「空襲・戦災を記録する会」カテゴリーアーカイブ

東京大空襲・戦災資料センター

東京大空襲・戦災資料センター <作業中>作業中

サイト:東京大空襲・戦災資料センター (tokyo-sensai.net)

資料年表:東京空襲を記録する会

年月日
1970 東京空襲を記録する会結成。
1973
0310 『東京大空襲・戦災誌  第1巻』『東京大空襲・戦災誌  第2巻』(東京空襲を記録する会刊)
1124  『東京大空襲・戦災誌  第3巻』『東京大空襲・戦災誌  第4巻』(東京空襲を記録する会刊)
1974
0320  『東京大空襲・戦災誌  第5巻』(東京空襲を記録する会刊)
1982
0310 『東京大空襲の記録』((東京空襲を記録する会編、三省堂刊))
2002
0309 東京大空襲・戦災資料センター開館
07 広報誌『東京大空襲・戦災資料センター』No.1発行
 2005
0715  『戦災資料センターから 東京大空襲を歩く』(東京大空襲・戦災資料センター・友の会)
2009
 1124  『第3回シンポジウム 「『無差別爆撃』の転回点―ドイツ・日本都市空襲の位置づけを問う」報告書』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター 戦争災害研究室)
  2010
1227  『空襲・戦災を記録する会全国連絡会議 第40回東京大会 シンポジウム 「空襲・戦災を記録する会40年の歴史と今後の展望」報告書』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター)
 2011
0310  『第4回シンポジウム 「帝国と空襲―イギリス・台湾空襲を検証する」報告書』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター)
2012
 0701  『東京大空襲・戦災資料センターニュース No.21 平和研究交流誌』(東京大空襲・戦災資料センター  2012/07/01)
0218  『アメリカ軍無差別爆撃の写真記録-東方社と国防写真隊-』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター)

 

第14回空襲・戦災を記録する会全国連絡会議呉大会

第14回空襲・戦災を記録する会全国連絡会議呉大会
日時:19840804~05
会場:呉市勤労会館
呉市国民宿舎音戸ロッジ

主催:空襲・戦災を記録する会全国連絡会議
呉戦災を記録する会・福山空襲を記録する会
後援:呉市・呉市教育委員会 報道機関各社
NHK広島放送局 中国放送
協力:呉原爆被害者友の会 歴史教育者協議会呉支部
呉市平和委員会 日中友好協会呉支部

資料一覧

1984年
 月日  資料名  備考
 0704  第14回全国連絡会議の開催のご案内  要項、ビラ
 0804  開会式(宇吹メモ)
  0804  空襲・戦災を記録する会全国連絡会議呉大会要項
 軍都・呉の基地と戦災(呉市平和委員会・呉戦災を記録する会・歴史教育者協議会呉支部)
戦跡よ語れ 呉の平和な未来を―呉戦災フィールドワークの手引き(呉地区高校生平和の集い第20次実行委員会)
 平和を築く文化のひろば ’84 8/4/~8/9 福山市民会館(実行委員会主催)
 空襲・戦災を記録する会全国連絡会議呉大会-被爆県佐世保からの報告(佐世保空襲を語り継ぐ会)
 活動報告(大阪大空襲の体験を語る会)
 再び許すな東京大空襲!反戦平和の集い(実行委員会)
 みんなで福井空襲の大絵図をつくる会結成のつどい  ビラ
 「継承活動強化へ アピールを採択 空襲を記録する全国大会 呉」(たぶん『中国新聞』)  切抜き

 

福山空襲を記録する会

福山空襲を記録する会 設立:19730724

歩み

年月日 事項
19730724 「福山空襲を記録する会」発足
19750808 『福山空襲の記録』発刊
19751208 会報『福山空襲』創刊号発刊
19770806 福山空襲展、於天満屋。~8月10日。
19770808 会報『福山空襲』8号
19770807 第7回戦災・空襲を記録する全国連絡会議。於中央公民館。

戦災・空襲を記録する会那覇大会報告書

『今、平和のために-戦災・空襲を記録する会全国連絡会議第10回記念那覇大会報告書 』(那覇市企画部市史編集室、19801025)

内容

刊行にあたって 平良良松( 那覇市長)
1 映画と講演の夕べ
あいさつ「平和は自治体の責務」   平良良松
あいさつ 「反戦と平和の叫びを」  池宮城秀意
記念講演 「庶民と戦争」 松浦総三
記念講演 「空襲・沖縄・アウシュビッツ 」 早乙女勝元
2 連絡会議
開会のあいさつ 今井清一( 横浜の空襲を記録する会)
開催市長あいさつ 平良良松( 那覇市長)
メッセージ 各市長/各団体・個人
全国連絡会議基調報告 松浦総三(議長)
2-1 各記録する会活動報告
2-2 沖縄からの報告
2-3 文書報告と発言
総括 早乙女勝元
アピール
3 わたしの思いわたしの決意
 早乙女勝元
 林
 大田英雄
4 参加団体一覧表

空襲・戦災を記録する会全国連絡会議開催状況

空襲・戦災を記録する会全国連絡会議http://kushusensai.net/

第1回 東京 1971年8月14日
第2回 東京 1972年8月12日
第3回 名古屋 1973年8月11日
第4回 横浜 1974年8月11日
第5回 神戸 1975年8月9日
第6回 宇都宮 1976年8月7日
第7回 福山 1977年8月7日
第8回 岡崎 1978年8月5日
第9回 高松 1979年8月11日
第10回 那覇 1980年8月1日
第11回 箱根 1981年8月11日
第12回 佐世保 1982年8月7日
第13回 仙台 1983年8月5日
第14回 呉 1984年8月4日
第15回 大阪 1985年8月10-11日
第16回 高知 1986年7月5日
第17回 福井 1987年7月2日
第18回 姫路 1988年7月2日
第19回 京都 1989年8月5日
第20回 横浜 1990年7月28日
第21回 愛知 1991年7月27日
第22回 宇都宮・水戸 1992年8月7日
第23回 米子 1993年7月24日
第24回 大阪 1994年7月30日
第25回 高知 1995年7月29日
第26回 宇和島 1996年7月27日
第27回 富山 1997年8月9日
第28回 岐阜 1998年7月19日
第29回 岡山 1999年7月24日
第30回 神戸 2000年7月29日
第31回 東京 2001年8月11日
第32回 福井 2002年7月27日
第33回 豊橋 2003年7月25日
第34回 横浜 2004年7月23日
第35回 長岡 2005年8月1-2日
第36回 今治 2006年7月29-30日
第37回 前橋 2007年8月4-5日
第38回 青森 2008年8月23-24日
第39回 八王子・多摩 2009年7月25-26日
第40回 東京 2010年8月21-22日
第41回 大牟田 2011年8月20-21日
第42回 愛知 2012年8月25-26日
第43回 函館 2013年8月24-25日
第44回 神戸 2014年8月23-24日
第45回 東京 2015年8月22-23日
第46回 仙台 2016年8月27-28日

第47回 千葉 2017年8月18-20日
第48回 松山 2018年8月24-26日
第49回 甲府 2019年8月30日-9月1日
第50回 東京 2020年8月28-30日(Zoom)
第51回 東京 2021年8月27-29日(Zoom)
第52回 東京 2022年8月26-28日
第53回 秋田 2023年8月25-27日

出典:全国大会 – 空襲・戦災を記録する会全国連絡会議 (kushusensai.net)

全国連絡会議全国大会開催状況(抄)

年月日 開催地 備考
01 19710814 東京
07 19770807 福山
「福山空襲の記録運動の中で」  (岡田智晶)
10 19800801 那覇
   『今、平和のために(那覇市史だより)第16・17・18号』
12 19820807 佐世保
14 19840804  資料一括あり

呉空襲記

『改訂版 呉空襲記』(中国新聞呉支社、19790531<初版発行は19751220>)

007 海軍管理都市
憲兵隊が呉市長を逮捕
目隠しの生活
サイレンで年明け
014 三月十九日
初の爆撃に衝撃
民間の死者29人
土佐沖から350機
民家に爆弾直撃
国民学校も破壊
022 広・11空廠
B29百三十機が来襲
待避ごうを直撃
動員学徒も死ぬ
機械500台が被害
ものすごい爆風
031 呉工廠
20分間隔で爆撃
電動機吹き飛ぶ
やっと警報解除
早瀬地区(音戸)に爆撃
隣組全員命拾い
爆弾投下336発
爆弾投下336発(抄)
製鋼部は第二甲鈑鍛錬工場、製鋼実験部付近、第一製鋼工場に集中投下された。
第一製鋼工場にいた広島県賀茂郡豊栄町、農業柳井順三さん(60) の記憶。
「爆撃の威力は相当なもので、ごうの前にあった爆風よけのコンクリートが基部から完全に爆破され跡片もなくなっていた。
午後からガス工場を見回っていると、発生炉のそばにある水そうに爆弾が落下し、水そうの横をレールが通っていて、そこに止まっていた機関車は爆風で持ち上げられ脱線していた。
鋳物に使う約1トンの鉄の円盤が30メートル余り吹き飛ばされ、高さ10数メートルもある鋳物工場の屋根に投げ上げられていた」<柳井順三は宇吹の義父>
042 市街地
B29八十機が来襲
全市が火の海
家族もバラバラ
ごうで550人死ぬ
一夜で焦土
前進はばむ炎と煙
海軍施設でも被害
投下焼イ弾8万個
焼け跡で炊き出し
もう日本はダメ
060 呉沖海空戦
係留艦の燃料なし
艦載機870機が猛爆
戦艦「伊勢」に空爆
民家に米軍機墜落
「青葉」も大破、着底
「日向」夜通し炎上
ロケット弾サク裂
重巡「利根」も大破
「大淀」に水平爆撃
無傷「榛名」に猛爆
8艦で死者839人
079 広島被爆
被爆者救援
海軍救護隊も出動
083 終戦
忘れられぬ記憶
玉音放送に涙
戦災の跡に台風
焼け野原に驚く
代用食でしのぐ
093 海軍解体
GHQ命令出る
水道を市に移管
機雷掃海を要求
099 米軍進駐
早速戦犯を追及
弾薬を海に投棄
遺骨も同時収容
104 慰霊の軌跡
炎天下650人参列
先細る慰霊法要
25年ぶり奉納へ
二つの碑を建立
市の手で慰霊を
114 歳月
支給されぬ年金
焼イ弾右腕奪う
「よう生きて…」
まず幹線道造り
広がる記録運動
124 被災地広がる
尾道市 県下初の空襲
福山市 市街地の八割を焼く
岩国市 終戦前日の猛爆
徳山市 無差別爆撃で廃墟
光市 一瞬で散った動員学徒
宇部市 空と地上からの火柱交錯
下関市 海峡も陸上も墓場に
147 呉空襲関係資料
広島県下に於ける空襲被害状況表
呉空襲被害一覧表
広・11空廠工場配置と待避ごう位置図
昭和20年呉市の警報発令状況
呉市学童疎開先一覧表
勤労動員一覧表
第二次世界大戦関係雑件(被害調査)(呉市に関する報告)
呉沖海空戦の主な軍艦と戦歴
181 あとがき

空襲・戦災を記録する会(宇吹所蔵資料)

空襲・戦災を記録する会(宇吹所蔵資料)

年月日 タイトル 備考
19731013 呉歴教協10月例会(於:呉勤労会館) 宇吹メモ
19741124 呉戦災を記録する会設立総会関係(1974年11月24日、呉市・勤労会館ホール) 一括
19750121 呉戦災を記録する会会報No.1、No.2(0220)、No.3(0320)、No.4((0323) 各B4紙1枚
19750126 呉戦災を記録する会例会関係 一括
197505 呉市政だより8月 戦後30年特集号(呉市役所市民相談課編・発行)
第14回戦災空襲を記録する全国連絡会議呉大会(1984年8月4日、呉市・勤労会館ホール) ファイル1冊
空襲を記録する会 ノート1冊