶことの意味 |
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02 |
ヒロシマの旅 原爆モニュメントめぐりモデルコース解説 |
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04 |
原爆ドーム |
|
06 |
原民喜詩碑 |
|
07 |
爆心地 |
|
08 |
原爆犠牲ヒロシマの碑 |
|
10 |
広島平和都市記念碑 |
|
12 |
原爆の子の像 |
|
14 |
原爆供養塔 |
|
15 |
嵐の中の母子像 |
|
16 |
原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑 |
|
18 |
峠三吉詩碑 |
|
20 |
全損保労働組合被爆20周年記念碑 |
|
21 |
韓国人原爆犠牲者慰霊碑 |
|
22 |
モニュメント案内(2) |
|
21 |
原爆遺跡案内一覧 |
|
28 |
原爆慰霊碑・記念碑一覧 |
|
30 |
歌集 原爆を許すまじ |
|
31 |
歌集 青い空は |
|
32 |
おわりに |
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32 |
原爆学習文献一覧 |
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平和公園内慰霊碑所在地図 |
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イモヅル(広島地区高部協機関誌)8号(1978年度)
(広島地区高校生部落問題研究協議会、197905)
目次
『原爆瓦-世界史をつくる十代たち』
(山口勇子著,出版元:平和文化、発売元:汐文社、1982/07/07)
頁 |
タイトル |
備考 |
12 |
瓦が再現してみせた原爆 |
|
|
実験-原爆を再現する 12
瓦が気体になった 12
ぼくたちの原爆 16
ヒロシマナガサキを「体験」する 17
熱量計算-三・〇×一〇の一二乗カロリー 19
核兵器廃絶の若い仲間 20
にのしま |
|
25 |
「その日はいつか」の詩にあるように |
|
|
ヒロシマの風景 27
そしてわたしのヒロシマ 29
ほんとうのところを見極めて欲しい |
|
34 |
高枚生集会の高まり |
|
|
原爆瓦までの道のり 34
歩み始めた高校生たち 35
高まり見せた高校生集会 37
「史樹ちゃんはわたしたちです」 |
|
46 |
平和ゼミナールで育つ高校生たち |
|
|
無名戦士の碑 46
平和ゼミナールの授業 48
その日にこそ平和と民主主義を学ぶ 52
ヒロシマに生きる |
|
56 |
ヒロシマの子どもたち |
|
|
拠点 56
八木満喜男のこと |
|
62 |
初めて瓦を掘りあてたとき |
|
|
片手落ちの広島 62
「あった!」 63
頭と心と体で学ぶフィールドワーク 66
突然の新聞記事 |
|
71 |
瓦のように溶かされたくない |
|
|
アピール・ヒロシマの川を考えよう 71
初めての対市交渉 71
みんなの手で一枚でも多く 75
瓦のように溶かされたくない |
|
79 |
各地に旅立つ原爆瓦 |
|
|
輪の広がり 79
世界につながる瓦発堀 81
「この瓦でヒロシマの願いを広めてください!」 82
瓦を守れ |
|
93 |
はがき作戦 |
|
|
荒木広島市長殿 93
再び瓦発掘ヘ 95
市の計画 97
急速に盛り上がる瓦保存運動 |
|
100 |
ボタンを見つけた |
|
|
四種のボタンが語る戦争と原爆 100
「だからなくさなければ、わたしらがやらなくては……」 102
「原爆さえなかったら……」 104
自分の手でつかみとったもの |
|
108 |
「昭和の歴史」研究グループ |
|
|
特別講座-学習から自分の生き方を考える 108
ヒロシマのもう一面 110
青春のひとみを支えるもの 113
米軍機ファントム墜落 114
安保によって米兵は裁かれない! 115
女性である前に人間であれ |
|
120 |
受ける平和からつくりだす平和へ |
|
|
ヒロシマ-一九八一・八・六 120
ええことばかりいって 121
“新天地”長崎ヘ 122
第八回八・六高校生集会 123
受ける平和からつくりだす平和ヘ 124
白いチョゴリの被爆者 126
吸収したものの重さ 127
「ぼくの弟も食べ物がなくなって死にました」 128
ずっと続く道 |
|
131 |
長崎研修旅行で得たもの |
|
|
平和ヘの初旅 131
この怖さをいっぱいに広げよう 133
ヒロシマナガサキの瓦で友情と平和を 135
平和ゼミの感覚だけで考えてはいけない 137
若者は若者らしい方法で |
|
141 |
ノエルベーカーの手紙運動 |
|
|
ノエルベーカー卿との再会 141
ノエルベーカーの手紙 142
ノエルベーカー卿に瓦を渡した |
|
156 |
原爆の証を消してはいけない |
|
|
第三回対市交渉 156
こっちの力を大きくすることだ |
|
163 |
げんばくがわらをほりました |
|
|
すすむ発掘作業と交流 P63
現実と理想が一体化されない不安 164
げんばくがわらをほりました 166
一〇フィートフィルムカンパ 170
お供養して下さい |
|
174 |
平和への願いが市を動かした |
|
|
「ぼくはかわらをすててはいけないと思います」 174
平和への願いが市を動かした 176
最後の原爆瓦発掘 |
|
182 |
原爆瓦モニュメントの土台の重さ |
|
|
かわらおばさん 182
あの平和公園はきれいすぎる 183
安田女子高校社会科学研究部の場合 185
出会いのすばらしさ 190
原爆瓦前史-故田辺勝さんのこと |
|
196 |
アリス・ハーズ賞受賞 196
アリス・ハーズ賞 196
生にむかって先頭に立ってください 197
生命が未来をもつように 199
実践を通じて学ぶこと 201
高校生平和ゼミの意義深さ |
|
206 |
原爆瓦のモニュメント建設へ |
|
|
建設募金一番乗り 206
原爆の子の像 207
第二の原爆の子の像建設にむけて 209
平和のためのモニュメント 214
街頭行動ヘ 216
世界の歩みの中の原爆瓦発掘 218 |
|
220 |
各地の高校生平和ゼミ“出航” |
|
|
被爆体験継承の役目を担って 220
神奈川でも 221
長崎でも 223
呉でも 223
埼玉でも |
|
236 |
平和の記念碑を |
|
|
相つぐ募金と手紙 236
小学生たちの奮闘 238
ヒロシマの心を世界に 244
第五回平和ゼミナール 5
別れと出発の季節 247
もどらぬ風 249
平和教育“戦士”の新しい門出 251
平和は待つものではない、つくりだすものだ |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
254 |
あとがき 1982年5月23日・東京行動の日に |
|
|
|
|
『高校生の平和ハンドブック』(森田俊男・小岩井益夫・沢野茂男著編、平和文化刊、19860707 )
目次
章 |
|
|
|
核廃絶を求める高校生の平和アピール |
(19820805) |
|
|
長崎高校生平和ゼミナール |
広瀬方人(世話人) |
|
|
埼玉高校生平和ゼミナール |
小岩井増男(世話人) |
|
|
呉・高校平和の集い |
大田英雄(世話人) |
|
|
広島高校生平和ゼミナール |
横山英(校長) |
|
はじめに:地域にねざし、人類の課題を担う日本人ヘ |
森田俊男 |
|
1 |
ここまできたぞ高校生 |
|
|
1-1 |
雨ニモマケズ、風ニモマケズ |
|
|
1-2 |
核時代を生き抜く力を |
|
|
1-3 |
ノエルベーカーの手紙 |
|
|
1-4 |
高校生は世界史をつくる |
|
|
1-5 |
ヒロシマの叫びを ともに |
|
|
1-6 |
人類の良心を引き継ぐもの |
|
|
1-7 |
いつでもどこでも平和ゼミ |
|
|
1-8 |
平和のための学力を |
|
|
1-9 |
明日ではおそすぎる |
|
|
2 |
ワイワイ、ガヤガヤやってるぞ! |
|
|
報告 |
|
|
1 |
長野 1160名の「生徒会平和宣言」 |
宮下与兵衛 |
|
2 |
山形 「ノエルベーカーの手紙」運動《国際版》 |
管幹雄 |
|
3 |
高知 いま、「足もと」から平和と青春を考えよう |
上岡橋平 |
|
4 |
呉 戦跡フィールドワークを受け継ぐ高校生-呉地区高校生平和の集いの12年 |
大田英雄 |
|
5 |
神奈川 「ヒロシマ研究旅行」は生徒を変える |
亀井博 |
|
6 |
広島 ヒロシマからの報告-合唱構成詩「見えてきたヒロシマ・ナガサキ」 |
沢野重男 |
|
7 |
埼玉 「50字メッセージ」から「平和討論会」 |
小岩井増男 |
|
|
特別報告・京都 現代を生きる高校生たち―同和教育にかかわってきた道をふりかえりながら |
石田真一 |
|
3 |
平和学習講座を自主編成してみよう! |
|
|
3-1 |
物理・原爆炸裂時の火球表面温度の推定、他 |
大亀信行 |
|
3-2 |
現代社会・核戦争はおきるか-ザ・ディ・アフター |
沢野重男 |
|
3-3 |
英語・平和を求める手紙を英語で書いてみよう! |
管幹雄 |
|
3-4 |
国語・峠三吉の生き方 |
深川宗俊 |
|
3-5 |
国語・ヒロシマの詩の艦賞と創作 |
山岡照 |
|
3-6 |
美術・美術と平和のかかわり・ゴヤの生き方と作品を通して |
鈴木勉 |
|
3-7 |
家庭・戦時食を調理・試食してみよう |
辻井敏子 |
|
3-8 |
書道・書(道)で平和を訴える |
森下弘 |
|
3-9 |
音楽・「鳩の絵を書こう」 |
黒板正文 |
|
4 |
高校生は世界史をつくる |
|
|
4-1 |
18歳公民権をにないうるものに-国民主権と人権の感覚を |
|
|
4-2 |
18歳以下の青少年に意見表明の権利を-国際的な動向をふまえ |
|
|
4-3 |
高校生は世界史をつくる |
|
|
おわりに |
小岩井増男 |
|
広島地区高校生部落問題研究協議会
資料
資料名 |
年月日 |
備考 |
|
|
|
機関誌『ヒロシマ部落研』 |
宇吹所蔵分=U |
13号 |
19840525 |
U |
14号 |
19850525 |
U |
|
|
|
23号 |
19940615 |
U |
特集:朝鮮人強制連行・強制労働問題 歴史を学ぶ高校生 |
各学校の活動報告 |
美鈴が丘高校社会問題研究部 |
|
|
比治山女子高校社会研究部 |
|
|
崇徳高校平和問題研究部 |
|
|
舟入高校社会問題研究部 |
|
|
山陽高校部落研 |
|
|
電大附属高社研部 |
|
|
安田女子高校社研部 |
|
|
広島市立広島工業学校部落研 |
|
|
|
|
|
|
|
資料:高校生平和ゼミナール
資料名 |
著者など |
年月日 |
所蔵 |
|
G=原爆資料館、U=宇吹 |
ヒロシマ・ナガサキをになう高校生 第21回原水爆禁止世界大会階層別集会「高校生と原水禁運動」報告集 |
階層別集会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会 |
1976/07/06 |
GU |
若者よ語り励ましともに学ぼう 第22回原水爆禁止世界大会分科会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会報告集 |
分科会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会 |
1977/01/21 |
GU |
第1回 第1回広島県高校生平和ゼミナール |
同実行委員会 |
1978/02/11 |
GU |
より確かに平和へ歩もう No.1 第1回広島県高校生平和ゼミナールの記録 |
同実行委員会 |
1978/05/03 |
G |
ヒロシマの高校生の平和活動-高校生は世界史をつくる |
広島県高校生平和ゼミナール実行委員会 |
1978/12/11 |
G |
より確かに平和へ歩もう 第2号 第2回広島県高校生平和ゼミナールの記録 |
同実行委員会 |
1979/08/05 |
GU |
高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1979年世界大会関連行事・第6回8・6全国高校生集会総括集 |
8・6全国高校生集会現地実行委員会、広島県高校生平和ゼミナール実行委員会編 |
1979/11/03 |
GU |
高校の平和教育 続「ひろしま」から学ぶ |
広島県高等学校平和教育推進教材編集委員会編 |
1980/01/10 |
G |
高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1980年世界大会関連行事・第7回8・6全国高校生集会総括集 |
8・6全国高校生集会現地実行委員会、広島県高校生平和ゼミナール実行委員会編 |
1981/07/30 |
U |
原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録 |
「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会編 |
1983/02/21 |
U |
ヒロシマの旅-碑めぐりガイドブック |
広島県歴史教育者協議会、「ヒロシマの碑」建設委員会、広島県高校生平和ゼミナール編 平和文化刊 |
1983/06/23 |
GU |
高校生の平和アピール 私たちは学び訴える |
広島・長崎・埼玉高校生平和ゼミナール、呉高校生平和の集い編 平和文化、汐文社(発売) |
1983/10/16 |
G |
世界史をつくる者たちへ-高校生は五〇字メッセージで訴える |
平和文化刊 |
1983/11/20 |
GU |
|
編:埼玉県、広島県、長崎、大阪、かながわ 高校生平和ゼミナール、呉高校生平和の集い実行委員会、京都高校生部落問題研究会 |
歌集 見えてきたヒロシマ・ナガサキ |
広島県高校生平和ゼミナール |
1985/08/06 |
U |
高校生の平和ハンドブック 核時代を生きる若者たちのために |
森田俊男・小岩井増夫・沢野重男編 平和文化 |
1986/07/07 |
GU |
ドキュメンタリー原爆遺跡 -ヒロシマの子の爆心地レポート |
平和文化発行元、汐文社発売元 |
1988/07/01 |
GU |
|
広島高校生平和ゼミナール、広島県歴史教育者協議会、広島市教職員組合編 |
PEACE 第17回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’90報告集 |
全国高校生平和集会実行委員会編・刊 |
1990/11/01 |
GU |
PEACE 第18回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’90報告集 |
第18回全国高校生平和集会’91長崎実行委員会 |
1990 |
U |
P EACE 第19回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’92報告集 |
第19回全国高校生平和集会実行委員会 |
1992/12/01 |
GU |
高校生の平和ハンドブックⅡ |
高校生平和ゼミナール全国連絡センター 平和文化 |
1995/08/06 |
G |
高校生の平和ハンドブックⅢ-戦後50年高校生は平和のためになにを学び、調べ、訴えたか |
高校生平和ゼミナール全国連絡センター編 平和文化 |
1996/07/20 |
G |
オキナワからのメッセージ 広島と沖縄をむすぶ平和ゼミナール・報告集 |
広島高校生平和ゼミナール |
1996/08/01 |
G |
高校生の韓国旅ガイドー「友情づくり」の旅のために |
高知高校生平和ゼミナール 平和文化 |
1996/08/09 |
G |
PEACE 第25回全国高校生平和集会報告書 |
全国高校生平和集会実行委員会 |
1999/08/01 |
G |
核兵器と戦争のない21世紀をめざす 高校生の平和アピール |
高校生平和ゼミナール全国連絡センター 平和文化 |
2003/08/15 |
G |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
(8・6)全国高校生集会
回 |
年 |
会場 |
備考 |
01 |
1974 |
広島・労働会館 |
参加者:約100名 |
02 |
1975 |
広島・神崎小学校 |
参加者:広島県内60数人、全国各地200数十人、計約300人。 |
|
|
『ヒロシマ・ナガサキをになう高校生 第21回原水爆禁止世界大会階層別集会「高校生と原水禁運動」報告集』 |
03 |
1976 |
広島・観音中学校 |
参加者:230名。 |
|
|
『第22回原水爆禁止世界大会分科会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会報告集』 |
04 |
1977 |
広島・戸坂農協会館 |
参加者:300名。 |
05 |
1978 |
広島・広島女学院 |
参加者:232人(35都道府県) |
06 |
1979 |
広島商業高校旧講堂 |
参加者:330人(30都道府県)。 |
|
|
『高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1979年世界大会関連行事・第6回全国高校生集会総括集』(8・6全国高校生集会現地実行委員会・広島県高校生平和ゼミナール実行委員会) |
07 |
1980 |
広島女学院中学講堂 |
参加者:500余名(36都道府県)。 |
|
|
『高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1980年世界大会関連行事・第7回全国高校生集会総括集』(8・6全国高校生集会現地実行委員会・広島県高校生平和ゼミナール実行委員会) |
08 |
|
長崎・長崎商業高校 |
参加者:約300名 |
09 |
1982 |
広島女学院中学講堂 |
参加者:645名(1都1道2府31県)。 |
10 |
1983 |
長崎・長崎商業高校 |
参加者:約350名 |
11 |
1984 |
広島・二葉中学校 |
参加者:約700名 |
12 |
1985 |
長崎・長崎商業高校 |
参加者:500名 |
13 |
1986 |
広島女子商業高校 |
参加者:880名(40都道府県)。関連行事:NO NUKES CONCERT。広島県民文化センター、参加者700名 |
14 |
1987 |
長崎・長崎商業高校 |
関連行事:NO NUKES CONCERT。広島・安佐南区民文化センター、参加者500名 |
15 |
1988 |
広島商業高校 |
参加者:900名。 関連行事:NO NUKES CONCERT。広島・広島東区民文化センター、参加者500名 |
16 |
1989 |
長崎・活水女子高校 |
参加者:500名(33都道府県)。関連行事:NO NUKES CONCERT。広島国労会館、参加者200名 |
17 |
1990 |
広島・観音中学校男 |
参加者:700名(33都道府県)。関連行事:NO NUKES CONCERT。参加者500名 |
18 |
1991 |
長崎市平和会館 |
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19 |
1992 |
舟入高校・南区民文化センター |
参加者:800名。関連行事:NO NUKES CONCERT。参加者1000名 |
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1995 |
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27 |
2000 |
オンライン |
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28 |
2001 |
オンライン |
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29 |
2002 |
広島市アステールプラザ |
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30 |
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31 |
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20110808 |
長崎 |
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2014 |
広島 |
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2015 |
広島 |
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44 |
20170808 |
活水高校(長崎) |
19都道府県約110名 |
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2021 |
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2020 |
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オンライン |
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20210808 |
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オンライン |
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2022 |
広島朝鮮初中高学校 |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。