「41 広島原爆被災白書」カテゴリーアーカイブ

部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ

『部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ』(田阪正利編、部落問題研究所、20000501)

内容

若い人たちへの贈り物
苦楽をともにしたあゆみ
推薦の辞
序にかえて 軍都・広島と庶民
一 軍都・広島の形成 15
1 鎮西鎮台第一分営/2 鉄道と港湾の整備/3 専制的権力の確立
二 兵役と暮らし 22
1 日本の軍事行動/ 2 兵役と労働力/ 3 戦争犠牲者と国の責任
三 戦費調達と県民の生活 31
1 戦費/ 2 戦争と県民の生活
四 軍備拡張の思想 36
1 日清戦争・その後/ 2 軍備拡張の思想
わが町「ふくしま」
一 広島市と福島町-地勢と産業 41
1 デルタの町/ 2 軍需/ 3 川田村から福島町へ
二 底辺の暮らし 50
1 缶詰工場/ 2 年季奉公/ 3 乳幼児死亡
三 戦前の福島の活動1 組織的活動 60
1 福島町民一致協会の活動/ 2 県水平社福島支部の活動
四 戦前の福島の活動2 課題別活動と町民有志の活動 67
1 夜学校と福島小学校/ 2 青年団と子供会活動/
3 福島の医療機関/ 4 福祉・医療及びその他の活動
五 総括 79
1 戦前、福島の解放運動のあゆみ/ 2 戦前から戦後の活動へ/
3 福島町と「解同」
福島の原爆災害
一 被害者と加害者 91
1 弔いと祈り/ 2 終戦の詔勅/ 3 アメリカの良心
二 劫火 98
1 学徒動員/ 2 救護活動/ 3 それから
三 若い人たちに伝えたい-未解放部落被爆者の手記 105
1 差別と貧乏/ 2 若い人たちに伝えたい
四 福島町の被害 113
1 建物の被害/ 2 人的被害/ 3 総括
原爆症
一 原爆症の解明へ 123
原子爆弾災害調査研究特別委員会の結成
二 菊池日記 127
1 菊池日記/ 2 遭難/ 3 巡回診療
三 米軍による原子爆弾障害調査 134
1 リボーの日記/ 2 原爆による人体影響の調査/
3 調査資料の収集と加害調査
四 原爆行政 142
1 原爆行政/ 2 プレスコード/ 3 原爆傷害調査委員会(ABCC)
五 被爆者とともに1 151
1 ブラックボックス/ 2 治療研究体制の再建/ 3 死の灰/
4 原水爆禁止署名運動
六 被爆者とともに2 159
1 負の遺産/ 2 原子爆弾後障害研究会/
3 被爆者運動の発足/ 4 NGO被爆問題シンポジウム
福島の被爆者
一 福島被爆者の会の活動 173
1 福島被爆者の会の結成/ 2 福島被爆者の会の活動/
3 運動の発展/ 4 手記集『壁』の発行
二 貧困と被爆の後遺 182
1 老人実態調査から/ 2 病院のカルテから
戦後、福島の解放運動
一 戦後の福島 190
1 戦後の福島/ 2 太田川放水路改修反対闘争
二 「住みよい町づくり」の運動 195
1 診療所・病院建設と生協運動/ 2 子ども会活動/
3 住環境の整備とその影響/ 4 高齢者福祉の運動/5おわりに
参考資料
あとがき

 

 

広島赤十字病院慰霊碑

広島赤十字病院慰霊碑

建立年月日:1959年12月8日
所在地(建立当時):広島市千田町・広島赤十字病院
所在地(現在):広島県広島市中区千田町2-5-64
撮影年月日:2021年7月5日
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 (正面)(原文左横書)慰霊
(裏面) 昭和三十四年十一月吉日建之 日本赤十字社
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〔説明板〕(仏文略)

死はこの市に住む人々をも
その救護を使命とする人々をも
同時に襲った。かくして
残虐な無差別兵器はこの地点において
赤十字が創設した博愛の施設にも
打撃を与えたのであった。
しかしこの事件は
人間の良心を呼びさました。

その後人類は一体となって
戦争を放棄し
正義と平和の支配する友情の世界を
生みださねばならないことを 知った。

赤十字はこの福祉の業に
その熱情と誠意とを傾けるであろう。
赤十字国際委員会々長
レオポルド・ボアシエ

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広島赤十字・原爆病院メモリアルパーク

広島赤十字・原爆病院メモリアルパーク

所在地:広島県広島市中区千田町2-5-64
撮影日:2021年7月5日
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(資料) https://www.hiroshima-med.jrc.or.jp/brandnew/page2.php
メモリアルパークの移設について病院敷地の東端に以前ありました被爆遺跡(歪んだ窓枠)等のモニュメントを移設し、平成25年7月2日に「広島赤十字・原爆病院メモリアルパーク」がオープンしました。当日は日本赤十字社名誉副総裁である高円宮妃殿下によるご供花が行われ、多くの方々にご参列いただきました。モニュメントが設置されていた一帯に新棟を建設する計画となったことから、検討を重ねた結果、移設先は今後の病院の建て替え等で長期に亘り影響の出ない日本赤十字社広島県支部の敷地となりました。平和と人権尊重の重要性を語り継いでいく役割を担っているメモリアルパークを、平和教育の一環としても継承していきたいと考えています。また、既存メモリアルパークが466.0㎡であるのに対し約600㎡に面積を拡張させ、毎年8月6日に行われる慰霊式では、より多くの方に参列して頂けるよう配慮しています。