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広島復興大博覧会誌(目次)

廣島復興大博覧會誌(目次)
広島復興大博覧会誌編集委員会編
広島市役所 1959/04/01

開催期間:1958(昭和33)年4月1日~5月20日

 口絵
発刊のことば  渡辺忠雄(広島市長・広島復興大博覧会会長)
役員の面影
第1部  開催までの経過
1、広島市の大観
2、博覧会開催の機運
3、博覧会開催決定までの経過
4、財政事情
5、開催及び企画の決定
6、準備
 1 総務…11
(1)事務局の開設と規則及び諸規定の制定…11
(2)役職員の委嘱と任命…12
(3)運営委員会の設置…12
(4)後援及び協賛の依頼…13
(5)県の補助…13
(6)他都市の視察…13
(7)会場敷地決定に伴う措置及びその経過…14
(8)専門委員の委嘱…15
(9)交通業者との連絡調整…15
(10)場内食堂及び売店の決定…16
(1)食堂
(2)売店
(11)職員徽章と各種入場券、通門証…19
(12)臨時職員の採用と服装の決定…21
(1)守衛
(2)看視員等の採用
(3)服装の決定
(13)映画の制作…24
(1)宣伝映画「ヒロシマ」二巻
(2)記録映画「広島復興大博覧会」二巻
(14)開会式の準備…24
2 出品…25
(1)基本方針…25
(2)出品計画…25
(イ)各館の構想
(ロ)出品作業計画
(ハ)出品勧誘班の派遣
(3)装飾業者の指定…35
(4)運輸業者の指定と出品物の搬入、展示…36
(5)出品物の運賃割引申請…37
(6)各館責任者の決定…37
(7)監視員の配置…37
(8)出品物の保管…38
(9)報道機関の協力…38
(10)無料休憩所の設置…38
3 宣伝…39
(1)基本方針…39
(2)宣伝実施経過の概要…39
(3)宣伝活動…39
(1)文書、図書による宣伝…42
イ 看板類によるもの
ロ ポスターなどによるもの
ハ 印刷物によるもの
ニ 新聞広告
ホ ラジオ放送
ヘ 利用宣伝
(2)特殊宣伝…48
イ ミス広島博
ロ 宣伝車
ハ 宣伝船
(3)団体観覧客誘致宣伝…52
イ 前売券の売さばき
ロ 一般団体観覧客の誘致
ハ 学校団体観覧客の誘致
(4)連絡打合せによる宣伝…55
(5)観覧客の受入準備…55
4 施設…56
(1)会場施設の基本方針…56
(2)恒久施設の造営…56
(イ)広島城天守閣の復原
(ロ)噴水池
(ハ)鯨の池
(3)仮設建物の建築…64
(4)会場整地及び造園…64
(5)給水施設…64
(6)電話と放送設備…65
(7)電灯、電力工事…66
5 演芸…66
(1)番組篇成の基本方針…66
(2)つなぎ(下荷)演芸…67
(3)地元舞踊家及び地方民俗芸能等の誘致…67
(4)有名芸能人の来演誘致…67
(5)ラジオ公開録音…68
(6)印度芸能を招く…68
(7)軍官公衛音楽隊の来演…68
(8)演芸館の設営…69
7、協賛会
 1 組織と機構…69
2 事業計画…72
3 事業概況…72
4 収支決算…74
第2部 開会
1、開会式
 1 式典と祝宴…77
2 慶祝行事-こけら落しとパレード-…90
3 会場開き…90
2、人工衛星館の誘致
3、博覧会の情景-会場見てある記-
  1 人工衛星館…95
2 原子力科学館…98
3 復興館…102
4 観光館…104
5 専売館…106
6 電信電話館…108
7 郵政館…110
8 生活文化館…113
9 飲料館…116
10 体育保健館…117
11 テレビ電波館…122
12 国際館…124
13 新聞館…130
14 映写館…132
(特設)花道館…135
 第二会場…136
15 全国物産館…136
16 電気科学館…138
17 近代工業館…141
18 清酒館…143
19 農機具館…146
20 林業館…148
21 農水産館…150
22 演芸館…152
23 宇宙探検館…156
24 木工館 …162
25 国鉄館…163
26 交通科学館…166
27 お菓子の国…168
28 子供の国…169
(特設)クボタ館…171
(特設)ヤンマーディゼル館…172
(特設)その他の館…172
 第三会場…173
29 郷土館…173
4、各館小間配置図
 第一会場…178
第二会場…192
第三会場…208
5、会期中の行事と催物
 1 会期中の催物等による宣伝…211
2 広島祭…213
3 大名行列…214
4 自衛艦の来航…214
5 米軍楽隊吹奏行進…214
6 その他…215
7 会期中の催物写真集…217
6、会場の警備
 1 警備機構と事務分掌…224
2 火災予防計画…224
3 事故発生状況…225
7、救護
 1 準備…227
2 運営及び結果…227
8、会場雑記
 1 入場者と会期中晴雨表…228
2 会場清掃…232
3 余話(こぼれ話)…232
4 思い出のグラフ…237
第三部 閉会
1、閉会式
2、博覧会の成果
 1 入場券売上数…260
2 即売品売上…261
3 子供の国遊具使用料…262
3、本博覧会の反響
 1 来広客の増加…263
2 一般経済界に及ぼした影響…266
3 博覧会出品の効果…270
4 アンケート…270
5 児童作品集-作文-…275
4、残務整理
 1 出品物の搬出…280
2 会場施設の整理…280
3 運営委員会の開催…281
4 事務整理…281
イ 感謝状、礼状の発送
ロ 諸払いの清算と未収金の整理
5 事務局の解散…283
6 報道陣への感謝…284
5、予算及び決算
附録
1 開催趣意書
2 広島復興大博覧会条例
3 諸規則と規程
 イ 施行規則
ロ 事務局設置規定
ハ 事務局組織規定
ニ 会場整理要綱
ホ 出品物販売取扱要領
ヘ 看視員服務要領
4 役職員名簿
5 出品者名簿
編集後記

 

 

原水爆禁止大会・平和集会(2018年)

○原水爆禁止2018年世界大会(原水爆禁止日本協議会)
8月3日~9日広島・長崎で開催。6000人(広島)1500人(長崎)の代表が参加。

○被爆73周年原水禁世界大会(原水爆禁止日本国民会議)
7月28日福島大会640人。8月4日広島大会2200人、8月7日長崎大会1700人

○被爆73年連合2018平和ヒロシマ集会 約2100人

○日本生活協同組合連合会~ピースアクション~
8月4日~6日「ピースアクションinヒロシマ」。全国70生協より延べ2,300人。
8月7日~8日「ピースアクションinナガサキ」。全国50生協より延べ1,110人。

〇「ピース・ナイター2018」 (広島東洋カープ)7月30日3万人余 MAZDA Zoom-Zoom

広島市平和式典(2018年)

平成30年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

あらたに3冊の名簿に記帳された氏名 5393人.
名簿登録者総数 314118人
名簿総数 115冊

参列者の概要

被爆者や遺族など 約5万人
安倍晋三 内閣総理大臣
アントニオ・グテーレス 国連事務総長(中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表.代読.)
遺族代表 40都道府県
各国大使や代表 85か国(核兵器保有7か国代表を含む)と欧州連合(EU)。

出典:『平和文化 No. 2018年月号』(広島平和文化センター)

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/

広島市 – 平和宣言【平成30年(2018年)】

 

内閣総理大臣挨拶

 一発の原子爆弾が、街を一瞬にして破壊し、十数万ともいわれる貴い命を奪いました。あれから73年、一命をとりとめた方々にも、筆舌に尽くし難い苦難の日々をもたらしました。若者の夢や明るい未来が容赦なく奪われました。

 原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
広島、長崎の悲劇を再び繰り返してはならない。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けて、粘り強く努力を重ねていくこと。それは、我が国の使命です。
近年、核軍縮の進め方について、各国の考え方の違いが顕在化しています。
真に「核兵器のない世界」を実現するためには、被爆の悲惨な実相の正確な理解を出発点として、核兵器国と非核兵器国双方の協力を得ることが必要です。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、粘り強く双方の橋渡しに努め、国際社会の取組を主導していく決意です。
その具体的な取組として昨年、核軍縮に関する「賢人会議」を、ここ広島で開催しました。
「賢人会議」を通じて有識者の知見も得ながら、核兵器不拡散条約(NPT)発効50周年となる2020年のNPT運用検討会議が意義あるものとなるよう、積極的に貢献してまいります。
また、その非人道性を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めが我々にあります。
若い世代が、被爆者の方々から伝えられた被爆体験を語り継ぐ。
政府として、そうした取組をしっかりと推し進めてまいります。
被爆者の方々への援護施策については、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的に推進してまいります。特に、原爆症の認定について、引き続き、一日も早く結果をお知らせできるよう、できる限り迅速な審査を行ってまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、「核兵器のない世界」と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

平成30年8月6日

内閣総理大臣・安倍晋三

出典http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0806hiroshima.html

 

類似式典(総理官邸ホームページより)

2018年月日 行事
0311 東日本大震災7周年追悼式 東京都千代田区の国立劇場。
<篠宮同妃両殿下、約人。前年までは天皇皇后>
0623 沖縄全戦没者追悼式 沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園 <約人>
0809 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。 平和公園 <約人>
0815 全国戦没者追悼式 東京・日本武道館 <天皇・皇后、約人>

 

「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して

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志賀賢治広島平和記念資料館館長 講演「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して
開催日時:2017年8月2日、会場: 広島大学東千田キャンパス>
出典『平成29年度第1回広島大学平和科学研究センター主催国際シンポジウム「原爆体験・戦争の記憶の継承~託す平和遺産」 No.33 Editor: Institute for Peace Science, Hiroshima University 201804』

 

 

原爆被害相談員の会からの報告

原爆被害相談員の会からの報告(IPSHU研究報告シリーズ No.23 広島大学平和科学研究センター 1996年3月1 日)

 著者  タイトル
 相良カヨ(原爆被害者相談員の会) 被爆者とABCC
 三村正弘(広島県保険医協会)  原爆被害者援護法と社会保障の一考察
 若林節美(広島YMCA健康福祉専門学校)  被爆者は今
 船橋喜恵(広島大学総合科学部)  原爆被害者相談員の会の歩み

戦後ヒロシマの記録と記憶(小倉馨のR・ユンク宛書簡)

『戦後ヒロシマの記録と記憶 小倉馨のR・ユンク宛書簡 上・下』(若尾祐司・小倉桂子編、名古屋大学出版会、2018年7月10日)

目次

上巻
ロベルト・ユンク「広島での出会い
第一編 共同作業に向けて-一九五七年五月末から同年末まで
 概要
小倉書簡(一九五七年五月二五日~一二月三〇日)
解説1 浜井信三インタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(一)
第二編 反核平和運動の高まりの中で-一九五八年一月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年一月八日~五月二七日)
補遺(一九五八年六月初旬~九月四日)
解説1 中央公論一九五八年八月号「ヒロシマ-その後十三年」
解説2 ロベルト・ユンクの動向(二)
第三編 被爆当時と後障害の究明-一九五八年九月から五九年一月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年九月八日~五九年一月二九日)
解説1 長岡省吾インタビュー
解説2 医師へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(三)
下巻
第四編 戦後の生活と性の現場へ-一九五九年二月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五九年二月二日~五月二九日)
解説1 遊郭関係者へのインタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(四)
第五編 平和を求めて生きる人々-一九五九年六月から同年一〇月半ばまで
 概要 486
小倉書簡(一九五九年六月三日~八月二四日と九月一五日~一〇月一三日)
解説1 河本一郎インタビュー
解説2 広島市観光課へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(五)
付録 小倉馨の人と生涯
 1 小倉馨関係年譜
2 小倉桂子インタビュー
3 追記

 

 

広島市被爆70年史

『広島市被爆70年史  あの日まで そして、あの日から 1945年8月6日』(被爆70年史編修研究会編、広島市刊、2018年7月28日)

目次

戦前編
第1章 プロローグ
第2章 広島市の誕生
第3章 日清戦争と軍部の形成
第4章 近代都市への発展
第5章 都市の変貌
第6章 社会運動と市民文化
戦中編
第1章 戦時下の広島
第1節 戦時体制の強化
第2節 銃後としての広島
第3節 広島の外国人
第4節 「決戦」命令の日々
第2章 原爆被災
第1節 グラビア 1945年8月6日
第2節 広島壊滅
コラム 原子爆弾の開発と投下
戦後編
第1章 廃虚からの出発
第1節 子どもたちと原爆
第2節 原爆はどう報じられたのか
第3節 占領軍の展開と占領の諸相
第4節 廃虚の中の市民生活
第5節 海外からの復興支援
第6節 医療と衛生の復興
コラム ニつの平和記念日
第2章 復興のつち音
第1節 復興計画の立案と進展
第2節 平和記念都市建設法と平和記念施設
第3節 基町を中心とする公園・緑地・住宅計画
第4節 丹下健三と広島の都市デザイン
第5節 太田川改修事業
第6節 市民球団カープの誕生と発展
第7節 文化の復興
第8節 戦後の経済復興と商工業
第9節 原子力の「平和利用・展示」
コラム 町名から見る城下町広島
第3章 民主化と労働運動の高まり
第1節 民主化と市民
第2節 労働運動の高まり
第3節 学校の復興と学制改革
第4節 広島の文芸と原爆文学
コラム 広島お好み焼の歴史
第4章 被爆者とヒロシマの展開
第1節 被爆者の実相の解明
第2節 被爆者の援護
第3節 被爆者の苦悩
第4節 核実験禁止・核兵器廃絶運動とヒロシマ
第5節 ヒロシマの継承
第6節 平和都市を担って
コラム エノラ・ゲイ号と原爆展示
第5章 高度成長以降の都市の拡大
第1節 経済と社会基盤整備
第2節 環境問題・環境対策
第3節 都市機能の「流出」-広島大学の統合移転と空港の移転
第4節 広島の大規模宅地・各種開発の歴史と課題
コラム 若者文化と広島フォーク村
第6章 エピローグ
第1節 グローバル化と21世紀の平和都市像
第2節 被爆100年後の広島に向けて
特論
特論1 広島・ヒロシマと美術
特論2 広島と音楽
特論3 映画と広島・ヒロシマ
特論4 スポーツ王国広島

 広島市被爆70年史 映像編目次
広島市の歴史 ~明治から現代
 Ⅰ -市誕生から被爆まで-
Ⅱ -被爆からの復興-
10人の証言集 記憶から紡ぐ あのころの広島
 「戦争に翻弄された少女の青春」 切明千枝子
「母が綴ったわが子への思い」 渡部定子
「迫る業火を逃げのびて」 竹内節子
「原爆乙女と呼ばれて」 笹森惠子
「麦畑の少年が見た広島の復興」 鈴木孝
「原爆と在日の二つの重みを背負って」 朴南珠
「広島復興の象徴、基町の再生」 中村和正
「被爆、そして原子力の平和利用」 伊藤薫
「ヤミ市から立ち上がった広島商人」 山西義政
「原爆にも負けないで、野球に打ち込んだ人生」 原田高史
ドキュメンタリー 幻の記録映画を追って 平和記念都市ひろしま

広島国際文化財団

広島国際文化財団

1977年、中国新聞社と中国放送が広島の文化振興を目的に設立した財団法人

主な事業

年月日
197807 街づくりシンポジウム(丹下健三、平山郁夫など)
197811 デザイン会議1978広島
197904 ガウディ展
198008 増田勉ヒロシマシリーズ作品展
米国記者招請計画(アキバ・プロジェクト)

平和の時計塔

平和の時計塔
建立年月日:1967(昭和42)年10月28日
場所:広島市中区中島町・平和公園
hic094a[正面]
平和の時計塔
PEACE CLOCK TOWER
核原子力の出現により、人類はいま生か、死か、破滅か、繁栄かの岐路に立っている。
ひろい世界を同じ心で一つに結ぶ、全世界のライオンズ会員が平和実現のために果す役割は大きい。
原爆ドームの永久保存に呼応し、人類が初の原爆の洗礼を受けた時刻、8時15分に、毎日全世界に向けこの時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を強く訴え、人類の高級平和実現の一日も早からんことを祈り、この時計塔を建設し、市に贈るものである。昭和四十二年十月二十八日
チャーター伝達十周年を記念し
広島鯉城ライオンズクラブ

資料

「ライオンズを探せ!@広島県・広島 村上薫元国際会長のテーマを伝えるピープル・アット・ピースの碑」(『LION 日本語版 2015年10月号』https://www.thelion-mag.jp/emag/201510/index_h5.html)