『「原爆の子」をうけついで こども・青年・市民の平和へのねがい』(「原爆の子」をうけつぐ会、本の泉社、20120806)
内容
頁 |
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002 |
宇野豪 |
はじめに (「原爆の子」をうけつぐ会会長、修道大学名誉教授) |
009 |
第1部 |
応募作品より |
009 |
えみ かりん(小1) |
『8がつ6にちのこと』をよんで |
011 |
えきだ あすか(小1) |
せかいのへいわ |
011 |
森本あやか(小3) |
『おりづるの旅』を読んで |
014 |
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014 |
鳥井原聖(小4) |
平和新聞 |
015 |
中元達也(小4) |
ヒロシマに生まれて |
018 |
山下穂乃佳(小5) |
命の大切さ |
020 |
大原杏歌(小6) |
戦争はなくなるか |
022 |
藤川とも(小6) |
平和と戦争 |
024 |
遠藤正隆(小6) |
八月六日 |
026 |
尾形萌音(小6) |
みんな同じ地球で生まれた仲間 |
028 |
渡辺香依(小6) |
命の尊さ |
030 |
玖村成(小6) |
後悔の後にあるもの |
032 |
好永るり佳(中1) |
平和を世界へ |
034 |
蔡志遠(中1) |
身辺の平和 34 |
036 |
寺本光希(中1) |
六十六年目を迎えた広島 |
038 |
山本研矢(中1) |
身近な平和 |
040 |
高部祐香(中1) |
次に伝えていくために |
042 |
槙場百香(中2) |
平和の大切さ |
043 |
小川稚果(中2) |
知らないことを知ってもらうために |
045 |
城代花佳(中2) |
『原爆の子』を読んで私が思ったこと |
047 |
八木稜平(中2) |
祖父の被爆体験をうけついで |
048 |
佐伯菜那(中2) |
ヒロシマを学び語りつぎたい |
050 |
田羅理美(中2) |
他校との交流で深めあったこと |
052 |
市川里奈(中3) |
原爆の子 |
053 |
山田美咲(中3) |
私たちが気がつかなければいけない事 |
055 |
柴田龍人(中3) |
画面上の疑似戦争 |
057 |
岡智慧(高1) |
『原爆の子』を読んで |
060 |
上野結花(高1) |
広島高校生平和ゼミナールの活動の感想 |
062 |
鷹屋桃子(高2) |
空がとっても青いから |
065 |
秋山唯(高2) |
『原爆の子』を読んで |
067 |
川本彩子(高2) |
「世界に平和を」なんて言わない世界 |
070 |
芝亮祐(高2) |
『わたしがちいさかったときに』を読んで |
072 |
原田葵(高2) |
世界はいま平和か。平和でないとするとそれはなぜか。平和を妨げているものは何。自分に出来ることは何か。 |
075 |
加地真理子(高2) |
戦争とは、平和に反するものである |
077 |
馬場智大(大1) |
祖父の「記憶」を受け継いで |
085 |
梶山栞理(大3) |
私の考える「原爆の子」 |
088 |
窪川佐紀(大2) |
私の思う「原爆とむきあう」ということ |
092 |
中山結(大学院2) |
『原爆の子』を読んで今思うこと |
094 |
龍永直記(33歳) |
『原爆の子』をうけつぐ |
098 |
諏訪義圓(39歳) |
『原爆の子』がもたらす気付き |
102 |
上田寿世(49歳) |
子どもたちが命輝かせて生きる世界を |
105 |
宇城昌里子(49歳) |
命 生かされた つながって |
110 |
岡昌子(59歳) |
『原爆の子』を読んで |
114 |
大内正子(60歳) |
「母の記憶」から「私の記憶」へ |
116 |
藤井幸恵(68歳) |
蒔かれた種たち |
119 |
(70歳) |
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120 |
大越和郎(71歳) |
『原爆の子』と私 |
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選考委員講評 |
124 |
大槻和夫 |
<委員長>『原爆の子』を受けつぐ文章を読んで |
129 |
大井健地 |
ヒロシマのなお語られるべきもの |
131 |
柴田幸子 |
こども達の感想文から思うこと |
133 |
三浦精子 |
「原爆の子」をうけついで 選考を終えて |
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第2部 |
寄稿 |
136 |
海老沼香織 |
広島スタディーツアーを終えて |
138 |
渡部久仁子 |
『ヒロシマと私』 |
141 |
忍岡妙子 |
ヒロシマを伝え続けて |
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|
144 |
長田真紀 |
精神の橋をかける |
147 |
長田五郎 |
父長田新の願い |
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第3部 |
集い「『原爆の子』をうけついで」 |
150 |
舟橋喜恵 |
記念講演「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」から学ぶもの |
170 |
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資料 |
174 |
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あとがき |
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|
止
『「原爆の子」の父長田新 子どものしあわせと平和のために生涯をささげた日本のペスタロッチー』(川島弘著、本の泉社、2014/08/06)
内容
部章 |
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Ⅰ |
生い立ちから学生時代まで 13 |
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1 |
生い立ち 14 |
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日に新たなり 14/父と母 15/小学校時代 18/小石を拾いながら 20/諏訪中学校 21/「寮雨」 23/三輪先生との出会い 24/文武両道 25 |
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2 |
高等師範学校時代 28 |
|
|
|
広島高等師範学校へ 28/初めて教壇に立つ 30 |
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|
3 |
大学時代 32 |
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|
京都帝国大学へ 32 |
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Ⅱ |
日本のペスタロッチー 35 |
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1 |
澤柳政太郎の片腕として 36 |
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|
研究助手 36/新しい学校づくり 38/結婚と妻義子 41 |
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2 |
ペスタロッチー研究にうちこむ 43 |
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|
再び広島へ 43/ペスタロッチー運動を開始 44/ペスタロッチーにひかれて 45/厳しさと優しさ 新の講義 46 |
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3 |
川井訓導事件 49 |
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|
松本の小学校の教室で 49/その後の川井と長田新 51/信念の人 52 |
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|
4 |
世界的ペスタロッチー研究者に 53 |
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|
文学博士に 53/「すべてを他人のためにし おのれには何ものも」 54/山里の子どもたちを見つめて 57/暗い時代へ 59 |
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|
Ⅲ |
子どものしあわせと平和を守るために 61 |
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1 |
戦時中の長田新 62 |
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|
非国民とののしられ 62 |
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2 |
原子爆弾 64 |
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|
運命の日、八月六日 64/五郎父を救う 65/被服廠の看護所で 68/五郎の親孝行 70 |
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|
3 |
広島大学の誕生 72 |
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|
広島文理科大学長に 72/新制広島大学 73/激務からの解放 74 |
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4 |
『原爆の子』出版 76 |
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新たな決意 76/『原爆の子』たち 77/オート三輪に乗って 79/書きたくない、思い出したくない 81/泣き出してしまう女学生 83/出版を決意 85/岩波書店の勇気 86/プレスコードをのがれる 88/平和のためのバイブルに 89 |
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|
5 |
『原爆の子』の反響とその意義 92 |
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|
海の向こうからも 92/おさえきれぬ感動 93/一生消えない傷を背負って 98/『原爆の子』の意義 101/『原爆の子』の世界へ 102/「原爆の子友の会」 104/消えた体験原稿 107/運命的な偶然 109/ペスタロッチー全集の完成 111 |
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|
6 |
平和運動の先頭に立って 114 |
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|
日本子どもを守る会の結成 114/原爆孤児精神養子運動 117/その死 やはり新も 121/別れを惜しむひとびと 122/『原爆の子』の父を喪って 124/ペスタロッチーのもとへ 125 |
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あとがき いまなぜ長田新か 128 |
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あとがきに添えて 執筆の経験と謝辞 135/資料補足 140/長田新(1887~1961)紹介 147/ |
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【おもな参考資料】 149/長田新 略年譜(長田五郎監修) 152/長田新 主要著作 157 |
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止
『信州白樺第61・62・63合併号―長田新特集』(信州白樺、1985/02/13)
内容
頁 |
著者 |
タイトル |
備考 |
005 |
|
長田新先生照影 |
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006 |
|
長田新先生の分骨の墓碑 |
|
007 |
|
長田新年譜 |
|
035 |
長田新 |
ペスタロッチに還れ-上からの教育学より下からの教育学へ |
|
043 |
長田新 |
平和を築くことが人間としての最高の道徳である |
|
55 |
飯島宗一 |
長田新先生のことども |
|
58 |
碓井正久 |
長田新先生と「新知育論」 |
|
67 |
太田尭 |
ペスタロッチの「直観」論と長田新 |
|
70 |
沖原豊 |
学問と平和を求めて-書斎から街頭へ- |
|
80 |
金子金治郎 |
長田新先生の私的回想 |
|
94 |
小崎軍司 |
感銘をうけた教育評論 |
|
103 |
田畑忍 |
長田新博士との出会い |
|
106 |
寺田英夫 |
最後の教え子として-『平和をもとめて』- |
|
113 |
伏見康治 |
長田新先生の憶い出 |
|
115 |
福島要一 |
長田新先生と私 |
|
125 |
細谷俊夫 |
長田新氏を追想して |
|
127 |
堀内守 |
長田新の教育学 |
|
135 |
宮坂広作 |
「近き理想主義」の教育哲学 |
|
151 |
村井実 |
長田新先生の郷土性 |
|
156 |
森滝市郎 |
ゲッチンゲン宣言と長田新先生 |
|
161 |
松浦勉 |
「大正自由教育」と部落問題-長田新の被差別部落民教育論- |
|
230 |
羽仁説子 |
平和への祈りとともに |
|
232 |
島為男 |
長田先生の片影 |
|
238 |
山口勇子 |
行動する知識人 |
|
240 |
与田準一 |
子どものしあわせ |
|
241 |
柴谷久雄 |
学者として市民として |
|
243 |
武内利忠 |
原爆の子の父-長田先生を衷いて- |
|
256 |
玉置孝 |
いかに生くべきか |
|
266 |
上原専禄 |
「同志」だけではなかった長田さん |
|
268 |
上田庄三郎 |
日本自由教育史の先駆者 |
|
269 |
小川太郎 |
戦時中の長田さん |
|
272 |
坂田昌一 |
あやまち二度とくりかえさせませんから |
|
273 |
末川博 |
平和のための闘士 |
|
275 |
砂沢喜代次 |
日本民主教育の先達 |
|
279 |
南原繁 |
真理と平和を求めて |
|
281 |
ハンス・シュテーエッドバッハー |
日本におけるペスタロッチ運動創設者の追想のために |
|
283 |
前芝確三 |
その面影をしのびつつ |
|
285 |
務台理作 |
長田新博士を偲ぶ-人間の可能性を強く信じた理想主義者- |
|
287 |
矢川徳光 |
「社会科学的ヒューマニズム」の立場に立って |
|
|
|
|
|
289 |
特集 反戦・反核を訴える詩人たち |
|
290 |
小崎軍司 |
プロローグ「反戦・詩人と市民のつどい」 |
|
294 |
三井為友 |
現代日本における反戦詩の役割 |
|
302 |
松本隆晴 |
歓迎の言葉 |
|
303 |
丸地守 |
朗読詩(1) |
|
305 |
小崎軍司 |
上田自由大学運動の今日的意義 |
|
310 |
森田宗一 |
反戦平和への行脚の旅 |
|
314 |
長谷川龍生 |
戦争と人間 |
|
318 |
大島博光 |
抵抗詩について |
|
322 |
藤原定 |
戦争と民主主義 |
|
326 |
増岡敏和 |
峠三吉と『原爆詩集』 |
|
332 |
|
朗読詩(2) |
|
334 |
長田三郎 |
歴史を繰り返さないために |
|
337 |
清野竜 |
エピローグ 一参加者の個人的な感想 |
|
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|
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340 |
船山謙次 |
長田教育学に学ぶ |
|
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|
372 |
自由席 |
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松浦勉 |
本誌掲載の拙論について |
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宮坂栄一 |
編集記を兼ねて |
|
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|
止
『平和をもとめて 長田新論文・追想記』(広島大学新聞会編・刊、19620325)
内容
頁 |
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|
はしがき(岡本明) |
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長田新論文 |
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|
03 |
ノーモーア広島か、ワンスモーア広島か |
『広島大学新聞』第13号、19520417 |
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07 |
原子爆弾は何故投下されたか |
『世界』195309 |
|
24 |
原爆をつくる人、こわす人 |
『改造』195310 |
|
46 |
原水爆と日本の子供たち |
『思想』195408 |
|
68 |
松川事件に思うこと |
『松川通信』19581107,1115号 |
|
73 |
核武装激化の歴史―原水爆禁止大会を迎えて |
『中国新聞』19590806,0807 |
|
80 |
安保条約改訂のもたらすもの―危機日本のピーク |
19590505 |
|
93 |
学生運動と危機にたつ日本 |
『広島大学新聞』第75号、19590408 |
|
96 |
大学の自由と独立 |
『広島大学新聞』第84号、19591125 |
|
98 |
国民教育の大道―危機を突破せよ |
『広島大学新聞』創刊100号、19601210 |
|
103 |
青年学徒の使命 |
『広島大学新聞』104号、19610330 |
|
107 |
民衆の中へ-若き日のペスタロッチー |
『広島大学新聞』96,97、101号 |
|
114 |
ペスタロッチーに還れ―上からの教育学より下からの教育学へ |
|
|
126 |
最近の体育問題 |
|
|
|
|
|
|
追想記 |
|
|
157 |
長田新博士のこと |
南原繁 |
|
159 |
平和のための闘士 |
末川博 |
|
162 |
「同志」だけではなかった長田さん |
上原専禄 |
|
164 |
熱烈なヒューマニスト |
田畑忍 |
|
167 |
その面影をしのびつつ |
前芝確三 |
|
169 |
あやまちは二度とくりかえさせませんから |
坂田昌一 |
|
171 |
長田さんにつながる想い出 |
福島要一 |
|
176 |
フィヒテと同じ道を歩んだ人 |
細谷俊夫 |
|
178 |
荒けずりな人・朴訥な人 |
三井為友 |
|
181 |
戦時中の長田さん |
小川太郎 |
|
184 |
日本民主教育の先達 |
砂沢喜代次 |
|
190 |
長田教育学の発展 |
船山謙次 |
|
195 |
学者として市民として |
柴谷久雄 |
|
197 |
実践的な学者 |
鈴木直吉 |
|
200 |
「幼き神の子の声を聞け」 |
森滝市郎 |
|
204 |
長田先生についての私記 |
金子金治郎 |
|
213 |
大学の研究室における晩年の長田先生 |
沖原豊 |
|
221 |
いかに生くべきか |
玉置孝 |
|
235 |
偉大なおやじをうしなって |
篠原孝義 |
|
239 |
敬・愛・信 |
西原章 |
|
246 |
ペスタロッチーと長田先生と |
清水慶子 |
|
253 |
原爆孤児を守るために |
山口勇子 |
|
257 |
原爆の子の父-長田先生を喪いて |
武内利忠 |
|
273 |
「真理は最後の勝利者である」 |
大内昭三 |
|
278 |
若き学徒の渇仰の的 |
為藤五郎 |
|
279 |
日本の自由教育史の先駆者 |
上田庄三郎 |
|
281 |
長田教育学の本質 |
矢川徳光 |
|
292 |
偉大なる生涯 |
森徳治 |
|
304 |
長田先生の片影 |
島為男 |
|
312 |
先生と先生の最初の弟子達 |
島為男 |
|
323 |
不滅の真理をかかげて |
李東準 |
|
329 |
日本におけるペスタロッチー運動創設者の追想のために |
ハンス・シュテットバッハー |
|
|
|
|
|
333 |
長田新略伝 |
|
|
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|
362 |
あとがき |
|
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