「桑原原爆訴訟」カテゴリーアーカイブ

桑原裁判の判決について 相良勝美

『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

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内容

01 相良勝美(主任弁護士) 桑原裁判の判決について
07 佐久間澄(広島県原水協理事長) 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について
12 田辺博介(裁判長裁判官)
海老沢美広(裁判官)
野田武明(裁判官)
判決
36 証拠関係

桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について 佐久間澄

桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について 佐久間澄

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『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

内容

01 相良勝美(主任弁護士) 桑原裁判の判決について
07 佐久間澄(広島県原水協理事長) 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について
12 田辺博介(裁判長裁判官)
海老沢美広(裁判官)
野田武明(裁判官)
判決
36 証拠関係

 

『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(原水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

内容

20220412083320649
01 相良勝美(主任弁護士) 桑原裁判の判決について
07 佐久間澄(広島県原水協理事長) 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について
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12 田辺博介(裁判長裁判官)
海老沢美広(裁判官)
野田武明(裁判官)
判決
36 証拠関係

 

桑原裁判の経過と問題点

 

Bk691130s
原水爆禁止広島県協議会
広島県原爆被害者団体協議会
山陽民主医療機関連合会
1969年11月30日発行

 

被爆者医療の権利を守るたたかいのために--桑原経過と問題点

原子爆弾被爆者特別措置法が施行されて間もない昭和四三年九月七日、桑原忠男さん(五九才)は、特別手当を受けるため、脊髄円椎上部症候群の診断書を添えて、認定申請書を厚生大臣に提出しました。

被爆前には、剣道二段、一○○米を一二秒で走り、乗馬にも堪能で、体育指導員や剣道助教などをしていた桑原さんは、爆心から一、三○○米くらいの、広島市鷹野橋地区の路上で被爆しました。爆風で吹きとばされて重篤な打撲傷を負い、数時間も意識を失っていましたが、幸い一命はとり止め、同夜は、近くの吉島町の実兄の家に泊り、翌日、郷里の広島県御調郡原田村(現、尾道市原田町)ヘ帰りました。

帰郷後は、被爆時に体の各所にうけた外傷、打撲傷、とくに、そのために起った腰痛、また、大・小便の排泄の困難などで、二年間くらいは、ほとんど床に就いたままで苦しみ続けました。昭和二五年頃から、ようやく軽快して、松葉杖にすがりながら歩けるようになり、世話好きの桑原さんは、選ばれて村会議員、農業委員などになり、不自由な体ながらも、村民のために尽されました。しかし、その間も、健康が十分回復したというのではなく、病院に通い続けていたのですが、昭和二八年頃から、再び病状が悪化し、歩行は困難となり、排尿、排便にも苦しむようになりました。引き続き、通院、あるいは入院(尾道市民病院に二回、農協病院に三回、民医連福島病院に一回)して治療を続けていますが、現在も、腰部下部及び下肢の内側が麻痺して、歩行は困難を極め、大・小便の排泄にも苫しんでいます。

このような状態の中で、桑原さんは、特別措置法の実施によって、永年の苦しみが、幾らかでも償われるのではないかと、認定申請に大きい期待をかけたわけです。

ところが、厚生大臣は、桑原さんの病状が、原爆医療法第八条第一項(認定に関する条項)に該当するものと認め難い、として、一二月二五日付で申請を却下してきました。

それまで桑原さんの診察、治療を行ない、それに基づいて、認定の申請を勧めて、申請のための診断書も作製した福島病院はもちろん、広島県原水協、広島県被団協は、この却下処分が、原爆被害の実態、とくに放射能障害に対する故意の無視、医療法・特別措置法の立法精神の否定あるいは運用上での不誠実、また、認定の判断をする原爆医療審議会の認定基準のあいまいさなどによるもので、これは、ひとり桑原さん個人の問題ではなく、被爆者全体にかかわる極めて重大な問題であることを痛感しました。

そこで、広島県原水協、被団協及び山陽民医連は種々協議した結果、桑原さんに、異議申立の訴訟をするように勧めました。政府に対して法で争うことが、何か悪いことをするかのような、不当な考え万に慣らされてきている日本国民の多くの人びとと同じように、桑原さんの家族は、この訴訟をすることに、こぞって反対しました。家族の反対のために、桑原さんも一時は訴訟をためらいましたが、この数年、尾道被爆者の会の世話役などもしてきた桑原さんは、自分の一生を台なしにした原爆への怒り、ごまかしの医療法、特別措置法の実態についての不満、そして、それが、桑原さん一人のものでなく、三○万被爆者全部のものであることを痛感して、全国の被爆者のために、どうしても立ち上がるべきだと決心し、家族の反対を押して、訴訟に踏み切りました。

広島の民主的法律家グループ、広島法律事務所が積極的にこれに協力して、桑原さんの代理人となつて、昭和四四年二月一八日、行政不服審査法第六条による異議申立てがなされ、ついで、三月二六日、厚生大臣を被告として、「原爆医療法に基づく認定処分の取消請求」の訴訟を提起しました。

訴訟は今、広島地方裁判所で、原告(桑原さん)と被告(厚生大臣)との間で、訴訟の目的、お互の意見、異議を文書で交換し合っている段階にあります。これらの準備書面交換を一応終了した時期に裁判が行なわれるのですが、準備書面に開陳された意見が、判決に最も大きい影響を与えるので、広島県原水協、被団協及び山陽民医連は、広島法律事務所と一体となって、今この問題にとり組んでいます。

この訴訟は、桑原さんの認定獲得のための訴訟ではありますが、さきに述べたように、全ての被爆者の権利を主張し、援護を獲得するための、最も具体的な、また、もっとも直接的な斗争であると考えています。全国の被爆者及び被爆者救援に日夜活動しておられる全ての方々が、この桑原訴訟の意義を理解され、強力な支援を与えられることを心から念願して、以下の資料を提供する次第です。

資料Ⅰは、原爆被爆者の特殊な身体障害の実態とこれに対する政府の態度の問題点を明らかにするためのもの、資料Ⅱは、桑原訴訟に関して原告及び被告から出された準備書面(提訴理由書、却下理由書、それに対する反論等)、資料Ⅲは、被告厚生省の却下理由書に対し、現在の、桑原さんの主治医である福島病院長田阪正利氏が、過去のカルテを綿密にしらべ、現病状を詳しく診断した医学的立場に基いてなされた反論です。

今国の仲間の皆さんが、この問題の重大さに深く思いを致され、私たちのたたかいを、被爆者救援を願う全国民のたたかいとして、強化、拡大されることを心から願って止まない次第です。

一九六九年一一月

広島県原水協理事長      佐久間 澄
広島県被団協理事長      田辺  勝
山陽民主医療機関連合会会長  中本 康雄

年表:桑原原爆訴訟

年表:桑原原爆訴訟 1969~79

Y M D NEWS1
69 03 26 桑原忠男(尾道市在住の広島被爆者)、広島地裁に「被爆者医療法に基づく「認定却下処分」の取り消し」を斉藤昇厚生大臣に求める訴状を提出。桑原=「却下の理由が何ら示されず一方的な決定なので納得でぎない。尾道市内でこれまで十二人が認定申請したが認められたのは二人だけ。全国には一方的却下に泣き寝入りしている人も多いと思われるので訴訟を起こした」
69 03 26 原爆医療法による認定申請を却下された尾道市の桑原忠男、厚相を相手どり、広島地裁に処分取り消しの訴え起こす。
71 07 29 広島地裁、桑原原爆訴訟の第1回口頭弁論。
71 09 30 広島地裁、桑原原爆訴訟の第2回口頭弁論。田坂正利福島病院長、原告側証人として出廷。
71 11 05 広島県被団協(田辺勝理事長)、7日に長崎市で桑原原爆訴訟支援を呼びかけるため「被爆者遊説団」を結成すると発表。
71 11 12 広島地裁、桑原原爆訴訟の第3回口頭弁論。東京地裁での出張尋問。被告側証人:福渡靖鳥取県予防課長、原告側証人:伊東壮・田沼肇。
71 12 23 広島地裁、桑原原爆訴訟の第3回口頭弁論。原告側証人:杉原芳夫。
72 03 02 広島地裁、桑原原爆訴訟の第4回口頭弁論。原告側証人:富永初子。
72 04 20 広島地裁、桑原原爆訴訟の第5回口頭弁論。桑原忠男の本人尋問。
72 06 29 広島地裁、桑原原爆訴訟の第6回口頭弁論。被告申請の津屋旭と津山直一の鑑定書が提出される。
72 08 30 広島地裁、桑原原爆訴訟で津屋・津山両鑑定人の出張尋問を東京地裁で実施。
72 12 21 広島地裁、桑原原爆訴訟の第8回口頭弁論。結審。
73 04 18 石田明広島県被爆教師の会会長、桑原訴訟に続く原爆訴訟の提訴を準備していることを明らかにする。
73 04 19 広島地裁、原爆症認定をめぐる桑原忠男(尾道市)の講求を却下。「原告の疾病は被爆が原因と認め難い」
73 04 19 桑原原爆訴訟の判決報告集会、広島市内で開催。原告の桑原忠男ら40人が参加。
73 04 19 広島地裁、桑原原爆訴訟で原告の請求を棄却する判決。
73 05 02 桑原忠男、広島地裁の判決を不服として広島高裁に控訴。
73 07 23 「桑原訴訟を励ます会」、結成。
73 09 12 広島高裁、桑原原爆訴訟控訴審の第1回口頭弁論。
73 12 03 桑原原爆訴訟控訴審第二回口頭弁論。被告の国側「被爆と病気の因果関係の立証責任は原告にある」と主張
73 12 03 広島高裁、桑原原爆訴訟の第2回口頭弁論。
74 02 04 広島高裁、桑原原爆訴訟の第3回口頭弁論。
77 07 14 「桑原原爆訴訟」の口頭弁論、来月再開決定。
77 08 22 「石田原爆訴訟勝利1周年記念、桑原訴訟の勝利を目指す集会」広島市内で。
77 08 24 桑原訴訟の控訴審3年ぶりに再開、草野原水協理事長、原告側証人として採用。
77 11 02 桑原訴訟の控訴審第5回口頭弁論広島地裁で。草野日本原水協理事長、原告側の証人として陳述。
78 01 25 “桑原訴訟”控訴審。
78 04 26 “桑原訴訟”の口頭弁論で、証拠書類として“石田原爆訴訟”の記録集を提出。
78 09 27 “桑原訴訟”の控訴審口頭弁論。
78 12 06 桑原訴訟控訴審結審。
79 05 16 “桑原訴訟”で、原告被爆者の控訴を棄却するとの判決下る。
79 05 28 “桑原訴訟”原告、上告を断念すると発表。

 

原爆医療法に基づく認定申請却下処分の取消請求事件(昭和44年(行ウ)第8号)

 原爆医療法に基づく認定申請却下処分の取消請求事件(昭和44年(行ウ)第8号)

裁判所:広島地裁

提訴日:1969(昭和44)年3月26日

判決日:1973(昭和48)年4月19日

原告:桑原忠男

被告:国(厚生大臣)

事案の概要:原告は、広島の原爆爆心地から1.3キロで被爆、1953年ごろから下半身が不自由となり脊髄円錐上部症候群と診断された。1968年9月7日に行った認定申請に対し同年12月2日、厚生大臣の却下処分があり、これを不服として1969年2月17日異議申立を行い、この申立も同年6月棄却されたため原処分の取消を求めて提訴。

争点:原告の疾病(脊髄円錐上部症候群)が原子爆弾に起因するものであるか

判決:請求棄却

 

原爆医療法に基づく認定申請却下処分の取消請求控訴事件(昭和48年()第号)

裁判所:広島高裁

提訴日:1973(昭和48)年5月2日

判決日:1979(昭和54)年5月16日

原告:桑原忠男

被告:国(厚生大臣)

判決:控訴棄却

 

争点と判決

争点1:因果関係

原告   =現在の疾病は被爆の際受けた負傷と放射能による。

被告(国)=放射能が脊髄に傷害を及ぼすのは1500-2000ラドで、原告の推定被曝線量の100ラドでは起きない。

一審判決 =原告の疾病が原爆の傷害作用に起因するとは認め難い。

二審判決 =一審と同じ。

争点2:立証責任

原告   =放射能の影響でないと認定申請を厚生省が否定する以上、因果関係の立証責任は国にある。

被告(国)=認定すべきだ-と主張する原告側に、その認定要件を満たしているとの証明、つまり立証責任がある。

一審判決 =特に触れないが、「原告の疾病が被曝外の原因に基づく必然性が高い」と国の鑑定を重視。

二審判決 =原告側にある。その方法は、医学的に厳密に証明されなくても、被爆時の状況、病歴、現症状を通し、現在の医学水準に照らし相当程度の必然性が認められれば足りる。

争点3:原爆医療法の性格

原告   =国家補償的な性格を持つ。「疑わしきは認定」を認め、被爆者救済の枠の拡大をめざすべきだ。

被告(国)=社会保障法的性格を持つ。認定されれば一般被爆者より厚い保護を受けるのだから、厳しい区別が行われるのは当然。

一審判決 =触れず。

二審判決 =実質的に国家補償的配慮が根底にある。社会補償法と国家補償法の性格を合わせ持つ複合的立法。

1979年5月29日、原告、上告しないことを表明。
理由:「10年間の闘いの中で、いろいろな成果はあった。ただ、現行の原爆二法は、控訴審での判決に見られるように、認定制度としては機能しない。従って、今後は被爆者援護法の制定実現に向けて全力を挙げる。」

参考資料

 

1969.11.30 『被爆者医療の権利を守るたたかいのために-桑原裁判の経過と問題点』
1972. 「桑原裁判」の証人尋問記録
1973.04 桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡
年表:桑原原爆訴訟

 

「桑原裁判」の証人尋問記録

『「桑原裁判」の証人尋問記録』(原水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会(共編)1972年)

証人調書

期日 氏名 職業 備考
1971.09.30 田坂正利 医師 第2回口頭弁論
1971.11.12 福渡靖 地方公務員
1971.11.12 伊東壮 山梨大学助教授
1971.11.12 田沼肇 法政大学教授
1971.12.23 杉原芳夫 文部教官(医師) 第3回口頭弁論
1972.03.02 富永初子 無職 第4回口頭弁論
1972.04.20 桑原忠男 無職 第5回口頭弁論