呉市史第6巻(呉市史編纂委員会・呉市、19880331)
目次
編章節 |
見出し |
備考(執筆者など) |
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1 |
呉海軍 |
高橋衛 |
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1-1 |
呉鎮守府 |
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1-1-2 |
戦時下の呉海軍 |
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1-1-2-2 |
太平洋戦期の呉海軍 |
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1-1-2-2-1 |
太平洋戦争の勃発 |
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1-1-2-2-2 |
戦時下呉海軍の活動 |
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1-1-2-2-3 |
呉軍港への空襲 |
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1-1-2-2-4 |
組織・制度の変遷 |
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1-1-2-2-5 |
戦時下の呉鎮守府司令長官 |
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1-1-2-2-6 |
敗戦 |
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1-2 |
呉海軍工廠 |
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1-3 |
広海軍工廠・第11航空廠 |
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1-4 |
呉海軍と市民 |
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2 |
合併町村 |
千田武志 |
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2-1 |
周辺町村の合併 |
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2-2-1 |
阿賀町 |
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2-2-4 |
吉浦町 |
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2-5 |
広村 |
山中寿夫 |
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呉市史関係出版物一覧
発行年月日 |
書名 |
著・編・刊 |
備考 |
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19560325 |
呉市史 第1巻 |
呉市史編纂室編・呉市役所刊 |
U。松本賢一(市長) |
19590531 |
呉市史 第2巻 |
呉市史編纂室編・呉市役所刊 |
U。 |
1964 1225 |
呉市史 第3巻 |
呉市史編纂室編・呉市役所刊 |
U。 |
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呉市史 第4巻 |
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呉市史 第5巻 |
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19880331 |
呉市史 第6巻 |
呉市史編纂委員会、呉市 |
佐々木有(市長) |
19930331 |
呉市史 第7巻 |
呉市史編纂委員会、呉市 |
佐々木有(市長) |
19950331 |
呉市史 第8巻 |
呉市史編纂委員会、呉市 |
小笠原臣也 |
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呉歴史教育者協議会例会(19731013)宇吹メモ
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1973年10月13日 呉歴史教育者協議会10月例会 於:呉勤労会館 |
<作業中> |
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『今、平和のために-戦災・空襲を記録する会全国連絡会議第10回記念那覇大会報告書 』(那覇市企画部市史編集室、19801025)
内容
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刊行にあたって |
平良良松( 那覇市長) |
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1 |
映画と講演の夕べ |
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あいさつ「平和は自治体の責務」 |
平良良松 |
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あいさつ 「反戦と平和の叫びを」 |
池宮城秀意 |
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記念講演 「庶民と戦争」 |
松浦総三 |
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記念講演 「空襲・沖縄・アウシュビッツ 」 |
早乙女勝元 |
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2 |
連絡会議 |
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開会のあいさつ |
今井清一( 横浜の空襲を記録する会) |
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開催市長あいさつ |
平良良松( 那覇市長) |
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メッセージ 各市長/各団体・個人 |
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全国連絡会議基調報告 |
松浦総三(議長) |
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2-1 |
各記録する会活動報告 |
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2-2 |
沖縄からの報告 |
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2-3 |
文書報告と発言 |
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総括 |
早乙女勝元 |
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アピール |
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3 |
わたしの思いわたしの決意 |
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早乙女勝元 |
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林 |
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大田英雄 |
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4 |
参加団体一覧表 |
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空襲・戦災を記録する会全国連絡会議http://kushusensai.net/
第1回 東京 1971年8月14日
第2回 東京 1972年8月12日
第3回 名古屋 1973年8月11日
第4回 横浜 1974年8月11日
第5回 神戸 1975年8月9日
第6回 宇都宮 1976年8月7日
第7回 福山 1977年8月7日
第8回 岡崎 1978年8月5日
第9回 高松 1979年8月11日
第10回 那覇 1980年8月1日
第11回 箱根 1981年8月11日
第12回 佐世保 1982年8月7日
第13回 仙台 1983年8月5日
第14回 呉 1984年8月4日
第15回 大阪 1985年8月10-11日
第16回 高知 1986年7月5日
第17回 福井 1987年7月2日
第18回 姫路 1988年7月2日
第19回 京都 1989年8月5日
第20回 横浜 1990年7月28日
第21回 愛知 1991年7月27日
第22回 宇都宮・水戸 1992年8月7日
第23回 米子 1993年7月24日
第24回 大阪 1994年7月30日
第25回 高知 1995年7月29日
第26回 宇和島 1996年7月27日
第27回 富山 1997年8月9日
第28回 岐阜 1998年7月19日
第29回 岡山 1999年7月24日
第30回 神戸 2000年7月29日
第31回 東京 2001年8月11日
第32回 福井 2002年7月27日
第33回 豊橋 2003年7月25日
第34回 横浜 2004年7月23日
第35回 長岡 2005年8月1-2日
第36回 今治 2006年7月29-30日
第37回 前橋 2007年8月4-5日
第38回 青森 2008年8月23-24日
第39回 八王子・多摩 2009年7月25-26日
第40回 東京 2010年8月21-22日
第41回 大牟田 2011年8月20-21日
第42回 愛知 2012年8月25-26日
第43回 函館 2013年8月24-25日
第44回 神戸 2014年8月23-24日
第45回 東京 2015年8月22-23日
第46回 仙台 2016年8月27-28日
第47回 千葉 2017年8月18-20日
第48回 松山 2018年8月24-26日
第49回 甲府 2019年8月30日-9月1日
第50回 東京 2020年8月28-30日(Zoom)
第51回 東京 2021年8月27-29日(Zoom)
第52回 東京 2022年8月26-28日
第53回 秋田 2023年8月25-27日
出典:全国大会 – 空襲・戦災を記録する会全国連絡会議 (kushusensai.net)
全国連絡会議全国大会開催状況(抄)
回 |
年月日 |
開催地 |
備考 |
01 |
19710814 |
東京 |
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07 |
19770807 |
福山 |
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「福山空襲の記録運動の中で」 (岡田智晶) |
10 |
19800801 |
那覇 |
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『今、平和のために(那覇市史だより)第16・17・18号』 |
12 |
19820807 |
佐世保 |
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14 |
19840804 |
呉 |
資料一括あり |
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『呉の戦災 あれから 半世紀くりかえすな』(呉戦災展実行委員会編、呉戦災を記録する会刊、19950622)目次
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備考 |
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はじめに―被災50周年記念が問いかけるもの |
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朝倉郁夫(呉戦災を記録する会) |
Ⅰ |
戦争への道 |
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1 |
呉と海軍・海軍工廠 |
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2 |
日中15年戦争とアジア・太平洋戦争のはじまり |
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3 |
日本の戦争加害 |
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Ⅱ |
戦時体制と空襲 |
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1 |
戦時体制下でのくらし |
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2 |
日本への空襲 |
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Ⅲ |
呉の空襲 |
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1 |
呉が「真珠湾攻撃」された日 |
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2 |
恐怖の白昼爆撃 |
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3 |
呉海軍工廠、壊滅 |
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4 |
呉市街地夜間無差別大空襲 |
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5 |
帝国海軍、最後の日 |
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6 |
爆弾と焼夷弾 |
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7 |
原爆投下計画と呉 |
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8 |
呉空襲の特色 |
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Ⅳ |
呉の現在 |
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1 |
呉と基地 |
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2 |
呉の戦災遺跡 |
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Ⅴ |
資料と参考文献 |
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1 |
呉空襲の記録とアメリカ軍の記録 |
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2 |
参考文献 |
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|
おわりに―呉の戦後は終わっていない |
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アジア・太平洋戦争および呉の戦災 略年表 |
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編集委員:朝倉邦夫(呉戦災を記録する会)、是恒高志(全教広島海田支部)、武智碩一(歴史教育者協議会)、林茂(非核の呉港を求める会)、平岡典道(高教組平和教育推進部)、平賀伸一(呉戦災を記録する会)、吉田昭雄(呉戦災を記録する会) |
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『改訂版 呉空襲記』(中国新聞呉支社、19790531<初版発行は19751220>)
頁 |
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007 |
海軍管理都市 |
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憲兵隊が呉市長を逮捕
目隠しの生活
サイレンで年明け |
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014 |
三月十九日 |
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初の爆撃に衝撃
民間の死者29人
土佐沖から350機
民家に爆弾直撃
国民学校も破壊 |
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022 |
広・11空廠 |
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B29百三十機が来襲
待避ごうを直撃
動員学徒も死ぬ
機械500台が被害
ものすごい爆風 |
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031 |
呉工廠 |
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20分間隔で爆撃
電動機吹き飛ぶ
やっと警報解除
早瀬地区(音戸)に爆撃
隣組全員命拾い
爆弾投下336発 |
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爆弾投下336発(抄)
製鋼部は第二甲鈑鍛錬工場、製鋼実験部付近、第一製鋼工場に集中投下された。
第一製鋼工場にいた広島県賀茂郡豊栄町、農業柳井順三さん(60) の記憶。
「爆撃の威力は相当なもので、ごうの前にあった爆風よけのコンクリートが基部から完全に爆破され跡片もなくなっていた。
午後からガス工場を見回っていると、発生炉のそばにある水そうに爆弾が落下し、水そうの横をレールが通っていて、そこに止まっていた機関車は爆風で持ち上げられ脱線していた。
鋳物に使う約1トンの鉄の円盤が30メートル余り吹き飛ばされ、高さ10数メートルもある鋳物工場の屋根に投げ上げられていた」<柳井順三は宇吹の義父> |
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042 |
市街地 |
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B29八十機が来襲
全市が火の海
家族もバラバラ
ごうで550人死ぬ
一夜で焦土
前進はばむ炎と煙
海軍施設でも被害
投下焼イ弾8万個
焼け跡で炊き出し
もう日本はダメ |
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060 |
呉沖海空戦 |
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係留艦の燃料なし
艦載機870機が猛爆
戦艦「伊勢」に空爆
民家に米軍機墜落
「青葉」も大破、着底
「日向」夜通し炎上
ロケット弾サク裂
重巡「利根」も大破
「大淀」に水平爆撃
無傷「榛名」に猛爆
8艦で死者839人 |
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079 |
広島被爆 |
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被爆者救援
海軍救護隊も出動 |
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083 |
終戦 |
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|
忘れられぬ記憶
玉音放送に涙
戦災の跡に台風
焼け野原に驚く
代用食でしのぐ |
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093 |
海軍解体 |
|
|
GHQ命令出る
水道を市に移管
機雷掃海を要求 |
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099 |
米軍進駐 |
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早速戦犯を追及
弾薬を海に投棄
遺骨も同時収容 |
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104 |
慰霊の軌跡 |
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炎天下650人参列
先細る慰霊法要
25年ぶり奉納へ
二つの碑を建立
市の手で慰霊を |
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114 |
歳月 |
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支給されぬ年金
焼イ弾右腕奪う
「よう生きて…」
まず幹線道造り
広がる記録運動 |
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124 |
被災地広がる |
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尾道市 県下初の空襲
福山市 市街地の八割を焼く
岩国市 終戦前日の猛爆
徳山市 無差別爆撃で廃墟
光市 一瞬で散った動員学徒
宇部市 空と地上からの火柱交錯
下関市 海峡も陸上も墓場に |
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147 |
呉空襲関係資料 |
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広島県下に於ける空襲被害状況表
呉空襲被害一覧表
広・11空廠工場配置と待避ごう位置図
昭和20年呉市の警報発令状況
呉市学童疎開先一覧表
勤労動員一覧表
第二次世界大戦関係雑件(被害調査)(呉市に関する報告)
呉沖海空戦の主な軍艦と戦歴 |
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181 |
あとがき |
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『占領下の「原爆展」-平和を追い求めた青春』(小畑哲雄、かもがわ出版、19950625)
目次
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プロローグ |
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祇園ばやしのひびく中で/「掘り起こしの会」の発足 |
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1 |
事前の大宣伝活動 |
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走る列車に飛びのるように/宣伝の武器、小原爆展とスチール展 |
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2 |
わだつみの声にこたえて |
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春の文化祭/大田洋子さんら迎え原爆講演会/「総合原爆展」にむけて/「原爆体験記」を発行 |
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3 |
忘れることのできない二人の先生 |
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天野重安先生のこと/西山卯三先生のこと |
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4 |
熱気のこもる会場 |
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デパートの催し会場で/「原爆の図」/K君の思い出/パネルと展示品/M教官の思い出/平和を求めてこれを追うべし |
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5 |
相つぐ妨害と弾圧 |
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原爆の真実を知らせないアメリカ/10日間で入場者3万人/陰険な弾圧 |
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6 |
原爆展、各地にひろがる |
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専門分野の知識生かし/帰郷活動とも結びついて/原爆展、東京へ/前線基地横浜で/京大内での原爆展を/「天皇事件」と同学会解散 |
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7 |
エピローグ |
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一九九四年秋、広島にて/E=MC2 の語るもの/平和を追い求めた青春 |
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『非戦を生きる-高良とみ自伝』(高良とみ、ドメス出版、19830325 )
目次
章 |
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プロローグ |
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Ⅰ |
生いたち |
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|
婦人運動の先駆者、母邦子 |
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父のこと |
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キリスト教の家 |
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|
寄宿舎生活 |
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タゴールとの出会い |
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|
「中条百合子<宮本百合子>さんについて」 |
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Ⅱ |
行動する心理学者として |
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アメリカ留学 |
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女子教育者として |
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「友和会設立」 |
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|
暗い時代へ |
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|
「空襲・疎開・敗戦」 |
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Ⅲ |
平和を求めて |
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復興への息吹の中で |
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呉市助役として |
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戦後初の婦人議員に |
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|
極東裁判の印象 |
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|
新憲法発布 |
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緑風会へ |
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|
世界平和者会議ヘ |
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ローマ法王に戦犯の減刑請願 |
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|
全インド婦人会議 |
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|
全面講和か片面講和か |
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|
売春防止法制定にむけて |
|
“鉄のカーテン”をくぐる |
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モスクワへの道 |
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|
モスクワでのこと |
|
|
モスクワ経済会議 |
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|
グロムイコ会見 |
|
|
モスクワ見聞記 |
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|
シベリアのラーゲル訪問 |
|
|
日中第一次貿易協定を結ぶ |
|
|
新しい中国の内側 |
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|
スイスの赤十字へ |
|
|
高良とみ帰国歓迎会 |
|
|
日本婦人団体連合会結成 |
|
|
在中国同胞引揚げ交渉に再び北京ヘ |
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|
|
アジア・アフリカの婦人と共に |
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|
|
「妻として母として」
-内側から見た高良とみ |
高良留美子 |
|
解説 |
柘植恭子 |
|
高良とみ年譜 |
|
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。