「01 月忌」カテゴリーアーカイブ

黒田秀俊

黒田秀俊

くろだ・ひでとし 19050415生19890614没 享年84 元原水協事務局長。1955年当時、原水協結成に尽力。『広島県史 原爆資料編』に日記・メモの一部を掲載。

資料年表:黒田秀俊

年月日 事項 備考
1905
0415
1957
0725 『人類の危機と原水爆禁止運動 第3回原水爆禁止世界大会討議資料 第2分冊』(原水爆禁止日本協議会)
黒田「あとがき」…374
1958
0415 『平和日本 322号』(日本平和委員会)
(対談)風雪にたえて 櫛田ふき・黒田秀俊 18
0501 『平和日本 323号』(日本平和委員会)
世界をゆるがした核実験の停止(座談会)平野義太郎・新名丈夫・岡倉古志郎 司会=黒田秀俊 3
祖国の土をまもって(対談)山西きよ・黒田秀俊 18
1963
0501 『現代の眼 4巻5号』(現代評論社)
黒田「原水禁運動分裂の背景」 101
1964
0301 『現代の眼 5巻3号』(現代評論社)
黒田「日本原水協始末記」 142
1965
0701 『月刊新世界』(新世界社)
黒田秀俊「原水禁運動の問題点について」12
1966
0201 『世界 第243号』(岩波書店)
読者の頁 /黒田秀俊(237)/
0901 『総合ジャーナリズム研究 第3巻9号通巻25号』(総合ジャーナリズム研究所)
図書室 青山憲三「黒田秀俊著「昭和言論史への証言」」 67
1969
0801 『思想の科学 No.91』(思想の科学社)
黒田秀俊「大学闘争と報道者の立場」82
1972
0331 『広島県史-原爆資料編』(広島県)
1973
1124 『東京大空襲・戦災誌 第4巻』(東京空襲を記録する会)
黒田秀俊「灰色の焦土に立ちて 」 974
1974
0610 黒田『南京・広島・アウシュヴィッツ』(太平出版社)
1975
1101 『平和教育研究 広島平和教育研究所・年報 Vol.3 』(広島平和教育研究所)
黒田秀俊「原水爆禁止運動を中心とした平和運動史の一考案」 35
1976
0131 『知識人・言論弾圧の記録 昭和史の発掘』
1979
0420 『昭和軍閥 軍部独裁の20年』(図書出版社)
1986
0805 『もの言えぬ時代 回想の戦時ジャーナリズム受難記』(図書出版社)
1987
0201 『マスコミ市民 No.221.222』
黒田秀俊「権力と言論」 68
1989
0614 没。享年84歳
1999
0625 『日本原爆論大系 第4巻 核兵器禁止への道』
黒田秀俊「原水協にまつわる黒い影」200

井上ひさしの言葉を継ぐために

『井上ひさしの言葉を継ぐために』(井上ひさし[ほか]著、 岩波書店、20101208)

内容

大江健三郎 井上さんの魂に伝えたいこと  2
奥平康弘 平和のメッセンジャー、作家井上ひさし  13
井上ユリ 井上ひさしの言葉と継ぐために  20
梅原猛 永久平和のために  21
鶴見俊輔 未来の人たちへ  23
澤地久枝 元気なモグラでいるために  24
井上ひさし 原爆とはなにか  33
核分裂/広島/空襲がない都市/本土決戦/原爆投下/火の玉の威力/手記の地獄図/目に見えない放射能/日本人の役目/園井恵子の被爆死/だまし討ちの連続/核弾頭5万発/日本の指導層の責任/日本の核状況/日本国憲法の力
井上ひさし略年譜
「九条の会」アピール(2004年06月10日)

岩波ブックレットNo.798

止4

山代巴 中国山地に女の沈黙を破って

『山代巴 中国山地に女の沈黙を破って』(小坂裕子著、家族社刊、20040720)

内容

見出し 備考
はじめに
1 山代巴―中国山地に女の沈黙を破って
1.序章
2.生い立ち
3.闘いの中へ
4.冬の底
5.戦争反省
6.呼び水
7.女のネットワーク
8一語りの力、読む力
9.家族幻想
10.シスターフツド
11.男たちの山代論
12.山代巴獄中手記書簡集
13.山代巴とフェミニズム
座談会「女たちの山代論」
(出席者)駒尺喜美・加納実紀代・牧原憲夫・高雄きくえ(聞き手小坂裕子)
第3部 資料
1.小西綾さんとの出会い(語り山代巴)
2.山代巴年譜
3.参考文献
おわりに

 

 

瀬戸内寂聴

瀬戸内寂聴

せとうち・じゃくちょう 19220515生20211109没 享年92 小説家、天台宗の尼僧。俗名:晴美。1997年文化功労者、2006年文化勲章。

瀬戸内寂聴のヒロシマ史

年月日
19921012 今堀誠二葬儀での弔辞 『アジア研究半世紀の軌跡 今堀誠二遺稿集』(今堀百合子、20020509)

 

 

竹内武

竹内武

たけうち・たけし 1928****生20050127没 享年77 元広島平和会館の相談員。被爆者手帳取得のための証人探しに尽力。
  20010801  2001被爆者の伝言 竹内武さん(上)医療給付の実現、うれしかった

 

 『中国新聞』(20010801)
1979/08/01 釜ヶ崎原爆被爆者の怒りと悲しみ 釜ヶ崎原爆被爆者の会
1997/04/17 人間銘木 藤居平一追想集
1985/05/27 ひろしまの河 原水爆禁止広島母の会
2000/12/01 広島平和会館ものがたり 原爆被害者福祉センター広島平和会館

日野原重明

日野原重明

ひのはら・しげあき 20170718 没 享年105歳 聖路加国際病院理事長。

日野原重明

宇吹メモ(広島女学院大学勤務期)

2005 10 20 12:30 木曜日チャペル:日野原重明(聖路加国際病院名誉院長・同理事長)「信仰・望み・愛」。出席。
2005 10 21 18 日野原重明・小沢征爾『世界へおくる平和のメッセージ』。広島県立総合体育館。グリーンアリーナ。参加できず。
2005 11 03 15:00 BS2「共鳴する魂~日野原重朗・小沢征爾 世界へおくる平和のメッセージ~」。冒頭、一部分撮り損ねる。~16:40。
2006 12 25 13:30 日野原重朗講演会(私は欠席。1470名以上参加した由)。
2007 04 12 24 ***から自宅に日野原の講演のチケットの礼の電話があった由。
2009 07 10 10:40 日野原先生講演会。不参加。
2010 05 27 15:00 日野原講演会。不参加。参加者は1200人あった由。

 

柿手春三年譜

柿手春三年譜<作業中

年月日
1909
 0316  広島県双三郡三良坂村で誕生。
 1921
 04
 1991
05  三良坂平和美術館へ油絵62点(自己作品45点、所有作品21点)、素描外160点、オブジェ20点を寄贈。
0630 『柿手俊三受贈記念誌』 (三良坂平和美術館(刊))
1993
0204 没。享年83歳。

黒川万千代

黒川万千代

くろかわ・まちよ 1929生20110217没 享年81 旧姓富永。広島女専1年生のとき校内で被爆。日本被団協事務局次長など。

著書など

書名 編・著者(発行所) 備考
1976/08/06 原爆の碑 広島のこころ 黒川万千代
1981/04/29 いのちある限り 被爆者運動35年のあゆみ 神奈川県原爆被災者の会
1982/04/30 「アンネの日記」への旅 黒川万千代著(労働旬報社)
1982/07/15 原爆の碑 広島のこころ 黒川万千代著(新日本出版社)
1983/02/25 猫ちゃんは帰らない 何よりも平和を 黒川万千代(民衆社)
1983/08/20 原爆を裁く 東京都原爆被害者団体協議会編(労働教育センター)
1984/01/01 総合学習「ヒロシマ」 和光小学校の実践 和光学園教育実践シリーズ出版委員会(明治図書出版)
1984/06/30 世界の反核運動 佐藤昌一郎著編(新日本出版社)
1988/04/22 核抑止か核廃絶か 非核の政府を求める会
1988/06/20 鳩の使いの旅 広島のこころを世界へ 黒川万千代著(新日本出版社)
1991/11/16 明日を創る 婦人民主クラブと私 婦人民主クラブ
1998/04/11 ヒロシマの女たち 続 広島女性史研究会編著(ドメス出版)
2001/04/10 核のない21世紀を ヒロシマからのメッセージ シネ・フロント社
2002/09/20 原水爆禁止2002年世界大会の記録 核兵器のない平和で希望ある世界を 原水爆禁止世界大会実行委員会
2007/08/06 原爆被災証言記 忘れられた学徒たち 県立広島女子大学同窓有志、広島県立広島第二高等女学校同窓有志

 

坪井直追悼(新聞コラム要約)

坪井直追悼(新聞コラム要約)

掲載日 < 紙名(コラム名)>要約
 20211029  <朝日(天声人語)>オバマ大統領、ネバーギブアップ。
  20211029  <中国(天風録)>毎年の賀状〈九十才代でお迎えが来たら、も少し待ってくれと泣きつこう/百才になってお迎えが来たら、そろそろOKしようかなと思う/平和の仕事が残っている。も少し生かしてほしいね〉。日本被団協代表委員。96歳での訃報。「ヒロシマの顔」。20歳で被爆。オバマ氏と対面。
  20211029 < 赤旗(潮流)> 当時20歳の学生「アメリカの野郎、よくもやったな。このお返しは、きっとするぞ」。御幸橋のたもとで記した「坪井はここに死す」。遺言のつもりが周りの人から助けられ、その恩返しと命のありがたさが被爆者運動の原点。みずから「ピカドン先生」。96歳の生涯で入退院を10回以上、抱えるがん二つ。その遺志を受け継ぐ人々のたたかいはこれからも。彼の締め言葉のように「ネバーギブアップ」。
 20211031  < 毎日(余録)>坪井直:20歳で被爆、60歳で教員を退職、79歳2005年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の際ニューヨークで4万人デモの先頭に立つ。91歳広島を訪れたオバマ氏に語りかける、4年前に冊子「にんげん坪井直 魂の叫び」を作る。96歳で亡くなるまで「ネバーギブアップ」を貫いた坪井さん。その精神を受け継ぐことが鎮魂の道。

 

 

坪井直関係資料一覧

坪井直関係資料一覧<作業中

年月日 資料名 種類 備考
19750310 『かけはし 父母が語る戦争体験記』( 翠町中学校PTA文化部編 翠町中学校PTA) 刊本
19790701 『この子らに語りつぐもの 広島原爆被爆教職員の手記 第1集』 (広島県原爆被爆教職員の会、広島県高校原爆被爆教職員の会編・刊) 刊本