ベトナムで核兵器使用許すな 被爆者が怒り<作業中>
出典:『広島民報』No.89(19670402)
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
ベトナムで核兵器使用許すな 被爆者が怒り<作業中>
出典:『広島民報』No.89(19670402)
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共産党が原爆ドーム保存へ寄金<作業中>
出典:『広島民報』No.87(19670319)
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全国民主医療機関連合会(民医連)主催「被爆者医療研究集会」(作業中)
出典:『広島民報』No.88(19670326)
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戦史博(中国新聞社主催 1967年)
資料<作業中>
| ポスター 出典:『広島民報』No.80(19670129) |
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| 目で見る 戦史博 3月19日~5月31日 |
| 会場:広電 楽々園 |
| 主催:中国新聞社 協力:防衛庁 |
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| 「戦史博」開催に抗議 出典:『広島民報』No.81(19670205) |
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| 「戦史博」中止せよ ぞくぞく反対行動 出典:『広島民報』No.82(19670212) |
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| 「戦史博」反対で署名 出典:『広島民報』No.84(19670226) |
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| 「戦史博とりやめよ」共産党が強く抗議 出典:『広島民報』No.86(19670312) |
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| 「戦史博」開催に抗議ひろがる 出典:『広島民報』No.87(19670319) |
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| 戦史博反対でビラ 平和委など5団体 出典:『広島民報』No.88(19670326) |
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| サイト「みずま工房の歴史」 |
| 歴史 | 広島・広告代理店 みづま工房 (mizma.co.jp) |
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広島県原水協年表(1957年)
| 月日 | 事項 | 備考 |
| 0301 | 広島市, 原水爆禁止広島協議会, 同市協議会, クリスマス島水爆実験阻止広島中央集会を平和記念館で開催. | |
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3. 3 原爆被害市民大会, 平和記念館で開催. 被害者の会連合会を結成. 3. 9 原水爆禁止広島協議会企画, 県児童画協会協賛で紙芝居「手をつなぐ世界のこどもたち」第一部完成し, 広島市教育会館で発表会(四国五郎作画). 3.25 英クリスマス島水爆実験に抗議し慰霊碑前で 4月20日まで座り込む. 吉川清, 南小一ら 4人. 3.27 日本青年団協議会の招きで来日した中国青年代表団一行10名来広. 28日, 日中青年友好集会(県庁 6階ホール). 3.31 中四国平和者会議, 広島市教育会館で開催. クリスマス島水爆実験, 原爆基地問題など協議. 4. 6 広島県原爆被害者大会, 原爆慰霊碑前で開催. イギリスのクリスマス島水爆実験中止要請を決議. 4.20 原水爆実験阻止広島市民大会, 原爆慰霊碑前で開催, 1000人参加. 5.15 イギリス, 第1回水爆実験(クルスマス島). 5.17 原子戦争準備反対総決起広島大会を原爆慰霊碑前で開催. 広島大学生1200名参加. 広大寮生 400人がイギリスの水爆実験に抗議しハンスト. 7.19 第 6回青年学生平和友好祭(モスクワ)の県代表 4名, 新潟出港. 8. 5 長田新ら広大の学者12名が原子兵器の研究を拒否したゲッチンゲン宣言に連帯の声明を発表. 8. 6 第 3回原水爆禁止世界大会広島大会開催. 広島市公会堂に2000人参加. 8.12 第3回原水爆禁止世界大会(東京).16日まで. 9.25 原水爆実験の無条件中止を要求する広島市民大会開催. 10.12 原水爆禁止広島協議会, 美保基地へ調査団派遣. 10.14 平和と学問を守る大学人の会, 勤務評定反対の声明を発表. 11. 1 原水爆禁止国際行動デー広島大会, 広島市役所横広場に1000名参加. 12. 6 |
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| 1206 | 広島県労会議, 同官公労, 同県青連, 広島原水協, 広大学生自治会連合会の 5団体共催で「米軍による瀬長那覇市長追放反対広島大会」開催. |
『科学者と平和 三村剛昻先生遺稿集』(三村剛昻先生遺稿収録委員会、196710)
内容
| No. | タイトル | 出典 | 年月日 |
| まえがき 196710 三周忌を目前にして | 遺稿収録委員会 | ||
| 01 | 原子力への夢 平和利用で理想郷 ”戦争などなくなるよ” | 夕刊朝日 | 195001 |
| 02 | 「新春放談:原子力時代」 共産社会はだしの天国 つらいかな経済も科学もしばる | 夕刊朝日 | 19500103 |
| 03 | 放談リレー 科学の巻 「足らぬ利力の結集 科学活動を無制限にやれ」(小島丈児との) | 中国 | 19500521 |
| 04 | 秋の角度・天体 「理論創造の時期」 | 夕刊朝日 | 19510929 |
| 05 | あれから8年 原爆の日と科学者 | 毎日 | 19530806 |
| 06 | 学芸 平和への道 | 朝日 | 19530807 |
| 07 | サクレツ高度と被害を予言 洗礼受けた原子学者三村博士語る | ||
| 08 | ビキニの灰と広島の灰 | 毎日 | 19540602 |
| 09 | 読者の会議室「原水爆と日本人」 | 毎日 | 19540724 |
| 10 | 平和をめぐる論争 体験者だけにわかる原爆の恐怖 ユネスコばりの発言(森戸広大学長)に批判 | 毎日 | 19540801 |
| 11 | いろいろの原子炉 | 毎日 | 19550627 |
| 12 | 一分間講座:酔生夢死の徒 | (?19560313) | |
| 13 | こたつ談議「社会改造」?(竹原書院図書館長・三村剛昻) | 19601204 | |
| 14 | 第2回科学者京都会議開く 広島県竹原で キューバ以後の情勢など 三テーマを柱に討論 | 読売 | 19630508 |
| 15 | 私のいいたいこと 科学者京都会議に寄せて | ? | |
| 16 | ヒロシマに被爆して18年 ちょっぴり希望がもててきた人類の滅亡からの救い | 毎日 | 19630806 |
| 17 | わたしの散歩道 竹原・広大研究所の庭 雨によく風また楽し | 朝日 | 19641129 |
| 18 | 科学の発達と人類の幸福 | 学校教育臨時増刊号 | 1954 |
| 19 | 原・水爆と原子炉 | 学校教育8月号 | 1955 |
| 20 | 特別寄稿:科学技術の現状と将来 | 廿日市高校研究論集第2号 | 1956 |
| 21 | ブックレビュー「死者の声」 | 自然 | 195403 |
| 22 | 通信 | ヒロシマ医学第9号 | 1956 |
| 23 | 原子力発電の今後の動向 | 火力発電12月号 | 1959 |
| 24 | 原子力問題に関する討論ー学術会議第13回総会における | 自然1月号 | 1953 |
『核の傘に覆われた世界 現代人の思想19』(久野収編、平凡社、19670820)目次
| 頁 | 著者 | 論文名 |
| 007 | 田中慎次郎 | 解説 核の傘と人民の意志 |
| Ⅰ 核の傘に覆われた世界 | ||
| 036 | 朝永振一郎 | 核抑止政策の矛盾 |
| 048 | 岸田純之助 | マクナマラ戦略の変遷 |
| 064 | P・M・ガロア | 核戦略と中級国家 (大森実 訳) |
| 093 | 岸田純之助 | 核の平和利用と核拡散防止条約 |
| Ⅱ 核時代における日本の平和理論 | ||
| ⅰ 平和と戦争と核 | ||
| 108 | 坂本義和 | 現代政治における戦争 |
| 114 | 久野収 | 現代政治における平和 |
| 121 | 武谷三男 | 物理学者の歴史的証言 |
| ⅱ 日本の中立 | ||
| 139 | 平和問題懇話会 | 三たび平和について |
| 156 | 日高六郎 | 原理としての中立 |
| ⅲ 安保条約 | ||
| 170 | 佐伯喜一・坂本義和・豊田利幸 | <シンポジウム>日本の安全保障をどうする |
| 214 | 中野好夫 | 民の声の審判 |
| ⅳ 平和の焦点としてのアメリカと中国 | ||
| 227 | 久野収 | アメリカの世界政策は平和理論にもとづくか |
| 233 | 竹内好 | 日中関係のゆくえ |
| ⅴ 平和をつくる日本と世界 | ||
| 245 | 丸山眞男 | 憲法第9条を条件として |
| 253 | 小田実 | 平和への具体的提言 |
| Ⅲ 世界問題としての戦争と平和 | ||
| 268 | アインシュタイン・フロイト | アインシュタイン=フロイト往復書簡 (久野収 訳) |
| 284 | ガンディー | 非暴力から生じる力 (久野収・川村孝則 訳) |
| 301 | S・キング・ホール | 防衛についての考察 ( 藤村瞬一 訳) |
| 311 | M・ボルン | 人・原子・戦争の放棄 ( 藤村瞬一 訳) |
| 319 | A・シュバイツァー | 平和か原爆戦争か( 藤村瞬一 訳) |
| 327 | H・リード | 不服従 (藤村瞬一 訳) |
| 330 | B・ラッセル | 冷戦についての私の見解 (藤村瞬一訳) |
| Ⅳ アピールの記録 | ||
| 336 | ロマン・ロラン | アムステルダム反戦会議での演説 |
| 340 | 平和三原則について | |
| 340 | ラッセル・アインシュタイン宣言 | |
| 344 | 第1回原水爆禁止広島世界大会宣言 | |
| 345 | ゲッチンゲン宣言 | |
| 347 | 素粒子論懇談会 | 新安保条約批准に反対する声明 |
| 348 | ヨハネ二三世 | 地上の平和(回章) |
| 350 | 原爆実験についての中国政府声明 | |
| 353 | ベトナム問題に関して日本政府に要望する | |
| 356 | 「ベトナムに平和を!」市民・文化団体連合 | 日米共同宣言 |
| 356 | D・バナール | ヴェトナム戦争と平和運動の責務 J・ |
| 361 | アメリカ人民に宛てた南ベトナム解放民族戦線のメッセージ | |
| 364 | 第3回科学者京都会議声明 | |
| 367 | ホー・チ・ミン | 徹底抗戦の声明 |
| 369 | I・ドイッチャー | 《ベトナムに平和を!日米市民会議》へのメッセージ |
| 373 | J・P・サルトル | ベトナム戦争と反戦の原理 |
| 376 | 佐藤首相の南ベトナム訪問計画に関する日本政府への要望書 | |
| 377 | 「平和の船」を送ろう | |
| 381 | 久野収 | 解説 核の傘に覆われた世界 |
| 412 | 平和問題戦後史年表 | |
戦傷病者戦没遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(参議院社会労働委員会、1967年7月11日)
(一) 原爆被爆者援護については、既に昭和三十九年衆参両院において「原爆被爆者援護強化に関する決議」がなされていることにかんがみ、政府は、すみやかに、原爆被爆者援護に関する法的措置を促進するため、関係者を含む特別の審議会を設置して、両院決議の実現をはかること。
(二) 政府は、原爆被爆者以外の各種の戦争犠牲者の援護についても、未だ適当な処遇がなされていない者に対しては、公平な処遇があまねく行なわれるよう努めること。
日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料に関するシンポジウム-発言要旨- 1967年7月1日

原爆被災資料懇談会記録
日時 昭和42年7月1日 午前10時より
場所 広島大学6階大会議室
地元出席者 22名
<委員長挨拶>
今日の懇談会の主なるテーマは、被爆関係資料に関する問題を主に、その他放射線影響研究の将来計画の問題、核拡散防止問題などについて協議を進めたい。司会を三好委員と志水所長にお願いする。
<三好委員>
原爆被災資料に関する問題や、既成の資料が昨今のニュースが伝える通り返還されつつあるが、それらに関連して、付随する問題について討議して欲しい。原爆関係資料に関しては既成の資料のみでなく、新しい資料も作らねばならない時期に来ていると思う。そのためにはどのような方法をとるか、学術会議のこの委員会がこの時期において、はっきりしたみとおしを立てねばならぬ時期と思われる。その意味でこの会の進行を行いないので、十分意見を出して欲しい。
<志水所長>
原爆に関する学術資料が散逸しつつあり、その一部は国外にも持出されている状態で早く蒐集の機を持たねばならないかと思う。医学的資料については自分の立場からみてもかなりの資料の集積も行われているが昭和26年以前のものについては占領下のことで国外に持出され研究開発の基礎的資料が不足し、その制約のため不明な点が多い現状であるが、それぞれの立場からご意見を出していただいて討議していただきたい。
<今堀委員>
原爆白書推進委員会の立場から発言させてもらうが、新しい資料を作るためにも被爆者の総数を明らかにする事が必要である。そのために昭和45年度国勢調査には是非とも付帯調査を実施して生存者をも含めた人口調査が重要と思う。白書委員会としては次の点を政府に要望し申し入れている。
(一)ABCCの調査した各種の資料の学術的なリストを作製する。ABCCから研究結果は発表されているがその研究素材が我々には不明である。学術的に利用できるよう明らかにして欲しい。
(二)種々な被爆関係資料の保存公開。
[例]日映の被災記録映画-完成されたものばかりでなく、ラッシュについても重要なものが含まれていると思うので検討しなければならない。
被爆者個人の手記、日記、追憶など-当人が死亡すれば消え去る可能性が非常に強い。
テレビ、ラジオその他マスコミで作成記録した録音、録画など-多年経過したものは処分されているのが現状で、これらを早急に保存する必要がある。
原爆関係の印刷された文書、刊行物など文献の保存も必要である。
役場、学校、会社、その他各種団体などの被爆関係の公文書記録の集録、保存も重要である。
被爆者の死亡診断書。
これら資料を学問的大家の下に蒐集保存しなければならないし、資料は学術的見地からの利用を考慮してもらいたい。
資料に関連した生存者が健在のうちに、例えば映画などについては正しい解説をつけて残すように図らなければならない。
なお今後地元で発掘される資料も残さなければならないので、学術的体系の下に整理、保存、利用できるようにしなければならない。
またアメリカの国会図書館に相当な資料が保存されているというが、このように持出された資料についての返還は協力に推進しなければならない。
<田畑委員>
政府に勧告したとのことであるがこの点に関して政府の反応はどうか。
<今堀教授>
茅学長を通じ、当時の官房長官愛知揆一氏(彼も推進委員の一人だが)をまじえて佐藤首相にも数回会い、申し入れてある。首相もその都度「わかった、わかった」とは言っているが、その後何ら具体的措置はすすめられていない。
<志水所長>
この点に関連して申し上げるが、昭和42年度予算で厚生省が約500万円計上した。しかしこれは大蔵省の段階でカットされた。
次に理学関係を代表して前川先生にご意見をお願いしたい。
<前川先生>
私より佐久間氏の方が適当と考える。
<佐久間氏>
当委員会がABCC問題を重視され、かつ被爆に関しての貴重な資料を被爆者の治療や対策のために活用しうるよう関心をもたれていることはよろこばしいし、このことは被爆者の福祉に貢献するところが大きいと思う。
ABCC問題について、
(一)ABCCは設備、経費、スタッフが揃い、すぐれた研究を行っているので、ABCCの研究に対する被爆者の関心は深いものがある。しかし、受診する者の中に診察を受けた結果が戦争に関連し、軍事面に利用され、核戦争に役立つのではないかとの懸念をもっているものが非常に多い。
(二)ABCCで発表された貴重な貴重な資料が積重ねられているようにも思われるが、被爆者の治療や疾病の基本的問題にとって、最も重要な資料ともなるような調査の結果が率直に発表されていないように思われる。また重要な問題についても明らかにしていない。例えば二次放射能の問題なども総合報告においては不当に軽く扱われている。ABCCの初期において資料が米軍の関係を通じてアメリカに送られ軍事的期間に保存されているということは、現在問題となっている米軍と学術研究の例からみても軍事的研究に必ずしも関連がないといえないことを予想させる。
(三)これらの点に関して日本側から反論が行われていない。これは被爆者の健康管理の面から考えても重要な問題と思う。
(四)ABCCの存在そのものも問題である。
これらの問題解決のため、ABCCを日本の手にもどし、日本人が主体的に被爆者の治療、医療のために研究をすすめる方向について、この委員会で討議してもらいたい。これによって被爆者も安心するし、健康管理にも効果が大きく、被爆者にとっても大きなプラスになると思われる。
<金井氏>
(一)原爆被災は非戦闘員を含めた無差別攻撃による被害に特色をもっている。この無差別の意味の中には時間的無差別も含まれる。当時、非戦闘員であった者まで20数年経過した現在においても種々な疾病におかされている。また、被爆者は、差別待遇による被害をうけていて、被爆者に対する誤解も根強く、また未知による被害も無差別に加えられている。
すなわち、①生活上で結婚、就職の問題に関して差別をうけ、②補償の上でも差別待遇をうけ、三つの大きな差別をうける。非戦闘員と言うことで現行の法令では何らの補償が行われていないし、また被爆者に対する一般の態度も対話を伴わない同情論で終っている。
(二)保障、補償問題について、医療面では、わずかながら行われているが、現在のところ、特につぐないの意味での補償は行われていない。外地よりの引揚者に対しては非戦闘員に対しても行われるが、被爆者に対しては行われない。
被爆者自身、自分たちにとって戦争は終わっていないと言う痛切な感じをもっている。例えば小頭症、胎内被爆児は21世紀まで原爆の証人として生きねばならぬ。このことからも時間的無差別な被害となり得る問題を有している。
戦後の社会保障の未整備のために、その間被爆者には多くの問題が含まれ、無残な死に方をした者が多いし、にがにがしい結果を多く残している。
また、被爆者の中には健康な人もあるが、一般にそれはすぐれた素質を持った人といわれている。このような元気な人についての資料を集める事も必要であり、その意味では全面的な資料調査の必要性をもっている。
生活の上で追いつめられたというような問題が、被爆者の問題の特色ともなっているのであり、現行の戦闘員を中心に補償の序列が考えられている以上、全面的な調査を行わないと、遺族に対する補償の問題も浮かびあがってこない。
<志水所長>
いろいろ具体的な問題が提起されたと思うが、委員の方々で、これまでの御意見に対してご質問はないか。
<永積委員>[省略]
<佐久間氏>[省略]
<永積委員>[省略]
<今堀教授>[省略]
<松坂氏>[省略]
<文沢氏>[省略]
<森下氏>[省略]
<重藤院長>[省略]
<竹下教授>[省略]
<前川氏>[省略]
<志水所長>[省略]
<永積委員>[省略]
<志水所長>[省略]
<福島委員>[省略]
<本城委員>[省略]
<委員長挨拶>[省略]
戦傷病者戦没遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(衆議院社会労働委員会、1967年6月8日)
政府は、左記事項につき速やかに実現するよう検討、努力すること。
(一) わが国経済成長の実情にかんがみ、援護の最低基準を大巾に引き上げ、公平な援護措置が行なわれるよう努力すること。
(二) 満州開拓青年義勇隊員の募集の実情及び課せられた任務等の実態にかんがみ、昭和二十年八月八日以前の死没者の遺族の援護は勿論、その他の場合においても必要な援護措置を講ずること。
(三) わが国が世界唯一の原爆被爆国である事実にかんがみ、原爆被爆地において、旧防空法等による国家要請により、防空等の業務に従事中死亡又は身体に障害をこうむった者に対し、昭和四十三年度を目途として援護措置を講ずること。
なお、被爆地以外の地域についても必要な措置につき検討すること。
広島県原子爆弾被爆者援護措置要綱(19670401)

広島県原子爆弾被爆者援護措置要綱
1967年4月1日()
第1 総則
1 目的
この要綱は,広島県に居住する原子爆弾被爆者(以下「被爆者」という。)の福祉向上について,その援護措置を定め,もって社会的自立更生を図ることを目的とする。
2 援護の措置
前項の目的を達成するための援護措置は,次のものとする。
(1)被爆者健康診断受診奨励金の支給
(2)被爆者就職支度金の支給
(3)被爆者雇用奨励金の支給
3 用語の定義
(1)この要綱において「被爆者」とは,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律〔昭和32年法律第41号(以下「原爆医療法」という。)〕第2条に掲げる者をいう。
(2)この要綱において「常用労働者」とは,雇用期間の定めのない者及び雇用期間の定めのある者であって,おおむね1年以上経続して雇用されることが明らかな者をいう。
(3)この要綱において「低所得者等」とは次に掲げる者をいう。
ア 地方税法(昭和25年法律第226号)第703条の4又は717条の規定に基づき国民健康保険税が減額又は減免される世帯の構成員
イ 国民健康保険法(昭和33年法律第192号)第77条及び81条の規定に基づき保険科が減免又は減額される世帯の構成員
ウ 生活保護法(昭和25年法律第144号)による被保護者
エ 緊急失業対策法(昭和24年法律第89号)による失業対策事業紹介対象者
オ 老人福祉法(昭和38年法律第133号)により養護、老人ホームおよび特別養護老人ホームに収容されている者
カ 前各号に掲げる者のほか地方税法第295条第1項に該当する者
第2 被爆者健康診断受診励奨金
1 趣旨
市町村が被爆者に対し,原爆医療法に基づく健康診断の受珍を促進するための奨励金を支給した場合,県はこれに要した費用を予算の範囲内において交付するものとする。
2 交付の対象
この交付金の交付の対象となる費用は,昭和42年4月1日以降,原爆医療法第4条に規定する健康診断のうち一般検査を受診した低所得者に対して支給された費用とする。
3 交付金の額並びに算定方法
交付対象者1人年2回以内とし,1回につき330円として積算した額とする。ただし,実際に支給した額がこの交付額に満たないときは,その額とする。
4 交付の条件
(1)この交付金の適正な運用を図るため,知事は必要に応じ関係書類の提出を求め,又は調査をすることができる。
(2)この交付金の精算の結果剰余金を生じたときは返還させるものとする。
5 交付の申請等
交付の申請等の手続きは別に定める。
第3 被爆者就職支度金
1 趣旨
被爆者が経済的自立を図るため,就職するに至った場合において,就職支度に要する費用として支給する。
2 支給対象者
特別被爆者健康手帳を所持する者で6ケ月以上入院し,退院後1年以内に常用労動者として就職する者,又は退院後,公共職業訓練所,職場適応訓練実施事業所,その他各種技能養成施設(以下「公共職業訓練所等」という。)に入所した者で,当該職業訓練所等を修了した日からおおむね6ケ月以内(修了した日が退院後1年に満たない者は1年以内とする。)に常用労働者として就職する次の者とする。ただし,この要綱による就職支度金をすでに受けたことのある者及び退院後他の制度による就職支度金を受けたことのある者を除く。
(1)低所得者等
(2)その他知事が特に必要と認めた者
3 支給額
就職支度金の支給額は40000円とする。
4 支給の条件
(1)知事は,被爆者が偽りの申請その他不正の手段により就職支度金を受領したときは返還させる。
(2)就職支度金を受け,就職しなかった者又は3ケ月以内に離職した場合は,その事情が止むを得ないと認められる場合を除き,その全部又は一部を返還させる。
5 支給の申請等
支給の申請等の手続きについては別に定める。
6 実施期日
昭和42年4月1日以降就職した者に対し支給するものとする。
第3 被爆者雇用奨励金
1 趣旨
被爆者の雇用を促進するため,この要綱による就職支度金を受けることができる被爆者を雇用する事業主に対し,予算の範囲内において雇用奨励金を支給するものとする。
2 支給対象者
県内に事業所を有する者で,就職支度金の受給対象者を常用労働者として雇用する事業主とする。ただし,国,地方公共団体又は特殊法人で予算について国会の承認又は主務大臣の認可を受けなければならない事業主は除く。
3 支給額等
支給額は,対象となる常用労働者1人につき月額8000円とし,6ケ月を限度として雇用実績に応じて支給する。ただし,対象となる常用労働者1人に支払われた賃金総額の1/2に相当する金額(その額が月額8000円を超えるときは月額8000円として計算した額)以内とする。
4 支給の条件
(1)雇用奨励金は,事業主が対象被爆者を常用労働者として雇用することを条件とする。
(2)知事は必要と認めるときは,対象事業主に対し,関係書類の提出を求め,又は随時調査することができる。
(3)知事は,対象事業主が偽りの申請,その他不正の手段により雇用奨励金の支給を受けたときは,返還させる。
5 支給の申請等
支給の申請等の手続きについては別にて定める。
6 実施期日等
昭和42年4月1日以降雇用した事業主に対して支給する。
[以下略]
『明治百年論批判』(「百年史」研究会、196711)目次
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| 声明文「明治百年論」に反対する(「百年史」研、19671114) | ||
| ”明百”祭の内容と意図 | ||
| 理解を深めるために | ||
| △近代化論批判 | ||
| △ 明治百年論と天皇制 | ||
| △「愛国心」について | ||
| △経済に於ける対米従属の起源 | ||
| △明治百年論の捉え方に関する覚え書き | ||
| △教科書検定を中心にして | ||
| <資料>教育の軍国主義化の過程 | ||
| 戦後史年表 | ||
| 編集後記 | ||
| 明治百年に関する資料 | ||
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『原爆展の話を聞いて』(品川区立浜川小学校特殊学級、鵜沼礼子、196709)
所蔵:ピカ研
八王子高等学校(東京、私立)
『原爆の爪跡 青年の訴え』(発行:1年3組、19671208)目次
| 頁 | 見出し | |
| 03 | 前書き | |
| 04 | 原爆投下直前の世界情勢 | |
| 07 | 原爆投下直後の状態 | |
| 09 | 被爆者の現状 | |
| 13 | 広島の顔 | |
| 15 | 原水爆禁止運動の歩み | |
| 21 | 呼びかけ | |
| 23 | 核兵器と世界平和 | |
| 25 | 我々はどうすべきか | |
| 29 | 「原爆の図」周辺 | |
| 33 | 「原爆の図」のデッサン | |
| 35 | 『原爆展』感想・批評集 | |
| 39 | 編集後記 | |
| 40 | 詩 | |
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『『歴史と教育(広島歴教協)』NO. 14
石井金一郎先生追悼号目次
| 著者 | タイトル |
| 今堀誠二 | 石井教授の学問 |
| 石井和郎 | ぼくの父 |
| 天野卓郎 | 石井金一郎先生を偲んで |
| 篠原孝義 | 組織者石井金一郎先生 |
| 有田譲 | 石井先生と部落問題 |
| 松岡金光 | 石井先生を偲んで |
| 村上尚三郎 | 石井先生の死を悼む |
| 故石井金一郎氏遺族をはげます募金のお願い | |
| 資料 | 石井教授の死 平和運動に打撃 原爆医療法成立に功労(『中国新聞』19670622) |
| 遺徳をしのび500人 石井教授の教養部葬 霊前にひっそり学位記(『中国新聞』19670623) | |
| 天野 | 編集後記 |
講座―八・六の意味するもの(広島女学院大学)開始:1967年夏
資料
| 小黒薫『ヒロシマの意味』(日本評論社、19730625) | ||
目次
| 講師 | タイトル(実施年) | 備考 |
| 四竈一郎 | 八・六の意味するもの1(1967年) | 元日本基督教団広島教会牧師 |
| 浜井信三 | 八・六の意味するもの2(1967年) | 元広島市長、故人 |
| 原田東岷 | 八・六の意味するもの3(1967年) | 外科病院長、広島市在住 |
| 橋本栄一 | 八・六の意味するもの4(1967年) | 広島女学院高校教諭 |
| 栗原貞子 | 八・六の意味するもの5―大田洋子とG・アンデルスを軸に(1968年) | 詩人、広島在住 |
| 小黒薫 | 八・六の意味するもの6(1968年) | 広島女学院大学教授 |
| 関屋正彦 | キリスト教と非暴力 | 日本FOR前書記長、聖公会司祭(仙台) |
| 小倉馨 | ヒロシマ-この二十五年(1970年) | 広島平和記念資料館館長 |
| 松元寛 | 八・六、広島の意味するもの(1971年) | 広島大学文学部助教授 |
| 金信煥 | 朝鮮人と原爆 (1972年) | 在日大韓基督協会広島教会牧師 |
| 森昭夫 | 私の解放の闘いにとっての八・六(1972年) | 広大原医研助手 |
| 小黒薫 | ヒロシマの生と死(1971年) | 広島女学院大学教授 |
| ドリス・ハートマン | 投下の決定は正しかったか(1971年) | 米人宣教師、広島県古市伝道所 |
| アール・レイノルズ | 広島はいまもわが故郷 | 広島を中心として平和運動に活動、現在は在米 |
| 編 者 | あとがき |
平和の時計塔
建立年月日:1967(昭和42)年10月28日
場所:広島市中区中島町・平和公園
[正面]
平和の時計塔
PEACE CLOCK TOWER
核原子力の出現により、人類はいま生か、死か、破滅か、繁栄かの岐路に立っている。
ひろい世界を同じ心で一つに結ぶ、全世界のライオンズ会員が平和実現のために果す役割は大きい。
原爆ドームの永久保存に呼応し、人類が初の原爆の洗礼を受けた時刻、8時15分に、毎日全世界に向けこの時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を強く訴え、人類の高級平和実現の一日も早からんことを祈り、この時計塔を建設し、市に贈るものである。昭和四十二年十月二十八日
チャーター伝達十周年を記念し
広島鯉城ライオンズクラブ
資料
| 「ライオンズを探せ!@広島県・広島 村上薫元国際会長のテーマを伝えるピープル・アット・ピースの碑」(『LION 日本語版 2015年10月号』https://www.thelion-mag.jp/emag/201510/index_h5.html) | |
広島平和文化センター条例
1967(昭和42)年10月13日 条例第36号
(目的及び設置)
第1条 平和に関する諸問題の総合的な調査研究、国際文化会館建設の調査及び企画、平和に関する事業及び行事の企画及びその実施の推進、平和記念施設を中心とする文化施設の整備及び管理の基本的かつ総合的な方針の策定及びその実施の推進等を行ない、もって、世界平和の確立と人類の福祉の増進に資するため、広島平和文化センター(以下「平和文化センター」という。)を設置する。
(位置)
策2条 平和文化センターは、広島市中島町広島平和記念館内に置く。
(業務)
第3条 平和文化センターは、次の業務を行なう。
(1)平和に関する諸問題の総合的な調査研究を行なうこと。
(2)平和に関する情報及び資料を収集し、整理し、及び利用に供すること。
(3)国際文化会館建設の調査及び企画に関すること。
(4)平和に関する事業及び行事を企画し、及びその実施を推進すること。
(5)平和記念施設を中心とする文化施設の整備及び管理の基本的かつ総合的な方針を策定し、その実施を推進すること。
(6)平和関係諸団体との連絡調整に関すること。
(7)前各号に掲げるもののほか、第1条の目的を達成するために必要な業務を行なうこと。
(職員)
第4条 平和文化センターに、局長その他必要な職員を置く。
(委任規定)
第5条 この条例の施行に関し必要な事項は、市長が定める。
附則
この条例は、公布の日から施行する。
金井利博「原爆被災資料(民間報道部門)について日本学術会議に期待されること」
1967年12月16日

『社会福祉ひろしま(号外)』(広島県社会福祉協議会)19671208
目次
| 原爆被爆者と社会福祉 | ||
| 小川政亮 | 被爆者援護法と社会保障 | |
| 平岡敬 | 被爆者の生活と感情 | |
| 志水清 | 原爆被爆者の医療制度の現状と問題点 | |
| 永田守男 | 随想 科学者と原爆 | |
| 向井佐歳 | 〈福祉の言葉〉 | |
| 宮本 | 編集後記 | |
| 編集後記=「…▼新聞「社会福祉ひろしま」の号外として、本会初めての雑誌の発行を試みた。現代福祉国家論の虚構を弾劾してゆく基点に思想としての「ヒロシマ」を擁立したいと思う。被爆地広島における貧困と植民地的繁栄の断絶、被爆者の生活保障の筋道は、われわれに社会事業対象へアプローチする上での新しい視覚を要求しているのではないだろうか?…」 | ||
紹介:ヒロシマの小さな流れ
| 8月6日、広島に集中する平和運動の流れは、大会決議の発表で頂点に達し、以降、引き潮のように霧散します。「ヒロシマ」と「広島」の格差を象徴しているようです。しかし、それを埋める小さなながれもあります。次に紹介するグループは、その流れです。(いづれも広島市内=順不同) | ||
| グループ名 | 連絡責任者 | 連絡場所 |
| 原水爆禁止広島母の会 | 前田富子 | 八丁堀*** |
| 憩いの家 | 田辺耕一郎 | 宇品 |
| 広島折鶴の会 | 河本一郎 | 的場 |
| 八・六友の会 | 吉川清 | 江波 |
| 談和会 | 今堀誠二 | 千田町広島大学教養部内 |
| 平和と学問を守る大学人の会 | 佐久間澄 | 同上理学部内 |
| 被災白書を進める市民の会 | 永田守男 | 胡町中国新聞社文化部内 |
| きのこ会 | 長岡千鶴乃 | 宝町婦人会館内 |
| 広島原爆資料保存会 | 横田工 | 中島町平和記念資料館内 |
| 広島キリスト者平和の会 | 橋本栄一 | 八丁堀広島YMCA内 |
| 宗教者平和協議会 | 相原和光 | 同上 |
| ヒロシマ研究の会 | 小林省三 | 同上 |
| 広島研究の会 | 大牟田 | |
| 「平和の灯」奉賛会 | 藤田定一 | 金屋町労働会館内 |
| ワールド・フレンドシップ・センター | 原田東岷 | 南観音 |
| 山下会 | 近藤幸子 | 己斐上 |
| 胎内被爆者、被爆二世を守る会 | 上幟町1-3・平和センター | |
| 原爆被害友の会 | 升川貴志栄 | 山根 |
| 平和のために対話を!市民の会 | 庄野直美 | 牛田町広島女学院大学内 |