ワールドピースフラッグセレモニーヒロシマ

広島ワールドピースフラッグセレモニー〈作業中

メモ
19720801 見真講堂大ホール~袋町小学校校庭~平和記念公園
1 19930806 ワールド ピース プレヤー セレモニー
〈World Peace Prayer Ceremony (WPPC) または Flag Ceremony 〉
以下の出典:広島ワールド ピース プレヤー セレモニーの軌跡
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7 19990806 主催:広島ワールド ピース プレヤー ソサエティー メンバーズ
<この年から初めてインターネットを活用して、広島に世界平和の祈りを捧げることを世界中の人々に呼びかけました。>
12 20040806 広島WPPCフラッグセレモニー(場所:原爆ドーム東側)
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30 2022 ワールド・ピース・フラッグ・セレモニー
 広島平和記念日WPFC | 世界194カ国の国旗を掲げながらその国々の平和を祈る祭典 (heiwa.holy.jp)

ヒロシマから生物・化学兵器を考える

『全国シンポジウム「ヒロシマから生物・化学兵器を考える」―過去・今・未来全廃のシナリオ―』(広島県教職員組合「広島教育」編集部(編)、広島教育会館(刊)、19931101)<作業中

タイトル 発言者など 備考
01 基調講演「人類はBC兵器を棄てられるか」 常石敬一
第1部 生物・化学兵器の過去と現在
18 ABC兵器廃絶そしてDへ 水島朝穂
20 C兵器廃絶にむけた日本の「国際貢献」 粟屋憲太郎
21 禁止条約の抜け道 常石敬一
22 「私たちの叫びが通じた」条約締結 村上初一
23 水で洗うことを教わった軍国少女 沼田鈴子
31 毒ガス障害者援護の長い道のり 梶村政夫
39 窮地に「毒ガス使え」の命令 谷菅静夫
第2部 全廃へのシナリオ
42 竹田
45 七沢
54 岡田
56 松江澄
59 木原省二
63 岩野
64 宝木
65 中土
67 伊藤
76 生物・化学兵器に対するヒロシマアピール(要旨)

「ヒロシマから生物・化学兵器を考える―過去・今・未来全廃のシナリオ―」<資料集> 1993年1月30日(土) 東方2001(広島教育会館)

反核運動1993

反核運動1993


1993年の年頭(1月3日)に、第2次戦略兵器削減条約(START2)がアメリカとロシア両国首脳の間で調印された。また、フランス(1月)やアメリカ(7月)が核実験停止(モラトリアム)延長の声明を行ったことにより、核軍縮への大きな期待が寄せられた。しかし、いっぽうでは、北朝鮮の核拡散防止条約からの脱退声明(3月)、西シベリアの軍事閉鎖都市「トムスク7」の放射能汚染事故(4月)、中国の約1年ぶりの核実験実施(10月)、ウクライナの核兵器保有継続の意志表明(11月)などがあり、核軍縮の困難さが改めて明らかになった1年であった。

【原水爆禁止世界大会】

欧米の反核運動が退潮する中でも、日本においては、被爆体験に基づく運動が展開され続けている。原爆記念日を中心に、さまざまな団体が恒例の集会を開いた。原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)は、8月3日~9日に、広島・長崎で、それぞれ、3500人、8000人規模の大会を開催し、「核兵器全面禁止・廃絶国際条約締結」と「原爆被害と核実験被害などの実相調査と補償」を求める特別決議を採択した。また、原水禁国民会議(原水禁、社会党系)の大会にも、両地合わせて1万人近くが参加し、細川連立政権に、原爆被爆者援護法の制定や戦後責任を明確にし戦後補償を果たすことなどを求める行動決議を採択している。このほかに、日本生活協同組合連合会と連合が、両地合わせて数千人規模の集会を開いた。

【放射線ヒバクシャ問題】

海外のヒバクシャとの交流が活発に行われた。原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)は、3・1ビキニデー前後に、アメリカ、マーシャル、カザフの核実験被害者を招いて、東京・広島・長崎などで国際シンポジウムを開催するとともに、10月にはネバダ核実験場に訪問交流団を派遣した。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)も、代表をセミパラチンスク(5月)・ネバダ(7月)に送り、放射線ヒバクシャとの交流を行った。また、全国各地の市民団体により、チェルノブイリ原発事故被災者の招請も見られた。行政レベルでも、発足して3年目の放射線被爆者医療国際協力推進協議会(広島県・市を中心に組織)に加えて、今年には外務省や長崎・ヒバクシャ医療国際協力会(1992年発足)による放射線医療関係者の招へい事業も始まった。

【国内の動き】

国連軍縮局は、4月13日~16日、国連軍縮京都会議を開催した。国内での開催としては5回目となるこの会議に、37か国から約90人の軍縮専門家が参加した。会議では、核拡散や核流出問題が話し合われた。また、8月5日~9日には、広島・長崎両市で、「平和の構築と都市の役割-核兵器廃絶をめざして」をテーマに、第3回世界平和連帯都市市長会議が開催され、海外37か国81都市、国内41都市、合計38か国122都市の市長や市議会議長などが参加した。

広島では、数年前から活発になった原爆遺跡保存をめぐる動きに新たな進展が見られた。広島市は、5月に被爆建物の保存に補助金を交付するための要綱を制定し、その第1号として広島日赤の被爆窓枠の保存に3000万円を交付した。また、6月には連合広島など13団体が「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」を結成した。100万人を目標に署名運動を開始し、10月に約134万人分の署名を衆参両院議長に提出した。

【海外の動き】

世界保健機構(WHO)は、5月の第46回年次総会で、核兵器の使用が国際法違反かどうかの判断を国際司法裁判所に求める決議案を賛成多数で採択した(賛成73、反対40、棄権10か国で、日本政府は棄権)。これは、国際平和ビューローが1992年5月に発足させた「世界法廷プロジェクト」の働きかけによるもので、11月には、決議が国連総会第1委員会(軍縮・安全保障)に提出された。このプロジェクトに加わっている核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は、第11回世界大会を、9月30日~10月3日にメキシコ市で開催(73か国から約1200人が参加)し、「核兵器は、化学・生物兵器と同様に、国際条約によって禁止すべきだ」とする声明を発表した。

10月17日、ロシア海軍の船舶が日本海に液体放射性廃棄物の投棄を行った。この動向に対する国際環境保護団体グリーンピースによる追跡・抗議行動は、世界的な反響を呼びおこし、液体放射性廃棄物海洋投棄中止のロシア政府声明(10月21日)を引き出すことに成功した。さらに、11月18日には、海洋汚染を防止するための「ロンドン条約」の締約国定例会議が、低レベル放射性廃棄物の海洋投棄を全面禁止する条約改正案を圧倒的多数で採択した。

広島女学院大学・若葉寮解体式 2003年10月2日

広島女学院大学・若葉寮解体式 2003年10月2日

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設計管理:ヴォーリス建築事務所 施工:藤田組。
米国合同メソジスト教会婦人部から贈られた資金により1952年5月に建築された。

解体式 2003年10月2日

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解体直前の若葉寮内部

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同時に伐採されるメタセコイア
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日本の老人たち

『日本の老人たち』(船越恵<ふなこし・けい>、創樹社、19730630)

内容

章節
序 呼び覚まされるもの―この写真集に寄せて 佐多稲子
東北の老人たち
都市の孤老たち
広島の老人たち 備考
ベッドが”お城”の原爆孤老 寺内キシノ
だれの罪 広本フサ
廊下が玄関の家で 吉田英子
迷路の奥で 曽根ヨシ
自己にこもる 梅野智章
筑豊の老人たち
あとがき

 

年表:原爆展(1993年)

年表:原爆展(1993年)

記事
02 02 終戦直後の広島・呉を元オーストラリア兵が写した写真展「アッケラ観HIROSHIMA」、広島市内で開幕。-28日。丸木位里・赤松俊子「原爆の図」展の開催された五流荘の写真も展示。
02 25? 「峠三吉記念事業委員会」、8月に資料展の開催を計画。
03 01? 「殿敷侃-遺されたメッセージ・アートから社会へ」展、下関市立美術館で開催。-21日。
03 04 ヒロシマ・ナガサキ平和基金など、写真展「人間の価値-ナチス時代のドイツ医学」を広島市南区民センタ-で開催。
03 17? ノルウェー・ベモルク産業労働博物館の館長と学芸員、6月にノルウェーで開催予定の戦争・平和セミナーで「ヒロシマ・ナガサキ展示コーナー」を開設するため広島を視察。
04 05 スミソニアン協会・国立航空宇宙博物館のマーティン・ハーウィット館長ら、広島市役所を訪れ、平岡市長に被爆関係資料の貸与を要請。
04 16 広島県大久野島の毒ガス資料館、開館5周年を迎える。入館者は延26万5000人。1992年は過去最高の7万3000人。
05 08? 三菱信託銀行広島支店、ロビーで高橋昭博が原爆資料館在任中に集めた映画関係者・作家などの色紙71枚を展示。-31日。
05 15 長崎平和公園・原爆遺跡写真展、山口市で開催。-16日。
05 21? 東広島市被爆資料保存推進協議会、同市福祉センタ-「松翠苑」内にある原爆資料展示室のパンフレットと被爆証言ビデオを作製。
05 31 写真展「出会ってくれ-進駐軍ビル・シェリフの見た呉・広島」、呉市役所ロビーで開催。-6月6日。
06 02 広島市歴史科学教育事業団、広島城で特別企画展「天守閣再建物語-広島城の戦後」を開催。-7月18日。
06 29? 第14回ながさき8・9平和展、作品を募集。
07 17? 広島県大竹市の本町郵便局、被爆体験を描いた絵画の展示会を開催。-28日。昭和63年から初め今年で6回目。
07 24 「第13回平和のための大阪の戦争展」、通天閣で開幕。被爆1月後に米国人医師が撮影した長崎の写真など初公開。
07 26 広島市公文書館、写真展「天まで響け トンテンカン展」を開催。-9月30日。
07 29 滝口秀隆の写真展「廃墟に生きた樹木たち」、広島市内の中国電力電化ホールで開幕。-8月7日。[被爆樹木]
07 30 創価学会広島青年平和委員会、「アジアから見た日本・ヒロシマ」展を広島池田平和記念会館で開催。-8月31日。
08 01 埼玉県平和資料館、東松山市の物見山公園内にオープン。
08 01 埼玉県平和資料館、オープン。広島・長崎の原爆被災のコーナーも設置。
08 01 写真展・「安野」からの証言、広島労働会館で開催。-6日。
08 02 クリントン米大統領、広島に原爆を投下したB29爆撃機エノラ・ゲイを展示する博物館をワシントン郊外のダレス空港近くに建設する法律に署名。
08 03 広島市、米国スミソニアン協会・国立航空宇宙博物館が送ってきた被爆50周年の「展示計画書」(7月17日届く)の和訳を公表。長崎市にも同様の書簡が届く。
08 13 岐阜県可児郡御嵩町・同町教育委員会、「世界の恒久平和を願って-平和記念展」を同町中央公民館で開催。-15日。被爆資料など展示。
09 07 李鍾万韓国原爆被害者協会会長、長崎市役所を訪問し、ソウルに建設を計画している原爆資料館への協力を要請。
09 15? 長崎県原水協・日中友好協会長崎支部など、「平和のための戦争展」を長崎市内で開催。
10 24? 広島市、1994年6月に「平和博物館会議」(仮称)の開催を計画。
11 05 長崎平和推進協会、南高千々町の公民館で「語りつごう原爆被災」と題した行事(写真展・映写会・体験講話)を開催。-6日。
11 06 京都府舞鶴市に「赤れんが博物館」がオープン。広島原爆ドームのれんがなど国内外の約650点を収集。
11 11? 広島・長崎両市、米国スミソニアン協会航空宇宙博物館から貸出を希望する
12 31? 写真展「われらみな人間家族」、東京で開催。-1994年1月11日。

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成

『ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成(全6巻)』(編集委員:家永三郎・小田切秀雄・黒古一夫、発行所:日本図書センター、19930325)

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成1-被爆の実相

タイトル 著者・作者
003 序 (映像記録の意味するもの) 家永三郎
005 アサヒグラフ 1952年8月6日号
原爆犠牲都市第1号・広島  尾糠政美/松本栄一/宮武甫
原爆犠牲都市第2号・長崎  富重安雄/松本栄一
020 広島 戦争と都市 林重男/菊池俊吉
037 被爆直後 惨禍の映像
林重男/川原四儀/松重美人/菊池俊吉/宮武甫/尾糠政美/松本栄一/山端庸介/塩月正雄/富重安雄
123 記録写真 原爆の長崎 山端庸介
186 解説「原点」から 黒古一夫

 

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成2-惨禍の傷跡

 頁  タイトル   著者・作者
003 写真記録 ヒロシマ25年 佐々木雄一郎
8本の線と1個の点/原子砂漠/閃光/爆風/焼け跡/人間をかえせ/惨劇の証人/廃墟のヤドカリ/怒りと祈りと消えぬ爪あと/涙と叫びの夏/不死鳥のごとく
101 ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎
105 原爆と人間の記録 福島菊次郎
病苦と極貧の谷間で/狂気の出漁/7年目の通院/中村蓉子の青春/家を棄てる子供たち/そして、絶望と死と/怨念の水彩画
161 写真集 長崎の証言 日本リアリズム写真集団長崎支部
長崎原爆病院/山口仙二さん
いまだ癒えず 現在を語る被爆者たち 日本リアリズム写真集団長崎支部
日々を生きて・富永吉五郎さん、タセさん
198 写真記録 被爆者 森下一徹
224 解説 「記録」しつづけることの意味 黒古一夫

 

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成3-継続する悲劇

 頁  タイトル  著者・作者
003 ヒロシマ  土門拳
広島原爆病院/ABCC/精薄児施設六方学園/広島市戦災児育成所/育児施設広島明成園/13年寝たきりの人・平本ツタさん 13年寝たきりの人・中村杉松さん/被爆者同士の結婚・小谷夫妻/倶会一処
153 憎悪と失意の日々  ヒロシマはつづいている 土門拳
紫斑の手の娘さん/片足を切断した老婆/病理学標本/柱のガラス・窓のガラス・懐中時計/煮えた瓦/原爆スラム/百合子ちゃん/大野寮の子どもたち/私の目をかえせ
179 原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言 伊藤孝司
朴昌煥/朴守龍/尹甲秀/徐正雨/白昌基/辛福守/林玉仙/金南出/安永千/鄭登明/宋年順/金永根/韓鳳愚/李猛姫
210 解説 生きている〈ヒバクシャ〉 黒古一夫

 

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成4-絶後の意志

 頁  タイトル  著者・作者
003 広島壊滅のとき 被爆カメラマン写真集 広島原爆被災撮影者の会
尾木正己/川原四儀/川本俊雄/岸田貢宜/岸本吉太/北勲/木村権一/黒石勝/斉藤誠二/空博行/林寿麿/深田俊夫/松重三男/松重美人/森本太一/山田精三
069 母と子で見る 原爆を撮った男たち 「反核・写真運動」
松本栄一/菊池俊吉/林重男
110 米軍返還資料 林重男/菊池俊吉
125 米軍撮影写真
165 もの言わぬ証言者たち 原爆遺品  土田ヒロミ
189 被爆から半世紀 未来への灯として SOLENT TESTIMONY:Artifacts form the Bombings
238 解説 〈風化〉に抗して  黒古一夫

 

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成5-ヒロシマ

 頁  タイトル  著者・作者
003 原爆の図  丸木位里 ・丸木俊
第1部 幽霊/第2部 火/第3部 水/第4部 虹/第5部 少年少女/第6部 原子野/第7部 竹やぶ/第8部 救出/第9部 焼津/第10部 署名/第11部 母子像/第12部 とうろう流し/第13部 米兵捕虜の死
054 きり絵画文集  原爆ヒロシマ 寺尾知文
閃光/原子雲/炎/川に飛び込む/水を求めて/さまよう/閃光と爆風/子どもを返せ/学徒たち/被爆者の顔/病床/平和の鐘
069 閃光の軌跡  山下蘇朴
炸裂/うずくまる少女/乳飲子を抱いて炎の海から脱出しようとする血だるまの母/炎の街で/目玉の飛出した少年/炎の中で/閃光より子を守る母/閃光に皮を剥がれた娘/炎の中の母子/死んだ子どもを焼く家族/蛆虫の棲処となったヒバクシャの体/ケロイドのある被爆者/子どもの頭蓋骨を持つ女/黒い雨の降る街/髪の抜けることを気にしながら死んだ弟/ヒロシマの鳩
083 〝ヒロシマ〟シリーズ  増田勉
自画像/溶解/廃墟/屍/防空壕
88 被爆市民が描く原爆の絵
169 人間の再生を希求して 原爆に挑む画家たち
平山郁夫/上野誠/司修/島崎庸夫/石井壬子夫/森芳雄/奥谷博/絹谷幸二/福島瑞穂/大森運夫/秀島由己男
200 解説 心に刻印された〈地獄〉◎黒古一夫

 

ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成6-ナガサキ

 頁  タイトル 著者・作者
003 原爆の図◎  丸木位里 ・丸木俊
第14部 からす/第15部 ながさき
012 被爆市民が描く原爆の絵
055 原爆絵巻 崎陽のあらし  深水経孝
096 原子野スケッチ  山田英二
101 平和版画集 原爆の長崎 上野誠
長崎の顔/長崎の像/廃墟の丘/生きて残る/傷痕から/丘の上の老女/原子野A・B・C・D/ある被爆物語/火の中の鳩/はばたき/飛翔
128 人類の再生を希求して 原爆に挑む画家たち
山崎善次郎/永瀬平八/小川緑/大塚伊次/寺井邦人/松添博/尾崎正義/黒崎美千子/池野巌/小崎侃/平方亮三
196 解説 「証言」と〈祈り〉、〈怒り〉  黒古一夫

 

呉市史第7巻

『呉市史 第7巻』(呉市史編纂委員会・呉市、19930331)

目次()

編章節 タイトル 備考
発刊のことば 佐々木有(市長)
1 戦後の市民生活
1-1 再建・復興期の呉市の動向 千田武志
1-2 民主政治の推進 千田武志
1-2-6 治安・消防と災害 北村恒信
1-3 経済の再建・復興 高橋衛
1-3-5 農林水産業の変様 千田武志
1-4 都市基盤の整備 千田武志
1-5 戦後の教育と文化
1-5-1 新教育制度の発足と充実 藤原浩修
1-5-2 文化 千田武志
1-5-3 宗教 千田武志
1-5-4 スポーツ活動 千田武志
1-6 社会運動と社会福祉の新展開
1-6-1 労働組合の結成と労働運動の高揚 天野卓郎
1-6-2 社会運動の進展 天野卓郎
1-6-3 社会福祉の展開 千田武志
1-6-4 失業問題とその対策 千田武志
1-7 医療・衛生事業の推進 千田武志
1-8 復興期の市民生活 千田武志
2 合併町村 千田武志

 

アジア太平洋戦争から何を学ぶか

『アジア太平洋戦争から何を学ぶか』(歴史教育者協議会編、青木書店、19930725)

目次

アジア太平洋戦争を問いなおす
アジア太平洋戦争をどう学ぶか
1
2
3
4 侵略戦争の結果もたらされたもの
4-1 戦略爆撃
4-2 沖縄戦
4-3 広島・長崎への原爆投下 西島有厚
4-4 日本の敗戦
5 戦争責任を考える
授業実践記録
戦争資料館
アジアと近代日本
アジア太平洋戦争略年表
あとがき

旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案

旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案
(1993.2.1 宇吹 暁委員)
ヒロシマ・ピース・プラザ(広島県平和館)とし、非核自治体宣言に基づく行政施策の中心施設と位置づけ、県民やアジアを中心とした世界の平和情報の受信と発信の機能を持たせる。

[具体的機能]

Ⅰ.広島県近・現代史資料館としての機能
☆原爆被害の実態解明
*原爆被害は、建物疎開作業や救護活動への動員により、県内全般にひ ろがっている。しかし、これらの実態解明は、広島市の努力には限界が あり、県として独自に取り組む意義が存在する。
☆広島県と戦争に関する資料の収集・整理
*広島県編「広島県戦災史」の編さん過程で、県内には多数の軍事関係 の行政資料が残っていることが確認できた。県立文書館と連携をとりな がら、明治以降の兵事資料を中心に収集・保存・整理を行う。
*兵役・戦闘・空襲・銃後に関連する資料は、呉や福山の空襲を記録す る会などにより、展覧会用に一時的に収集されたことはあるが、恒久的 な保存措置は取られていない。県として協力を呼びかけることにより、 多数の団体・個人資料が発掘できるものと思われる。
*「軍都広島」の実態を明らかにするため、防衛庁防衛研修所・13師 団(海田)・入船山記念館(呉)・参考資料館(江田島)・毒ガス資料 館(大久野島)などで収集されている資料の映像化による収集と総括的 なデ-タベースの構築を行う。

Ⅱ.国際交流機能
*海外からの広島訪問者に広島県を紹介する窓口
*海外からの短期の技術研修者・放射線医療研修者の宿泊施設
*留学生と日本の青少年との交流の場

広島市平和式典(1993年)

平成5年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

名簿に記帳された氏名
名簿登録者総数
名簿総数

参列者の概要

被爆者や遺族など 約万人
宮沢喜一 内閣総理大臣(代理:文田久雄総理府次長)
[この年閣僚の出席なし]**8月9日細川内閣発足。
 ストヤン・ガーネフ 国連総会議長
遺族代表 都道府県
各国大使や代表

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/

内閣総理大臣挨拶

内閣総理大臣

出典

 

 

原爆死没者慰霊等施設基本構想報告書(1993年6月)

原爆死没者慰霊等施設基本構想報告書

 1993年6月

 原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会

Ⅰ 施設の設置の基本理念

 人類史上初めて広島および長崎に投下された原子爆弾は、未曾有の悲惨な結果をもたらした。他に例を見ない爆風、熱線および放射線によって極めて多数の人命が奪われたのみならず、生存被爆者にはその後長期間にわたって健康上の障害が残され、さらには家族や職場の崩壊、ひいては地域社会の解体も招いた。

 このように、市民や社会に多大な、しかも永続的な障害をもたらした原爆は、戦争のもつ非人道性の象徴的存在ともなって、我が国はもとより、国際社会に大きな波紋を広げた。それらの中にあって、原爆によってその生命を失った人々に対する哀悼の気持ちは全ての国民が等しく抱いているところであり、原爆死没者全体に対する永続的な慰霊・追悼の場を設けることの必要性を説く所以である。

 原爆投下からすでに半世紀近くの年月が経過しようとしている。この間、原爆被害の記憶を有する人々はしだいに少なくなり、貴重な記録や資料が散逸しつつある現状にあり、一部には原爆体験の風化を懸念する声もある。

 このような現状にかんがみ、被爆者個人々々の記録や原爆被害にかかわる資料・情報を幅広く収集整理して後代に継承していくことは、現在生きている我々の歴史に対する責任である。被爆者の一生は有限であるが、その体験や思いは人類の平和のために無限に語り継がなければならない。

 一方、今日の国際社会においては、東西の冷戦構造に終止符が打たれ、核兵器の廃絶を目指して精力的な努力が続けられているが、原爆の悲惨な状況を全世界の人々に伝えていくことは、世界で唯一の原爆被爆国である我が国の果たすべき役割であり、再び広島・長崎の惨禍を地球上に繰り返さないことを求めるとともに、世界の恒久平和の確立を訴えていかなければならない。

 また、悲惨な過去を振り返るだけでなく、将来に向けての教訓として、我が国が長年培ってきた原爆被害に関する医学を中心とした蓄積を基に、国際社会に貢献していくことも必要であるとともに、内外の関係固体や関係施設の協力を得てネットワークを形成し、互いに交流しあうことが必要である。

 このような基本的な理念を具体化するために、本施設には次の三つの機能をもたせることが適切である。

1慰霊の場とする

 原爆死没者に対する慰霊を行うとともに、再び広島。長崎の惨禍を招かぬための平和を希求する場とする。

2資料・情報の継承の拠点とする

 国の内外に散在する資料・情報を総合的に把握し、原爆被害の実態や遺族の気持ちを世界に広げ、また、後世に継承するための拠点とする。

3国際的な貢献を行う拠点とする

 唯一の原爆被爆国としてこれまでに蓄積してきた原爆被害に関する知見を中心に、国際的な貢献を行うための拠点とする。

Ⅱ 機能の具体的内容

1 慰霊,平和祈念

 本施設の設置そのものが慰霊・平和祈念事業として位置付けられるものであり、したがって、本施設の事業には、慰霊・平和祈念の理念が貫徹されなければならない。

 また、被災者の高齢化と減少により被爆体験の風化が進みつつある中で、被爆者や遺族の気持ちに思いをいたし、さらにそれを後世代に正しく伝え、継承していくことにより、将来を担う若い世代をはじめ全ての人々が国際平和を誓う場とする。

(1)慰霊,平和祈念のための展示

 手紙、日記、手記等の被爆者の遺品や文書等原爆に関する諸資料を展示し、被爆の実態、被爆者の心情や遺族の気持ちを率直に見学者に伝える。

 しかしながら、既存の施設との機能重複を避けるため、展示については、一部の象徴的なものに限って実物を展示する。

 その他については、見学者に分かりやすく、深い印象を与えるような映像展示を中心に行う。

(2)慰霊・平和祈念の交流

 原爆犠牲者の慰霊や平和祈念に関する行事を行うため、被爆者や遺族はもとより、内外の人々が広く交流し合えるような機能を含める。

 そのため、それらの人々が広く原煤に関する諸問題について学ひあい、ネットワークづくりを行いうるよう、現在行われている活動との連携を図りつつ、出会いや交流、さらに学習、情報交換の場を設ける。

(3)原爆死没者情報の検索機能

 原爆死没者一人一人のライフヒストリーを明らかにし保存するため、死没者情報検索システムを構築する。これは被爆者一人一人の思いを尊重することにもつながる。

 死没者に関する情報の具体的な収録範囲については、専門家の検討に委ねることが望ましい。

 また、多数の市民の協力・参加(例えば、公開されている出版物等により知り得た死没者に関する情報をハガキ等に記入し、本施設に送付してもらう。)を得て、データベースの形成に資することとする。それは、一般国民の慰霊施設への参加意識を醸成するとともに、原爆問題の関心を高めることにもつながるであろう。

 しかし、個人々々のデータについては、プライバシーの問題に深くかかわることであり、本人や遺族の考え方もさまざまであると思われるので、慎重な取り扱いが必要である。

 なお、死没者情報検索システムの形成にあたっては、広島市・長崎市の原爆被爆者動態調査のデータの提供を受ける等、両市の協力が必要である。

2 資料情報の収集、利用

 広島平和記念資料館や長崎国際文化会館等の既存の類似施設、図書館、研究機関、団体等は、その施設自体が所有し、保管している資料等の情報は提供できるが、他の施設が所有、保管している資料等については、十分な情報をもっていない現状にある。

 本施設では、多くの他施設を含むネットワーク作りを推進してこれらのすべてが所有する資料等を把握するよう努めるほか、これまで把握できなかった国内外の各地に所在する資料等の情報も包括的に把握することにより、求めに対して必要な情報を提供できるようにするとともに、収集した情報から創造Lた情報をも提供できる機能を持つことを目指すものとする。

(1)情報の総合化

  ア 原爆に関する資料情報検索システム

 原爆に関する資料情報検索システムとは、本施設が収集、保存、展示する資料はもとより、類似施設、図書館、研究機関、団体等に保管されている原爆に関する資料等の目録、概要、所在地等に関するデータベースを構築し、オンラインの活用により、利用者が求める資料等の所在や概要等に関する情報を短時間のうちに検索できるシステムである。(別紙1)

 取扱対象とする資料情報は、原爆による被害の悲惨さと人々の労苦を客観的具体的に伝える資料情報、並びに被爆前から現在に至るまでの被爆者等の生活について広い視野から知ることのできる資料情報とする。(別紙2)

 資料情報検索システムのデータベースとしては、例えば、以下のものが考えられるが、資料等の分類、登録方法等については、専門家の検討に委ねることが望ましい。

 なお、物品類のデータベースには、必要に応じて画像データベースを導入する。

(ア)案内データベース

案内データベースは、保有機関等の協力を得て、次のような項目を登録することが考えられる。

a文書類

 文書形態によって項目は異なるが、例えば、表題、原爆との関係、著者、要約、作成年・月、形態(種類)、保管場所、保管責任者又は保有機関、利用条件、オリジナル・データベースの有無等

b物品類

種類、原爆との関係、大きさ、形体、色、保管場所、保管責任者又は保有機関、利用条件等

(イ)オリジナル・データベース

 本施設が独自に収集した資料、各保有機関等から寄せられた資料などを活用して、創造した新しい情報をデータベース化したもので、例の案内データベースに入るもののほか、必要に応じ、より詳細なデータベースを構築する。

 なお、前述の原爆死没者情報もこの一つとして構成されると考えられる。

(ウ)各保有機関のオリジナル・データベースのコピー

 各保有機関等が保有資料等のデータベースを所有している場合、協力を得て、それらのコピーの提供を受け、(イ)のオリジナル・データベースの補完的機能を果たすことが望まれる。

(エ)事項解説システム

 学生等一般人を対象とした基礎的・解説的な情報提供サービスを行うもので、検索を通じて原爆に関する事項の解説、資料の概要説明とその所在情報等を、文字、音声、動画などを使って提供する。

  イ 原爆に関する資料等のレファレンスサービス

 検索システムについては、例えば、検索する人の知識の水準又は関心の程度に応じて一般向け、専門家向け等といった難易度に応じて検策ができるような工夫が必要であるとともに、利用者の二ーズを顕在化させ、その二-ズに応じて的確に検索の案内をしてくれるレファレンスサービスが必要である。

(2)補完的機能

 国立の施設でないと収集できない資料、広島,長崎以外の地域に散在している資料等、既存の関係機関によって、これまでに必ずしも十分手がつけられていなかった資料情報を収集する。

 収集の方法としては、政府広報による呼びかけ、既存施設・固体等に対するアンケート調査、海外調査等が考えられる。

 散逸している貴重な資料については、所有者が保管に苦労しているものであって、本施設で保管が可能なものについては、所有者の了解を得たうえで本施設が保管する。また、資料によっては、てーブやディスクの形で記録し利用することも考えるべきである。

(3)情報の創造

 収集された資料を活用して、医学的な研究のみならず、人文科学、社会科学等を含めた学際的なアプローチにより、原爆被害の実情を明らかにし、新たな情報の創造を図る。

 情報の創造としては、例えば、以下のようなものが考えられる。

ア 編集情報サービスとして、利用者の希望する資料等が本施設のテークにない場合、登録されているデータを結合、編集し、要請に見合った資料を提供する。

イ 被爆者の被爆記録、被爆体験記、テーブに残された声や映像、原爆被爆者実態調査結果等を集約して、被爆者の健康、心理、生活等をまとめる。

ウ イの研究成果を、展示・学習プログラムヘの反映、情報データベースヘの集積、会議・シンポジウムの開催等の中に生かしていく。

(4)情報の伝達

 伝達する方法としては、例えば、次のようなものが考えられる。

ア 検索浩果を印字して、利用者に提供できるようにする。

イ 利用者がわざわざ本施設に行かなくても、必要な情報を入手できるようにするため、通信回線によるオンライン等を利用して、資料情報検索システムを囲内外のどこからでも利用できるようにする。

ウ 図書・資料の閲覧、貸出しサービスを行う。

エ (3)研究成果を定期的にまとめ、研究紀要を作成する。

オ 原爆関係資料の名称、所在施設等をリストアップした情報誌を作成する。

(5)情報の共用

 本施設のもつ情報を広く利用してもらうため、また、原爆に関する様々な情報を幅広く相互に交換していくため、例えば、国内外を問わず他の類似施設や関係機関等と通信回線等を利用した情報ネットワークを構築する。

 また、国内外の他の類似施設との間はもちろん、国際機関、図書館等の各種施設、研究機関、大学、各種団体などとの資料の交換、人的交流などの組織作りを行い、共同研究や施設の共同利用の斡旋を行う。

(6)留意事項

ア 情報サービスの利用者としては、被爆者やその家族・遺族のほか、研究者、学生、その他幅広い層が考えられることから、資料情報検索システムの構築に当たっては、利用者のレベルや必要度に応じて利用できるような工夫が必要である。

イ サーピス提供については、その実費について適切な負担を利用者に求める。

ウ ブライバシーの問題については、オリジナル・データベース情報に個人情報等保護すべき情報が含まれている場合には、その部分については提供に制限を加えることとし、必要な「情報保護規定」を設ける。

 原資料等の保有機関等の許可がない場合には、利用希望者に対してこれらの原資料等の保有機関等を紹介するにとどめるなど、適切に取り扱う配慮が必要である。

工 情報サービスは、日本語だけでなく、適宜外国語でも行う。

3 国際協力及び交流

 被爆という人類未曾有の悲惨な事態を体験した我が国の貴重な資料は、被爆者の医療に生かされていることは言うに及ばず、放射線の人体影響の評価を行う上での重要な基礎の一つとして活用されている。そうしたなかで、本施設の行う国際協力及び交流により、在外被爆者及び核実験や原子力発電所事故等の新たな放射線被爆による被災者の医療救済に役立てるとともに、本施設の事業を通じて、原爆被害の悲惨さや我が国の平和の希求に向けての決意を世界中に伝えるものとする。

(1)コーディネーター機能

ア 専門家等の諸外国への派遣や研修生等の受け入れについては、従来から行われている医学・医療の分野にとどまらず、原爆関係を幅広く対応すべきである。しかし本施設は、それ自身で派遣や受入れを扱うのではなく、コーディネーターとして施設や制度を紹介・調整する機能を果たすとともに、国内外の他の類似施設との間はもちろん、図書館等の各種施設、研究機関、大学、各種団体等との資料の交換、人的交流などの組織作りを行う。

イ 本施設は、関係団体との連携を図りながら活動を行う。(別紙3)

(2)情報の発信

 利用者には、諸外国からの利用者も含まれることが考えられ、また、広島・長崎の原爆資料・情報に対する国外からの二-ズが著しく増加していることにかんがみ、世界各地域へ関係情報を発信するとともに、情報の受信も積極的に行う。

 また、現在行われている活動との連携を図りつつ、外国から研究者等を招いて、原爆や平和に関する会議やシンポジウムを開催するとともに、外国で開催される会議やシンポジウムに、日本からも被爆者や研究者を派遣する。

Ⅲ施設の設置場所

 広島・長崎両市と原爆は密接な関係があり、当地には原爆被爆者やその遺族の多くが今も住んでいること等を考慮すると、施設を両市に設置することが適当である。しかしながら、同じ内容の施設とするのではなく、地元の要望も踏まえて、両地域の特徴を出すようにすべきである。

Ⅳ施設の運営

 本施設の運営の主体は、持続的に活性化できる組織を構成するという視点から考えるべきであり、そのためには、人・事業・財政面において柔軟で開かれている民間の活力を有効に使っていくことが必要である。

 この見地からすると、国直営、地方公共団体や特殊法人への委託については、必ずしも適切であるとはいえない。そこで、経営基盤が確立され、この施設を運営するにふさわしい公益法人に委託することが現状では望ましいものと考える。

 この場合、国は適切な財政負担を行う等、国として果たすべき役割を担うべきである

別紙1 資料情報検索システムの概念図

別紙2 資料情報検索システム項目例

別紙3 国際協力及び交流の概念図

     原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会名簿

     原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会専門委員会名簿