『原発はなぜ危険か-元設計技師の証言』(田中三彦、岩波書店(新書)、19900122)
内容<作業中>
| 部 | 章 | ||
| 1 | 福島4号原発・原子炉圧力容器ゆがみ矯正事件 | ||
| 1 | どうゆがみ、どう矯正されたか | ||
| 2 | 「6・28シンポジウム」の周辺 | ||
| 2 | ”運転中の原発”の安全性 | ||
| 1 | 理論的構築物の矛盾 | ||
| 2 | 原発の老朽化1-圧力容器の中性子照射脆化 | ||
| 3 | 原発の老朽化2-理論主義の危険 | ||
| 3 | 原発に象徴されるもの | ||
| あとがき | |||
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
『原発はなぜ危険か-元設計技師の証言』(田中三彦、岩波書店(新書)、19900122)
内容<作業中>
| 部 | 章 | ||
| 1 | 福島4号原発・原子炉圧力容器ゆがみ矯正事件 | ||
| 1 | どうゆがみ、どう矯正されたか | ||
| 2 | 「6・28シンポジウム」の周辺 | ||
| 2 | ”運転中の原発”の安全性 | ||
| 1 | 理論的構築物の矛盾 | ||
| 2 | 原発の老朽化1-圧力容器の中性子照射脆化 | ||
| 3 | 原発の老朽化2-理論主義の危険 | ||
| 3 | 原発に象徴されるもの | ||
| あとがき | |||
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『原爆神話の五〇年 すれ違う日本とアメリカ』(斉藤道雄、中公新書〈中央公論社〉、19951025)
内容
| Ⅰ | ロスアラモスの千羽鶴 3 | |
| 11ドル50セントの始まり サダコと千羽鶴 平和プロジエクトの波紋 |
||
| Ⅱ | スミソニアンの新風 13 | |
| よみがえるエノラ・ゲイ 新館長の就任 第一次大戦展 大統領決定への疑問 ボランティアの反乱 |
||
| Ⅲ | 原爆神話ヘの挑戦 31 | |
| 企画書第一版 復讐の戦争、防衛の戦争 人種偏見への言及 日本の和平工作 無条件降伏の呪縛 ソ連ファクター なぜ警告しなかったか 日本本土への上陸作戦 推定死傷者数 被爆写真 企画書への評価 三万フィートの上と下 |
||
| Ⅳ | 踏まれた虎の尾 60 | |
| 広がる警鐘 口火を切った空軍協会 WAVAラジオの討論 マスコミによる袋叩き 歴史の書き換え |
||
| Ⅴ | 原爆神話の背景 83 | |
| 何が原爆神話か 三〇対ゼロの採決 教科書の原爆消えない一〇〇万人神話 原爆は戦争を終わらせたか たったひとりのための原爆? 変わらぬ世論調査の結果 |
||
| Ⅵ | 戦争-退役軍人の記憶 113 | |
| 「被害者意識」への疑念 五〇年前の世界 日本人への恐怖 五〇九航空部隊 引き継がれる記憶 |
||
| Ⅶ | 原爆「論」許すまじ 137 | |
| アメリカン・リージョンの査問会 動ぎ出した議会 原爆投下の容認 危険な賭け |
||
| Ⅷ | ロスアラモスの緊張 159 | |
| 最初の公聴会 国に縛られた歴史 反核を許さない町 子どもたちの力 |
||
| Ⅸ | 歴史学者の反論 180 | |
| 原爆の悲惨から威力へ 歴史は誰が書くのか 記憶と歴史の混同 |
||
| Ⅹ | 原爆チーム五分の魂 197 | |
| 原爆展の中止 キノコ雲の上の五〇周年 スミソニアンさんに感謝 過去を見つめるべき時 |
||
| Ⅺ | 半世紀の軌跡 210 | |
| 戦争の文化 消えない原爆論争 戦争の忘却 五〇年目からの歩み |
||
| あとがき 229 | ||
『オリンピックと放送』(西田善夫、丸善出版、19910920)
)
内容
| 「ザ・シティ・オブ・ナガノォ~」=1998年冬季オリンピック、長野開催決まる | ||
| 1 | 日本の戦後初参加のオリンピック—1952年冬・オスロ、夏・ヘルシンキ | |
| 2 | 初めて聞いた冬季オリンピック放送—イタリア、コルチナ・ダンペッツォ | |
| 3 | 仕事として聞くオリンピック放送 | |
| 4 | 1964年・東京オリンピックの年 | |
| 5 | 東京オリンピックの準備取材 | |
| 6 | アナウンサーのメンバーチェンジ | |
| 7 | カラー放送で見る海外のオリンピック放送—1968年・冬季グルノーブル大会 | |
| 8 | NHKも参加した放送オリンピック—メキシコ大会 | |
| 9 | 1972年・サッポロ・オリンピック | |
| 10 | オリンピック都市が出来ていた—1972年・ミュンヘン・オリンピック | |
| 11 | ふたりに金メダルをやれないものか—千分の二秒差・男子400メートル個人メドレー決勝 | |
| 12 | 新しいスポーツ、カヌースラローム—見たことがない種目の初放送 | |
| 13 | 「ここで撮影していいですか」—金メダルへの第一歩、ウェツェル夫妻のアリフレックス | |
| 14 | 「松平監督から聞いた第一報」—パレスチナ・ゲリラ事件の発生 | |
| 15 | チロル地方の古典劇場—インスブルック・オリンピック開会式 | |
| 16 | 1976年・夏季モントリオール・オリンピック大会 | |
| 17 | 「アデュー・モントリオール、ビアント・モスコウ」—モントリオール大会の閉会式 | |
| 18 | 1980年・冬季レークプラシッド大会 | |
| 19 | 「この際、私も立ち上がります……」—氷上の奇跡、アイスホッケー米ソ決戦 | |
| 20 | 1980年・夏季モスクワ・オリンピック大会 | |
| 21 | 1984年・冬季サラエボ・オリンピック大会 | |
| 22 | ロサンゼルス二度目のオリンピック | |
| 23 | 1988年・冬季カルガリー・オリンピック大会 | |
| 24 | オリンピックが平和を保つ—1988年・ソウル・オリンピック | |
| 25 | オリンピック、私の夢 | |
止
『民族の悲劇 沖縄県民の抵抗』(瀬長亀次郎著、新日本出版社、19710810)
内容
| まえがき | |||
| Ⅰ | 基地権力者の意志は法なり | ||
| 1 青田一夜にして滑走路にかわる 2 好ましからざる人物は切捨て御免 3「メーデーはマルクスの誕生日」 4 白骨をかみくだくブルトーザー 5 水道タンク、ガソリンで充満 6 脳炎防止だ、二期米の植え付禁止 7 国務省の財産につき立入り厳禁 |
|||
| Ⅱ | 講和条約第三条のからくり | ||
| 1 日本からの分離 2 無理押しの条約第三条 3 沖縄と信託統治 4「和解と信頼の条約」? 5 祖国をねらう沖縄のミサイル |
|||
| Ⅲ | スキャップ指令と占領政策 | ||
| 1 永久占領支配の宣言 2 鉄帽、背広にかわる 3 応じなければ収用せよ 4 指令日付の取消しさわぎ 5 琉球共和国でっち上げのたくらみ 6 土地とり上げ合法化の努力 |
|||
| Ⅳ | ふきすさぶ反共旋風 | ||
| 1 弾圧は抵抗を呼ぶ 2 土地とり上げの動員令 3 沖縄版非米活動委員会 4 詰腹切らされた正副議長 5 人民党事件 6 沖縄刑務所事件 |
|||
| Ⅴ | 略奪はこうしてやる | ||
| 1 陸海両面からの夜襲 2 死の抵抗 |
|||
| Ⅵ | 島ぐるみのたたかい | ||
| 1 領土権守る四原則 2 無抵抗の抵抗 3 五十万の動員 4 上層部の動揺 5 当間首席の登場 |
|||
| Ⅶ | 「赤い市長」の実現 | ||
| 1 抑圧と干渉 2 祖国同胞の支援 3 好ましからざる人物の追放第三号 |
|||
| Ⅷ | 新しい情勢 | ||
| 1 兼次市政の反動化 2 渡米代表団の裏切り 3 ドルへの切換え 4 安保条約の改悪と沖縄 |
|||
| 琉球列島米国民政府に関する指令(スキャップ指令) | |||
止
『アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>』(ティル・バスティアン著、石田勇治・星乃治彦・芝野由和編訳、 白水社、19951109)
内容
| 部 | ||
| 編訳者まえがき 7 | ||
| 日本の読者へ 11 | ||
| 1 | アウシュヴィッツ絶滅収容所 13 | |
| 「最終的解決」の経緯 15 | ||
| ナチの強制収容所・絶滅収容所システム 27 | ||
| アウシュヴィッツ絶滅収容所 37 | ||
| 2 | <アウシュヴィッツの嘘>-大量虐殺とその否定 73 | |
| アウシュヴィッツ絶滅収容所の歴史に関する史料 75 | ||
| アウシュヴィッツ裁判 80 | ||
| 「修正派」の文献 84 | ||
| 私は、何も知らなかった 107 | ||
| 3 | <アウシュヴィッツの嘘>のその後 113 | |
| <アウシュヴィッツの嘘>をめぐる問題状況(芝野由和)115 | ||
| 日本版<アウシュヴィッツの嘘>(石田勇治)141 | ||
| ドイツにおけるホロコースト認識の現在(芝健介)153 | ||
| 『マルコポーロ事件』と『ショアー』(西川正雄)157 | ||
| 訳註 164 | ||
| 編訳者あとがき 169 | ||
| 地図 | ||
| 参考文献 | ||
止
資料年表:アウシュヴィッツ<作業中>
| 年月日 | ||
| 1956 | ||
| 0515 | ヴィクトール・フランクル[著]・霜山徳爾訳 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』( みすず書房) | |
| 1965 | ||
| 0815 | 加藤祐三・梶村慎吾『広島・アウシュビッツ-平和行進青年の記録 』( 弘文堂) | |
| 1966 | ||
| 1020 | 日本 真壁仁編『詩の中にめざめる』 岩波書店 | |
| 1968 | ||
| 0801 | 広島平和文化センター編『ひろしま 平和の歩み』(広島市) | |
| 1969 | ||
| 0930 | K.スモーレン著、小谷鶴次訳『アウシュヴィッツの悲劇 』(柳原書店 ) | |
| 1970 | ||
| 0420 | 栗原貞子著『どきゅめんと・ヒロシマ24年 現代の救済』(社会新報) | |
| 1971 | ||
| 0901 | 羽仁五郎著 『日本軍国主義の復活』(現代評論社) | |
| 1972 | ||
| ルドルフ・ヘス著・片岡啓治訳『アウシュヴィッツ収容所 所長ルドルフ・ヘスの告白遺録』(サイマル出版会) | ||
| 0401 | アウシュビッツ展 ヒロシマ・アウシュビッツ委員会、朝日新聞社編 ヒロシマ・アウシュビッツ委員会 1972/04/01 | |
| 1973 | ||
| 0225 | アウシュヴィッツへの旅 長田弘著 中央公論社 | |
| ひろしま 平和の歩み 広島平和文化センター編 広島平和文化センター 1973/08/06 | ||
| 1974 | ||
| 0610 | 南京・広島・アウシュヴィッツ 黒田秀俊著 太平出版社 1974/06/10 | |
| 1977 | ||
| 0101 | アウシュビッツの図 丸木位里、丸木俊著 丸木美術館 | |
| 1978 | ||
| 0101 | 在米原爆被爆者・在広米・加両国留学生・アウシュビッツ・韓国原爆被爆者 河本一郎 広島女学院中学・高等学校 | |
| 1980 | ||
| 0220 | アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察 プリーモ・レーヴィ著、竹山博英訳 朝日新聞社 | |
| 0815 | アウシュビッツと私 早乙女勝元著 草土文化 | |
| 1983 | ||
| 0410 | アウシュヴィッツの少女 キティー・ハート著、吉村英朗訳 時事通信社 | |
| 0801 | 死者が語る戦争 河出書房新社編集部編 河出書房新社 | |
| 1984 | ||
| 0201 | コルベ神父 アウシュヴィッツの死 ダイアナ・デュア著、山本浩訳 時事通信社 | |
| 0315 | ヒロシマHP合宿報告 1983 東京都立大泉高等学校 東京都立大泉高等学校 | |
| 0715 | 栗原貞子詩集 栗原貞子著 土曜美術社 | |
| 1015 | 普段着の平和と社会科 アウシュビッツと原爆のあいだで 黒田清、河内鏡太郎、白石喜和 著 情報センター出版局 | |
| 1985 | ||
| 0826 | 人間の記憶のなかの戦争 カロ/ゴヤ/ドーミエ みすず書房編集部著 みすず書房 | |
| 0925 | アウシュヴィッツの記録 平和博物館を創る会、平和のアトリエ編 三省堂 | |
| 1025 | 平和事典 広島平和文化センター 勁草書房 | |
| 1986 | ||
| 1001 | 「アウシュヴィッツ」心に刻む 「アウシュヴィッツ」心に刻む会編 「アウシュヴィッツ」心に刻む会 | |
| 1008 | 夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録 ヴィクトール・E・フランクル著、霜山徳爾訳 みすず書房 | |
| 1215 | アウシュヴィッツで考えたこと 宮田光雄著 みすず書房 | |
| 1987 | ||
| 0720 | 恐怖のアウシュヴィッツ-生き証人は語る タデウス・シマンスキ著、永井清彦編 岩波書店 | |
| 0815 | 強者の平和弱者の反戦 小田実著 日本評論社 | |
| 1988 | ||
| 0310 | アウシュヴィッツ収容所 写真ドキュメント 6カ国語版 国立オシフィエンチム博物館 [ほか] 編 グリーンピース出版会 | |
| 1989 | ||
| 0720 | この道五十年 小谷鶴次著 Toshindo出版サービス | |
| 0901 | 「心に刻むアウシュヴィッツ展」 広島展実行委員会会報 Vol.5 「心に刻むアウシュヴィッツ展」広島展実行委員会 | |
| 0910 | 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1989 長崎の証言の会編 長崎の証言の会 | |
| 1990 | ||
| 0101 | アウシュヴィッツ収容所案内書 国立オシフィエンチム博物館 国立オシフィエンチム博物館 | |
| 0101 | 今、私たちが選ぶ道は 抑圧の時代を体験した人々の生き方から 「心に刻むアウシュヴィッツ展」広島展実行委員会 | |
| 0127 | アウシュヴィッツ 沈黙の証言-広島展感想文集 石橋京子 [ほか]11名編 「心に刻むアウシュヴィッツ展」広島展実行委員会 | |
| 0401 | 平和の市民哲学 池川健司著 第三書館 | |
| 0415 | 世界にも学童疎開があった 奥田継夫著 日本機関紙出版センター | |
| 0910 | ノーベル平和賞 90年の軌跡と受賞者群像 堤佳辰著編 河合出版 | |
| 1991 | ||
| 0616 | テレジン強制収容所 アウシュヴィッツに消えた子どもたち : 絵画記録 <アウシュビッツに消えた子らの遺作展>を成功させる会編 ほるぷ出版 | |
| 0630 | 平和事典 新訂 広島平和文化センター 勁草書房 | |
| 1201 | 世界平和ミュージアム交流会議・報告書 大阪国際平和センター編 大阪国際平和センター | |
| 1992 | ||
| 0806 | 明日に生きる 高校生のための平和読本 新版 「新版明日に生きる」編集委員会著編 広島県高等学校教職員組合 | |
| 0818 | アウシュヴィッツの悲劇 K.スモーレン著、小谷鶴次訳 柳原書店 | |
| 1993 | ||
| 0510 | 心に刻むアウシュヴィッツ原資料展 実行委員会ニュース No.1 心に刻むアウシュヴィッツ原資料展実行委員会(日野社教センター内) | |
| 0701 | ヒロシマ随想 医師として被爆者として 丸屋博著 丸屋博 | |
| 0725 | アウシュヴィッツの地獄に生きて ジュディス・S・ニューマン著、千頭宣子訳 朝日新聞社 | |
| 0830 | アウシュヴィッツの医師たち ナチズムと医学 F・K・カウル著、日野秀逸訳 三省堂 | |
| 1012 | 奴隷以下 ドイツ企業の戦後責任 ベンジャミン・B・フィレンツ著、住岡良明、凱風社編集部訳 凱風社 | |
| 1994 | ||
| 0501 | ポーランド「アウシュビッツ強制収容所」調査報告 広島平和記念資料館編 広島平和記念資料館 | |
| 0720 | 長崎にあって哲学する 核時代の死と生 高橋眞司著 北樹出版 | |
| 1995 | ||
| 0417 | 夜の鼓動にふれる-戦争論講義 西谷修著 東京大学出版会 | |
| 0701 | 平和のための戦争展in東松山 第10回『心に刻む アウシュヴィッツ展』感想文集 平和のための戦争展実行委員会 | |
| 0717 | 戦争責任論 現代史からの問い 荒井信一著 岩波書店 1995/07/17 | |
| 0825 | 世界の平和博物館 西田勝・平和研究室編 日本図書センター | |
| 0825 | 核時代に生きる私たち 広島・長崎から50年 マヤ・モリオカ・トデスキーニ編、土屋由香[ほか]訳 時事通信社 | |
| 1031 | 平和文化研究 第18集 長崎総合科学大学・長崎平和文化研究所編 長崎総合科学大学・長崎平和文化研究所 | |
| 1109 | アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘> ティル・バスティアン著、石田勇治、星乃治彦、芝野由和編訳 白水社 | |
| 1996 | ||
| 0101 | 未来を見つめて-常設展示の紹介と解説 大阪国際平和センター編 大阪国際平和センター | |
| 0701 | 平和のあゆみ 特別展・企画展資料集 堺市立平和と人権資料館 堺市立平和と人権資料館 | |
| 1129 | ナチ強制収容所 その誕生から解放まで 長谷川公昭著 草思社 | |
| 1997 | ||
| 0205 | 世界 人権の旅 川人博編著 日本評論社 | |
| 0310 | ナチズムとユダヤ人絶滅政策 ホロコーストの起源と実態 栗原優著 ミネルヴァ書房 | |
| 1001 | 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1997 長崎の証言の会編 長崎の証言の会 | |
| 1107 | 日本人に救われたユダヤ人の手記 ソリー・ガノール著、大谷堅志郎訳 講談社 | |
| 1998 | ||
| 0810 | 戦争論 西谷修 講談社 | |
| 0815 | 子どもたちのアウシュヴィッツ 野村路子著 第三文明社 | |
| 1999 | ||
| 0512 | 交響詩集 ヒロシマ 水野潤一詩集 水野潤一著 中央公論事業出版(製作) | |
| 0720 | しゃろーむ 随想集 櫻井淳司著 インターナショナル・ニューライフカレッジ出版部 | |
| 0730 | ホロコースト 絶滅収容所の記憶 毎日新聞社 毎日新聞社 | |
| 0830 | 第2次世界大戦 : 欧州戦線 1939-1945 毎日新聞社 | |
| 0920 | 戦争論 多木浩二著 岩波書店 | |
| 2000 | ||
| 0126 | 断絶の世紀 証言の時代 戦争の記憶をめぐる対話 徐京植、高橋哲哉 著 岩波書店 | |
| 0815 | 私の戦争体験 第10集 山口・戦争体験を記録する会、日本中国友好協会山口県連合会 山口・戦争体験を記録する会、日本中国友好協会山口県連合会 | |
| 0910 | 21世紀の子どもたちに、アウシュヴィッツをいかに教えるか? ジャン=フランソワ・フォルジュ著、高橋武智訳 作品社 | |
| 1215 | 国際決済銀行の戦争責任 ナチスと手を組んだセントラルバンカーたち ジャン・トレップ 著、駒込雄治、佐藤夕美 訳 日本経済評論社 | |
| 2001 | ||
| 0215 | 平和を考える小中学生作文集 第12集 沼津市財務部総務課 沼津市財務部総務課 | |
| 0225 | アウシュビッツからの手紙 早乙女勝元、岡野和 絵 日本図書センター | |
| 0304 | 図解ユダヤ社会のしくみ 現代ユダヤ人の本当の姿がここにある : 2時間でわかる 滝川義人 著 中経出版 | |
| 0720 | 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 青柳正規 小学館 | |
| 2002 | ||
| 0128 | アウシュヴィッツと知識人 歴史の断絶を考える エンツォ・トラヴェルソ、宇京頼三訳 岩波書店 | |
| 0810 | 世界戦争犯罪事典 秦郁彦、佐瀬昌盛、常石敬一監修 文藝春秋 [文芸春秋] | |
| 2003 | ||
| 0830 | ムッちゃんに学ぶ「戦争と平和」 福井逸治 著 近代文芸社 | |
| 0915 | 考えるとは乗り越えることである 好村冨士彦遺稿・追悼集 好村冨士彦遺稿・追悼集刊行委員会 三元社 | |
| 1225 | 人権でめぐる博物館ガイド 解放出版社編 解放出版社 | |
| 2004 | ||
| 0101 | アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館 | |
| 0220 | ローマ教皇とナチス 大澤武男著 文芸春秋 | |
| 0301 | かたりべ 平成15年次(2003)活動報告書(第18号) ヒロシマ宗教協力平和センター ヒロシマ宗教協力平和センター | |
| 2005 | ||
| 0510 | アウシュヴィッツ博物館案内 中谷剛著 凱風社 | |
| 0620 | ティル・バスティアン『アウシュビッツと<アウシュビッツ>の嘘』(白水社、20050620) | U |
| 0621 | 訪ねてみよう戦争を学ぶミュージアム/メモリアル 「記憶と表現」研究会著 岩波書店 | |
| 0702 | 栗原貞子全詩篇 栗原貞子 土曜美術社出版販売 | |
| 2006 | ||
| 0630 | 大量虐殺 死-絶望-脱出 エルネスト・カーン, 多喜百合子著 日本図書センター | |
| 2007 | ||
| 1005 | ホロコーストを次世代に伝える アウシュヴィッツ・ミュージアムのガイドとして 中谷剛著 岩波書店 | |
| 2009 | ||
| 0918 | ワルシャワの日本人形 戦争を記憶し、伝える 田村和子著 岩波書店 | |
| 2010 | ||
| 0101 | 守ろう地球のたからもの 豊かな世界遺産編 教師用指導資料 日本ユネスコ協会連盟 日本ユネスコ協会連盟 | |
| 2011 | ||
| 0211 | 原爆被爆者三世代の証言 長崎・広島の悲劇を乗り越えて 澤田愛子著 創元社 | |
| 2013 | ||
| 0101 | アウシュヴィッツ-ビルケナウ あなたの立っているところ… アウシュヴィッツ-ビルケナウ博物館、中谷剛訳 アウシュヴィッツ-ビルケナウ博物館 | |
| 0915 | ホロコースト記念館ガイドブック [ホロコースト記念館編] ロゴス社 | |
| 2014 | ||
| 0806 | 世界遺産 新・ポケット版学研の図鑑19 学研教育出版 | |
| 2015 | ||
| 0430 | ヒトラーの科学者たち ジョン・コーンウェル John Cornwell著、松宮克昌訳 作品社 | |
| 1201 | 無名な書き手のエクリチュール 3.11後の視点から = 中里まき子編著 朝日出版社 | |
| 2016 | ||
| 0913 | 世界遺産学習事典 学研まんがNEW世界の歴史 別巻 学研プラス | |
| 2019 | ||
| 0410 | トラウマを共有する (トラウマ研究 2) 田中雅一、松嶋健 編 京都大学学術出版会 | |
| 2020 | ||
| 0510 | 教育哲学研究 2020.5 教育哲学会編 教育哲学会 | |
| 0525 | 文学の環境を探る 野田研一、赤坂憲雄編 玉川大学出版部 | |
| 0715 | ヒロシマ グローバルな記憶文化の形成 ラン・ツヴァイゲンバーグ 著、若尾祐司、西井麻里奈、髙橋優子、竹本真希子 訳 名古屋大学出版会 | |
| 0901 | 世界における平和のための博物館 山根和代、安斎育郎、小島健太郎 共同編集責任者 第10回国際平和博物館会議・組織委員会 | |
| 2021 | ||
| 0220 | なぜ戦争体験を継承するのか ポスト体験時代の歴史実践 蘭信三、小倉康嗣、今野日出晴編 みずき書林 | |
| 0725 | 世界は広島をどう理解しているか 原爆七五年の五五か国・地域の報道 井上泰浩編著 中央公論新社 | |
| 1130 | ブックガイド平和を考える 明治学院大学国際平和研究所設立35周年を記念して 明治学院大学国際平和研究所編 明治学院大学国際平和研究所(PRIME) | |
| 1216 | ホロコーストとヒロシマ ポーランドと日本における第二次世界大戦の記憶 加藤有子編 みすず書房 | |
| 2022 | ||
| 0210 | 戦争記念碑は物語る 第二次世界大戦の記憶に囚われて キース・ロウ著、田中直訳 白水社 | |
| 0731 | 犠牲者意識ナショナリズム 国境を超える「記憶」の戦争 林志弦著、澤田克己訳 東洋経済新報社 | |
| 1130 | 語り継がれる人類の「悲劇の記憶」百科図鑑 災害、戦争から民族、人権まで ピーター・ホーエンハウス著、杉田真、小金輝彦訳 原書房 | |
| 2023 | ||
| 0215 | 人道研究ジャーナル 2023.2 日本赤十字学園日本赤十字国際人道研究センター編 東信堂 | |
止
『沖縄の援護のあゆみ 沖縄戦終結50周年記念』(沖縄県生活福祉部援護課編・刊、19960325)
内容
| 章 | ||||
| 発刊にあたって 沖縄県知事 太田昌秀 | ||||
| 発刊によせて 沖縄県遺族連合会会長 座喜味和則 | ||||
| 1 | 援護業務組織の変遷 1 | |||
| 2 | 沖縄県の援護行政の変遷 | |||
| 1 | 援護内容 | |||
| (1)沖縄の援護業務の沿革 7 | ||||
| (2)戦没者遺族の援護 | ||||
| ア.戦傷病者戦没者遺族等援護法による援護 11 イ.恩給法(扶助料等)による援護 18 ウ.特別給付金支給法による援護(戦没者の妻、戦没者の父母等)18 エ.特別弔慰金支給法による援護 22 オ.戦没者遺族相談員について 25 |
||||
| (3)戦傷病者の援護 | ||||
| ア.戦傷病者戦没者遺族等援護法による援護(障害年金)26 イ.恩給法(傷病恩給等)による援護 28 ウ.戦傷病者特別援護法による援護 28 エ.特別給付金支給法による援護(戦傷病者の妻)32 オ.戦傷病者遺族相談員について 34 |
||||
| (4)旧軍人軍属の援護 | ||||
| ア.恩給法(普通恩給等)による援護 36 イ.軍歴証明事務 42 |
||||
| (5)未帰還者及び引揚者の援護 | ||||
| ア.未帰還者留守家族等援護法による援護 44 イ.引揚者給付金支給法による援護 47 ウ.中国残留孤児等の援護 50 |
||||
| (6)戦没者の叙位叙勲 53 | ||||
| 2 | 遺骨収集と慰霊碑 | |||
| (1)戦没者遺骨収集 | ||||
| ア.沖縄戦における戦没者数の推計 56 イ.遺骨収集の状況 57 |
||||
| (2)慰霊の塔・碑 | ||||
| ア.慰霊塔・碑の概況 84 イ.納骨堂の建設 87 ウ.国立沖縄戦没者墓苑 87 エ.霊域の管理 88 オ.〔資料〕 88 |
||||
| 3 | 戦没者の慰霊 | |||
| (1)慰霊の日の制定(「慰霊の日」設置に関する事項)94 | ||||
| (2)沖縄全戦没者追悼式 123 | ||||
| (3)海外の慰霊 | ||||
| ア.南洋群島県出身戦没者慰霊墓参 131 イ.フィリピン群島県出身戦没者慰霊墓参 135 ウ.中国県出身戦没者慰霊巡拝 138 |
||||
| (4)その他、国等の主催する慰霊追悼行事 140 | ||||
| 4 | 沖縄戦等被災者補償 | |||
| (1)対馬丸遭難学童補償問題 143 (2)八重山地域におけるマラリア犠牲者補償問題 146 (3)戦時遭難船舶犠牲者補償問題 150 (4)沖縄戦一般被災者補償問題 155 |
||||
| 5 | 平和祈念事業 | |||
| (1)平和祈念事業特別基金受託事務 ア.慰籍事業 158 イ.戦後強制拘留者に対する特別事業 160 |
||||
| (2)平和祈念資料館管理運営事業 161 | ||||
| 6 | 援護業務団体の変遷 163 | |||
| 3 | 証言及び手記 173 | |||
| 4 | 回顧談(録) | |||
| 回顧談(南洋群島帰還者会会長 宜野座朝憲)265 沖縄戦6歳未満の戦傷病者戦没者遺族に対する援 法適用経緯等について(元県援護課長 与那嶺敏光)269 遺骨収集の歩み(沖縄県遺族連合会会長 座喜味和則)271 仏教徒による遺骨収集(大典寺住職 藤井深忍)275 対馬丸遭難学童問題について(元対馬丸遺族会会長 外間宏栄)277 ダバオに関する手記(ダバオ会沖縄支部長 仲村源照)281 |
||||
| 資料 | ||||
| 1 沖縄の援護業務に関する国の通知文書等(抄)1 | ||||
| 2 援護業務に関する新聞記事(抄)29 | ||||
| 3 厚生省による埋没壕等遺骨収集(沖縄県資料より集計)83 | ||||
| 4 琉球政府発行による援護課関係出版物転載(抄) 93 | ||||
| 5 年譜 177 | ||||
| 6 沖縄戦・援護関係書籍(書名50音順)223 | ||||
| 編集後記 | ||||
止
『沖縄 平和の礎』(大田昌秀著、岩波書店<岩波新書>、19961205)
内容<作業中>
| Ⅰ | 沖縄の平和と未来を考える 3 | ||
| 県知事選への出馬表明 45 | |||
| Ⅱ | |||
| 明るい未来を求めて 49 | |||
| 「甘い誤解」より「にがい真実」/”援助漬”と自立/事大主義浸透の背景/沖縄人への差別意識の誕生/くしゃみまで他他府県人の真似を/方言撲滅運動と改姓運動/一級の日本人となるために/沖縄の文化は非武の文化/明治からある「軍用地強制収容」/沖縄が分離された背景/アメリカが利用した沖縄移民の感情/人材の育成の本質とは/ | |||
| 学ぶたのしさ、生きるよろこび 73 | |||
| 「学ぶ」ということのたのしさ、生きるよろこび/久米島の少年時代/母を助けて働いた一年/壕掘りばかりの師範学校 /岩肌に書いた「生きる」の文字/戦場で英語と出会う/英語のすばらしさ/留学時代にふれた異文化/言葉によって体験外のことを学ぶ/アメリカと日本の根本的な違い/島ぐるみ闘争に見る文化の違い/生きるよろこび/人間として生きている証を見つけること/「シュガー・ローフ」と沖縄の心/沖縄に再び「共生の心」を/ | |||
| 1992年2月7日、沖縄県立那覇看護学校での講演 | |||
| 21世紀に向けた沖縄のグランドデザイン 103 | |||
| 「平和の礎」と沖縄戦/沖縄戦はいつ始まりいつ終わったのか/始めから勝ち目のなかった沖縄戦/戦後沖縄と米軍/21世紀に向けたランドデザイン// //// | |||
| 1994年6月1日、沖縄県宜野湾市・沖縄コンベンションセンターで開かれた社会党自治体政策研究第24回全国集会での講演 | |||
| Ⅲ | |||
| 代理署名に至らなかった理由 127 | |||
| 1995年9月28日 沖縄県知事 大田昌秀 | |||
| 10・21県民総決起大会でのあいさつ 133 | |||
| 1995年10月21日、宜野湾海浜公園・米軍人による少女暴行事件を糾弾し日米地位協定の見直しを要求する沖縄県民総決起大会でのあいさつ | |||
| 沖縄の問題は、日本本土が変われば解決される 137 | |||
| 民主政治下の災い//十分に伝えられていない「沖縄」/佐藤―ニクソン密約について/追及してほしい「5・15メモ」/日本そのものをよりよい方向へ// //// | |||
| 1996年2月15日、那覇市・新聞労連第39回新聞研究中央集会でのあいさつ | |||
| 沖縄の未来は、本土の民主主義の力にかかっています 149 | |||
| 『世界』1996年7月号 | |||
| 最高裁判所での意見陳述 169 | |||
| 地方自治法第151条の2第3項の規定に基づく職務執行命令裁判請求上告事件 | |||
| 1996年7月10日 | |||
| 公告・縦覧について 183 | |||
| 1996年9月13日 大田昌秀 | |||
| Ⅳ | 公告・縦覧に応じた理由 193~230 | ||
| 1996年10月16日、本書のための特別インタビュー | |||
止
『オリンピック・スタデイーズ 複数の経験・複数の政治』(清水諭<しみず・さとし>編、せりか書房、20040726)
内容<作業中>
| はじめに | ||||
| Ⅰ | 近代オリンピックを問い直す | |||
| 1 | 「ロゴ」の身体―カール・ルイスの登場とビジネスツールとしてのオリンピック | |||
| 2 | グローバル、ポピュラー、インター・ポピュラー―市場、国家、市民社会にまたがるオリンピック・スポーツ | |||
| 3 | オリンピック男爵とアスレティック・ガールズの近代 | |||
| Ⅱ | ナショナルなものの想像力 | |||
| 4 | アメリカン・イメージの構築―’32ロサンゼルス大会の前史とアメリカニズムの変容・持続 | |||
| 5 | 規律化した身体の誘惑―ベルリン・オリンピックと『オリンピア』 | |||
| 6 | 国家戦略としての二つの東京オリンピック―国家のまなざしとスポーツの組織 | |||
| Ⅲ | プレ/ポスト | |||
| 7 | 日の丸とモダン―’64東京大会シンボルマークとポスターをめぐって | |||
| 8 | 未来の都市的生活様式―オリンピックの六〇年代東京 | |||
| 9 | 「東京の魔女」-その女性性と工場の記憶 | |||
| Ⅳ | アウターナショナルな経験 | |||
| 10 | 故郷/経路、人見絹枝の旅と遭遇―イエテボリ、アムステルダム、プラハ | |||
| 11 | レボルト’68―黒人アスリートたちの闘争とアウターナショナルなスポーツ公共圏 | |||
| 12 | ボイコット | |||
| 清水諭 「危機にあるオリンピック―「あとがき」にかえて」 | ||||
| オリンピック関連年表 |
止
『造船官の記録』(正・続)(造船会編、今日の話題社刊、19910101)<作業中>
内容
| 編 | 頁 | |||
| 1 | 戦病死者の思い出 | |||
| 2 | 造船官の活動 | |||
| 3 | 造船官による文献 | |||
| 4 | 造船関係の機関と組織 | |||
| 5 | 造船官名簿 | |||
| あとがき | ||||
| 続 | ||||
| 章 | ||||
| 1 | 総括的回顧録 | |||
| 2 | 前線における活躍 | |||
| 3 | 国内各工廠及び各機関に於ける活躍 | |||
| 4 | 艦船別及び特攻兵器等に関する記録 | |||
| 甲標的建造担当者の思い出<但馬利夫(技術大尉)> 488 8月6日の状況 | 482 | |||
| 5 | 終戦にまつわる記録 | |||
| 3 | 広島原爆目撃記<若松守明(技術少佐)> | |||
| 6 | 雑記録 | |||
止
空襲通信記事目録(抄)
空襲通信 – 空襲・戦災を記録する会全国連絡会議 (kushusensai.net)
| 号 | 年月日 | ||
| 創刊号(準備号) | 19990724 | 岡田智晶 | 福山空襲の記録と教材化 |
| 2 | 2000/07/28 | 「紙芝居 おじいちゃんの語る戦争と空襲」 福山 31 | |
| 3 | 2001/08/11 | 第3部 各地の会の報告 「呉戦災を記録する会」の歩み |
|
| 4 | 2003/07/26 | 今井清一 | 第1部 米軍資料編 大都市焼夷弾爆撃とその目標 ― 歴史評論の空襲特集をめぐって |
| 5 | 2003/07/26 | ||
| 6 | 2004/07/23 | 桜井知佐子 | 静岡平和資料館をつくる会・活動記録 |
| 7 | 2005/08/26 | 朝倉 邦夫 | 「呉戦災-あれから六十年-」の発刊(呉戦災を記録する会) |
| 岡田 智晶 | 『夜明けの人々 第二集』刊行の報告(福山空襲を記録する会) | ||
| 8 | 2006/07/28 | 吉田 巍彦 | 第1部 米軍資料編 広島の捕虜 10人-23人は被爆死し,呉海軍の捕虜 28人は全員帰国した. |
| 9 | 2007/07/31 | 吉田 巍彦 | 第1部 米軍資料編 米軍資料の検証と『呉海軍刑務所の捕虜28人』の氏名の照合 68 |
| 10 | 2008/08/05 | ||
| 11 | 2009/07/22 | ||
| 12 | 2010/08/11 | 塩津 慎子 | 「静岡平和資料館をつくる会―静岡平和資料センター」の活動 58 |
| 13 | 2011/08/15 | 塩津 慎子 | 「静岡平和資料館をつくる会―静岡平和資料センター」の活動 63 |
| 14 | 2012/08/08 | 土居 和江 | 「静岡平和資料館をつくる会-静岡平和資料センター」の活動 55 |
| 15 | 2013/08/12 | 土居 和江 | 第2部 各地の会の報告 5. 「静岡平和資料館をつくる会-静岡平和資料センター」の活動 (2012年4月-2013年4月) 55 |
| 16 | 2014/08/01 | 土居 和江 | 第3部 各地の会の報告 2. 「静岡平和資料館をつくる会 – 静岡平和資料センター」の活動 69 |
| 17 | 2015/08/10 | ||
| 18 | 2016/08/05 | ||
| 19 | 2017/08/04 | 土居 和江,塩津 慎子 | 第4部 各地の会の報告「静岡平和資料館をつくる会 - 静岡平和資料センター」の活動 80 |
| 20 | 2018/08/03 | 土居和江・寺島敦子 | 第4部 各地の会の報告 「静岡平和資料館をつくる会 ?静岡平和資料センター」の活動 - 104 |
| 21 | 2019/08/03 | 土居 和江 | 第3部 各地の会の報告 「静岡平和資料館をつくる会-静岡平和資料センター」の活動(2018年4月-2019年5月) 60 |
| 22 | 2020/08/12 | 第2部 特集:追悼・今井清一先生 第4部 戦時資料と空襲記録編 空襲下における昭和天皇の退避記録 藤本 文昭 57 |
|
| 23 | 2021/08/03 | 土居和江 | 第5部 各地の会の報告 「静岡平和資料館をつくる会-静岡平和資料センター」の活動(2020年4月-2021年5月) 83 |
| 24 | 2022/09/09 | 第2部 特集 追悼・早乙女勝元さん 特集に当たって 13 |
|
| 25 | 2023/10/18 | ||
| 26 | 2024/08/17 | 空襲・戦災を記録する会全国大会開催の歴史 83 | |
止
『追憶―平和への切なる願いを込めて― 国民学校入学1期生が綴る戦中・戦後体験記』(広島県立呉三津田高校4回生同期会国民学校入学1期生が綴る戦中・戦後体験記編集委員会著、広島県立呉三津田高等学校四回生刊、20090815)
内容
| 部 | 章 | 節 | ||
| グラビア 原水爆反対ポスター/杉木正光…1 戦争体験児童の心象風景/渡辺裕一郎…2 はじめに ―平和への切なる願いを込めて―…5 |
||||
| 1 | 体験記 | |||
| 1 | 恩師の戦争体験記 | |||
| 父 太刀掛呂山の8月6日〈中本泰子(太刀掛車男呂山次女)〉…14 二つの白木箱〈森俊文〉…16 |
||||
| 2 | 戦場で戦った軍人を父として | |||
| 「父は沖縄で死んだ」を著した大田英雄君のこと〈岡部哲治〉…20 | ||||
| おやじは真珠湾攻撃のハワイ作戦に参加〈中村順美〉…30 | ||||
| 北支で戦死した父、そして母を想う〈藤原信子〉…33 | ||||
| 3 | 戦前、戦中の生活と国民学校 | |||
| 開戦の日12月8日〈岩佐明夫〉…36 兄は神風特攻隊長で戦死〈岡部哲治〉…37 毎月の武運長久祈願〈岡本昭男〉…41 数奇な運命に助けられ感謝の私〈尾身和江(横川)〉…42 通学路・決闘などの思い出〈加島啓作〉…47 先見の明のあった父〈小林恭子(吉本)〉…51 東郷平八郎元帥の係〈杉本止光〉…53 平和を実感した終戦の日〈高橋政雄〉…56 『花吹雪』〈田中兼豊〉…58 戦争よ奢るなかれ〈田中房子〉…59 トントントンカラリと隣組〈徳富芳明〉…62 スパルタ教育だった国民学校時代〈冨永千里〉…64 佐久間艇長の影響を受けた少年時代〈中岡輝良〉…67 戦争は酷い!〈新林育子(高田)〉…69 毎月8日は日の丸弁当〈西美也子(新谷)〉…70 ふたりの戦中戦後〈浜田清人/浜田千代子(南部)〉…72 農村地帯(昭和村苗代)から見た戦時下〈藤井彬男〉…74 「黙霖さんの家」で育った少年〈藤井亮一〉…75 昭和村・焼山での戦時体験〈藤岡令予(神田)〉…79 一家で蒙った悲劇〈堀野繁子(山田)〉…81 私の戦中戦後〈松浦ヨリコ〉…86 軍国少年の久しき昔〈宮地嘉哉〉…86 6回も転校した国民学校時代〈山本耕〉…89 |
||||
| 4 | 苦しかった学童疎開 | |||
| 1 | 集団疎開 | |||
| 米2割、麦6割、ジャガイモ2割の食事〈大野逸子(中尾)〉…92 忘れられぬ母のおにぎり〈岡田良明〉…93 忘れ得ぬ我が第二の故郷、空豆の上下町〈岡部義信〉…94 辛かった学童疎開〈木川冨男〉…95 記念植樹をしてくれた疎開地〈岸本介位〉…97 一番美味しかった青大将~疎開体験~〈久保隆司〉…100 我が家の若草物語〈仁井内文枝(中西)〉…104 欲しがりません勝つまでは〈西沖正〉…106 激動時代の思い出~娘にすすめられて~〈馬場美智子(沖野)〉…108 厳しかった引率の先生のことなど〈原山拓郎〉…111 往きは良いよい、帰りは怖い〈船尾正規〉…112終戦前後6ヵ月の想い出〈宮岡實頴〉…115 田舎の生活を堪能〈家頭満子(渡辺)〉…117 |
||||
| 2 | 縁故疎開 | |||
| よく食べた芋づるやいなご〈石橋政雄〉…119 蒲刈島での1年間〈楠守〉…120 自立の精神を育てられた縁故疎開〈國光俊治〉…122 死ぬなら親子一緒で〈河野英夫〉…124 寂しかった縁故疎開〈中村美都子(宗政)〉…126 銃後の苦労と私見〈日高敏夫〉…128 家族との別れを覚悟した疎開〈桧和田晃(小田)〉…130 サツマイモばかりの縁故疎開〈蒔田智恵子(堀越)〉…136 えんどう豆の入った真っ白いおむすび〈松本桂子(三木)〉…136 |
||||
| 5 | 過酷な戦争の被害 | |||
| 1 | 命からがら逃げた呉空襲長官山の防空壕〈秋吉雅子(谷口)〉…142 防空頭巾を離せなかった国民学校時代〈石原義行〉…143 命からがら逃げ惑う〈大之木精二〉…145 今なお戦後はない!〈小高延江(森沢)〉…147 ああ灰ヶ峰〈勝間壽〉…149 火の雨くぐり横穴へ〈上林好之〉…150 命運を分けた防空壕〈齊木美津子(福井)〉…153 焼夷弾が火の簾〈齊藤温巳〉…155 「満州行き騒動」で変わった私の運命〈島村光〉…158 わが母校―ああ岩方国民学校―〈津久江一郎〉…162 二河公園の防空壕に入っていた〈藤堂美智子(三浦)〉…165 呉の空襲そして小豆島へ〈中野坦子(港)〉…168 戦争の悲劇体験から思うこと〈日山暁子(笠井)〉…170 疎開先で知った弟の死〈矢野美重子(村上)〉…172 軍艦がかわいそう〈三浦田鶴子(松根)〉…175 |
|||
| 2 | 世界で最初の原子爆弾―地獄の惨状― | |||
| 音戸で経験した原爆と戦中戦後〈井上直子(大森)〉…176 今も胸に去来する、あの忌まわしい被爆の地獄図〈亀迫恵朗〉…178 わが子を亡くし号泣する母〈久保岡博子(堀田)〉…181 戦争はこんなにも残酷〈桑原静江(八百幸)〉…182 大正生まれの従兄姉達の過酷な運命〈末永香苗(田妻)〉…185 被爆鮮烈な記憶〈武永猛〉…186 戦争はまさに人災〈中山英子(益井)〉…188 校舎の下敷きになった私〈西圭子(中山)〉…190 8月6日原爆投下の記憶〈元川正子(森)〉…191 1日違いの命拾い〈森井百合子(中田)〉…193 今も不安に怯える被爆体験〈匿名男子〉…195 |
||||
| 3 | 戦場となった呉周辺 | |||
| 「軍艦・利根」と「ピカッ・ドン」〈加島啓作〉…196 64年前の「胸と心」〈宮地嘉哉〉…199 戦艦「大和」を見た〈和田肇〉…202 |
||||
| 4 | 戦争の後遺症―枕崎台風の爪痕― | |||
| 多くの命を奪った枕崎台風の事など〈久保隆司〉…205 姉妹3人を奪った山津波〈瀬田博文〉…209 孫を救い亡くなった祖母〈谷本知途子(勝田)〉…210 |
||||
| 6 | 外地での戦中戦後―引揚げの苦労など― | |||
| 巨済島からの引揚げ〈上田恭三〉…216 男装の麗人に変身した女家族〈大下慶子(新里)〉…218 台湾の山の中で迎えた終戦〈勝山瑳智子(村上)〉…220 赤い夕陽の満洲〈中田康生〉…222 残留孤児になりかかった自分〈浜根貞二>…234 上海での思い出など…〈彦坂千代子(藤井)〉…237 私が見た朝鮮(京城)における銃後の生活〈平岡克躬〉…240 韓国「釜山」の想い出〈宮田昭〉…242 |
||||
| 7 | 戦後の生活と学校 ―混乱、窮乏のなかで新しい動きと平和への願い― | |||
| 悲しい想い出〈阿部由来子(木村)〉…244 戦後の疎開〈飯田郁子(今井)〉…244 戦災で落着かない学校生活〈大下澄江(中村)〉…245 私達の運命と思想を左右した戦争 ―今日あるを感謝―〈小笠原臣也〉…246 敗戦直後の飢えとの戦い〈片岡止彦〉…250 昭和20年の記憶〈金高敦子(斎藤)〉…253 戦いを生きて今あり若楓〈小早川晋子(上田)〉…255 戦後の混乱した世相〈坂井清峰〉…258 国際交流のさきがけ〈篠田弘子(小林)〉…263 スポーツにあけくれた少年時代〈高橋靖幸〉…265 中通で育った私 詩2編〈原田睦子(立通)〉…268 |
||||
| 2 | 戦争体験アンケート…271 | |||
| 3 | 資料および年表…287 | |||
| 1 | 資料…288 国民学校令(昭和16年勅令第148号)…288 国民学校令施行規則…289 大本営発表(太平洋戦争開始時)…290 学童疎開…290 疎開学童に対する米配給量とカロリー…292 終戦の詔勅…292 昭和20年戦災並びに水害被害対照表…294 |
|||
| 2 | 年表(昭和6年~昭和25年)…295 | |||
| おわりに(編集後記)…299 | ||||
止
全国主要都市概況図(第2次補備調査)(第一復員省資料課編 原書房刊、19830720)
内容
| 前言() | ||
| 1 概見図 5 | ||
| 2 函館市 6 3 室蘭市 8 4 釧路市 10 5 本別町 12 6 根室町 13 |
||
| 7 青森市 14 8 八戸市 16 9 秋田市 18 10 盛岡市 20 11 宮古市 21 12 花巻市 22 13 釜石市 24 14 仙台市 26 15 塩釜市 28 16 酒田市 30 17 平市 32 18 郡山市 34 19 長岡市 36 20 足利市 38 21 宇都宮市 40 22 伊勢崎市 42 23 高崎市 44 24 前橋市 46 25 日立市 48 26 水戸市 50 27 館山市 52 28 船橋市 54 29 木更津市 56 30 松戸市 58 31 千葉市 60 32 銚子市 62 33 大宮市 64 34 川口市 66 35 浦和市 68 36 川越市 70 37 熊谷市 72 |
||
| 38 東京市(1)75 39 東京市(2)77 |
||
| 40 立川市 78 41 八王子市 81 42 横浜市 83 43 川崎市(1)84 44 川崎市(2)86 45 横須賀市 88 46 平塚市 90 47 小田原市 92 48 藤沢市 94 49 甲府市 96 50 長野市 98 51 静岡市 100 52 沼津市 102 53 清水市 104 54 浜松市 106 55 岐阜市 108 56 大垣市 110 57 瀬戸市 112 58 春日井市 114 59 豊橋市 116 60 一宮市 118 61 豊川市 120 62 半田市 122 63 岡崎市 124 64 名古屋市 126 65 富山市 128 66 福井市 130 67 敦賀市 132 68 大津市 135 69 彦根市 136 70 長浜市 138 71 宇治山田市 140 72 松坂市 142 73 桑名市 144 74 津市 146 75 鈴鹿市 148 76 四日市市 150 77 奈良市 152 78 舞鶴市 154 79 京都市 156 80 大阪市 159 81 堺市 160 82 岸和田市 162 83 豊中市164 84 池田市 166 85 吹田市 168 86 布瀬市 170 87 高槻市 172 88 田辺市 174 89 海南市 176 90 和歌山市 178 91 新宮市 180 92 尼崎市 182 93 神戸市 185 94 飾磨市 186 95 相生市 188 96 明石市 190 97 芦屋市 192 98 姫路市 195 99 伊丹市 196 100 西宮市 198 |
||
| 101 米子市 200 102 境町 202 103 玉野市 204 104 岡山市 206 |
||
| 105 広島市 208 106 呉市 210 107 福山市 212 |
||
![]() |
||
| 108 下関市 214 109 宇部市 217 110 徳山市 218 111 岩国市 220 112 下松市 222 113 光市 224 114 小野田市 226 115 防府市 228 116 山口市 230 |
||
| 117 松山市 232 118 宇和島市 234 119 今治市 236 120 新居浜市 238 121 西条市 240 122 八幡浜市 243 123 高松市 244 124 徳島市 246 125 高知市 248 |
||
| 126 福岡市 250 127 門司市 252 128 小倉市 255 129 八幡市 256 130 戸畑市 258 131 若松市 260 132 久留米市 262 133 大牟田市 264 134 大分市 266 135 佐伯市 268 136 中津市 270 137 佐賀市 272 138 熊本市 274 139 荒尾市 276 140 延岡市 278 141 都城市 280 |
||
| 142 長崎市 282 143 佐世保市(1)284 144 佐世保市(2)286 |
||
| 145 大村市 288 146 宮崎市 290 147 鹿児島市 292 148 鹿屋市 294 149 川内市 296 150 加治木市 298 151 枕崎町 300 152 富島町 302 153 喜入村 304 154 山川村 305 155 垂水町 306 156 阿久根町 307 157 指宿町 308 158 串木野町 310 |
||
| 全国主要都市戦災概況図(第2次補備調査)312 | ||
| 戦災被害状況概見(第2次調査)313 | ||
| 都道府県別罹災都市住宅建築一覧表 314 | ||
| (付録) 戦災都市の指定を受けた都市の罹災状況 315 戦災都市の指定を受けなかった都市の罹災状況 316 戦災で消失した国宝・重要文化財指定建造目録 317 |
||
| 320 | (資料解説) 山崎元「戦争から平和への道標「戦災地図」について 」 |
|
戦災都市の指定を受けた都市の罹災状況
| 広島 | 呉 | 福山 | |
| 罹災面(坪) | 3630000 | 1543495 | 950000 |
| 罹災人口 | 306545 | 133986 | 47326 |
| 罹災戸数 | 67860 | 23598 | 10179 |
| 死者 | 78150 | 2062 | 192 |
| 傷者 | 37425 | 904 | 393 |

止
『呉・戦災と復興-旧軍港市転換法から平和産業港湾都市へ』(呉市史編さん室、呉市役所、19970325)
内容
| 第1部 | 日本一の技術都市 | ||
| Ⅰ | 「大和」と呉工廠 | ||
| Ⅱ | 呉工廠で建造した艦艇 | ||
| Ⅲ | 広と海軍 | ||
| 第2部 | 空襲の惨状 | ||
| Ⅰ | 戦時体制下の状況 | ||
| Ⅱ | 空襲にむけての事前調査 | ||
| Ⅲ | 3月19日の空襲 | ||
| Ⅳ | 5月5日の空襲 | ||
| Ⅴ | 6月22日の空襲 | ||
| Ⅵ | 7月1~2日の空襲 | ||
| Ⅶ | 7月24日と28日の空襲 | ||
| 第3部 | 混乱から復興へ | ||
| Ⅰ | 占領軍の進駐 | ||
| Ⅱ | 旧呉工廠の始動と艦艇の解体 | ||
| Ⅲ | 「旧軍港市転換法」の制定と企業誘致 | ||
| 1 | 呉港の開港と港湾利用計画 | ||
| 2 | 「旧軍港市転換法」の制定運動 | ||
| 3 | 旧呉工廠地区における企業活動 | ||
| 4 | 旧第11空廠地区における企業活動 | ||
| 5 | 誘致企業への給水と「旧軍港市転換法」による旧海軍用水道の無償譲与 | ||
| 6 | 進出企業の現況 | ||
| 第4部 | 解説と年表 | ||
| Ⅰ | 解説 呉と空襲 | ||
| 1 | はじめに | ||
| 2 | 機雷の敷設 | ||
| 3 | 3月19日の空襲 | ||
| 4 | 5月5日の空襲 | ||
| 5 | 6月22日の空襲 | ||
| 6 | 7月1~2日の空襲 | ||
| 7 | 7月24日と28日の空襲 | ||
| Ⅱ | 「呉・戦災と復興」関係年表 | ||
止
『呉を語る 呉市制一〇〇周年記念 体験手記集』(企画部呉市史編纂室、呉市、20030131)
内容<作業中>
| 章 | ||||
| 1 | 戦時体制下の生活…1 | |||
| 1 | 金子俊二 | 戦前・戦中の学生時代……4 | ||
| 2 | 二津田佳明 | 私の戦時中……9 | ||
| 3 | 西川輝数 | 私の故郷は呉市天応(旧大屋村)です……16 | ||
| 4 | 朝倉邦夫 | 学童も戦った銃後の呉……22 | ||
| 5 | 宮野前孝 | 悔恨と自戒の小学校教育……28 | ||
| 6 | 徳田久美雄・坂村エツ子 | 学童疎開……36 | ||
| 7 | 長谷川良子 | なつかしの呉……40 | ||
| 8 | 岡野屋光子 | 学童の目から見た戦争……45 | ||
| 2 | 学徒動員と勤労動員…54 | |||
| 1 | 南博也 | 呉に想う……55 | ||
| 2 | 阪口裕 | 我が学生時代の勤労の日々……57 | ||
| 3 | 佐藤康則 | 私の学徒動員……58 | ||
| 4 | 新居伸次 | 忘れ去られた学徒動員……62 | ||
| 5 | 水野卓治 | 学徒動員の頃の想い出……65 | ||
| 6 | 大山君枝 | 学徒動員時代……70 | ||
| 7 | 荒花静雄 | 灰ヶ峰裏山での竹伐採作業の思い出……76 | ||
| 8 | 谷口久雄 | 学徒動員記……79 | ||
| 9 | 久保亮介 | 学徒動員はなんだったのか-一五、六歳の少年の学んだもの-…82 | ||
| 10 | 野平良子 | 学徒動員の記……87 | ||
| 11 | 米田博明 | 第11海軍航空廠に学徒動員の思い出……90 | ||
| 3 | 海軍と呉…94 | |||
| 1 | 高橋ミツエ | 少女時代の呉での思い出……96 | ||
| 2 | 横山茂樹 | 工廠退職後の祖父……98 | ||
| 3 | 奥本久雄 | 海軍工廠時代……100 | ||
| 4 | 坪田孟 | 呉工廠電気実験部の日々……106 | ||
| 5 | 森野俊夫 | 呉海軍墓地と重巡「最上」……115 | ||
| 6 | 都築一郎 | 芳井輝夫君への手紙……20 | ||
| 7 | 野村弘之 | 灰ヶ峰……24 | ||
| 8 | 藤本黎時 | 父の思い出-戦艦「大和」をめぐって……39 | ||
| 9 | 中曽根康弘 | 私と呉……44 | ||
| 10 | 佐藤博 | 「呉市」の思い出-亡き親友を偲んで-……148 | ||
| 11 | 西迫マツ子 | 戦時中の思い出……52 | ||
| 12 | 竹内凱子 | 海鳴りの彼方へ……53 | ||
| 13 | 中村和枝 | 九軍神……62 | ||
| 14 | 金本邦夫 | 海軍工作兵で南方へ工廠空爆で女子挺身隊殉死……63 | ||
| 15 | 下谷源蔵 | 動員学徒と予科練の日々……67 | ||
| 16 | 辛島賢 | 潜水艦沈没事故の体験…市…74 | ||
| 17 | 日下万里子 | 「陸奥」を忘れない……185 | ||
| 18 | 熊田賢作 | 潜水艦乗り組み体験手記……190 | ||
| 19 | 東定治 | 私の従軍体験……194 | ||
| 20 | 西本博信 | シンガポール上陸まで……198 | ||
| 21 | 田中雅子 | 潜水艦乗りだった父……200 | ||
| 22 | 稲水真理子 | マリアナ沖海戦……204 | ||
| 23 | 岩佐敬子 | 海軍の兵隊さんの思い出……210 | ||
| 24 | 岡野屋徳男 | お国の為に早く兵隊になりたい……213 | ||
| 25 | 吉川亘 | 呉市の海軍時代と天応地区での災害救助の思い出……21 | ||
| 26 | 戸高一成 | 福井先生の収集資料を整理して……219 | ||
| 27 | 牛田豊春 | 工作艦「八海丸」の思い出……223 | ||
| 28 | 呉海軍工廠砲煩部座談会(抜粋)…山下勝利・山本元雄・神津幸直・藤田久登・川崎正義・中原安市(発言順)…229 | |||
| 4 | 呉空襲と原爆…144 | |||
| 1 | 山岡邦雄 | 呉に眠る巨大地下壕……247 | ||
| 2 | 下垣内和人 | 呉空襲の記憶……249 | ||
| 3 | 杉岡建治 | 学徒動員と呉工廠空襲……254 | ||
| 4 | 平川シズ子 | 防空壕に入れて貰えなかった思い出……257 | ||
| 5 | 高橋節子 | 工廠で被爆して家を焼かれて-女子挺身隊員の体験-……259 | ||
| 6 | 多賀常政 | 呉空襲状況の広島への第一報……265 | ||
| 7 | 堀本富治枝 | 空襲の記憶……266 | ||
| 8 | 沖野良子 | くぐりぬけた戦争……269 | ||
| 9 | 能勢幸子 | オムスビの思い出……273 | ||
| 10 | 宮本澄枝 | 呉空襲記……274 | ||
| 11 | 中野英子 | 空襲と青春時代の思い出……286 | ||
| 12 | 荒角理宰 | 私の被爆体験談……294 | ||
| 5 | 戦後の混乱と市民生活…303 | |||
| 1 | 手島泰晴 | 呉.終戦……306 | ||
| 2 | 加納清子 | 終戦の頃……307 | ||
| 3 | 広保幸治 | 父の青春……309 | ||
| 4 | 吉田チエ子 | 北京引き揚げ体験記……314 | ||
| 5 | 高木義人 | 戦後の混乱と航路啓開活動……318 | ||
| 6 | 稲本与志雄 | 戦時から敗戦後数年間の生活の寸描……324 | ||
| 7 | …橋本良 | 七終戦焼跡からの復興…327 | ||
| 8 | 坂口与子 | 父の戦後……332 | ||
| 9 | 出井数彦 | 私の戦後体験……337 | ||
| 10 | 森俊武 | 昭和二〇年秋水害に遭って……345 | ||
| 11 | 横林敏子 | 生死の濁流に泳ぐ……348 | ||
| 6 | 占領軍の進駐と呉…350 | |||
| 1 | クリフォード・文香 | 日豪で働いた日々……352 | ||
| 2 | ブレア・照子 | 敗戦後の就職、そしてオーストラリアヘ……357 | ||
| 3 | パンドーフ・妙子 | 戦争が生んだ人生……362 | ||
| 4 | ハウズ・愛子 | 我が半生の記録……368 | ||
| 5 | ロー・ミチ | 戦争花嫁の私の道は険しかった……378 | ||
| 6 | 小武家芳郎 | 英連邦軍につとめて……385 | ||
| 7 | 住原哲二 | 「シンチューグン」と共に……389 | ||
| 8 | 松野正壮 | 英連邦軍の思い出……392 | ||
| 7 | 戦後の職業…394 | |||
| 1 | 河上利男 | 食糧営団呉支部玄米特別輸送隊奮闘記……395 | ||
| 2 | 中西静雄 | 進駐軍の輸送基地であった呉駅……401 | ||
| 3 | 宮崎猛 | 呉市のモノレール建設の賛否の終焉……407 | ||
| 4 | 友井太一郎 | 呉市へ合併前後の思い出……409 | ||
| 5 | 北村恒信 | 大張矢林野火災と私……411 | ||
| 六座談会「呉市電を語る」(抜粋) | ||||
| 上田重助・阿部宗久・応和寿・八山雪光・中野政春・杉原勤(発言順)…419 | ||||
| 8 | 戦後の学校と子供たち…433 | |||
| 1 | 宮本田鶴子 | 一女学校・高等学校の六年間……434 | ||
| 2 | 奥川忠 | 学制改革による青春の感激……438 | ||
| 3 | 岸田恵 | ロマンビーチかるが物語……443 | ||
| 4 | 城戸則人 | 私の遊び……447 | ||
| 5 | 祝弘子 | 村の遊び、街の遊び……452 | ||
| 6 | 平林明代 | 子どもの遊び……455 | ||
| 9 | 文化活動とともに…459 | |||
| 1 | 清水一枝 | 一短歌誌『木橦』……460 | ||
| 2 | 長尾珠難 | 廃嘘の呉から立ち上った俳人達一俳誌『虹』を中心とした俳句活動……461 | ||
| 3 | 吉田久芽子 | 夢見る人々……465 | ||
| 4 | 久保俊寛 | 昭和公民館の椴帳……467 | ||
| 5 | 西本武実 | 小坪神楽、復活の日……469 | ||
| 写真等提供者一覧 | ||||
| 編集関係者一覧 | ||||
止
呉戦災を記録する『1フィート運動呉市民の会』結成のご案内( 呉戦災を記録する会、198502)
| 呼びかけ団体連絡先:朝倉邦夫(呉戦災を記録する会事務局長) |
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| 2 |
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止
資料年表:呉空襲を記録する会<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1945 | ||
| 0319 | ||
| 0701 | 呉市大空襲 | |
| 0702 | 高野源進告諭<呉市罹災の際における県知事告諭> | |
| 『新編広島県警察史』(19540528)p.407 | ||
| 1946 | ||
| 1109 | 広島県下における空襲被害状況表(昭和21年11月9日警察部調査) | |
| 『新編広島県警察史』(19540528)pp.409-415 | ||
| 1950 | ||
| 旧軍港市転換法(昭和25年法律第220号) | ||
| 1973 | ||
| 1013 | 宇吹メモ(1973・10・13) | |
| 呉歴史教育者協議会10月例会 於:呉勤労会館 | ||
| 1974 | ||
| 1117 | 「呉戦災を記録する会」(仮称)設立についての訴え 宮原一男(上山田自治会長) 久留島恵一(歴史教育者協議会呉支部代表幹事) |
|
| 1124 | 宇吹メモ(1974・11・24) | |
| 呉空襲を記録する会設立総会 於:呉勤労会館 | ||
| 1124 | 「呉戦災を記録する会設立総会アピール」 | |
| 1124 | 「呉戦災を記録する会」規約(案) | |
| 1124 | 「呉における戦災の概要」(呉戦災を記録する会<朝倉邦夫・宮原高校>) | |
| 1975 | ||
| 01 | 呉戦災を記録する会例会のご案内(事務局・朝倉邦夫) | |
| 0121 | 呉戦災を記録する会会報 No.1 | |
| 0126 | 「呉戦災を記録する会」規約<1974年11月24日より実施> | |
| 0213 | はがき「呉戦災を記録する会例会のご案内」 例会 日時:2月23日、会場:呉総合福祉会館、議題: |
|
| 0323 | 宇吹メモ(1975・3・23) | |
| 呉空襲30周年記念市民集会 呉戦災を記録する会第4回例会 |
||
| 0627 | はがき「呉戦災を記録する会例会のご案内」 例会 日時:6月29日、会場:呉勤労会館、議題: |
|
| 0725 | はがき「呉戦災を記録する会例会のご案内」 例会 日時:7月27日、会場:市民会館、議題: |
|
| 1977 | ||
| 0807 | 第7回空襲・戦災を記録する会全国連絡会議(主催:空襲を記録する会全国連絡会議、福山空襲を記録する会、福山市中央公民館) | |
| 1984 | ||
| 0623 | 第20回呉地区高校生平和の集い記念出版「戦跡よ語れ 呉の平和な未来を―呉戦災フィールドワークの手引き」 | |
| 0704 | 福山空襲を記録する会・呉戦災を記録する会 「第14回全国連絡会議の開催のご案内」 | |
| 「第14回戦災空襲を記録する全国連絡会議の呉大会要項」 | ||
| 0804 | 第14回戦災空襲を記録する全国連絡会議呉大会 | |
| 傍聴のご案内 | ||
| 傍聴券 | ||
| 第14回戦災空襲を記録する全国連絡会議呉大会 | ||
| 呉市平和委員会・呉戦災を記録する会・歴史教育者協議会呉支部「 軍都・呉の基地と戦災」 | ||
| 佐世保空襲を語り継ぐ会「 被爆県長崎佐世保からの報告」 | ||
| <作業中 > | ||
| 1985 | ||
| 0109 | 米軍フィルムで呉空襲の映画 記録する会 夏には完成 体験談・資料も添える(『中国新聞』19850109) | |
| 0113 | 宇吹メモ(1985・1・13) | |
| 呉戦災を記録する会 40周年記念行事計画 | ||
| 0126 | 呉空襲の米軍フィルム公開 記録する会 惨状くっきりカラーで25分 証言集め映画製作 1フィート運動展開へ | |
| 02 | 呉戦災を記録する『1フィート運動呉市民の会』結成のご案内( 呉戦災を記録する会) | |
| 0203 | 1フィート運動 市民の会きょう発足 呉空襲の記録映画製作(『中国新聞』19850203)、1フィート運動で呉空襲の記録映画製作 市民の会が発足『中国新聞』19850205) | |
| 0205 | <指定席> 呉の 1フィート運動に取り組む 朝倉邦夫さん (48歳)(『中国新聞』19850205) | |
| 0411 | 呉空襲の悲惨さ描く映画 『赤い月の街』製作 市民の会 戦争と平和問う 来月中旬完成 あすクランクイン(『中国新聞』19850411) | |
| 0412 | 映画『赤い月の街』 雨の中で撮影開始(『中国新聞』19850413) | |
| 0702 | 呉空襲の惨状描く「赤い月の街」 市民の会試写会(『中国新聞』19850703) | |
『呉海軍工廠電気実験部の記録』(電実会著、坪田孟<編・刊>、19780525)
内容<作業中>
| 第1章 呉海軍工廠の沿革、組織、処理事項 |
| 第2章 呉海軍工廠の人的構成 |
| 第3章 呉海軍工廠工員の就業規則 |
| 第4章 呉海軍工廠の勤務 |
| 第5章 職場としての電気実験部 |
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| 第6章 電気実験部の創設と成長期 |
| 第7章 研究実験に関する内規と報告様式 |
| 第8章 研究実験主務者の記録 |
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| 第9章 実験作業に従って |
| 第10章 戦時下において |
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| 第11章 原子爆弾の被爆 |
| 第12章 当時を回顧して |
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| 「編纂後記」( 坪田孟) |
止
『くれ 呉市政だより 戦後30年特集号』(呉市役所・市民相談課、1975.8)
| 頁 | 主要記事 | メモ |
| 01 | (写真)米軍進駐直後の呉市街、焼け跡に残骸を見せる市役所・旧庁舎 | |
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| 02 | 被爆 | |
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| 20年7月1日夜半 市街地に大空襲 死者1817人、負傷者453人、家屋被害22168戸 | ||
| <作業中> | ||
| 16 | 編集後記 | |
呉戦災を記録する会会報No.4戦災体験者手記特集号
柳井順三(賀茂郡豊栄町別府)
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