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2021年9月(日録)

2021年9月(日録)

 事項
01 *来宅。「おんな」関係本、田原資料の長崎関係資料を閲覧。原水爆禁止母の会・木の葉のように焼かれて・あさなど(1箱)を貸出。
 02  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:ジミー・カーターと広島」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県社会運動史研究会」
 04  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県労働組合会議」、「広島県労働運動史 第1巻」、「広島県労働運動史 第2巻」
05 パラリンピック閉会式。
 06  菊楽忍(広島原爆資料館)一行3人、来訪。寄贈資料資料を持ち帰る。
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「広島復興大博覧会ポスター」
 07  ヒロシマ遺文への投稿=「広島の証言の会」、
 08  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県社会運動史研究会会報」、「ヒロシマ・ナガサキの群像」
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「今堀誠二巻頭言―ヒロシマ・ナガサキの証言創刊号」
 10  「広島の証言の会(1997年再発足)」、「在ブラジル被爆者裁判を支援する会」、「在ブラジル原爆被爆者協会」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「私の中の平和と人権」、「田沼肇全活動」、
12  ヒロシマ遺文への投稿=「法廷に立つ歴史学 家永教科書論争と歴史学の現在」、「ICBUWヒロシマ大会(2006年8月)」。
13  ヒロシマ遺文への投稿=「資料:総評単産被爆者協議会連絡会議」、「原爆被爆者援護法の早期制定をめざす資料集」、「原爆被爆二世問題の理解のために」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「山陽路の女たち」、「ヒロシマの記録 核実験抗議の座りこみ10年」
 15  ヒロシマ遺文への投稿=「アフガニスタン国際戦犯法廷民衆法廷第9回公聴会(広島)」
 16  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市平和推進基本条例」
17  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市役所事務休停日条例」
 18  ヒロシマ遺文への投稿=「内閣総理大臣菅義偉広島市平和式典挨拶(2021年)」、「広島市平和式典総理大臣挨拶(2020年)」、「広島市平和式典総理大臣挨拶(2019年)」
 20  ヒロシマ遺文への投稿=「秋葉忠利広島市長平和宣言(1999~2010年)」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市平和式典広島県知事、県・市議会議長の式辞(1953年)」、「広島市平和記念式典での挨拶(広島県知事)2016~2021年」、
22  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典実況中継1996年8月6日」
23  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典にともなう規制と警備」、「被爆70周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典式次第」、「長崎市民平和憲章」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「長崎市都市公園条例」
 25  ヒロシマ遺文への投稿=「平和集会・シンポジウム(平和式典の関連行事)」
 26  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典略年表」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典の主催者」、「平和式典の会場-平和記念公園」、
28  ヒロシマ遺文への投稿(1)=「平和式典の会場-平和記念公園(設営)」、「平和式典の会場-平和記念公園(市民の奉仕活動)」、「平和式典の原型」、「平和式典の主催者」、「式次第」、「宣言の主体、対象、形式(平和宣言)」、「平和式典の参列者」、
28  ヒロシマ遺文への投稿(2)=「市民の関心(平和式典への関心)」、「市民の関心(平和式典への関心)」、「原爆供養塔合同慰霊祭(平和式典の関連行事)」、「原爆罹災者名簿等の公開(平和式典の関連行事)」、「灯ろう流し(平和式典の関連行事)」、「平和集会・シンポジウム(平和式典の関連行事)」、「式次第」、「献花(式次第)」、「演奏と合唱(式次第)」、
 29  菊楽忍(広島原爆資料館)一行3人、寄贈予定資料を持ち帰る。*・*も、来宅。5人と一緒に資料などについて話す。発言はほとんど宇吹。
 29  ヒロシマ遺文への投稿(1)=「原爆被害観(平和宣言)」、「原水爆禁止(平和宣言)」、「国連」、「国際動向への憂慮(平和宣言)」、「被爆体験の継承(平和宣言)」、「被爆者援護対策への要望(平和宣言)」、「世論への期待(平和宣言)」、「ヒロシマの動向と決意(平和宣言)」、「宣言内容の変遷(平和言)」、「
平和宣言の普及(平和宣言)」、
 29  ヒロシマ遺文への投稿(2)=「来賓(平和式典の参者)」、「政府、議会関係者(平和式典の参列者)」、「長崎市など他都市からの参列者(平和式典の参列者)」、「遺族、被爆者、市民、平和団体代表(平和式典の参列者)」、「一般参列者(平和式典の参列者)」、
30  ヒロシマ遺文への投稿(1)=「被爆体験の継承(平和宣言)」、「来賓(平和式典の参列者)」、「政府、議会関係者(平和式典の参列者)」、「長崎市など他都市からの参列者(平和式典の参列者)」、「海外からの参列者(平和式典の参列者)」、「遺族、被爆者、市民、平和団体代表(平和式典の参列者)」、「一般参列者(平和式典の参列者)」
 30  ヒロシマ遺文への投稿=「日本政府の関心(平和式典への関心)」、「マスコミの関心(平和式典への関心)」、「海外での関心(平和式典への関心)」、

 

 

社説(ローカル紙)2021年8月6日

社説(ローカル紙)2021年8月6日

紙名 見出し
北海道新聞 原爆投下から76年 廃絶求める世論に応えよ
河北新報 広島原爆の日 核廃絶の訴え 届け世界へ
信濃毎日新聞 原爆の日に 被爆国政府の責務果たせ
新潟日報 原爆の日 核廃絶へ責務果たさねば
神戸新聞 原爆の日 非人道の核廃絶へ連帯さらに
山陰中央新報 <論説>「原爆の日」 オブザーバーで参加を
中国新聞 ヒロシマ76年 核抑止の神話、打ち破れ
山陽新聞 原爆投下76年 核廃絶へ使命果たさねば
西日本新聞 広島原爆の日 日本が核廃
琉球新報 ヒロシマ原爆投下76年 核禁条約批准を約束せよ
沖縄タイムス ヒロシマ原爆投下76年 今こそ真の橋渡しに

20210806社説

広島平和音楽祭略年表

広島平和音楽祭略年表

Y M D NEWS1
74 03 11 広島テレビが企画した広島平和音楽祭の実施要項が決まる。
74 04 02 近藤幸四郎・広島被爆者団体連絡協議会事務局長ら10人、広島テレビ放送を訪れ、8月開催の広島平和音楽祭への美空ひばりの出演に抗議。
74 04 17 広島テレビ、広島平和音楽祭開催の内容に抗議していた広島被爆者団体連絡会議に対し、趣旨に反する歌手はいないとの回答。
74 06 05 広島テレビ放送、広島平和音楽祭に出演する歌手12人を発表。美空ひばりなど。
74 06 26 全電通被爆協・国労被対協など被爆者8団体代表、広島テレビに広島平和音楽祭の中止を申し入れる。
74 08 09 全電通被爆協・国労被対協など被爆者8団体、美空ひばりの出演する広島平和音楽祭に抗議し原爆裁判映画「人間であるために」の上映会を開催。約100人が参加。
74 08 09 広島平和音楽祭、広島県立体育館で開催。約5000人が参加。
75 03 21? 山田愛毅・広島県東城高校1年の作った「戦争を知らないから」が、広島平和音楽祭で募集した歌詞で一等に入賞。
75 05 24 第2回広島平和音楽祭、県立体育館で開催。約5000人が参加。
76 03 03 第3回広島平和音楽祭の細目が決まる。公募歌詞1席に与えられるゴールデン・メイプル(もみじ)賞に小川洋子の「もんぺのかあさん」が選ばれる。
76 05 22 第3回広島平和音楽祭、県立体育館で開催。約5000人が参加
77 04 11 6月10日の広島平和音楽祭の出演歌手・公募歌手入選(ゴールデン・メイプル賞)者など決定。
77 06 10 「広島平和音楽祭」出演の島倉千代子ら、原爆病院慰問。
77 06 10 「第4回広島平和音楽祭」、県立体育館で開催。約5500人が参加。
78 03 31? 第5回広島平和音楽祭実行委員会、同音楽祭の細目を決定し、発表。(ゴールデン・メイプル賞)
78 06 08 広島テレビ放送、「第5回広島平和音楽祭」開催を記念して原爆病院に寄付。
78 06 09 第5回広島平和音楽祭、開催。
78 06 25 広島平和音楽祭の中継録画放送。
79 06 07 「広島平和音楽祭」に出演する歌手ら、広島原爆病院を慰問。
79 06 08 第6回「広島平和音楽祭」、広島市で開催。
80 06 12 第七回広島平和音楽祭出演のため来広した歌手ら、原爆病院を慰問。
80 06 13 広島平和音楽祭実行委員会主催「第七回広島平和音楽祭」、広島市で開催。
81 06 12 第8回「広島平和音楽祭」(同実行委主催)、広島市で開催。
82 06 11 第9回広島平和音楽祭、広島市で開催。
83 06 10 広島平和音楽祭(同実行委主催)、広島市で開催(今年10回目)。(被爆体験の継承・反戦・平和を基調に。)
84 06 17 第十一回広島平和音楽祭(同祭実行委など主催)、広島市で開催。(約4,500人の聴衆)
85 06 23 第12回広島平和音楽祭(同実行委・広島テレビ放送主催)、広島市で開催(聴衆約4000人)。被爆40周年にちなんだ新曲発表。
86 07 26 第13回広島平和音楽祭( 同実行委・広島テレビ主催)、広島市で開催(聴衆約4300人) 。
86 07 27 26日の第13回広島平和音楽祭の模様を録画で放送。
87 01 13? 広島テレビ放送、「第14回広島平和音楽祭」の歌詞をを募集。
87 07 24 「第14回広島平和音楽祭」(同祭実行委・広島テレビ主催)、広島市で開催(聴衆約 4100人)。
87 07 25 「第14回広島平和音楽祭」のもようを放送(広島テレビ)。
87 08 02 第14回広島平和音楽祭の模様を中継録画でテレビ放映。
88 07 29 第15回広島平和音楽祭(広島テレビなど主催)、広島市で開催(聴衆約4600人)。
88 08 07 テレビ番組「日曜スペシャル『第15回広島平和音楽祭』」、広島テレビで放送。
89 06 07 第16回広島平和音楽祭のゴールデン・メープル賞、決定。原爆ドーム保存をテーマに、広島市の森下義数が作詞した「生きてよかった ありがとう」が受賞。
89 06 25 歌手美空ひばり、死去。第1回広島平和音楽祭に出演。1988年の15周年の同音楽祭にも参加し、原爆をテーマにした「一本の鉛筆」を歌唱。
89 07 28 広島平和音楽祭(同実行委など主催)、広島市で開催(聴衆約3500人)。今年16回目。「平和のシンボル・原爆ド-ムよ永遠に!平成元年」がテ-マ。同実行委、原爆ド-ム保存募金に寄付(100万円)。
90 02 11? 広島テレビ、7月の第17回広島平和音楽祭で発表する歌詞を募集。テーマは平和・人間愛・希望など。
90 07 27 「第17回広島平和音楽祭」(広島テレビ放送など主催)、広島市で開催(聴衆約4500人)。
90 07 29 テレビ番組「日曜スペシャル『第17回広島平和音楽祭』」(広島テレビ)、放送。
91 06 14 第18回広島平和音楽祭(広島テレビなど主催)、広島サンプラザで開催(聴衆約3500人)。加藤登喜子作詞・作曲の「ネバー・フォーゲット・ヒロシマ」などを演奏。
91 08 04 「広島平和音楽祭」の模様をテレビで放送(広島テレビ制作)。
92 07 07 古沢誠の「僕らの未来」、第19回広島平和音楽祭のゴールデン・メイプル賞に選ばれる。
92 07 24 第19回広島平和音楽祭、広島サンプラザで開催。5,000人を超す聴衆。
93 06 05? 18年前の「広島平和音楽祭」で入賞した歌「戦争を知らないから」、ジュノーをテーマにした記録映画「第三の兵士」の挿入歌として使われることが決まる。
93 06 25 第20回広島平和音楽祭のゴールデン・メイプル賞の授賞者発表。
93 07 23 第20回広島平和音楽祭、広島サンプラザで開催。4200人が参加。

 

 

2021年8月(日録)

2021年8月(日録)

 事項
01  ヒロシマ遺文への投稿=「佐東町川内・温井義勇隊の碑」、「広島郵政関係者慰霊碑」、「ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔」、「2021年8月(日録)」
 03  ヒロシマ遺文への投稿=「広島テレビ放送開局20周年記念誌」、「広島平和音楽祭略年表」
 05  広島女学院大学講義。関西学院大学学生25名とスタッフ2名、本学受講生12名。~12:15。ソフィア101。
 06   広島被爆76周年。広島平和公園へ。原爆死没者慰霊行事に参列。原爆ドーム北側などを取材撮影。―07:26。
 06  朝日新聞「天声人語」で宇吹著『ヒロシマ戦後史』を引用。
06  山陰中央新報デジタル <特集>不変の底流 核なき世界へ 被爆76年、全面禁止条約発効
 07  福井新聞
 08  東京オリンピック閉会式。
 09   長崎被爆76周年。黙とう。
09 ヒロシマ遺文への投稿=「長崎旅行(2017年5月)」、「長崎調査(2007年12月)」、「長崎調査(2015年8月9日~11日)」。
10 沖縄タイムス
10 NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」。
10 ヒロシマ遺文への投稿=「宇吹メモの中のナガサキ(1967~76)」、
11 折鶴の紐遠し。折りはじめ=20181203。1000羽達成=20190427.
12 土屋豪志<共同通信>よりメール。©株式会社全国新聞ネットに私へ電話取材による記事ありとのこと。確認する。「核兵器の全面違法化、戦後最大の成果 条約不参加の「被爆国」、空洞化危機」
12 ヒロシマ遺文への投稿=「せこへい美術館」
13 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設問題を考える会」
14 ヒロシマ遺文への投稿=「敦賀・舞鶴・天橋立一人旅(2014年5月16日~19日)日程表」
15  終戦記念日。町内放送はなし。NHKテレビに合わせ黙とう。
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「戦争遺跡保存全国ネットワーク」
18 ヒロシマ遺文への投稿=「社説(ローカル紙)2021年8月6日」、「子どもたちの見たヒロシマ 修学旅行感想文集」。
19 ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま 世界平和の聖都」、「全国戦没者追悼式(開催概要)」。
20 **帰宅。~22日。
20 エディオン焼山店へ。高速小型無線LAN子機を購入。設置してもらうとパソコンの調子が良くなる。
21 エディオン呉店へ。プリンターを購入。
21 ヒロシマ遺文への投稿=「早田尚」。
22 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆訴訟を支援する会」。
23 **より電話。**(NHK)と替わる。
24  東京パラリンピック。~9月5日。
25 ヒロシマ遺文への投稿=「エドマンド・ブランデン詩碑」、「1984中国文化賞ー広島県総務部県史編纂室」
26 ヒロシマ遺文への投稿=「きのこ会」。
27 ヒロシマ遺文への投稿=「水を風を光を 日本YWCA80年1905-1985」。
29 ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立図書館《広島県出身・ゆかりの女性たちの紹介》」、「文学選ひろしま 1」、「木の葉のように焼かれて」
30 *(東区民文化センター)より電話。9月18日「令和3年度城下町広島の歴史講座」のこと。10日午後、開催の可否を連絡する由。
30 ヒロシマ遺文への投稿=「広島市千田婦人会」
31 桜が丘へ。倉庫の本「田原資料」のうち長崎関係2箱を自宅に持ち帰る。自宅の「おんな」関係資料の整理。

 

 

 

 

2020平和宣言<広島><長崎>総理大臣挨拶

2020平和宣言<広島>

1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。

今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。

およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繋がりました。

こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。

原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた。」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです。」という当時13歳であった男性の訴え。
昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です。」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。
そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから。」という実体験からの言葉。
これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。

今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ。」、「人類の未来のための教訓だ。」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。

そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。

本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井 一實

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2020平和宣言<長崎>

長崎平和宣言

私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。
どうして私たち人間は、核兵器を未だになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。

75年前の8月9日、原爆によって妻子を亡くし、その悲しみと平和への思いを音楽を通じて伝え続けた作曲家・木野普見雄さんは、手記にこう綴っています。

私の胸深く刻みつけられたあの日の原子雲の赤黒い拡がりの下に繰り展げられた惨劇、ベロベロに
焼けただれた火達磨の形相や、炭素のように黒焦げとなり、丸太のようにゴロゴロと瓦礫の中に転
がっていた数知れぬ屍体、髪はじりじりに焼け、うつろな瞳でさまよう女、そうした様々な幻影
は、毎年めぐりくる八月九日ともなれば生々しく脳裡に蘇ってくる。

被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました。しかし、核兵器の本当の恐ろしさはまだ十分に世界に伝わってはいません。新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。

今年は、核不拡散条約(NPT)の発効から50年の節目にあたります。
この条約は、「核保有国をこれ以上増やさないこと」「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した、人類にとってとても大切な取り決めです。しかしここ数年、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄してしまうなど、核保有国の間に核軍縮のための約束を反故にする動きが強まっています。それだけでなく、新しい高性能の核兵器や、使いやすい小型核兵器の開発と配備も進められています。その結果、核兵器が使用される脅威が現実のものとなっているのです。
“残り100秒”。地球滅亡までの時間を示す「終末時計」が今年、これまでで最短の時間を指していることが、こうした危機を象徴しています。
3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は「核兵器をなくすべきだ」という人類の意思を明確にした条約です。核保有国や核の傘の下にいる国々の中には、この条約をつくるのはまだ早すぎるという声があります。そうではありません。核軍縮があまりにも遅すぎるのです。
被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連総会決議第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。

昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。一つは「核兵器から解放された平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。もう一つは「今、拡大しつつある相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。
世界の皆さんに呼びかけます。
平和のために私たちが参加する方法は無数にあります。
今年、新型コロナウイルスに挑み続ける医療関係者に、多くの人が拍手を送りました。被爆から75年がたつ今日まで、体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちのために警告を発し続けてきた被爆者に、同じように、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう。
この拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がります。今日、大テントの中に掲げられている高校生たちの書にも、平和への願いが表現されています。折り鶴を折るという小さな行為で、平和への思いを伝えることもできます。確信を持って、たゆむことなく、「平和の文化」を市民社会に根づかせていきましょう。
若い世代の皆さん。新型コロナウイルス感染症、地球温暖化、核兵器の問題に共通するのは、地球に住む私たちみんなが“当事者”だということです。あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き、そして一緒に歩んでいきましょう。
世界各国の指導者に訴えます。
「相互不信」の流れを壊し、対話による「信頼」の構築をめざしてください。今こそ、「分断」ではなく「連帯」に向けた行動を選択してください。来年開かれる予定のNPT再検討会議で、核超大国である米ロの核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すことを求めます。
日本政府と国会議員に訴えます。
核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。
そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、未だ被爆者と認められていない被爆体験者に対する救済を求めます。

東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている福島の皆さんを応援します。
新型コロナウイルスのために、心ならずも今日この式典に参列できなかった皆様とともに、原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、長崎は、広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

2020年(令和2年)8月9日
長崎市長  田 上  富 久

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2020総理大臣挨拶(広島)

本日ここに、被爆75周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が挙行されるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。
75年前、一発の原子爆弾により廃墟(はいきょ)と化しながらも、先人たちの努力によって見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。
広島と長崎で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めることは、我が国の変わらぬ使命です。
現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。
特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。
本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果を活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、継承する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。
被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

令和2年8月6日
内閣総理大臣・安倍晋三

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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ
令和2年8月9日

本日ここに、被爆75周年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。
75年前の今日、一木一草もない焦土と化したこの街が、市民の皆様の御努力によりこのように美しく復興を遂げたことに、私たちは改めて、乗り越えられない試練はないこと、そして、平和の尊さを強く感じる次第です。
長崎と広島で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めていくことは、我が国の変わらぬ使命です。
現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。
特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。
本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果も活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、承継する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。
被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ長崎市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、長崎市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

令和2年8月9日
内閣総理大臣・安倍晋三

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2020年8月15日終戦記念日

あの苛烈を極めた先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。

祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、遠い異郷の地にあって、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで、無残にも犠牲となられた方々。今、すべての御霊(みたま)の御前(おんまえ)にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。

今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、終戦から75年を迎えた今も、私たちは決して忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧(ささ)げます。

未(いま)だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。一日も早くふるさとにお迎えできるよう、国の責務として全力を尽くしてまいります。

戦後75年、我が国は、一貫して、平和を重んじる国として、歩みを進めてまいりました。世界をより良い場とするため、力の限りを尽くしてまいりました。

戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いてまいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら、世界が直面している様々な課題の解決に、これまで以上に役割を果たす決意です。現下の新型コロナウイルス感染症を乗り越え、今を生きる世代、明日を生きる世代のために、この国の未来を切り拓(ひら)いてまいります。

終わりに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様にはご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。

令和2年8月15日
内閣総理大臣 安倍 晋三