献花(2015年8月6日平和公園)
民族派有志一同・日本共産党中央委員会ほか |
献花(2015年8月6日平和公園)
民族派有志一同・日本共産党中央委員会ほか |
野外展示(2015年8月平和公園)
作者:上野正嗣。 |
撮影:宇吹暁 |
『長崎原爆写真集 決定版』(小松健一、新藤健一編、「反核・写真運動」監修、勉誠出版、20150809)
内容<工事中>
頁 | ||
002 | はじめに | 「反核・写真運動」運営委員会 |
008 | 凡例 | |
009 | 決定版 長崎原爆写真集 | |
232 | 対談「原爆を撮った男たち」の証言 | 松本栄一 林重男 (聞き手・小松健一) |
242 | 解説「長崎の原爆を撮った男」 | 新藤健一 |
255 | あとがき | 小松健一・新藤健一 |
257 | 撮影者一覧 | |
『広島原爆写真集 決定版』(小松健一、新藤健一編、「反核・写真運動」監修、勉誠出版、20150806)
内容<工事中>
頁 | ||
002 | はじめに | 「反核・写真運動」運営委員会 |
008 | 凡例 | |
009 | 決定版 広島原爆写真集 | |
010 | ||
011 | ||
012 | ||
013 | ||
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018 | ||
019 | ||
020 | 御幸橋西詰 | (撮影:松重美人) |
021 | ||
022 | 御幸橋西詰 | (撮影:松重美人) |
023 | ||
024 | 広島市翠町 | (撮影:松重美人) |
025 | ||
026 | (撮影:松重三男) | |
224 | 対談「原爆を撮った男たち」の証言 | 松本栄一 林重男 (聞き手・小松健一) |
234 | 解説「広島の原爆を撮った男」 | 新藤健一 |
243 | あとがき | 小松健一・新藤健一 |
245 | 撮影者一覧 | |
247 | 編者プロフィール | |
『被爆70年-市民が育んだヒロシマ』(広島自治体問題研究所、20150728)
内容
編 頁 | タイトル | 著者 | |
01 | はじめに | ||
村上博(広島自治体問題研究所理事長) | |||
第1編 | ヒロシマの市民活動 | ||
06 | 原爆遺跡保存運動懇談会のあゆみ | 高橋信雄 | |
16 | 『木の葉のように焼かれて』を平和運動の推進に | 新日本婦人の会広島県本部 | |
20 | 広島高校生平和ゼミナールの40年 | 澤野重男 | |
28 | 70年目の「ヒロシマ」を考える | 大越和郎 | |
34 | 原爆被害者相談員の会の活動をふり返る | 三村正弘 | |
42 | 広島の被爆訴訟支援の到達点 | 青木克明 | |
51 | 劇団 月曜会 今昔 | 岩井里子 | |
55 | 21年目を迎える「平和のための戦争展」~見る戦争展から、育てる戦争展へ~ | 利元克巳 | |
第2編 | 「ヒロシマ六法」(解説) | 田村和之 | |
71 | 法律・条例集 | ||
広島平和記念都市建設法(1949年制定) | |||
広島市基本構想(2009年策定) | |||
被爆者援護法(1994年制定) | |||
87 | 編集後記 | ||
橋本和正(広島自治体問題研究所事務局長) | |||
2012年以降毎年開催された3回の準備委員会を踏まえ、2015年4月27日から5月22日まで、ニューヨークにおいて、2015年NPT運用検討会議が開催された。鋭意交渉が行われたものの、最終的に、主に中東非大量破壊兵器地帯の設置構想をめぐって関係国間の溝が埋まらず、最終文書を採択することなく終了した。しかしながらNPT三本柱(①核軍縮、②核不拡散及び③原子力の平和的利用)の進展のために、引き続きNPT体制の維持・強化に取り組むことが重要である。
『外交青書 2016』http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2016/html/index.html
『ヒバクシャ-ともに生きる第33号』原爆被害者相談員の会、20150806
目次
栗原淑江 | 今、「自分史」を書くということ~被爆70年をふりかえって~ | |
1.はじめに―「被爆者の自分史」の20年 | ||
「自分史つうしん ヒバクシャ」を20年間240か月、240号(2013年1月)まで発行。のべ940編、実数は、被爆者95人、二世・三世10人、支援者66人。 | ||
平成27年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式
原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要
あらたに3冊の名簿に記帳された氏名 | 5359人 | |
名簿登録者総数 | 297684人 | |
名簿総数 | 109冊 |
参列者の概要
被爆者や遺族など | 約5万5000人 | |
安倍晋三 | 内閣総理大臣 | |
寺田逸郎 | 最高裁判所長官 | |
ラッシーナ・ゼルボ | 包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会暫定技術事務局長」 | |
遺族代表 | 41都道府県 | |
各国大使や代表 | 100か国と欧州連合(EU)。核兵器国のアメリカ、イギリス、フランス、ロシアを含む。 | |
平和首長会議リーダー都市及び広島市の姉妹・友好都市からの青少年代表 |
出典:『平和文化 No.190 2015年11月号』(広島平和文化センター)
広島市長平和宣言(下記参照)
http://www.city.hiroshima.lg.jp/
内閣総理大臣挨拶
本日ここに、被爆七十周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が挙行されるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊に向かい、謹んで、哀悼の誠を捧げます。
そして、被爆による後遺症に、今なお苦しんでおられる方々に対し、衷心よりお見舞いを申し上げます。
あの朝から七十年が経ちました。ここ広島に投下された一発の原子爆弾により、十数万にものぼる幾多の貴い命が奪われ、街は廃墟と化しました。惨禍の中、一命をとりとめた方々にも、言葉に尽くしがたい辛苦の日々をもたらしました。
今、広島の街を見渡すとき、この水の都は、たくましく復興し、国際平和文化都市へと変貌を遂げました。被爆から七十年を迎えた今朝、私は、改めて平和の尊さに思いを致しています。
我が国は唯一の戦争被爆国として、現実的で実践的な取組を着実に積み重ねていくことにより、「核兵器のない世界」を実現する重要な使命があります。また、核兵器の非人道性を世代と国境を越えて広める務めがあります。
特に本年は、被爆七十年という節目の年であります。核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議では、残念ながら、最終合意には至りませんでしたが、我が国としては、核兵器国と非核兵器国、双方の協力を引き続き求めつつ、「核兵器のない世界」の実現に向けて、一層の努力を積み重ねていく決意です。この決意を表明するため、本年秋の国連総会では新たな核兵器廃絶決議案を提出いたします。
八月末には、包括的核実験禁止条約賢人グループ会合並びに国連軍縮会議が、更に来年には、G7外相会合が、ここ広島で開催されます。これらの国際会議を通じ、被爆地から我々の思いを、国際社会に力強く発信いたします。また、世界の指導者や若者が被爆の悲惨な現実に直に触れることを通じ、「核兵器のない世界」の実現に向けた取組をさらに前に進めてまいります。
今年、被爆者の方々の平均年齢が、はじめて八十歳を超えました。高齢化する被爆者の方々に支援を行うために制定された「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」も、施行から二十年を迎えました。引き続き、保健、医療、福祉にわたる総合的な援護施策を、しっかりと進めてまいります。
特に、原爆症の認定につきましては、申請された方々の心情を思い、一日も早く認定がなされるよう、審査を急いでまいります。
結びに、亡くなられた方々のご冥福と、ご遺族並びに被爆者の皆様のご多幸をお祈り申し上げるとともに、参列者並びに広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私のご挨拶といたします。
平成二十七年八月六日
内閣総理大臣・安倍晋三
出典http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0806hiroshima_aisatsu.html
報じられたヒバクシャ
タイトル | 掲載紙 | 掲載日 |
中国新聞 | ||
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連載
タイトル | 掲載紙 | 掲載期間 | 回数 | 備考 |
1~ | ||||
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本・パンフレット
書名 | 著者 | 発行所 | 発行年月日 | 備考 |
論文
掲載誌 | |
編集、発行所 | |
号数、発行年月日 | |
タイトル | |
著者 | |
備考 | |
賢人グループ会合に引き続き、8月26日(水)から28日(金)にかけて「第25回国連軍縮会議in広島」が開催され、23か国・5国際機関から83人が会議に参加しました。
国連軍縮会議は、アジア・太平洋地域において軍縮問題に対する意識を高め、軍縮・安全保障に関する対話を行うことを目的として、国連が平成元年(1989年)から開催しており、広島市では19年ぶり4回目の開催となりました。
今回の会議では、広島市からの提案により、被爆の実相を伝えるプログラムや、賢人グループ会合のメンバーが参加するオープニングハイレベルセッション、国内外の若者が平和について発表し合う世界学生平和会議が会議プログラムに組み込まれました。出典:「平和文化」NO.190