「01 月忌」カテゴリーアーカイブ

今堀恭子の面影

『今堀恭子の面影』(今堀一枝編、今堀友市、19560302)

内容<作業中

第1部 遺稿
1 短歌 1
2 詩および物語詩 21
3 学校劇「運命の並木路」 63
4 随筆 93
5 民話「マコマの話」(翻訳)137
6 小説「悪魔の悲しみ」(翻訳)143
7 「死」についての言葉 229
第2部 小伝
恩寵は溢る -今堀恭子の追憶-(今堀一枝)235
誕生/大阪へ/入学/一本橋を渡るけいこ/お誕生日/作文/赤い鳥/紫式部が好き/鈴蘭の花/中島小学校/女学生時代/ヘレフォード夫人とジュリアさん/女高師時代/文理科大学時代/父の外遊/福山へ/大学副手に/大阪へ/大阪時代に思い出すことの一、二/工員/原爆投下/あずまくだり/佐原の生活/東京へ/乳癌/日赤病院に入院/ギブスのなやみ/癌ではなかろうか/病篤し/解剖/医師のノート/
納棺式/告別式/式の順序/
弔電 279
弔辞1/尚志会代表(杉本直治郎)/  280
弔辞2/市女同窓会代表(神谷文子)  283
弔辞3/文理大同期生代表(森田武)  284
弔辞4/  286
弔辞5/受業生・同窓会代表  288
弔辞6/ 289
恩寵溢る  292
第3部 思い出
1 友人 299
2 旧師 327
3 別懇 339
4 受業生 353
5 家族 361
今堀友市
今堀淳一
今堀誠二
今堀宏三
今堀和友
今堀百合子
6 雑録387
故今堀恭子氏告別式(日本基督教団広島教会週報第9号 2月27日) 388
原爆症が影響か 今堀さんの死亡(中国新聞 2月28日)
原爆症で友を失う(皆実有朋新聞 30年4月1日)
 今堀恭子先生逝去さる(豊多摩同窓会会報 30年7月1日)
年譜 391
後記 396

 

「生きて・労働運動家 吉田治平さん」

「生きて・労働運動家 吉田治平さん(1922年~)」『中国新聞』15回連載20100518~0609 西本雅実記)<作業中

内容

1 組合60年 「弱者」に寄り添い歩む 2010/5/18
2 新聞記者の息子 転校繰り返し父が急死
3 広島一中 軍国教育にはなじめず
4 外務省電信課 日米開戦の足音感じる
5 学徒出陣 電信隊に配属 九州回る
6 廃虚の街 掘り返した母と妹の骨
7 新聞記者 焼け跡の掃除から入社
8 夕刊ひろしま 「戦後」に手探りで挑む
9
10 広島自由労組 日雇いに飛び込み結成
11 「もち代」要求 市役所に座り込み拘置
12 広島市議 仲間に推され4期当選
13 わしらの被爆体験 今も許せない原爆投下
14 皆実平和住宅 復興期から住み続ける
15 私の訴え 怒りを覚え 声を上げよ 201006

資料年表:山岡ミチコ

資料年表:山岡ミチコ<作業中

 年月日
19530905 『花の命は短かくて 原爆乙女の手記』(小島順編、 共同出版社)
 19730717  『ひろしまの河』第17号( 原水爆禁止広島母の会)
19951223 『広島大学公開講座:被爆50年-放射線が人体に与えた影響』(広島大学放送教育実施委員会、19951001)
 1995yamaoka
  20070101  2007yamaoka2
  20130201  「山岡ミチコさん 被爆し 渡米治療」(『中国新聞』20130201、田中美千子記)http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=8665

 

山岡ミチコ

山岡ミチコ

やまおか・みちこ ************生20130202没 82 被爆証言者。被爆10年後に渡米しケロイド治療を受けた女性25人の一人(『中国新聞』)

広島大学公開講座の宇吹担当回に出演。

 

河合幸尾論集 社会福祉と自立

『河合幸尾論集 社会福祉と自立』(河合幸尾、かもがわ出版、19980420)

内容

刊行にあたって―河合幸尾氏の研究業績と残された課題  真田是
1⃣ 社会福祉と自立・主体形成
社会福祉において、いま、なぜ自立か
現代の生活問題
福祉イデオロギー
社会福祉の到達点
2 社会福祉における自立とは何か
社会福祉の目的と福祉諸法における「自立」の位置  16
自立と人間的・社会的自由
社会福祉の権利と福祉労働の意義
3 自立に必要な諸条件の確保をめざして 23
生存権(生活権)空洞化の系譜  23
ナショナル・ミニマムと在宅福祉サービス
80年代以降の我が国住民運動の特徴  26
ワーカー・福祉諸機関の自立と主体性
「参加型福祉とボランティア活動(運動)の主体性
2⃣ 戦後生活保護行政の変遷
はじめに
旧生活保護法の成立と展開
1「生活困窮者緊急生活援護要綱」
2旧生活保護法の成立
3旧生活保護法の展開  47
4生活保護法改正への動き  54
5対日「民主化」政策のねらい
生活保護法の改正  65
1改正にこめられていた課題  65
2社会保障制度審議会勧告と国会審議
3新生活保護法の発足と社会福祉主事制度の誕生
保護「適正化」政策の展開  77
1再軍備政策と生活保護  77
2生活保護「適正化」政策の展問  81
3昭和二九年度社会保障関係予算削減問題
4生活保護闘争の発展と朝日訴訟の始まり
生活保護の低迷と低所得層対策  98
1「高度経済成長政策」と低所得層
2昭和三〇年代前半の生活保護
3低所得層対策と生活保護
生活保護における「ケースワーク」の展開
1厚生省生活保護理論とケースワーク
2生活保護行政における「ケースワーク」の変遷
3「ケースワーク」の行方  125
資本の強成長と生活保護の「整備」  129
1昭和三三年~三五年の改訂  129
2昭和三六年度第一七次改訂  134
3昭和三八年までの保護行政の展開
保護弾圧と労働力流動化政策の展開
1生活保護おける弾圧の開始
2弾圧期における保護の実態と全生連運運動
3労働力流動化政策としての生活保護
おわりに
3⃣ 追悼
研究者仲間から
医療生協の人びと
同窓、同郷の人びと
教え子たち
家族
河合幸尾教官研究業績一覧
河合幸尾略年譜
あとがき  228

わしらの被爆体験 100人の証言

『わしらの被爆体験 100人の証言』(全日自労広島分会・自労被爆者の会編、全日自労広島分会、19770720)<作業中

内容

わしらの被爆体験 ――この目で見た原爆地獄――
1
2 被爆後のわしら ――その生活と健康の不安――
3 わしらの願い ――原爆のない世界・援護法の制定――
怒りと悲しみの中から (組合・常任)吉田治平(54) 204
資料

吉田治平

吉田治平

よしだ・じへい  

20180131没

享年95 1945年8月6日の広島壊滅を福岡で聞く。軍命令で神奈川へ向かう途次の5日、上幟町の実家跡を掘り返す。1950年に広島自由労組を結成。元広島市議会議員。1977年失対労働者100人の証言『わしらの被爆体験』を編む(西本雅実「評伝・吉田治平さん」『中国新聞』2018.2.9)<別記予定>

鈴木直吉

鈴木直吉<作業中

すずき・なおきち 生19860129没 享年90歳 1949年広島県立医科大学教授。広島大学医学部教授(「中国年鑑1956」)。

略歴

年月日
1895 愛知県生まれ。
20歳で洗礼、クリスチャンに。
1926 東京帝国大学農学部卒業
東北帝国大学助手として解剖学者としての第一歩
岩手医学専門学校教授,満洲医科大学教授,横浜医科大学教授等。
1949 広島県立医科大学教授。
国立移管により広島大学教授
1958 停年退官
岩手医科大学教授,広島文教女子大学教授,順正短期大学教授を歴任
武者小路実篤や郭沫若と親交
1952 広島大学教授らでつくった「平和と学問を守る大学
人の会」会長
1955 第1回原水禁世界大会(広島市)の開催に尽力
1964 広島県原水協初代会長
日中広島県連合会名誉会長
1964 中国科学院の招待により第1回日本
学術代表団団長として訪中。
呉市芸術文化功労賞
1969 勲三等瑞宝章。
参考資料
広島大学「学内通信」19850325

栗原登

栗原登 くりはら・みのる<作業中

19261130生20160907没 享年90歳 広島大学原爆放射能医学研究所所長(1985年4月1日~1987年3月)。