広島女学院平和祈念式(被爆55〈西暦2000〉年8月6日~)
| 被爆年 | 西暦 | |
| 55 | 2000 | |
| 56 | 2001 | |
| 57 | 2002 | |
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| 2002年、広島女学院中学高校(広島市中区上幟町)撮影者:宇吹 | ||
| 58 | 2003 | |
| 59 | 2004 | |
| 60 | 2005 | |
| 61 | 2006 | |
| 62 | 2007 | |
| 63 | 2008 | |
| 64 | 2009 | |
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| 出典:『広島女学院報 158号』(20091001) | ||
| 65 | 2010 | |
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| 2010年、広島女学院中学高校(広島市中区上幟町)撮影者:宇吹 | ||
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
広島女学院平和祈念式(被爆55〈西暦2000〉年8月6日~)
| 被爆年 | 西暦 | |
| 55 | 2000 | |
| 56 | 2001 | |
| 57 | 2002 | |
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| 2002年、広島女学院中学高校(広島市中区上幟町)撮影者:宇吹 | ||
| 58 | 2003 | |
| 59 | 2004 | |
| 60 | 2005 | |
| 61 | 2006 | |
| 62 | 2007 | |
| 63 | 2008 | |
| 64 | 2009 | |
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| 出典:『広島女学院報 158号』(20091001) | ||
| 65 | 2010 | |
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| 2010年、広島女学院中学高校(広島市中区上幟町)撮影者:宇吹 | ||
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集中講義「ヒロシマと平和」8月4日~8日(2019~2023年)
| 年 | |||
| 2019 | 広島女学院大学(6名)・関西学院大学(25名) | ||
| 2020 | 中止 | ||
| 2021 | 広島女学院大学(1名)・関西学院大学(19名) | ||
| 「2021年09月02日活動報告」 | |||
| 2022 | 広島女学院大学(13名)・関西学院大学(24名) | ||
| 2023 | 広島女学院大学(0名)・関西学院大学(23名) | ||
広島女学院大学宗教センター主催
「キリスト教主義大学ジョイント8・6平和学習プログラム」
| 年月日 | 内容など | |
| 2000 | ||
| 0728 | 西垣二一新学長(4月就任)名の「参加学生募集のお願い」 | |
| 出典:鈴木瑛莉子『広島県の学校教育の中の平和教育の歴史の調査と研究―広島女学院・比治山学園を中心にして―』(広島女学院大学大学院人間生活学研究科生活文化専攻2010年修士論文) | ||
| 2023 | ||
| 0805~0806 | 広島女学院大学構内掲示板 | |
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集中講義「ヒロシマと平和」20210805
関西学院大学の学生とともに集中講義「ヒロシマと平和」を実施しました
コロナ禍のため2年ぶりの開催となった、関西学院大学と本学合同の集中講義「ヒロシマと平和」(関西学院大学での開講名は「平和学特別演習『ヒロシマ』」)が、8月4日~8日までの5日間行われました。
本学の学生12名と関西学院大学の学生19名が参加し、新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策をしながらの実施となりましたが、学生たちは常に真剣な表情で耳を傾けていました。
初日は、平和記念公園内の原爆に関する様々な記念碑をめぐり、広島平和記念資料館を見学したのち、ワークショップを行いました。
二日目は、本学の元教授 宇吹暁先生による講義から始まり、本学大学院の卒業生で被爆者の松本滋恵さんによる被爆体験講話、本学の元特任准教授 西河内靖泰先生による講義が行われ、原爆について聴き、学び、追体験する日となりました。
2021年09月02日活動報告
関西学院大学の学生とともに集中講義「ヒロシマと平和」を実施しました|大学からのお知らせ|広島女学院大学 (hju.ac.jp)

三日目にあたる8月6日(広島原爆の日)は、平和記念式典が始まる前の早朝に広島平和都市記念碑の祈りの列に並んだ学生もおり、10時からは広島女学院中学高等学校にて行われた広島女学院平和祈念式に全員が参加しました。
午後から翌日にかけては6つのグループに分かれ、事前にたてた計画に沿ってフィールドワークを開始しました。
最終日は、大学にて学びをまとめ、グループ発表を行いました。
止
平和学連携講座「ヒロシマ」スケジュール 2005.8.5
| 授業科目名 | ヒロシマ |
| 使用言語 | 日本語 |
| 開設時期・単位 | 集中(8月5日~8日)・2単位 |
| 担当者 | 宇吹 暁 (UBUKI, Satoru) |
Ⅰ.授業の目標
ヒロシマの追悼行事への参加、ヒロシマをめぐる様々な視点を提示する講義およびグループ討論により、ヒロシマの歴史・現状を多面的に理解するとともに、平和について考え、発表する能力を養う。
II.授業の内容・計画
| 8月 | 講義内容 | 担当者 | 教室・場所 | |
| 5日 | 13:00~14:30 | 平松一夫関西学院大学学長、今田寛広島女学院学長、女学院学生代表挨拶 ①講義「平和式典と平和公園の歴史」 |
宇吹暁 | ソフィア202 |
| 14:40~16:10 | ②発表と討論「私のヒロシマ」と班分け | 女学院学生代表 関学学生代表 |
ソフィア202 | |
| 16:20~17:50
|
③講義「ヒロシマの心」 | ****(広島女学院高等女学校1948年卒) | ソフィア202 | |
| 18:00~19:30 | 交流会(夕食) | 西垣二一女学院院長 今田学長 |
ヒノハラホール2階 | |
| 6日 | 07:30~11:00 | ④⑤現地実習(広島市平和式典、広島女学院原爆死没者追悼式典参加) | 宇吹暁 女学院学生代表 |
平和公園 女学院中学高校 |
| 11:10~12:00 | 昼食(昼食後、平和公園まで徒歩移動) | 宇吹暁 女学院学生代表 |
女学院中学高校 | |
| 13:00~17:50 | ⑥⑦⑧現地実習(平和公園碑めぐり、原爆資料館見学など) | 宇吹暁 女学院学生代表 |
平和公園ほか | |
| 7日 | 自由行動 | |||
| 8日 | 09:00~10:30 | ⑨講義「オキナワとヒロシマ」 | 桐木建始(広島女学院) 沖縄県人会 中村盛博・柴田ゆき子 |
ヒノハラホール5F アセンブリーホール |
| 10:40~12:10 | ⑩講義「アウシュヴィッツとヒロシマ」 | 原谷勉(広島女学院) | ヒノハラホール5F アセンブリーホール |
|
| 12:10~13:00 | 昼食 | ヒノハラホール | ||
| 13:00~14:30 | ⑪講義「アジアの中のヒロシマ」 | 丸田孝志(広島女学院) | ソフィア202 | |
| 14:40~16:10 | ⑫講義「市民が描いた原爆の絵」 | 直野章子(九州大学大学院) | ソフィア202 | |
| 9日 | 09:00~10:30 | ⑬グループ討論 | ヒノハラホール5F アセンブリーホール |
|
| 10:40~12:10 | ⑭グループ代表によるまとめ発表 講評 |
宇吹暁
|
ヒノハラホール5F アセンブリーホール |
III.テキスト・参考書
女学院学生の準備する冊子
広島平和記念資料館編・刊『図録 広島平和記念資料館――ヒロシマを世界に』(1,000円(税込))
直野章子『「原爆の絵」と出会う』(岩波ブックレット)(400円)
IV.履修上の注意
成績評価は、出席(参加)状況とレポート(女学院学生は8月末までに教務課に提出)による。
広島女学院大学と牛田公民館で『世界遺産展』開催(2006年)
2006年11月28日(火)から12月9日(土)まで、本学の図書館フリースペースにて、2005年度に行われた「世界遺産グッズ展」に引き続き2回目となる「世界遺産展」を開催した。
2006年は広島にある2つの世界遺産が、登録10周年という節目に当たる。この節目をきっかけに、生活科学部学生、大学院生を中心とした生活文化研究会が、世界遺産について理解を深めようというテーマで世界遺産展を開催するに至った。「日本・中国・韓国で歩き集めた「モノ」たち」という副題を掲げ、広島にある2つの世界遺産を中心に、日本、中国、韓国の世界遺産に関する「モノ」を中心に展示した。これらの「モノ」は現地でしか手に入らない歩き集めたものばかりである。
この「世界遺産展」をきっかけに、牛田公民館の新田館長と出会い、地域の方との交流や世界遺産への関心を高めることを目的に、公民館での展示を行うこととなった。規模は小さいが、2007年2月14日(水)から3月24日(土)まで牛田公民館1階ロビーで「世界遺産見聞録資料展」と名前を変えて展示を行った。また、展示最終日の3月24日には、牛田公民館で「日本・大韓民国の世界遺産見聞録」と題した講演会を行った。
今後も世界遺産やアジアの生活文化についての理解を深め、それぞれの魅力を発信していけたらと考える。ご協力いただいた関係者の皆様には深くお礼申し上げる。
(生活科学部教授 宇吹 暁)
出典:『広島女学院報』第151号(2007年)
平和学連携講座「ヒロシマ」スケジュール 2004.8.5
| 授業科目名 | ヒロシマ |
| 使用言語 | 日本語 |
| 開設時期・単位 | 集中(8月5日~8日)・2単位 |
| 担当者 | 宇吹 暁 (UBUKI, Satoru) |
ヒロシマの追悼行事への参加、ヒロシマをめぐる様々な視点を提示する講義およびグループ討論により、ヒロシマの歴史・現状を多面的に理解するとともに、平和について考え、発表する能力を養う。
II.授業の内容・計画
| 月 日 | 講義内容 | 担当者 | 教室・場所 | |
| 8月5日 | 13:00~14:30 | ①西垣院長・女学院学生代表挨拶
講義「平和式典と平和公園の歴史」 |
桐木建始・宇吹暁 | 人文302教室 |
| 14:40~16:10 | ②発表と討論「私のヒロシマ」 | 女学院学生代表
関学学生代表 |
人文302教室 | |
| 16:20~17:50
|
③講義「ヒロシマの心」 | ****(広島女学院同窓会) | 人文302教室 | |
| 18:00~19:30 | 交流会(夕食) | ヒノハラホール | ||
| 6日 | 07:30~11:00 | ④⑤現地実習(広島市平和式典、広島女学院原爆死没者追悼式典参加) | 西垣院長
女学院学生代表 |
平和公園
女学院中学高校 |
| 11:10~12:00 | 昼食(昼食後、平和公園まで徒歩移動) | 女学院中学高校 | ||
| 13:00~17:50 | ⑥⑦⑧現地実習(平和公園碑めぐり、原爆資料館見学など) | 宇吹 暁
女学院学生代表 |
平和公園 | |
| 7日 | 09:00~10:30 | ⑨講義「オキナワとヒロシマ」 | 沖縄県人会
中村盛博・柴田ゆき子 |
ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
| 10:40~12:10 | ⑩講義「アウシュヴィッツとヒロシマ」 | 大塚 信ホロコースト記念館 館長 | ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
|
| 12:10~13:00 | 昼食 | ヒノハラホール | ||
| 13:00~14:30 | ⑪講義「アジアの中のヒロシマ」 | 宇吹 暁
|
人文302教室 | |
| 14:40~16:10 | ⑫講義「エノラゲイとヒロシマ」 | 直野章子
|
人文302教室 | |
| 8日 | 09:00~10:30 | ⑬グループ討論 | 女学院学生代表
関学学生代表 |
ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
| 10:40~12:10 | ⑭グループ代表によるまとめ発表
講評 |
西垣院長・
桐木・宇吹 |
ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
III.テキスト・参考書
女学院学生の準備する冊子
広島平和記念資料館編・刊『図録 広島平和記念資料館――ヒロシマを世界に』(1,000円(税込))
IV.履修上の注意 Course Prerequisites
成績評価は、出席(参加)状況とレポート(8月末までに提出)による。
広島女学院大学人間生活学研究科冬季特別講演会。
平岡敬前広島市長「私の平和論ーヒロシマから」。
ソフィア101。2010年01月21日 17:00~18:50
| 講演概要(宇吹メモ)<敬称略> |
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| 死者の思いを忘れるな。県知事告諭、蜂谷道彦。仇を討つ。平和な社会を作ってくれと言って死んだ者はいない。原爆ドームの世界遺産化。国内160万人の署名。<講演後の話=参議院決議が文化庁を動かした。後で文化庁からいやがらせを受ける>。 |
| 国家の責任を国民が受け継ぐべきか。ヤスパースの4つの罪=刑法上の罪、政治上の罪、道徳上の罪、形而上の罪。 |
| 日本国民の戦争への共通認識がない。天皇の言葉=「あの戦争」。1998年のインド・パキスタンの核実験。インドで国防相、副大統領と面会。「核の傘」に守られている日本にインドを批判することはできない。ガンジーが生きていれば「作ってもいいが使うな」と言うだろう。帰国後の平和宣言で「核の傘」批判をおこなった。 |
| 「核の傘」=冷戦の産物。核状況の悪化=放射線被曝者の増加、劣化ウラン弾犠牲者、核物質の闇商人。キッシンジャー・シュルツなどによる「核のない世界」構想=中身は核拡散の防止。グローバル・ゼロ。この延長線上にオバマ発言。軍産複合体などアメリカの権力構造はオバマ政権でも変わらない=ブッシュ政権のゲーツが国防長官。オバマの選挙資金の4分の3が企業献金。 |
| 核兵器がなくなれば平和になるわけではない。核兵器廃絶後にどのような社会をつくるか。格差社会。 |
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| 赤木智弘=フリーター。論座で「丸山真男をひっぱたきたい」。折り鶴を折ることが平和に結びつくわけではない。折り鶴は紙切れ。原爆以外のハイテク兵器にどう対応するのか。 |
| 今日の講演で触れられなかったこと。1.原爆被害。2.核兵器の持つ皆殺しの思想。無差別爆撃。3.戦争体験の共有。4.日本に世間はあるが社会はない、5.原水禁運動、8.外国人被爆者、9.日米安保体制化の広島。10.ヒロシマの声として発信する人。 |
| 平岡敬への質問。 |
| *井ヨ*エ(英米言語学科4年)。哲野イサク。網野沙羅。鈴木。 |
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| 謝辞=末永航。 |
| 平岡敬講演会参加者=読売、朝日(加戸靖史)、毎日(矢追健介)、共同(高見浩太郎)、産経(山澤義?)、中国(金崎由美、林淳一郎、吉原圭介、馬上稔子)、RCC(藤原大介ほか2名)。 |
| 平岡敬=講演後、学部事務室。中国メディアセンター記者。南部さやか(読売)。中田=父親が平岡と知り合いの様子。ラン・ツヴァイゲンバーグ(ニューヨーク市立大学)。平岡=*記者は抽象的になりすぎた。 |
文献:広島女学院
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行年月日 | 備考 |
| 所蔵:G=広島原爆資料館、U=宇吹 | ||||
| 創立七拾周年記念誌 | 加納哲雄編 | 広島女学院 | 1956/10/01 | G |
| ゲーンズ先生物語 | 小田切快三編 | 広島女学院 | 1966/10/01 | G |
| 広島女学院創立八十周年記念写真集 | 広島女学院 | 広島女学院 | 1966/10 | GU |
| 8月6日と文学 | [広島女学院大学]文芸部員編 | 広島女学院大学文芸部 | 1967/06/10 | G |
| 広島女学院原爆被災実態調査報告書 昭和20年8月6日広島女学院に在籍の生徒を対象とする | 広島女学院大学学生自治会、広島女学院原爆被災実態調査委員会 | 広島女学院大学学生自治会、広島女学院原爆被災実態調査委員会 | 1970/06/25 | G |
| 広島女学院創立85周年(1996-1971) | 田中一郎ほか | 広島女学院創立85周年記念事業委員会 | 1971 | U |
| 夏雲 広島女学院原爆被災誌 | 広島女学院教職員組合平和教育委員会編 | 広島女学院教職員組合 | 1973/04/01 | G |
| 広島女学院と共に 広瀬ハマコ先生文集 | 広瀬院長退任記念事業委員会 | 広瀬院長退任記念事業委員会 | 1974/11/20 | GU |
| 同労者 広島女学院教職員組合二十年史 | 広島女学院教職員組合編 | 渓水社 | 1975/03/20 | GU |
| 夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂版 | 広島女学院教職員組合平和教育委員会編 | 広島女学院教職員組合 | 1976/04/01 | GU |
| Summer cloud : a-bomb experience of a girls’ school in Hiroshima (revised ed.) | ed. by Hiroshima Jogakuin Jr. & Sr. High School English Department ; 広島女学院中高英語科 | Sanyusha Shuppan ; 三友社出版 | 19760806
19980720 2011/08/06 |
GU
|
| 九拾年の歩み | 広島女学院創立90周年記念誌編集委員会編 | 広島女学院 | 1976/10/01 | G |
| World’s Knowledge of Hiroshima-二つのEncyclopaediaの記述を追って 調査報告 | 植木寿子、谷洋子、鳥養陽子 | 広島女学院大学英文学会 | 1979/09/01 | G |
| ここも神のみ国なれば | 「宣教師マクミラン先生に聞く」編集委員会 | 広島女学院大学 | 1980/03/10 | G |
| 夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第2版 | 広島女学院教職員組合平和教育委員会 | 広島女学院教職員組合 | 1980/07/01 | G |
| 中原史子記念平和文庫目録 1980 | 広島女学院大学図書館 | 広島女学院大学図書館 | 1980/08/06 | G |
| 夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第3版 | 広島女学院教職員組合平和教育委員会 | 広島女学院教職員組合 | 1985/08/01 | G |
| 創立者砂本貞吉先生 リレーフ除幕を記念して | 広島女学院 | 広島女学院 | 1986/09/30 | G |
| 目でみる広島女学院の100年 | 写真による100年史作成委員会編 | 広島女学院 | 1986/10/01 | GG |
| 広島女学院と共に百年 | 広島女学院同窓会 | 広島女学院同窓会 | 1986/10/01 | G |
| 夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第4版 | 広島女学院教職員組合平和教育委員会 | 広島女学院教職員組合 | 1987/08/06 | G |
| 回想の牛田山 希望を天の星につなげよ | 今石益之 | サイマル出版会 | 198711 | U |
| わたしたちの広島女学院 | ユングフラウ代表 今西美代編 | 溪水社 [渓水社] | 1988/06/10 | GU |
| 霊は人を生かす 松本卓夫の生涯 | 加藤裕子編 | 加藤清光 | 1988/09/30 | GU |
| 夏雲-逝きしものへのレクイエム | 広島女学院編 | 被爆記録フィルム製作委員会 | 1991/06/01 | G |
| 広島女学院百年史 | 広島女学院百年史編集委員会 | 広島女学院 | 1991/10/01 | GU |
| 広島女学院百年史年表 | 広島女学院 | 広島女学院 | 1991/10/01 | GU |
| 桑田変じて蒼海となる 続・回想の牛田山 | 今石益之 | 今石益之 | 199401 | U |
| 証言集―被爆記録映画「」製作を支えた | 199508 | U | ||
| 世界平和の現実とその課題 | 大里巌編 | 広島女学院大学 | 19960330 | U |
| 広島女学院百十年史年表 | 広島女学院百十年史編集委員会 | 広島女学院 | 19971001 | U |
| Beautiful Saviour | 広島女学院大学クワイヤOG会 | 広島女学院大学クワイヤOG会 | 1999/10/01 | G |
| 夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第9版 | 広島女学院教職員組合平和教育委員会 | 広島女学院教職員組合 | 2001/04/01 | G |
| ゲーンズ先生 | ヒルバーン | 広島女学院 | 20020320 | U |
| ライラックは生きていた ある宣教師のヒロシマ物語 | キャサリン・ジョンソン著 ジョン・F・ラッシィ編 上野信子, 池田チヅ子訳 | 溪水社 [渓水社] | 2002/11/15 | G |
| Joint Seminar 2003 : May 28 – June 3 2003 | Hiroshima Jogakuin University ; 広島女学院大学 | Hiroshima Jogakuin University | 2003/01/01 | G |
| ヒロシマとの出会いⅡ | フェリス女学院中学校・高等学校 | フェリス女学院中学校・高等学校 | 2005/01/01 | G |
| 平和を祈る人たちへ 広島女学院同窓会被爆60周年証言集 | 被爆60周年記念証言集編集委員会 | 広島女学院同窓会 | 2005/08/06 | GU |
| For those who pray for peace ; 広島女学院同窓会被爆60周年証言集 | ed. by Editing Committee of Memoirs of the A-bomb 60th Anniversary ; 広島女学院同窓会被爆60周年記念証言集編集委員会 | Hiroshima Jogakuin Alumni Association ; 広島女学院同窓会 | 2005/08/06 | G |
| 広島女学院この10年の歩み | 広島女学院120年史編集委員会編 | 広島女学院120年史編集委員会 | 2006/10/01 | GU |
| 小さき者への大きな愛 広島女学院ゲーンス幼稚園の歴史とM.クックの貢献 広島女学院創立120周年を記念して | 広島女学院幼児教育史刊行委員会編 | 広島女学院 | 2006/10/01 | GU |
| 広島女学院120年史年表 | 広島女学院 | 2006 | U | |
| 広島女学院大学の世界遺産学 | 広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科 | 広島女学院大学総合研究所 | 2008/02/28 | GU |
| 広島女学院を創立した人たち | 今田寛 | 広島女学院 | 20080229 | U |
| 平和と共感 2008年度(第2回)広島女学院大学国際シンポジウム報告書 | 広島女学院大学総合研究所 | 20081220 | U | |
| Summer cloud : a-bomb experience of a girls’ school in Hiroshima (revised ed.) | ed. by Hiroshima Jogakuin Jr. & Sr. High School English Department ; 広島女学院中高英語科 | Sanyusha Shuppan ; 三友社出版 | 19760806
19980720 2011/08/06 |
UG
|
| 原爆の声 | 今石元久(編・著) | 溪水社 | 20090611 | U |
| 平和を祈る人たちへ 広島女学院同窓会被爆60周年証言集改訂版 被爆70年記念 | 被爆70年記念証言集編集委員会編 | 広島女学院同窓会 | 2015/08/06 | G |
| 栗原貞子論 反戦・反核・平和を掲げ行動する詩人として | 松本滋恵著 | 広島女学院大学大学院 | 2019/02/18 | G |
| 光に向かって這っていけ 核なき世界を追い求めて | サーロー節子、金崎由美著 | 岩波書店 | 2019/07/23 | GU |
関西学院大学との連携講座(20080809写真)
広島県立文書館研修20060525
主専攻セミナーⅢ(宇吹・末永両ゼミ)
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| 講師:安藤福平副館長 |
平和学連携講座「ヒロシマ」20050805~09
| 日 | 時 | 事項(敬称略) |
| 05 | 10:00 | 集中ヒロシマ受講生(関西学院大学):21人。(広島女学院):日文3年2人、4年1人、英文3年13人、4年1人、人社2年6人、生活2年4人。計27人。総計48人。 |
| 05 | 10:30 | 関西学院大学学生、宿舎(広島工業大学セミナーハウス)より到着。歴史資料館前。堀川・宇吹で出迎え。 |
| 05 | 10:31 | ソフィア101で関西学院大学学生へのガイダンス。今田学長が女学院と関西学院大学の関係について簡単に説明。 |
| 05 | 10:50 | 大学内見学:歴史資料館=岩内解説、図書館フリースペース「広島女学院における平和教育のあゆみ」展、図書館内=土屋解説。~12:00。 |
| 05 | 12:00 | 集中ヒロシマ受講生:昼食。ヒノハラホール。~12:40。 |
| 05 | 13:00 | 集中ヒロシマ(第1日)①今田寛女学院大学学長歓迎の言葉。平松一夫関西学院大学学長挨拶。*本(女学院学生代表)挨拶。ソフィア202。 |
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| 05 | 13:01 | 集中ヒロシマの取材:久米井(NHK神戸)、佐竹(日経新聞大阪本社社会部)、稲田(読売新聞大阪本社福山支局三原通信部)、取材。NHK神戸は、の広島県出身の*本(関西学院大学生)を追跡取材。 |
| 05 | 13:10 | 講義「平和式典と平和公園の歴史」(宇吹暁)。ソフィア202。~14:30。 |
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| 05 | 14:40 | 集中ヒロシマ(第1日)②発表「私のヒロシマ」。自己紹介(関西学院大学の学生)=自らのこれまでのヒロシマとの関わり、今回の講義への参加動機、期待など)。女学院学生は簡単な自己紹介。班分けでの打合せ。 |
| 05 | 14:42 | 集中ヒロシマ(第1日)直野章子の本を紹介。 |
| 05 | 16:20 | 集中ヒロシマ(第1日)③講義「ヒロシマの心」(赤木直美:広島女学院高等女学校1948年卒、広島女学院高等学校1949年卒、広島女学院大学英文科1953年卒、現在:学校法人赤木学園・井口台シオン幼稚園理事長)。~15:20。 |
| 05 | 16:21 | 赤木の話=1930年生まれ。1941年在米3年の父が最後の帰国船で帰国。1943年広島女学院入学。200人の定員に260人が応募。200人中20人の死亡と65人の生存を確認。1943年~45年の女学院の資料は、歴史資料館を調べたが皆無に近い状態。 |
| 05 | 16:22 | 赤木の話=1945年2年生のとき、身体が弱いので財務局に動員。7月30日トラックで山形郡のかすかな知人宅をたよりに疎開。屯所に住む。8月6日引越しの手伝いで山県にいる。数日後、母が父を探しに入市。1週間近く音沙汰なし。父は足を骨折して二中から廿日市の病院に移動して入院中。その後、父は岐阜に移住。 |
| 05 | 16:23 | 赤木の話=1946年2月、女学校が牛田山で開校。現在の牛田山荘で生活。現在、原爆体験記朗読会に所属。1年下の小田なおこの手記を朗読。父は牧師で、女学院では聖書と事務を手伝っていた。 |
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| 05 | 17:20 | 赤木と生活科学部長室で話す。西垣院長、桐木も同席。17:40、赤木を見送る。 |
| 05 | 18:00 | 集中ヒロシマ(第1日)懇親会(夕食)。西垣院長、歓迎の挨拶。途中で私から桐木・丸田・堀川を紹介。村田関西学院大学教務部長から、中迫周一教務部次長、片岸教務課員、吉津広報室員の紹介。終了後、堀川から同行していた*教務課主任が体調不良のため帰宅したとの情報。ヒノハラ。~19:30。 |
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| 05 | 19:00 | 関西学院大学から、女学院の学生一人一人に同大学グッズ(ストラップとボールペン)のプレゼント。残6組を私が預かる。 |
| 05 | 19:30 | 懇親会(夕食)終了。テーブルを元通りに直し、関西学院大学の学生を20:00ごろ見送る。 |
| 06 | 06:30 | 広島駅の駐車場に車を置き、駅の売店で新聞を購入。日経が昨日の模様を大きく掲載。電車で市民球場南側へ。07:15関西学院大学のバス到着。まとまった班から平和公園へ。宇吹ゼミの*木・*間も来る。デジタルビデオカメラでの撮影を依頼していた。 |
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| 06 | 07:30 | 集中ヒロシマ(第2日)④⑤現地実習(広島市平和式典参加)。会場内に空席が無く、式典会場の西側へ。翌朝の報道では5万5000人が参列。学生とはぐれ、式典の最中に出口付近に移動して待ったが会えず。最後までいたとのことで、ほとんどが女学院慰霊祭に遅刻。 |
| 06 | 10:00 | 集中ヒロシマ(第2日)⑤現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典参加)。西垣が約20分の式辞。参列者に同窓会から梅坪の和菓子3個入りが配られる。大学教員では谷沢・篠原・石井・岡井・下岡・佐藤の顔が見える。 |
| 06 | 10:01 | 西垣の式辞=戦略爆撃、碑文論争などさまざまな論点を克明にレポート。 |
| 06 | 11:10 | 集中ヒロシマ(第2日)昼食。同窓会の手記集が配布されていた。 |
| 06 | 11:11 | 集中ヒロシマ(第2日)集合時間を20:30に変更したことを伝える。班別行動をこの日に相応しいものにするよう注意するつもりだったが止める。関西学院大学の職員から、5時半以降は班行動をしないような女学院学生の雰囲気について心配があったので、私から注意。 |
| 06 | 12:00 | 集中ヒロシマ(第2日)⑥⑦⑧現地実習。昼食後、学生は、タクシーを呼んで移動。(平和公園碑めぐり、原爆資料館、原爆死没者追悼平和祈念館、袋町小学校平和資料館、広島市立中央図書館など、班ごとに行動・見学)。 |
| 06 | 20:30 | 集中ヒロシマ(第2日)広島女学院中高校前集合。バスで宿舎へ帰るのを見送る。 |
| 08 | 09:00 | 集中ヒロシマ(第3日)⑨講義「オキナワとヒロシマ」(桐木建始・沖縄県人会=中村盛博・柴田ゆき子)。ヒノハラ5Fアセンブリーホール。踊り4人。これらの人たちに薄謝で申し訳ない思い。 |
| 08 | 10:40 | 集中ヒロシマ(第3日)⑩講義「アウシュヴィッツとヒロシマ」(原谷勉)。ヒノハラ5Fアセンブリーホール。ビデオを使用。「ハロルド・アグニューとヒバクシャとの広島での対話」(筑紫哲也の特別番組の一部)。翌日の討論では、衝撃を与えていた。 |
| 08 | 13:00 | 集中ヒロシマ(第3日)⑪講義「アジアの中のヒロシマ」(丸田孝志)。ソフィア202。内容は韓国人原爆犠牲者慰霊碑について。丸田は講義の最後に簡単なレポートを提出させる。丸田へのレポートの感想で多かったもの:韓国人原爆犠牲者慰霊碑の存在を知らなかった。ドイツと日本の戦後責任への対応の違い=市民権を持った国民と市民権を持たない国民の違い。 |
| 08 | 14:40 | 集中ヒロシマ(第3日)⑫講義「原爆の絵」(直野章子:九州大学大学院助教授)。ソフィア202。前半、原爆投下問題について。主題:パワーポイントで原爆の絵を示しながら、聞き取りの結果を紹介。本人が涙ぐむ場面もあった。翌日の討論では男子学生が高く評価。 |
| 09 | 09:00 | 集中ヒロシマ(第4日)⑬グループ討論。ソフィア202(もともとヒノハラの予定であったが変更)。 |
| 09 | 10:30 | 私が持参した被爆建物のレンガの解説「放射線が含まれているかも知れない」を*徳が批判。 |
| 09 | 10:40 | 集中ヒロシマ(第4日)⑭グループ代表によるまとめ発表。ソフィア202。 |
| 09 | 11:02 | *(関西学院大学の学生)の呼びかけで、長崎の時間に合わせ30分間の黙祷。 |
| 09 | 12:00 | 集中ヒロシマ(第4日)⑭宇吹の講評=被爆二世への影響をどう考えるか。昨年と比較し加害の問題に焦点、被爆50周年と比較するとイベント化が今年の特徴。本講座の講師は、私の依頼に真摯に対応してくれた。自分の問題として「ヒロシマ」の向き合ってくれた。 |
| 09 | 12:01 | 集中ヒロシマ(第4日)⑭村田関西学院大学教務部長の講評=靖国の問題が論議を加害の問題に集めた。昨年よりレベルの高い議論ができた。 |
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平和学連携講座「ヒロシマ」
スケジュール(2004.8.5)
| 授業科目名 | ヒロシマ |
| 使用言語 | 日本語 |
| 開設時期・単位 | 集中(8月5日~8日)・2単位 |
| 担当者 | 宇吹 暁 (UBUKI, Satoru) |
Ⅰ.授業の目標
ヒロシマの追悼行事への参加、ヒロシマをめぐる様々な視点を提示する講義およびグループ討論により、ヒロシマの歴史・現状を多面的に理解するとともに、平和について考え、発表する能力を養う。
Ⅱ.授業の内容・計画
| 月日 | 講義内容 | 担当者 | 教室・場所 | |
| 0805 | 13:00~14:30 | ①西垣院長・女学院学生代表挨拶
講義「平和式典と平和公園の歴史」 |
桐木建始・宇吹暁 | 人文302 |
| 14:40~16:10 | ②発表と討論「私のヒロシマ」 | 女学院学生代表
関学学生代表 |
人文302 | |
| 16:20~17:50
|
③講義「ヒロシマの心」 | 野村久子(広島女学院同窓会) | 人文302 | |
| 18:00~19:30 | 交流会(夕食) | ヒノハラホール | ||
| 0806 | 07:30~11:00 | ④⑤現地実習(広島市平和式典、広島女学院原爆死没者追悼式典参加) | 西垣院長
女学院学生代表 |
平和公園
女学院中学高校 |
| 11:10~12:00 | 昼食(昼食後、平和公園まで徒歩移動) | 女学院中学高校 | ||
| 13:00~17:50 | ⑥⑦⑧現地実習(平和公園碑めぐり、原爆資料館見学など) | 宇吹 暁
女学院学生代表 |
平和公園 | |
| 0807 | 09:00~10:30 | ⑨講義「オキナワとヒロシマ」 | 沖縄県人会
中村盛博・柴田ゆき子 |
ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
| 10:40~12:10 | ⑩講義「アウシュヴィッツとヒロシマ」 | 大塚 信ホロコースト記念館 館長 | ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
|
| 12:10~13:00 | 昼食 | ヒノハラホール | ||
| 13:00~14:30 | ⑪講義「アジアの中のヒロシマ」 | 宇吹 暁
|
人文302 | |
| 14:40~16:10 | ⑫講義「エノラゲイとヒロシマ」 | 直野章子
|
人文302 | |
| 0808 | 09:00~10:30 | ⑬グループ討論 | 女学院学生代表
関学学生代表 |
ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
| 10:40~12:10 | ⑭グループ代表によるまとめ発表
講評 |
西垣院長・桐木・宇吹
|
ヒノハラホール5F
アセンブリーホール |
III.テキスト・参考書
女学院学生の準備する冊子
広島平和記念資料館編・刊『図録 広島平和記念資料館――ヒロシマを世界に』(1,000円(税込))
IV.履修上の注意 Course Prerequisites
成績評価は、出席(参加)状況とレポート(8月末までに提出)による。

アンネのバラ植樹式 広島女学院大学図書館前200507013
原谷・中山・岩内・石谷・石川・玉理・長西・宇吹。学生10余名。中国新聞が取材。
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2004年3月25日(木)~28日(日)
| D | T | J |
| 25 | 広島からソウルへ | |
| 15:35 | 広島空港発JAL965便。丸田、*、*、*原、**田、*田、***原、*本、宇吹。 | |
| 16:58 | 仁川空港着。曹が出迎え。5万円を両替:52万7500ウォン。リムジンバス。2便が満員で乗車出来ず。18:35―シャトルバス(各駅停車料金:7000W)-ソウル駅-20:00淑明女子大学校国際会館Ⅰ着 | |
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| 21:00 | 国際会館近くの韓国料理店で夕食―10:10会館。宇吹:514号室泊。 | |
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| 26 | 10:00 | 淑明女子大学キャンパスツアー(案内:安・曹):韓国料理研究所-フランス料理を教える教室-図書館-11:30学内のレストランで昼食(淑明女子大学の招待)。 ツアー(1)、ツアー(2)、ツアー(3)、ツアー(4)、 |
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| 13:00 | ソウル市内:ロッテ免税店16800W―書店kyobobook:9冊100200W+韓国の世界遺産DVD2万8000円(カード)-20:00大学付近の食堂で夕食(プルコギ)22:00-*原と国際会館付近のスーパーで買物(海苔・駄菓子など)16520W+7210W-11:00国際会館泊。 | |
| 27 | 10:00 | 淑明女子大学前で*田と待ち合わせ-地下鉄-ソウル駅10:30-市内観光バス:ソウルシティーツアーバス10000W- |
| 11:00 | 戦争記念館:入館料=2000W。 | |
| 12:30 | ソウル(南山)タワー(昼食)。時間が無く、入館せず。 | |
| 14:30 | 昌慶宮:入館料=1000W | |
| 14:50 | 宗廟(世界遺産) | |
| 16:20 | 昌徳宮(世界遺産)入館料=2300W。~17:50。 | |
| 18:00 | 地下鉄で淑明女子大学前へ。淑明女子大学校近くの食堂で夕食(鶏肉料理)。国際会館Ⅰ泊。 | |
| 28 | 09:00 | 淑明女子大学校国際会館Ⅰ発。1泊35000W×3=105000W。大学付近に*田・曹が出迎え。タクシー3台に分乗してソウル駅へ。ソウル(仁川)空港行きのシャトルバスの乗り場が直行便(12000W)と各駅停車では異なっており、一時はぐれる。ソウル(仁川)空港で*田、曹と別れる。 |
| 28 | 11:00 | ソウル(仁川)空港:搭乗手続き後、昼食(ビビンバ)。各自最後の買物。宇吹の買物:書籍=25000W。タバコ・土産=2860円+875円+1050円+3285円 |
| 28 | 13:10 | ソウル(仁川)発JALアシアナ航空966便-14:40広島空港着。5時過ぎ帰宅。 |
広島女学院大学・若葉寮解体式 2003年10月2日
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| 設計管理:ヴォーリス建築事務所 施工:藤田組。 |
| 米国合同メソジスト教会婦人部から贈られた資金により1952年5月に建築された。 |
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解体直前の若葉寮内部 |
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| 同時に伐採されるメタセコイア |
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広島県立文書館研修(生活文化史演習 2003年5月14日)

フェリス女学院「2003年度ジャパンスタディーツアー(広島)」との交流 2003年9月19日
参加者:一行(フィリピン、アメリカ、中国、韓国、台湾からの留学生17名、日本人学生12名=広島市立大学・広島工業大学など、教職員2名)31名+女学院学生3名、他大学学生7名、教職員5名、計46名。
| 時間 | 日程 |
| 09:20 | 広島アステールプラザで、丹土(たんど)美代子氏の証言を聞く。~9時50分。 |
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| 09:50 | 宇吹が講演。「原爆の被害とその後」、「広島女学院を世界遺産学の研究拠点に」。~11時40分。 |
| 13:30 | 広島城跡公園へ。高橋信雄先生のガイドで原爆遺跡めぐり。大本営跡-師団司令部地下壕(地下室見学)-被爆ユーカリ-重営倉跡。アンデルセン前を歩いて袋町小学校へ。袋町小学校平和資料館。レストハウス(地下室見学)。2陣に別れて入る。 |
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| 15:30 | アステールプラザに帰る。 |
| 17:00 | 交流会。各国ごとに自分が受けてきた平和教育についての報告。~7時。中国、インドネシア、台湾、アメリカ、フィリピン、韓国。 |
広島女学院大学第37回原爆講座-8・6の意味するもの
朗読構成劇「夏雲」 2003年7月8日
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| 『中国新聞(夕刊)』(20030715) |
| 広島女学院大で原爆朗読劇 先輩の手記題材 スライドも上映 「あの友もこの友もみんな死んだ みんな死んだ!」。あの日(八月六日)を風化させないよう広島女学院大学(広島市東区)で八日、朗読構成劇「夏雲は忘れない」が上演された。 <中略> 同校では三十六年前から毎年一回、原爆講座を開いている。ことしは職員の石谷忠之さん(48)らが学生参加型の講座を呼びかけ、朗読サークル「ブルースカイ」を結成。二月から練習に取り組んだ。構成と演出を担当した職員の土屋時子さん(55)は「平和を考えるきっかけになったのでは」と、満足そうだった。 (福井宏史) |
平山郁夫美術館 2003年9月15日
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