布野村教育研究協議会
資料
| 本 | 年月日 | 所蔵 |
| 父母と教師の戦争体験 | 1972 | ピカ研、原医研 |
| [内容]原爆、銃後、学童疎開、動員、外地、「戦没者名簿」。 | ||
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
布野村教育研究協議会
資料
| 本 | 年月日 | 所蔵 |
| 父母と教師の戦争体験 | 1972 | ピカ研、原医研 |
| [内容]原爆、銃後、学童疎開、動員、外地、「戦没者名簿」。 | ||
庄原市社会科同好会
| 刊行物 | ||
| 書名 | 発行年月日 | 所蔵 |
| 郷土史研究シリーズ | ||
| 1集 原爆の記録 | 19720105 | 原医研 |
| 2集 庄原原爆の記録 | 19790101 | 原医研 |
| 3集 学童集団疎開の記録 | 19721228 | 原医研 |
| 4集 庄原 被爆農民の証言 | 19750523 | ピカ研、原医研 |
| 比婆部隊の被爆記録。広島第一陸軍病院庄原分院は多数の被爆軍人を収容。 | ||
平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)
Let’s cry for Peace– Materials for self-activity on Hiroshima
編集:広島県平和教育教材編集委員会(英語部門)
広島県原爆被爆教師の会
発行:広島教育会館出版部 19700701
所蔵:ピカ
『原爆を中心とした平和教育教材(小・中学校) 資料No.2』(編集 「平和教育」資料編集委員会(仮称) 発行 広島県教職員組合、19681101) 所蔵:ピカ研
広島県原爆被爆教師の会入会のしおり 1972年6月現在
| 所蔵:ピカ研 |
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『”ひろしま”-原爆をかんがえる(試案)=そのとり扱いと若干の留意点について=』(広島県原爆被爆教師の会・広島県平和教育教材編集委員会・広島県教職員組合、19690701)
| 所蔵:ピカ研 形態:紙1枚 | ||
| はじめに(1969年7月1日) | ||
| 平和教育教材「ひろしま」について | ||
| 1 | 8月6日8時15分 | |
| 2 | 被爆の苦しみと怒り | |
| 3 | 第2次世界大戦のありさま | |
| 4 | 戦争をすすめた人びとのうごき | |
| 5 | 原爆投下の目的 | |
| 6 | 原子爆弾の破壊力 | |
| 7 | 死の科学 | |
| 8 | 原爆症 | |
| 9 | プレスコード | |
| 10 | ストックホルム・アピール | |
| 11 | 映画「ひろしま」 | |
| 12 | 第五福竜丸と原水爆禁止運動の高まり | |
| 13 | ひろしまの子どもたちのさけび | |
| 14 | いまなお続く被爆者の苦しみ | |
| 15 | 被爆者の苦しみ、その責任はどこに | |
| 16 | 日本人としておもうこと | |
平和教育校内研究会(石田講師)の概要(19701120)
| 資料所蔵:ピカ研 |
| 骨子 |
| 平和教育のあゆみ |
| 現代の世相と平和 |
| 平和教育の位置づけ |
| 平和教育の定義 |
| 学校と家庭 |
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第22次教育研究広島県集会報告書4 第1分科会[1972年]
| 氏名 | 所属 | タイトル |
| 仁田 | 甲山支区 中央小 | 「あるハンノキの話-6年生でのとりくみ」 |
| 砂畠 | 三原地区支部 中之町小学校 | 国語教育を通しての人間形成はどのようにすればよいか |
| 神原 | 三原地区支部 尾道支区 吉和中学校 | 平和教育共通教材のとりくみ「ヒロシマのうた」 |
| 今西祐行 | ヒロシマのうた | |
『文学教材をどうとられどう教えるか―自主教材「ヒロシマのうた」をめぐって』(児玉晴子 国語教育研究サークル・ニ土会 段原中学校)
日教組第21次・日高教第18次教育研究全国集会報告書 34
第5分科会
注:『ヒロシマのうた』=今西祐行の小説。1970年刊。
2020年3月(日録)
| 日 | 事項 |
| 01 | 3・1ビキニデー |
| 02 | ヒロシマ遺文への投稿=「わたしたちの広島市」、「きょうど「ひろしま」」、「なつやすみ(46年度)」、「夏の生活」。 |
| 03 | ヒロシマ遺文への投稿=「現代教育科学」、「イモヅル(広島地区高部協機関誌)8号」、「原爆犠牲者国民学校教師と子どもの碑」、「「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」建立についてのおねがい」、「流灯-ひろしまの子と母と教師の記録」、「『ヒロシマ原爆の記録』でどう教えるか」、「2020年3月(日録)」 |
| 04 | ヒロシマ遺文のTOP頁の更新。 |
| 04 | ヒロシマ遺文への投稿=「文学教材をどうとられどう教えるか」、「広島県集会報告書4」、「平和教育校内研究会(石田講師)の概要」、「ひろしま-原爆をかんがえる(試案)について」、「市岡正憲」、「広島県原爆被爆教師の会入会のしおり」、「原爆を中心とした平和教育教材(小・中学校)」、「平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)」、「庄原市社会科同好会」、「布野村教育研究協議会」、「高校生による原爆資料紹介の会(仮称)」、 |
| 05 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立廿日市高等学校」、「広島県立広島商業高等学校」、「八王子高等学校」、「安田女子高等学校」、「原爆展の話を聞いて」、「似島中学校」、「白島小学校」、「東京都葛飾区立上平井中学校」、「平和への教育 広島の初等教育」 |
| 06 | 山口勇子『原爆瓦』読了。 |
| 07 | 山口勇子『原爆瓦』読了。 |
| 07 | ヒロシマ遺文への投稿=「年表:原爆瓦」、「日本印象記-ヒロシマの家」、「大原三八雄」、「山崎与三郎」 |
| 08 | ヒロシマ遺文への投稿=「神田三亀男」、「咲け山ユリの心 山村児童と広島原爆病院の交流」、「広島県被爆教師の会(原爆被爆教職員の会)出版物」、「未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点」、「未来を語りつづけて(続)」、「明日に生きる 高校生のための平和読本」 |
| 09 | 広島市公文書館。 |
| 09 | ヒロシマ遺文への投稿=「沈黙の壁をやぶって」 |
| 10 | ヒロシマ遺文への投稿=「沈黙の壁をやぶって」、「ながさきの平和教育I」、「ながさきの平和教育Ⅲ」、「松永照正」、「ナガサキの原爆読本」、「平和を叫ぼう!」、「ヒロシマからの報告 平和・教育・被爆者問題を考える」、「この子らに語りつぐもの」、「高校生の原水爆・平和等意識調査」、「教科書を国民の手に」、「ヒロシマへの旅-平和学習のしおり」 |
| 11 | 政府主催 東日本大震災9周年追悼式。新型コロナウイルスのため中止。総理大臣官邸で献花式 を挙行。 |
| 11 | ヒロシマ遺文への投稿=「平和教育入門」、「人類の未来への証言」、「ひろしまたたかう婦人教師」、「続・ひろしまたたかう婦人教職員 」、「ヒロシマ その惨禍 未来への証言」、「失った日から-原爆・引揚・教育・戦中の暮し体験記」、「世界の平和・軍縮教育 1982年国際シンポジウム報告書」、「被爆教職員ここまで生きてきて」、「被爆建造物をたずねて」、「被爆二世として生きる」、「原爆を許すまじ 音楽平和教材伴奏集Ⅰ」 |
| 12 | ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止少年少女のつどい」、「第25回原水爆禁止似島少年少女のつどい」、「原爆の子 見よ!戦争の惨苦を!」、「軍縮教育資料集」、「ヒロシマの旅-碑めぐりガイドブック」、「原爆モニュメント物語」、 |
| 13 | ヒロシマ遺文への投稿=「ドキュメンタリー原爆遺跡21世紀への平和と創造」、「空白の学籍簿」、「こだまするうた 第2集」。 |
| 14 | ヒロシマ遺文への投稿=「昭和史を学ぶ高校生たち」、「年表:平和教育(~1960)」、「年表:平和教育(1961~1970)年表:平和教育(1971年)~(1979年)」、「年表:平和教育(1998年)」、「広島大学公開講座:放射線が人体に与えた影響」、「書誌2019」、「ヒロシマの声を聞こう」、「占領下の「原爆展」-平和を追い求めた青春」、「にんげん 反戦平和編1」、「高校生平和大使にノーベル賞を」、「誓いの炎ー長野県高等学校「学校平和宣言」」、「修学旅行[2006/10/25(水)~28(土)]」 |
| 15 | ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ散歩 原爆遺跡・戦跡をたずねて」、「ひろしまの原爆の木たち」、「被爆(戦争)体験談児童生徒の平和作文集」、「ひろしまの詩 女声合唱のための組曲」、「青い空は青いままで 平和と子どもたちの未来を」、「ひろしま修学旅行ガイド」、「慟哭の悲劇はなぜ起こったのか」、「書誌1995」、「書誌1992」、「書誌1990」、「アジア太平洋戦争から何を学ぶか」 |
| 16 | ヒロシマ遺文への投稿=『広島県総務部地方課特別調査一件』 |
| 17 | ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1952年」。 |
| 19 | 桜が丘へ。倉庫の呉関係資料の所在確認と女学院関係資料の整理。 |
| 19 | ヒロシマ遺文への投稿=「爆心復元運動とヒロシマの思想」。 |
| 20 | 桜が丘へ。倉庫の女学院関係資料の整理と原医研関係資料の所在確認。 |
| 21 | 桜が丘へ。倉庫の原医研関係資料の一部を自宅に持ち帰り整理。 |
| 22 | 自宅の「広島県史」関係資料の整理。 |
| 22 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島県史研究記事目録(抄)」。 |
| 23 | ヒロシマ遺文への投稿=「核権力ーヒロシマの告発」、「原水爆禁止広島・長崎大会報告決定集(1964年)」 |
| 24 | 自宅書庫の自著関係の整理。 |
| 24 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島市公文書館紀要記事目録(抄)」、「原爆三十年-広島県の戦後史目次」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島新史編修手帖」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「原爆被災資料の収集・整理・保存-広島大学勤務期」 |
| 26 | NHK広島放送局のTwitterでの発信開始。「#ひろしまタイムライン」。 |
| 28 | 毎日新聞に平和式典時の音量制限に関する特集掲載<1月7日に小山美砂(広島支局)の取材)。 |
| 29 | 県立図書館に貸し出し申し込みをしていた『東寺百合文書を読むを』を昭和図書館で受け取る。<31日返却>。 |
| 29 | 昭和のくらし博物館特別展「映画「この世界の片隅に」さらにいくつものすずさんのおうち展」。会期:20191101~20200329.<観覧できず> |
| 30 | ヒロシマ遺文への投稿=「東寺百合文書を読む」、「広島県立音戸高等学校」。 |
『『ヒロシマ原爆の記録』でどう教えるか―ひろしまをすべての子らに―(試案)』
(広島県原爆被爆教師の会、197106) 所蔵:ピカ研
内容
| 章節 | タイトル | 備考 |
| ヒロシマ 原爆の記録 | ||
| 01 | 指導のねらい | |
| 02 | 指導にあたっての留意点 | |
| 指導展開例(中学校) | ||
| あとがき(この指導を機に発展させたいもの) | ||
| 図書の紹介 | ||
| この映画は、1970年7月広島市民の参加と支持のもとに、広島市および地元報道機関の協力により制作された。 | ||
| 企画・監修・広島原爆映画製作委員会 | ||
| 制作:株式会社日本映画新社 | ||
| 共同構成・小笠原基生、松川八州雄 | ||
| 語り手:宇野重吉 | ||
| ドキュメンタリー映画、16ミリ白黒(一部カラー)上映時間29分 | ||
| <ナレーション台本>ヒロシマ原爆の記録 | ||
イモヅル(広島地区高部協機関誌)8号(1978年度)
(広島地区高校生部落問題研究協議会、197905)
目次
| 頁 | 著者 | タイトル |
| <未入力> | ||
『現代教育科学 No.173 特集:戦後教育における「原爆問題」の欠落』(明治図書、19720301) 所蔵:ピカ研
| 著者 | タイトル | 備考 |
| 石田明 | 戦後教育における「原爆問題」の欠落(50枚) | |
| ■社会科教科書で「原爆」はどう扱われてきたか | ||
| 空辰男 | 小学校社会科教科書での「原爆」の扱い | |
| 真野久 | 中学校社会科教科書での「原爆」の扱い | |
| 磯本恒信 | 「原爆問題」と「部落問題」 | |
| ■被爆体験は教師の生き方にどうかかわってきたか | ||
| 箱田浩 | 風化現象はどこから起きるか | |
| 今田斐男 | 教師の平和に対する意識の確認を | |
| 永坂昭 | 子どもらにピカを浴びさせない | |
| ■副読本「ひろしま」はどう教えられているか | ||
| 米田進 | 小学校における「ひろしま」の実践 | |
| 藤原義治 | 中学校における「ひろしま」の実践 | |
| ■地下核実験「アムトチカ島」は教室でどう話し合われたか | ||
| 三上敏夫 | 学級会の話し合い活動の中で | |
| 山岡照 | 国語科・ロングホームルームの中で | |
| ■「」を授業でどう扱ったか | ||
| 押上武文 | 文学の授業での「原爆」教育 | |
| 野口良子 | 「同和」教育との関連での「原爆」教育 | |
『夏の生活』(広島県夏休み帳編集委員会、広島教育会館出版部、1977) 所蔵:ピカ研
| 学年 | 科目 | 備考 |
| 1 | 国語科 | 峠三吉「仮繃帯所にて」 |
| 社会科 | 原爆=戦争=平和を考えよう | |
| 音楽科 | 原爆ゆるすまじ | |
| 数学科 | ||
| 英語科 | ||
| 技術家庭科(男子用) | ||
| 技術家庭科(女子用) | ||
| 2 | 国語科 | 八島藤子「私は広島を証言する」 |
| 社会科 | 原爆=戦争=平和を考えよう | |
| 英語科(New Prince用) | ”Give back my father”(峠三吉) | |
| 英語科(New Horizon用) | ”Give back my father”(峠三吉) | |
| 数学科 | ||
| 音楽科 | ||
| 理科 | ||
| 3 | 国語科 | 峠三吉「八月六日」 |
| 英語科(New Horizon用) | “A Little Boy”(Takehiko Fujimoto) | |
| 英語科(New Prince用) | 1.English Diary<例>ひとつの事件・問題などを例として | |
| 数学科 | ||
| 音楽科 | ||
| 技術家庭科(男子用) | ||
| 技術家庭科(女子用) | ||
| 別冊 | 原爆を考えよう | 46年度夏の生活 |
| 別冊 | 今日の核時代を考える | 52年度夏の生活 |
| 別冊 | 今日の核兵器と被爆者問題を考える | 53年度夏の生活 |
『なつやすみ(52年度)』(広島県夏休み帳編集委員会(編)広島教育会館出版部(発行)、1977) 所蔵:ピカ研
| 対象学年 | ||
| 1 | ||
| 2 | ||
| 3 | ||
| 4 | ||
| 5 | ||
| 6 | ||
『なつやすみ(46年度)』(広島県夏休み帳編集委員会(編)広島教育会館出版部(発行)、1971) 所蔵:ピカ研
| 対象学年 | ||
| 1 | ||
| 2 | ||
| 3 | ||
| 4 | ||
| 5 | ||
| 6 | ||
『きょうど「ひろしま」』 広島県社会科資料研究会編、中国書店(発行所)19620405 所蔵者:ピカ研
| 発行日 | 監修者 | 備考 |
| 19620405 | 金子廉 | 広島大学東雲分校 |
| 三上嘉明 | ||
| 19700405(15版) | 金子廉 | 以降の奥付初版発行日は「19571201」 |
| 19740401(18版) | 金子廉 | |
| 19750401(19版) | 金子廉 | |
| 19770401(20版) | 金子廉 | |
『わたしたちの広島市』(広島市小学校社会科研究会(編集・執筆、金子廉(監修)、19600401)
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||
| 初版19600415 | 19720401発行 | 19750401発行 |
| 中国書店発行 | 児童図書出版社(取扱) | |
| 宇吹蔵 | ピカ研蔵 | |
『原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録』
「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会(編・刊)1983/02/21
目次
◆『八月六日』 峠三吉 1
◆『あの時…』 小林岩吉 2
◆『水ヲ下サイ』 原民喜 4
◆建立除幕によせて 5
石田明/河野浩樹/荒木武 7
若者の願いはばたけ 森下弘 11
ヒロシマの高校生とノエルベーカー卿 森滝市郎 12
原爆瓦が語るもの 佐久間澄 13
君たちは知ったのです 宮崎安男 14
ヒロシマの碑建立に思う 藤本幸作 15
『高校生の平和アピール』の意味するもの 松崎徹 16
高校生の平和アピール・行動提起 17
原爆瓦の叫び今こそ 大亀信行 18
小さなともしびから大きな炎へ 吉川徹忍 19
青春のエネルギーに囲まれて 土肥穣治 20
◆ちかいのことば 21
小学生のちかい・斉藤力(福山市立旭丘小学校 児童会代表)23
中学生のちかい・林文子(広島市立翠町中学校 生徒会代表)24
若者のちかい・山口小百合(広島商業高等学校・広島県高校生平和ゼミナール)25
◆碑・制作を終えて 27
『ヒロシマの碑』の思想 横山英 28
モニュマンの空高く 芥川永 30
平和を願う心の目を 吉田正浪 31
『ヒロシマの碑』に思う 林重男 32
私への鎮魂歌 構成詩『原爆瓦は語り続ける』を執筆して 深川宗俊 34
『原爆瓦』を追う映画を 田辺昭太郎 38
◆建設のあしどり 山下希昭 39
原爆犠牲ヒロシマの碑建設運動と募金活動のあらまし 41
原爆犠牲ヒロシマの碑建設委員会・同発起五十六団体名簿 62
原爆犠牲ヒロシマの碑建設のあそどり(事務局日誌)63
原爆犠牲ヒロシマの碑建設募金会計決算書 69
◆碑文づくり・ヒロシマ学習のなかで 71
平和学習のシンボルとして 沢野重男 72
全国の子どもたちから寄せられた碑文案撰64点 73
◆ヒロシマの碑プロフィール 77
◆募金に添えて送られてきた全国からの便り 91
◆構成詩『瓦を守れ』 広島・鈴峰高等学校社会科学研究部 123
◆ヒロシマの碑除幕に捧げる構成詩・『原爆瓦は語りつづける』 深川宗俊 131
◆ヒロシマの碑除幕に捧げる歌『ひびけひろがれ』 丸山亜季 146
◆附属資料 147
1 原爆犠牲ヒロシマの碑『説明文』(和・英)149
2 除幕式関係・各社報道記事(紙面)151
3 ヒロシマへの旅・原爆遺跡、記念碑めぐり 157
4 広島市長『平和宣言』 166
5 一九四七年八月文部省著作発行『あたらしい憲法のはなし』 188
6 平和の歌 歌曲集 232
『原爆瓦-世界史をつくる十代たち』
(山口勇子著,出版元:平和文化、発売元:汐文社、1982/07/07)
| 頁 | タイトル | 備考 |
| 12 | 瓦が再現してみせた原爆 | |
| 実験-原爆を再現する 12 瓦が気体になった 12 ぼくたちの原爆 16 ヒロシマナガサキを「体験」する 17 熱量計算-三・〇×一〇の一二乗カロリー 19 核兵器廃絶の若い仲間 20 にのしま |
||
| 25 | 「その日はいつか」の詩にあるように | |
| ヒロシマの風景 27 そしてわたしのヒロシマ 29 ほんとうのところを見極めて欲しい |
||
| 34 | 高枚生集会の高まり | |
| 原爆瓦までの道のり 34 歩み始めた高校生たち 35 高まり見せた高校生集会 37 「史樹ちゃんはわたしたちです」 |
||
| 46 | 平和ゼミナールで育つ高校生たち | |
| 無名戦士の碑 46 平和ゼミナールの授業 48 その日にこそ平和と民主主義を学ぶ 52 ヒロシマに生きる |
||
| 56 | ヒロシマの子どもたち | |
| 拠点 56 八木満喜男のこと |
||
| 62 | 初めて瓦を掘りあてたとき | |
| 片手落ちの広島 62 「あった!」 63 頭と心と体で学ぶフィールドワーク 66 突然の新聞記事 |
||
| 71 | 瓦のように溶かされたくない | |
| アピール・ヒロシマの川を考えよう 71 初めての対市交渉 71 みんなの手で一枚でも多く 75 瓦のように溶かされたくない |
||
| 79 | 各地に旅立つ原爆瓦 | |
| 輪の広がり 79 世界につながる瓦発堀 81 「この瓦でヒロシマの願いを広めてください!」 82 瓦を守れ |
||
| 93 | はがき作戦 | |
| 荒木広島市長殿 93 再び瓦発掘ヘ 95 市の計画 97 急速に盛り上がる瓦保存運動 |
||
| 100 | ボタンを見つけた | |
| 四種のボタンが語る戦争と原爆 100 「だからなくさなければ、わたしらがやらなくては……」 102 「原爆さえなかったら……」 104 自分の手でつかみとったもの |
||
| 108 | 「昭和の歴史」研究グループ | |
| 特別講座-学習から自分の生き方を考える 108 ヒロシマのもう一面 110 青春のひとみを支えるもの 113 米軍機ファントム墜落 114 安保によって米兵は裁かれない! 115 女性である前に人間であれ |
||
| 120 | 受ける平和からつくりだす平和へ | |
| ヒロシマ-一九八一・八・六 120 ええことばかりいって 121 “新天地”長崎ヘ 122 第八回八・六高校生集会 123 受ける平和からつくりだす平和ヘ 124 白いチョゴリの被爆者 126 吸収したものの重さ 127 「ぼくの弟も食べ物がなくなって死にました」 128 ずっと続く道 |
||
| 131 | 長崎研修旅行で得たもの | |
| 平和ヘの初旅 131 この怖さをいっぱいに広げよう 133 ヒロシマナガサキの瓦で友情と平和を 135 平和ゼミの感覚だけで考えてはいけない 137 若者は若者らしい方法で |
||
| 141 | ノエルベーカーの手紙運動 | |
| ノエルベーカー卿との再会 141 ノエルベーカーの手紙 142 ノエルベーカー卿に瓦を渡した |
||
| 156 | 原爆の証を消してはいけない | |
| 第三回対市交渉 156 こっちの力を大きくすることだ |
||
| 163 | げんばくがわらをほりました | |
| すすむ発掘作業と交流 P63 現実と理想が一体化されない不安 164 げんばくがわらをほりました 166 一〇フィートフィルムカンパ 170 お供養して下さい |
||
| 174 | 平和への願いが市を動かした | |
| 「ぼくはかわらをすててはいけないと思います」 174 平和への願いが市を動かした 176 最後の原爆瓦発掘 |
||
| 182 | 原爆瓦モニュメントの土台の重さ | |
| かわらおばさん 182 あの平和公園はきれいすぎる 183 安田女子高校社会科学研究部の場合 185 出会いのすばらしさ 190 原爆瓦前史-故田辺勝さんのこと |
||
| 196 | アリス・ハーズ賞受賞 196 アリス・ハーズ賞 196 生にむかって先頭に立ってください 197 生命が未来をもつように 199 実践を通じて学ぶこと 201 高校生平和ゼミの意義深さ |
|
| 206 | 原爆瓦のモニュメント建設へ | |
| 建設募金一番乗り 206 原爆の子の像 207 第二の原爆の子の像建設にむけて 209 平和のためのモニュメント 214 街頭行動ヘ 216 世界の歩みの中の原爆瓦発掘 218 |
||
| 220 | 各地の高校生平和ゼミ“出航” | |
| 被爆体験継承の役目を担って 220 神奈川でも 221 長崎でも 223 呉でも 223 埼玉でも |
||
| 236 | 平和の記念碑を | |
| 相つぐ募金と手紙 236 小学生たちの奮闘 238 ヒロシマの心を世界に 244 第五回平和ゼミナール 5 別れと出発の季節 247 もどらぬ風 249 平和教育“戦士”の新しい門出 251 平和は待つものではない、つくりだすものだ |
||
| 254 | あとがき 1982年5月23日・東京行動の日に | |