「原爆」と三十年

『「原爆」と三十年』(秋月辰一郎著、朝日新聞社、19750715)

内容

006 まえがき -三十年回顧- 6
017 体験
人間愛に彩られた戦いの終わりの一週間 -平和への道ここに開く- 18
原爆下の長崎の医師たち 34
049 証言
原爆被爆の実態を語ることこそ私たちの義務 50
消えてゆく人間資料 52
もう一度あの歴史の暗点の中へ 58
死の町、爆心地五百メートル 64
消滅した町と人を求めて -原爆復元・ナガサキ方式- 73
地図の上の墓標 -原爆投下から復元地図作成まで- 82
原爆は風化したか -実体は当初から不明- 110
人間の破壊 116
「長崎の証言」をなぜ続けるか(講演)118
ワシントン公文書館 -被爆資料をたずねて- 124
原爆資料の意義 -返還原爆資料写真集に寄せて- 128
原爆資料を求めて -資料保存の日米間の格差- 129
被爆三十年の思い 134
139 感想
被爆医師の二十二年 140
ふたたび統一を 144
浦上は原爆を知った 147
「炎の中から」(被爆衛生兵の証言)を読んで 154
「被爆二世」に思う -広島記者団「被爆二世」刊行委編に寄せて- 158
フランスの同業の友へ 163
受賞と私の仕事 -日本医師会最高優功賞- 172
吉川英治賞文化賞受賞に思う 175
原爆を想いつつ(わが家の夕めし)178
このごろ、ラロック証言に思う 179
181 追悼
高原憲先生を偲ぶ 182
われら長崎原爆者 -「田舎記者」を読んで- 191
阿修羅のごとく逝きし福田須磨子さん(弔詩)198
怨の女、福田須磨子さん -原爆詩人、被爆者、福田さんの死を悼みて- 201
205 祈り
私の発言 -人に許す206
『あれの』の耳鳴り209
生命の支えを知る -死について、学生の質問と医学者の私の考え- 211
長崎の二十七年 -一宗教者の証言-217
短歌 -祈りにふれて-221
 鎌田定夫 「秋月証言と長崎原爆三十年」225
1. 被爆直後の証言「血にまみれた1週間」
2. 原爆と天皇とカトリック
3. 原点の空白を埋める”証言”
4. 原爆復元の心—地図の上の墓標
5. ”反原爆”三十年のマニフェスト

政客の夜話

『政客の夜話』(小田太熊、長崎民友新聞社、19491010)

内容<作業中

著者近影(昭和24年7月撮影49歳)
序文「…郷土長崎には4回目の原爆記念日を明日迎へんとす。私は本書と共に「原子忌やミサの鐘なる朝参り」の一句を、霊前に捧げ以てご冥福を祈りたい。」
目次
1 産児制限法の制定を提唱す(昭和23月2日 長崎日日新聞発表) 001
2 協同民主主義による新農村の建設(昭和23年2月6 日付 日本農業新聞発表) 005
3  幽学の先祖株組合の話(昭和22年2月21日付 日本農業新聞発表) 014
4  公益人を顕彰し精神革命を断行せよ(昭和22年9月20日 付長崎日日新聞発表) 018
5  隣人愛の国民精神運動によって新日本建設を急げ 021
6  衛生日本を建設せよ(昭和21年5月10日) 024
7  (1)墓地を整理統合して公園墓地を作れ(昭和24年3月26日 長崎民友新聞発表) 031
8  (2)公園墓地の構想 033
9   (3)墓地趾を利用して薬草植物園を作れ 035
10  労働銀行の話 037
11  諸外国の労働銀行 040
12  教育家のありかた 043
13  並木散歩道路の完成を急げ(昭和23年4月6日 長崎日日新聞) 046
14  国土計画の見地より森林地域制を実施せよ 050
15  新憲法改正私案 054
16  民衆裁判を開設せよ 059
17  禁酒法を制定せよ 063
18  参議院の廃止論 070
19  新爵位論(昭和22年2月20日) 074
20  各種候補者の鑑別へ選挙法改正せよ(昭和23年11月8日 長崎日日新聞発表) 078
21  候補者の反対投票制度を設け危険防止と政界浄化を行へ 081
22 婦人参政と人道主義(昭和3年4月法律公論社に発表) 085
23 婦人と政治 089
24 婦人の出馬を切望す 教育委員こそ女性に最適(昭和23年9月23日 長崎民友新聞発表) 093
25 未亡人論 095
26 婦人解放運動の展望(昭和24年4月8日付 婦人タイムス社発表) 099
27  児童福祉週間に際し小図書館の設置を望む(昭和23年6月3日 長崎日日新聞発表) 104
28  引揚者の窮状と政府の無策(昭和21年7月28日 長崎日日新聞発表) 108
29  社会事業としての住宅問題 110
30  病弱母胎の保護施設的社会事業を起せ 114
31  無税の国モナコの話(昭和22年4月1日) 119
32  悪税を撤廃して国民に休養を与へよ(昭和24年6月12日) 122
33  税種の改廃に就いて(昭和22年2月10日) 125
34  国民生活から遊離した代議士商売 130
35  文芸人と政治(昭和23年7月13日 長崎日日新聞発表) 133
36  文化人の政治家を生め 137
37  俳人としての政治家の横顔 141
長崎原爆 秋の日やここらが友の家なりき 著者 鳥迷子
38  日本政党の将来(昭和24年3月30日) 146
39  陣笠論 150
40  政党内閣論 153
41  行政整理と吉田内閣 157
42  協同社会の提唱 164
43  ユネスコと日本(昭和23年10月10日) 168
44  岡本検事正問題をめぐりて(昭和23年4月16日 長崎民友新聞発表) 172
45  不可解な官僚人事 岡本検事正の転出に就て(昭和23年5月19日 長崎民友新聞発表) 174
46  政界秘話 177
47  選挙の楽屋裏 191
48  日本敗退の回顧誌 199
当時私は長崎県立図書に奉職中のこととて、事務室に於て原子爆弾を見た  202
49  日本政党興亡史 203
50  日本政界の疑獄史 230
51 日本売笑婦の盛衰史 239
52 日本産業の展望 246
53 経済安定国民会議を開催せよ(昭和24年1月16日 長崎民友新聞発表) 254
54 ポツダム宣言 257
55 カイロ宣言 261
56 終戦詔勅(昭和20年8月15日 御名御璽 昭和20年8月14日 各国務大臣副書) 263
57 ラジオ演説放送その1<国民協同党候補者> 266
58 ラジオ演説放送その2<国民協同党候補者>  269
59 青年諸君に愬ふ<うったふ> 273
60 付録その1 統計、年表
61 付録その2 新聞に出て来る外国語の手引 315
 329

 

お告げのマリア-長崎・女部屋の修道女たち

小坂井澄著『お告げのマリア-長崎・女部屋の修道女たち』(集英社、19800525)

内容<作業中

1 浦上の嵐
2 弾圧の嵐
3 流刑
4 四人の乙女
5 三幅前掛けの女たち
6 入江の孤児院
7 汗と涙
8 改革者
9 明治16年のマカロニ
10 天主堂の弾痕
11 地獄の日
12 原子野から
13 汚れなき海
14 離島のうた
15 最初の誓願
16 生活者たち
17 脱皮へ
18 ある「尼僧物語」
あとがき

 

閃光の下で-原爆被爆の記録

『閃光の下で-原爆被爆の記録』(〔長崎市立〕緑ケ丘中学校P.T.A.文化教養部、19720228)

内容<作業中

◎原水爆を告発し恒久平和を実現するために 阿部国人 PTA会長
原水爆禁止国民会議代表委員として広島の森滝代表委員とともにこの運動を続けてきた私
1 閃光の下に
2 学徒報国隊
3 三姉のこと
4 平和な国に
◎「原爆体験」を聞いて
2年。母が原爆被爆者
2年
2年
2年
5 さとうきびばい
6 太陽が落ちた
7 帰ってこなかった医大生
8 朱の炎
9 長田までの長い道
10 千燈ろう
11 原爆の日
12 妻のなきがらを求めて
13 戦争は最大の浪費
◎あとがき 森みつえ 文化教養部長

 

あの日あの時 私達の原爆体験記集

『あの日あの時 私達の原爆体験記集』(兵庫県原爆被害者の会編・刊、19620527)

著者 タイトル 備考
阪本勝
01 岡本寛 妹よ!
01 平原美枝子 心のうずき
11 大川千歳 その日の記憶
17 S・Y 生 ピカ・ドンの思い出
21 二見千代子 あの日の思い出
30 戸石政代 原爆の遺族を守って
24 恒田幸保 被爆当時の思い出
34 田島徳重 被爆者体験記
37 二見正行 我が家は原爆からかく救わる
44 畑谷節子 私の体験記
54 奥井裕 被爆体験記 子
58 菊池かなよ 私の苦しみを
62 吉原なみゑ 私の体験
65 田中正子 私は訴える
67 宮本こなつ 爆心地帯を歩いて(遺稿)
68 福井静子 孤独になった私
69 山口義男 原爆被災記
109 副島まち子 黒い流れ

 

短歌長崎

短歌長崎<作業中

No. 年月  メモ
 001  194607  復刊代1号
 「GHQ検閲「短歌長崎」実物発見 削除命じた赤線…原爆関連、軍国主義の表現など判明」『長崎新聞(2021/06/06)
297 19570805 原・水爆禁止特集号
 原・水爆禁止と平和を祈る作品
311 19581005  文学上での短歌の位置
 小山誉美「日本人の宗教観念」
渡辺巌「原爆の日に」
340 19610815

 

八月九日・巡りくる夏の日に-長崎県庁職員の被爆証言

『八月九日・巡りくる夏の日に-長崎県庁職員の被爆証言』(長崎県職員組合被爆者連絡協議会(編)長崎県職員組合長崎県本部刊、19760809)

内容

著者
城戸智恵弘 はじめに
001 平田研之 二つの被爆地に生きて
017 山田昌介 霹靂の一瞬に
020 柘植喜代治 原爆投下の日
024 都知木正之 被爆30年に思う
027 原子爆弾空襲被害状況
065 岩尾栄市 原爆・県庁炎上記
072 山田かん 鴉が・・・
079 喜々津トシ子 私の被爆体験
082 石田三吉 私の被爆体験
085 きどちえひろ 八月九日・その日
092 吉村巌 私の原爆を顧みて
096 小柳大勇 巡りくる夏
136 高木豊太 長崎の証言
145 あとがき

被爆者とともに-被爆40年に当って

『被爆者とともに-被爆40年に当って』(藤井孝行編著・長崎タウンニュース社、19850801)

長崎県被爆者手帳友愛会 あゆみ
私の信念 友愛会会長 吉田みつる
本島等長崎市長平和宣言 本島等 昭和59年8月9日
長崎県被爆者手帳友愛会結成大会宣言 昭和54年<1979年>8月5日
第2回定期代表者大会 昭和55年4月5日
第3回定期代表者大会 昭和56年4月18日
第4回定期代表者大会 昭和57年4月17日
第5回定期代表者大会 昭和58年4月9日
第6回定期代表者大会 昭和59年4月27日
作業中

 

物語私の広大医学部60年史

『物語私の広大医学部60年史』(原田康夫編著、広島大学医学部医学科広仁会刊、20150612)

はじめに
001 県立医大より広島大学医学部への昇格
016 医学部50年史から当時の様子をみよう
018 国立移管式典の状況
020 阿賀の校舎中庭でのビールパーティ
022 国立移管と広島移転問題の発生
024 大学の失火事件
作業中
066 昭和33年4月1日原子放射能基礎医学研究施設開設
作業中
147 学園紛争と医学部封鎖
151 医学部講義再開、バリケード解除
180 広大の危機・総合科学部長刺殺事件
219 「学寮問題」
247 シュミット元西独首相による特別講演
作業中

ナガサキノート 若手記者が聞く被爆者の物語

『ナガサキノート 若手記者が聞く被爆者の物語 朝日文庫』(朝日新聞長崎総局編、朝日新聞出版、20090730)<作業中

<地図> 爆心地周辺 長崎県
010 はじめに 今こそ生の声、刻みたい 佐々木亮(長崎総局デスク)
 2008年8月10日から2009年5月14日まで、朝日新聞長崎県内版に掲載された「ナガサキノート」(31人計270回)を再構成したもの
013 あこがれのハイヒール
023 火葬された、ふりそで姿の少女
036 巡回診療班
046 一人芝居「命ありて」
057 90歳の語り部
069 永遠の10秒
085 運命の一言
094 捨てられた、おすそ分け
110 兄を焼く音
118 救援隊として急行せよ
125 14人の卒業式
138 父の最期
150 白い落下傘
163 沖縄の数倍の光
174 放射能情報のなかった沖縄
183 命を絶った妹
202 原爆の年のクリスマス
222 畑で見た、きのこ雲
231 ブラジルから日本へ
241 死は名誉か
254 在韓被爆者
262 燃える天主堂
273 今に残る傷跡
285 入学式に迫る戦火
295 川に折り重なった人々
307 父子2代、白血病を追う 朝長万佐男
319 世界に向けた被爆証言
332 麻痺した心
343 原爆投下は遅すぎた
357 完成した遺稿集
370 救援列車
383 <解説>長崎と原爆 佐々木亮
393 本書に登場していただいた方々

 

高校生1万人署名活動

『高校生1万人署名活動 高校生パワーが世界を変える 長崎新聞新書010』(高校生1万人署名活動実行委員会・長崎新聞社編集局報道部著、長崎新聞社、20031115)

内容<作業中

発刊にあたって
目次
1 高校生パワーが世界を変える
2 次世代の平和運動-高校生1万人署名の軌跡
八月の空の下で 2003
三度目の夏
イラク戦争の気配の中で
ピースメッセンジャー
高校生平和大使 1998~2000
平和大使の誕生
新しい何かの始まり
被爆地の若者として
地球市民会議
ヨーロッパへ
一つのアイデア
高校生1万人署名のはじまり 2001
若者たちが動き始めた
焦り、悩み、不満、不安・・・
支え合い、叱咤激励して
一万人を超えた!
第4回高校生平和大使
9・11テロの衝撃と波紋
多様化する署名運動 2001・02
オランダからの高校生平和大使
ミサイルよりも鉛筆を
広がる署名活動
ローマ法王との単独謁見
長崎発 高校生平和アピール
バックアップ
大人のスタンス
定着する活動への評価
平和って何ですか 2002・03
 力を抜いて普段着の自分を
継続する力
「ソミョンヘジョセヨ」
21世紀平和ネットの誕生
第6回高校生平和大使
「世界に認められた」

 

15歳のナガサキ原爆

渡辺浩<ゆたか>『15歳のナガサキ原爆 岩波ジュニア新書』(岩波書店 、20021120)

内容(作業中

はじめに
「被爆当時、私は15歳、長崎県立長崎中学校の3年生」
目次
原爆被害地図/長崎市街地図/広域図/
1 ナガサキを知っていますか
2 小国民と戦艦「武蔵」
 子供のころから戦争だった/戦艦「武蔵」誕生
3 戦争している国の中学生
  中学にはいってみれば/今はない母校<長崎県立長崎中学校>/校内を案内しましょう/中学生の戦争/秘匿名(ナ)工場<長中の学校工場>/爆撃下に生きる
4 1945年8月9日
 ファットマン /小倉をあきらめ長崎へ/原爆の火球を見た人<『はだしのゲン』で落下傘をつけた原爆が空中で爆発したとあるのはまちがい>
 爆心地の中学では/私立鎮西学院中学校/私立常清高等実践女学校/長崎県立瓊浦中学校/長崎県立長崎工業学校/長崎市立商業学校/私立純心高等女学校/大浦東山手と市内の中学校では//西山では /角田京子先生の手紙///
5 われわれの8・9
 ////
6 爆心地を越えて
 ////
7 再び爆心地へ
 ////
8 ナガサキ・ディ・アフター
 ////
おわりに―世紀を生きていく人たちへのお願い
原爆被害地図・長崎市街地図・広域図

原爆ゆるすまじ(広島県被爆者の手記編集委員会編)

広島県被爆者の手記編集委員会編『原爆ゆるすまじ 新日本新書9』(新日本出版社、19650705)

著者 タイトル 備考
まえがき
9 大江恵美 あれから二十年
21 四国五郎 弟の日記
43 一被爆者 空中に被爆して
45 はやみちかこ 太陽のない朝
52 金崎是 差別の壁をこえて
68 大倉和子 父母を失って
83 福田須磨子 たたかいの二十年
99 山中みち子 七歳の証言
115 山口彊 死中に生を得て ―広島・長崎での二重被爆記―
133 山下寛治 原爆とその後 ―短歌と日記―
153 温品道義 過去の広島商人として
174 杉原芳夫 医師として
188 志水禎吉 まともな目
202 吉岡幸雄 たたかいの中で

炎の中から-被爆衛生兵の証言

『炎の中から-被爆衛生兵の証言』(田川清光著、長崎の証言刊行委員会、19710630)

内容

メモ
序文 聖フランシスコ病院長 秋月辰一郎 5
まえがき 著者 田川清光 13
1 被爆前後(原爆の記)17
最後の召集-員数外の兵隊 18
特設長崎地区警備隊-敵の上陸に備えて 27
八月九日-運命の日の朝 30
閃光と崩壊-生きながらの地獄 39
死の行進-妻と妹をたずねて 49
隣人愛は国境をこえて-外人捕虜たちの協力 56
妻と妹が生きていた-再会の喜びに泣く 58
炎からの脱出-竹の久保より浦上駅、長崎駅へ 63
浦上の大火-大浦からの夜景 69
八月十日-「煉獄」の中の救護活動 74
死者たちの世界-爆心地付近に入る 85
八月十一,十二日-果てしない救護活動 93
八月十三日-薬品捜しと牛馬の徴発 103
八月十四日-憲兵隊への応援 108
八月十五日-ついに敗戦 112
八月十六日-地獄から天国三ッ山へ 118
父の話-十日早朝の爆心地帯 124
原爆病-三ッ山での発病と救護活動 129
飢えと病気とのたたかい-救急病院にて節子死す 134
受難の日々-疎開地や市街地での苦闘 141
秋から冬へ-春を待ちつつ 147
2 第2部 原爆の十字架を背負って -祈りと沈黙から証言・告発への歩み- 151
 「犠牲と祈り」からの出発 原爆犠牲者追悼の辞 152
永井隆博士の反省の意味するもの 154
2 あの日の記憶-私たちの原点 158
1 毎ばん、死者たちの夢をみる-城山小学校の受難 159
2 原子雲の下に生きて-山里小学校児童の記録から 164
3 第1部「被爆前後」の補足証言
義妹・七奈子の証言 173
第二中隊長・藤野中尉の証言 174
田川福松さんの証言 176
三菱製鋼所生き残りの証言 179
3 原爆後遺症とのたたかい 185
1 二十年後におそった突然の死 189
2 善意の人びとの供血もむなしく 190
3 おかあさんの骨をぶっつけてやりたい 192
4 小頭症患者家族の深い沈黙 194
5 原爆に片目と片腕を奪われた怒り 197
4 被爆者ゆえに流転する人生 -生活と??と権利を求めて被爆者たちは歩む- 201
ある被爆乙女のたどった半生 202
被爆患者たちは訴える 206
被爆朝鮮人・中国人たちの運命 208
5 原爆白書と援護法制定の運動 -政府の対策と被爆者たち 実状と要求- 213
1 政府の被爆者対策の推移 214
2 被爆者の実態調査結果が示すもの 220
3 被爆者たちは何を望み何を要求しているか(資料)226
終章  原点からの再出発と運動統一こそ被爆者の悲願 232
{付} 被爆体験を語る兄妹たち -田川・本村家生き残り十二人の証言- 238
あとがき 「長崎の証言」刊行委員会 鎌田定夫 250

 

大竹から戦争が見える

『大竹から戦争が見える シリーズ広島地域近現代史  1』(阪上史子著、ひろしま女性学研究所、20160201)

内容

はじめに 4
1 海南島に出会う 6
『大竹港引き揚げの記録』を観る 9
海南島へ行く 13
「神戸・南京をむすぶ会」について 16
大竹と海南島をつなぐもの 18
2 大竹から「戦争」が見える 22
歴史遺産たっぷりの大竹 23
大竹海兵団 26
城山三郎と笠原和夫の海兵団体験 26
消耗品としての悔しい日々 29
海兵団それぞれの思い出 31
海兵団と大竹 32
その後の海兵団-跡地利用 33
大竹引揚港 35
海南島から復員 35
海南島の日本兵の戦争犯罪 37
大竹『引揚援護の記録』 39
厚生省『引揚援護の記録』 42
企業城下町・大竹 46
“社宅に住む” 46
大林組の飯場 49
戦争と災害と大竹 52
戦時体制下の大竹 52
甚大な原爆被害 53
枕崎台風と広島 57
占領時代の大竹 59
大竹の占領軍慰安所 59
天皇の大竹訪問 65
国立大竹病院 6
3 大竹と朝鮮人 68
記録の中の朝鮮人 69
李相萬(リ・サンマン)さんのお話 75
姜周泰(カン・ジュテ)さんのお話 82
私と朝鮮の出会い 87
おわりに 89

ヒロシマの空白 被爆75年

『ヒロシマの空白 被爆75年』(著者 中国新聞社報道センターヒロシマ平和メディアセンター著、中国新聞社・ザメディアジョン、中国新聞社、ザメディアジョン、20210623)

内容

002 「空白」を埋めていく 2
004 目次
1部 「埋もれた名前」編 13
NEWS 原爆犠牲者 8万9025人把握
〈特集〉埋もれた犠牲者名 どう把握 14
1 70年余 公的記録なし 16
2 全容把握 消極的な国 17
3 生後数時間 名なき命 18
4 各地から応召 犠牲に 19
5 大学の調査 最近から 20
6 多数犠牲 解明には壁 21
7 国交なく援護対象外 22
8 亡命一家をほんろう 23
9 5万人余の記録不明 24
10 宙に浮く事業所名簿 25
11 「個人情報保護」壁に 26
12 「推定」79歳 わが名は 27
NEWS「消された命の証しあった」 28
NEWS「壊滅の悲惨さ 浮き彫り」 29
コラム1「空白 被爆翌年以降にも」 30
2部 「帰れぬ遺骨」編 31
 NEWS 供養塔の遺骨 1体返還調査
〈特集〉帰れぬ遺骨 家族はどこに 32
1 祈念館の遺影 糸口に 34
2 墓の骨は誰 募る疑問 35
3 資料館周辺 生活の場 36
4 証言集に「麓」さん表記 37
5 供養塔も「家族の墓」 38
6 名前記載 眠ったまま 39
7 小さな「かけら」供養 40
8 1人で発掘「まだある」 41
9 収集「地方がやること」 42
10 死者の無念思い続け 43
11 捜し続けた子 どこに 44
番外編 死亡状況 記録と一致 45
コラム2「生きた証し訴える遺品」 46
3部 「さまよう資料」編 47
 NEWS 米軍返還の組織標本 劣化
〈特集〉史料の散逸 阻まれた研究 48
1 標本 急性症状の痕跡 50
2 内部被曝 細胞貫く筋 51
3 健康追跡 膨大な蓄積 52
4 被害実態 鮮明に語る 53
5 遺品 焼け跡写す一枚 54
6 保存基準なく廃棄も 55
7 各地の歩み 無二の財産 56
8 屋外動員 教師は反対 57
9 手記や遺品 国・市にも 58
10 痛みや歩み「継承を」 59
コラム3「資料保存 オール広島で」 60
4部 「国の責任を問う」編 61
 NEWS 原爆犠牲「米に賠償責任」
〈特集〉被害の全て 償われたか 62
1 「遺族も被爆」が条件 64
2 全ての死者に償いを 65
3 死没者銘記 まだ一部 66
4 空襲・原爆 共に被害者 67
5 91歳でやっと手に 68
6 「放射線起因」に限定 69
7 広範囲に「黒い雨」 71
8 「遺伝」未解明 援護の外 71
9 「生き残った者の務め」 72
5部 「朝鮮半島の原爆被害者」編 73
 NEWS 朝鮮人被爆死 把握漏れ
〈特集〉埋もれた犠牲者 海外にも 74
6部 「つなぐ責務」編 77
〈特集〉被害に迫る営み未来へ 78
1 75年経て肉親記載へ 80
2 「まだ発見あるはず」 81
3 公開情報に眠る事実 82
4 援護の外 見えぬ被害 83
5 「絶対悪」繰り返させぬ 84
6 一人一人の命 忘れぬ 85
7部 「75年後の夏」編 87
NEWS 投下前の写真3000枚寄贈
1 8・6前日 笑顔のわが家 88
2 生きた証し 語る反物 89
3 75年後の健康手帳取得 90
4 今向き合う「あの日」 91
5 捜し歩いた日々克明に 92
6 叔母の最期 初めて知る 93
ヒロシマの空白 街並み再現 95
写真グラフ 96
本通り 100
八丁堀 108
旧中島地区と周辺 110
本川地区 114
基町と周辺 116
国泰寺町 118
広島駅 120
島病院 122
〈特集〉日常のカケラ 埋めていく 124
ウエブサイト案内 127

 

原爆と戦った特攻兵 8・6広島、陸軍秘密部隊(レ)の救援作戦

『原爆と戦った特攻兵 8・6広島、陸軍秘密部隊(レ)の救援作戦』(豊田正義著、KADOKAWA、20150731)

内容

まえがき…3
ベニヤ板製の特攻艇「㋹」
特攻兵が非戦闘員の死を看取らなければならなかった
大君の御楯となりて捨つる身と 思へば軽きわが命かな
被爆地を駆け回った特攻兵は原爆症に苦しめられた
1 学徒-学生は、戦地へ送り出された…21
 二万五千人の八列縦隊
兵力補充に使われた学生たち
違和感を覚えた来賓の訓示
講道館の門を叩く
「権力に迎合する貴様には天誅を下す!」
「二、三年は徴兵猶予がつづく」と考えていた
開戦直後から軍部は大学生出兵を示唆していた
学生狩り
徴兵検査で評価が一変した
「俺は戦争に行きたくない!軍隊に入隊したくない!」
2 志願-見習士官、水上特攻兵となる…51
 「佐倉兵営」
「まるでロボット養成所にいるようでした」
殴る蹴るの懲罰
「将校・下士官・馬・豚・兵」
えんえんと繰り広げられた私的制裁
露骨な機嫌取りで競い合う
後悔した施術がある
玉砕への洗脳
「決死生還を期せざる要員」
「これが母さんに会える最後かもしれない」
「えっ、江田島に陸軍基地があるのか!?」
「一艇を以て一艦を屠る、それが諸君の任務である」
㋹はベニヤの板だった
3 開発-技術者の願いは砕かれた…91
 特攻作戦の本格化
㋹の研究開発チーム
「これは戦闘だと思って掛かれ」
「人命を救いたい」という設計技術者の願い
ベニヤ板製の㋹「甲一号型」の完成
「特攻隊なんだから、体当たりしかない」
技術者たちの望みは打ち砕かれた
戦闘方法大綱に「帰還」「生還」の文字はなかった
十五~十九歳の少年兵
「これで下士官になれるぞ!」
「みんな今年いっぱいの命だと覚悟して精進してくれ」
「手柄を立てんでもよいから絶対帰ってきてね」
拳銃を口に咥え、引き金を引く
4 戦場-㋹、戦果をあげ、散る…127
 「捷号作戦」
アメリカのフィリピン侵攻を予想した大本営
隊員の多くがフィリピンに到着できなかった
バシー海峡は〝魔界〟であった
ルソン島上陸
決戦準備は、判断ミスにより瞬く間に瓦解した
隊員は誰ひとり残っていなかった
㋹の戦果
隊員たちを「特攻戦没者」として扱わなかった
「私たちには玉砕は許されませんでした」
「身体を…、東の方へ…、向けてくれ…」
総員千四百人のうち、約千二百人が命を失った
5 敗北-㋹輸送船、爆沈す…169
 第三十戦隊長・富田稔大尉
「憲兵がなんだ!上等兵のくせして生意気な事を言うな!」
父の背中は小さかった
㋹を貨車で輸送する
慣れからくる失態
出港
「敵機来襲!」
奇跡が起こった
二十二名の隊員が久慈湾で戦死した
㋹はすべて燃えた
三人は沖縄をめざして出発した
「これはとんでもない所へ来てしまった!」
「内地防衛を頼む」
特攻兵同士の友誼
帰還
6 原爆-秘密部隊は広島を奔走した…217
 全軍特攻化
少年特攻兵の訓練教官となる
機密系将校
本土空襲
親日家が支持した原爆投下
「対日原爆使用問題」
候補地は広島、小倉、新潟、長崎に絞られた
トルーマンの態度は「別人のように変わった」
ポツダム宣言発表前に原爆投下命令は承認された
トルーマンのシナリオ通りの展開
「諸君、我々の運んでいる爆弾は世界最初の原子爆弾だ!」
見習士官の目に映った原子雲
民間人救助は司令官の即断だった
惨状
全隊員、出動
少年兵、突入す
猛火の中を駆け回る
「今は眠る時ではない」
「見ていろ!この仇は必ず取ってやる!」
少年特攻兵たちが見た地獄
広島市民に告ぐ
御前会議
すべての㋹は特攻兵の手で焼かれた
7 被曝-「戦後」を戦いつづける…289
 ㋹の特攻兵たちの戦争は終わらなかった
兵士を襲った被曝症状
当初「被爆者健康手帳」の交付は「直接被爆者」のみだった
病状がもっとも重かった時期には、何の支援もなかった
奇跡的にみつかった特幹隊の戦友名簿
四十代で毎年数人の戦友たちが逝った
「俺が原爆症だと知れ渡ったら、子供たちが何されるかわからん」
㋹特攻兵を襲った被爆者差別
証言は鎮魂であり、継承であり、遺言である
あとがき…317