教研速報(広教組広島地区支部教文部)No.2(19710622)
| 平和教育を力強くおしすすめよう |
| 第1回支部教研組織委員会(6・16) |
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| *学級づくり・集団づくりの学習会 |
| 6月26日(土)(土)午後2時より 社会福祉センター(予定) |
| 青年部教育実践入門講座―青年部以外でもどうぞ |
| 講師:市岡正憲(三原付属教頭・三原市生研)先生 |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
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『被爆二世として生きる』(広島県教職員組合・広島県教職員組合被爆二世の会編、平和教育研究所、19951015)
目次
| 頁 | ||
| 001 | 発刊によせて | |
| 石田明(全国原爆被爆教職員の会) | ||
| 109 | 被爆二世問題とは何か | |
| 横田秀明(広島県教職員組合被爆二世の会) | ||
| 115 | 被爆二世運動年表 | |
『世界の平和・軍縮教育 1982年国際シンポジウム報告書』(WCOTP・日教組報告書編集委員会編、勁草書房、19830710)
目次
| 刊行のことば | 槙枝元文 | ||
| 世界の平和・軍縮教育 1982年国際シンポジウム | |||
| 序章 | |||
| 広島アピール 19821029 | 軍縮教育国際シンポジウム | ||
| 第1部 | |||
| 第1章 | シンポジウムの意義と課題-全体会議挨拶・報告 | ||
| 沈黙を守らずに声をあげて語ろう | ジェームス・キリーン | ||
| 被爆国の国際的責務を自覚して | 槇枝元文 | ||
| 国際教育分野におけるユネスコの活動 | ヤハイル・カバチェンコ | ||
| 第2回国連軍縮特別総会後の国連と軍縮教育 | ヤン・モーテンソン | ||
| 勝利は必ずや私たちのものに | ヴィクター・シュー | ||
| 第2章 | 全大陸から | ||
| 戦争をさばく良心を | アルフレッド・バッド | ||
| 平和を望むのなら平和を準備せよ | ギー・ジョルジュ | ||
| 資源を飢えと無知の克服のために | シー・アビブーラエ | ||
| 平和・軍縮のために勇気を | サミュエル・ベロ | ||
| 子どもたちに何を語るべきか | ウィラード・マックガイヤー | ||
| 核時代に人類の生存をかけて | 橋口和子 | ||
| 近・現代史教育を強化しよう | ワー・スト | ||
| 真実の軍縮と世界平和のために(メッセージ) | 中国教育工会全国委員会 | ||
| 軍縮教育-ソ連の経験から- | ユーリ・ニキホロフ | ||
| 第3章 | 国際組織から | ||
| 今こそ人権と平和の教育を | ジャン・ドバール | ||
| 今日の世界における軍縮教育 | アンドレ・ドルベー | ||
| IFFTU第13回世界大会決議の意義 | フレッド・ヴァン・ルーウェン | ||
| 平和・軍縮のための教育者の国際的協議を | ダニエル・ルトロー | ||
| 第4章 | 二つの学会から | ||
| 平和・軍縮教育-3つの視点 | 大田堯 | ||
| 国家主義をのりこえて | 福島新吾 | ||
| 第5章 | ヒロシマの心を世界に | 荒木武 | |
| 世界の恒久平和実現を | 竹下虎之助 | ||
| ヒロシマからの提言 | 栗野鳳 | ||
| 長崎の平和教育を省みて | 坂口便 | ||
| 人類が生きのびるために | 岸槌和夫 | ||
| ヒロシマからの証言(メッセージ) | 石田明 | ||
| 世界の先生たちへ(メッセージ) | 広島女学院高校3年生 | ||
| 第6章 | 二つの提言-招待者発言- | ||
| 勇気と忍耐を-平和・軍縮をめざして- | 宇都宮徳馬 | ||
| 人類の平和と真の発展を求めて | 永井道雄 | ||
| 第2部 | |||
| 第1章 | 平和・軍縮教育をめぐって〈第1分科会〉 | ||
| 〔基調報告〕 | |||
| この分科会の課題-ユネスコ80年「軍縮教育十原則」の追求を- | アンドレ・ドルベー | ||
| 〔討論〕 | |||
| 平和・軍縮教育と教材選択の自由を | ギー・ジョルジュ | ||
| “国防論信仰”の克服を-憲法教育の意義- | 太田一男 | ||
| 軍縮をすべての子どもに | テリー・ハーンドン | ||
| 貧困・人種差別をなくすとりくみを | デビッド・トンキン | ||
| 原爆を原点に-日本の平和教育の展開と課題- | 梶村晃 | ||
| 父母とともに原爆の学習と継承を | 山川剛 | ||
| 教育学上の問題として-残酷さの教育、戦争史学習の意義- | ロバート・バーカー | ||
| 子どもたちに平和な世界を-第3世界の直面する課題- | ワジュデイ | ||
| 世論の喚起でカリキュラムに | S・エスワラン | ||
| 子どもの心に偏見ではなく連帯を-超大国の支配の中で- | シュー・チャラン | ||
| 〔分科会報告(草案)をうけて〕 | |||
| 軍縮教育の機は熟した-核凍結の市民の運動と学習を土台に- | ウィラード・マッガイヤー | ||
| 重ねて残酷さを教えることについて | ロバート・バーカー | ||
| 残酷さを教えねばならない-だが分析的考察へ向けて- | デービッド・トンキン | ||
| 核戦争の危機の認識を-軍縮教育十原則を自覚的に- | 庄野直美 | ||
| 平和と民族の自決の教育を-日本人と連帯し、教訓に学ぶ- | 朴光沢 | ||
| 軍事基地の撤去の課題を-非核地帯設定とともに- | 大田昌季 | ||
| 第2章 | 平和・軍縮教育の教材開発をめぐって〈第2分科会〉 | ||
| 〔基調報告〕 | |||
| 日本の平和教育の具体的とりくみ 福島昭男 | |||
| 〔討論〕 | |||
| 教職員・学生の交流を深めよう | ウォーターハウス・ワイワイ | ||
| 世界の三分の一の文盲がいる | アバニ・ボラル | ||
| どうして非暴力のエレメントを教えるか | ジャック・スミス | ||
| 二度と戦争を繰返すな | コンラッド・バクヤク | ||
| たとえ命を賭しても平和を | ホアン・アンブロシオ・サビオ | ||
| 軍備拡大の最大の被害者は途上国 | トッサ・クペソー・カングニ | ||
| 軍隊のない国から訴える | マルコ・アントニオ・バランテス・ヴェガ | ||
| 弾圧をはねのけ教師を再教育 | マットス・トッタ・ザヒヤ | ||
| 考え方のプロセスに参加する教え方 | ホアン・ルイ・フェンテス | ||
| 急がれる教材開発 | サーロン・せつ子 | ||
| 先生が変わらなければ生徒を変えることはできない | 栗原貞子 | ||
| 教材の開発は教師・親の手で | フレッド・ヴァン・ルーウェン | ||
| 広島の三つの顔を教材に | 空辰男 | ||
| 近・現代史の教育を強化すること | プン・ティン・チー | ||
| 軍人にも一般教養を | ギー・ジョルジュ | ||
| 安全保障は軍備撤廃によってのみ | 森滝市郎 | ||
| あらゆる教材の活用と開発をすすめよう | キャシー・ブロック | ||
| 第3章 | 平和・軍縮教育を自覚的に〈分科会報告と総括発言〉 | ||
| 〔第一分科会報告〕 | |||
| 平和・平和軍縮教育の原則をめぐって-教員団体の責務- | ジョージ・リース | ||
| 〔第二分科会報告〕 | |||
| 平和・軍縮教育の教材・方法の創造的開発を | マットス・トッタ・ザヒヤ | ||
| 〔総括発言〕 | |||
| 平和と人類の道を選ぶ意志を-教職員の責務- | ノーマン・ゴーブル | ||
| 資料 | |||
| 日程および参加者名簿 | |||
| あとがき | |||
『失った日から-原爆・引揚・教育・戦中の暮し体験記 』(広島県退職婦人教職員の会戦争体験記編集委員会、19861022)
内容
| 発刊に寄せて | 空辰男(広島県教職員組合 執行委員長) | |
| はじめに | 森本喜代子(広島県退職婦人教職員の会 会長) | |
| Ⅰ | 抑留そして引揚げ-敗戦の混乱の中で- | |
| 失った日から 高松キヌヨ /夫は現地召集で北満の戦場へ 藤本ツヤ子 /満州の修羅場に病癒えず 阪田セツエ / 引揚者の姉 久保井ミツル / 飢えと乾きと恐怖と 江口昌子 / 三十八度線を越えて 永井安子 / 国語教師として四年半 樋田美和 / 海岸線を引潮にそって 金子雪美 / 出産前零下二十度の海辺を 村上愛美 / 行きます の一言を残して 中岡梅代 / 別離の悲しみ 亀山芳枝 / 身も心も朽ち果てて 浜岡千代子 | ||
| Ⅱ | 火傷の熱き教え子なりき-被爆体験・救援活動の記録- | |
| 番号になってしまった骨たち 樫木静子 /青春を襲ったケロイドに死を 半田孝江 /かぼちゃ の味 藤野美奈子 /ひとりだけの火葬 吉川哲子 /4 瞼に焼けつく郊外での体験 吉川昌子 /うじが連なって出てきた 藤川トシ子 /教室内は生地獄 吉宗英子 /火傷の熱き教え子なりき 八尾井弘子 /何処で命つきたか 甲斐美重子 /祖母から孫へ 下岡好枝 /一滴の涙もこぼれなかった 井岡清子 76 / なにひとつ語らず 渡辺ツユ子 | ||
| Ⅲ | 君を縊ったその綱の端を-戦時下の学校教育- | |
| 負けないと信じて 小林恵美子 / 栄養補給を山羊乳で 宮本イズミ / 東の空が真っ赤だ 森本喜代子 / 厳寒も素足で-教師一年生 山口妙子 / 養護教諭として 平林艶子 / 教師として出征兵士の妻として 奥とわ / 空襲のあいまを縫って学校へ 岡野聖子 / 前線もなく銃後もなく 秦三枝 /戦争と増産作業と疎開児と 立石ハルエ /右向け右! 豊獄満起子 / 一堂に会して竹槍訓練 広沢綾子 /戦争さ中を教員生活 長岡キヨコ /毒ガス島へ教え子を 奥田澄江 / 砂にしみ込む水のように 阿川智子 /騙されていた教育 前田典子 /戦中のこと 久保美智子 /勝つことを神国を信じ込まされ 宮崎瞳 / 青春のすべてを費やして知った 野曽原登美恵 /戦時下の生活 三上末美 /奉安殿は未婚の女子の守る所 佐伯静子 124 / 戦争まっただ中の学生生活 高垣ミエ子 /ススメススメヘイタイススメ 高橋郁子 / | ||
| Ⅳ | 楽しかるべき日々を失って-学童集団疎開- | |
| 飲まず食わずで七十余軒 | 井岡清子 | |
| Ⅴ | 欲しがりません勝つまでは-戦時下の暮し- | |
| Ⅵ | お父さん!帰って来て!-家族の想い- | |
| Ⅶ | 降りそそぐ焼夷弾の下で-空襲の日々- | |
| 呉市大空襲の夜 | 渡辺美智子 | |
| Ⅷ | わが青春死線を越えて-従軍看護婦の軌跡- | |
| あとがき | ||
『続・ひろしまたたかう婦人教職員』(ひろしまたたかう婦人教職員編集委員会、ヒロシマ平和教育研究所出版部、19830701)
目次
| 1章 | 平和のにないてとして |
| 1-Ⅰ | 生命の尊厳を基調に |
| 私の被爆体験と生きる道/平和教育にとりくむ婦人教職員 | |
| 1-Ⅱ | オキナワで学ぶ |
| 交流団六日間のうごき/沖縄の婦人教職員たちのたたかい/子どもたちもまきこんだ沖縄戦/基地の中の沖縄と子どもたち/沖縄の歴史と離島問題 | |
| 1-Ⅲ | 平和・教育・文化交流で訪朝 |
| 平和と友好にみちた共和国での十日間/民族の統一をねがって | |
| 1-Ⅳ | 平和・友好と反核にむけて |
| 世界平和友好祭に婦人代表として参加/国連軍縮特別総会百万人集会に参加 | |
| 2章 | 民主教育を守るために |
| 2-Ⅰ | 74年国民春闘にとりくむ |
| 74年春闘の要求と婦人教職員のたたかい/政府・警察が一体となって不当弾圧/不当弾圧と処分に抗して | |
| 2-Ⅱ | 主任制度反対のたたかい |
| 学校管理規則改悪阻止にむけて/したたかさを学んだ2年間/手当支給・主任制拡大阻止のとりくみ/福山地区支部養護教員部のたたかい | |
| 2-Ⅲ | 定数法抜本改正のたたかい |
| 広島でのたたかい・婦人教職員を中心に/四〇人学級は子どもの願い | |
| 3章 | 自主教研などへのとりくみ |
| 3-Ⅰ | 婦人教職員の自主教研運動 |
| 3-Ⅱ | 女子教育問題へのとりくみ |
| 婦人部教研で女子教育をとりあげる/自主教研に女子教育が位置づく | |
| 3-Ⅲ | 公害学習とリジンなどの不使用運動 |
| リジン不使用運動のとりくみ/臭素酸カリウム禁止のとりくみ | |
| 3-Ⅳ | 母と女教師の会の運動 |
| 中ブロ母と女教師の会活動/広島県母と女教師の会活動 | |
| 4章 | 婦人の労働権確立のために |
| 4-Ⅰ | 国際婦人年とそのとりくみ |
| 中国ブロック国際婦人年学習会/「行動計画」に対する県内のとりくみ/婦人差別撤廃条約の批准にむけて | |
| 4-Ⅱ | 諸権利を守るとりくみ |
| 産前・産後休暇などのとりくみ/婦人労働学級のとりくみ | |
| 4-Ⅲ | 社会保障拡大のとりくみ |
| 共済組合の保障拡大のとりくみ/互助組合の保障拡大のとりくみ | |
| 5章 | これからも歩み続けるために |
| 5-1 | 養護教員部のとりくみと課題 |
| 養護教諭の本務をめぐって/保健主事廃止と子どもの健康を守るとりくみ | |
| 5-2 | 事務職員部のとりくみと課題 |
| 母性保護をめぐって/賃金・職務内容・研修権をめぐって | |
| 5-3 | 栄養職員部のとりくみと課題 |
| 賃金・研修権・母性保護をめぐって/学校給食抜本改善のとりくみ | |
| 付章 | 婦人活動のおもなうごき―略年表 |
| 資料編 |
『ひろしまたたかう婦人教師』(広島教育会館、19720310)
目次
| 1章 | 軍国主義下の婦人教師 | ||
| 1-1 | 運命の日 | ||
| 校舎の下敷からぬけだして/泥と血とウジと/生きているのがすまない/教壇に立って | |||
| 1-2 | 生命を守るたたかい | ||
| おかわり/疎開地での婦人教師 | |||
| 2 | 新憲法下の婦人教師 | ||
| 2-1 | 戦後を生きぬいて | ||
| 男女同一賃金のたたかい/定員・教育予算増のたたかい/母性保護の権利確#、のたたかい/一教師の死に献ぐ/産休代員完全配置のたたかい | |||
| 2-2 | 人権を守るたたかい | ||
| 日直廃止・警備員制度確立のたたかい/婦人教師への差別人事/へき辺地での婦人教師 | |||
| 2-3 | 組織確立のたたかい | ||
| たちあがる婦人教師/婦人の役員専従者を確保/組織攻撃とのたたかい | |||
| 3 | 平和と独立・民主教育を進める婦人教師 | ||
| 3-1 | 平和を守るにないてとして | ||
| 軍事某地をめぐって/平和を守り原水爆を禁止する運動/安保阻止のたたかい/沖縄と広島の交流 | |||
| 3-2 | 民主教育を守るために | ||
| 勤評反対のたたかい/学テ反対のたたかい/実力行使のたたかいの中で | |||
| 3-3 | 自主的教研活動へのとりくみ | ||
| 平和教育の創造を/人権を守り育てる教育/自主的な家庭科教育の研究 | |||
| 3-4 | 団結してすすむ母親運動 | ||
| 母親運動のあゆみ/母親運動の意義と婦人教師の果たす役割/広島県の母親運動/県下各地での母親運動 | |||
| 4 | これからも歩みつづけるために | ||
| 4-1 | 諸権利を守る運動と組織化 | ||
| 婦人の働く権利を守る/退職婦人教職員の組織化/婦人労働者とともに | |||
| 4-2 | たたかいをふりかえって | ||
| 終戦後の教育と教師集団/婦人解放と諸権利の拡大/養護・幼稚園部をめぐって/地域の嘆求とともに | |||
| 付章 | 婦人部のおもなうごきき | ||
| 一九四五~一九七〇年までの年表/関係諸法の抜粋/教職員の諸権利とその一覧表 |
『高校生の原水爆・平和等意識調査』(広高教組平和教育推進委員会、広島県高等学校教職員組合、19850701 )
目次
| 第1部 | 〔第一部〕高校生の原水爆等に関する意識および知識の調査一その推移と平和教育一 | ||
| ■1985.1.調査 | |||
| ■15年間の推移(1971~85) | |||
| Ⅰ ヒロシマに関する意識 | |||
| Ⅱ 被爆者の人権に関する意識 | |||
| Ⅲ 核に関する意識 | |||
| Ⅳ 戦争・平和に関する意識 | |||
| Ⅴ 平和教育に関する意識 | |||
| 補 核などに関する意識 | |||
| 付 ’83,教師,保護者との比較 | |||
| 第2部 | 広島・高校生平和意識調査-1985.1 悉皆調査 | ||
| Ⅰ 平和教育に関する意識 | |||
| Ⅱ 8.6体験に関する意識 | |||
| Ⅲ 平和(情勢)に関する意識 | |||
| Ⅳ 学年別・地区別分析 |
『原爆を中心とした平和教育教材(小・中学校) 資料No.2』(編集 「平和教育」資料編集委員会(仮称) 発行 広島県教職員組合、19681101) 所蔵:ピカ研
『”ひろしま”-原爆をかんがえる(試案)=そのとり扱いと若干の留意点について=』(広島県原爆被爆教師の会・広島県平和教育教材編集委員会・広島県教職員組合、19690701)
| 所蔵:ピカ研 形態:紙1枚 | ||
| はじめに(1969年7月1日) | ||
| 平和教育教材「ひろしま」について | ||
| 1 | 8月6日8時15分 | |
| 2 | 被爆の苦しみと怒り | |
| 3 | 第2次世界大戦のありさま | |
| 4 | 戦争をすすめた人びとのうごき | |
| 5 | 原爆投下の目的 | |
| 6 | 原子爆弾の破壊力 | |
| 7 | 死の科学 | |
| 8 | 原爆症 | |
| 9 | プレスコード | |
| 10 | ストックホルム・アピール | |
| 11 | 映画「ひろしま」 | |
| 12 | 第五福竜丸と原水爆禁止運動の高まり | |
| 13 | ひろしまの子どもたちのさけび | |
| 14 | いまなお続く被爆者の苦しみ | |
| 15 | 被爆者の苦しみ、その責任はどこに | |
| 16 | 日本人としておもうこと | |
第22次教育研究広島県集会報告書4 第1分科会[1972年]
| 氏名 | 所属 | タイトル |
| 仁田 | 甲山支区 中央小 | 「あるハンノキの話-6年生でのとりくみ」 |
| 砂畠 | 三原地区支部 中之町小学校 | 国語教育を通しての人間形成はどのようにすればよいか |
| 神原 | 三原地区支部 尾道支区 吉和中学校 | 平和教育共通教材のとりくみ「ヒロシマのうた」 |
| 今西祐行 | ヒロシマのうた | |
『文学教材をどうとられどう教えるか―自主教材「ヒロシマのうた」をめぐって』(児玉晴子 国語教育研究サークル・ニ土会 段原中学校)
日教組第21次・日高教第18次教育研究全国集会報告書 34
第5分科会
注:『ヒロシマのうた』=今西祐行の小説。1970年刊。
広教組70年のあゆみ(抄)出典:http://www.hirokyouso.jp/siryou/history.pdf
| 年月日 | 事項 |
| 194602 | 広教組設立準備会 |
| 194605 | 広教組結成(郡市教組の連合体)(船越国民学校) |
| 194701 | 広教組単一結成大会(小・中合同) |
| 194707 | 広教組婦人部・青年部結成 |
| 194707 | 広教組合同結成大会 |
| 194803 | 「広島教育時報」創刊 |
| 194804 | 広島県学校生活協同組合(学校生協)設立 |
| 機関誌「芸備教育」を「広島教育」に改称発刊 | |
| 194806 | 広教組単一結成大会(小・中・高の完全単一となる) |
| 194807 | 教育委員会法(公選制)公布 |
| 195111 | 第1回広島県教育研究集会(広島・進徳学園) |
| 広島教育会館落成(広島・旧雑魚場町) | |
| 195303 | 第10回広教組定期大会で高教組分離・幼小中大の単一体となり、広島県教職員組合協議会」(広教協)発足 |
| 195310 | 映画「ひろしま」完成 |
| 195410 | 養護教員部結成 |
| 195506 | 第1回広島県同和教育研究大会(広島・青崎小) |
| 196811 | 第18次教研に「平和教育」特別分科会を設置 |
| 196903 | 「広島県原爆被爆教師の会」結成 |
| 196907 | 平和教育教材編集委員会、副読本「ひろしま」発刊。「未来を語りつづけて」発刊。 |
| 197009 | 広島県退職婦人教職員の会結成 |
| 197108 | 「原爆犠牲国民学校教師と子供の碑」構成詩によって除幕(11教育団体募金運動の成果) |
| 197206 | 広島平和教育研究所発足 |
| 197305 | 「」提訴、同すすめる会結成 |
| 197310 | 第1回全国平和教育シンポジウム(広島・女学院中) |
| 197606 | 日教組第49回定期大会、広島県立体育館で開催 |
| 197607 | 「石田原爆訴訟」広島地裁で完全勝利判決 |
| 197805 | 新広島教育会館落成(広島・東区光町) |
| 198103 | 広島県退職教職員協議会結成 |
| 198108 | 広平研、「平和教育実践辞典」出版 |
| 198201 | 日教組第31次教育研究全国集会を広島で開催(広島県立体育館・見真講堂他) |
| 198208 | 「原爆犠牲ヒロシマの碑」除幕式 |
| 198304 | 石田明、県議選で初当選(安佐北区) |
| 198903 | 広教組40年史発行 |
| 198912 | 広島・海田支部執行部、分裂組織「全教」の結成に参加 |
| 199202 | 婦人部、「女性部」と名称変更 |
| 199307 | 広平研、「アジアふれあいブック」発刊 |
| 199308 | エコード広島竣工、広教組書記局移転 |
| 199505 | 「続・未来を語りつづけて」発刊 |
| 199508 | 8・4「ありがとう平和、こんにちわ未来」1万人子ども集会開催(広島・グリンアリーナ) |
| 199902 | 世羅高校校長「自死」 |
| 199908 | 国旗・国歌法成立 |
| 200005 | 県教委主導の「広島県学校教育研究団体連絡協議会」設立 |
| 200401 | 県内で平和カレンダー展始まる |
| 200605 | 広教組50年史発刊 |
| 201208 | 第15代高校生平和大使2人を広島県から選出 |
『ひろしまの平和教育』(第2輯)
| 章節(頁) | 見出し | 備考 |
| 1 | (平和教育へのあゆみ)広島県における「平和教育」第二十次教研までのあゆみ | |
| 1-1 | 第18次県教研での問題提起とその討議 | |
| 1-2 | 第18次日教組全国教研へ問題提起 | |
| 1-3 | 第19次県教研での取組みとその内容 | |
| 1-4 | 県被爆教師の会の結成とその活動 | |
| 会の活動方針とその動き | ||
| 「ひろしま」「ながさき」を教えつづけることの誓いと訴え | ||
| さらに活動を強化発展させるために | ||
| 1-5 | 平和教育教材づくり | |
| 2 | (第20次県教研の実践報告より 1)人権と民族平和への課題-平和教育の土台づくり | |
| なぜ平和教育が必要か(23)/平和教育をいつどのように行うか(27)/研究体制づくりと研究の経過(28)/教材の自主編成によって平和を認識させる(31)/ | ||
| 3 | (第20次県教研の実践報告より 2)平和教育の実践でかわりつつあるその実態 | |
| 平和教材「ひろしま」を使って(40)/8月6日を学校行事にして(49)/今後の課題(55 | ||
| 4 | (第20次県教研の実践報告より3)大久野島-毒ガスをどう教えるか | |
| 大久野島を教える意義(56)/大久野島の地理と歴史(57)/毒ガスの島(60)/基地の島(71)/レジャーの島の中に(71)/従業員のくらしと運動(74)/今日の生物化学兵器(85)/大久野島をどう教えたかの実践例(88) | ||
| 5 | (平和教育への認識と展望)ひろしまの教師はなぜ平和教育を実践するのか | |
| 平和教育への阻害条件 | ||
| “ひろしま”で何をどう教えるのか | ||
| 平和教育は最高の倫理を教える教育 | ||
| ■ | 平和教育教材“ひろしま”指導資料(全) |
『ひろしまの平和教育』
| 輯 | 発行年月日 | 備考 | 所蔵 |
| G=原爆資料館。U=宇吹。 | |||
| 1 | 19700315 | 県平和教育専門委、教材編集委、被爆教師の会編 | GU |
| 19700701 | 『広島教育』別冊 No.218。第19次広島県教研集会平和部門専門委員会、広島県平和教育教材編集委員会、広島県原爆被爆教師の会編 | GU
|
|
| 2 | 19710720 | 広島県平和教育専門委員会、広島県平和教育教材編集委員会、広島県被爆教師の会編 | GU |
| 3 | 19730330 | 広島県平和教育専門委員会、広島県被爆教師の会編、広島平和教育研究所 | GU |
| 4 | 19760110 | 広島平和教育研究所、広島県教研平和教育部会編 | GU |
| 5 | 19780325 | 広島平和教育研究所、広島県教研平和教育部会編 | GU |
| 6 | 19800315 | 広島平和教育研究所、広島県教研平和教育部会編 | GU |
『広島教育』広島県教職員組合(1946年5月15日結成)機関誌。1948年4月=『芸備教育』を『広島教育』と改称して発行。
| 年月日 | No. | 著者 | タイトル | 所蔵 |
| G=広島平和記念資料館。P=ピカ研、U=宇吹 | ||||
| 1948 | ||||
| 04 | 創刊? | 1949年1月19日第3種郵便物認可 | ||
| 1949 | ||||
| 0115 | 15 | G | ||
| 0415 | 17 | 平和声明 | G | |
| 平和のために | ||||
| 下村 仁一 | 世界平和と労働組合 | |||
| 11 | 20 | 柿手春三 | 表紙 | G |
| 峠三吉 | 詩 繪本 | |||
| 和佐田芳雄 | 部落問題のゆくえ─解放運動史─ | |||
| 1952 | ||||
| 0625 | 31 | 特集 | G | |
| モスクワ国際経済会議の全貌 | ||||
| フランス教員平和の会 | 世界平和のために | |||
| 菅井準一 | 平和問題の焦点と平和運動について | |||
| 市岡正憲 | 家庭憲法第一条 | |||
| 鈴木正道 | 「山びこ学校」や「原爆の子」の映画化のことについて | |||
| 大原亨 | 危ない国連協力運動 | |||
| 南木洋太郎 | 画集「原爆の図」をすすめる | |||
| 0825 | 32 | 特集 我等は「平和と独立」の旗をひるがえして前進する | G | |
| 1001 | 34 | 特集号・アンケート 20 1、あなたは日本の再軍備に賛成ですか反対ですか。 及びその理由について 2、あなたは祖国の「平和と独立」をいかにして斗い とろうとお考えですか。 |
G | |
| 平和の呼びごえ | ||||
| 11 | 35 | G | ||
| 1953 | ||||
| 01 | 36 | G | ||
| 07 | 38 | G | ||
| 09 | 39 | G | ||
| 1954 | ||||
| 05 | 45 | G | ||
| 1955 | ||||
| 03 | 49 | G | ||
| 55 | 石田明 | 死は招く日々―死刑囚以上の運命 | P | |
| 安佐郡高陽中 | ||||
| 11 | 58 | G | ||
| 1956 | ||||
| 06 | 65 | G | ||
| 70 | <呉市立図書館> | |||
| 1957 | ||||
| 05 | 75 | G | ||
| 07 | 78 | G | ||
| 0801 | 79 | 特集:平和運動・平和教育 | PG | |
| 09 | 80 | G | ||
| 11 | 82 | G | ||
| 1201 | 83 | 特集:科学技術教育・勤務評定問題 | P | |
| 83 | 付録:シナリオ「千羽鶴」 | P | ||
| 1958 | ||||
| 07 | 89 | |||
| 0801 | 90 | 諸井条次 | 原爆の子の像建設に学ぶ―その根幹にあった歴史的教訓(2) | PG |
| 豊田清史 | 創作:飢え―ヒロシマの序章(2) | |||
| 広島幟町中 | ||||
| 09 | 91 | G | ||
| 11 | 92 | G | ||
| 1959 | ||||
| 0805 | 97 | 特集:平和と教育の接点 | PG | |
| 1960 | ||||
| 04 | 100 | G | ||
| 07 | 104 | G | ||
| 0905 | 105 | 特集:校区教研 | PG | |
| 1966 | ||||
| 08 | 175 | 空辰男 | 生き生きした学級づくり | G |
| 石田明 | 曖光二十年 | |||
| 西原忠 | ある被爆者の日誌 | |||
| 広教組結成20周年回顧座談会 | ||||
| 1967 | ||||
| 183 | 特集:教育研究の方向をさぐる | P | ||
| 06 | 185 | 特集:憲法20周年とヒロシマの教育 | G | |
| 大西典茂 | 講演・恵庭判決と今後の護憲運動の課題について | |||
| 今中比呂志 | 講演・第三次防の問題点と軍国主義思想の復活について | |||
| 編集部 | 卒業式「答辞」文カットをめぐって公教育支配思想をさぐる | |||
| 編集部 | ヒロシマのこどもをめぐる軍国主義化の状況 | |||
| 川島孝郎 | 「日の丸」問題をどう考えるか | |||
| 川島孝郎 | 「君が代」と教育の現実 | |||
| 編集部 | 「建国記念の日」の思想とその背景 | |||
| 福山支部 | 資料・「建国記念の日」と日本の進路 | |||
| 理科教育専門委員 | 第17次教研活動をすすめるために(案) | |||
| 1968 | ||||
| 12 | 202 | 広教組教文部 | 第18次教研重点課題 | G |
| 住田哲博 | 平和運動への取り組み | |||
| <概要報告・各研究分野> | ||||
| 平和教育専門委員 | 平和教育をどうすすめるか | |||
| 1970 | ||||
| 05 | 221 | 石田明 | 民主的学校行事の創造を | G |
| 森下弘 | 資料・沖縄と広島の高校生の原爆(被爆)等に関する意識 | |||
| 06 | 222 | 特集:平和教育をどうすすめるか | GU | |
| 石田明 | 巻頭言・「ひろしま」を教えつづけよう | |||
| 教文部 | 第20次教研推進方針 | |||
| 米田進 | 実践記録・わたしの平和教育 | |||
| 空辰男 | 全生研がとりあげる「平和教育」とその実践にあたって | |||
| 安田逸男・中谷玉江 | 実践記録・“第二次世界大戦と日本” | |||
| 福山市西小学校教師集団 | わが校の平和教育 | |||
| 報告・被爆教師の会 | ||||
| 1971 | ||||
| 03 | 231 | U | ||
| 1974 | ||||
| 05 | 273 | 特集:警察権力の弾圧に抗して | ||
| 07 | 275 | 星野安三郎 | 講演・憲法と平和教育(二) | G |
| 溝口武 | 実践記録・平和について考える | |||
| 平和教育をどうすすめるか 付:折鶴の会あての領収書2枚 :手紙と第6回「広島を考える旅」参加ノート |
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| 1975 | ||||
| 06 | 287 | 特集:地域にねざす教育実践 | ||
| 1980 | ||||
| 06 | 347 | 1981年版中学校教科書の「原爆問題」記述についての公開質問状と各社の回答 | G | |
| 原爆を中心とした教科書記述の分析と検討― | ||||
| 石田明 | 人類のより確かな生存の道は教育の力に | |||
| 1987 | ||||
| 409 | 特集:被爆体験を語る | U | ||
| 1998 | ||||
| 0401 | 537 | G | ||
| 坂本 健 | 廣島ヒロシマ広島 | |||
| 広教組執行委員 | ||||
| 特集 シンポジュウム「平和教育のこれから」―平和教育の歩みと今後のあり方を聞く― | ||||
| パネリスト | ||||
| 石田明 | 全国原爆被爆教職員の会会長 | |||
| 山川剛 | 長崎県原爆被爆教職員の会副会長 | |||
| 梶村晃 | 九州・沖縄平和教育研究所事務局長 | |||
| ―進行― | ||||
| 永井俊作 | 日教組「平和教育」共同研究所 | |||