裁かれた日本

『裁かれた日本』(野村正男、角川書店、19560405)

内容<作業中

007 開幕
007 明治ビル開く
009 日本を裁く舞台装置
012 耳新しい罪名
013 秋霜烈日のルール
015 死刑が原則だった
016 宿命の地獄坂
017 天長節を選んで起訴さる
022 弾劾された日本帝国
027 原爆を裁く
029 被告のモノローグ
030 七灯人
032 孤立無援の弁護団
035 26人乗りのバス
037 共同謀議者の面々
038 歴史に初めての裁判
040 狂う大川周明博士
041 松岡洋右の最後
042 暴に屈せず
047 忌避の申立て一蹴さる
049 秋田犬、獅子を噛む一幕
050 日本の降伏は無条件
051 キーナン日本弾劾の日
052 日本現代史の暴露
055 俎の上の28被告
057 日本の言分はきかない
059 うそぶく東条メッセージ
062 歴史の虚実
062 歴史を証言する
065 滝川教授のズバリ証言
066 三月事件の秘密
070 秘密書類続々法廷へ
072 スチムソンのペン
073 リットン・リポート
075 ヒトラーとの共同謀議
076 ノモンハン事件も侵略戦争
078 草場証人、謎の自殺
079 戦慄の赤軍諜報資料
080 広田内閣の「国策基準」
082 チャーチルの手紙
086 グルー大使は来ない
088 宮廷にゆらぐ灯
090 皇族内閣への反対
093 虎穴に入って得た暴虎
094 迷う天皇と「相当の確信」
096 捕虜は復讐する
098 日本抗弁の日きたる
100 弁護団、侵略を否認
102 反証に起つ
104 島田、ハル・ノートを叩く
107 東郷茂徳の二面作戦
109 日本は恥ずべき罪人
111 ナチスと日本はちがう
113 海図なき航海―その判決と刑罰
113 米弁護団首切らる
114 ハットリ・ハウス
116 判決をきく日
118 判決の印象四つ
122 敗者にきびしき法
123 捕虜虐待は政府の責任
126 日本は罪ある国
127 判決のヤマ
131 重光の場合
132 キーナン・レースの大穴
135 無罪は一人もいなかった
139 肉親のうれい
140 傍聴席には野坂参三も
142 君をしばり首にする
145 古い日本への決別
147 ブレークニィ最後の大弁論
150 葬られた少数派の判決
158 天皇の責任論
160 天皇の免責を考慮せよ―ウエッブ裁判長
165 広田の死刑を救え―オランダ判事
170 戦争と軍人の責任
171 日本だけ罰してはいけない―インドの判事
173 絞首刑は平和に貢献しない
175 原子爆弾こそ裁け
178 連合国の手も清潔ではない
180 まだ寛大すぎる―比島の判事
182 広田死刑は六対五
185 死刑の多数決は言語道断
187 マックは死刑を急いだ
193 終末
193 ワシントンの一幕
198 死の金曜日のこと
202 時は流る
204 裁くものは裁かる
207 あとがきにかえて

BC級戦犯裁判

『BC級戦犯裁判』(林博史著、岩波書店<新書>、20050621)

内容<作業中

なぜ、いま戦犯裁判か
1 なぜ戦争犯罪が裁かれることになったのか
2 戦犯裁判はどう進んだか
3 八か国の法廷
1 イギリス
2 アメリカ
3 オーストラリア
4 オランダ
5 フィリピン
6 中国
7 フランス
8 ソ連
4 裁かれた戦争犯罪
1 アジア民衆への犯罪
2 捕虜への犯罪
3 女性への犯罪
5 裁いた者と裁かれた者
6 裁判が終わってー戦犯の釈放
BC級戦犯裁判とは何だったのか
あとがき
BC級戦犯裁判関係年表

原爆裁判<『中国百年 第3部 重い軌跡』所収>

原爆裁判<『中国百年 第3部 重い軌跡』所収>

 243 戦勝国の不正義
/ 隠されていた実相/わき上がる怒り/”正義漢”岡本弁護士/父親と激しい議論/
 246 歌集『人類』
 /人類の運命/ナンポリア記者来訪/訴訟理論の究明/
249 「原爆民訴或問」
 /平和への寄与/原爆被害者の会に依頼/平和条約第19条/
 251 原爆損害求償同盟発足
 /30万円を寄付/少ない賛成者/米国の反響/日弁連の調査委員会/岡本さんのいらだち/三浦弁護士も意見書/
 256 失望
 /提訴の利害得失/外交の根底に被爆体験を/米からの反対の返事/屈しない岡本さん/
 259 ビキニ事件
 /高まる原水禁運動/同盟の規約改正/良心的な弁護士/ウイリン氏の返事/最低2万5千ドル/米での裁判を断念/
 264 火の玉
 /まくら元にノート/軍司令部にどなり込む/
 267 未知への挑戦/
  /新しい理論の創造/法律とは何か/古野弁護士の弔辞 /死んでわかったえらさ/
 269 原告たち
  /慰謝料20万円/5人の子供失う/ 一人生き残る/みなし子/妻子全滅/
 272 ゆがんだ社会
  /多田さんの手記/入浴も断られる/夫が家出/20年目の真相/原爆被害者の勇気
 277 訴状
 /17項目の請求要因/原爆の人的被害/トルーマン声明/ヘーグ陸戦条約/国際法の立法精神/米の責任は明白/
 282 賠償請求の権利
  /二つの見解/調和の道/侵害された財産権 /
 284 食い足りぬ答弁書
  /請求棄却求める/賠償義務の否認/”政治問題” /
 286 政府の議声明
  /被告の釈明を要求/「人類文化に対する罪状」/「交戦国としての抗議」 /
 289 二つの論理
  /原告の主張/被告の反論/法相の申し送り事項 /仕事の鬼/
 291 後継者
  /学徒出陣で北支へ/岡本さんとの出会い/ 原水禁大会に参加/
 294 国際法違反で一致
  /国際法に苦労/3人の鑑定人/ 害的手段の制限禁止//不必要な苦痛/高野説に反対/田畑教授の見解/
 298 三鑑定人の解釈
  /国家代行が原則/権利を放棄した政府/ 高野、田畑説/追及する羽仁議員/強者の論理/
 303 裁判官の怒り
  /主文はあと回し/国家の破壊力と殺傷力/ 規定のない新兵器/防守と無防守の区別/違法な戦闘行為/軍事目標と非軍事目標/キメ細かい違法性の立証/トルーマンに責任なし/”東京裁判”の論理/個人にない請求権/異例の感想/8年7カ月の歳月/
 313 あふれた真情
  /さまざまな反響/被爆者の声を代弁/真の争点だけを考察 /人類絶滅の警鐘
 316 回想と反省
  /真正面からの判断/「提携が不十分」/
 318 戦後は終わらない
 /恵庭事件/衆参両院の決議/被爆者の苦しみ/救いの手を待ちながら/法廷内論争に終始 /

桑原原爆裁判支援ニュース第1号(1974年5月15日)

桑原原爆裁判支援ニュース第1号(桑原原爆裁判を支援する会、1974年5月15日)

dc19740515-01
dc19740515-011
 桑原原爆裁判を支援する会
 代表委員:相原和光、佐久間澄、庄野直美、宅和純、田辺勝、馬場雅夫、森滝市郎
 桑原裁判の経過:<参考:年表:桑原原爆訴訟 1969~79
 桑原裁判の問題点(主任弁護士:相良勝美)
dc19740515-02
 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について(広島大学名誉教授:佐久間澄)

年表:石田原爆訴訟 1973~78年

年表:石田原爆訴訟 1973~78年

Y M D NEWS1
73 04 18 石田明広島県被爆教師の会会長、桑原訴訟に続く原爆訴訟の提訴を準備していることを明らかにする。
73 05 16 「石田原爆訴訟をすすめる会」の準備会、広島市内で開催。23人が出席。
73 05 17 石田明全国被爆教師の会会長、厚生大臣を相手取り、白内障の原爆症認定申請却下処分の取り消しを求める訴えを広島地裁に提出。
73 05 26 「石田原爆訴訟をすすめる会」、結成総会を広島市内で開催。50人が出席。
73 06 10 広島県原爆被害者団体協議会(田辺勝理事長)、広島市内で総会を開催。約60人が参加。被爆者援護法制定への取り組み、桑原訴訟・石田訴訟支援など昭和48年度の運動方針を決定。
73 06 26 広島県被爆教師の会、1973年度定期総会を広島市内で開催。石田原爆訴訟支援など1973年度活動方針を決定。
73 06 26 広島地裁、石田原爆訴訟の第1回口頭弁論。原告訴訟陳述、被告答弁書陳述、原告求釈明(原爆投下責任の所在・認定基準の存否等)、原告本人意見陳述。
73 07 10 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。却下処分は適法と主張。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 07 21 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。原爆投下責任は本件訴訟と係わりなく釈明の要なし、認定基準は無しと主張。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 07 23 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 07 24 広島地裁、石田原爆訴訟の第2回口頭弁論。被告が準備書面を陳述。
73 07 26 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 09 18 広島地裁、石田原爆訴訟第3回公判。被告が準備書面を陳述。原告準備書面提出(原爆医療法の解釈、在り方、国家補償原理に依る法の解釈、運用の義務、被爆者の実態、行政の在り方、本件の処分の違法性)。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 11 13 広島地裁、石田原爆訴訟の第4回口頭弁論。被告が準備書面を提出し陳述。原告側、24人の証人を申請。
74 03 06 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島市内で原告側弁護団と合同会議を開催。被爆者援護法制定要求とからめ石田原爆訴訟を支援する署名運動を30万人規模で展開することを決定。
74 03 12 広島地裁、石田原爆訴訟の第5回口頭弁論。加藤智一元厚生省公衆衛生局企画課長補佐、被告側証人として証言。
74 05 25 「石田原爆訴訟をすすめる会」、提訴1周年をむかえ支援集会を広島市内で開催。
74 05 28 広島地裁、石田原爆訴訟第6回公判。被告側証人・加藤智一元厚生省公衆衛生局企画課長補佐に対する反対尋問。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
74 07 16 広島地裁、石田原爆訴訟の第7回口頭弁論。高橋澄子・富永初子、原告側証人として証言。
74 09 17 広島地裁、石田原爆訴訟第8回公判。原告側証人・寺地操・高橋昭博・西田文子。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
74 09 19 広島地裁、石田原爆訴訟の第9回口頭弁論。伊東壮日本被団協事務局長、原告側証人として証言。
74 12 24 広島地裁、石田原爆訴訟の第10回口頭弁論。佐久間澄が原告側証人として証言。
75 02 18 広島地裁、石田原爆訴訟の第11回口頭弁論。草野信男が原告側証人として証言。
75 05 13 広島地裁、石田原爆訴訟の第12回口頭弁論。小川政亮が原告側証人として証言。
75 07 15 広島地裁、石田原爆訴訟の第13回口頭弁論。訴訟進行について、原被告双方意見陳述。
75 09 09 広島地裁、石田原爆訴訟の第14回口頭弁論。田坂正利福島生協病院長が原告側証人として証言。
75 10 09 広島地裁、石田原爆訴訟の証人調べ(出張尋問、東京地裁)。庄治義治九州大学名誉教授、被告側証人として証言。
75 12 09 広島地裁、石田原爆訴訟で第15回口頭弁論。杉本茂憲、原告側証人として証言。
75 12 23 広島地裁、石田原爆訴訟の第16回口頭弁論。杉本茂憲、前回に引続き原告側証人として証言。
76 03 02 広島地裁、石田原爆訴訟の第17回口頭弁論。原告の石田明が証言。
76 05 07 石田原爆訴訟の原告側弁護団、最終準備書面と原告の勝訴判決を求める日本原水爆被害者団体協議会の要望書を広島地裁に提出。
76 05 11 広島地裁、石田原爆訴訟の第18回口頭弁論。原・被告双方準備書面提出及び陳述(結審)。
76 05 11 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島弁護士会館で報告集会を開催。
76 05 17 「石田原爆訴訟をすすめる会」、「石田原爆訴訟の勝利をめざす報告集会」を広島平和記念館で開催。約80人が参加。
76 07 12 広島地裁、石田原爆訴訟の判決を27日に言い渡すことを関係者に通知。
76 07 27 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島城跡公園で判決報告集会を開催。約200人が参加。
76 07 27 広島地裁、石田原爆訴訟で原告側勝訴の判決。厚生省に原爆白内障の認定申請却下処分の取り消しを命じる
76 07 27 広島地裁、石田原爆訴訟で判決。
76 07 27 石田訴訟判決に出かける。
76 07 27 日本原水爆被害者団体協議会、石田原爆訴訟の判決に関連し、政府が早急に被爆者援護法を制定するよう求める声明を発表。
76 07 27 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島市内で判決検討会を開催。国に控訴をやめるよう求めることを決定。
76 07 29 荒木広島市長、石田原爆訴訟の判決について、記者会見で、国が控訴を控えるよう希望を表明。
76 07 30 石田明と訴訟支援関係者5人、厚生省を訪れ、控訴を断念するよう要請。
76 07 31 広島県原水禁、役員会を開催。石田原爆訴訟で控訴しないよう国に要請することを決定。
76 08 03 宅和純「石田原爆訴訟をすすめる会」会長ら3人、広島県・市の原爆対策担当者に石田訴訟の控訴を断念するよう首相に働きかけることを要請。
76 08 04 石田明、第22回原水爆禁止世界大会本会議で訴訟勝利の挨拶。5日には、被爆31周年原水爆禁止世界大会でも。
76 08 06 三木首相・田中厚相、広島での記者会見で石田原爆訴訟の控訴をしない方向で検討していることを明らかにする。
76 08 10 厚生省、石田原爆訴訟で、控訴断念を決定。広島地裁判決が確定。
76 08 31 「石田原爆訴訟をすすめる会」、幹事会を開催。3年間の活動を総括、近く解散することを決定。
76 09 04 石田明、原爆症認定書を受け取る。
76 10 01 石田原爆訴訟勝利を記念する講演会と祝賀会、広島市内で開催。石田忠一橋大学教授が講演。約100人が参加。
77 08 22 「石田原爆訴訟勝利1周年記念、桑原訴訟の勝利を目指す集会」広島市内で。
78 04 26 “桑原訴訟”の口頭弁論で、証拠書類として“石田原爆訴訟”の記録集を提出。

桑原裁判の判決について 相良勝美

『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

 20220411a
 20220411b
 20220411c
 20220411d
 20220411e
 20220411f

内容

01 相良勝美(主任弁護士) 桑原裁判の判決について
07 佐久間澄(広島県原水協理事長) 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について
12 田辺博介(裁判長裁判官)
海老沢美広(裁判官)
野田武明(裁判官)
判決
36 証拠関係

桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について 佐久間澄

桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について 佐久間澄

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『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

内容

01 相良勝美(主任弁護士) 桑原裁判の判決について
07 佐久間澄(広島県原水協理事長) 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について
12 田辺博介(裁判長裁判官)
海老沢美広(裁判官)
野田武明(裁判官)
判決
36 証拠関係

 

『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

『桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡』(原水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会)

内容

20220412083320649
01 相良勝美(主任弁護士) 桑原裁判の判決について
07 佐久間澄(広島県原水協理事長) 桑原訴訟に対する田辺判決の矛盾について
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12 田辺博介(裁判長裁判官)
海老沢美広(裁判官)
野田武明(裁判官)
判決
36 証拠関係

 

桑原裁判の経過と問題点

 

Bk691130s
原水爆禁止広島県協議会
広島県原爆被害者団体協議会
山陽民主医療機関連合会
1969年11月30日発行

 

被爆者医療の権利を守るたたかいのために--桑原経過と問題点

原子爆弾被爆者特別措置法が施行されて間もない昭和四三年九月七日、桑原忠男さん(五九才)は、特別手当を受けるため、脊髄円椎上部症候群の診断書を添えて、認定申請書を厚生大臣に提出しました。

被爆前には、剣道二段、一○○米を一二秒で走り、乗馬にも堪能で、体育指導員や剣道助教などをしていた桑原さんは、爆心から一、三○○米くらいの、広島市鷹野橋地区の路上で被爆しました。爆風で吹きとばされて重篤な打撲傷を負い、数時間も意識を失っていましたが、幸い一命はとり止め、同夜は、近くの吉島町の実兄の家に泊り、翌日、郷里の広島県御調郡原田村(現、尾道市原田町)ヘ帰りました。

帰郷後は、被爆時に体の各所にうけた外傷、打撲傷、とくに、そのために起った腰痛、また、大・小便の排泄の困難などで、二年間くらいは、ほとんど床に就いたままで苦しみ続けました。昭和二五年頃から、ようやく軽快して、松葉杖にすがりながら歩けるようになり、世話好きの桑原さんは、選ばれて村会議員、農業委員などになり、不自由な体ながらも、村民のために尽されました。しかし、その間も、健康が十分回復したというのではなく、病院に通い続けていたのですが、昭和二八年頃から、再び病状が悪化し、歩行は困難となり、排尿、排便にも苦しむようになりました。引き続き、通院、あるいは入院(尾道市民病院に二回、農協病院に三回、民医連福島病院に一回)して治療を続けていますが、現在も、腰部下部及び下肢の内側が麻痺して、歩行は困難を極め、大・小便の排泄にも苫しんでいます。

このような状態の中で、桑原さんは、特別措置法の実施によって、永年の苦しみが、幾らかでも償われるのではないかと、認定申請に大きい期待をかけたわけです。

ところが、厚生大臣は、桑原さんの病状が、原爆医療法第八条第一項(認定に関する条項)に該当するものと認め難い、として、一二月二五日付で申請を却下してきました。

それまで桑原さんの診察、治療を行ない、それに基づいて、認定の申請を勧めて、申請のための診断書も作製した福島病院はもちろん、広島県原水協、広島県被団協は、この却下処分が、原爆被害の実態、とくに放射能障害に対する故意の無視、医療法・特別措置法の立法精神の否定あるいは運用上での不誠実、また、認定の判断をする原爆医療審議会の認定基準のあいまいさなどによるもので、これは、ひとり桑原さん個人の問題ではなく、被爆者全体にかかわる極めて重大な問題であることを痛感しました。

そこで、広島県原水協、被団協及び山陽民医連は種々協議した結果、桑原さんに、異議申立の訴訟をするように勧めました。政府に対して法で争うことが、何か悪いことをするかのような、不当な考え万に慣らされてきている日本国民の多くの人びとと同じように、桑原さんの家族は、この訴訟をすることに、こぞって反対しました。家族の反対のために、桑原さんも一時は訴訟をためらいましたが、この数年、尾道被爆者の会の世話役などもしてきた桑原さんは、自分の一生を台なしにした原爆への怒り、ごまかしの医療法、特別措置法の実態についての不満、そして、それが、桑原さん一人のものでなく、三○万被爆者全部のものであることを痛感して、全国の被爆者のために、どうしても立ち上がるべきだと決心し、家族の反対を押して、訴訟に踏み切りました。

広島の民主的法律家グループ、広島法律事務所が積極的にこれに協力して、桑原さんの代理人となつて、昭和四四年二月一八日、行政不服審査法第六条による異議申立てがなされ、ついで、三月二六日、厚生大臣を被告として、「原爆医療法に基づく認定処分の取消請求」の訴訟を提起しました。

訴訟は今、広島地方裁判所で、原告(桑原さん)と被告(厚生大臣)との間で、訴訟の目的、お互の意見、異議を文書で交換し合っている段階にあります。これらの準備書面交換を一応終了した時期に裁判が行なわれるのですが、準備書面に開陳された意見が、判決に最も大きい影響を与えるので、広島県原水協、被団協及び山陽民医連は、広島法律事務所と一体となって、今この問題にとり組んでいます。

この訴訟は、桑原さんの認定獲得のための訴訟ではありますが、さきに述べたように、全ての被爆者の権利を主張し、援護を獲得するための、最も具体的な、また、もっとも直接的な斗争であると考えています。全国の被爆者及び被爆者救援に日夜活動しておられる全ての方々が、この桑原訴訟の意義を理解され、強力な支援を与えられることを心から念願して、以下の資料を提供する次第です。

資料Ⅰは、原爆被爆者の特殊な身体障害の実態とこれに対する政府の態度の問題点を明らかにするためのもの、資料Ⅱは、桑原訴訟に関して原告及び被告から出された準備書面(提訴理由書、却下理由書、それに対する反論等)、資料Ⅲは、被告厚生省の却下理由書に対し、現在の、桑原さんの主治医である福島病院長田阪正利氏が、過去のカルテを綿密にしらべ、現病状を詳しく診断した医学的立場に基いてなされた反論です。

今国の仲間の皆さんが、この問題の重大さに深く思いを致され、私たちのたたかいを、被爆者救援を願う全国民のたたかいとして、強化、拡大されることを心から願って止まない次第です。

一九六九年一一月

広島県原水協理事長      佐久間 澄
広島県被団協理事長      田辺  勝
山陽民主医療機関連合会会長  中本 康雄

年表:桑原原爆訴訟

年表:桑原原爆訴訟 1969~79

Y M D NEWS1
69 03 26 桑原忠男(尾道市在住の広島被爆者)、広島地裁に「被爆者医療法に基づく「認定却下処分」の取り消し」を斉藤昇厚生大臣に求める訴状を提出。桑原=「却下の理由が何ら示されず一方的な決定なので納得でぎない。尾道市内でこれまで十二人が認定申請したが認められたのは二人だけ。全国には一方的却下に泣き寝入りしている人も多いと思われるので訴訟を起こした」
69 03 26 原爆医療法による認定申請を却下された尾道市の桑原忠男、厚相を相手どり、広島地裁に処分取り消しの訴え起こす。
71 07 29 広島地裁、桑原原爆訴訟の第1回口頭弁論。
71 09 30 広島地裁、桑原原爆訴訟の第2回口頭弁論。田坂正利福島病院長、原告側証人として出廷。
71 11 05 広島県被団協(田辺勝理事長)、7日に長崎市で桑原原爆訴訟支援を呼びかけるため「被爆者遊説団」を結成すると発表。
71 11 12 広島地裁、桑原原爆訴訟の第3回口頭弁論。東京地裁での出張尋問。被告側証人:福渡靖鳥取県予防課長、原告側証人:伊東壮・田沼肇。
71 12 23 広島地裁、桑原原爆訴訟の第3回口頭弁論。原告側証人:杉原芳夫。
72 03 02 広島地裁、桑原原爆訴訟の第4回口頭弁論。原告側証人:富永初子。
72 04 20 広島地裁、桑原原爆訴訟の第5回口頭弁論。桑原忠男の本人尋問。
72 06 29 広島地裁、桑原原爆訴訟の第6回口頭弁論。被告申請の津屋旭と津山直一の鑑定書が提出される。
72 08 30 広島地裁、桑原原爆訴訟で津屋・津山両鑑定人の出張尋問を東京地裁で実施。
72 12 21 広島地裁、桑原原爆訴訟の第8回口頭弁論。結審。
73 04 18 石田明広島県被爆教師の会会長、桑原訴訟に続く原爆訴訟の提訴を準備していることを明らかにする。
73 04 19 広島地裁、原爆症認定をめぐる桑原忠男(尾道市)の講求を却下。「原告の疾病は被爆が原因と認め難い」
73 04 19 桑原原爆訴訟の判決報告集会、広島市内で開催。原告の桑原忠男ら40人が参加。
73 04 19 広島地裁、桑原原爆訴訟で原告の請求を棄却する判決。
73 05 02 桑原忠男、広島地裁の判決を不服として広島高裁に控訴。
73 07 23 「桑原訴訟を励ます会」、結成。
73 09 12 広島高裁、桑原原爆訴訟控訴審の第1回口頭弁論。
73 12 03 桑原原爆訴訟控訴審第二回口頭弁論。被告の国側「被爆と病気の因果関係の立証責任は原告にある」と主張
73 12 03 広島高裁、桑原原爆訴訟の第2回口頭弁論。
74 02 04 広島高裁、桑原原爆訴訟の第3回口頭弁論。
77 07 14 「桑原原爆訴訟」の口頭弁論、来月再開決定。
77 08 22 「石田原爆訴訟勝利1周年記念、桑原訴訟の勝利を目指す集会」広島市内で。
77 08 24 桑原訴訟の控訴審3年ぶりに再開、草野原水協理事長、原告側証人として採用。
77 11 02 桑原訴訟の控訴審第5回口頭弁論広島地裁で。草野日本原水協理事長、原告側の証人として陳述。
78 01 25 “桑原訴訟”控訴審。
78 04 26 “桑原訴訟”の口頭弁論で、証拠書類として“石田原爆訴訟”の記録集を提出。
78 09 27 “桑原訴訟”の控訴審口頭弁論。
78 12 06 桑原訴訟控訴審結審。
79 05 16 “桑原訴訟”で、原告被爆者の控訴を棄却するとの判決下る。
79 05 28 “桑原訴訟”原告、上告を断念すると発表。

 

原爆医療法に基づく認定申請却下処分の取消請求事件(昭和44年(行ウ)第8号)

 原爆医療法に基づく認定申請却下処分の取消請求事件(昭和44年(行ウ)第8号)

裁判所:広島地裁

提訴日:1969(昭和44)年3月26日

判決日:1973(昭和48)年4月19日

原告:桑原忠男

被告:国(厚生大臣)

事案の概要:原告は、広島の原爆爆心地から1.3キロで被爆、1953年ごろから下半身が不自由となり脊髄円錐上部症候群と診断された。1968年9月7日に行った認定申請に対し同年12月2日、厚生大臣の却下処分があり、これを不服として1969年2月17日異議申立を行い、この申立も同年6月棄却されたため原処分の取消を求めて提訴。

争点:原告の疾病(脊髄円錐上部症候群)が原子爆弾に起因するものであるか

判決:請求棄却

 

原爆医療法に基づく認定申請却下処分の取消請求控訴事件(昭和48年()第号)

裁判所:広島高裁

提訴日:1973(昭和48)年5月2日

判決日:1979(昭和54)年5月16日

原告:桑原忠男

被告:国(厚生大臣)

判決:控訴棄却

 

争点と判決

争点1:因果関係

原告   =現在の疾病は被爆の際受けた負傷と放射能による。

被告(国)=放射能が脊髄に傷害を及ぼすのは1500-2000ラドで、原告の推定被曝線量の100ラドでは起きない。

一審判決 =原告の疾病が原爆の傷害作用に起因するとは認め難い。

二審判決 =一審と同じ。

争点2:立証責任

原告   =放射能の影響でないと認定申請を厚生省が否定する以上、因果関係の立証責任は国にある。

被告(国)=認定すべきだ-と主張する原告側に、その認定要件を満たしているとの証明、つまり立証責任がある。

一審判決 =特に触れないが、「原告の疾病が被曝外の原因に基づく必然性が高い」と国の鑑定を重視。

二審判決 =原告側にある。その方法は、医学的に厳密に証明されなくても、被爆時の状況、病歴、現症状を通し、現在の医学水準に照らし相当程度の必然性が認められれば足りる。

争点3:原爆医療法の性格

原告   =国家補償的な性格を持つ。「疑わしきは認定」を認め、被爆者救済の枠の拡大をめざすべきだ。

被告(国)=社会保障法的性格を持つ。認定されれば一般被爆者より厚い保護を受けるのだから、厳しい区別が行われるのは当然。

一審判決 =触れず。

二審判決 =実質的に国家補償的配慮が根底にある。社会補償法と国家補償法の性格を合わせ持つ複合的立法。

1979年5月29日、原告、上告しないことを表明。
理由:「10年間の闘いの中で、いろいろな成果はあった。ただ、現行の原爆二法は、控訴審での判決に見られるように、認定制度としては機能しない。従って、今後は被爆者援護法の制定実現に向けて全力を挙げる。」

参考資料

 

1969.11.30 『被爆者医療の権利を守るたたかいのために-桑原裁判の経過と問題点』
1972. 「桑原裁判」の証人尋問記録
1973.04 桑原裁判判決(全文)-昭和48年4月19日言渡
年表:桑原原爆訴訟

 

「桑原裁判」の証人尋問記録

『「桑原裁判」の証人尋問記録』(原水爆禁止広島県協議会・広島県原爆被害者団体協議会(共編)1972年)

証人調書

期日 氏名 職業 備考
1971.09.30 田坂正利 医師 第2回口頭弁論
1971.11.12 福渡靖 地方公務員
1971.11.12 伊東壮 山梨大学助教授
1971.11.12 田沼肇 法政大学教授
1971.12.23 杉原芳夫 文部教官(医師) 第3回口頭弁論
1972.03.02 富永初子 無職 第4回口頭弁論
1972.04.20 桑原忠男 無職 第5回口頭弁論

米紙The New York Timesの原爆裁判報道

米紙The New York Timesの原爆裁判報道(1953年2月~1963年12月)

年月日 事項
1953.2.13 Hiroshima Ponders a Suit
[広島の法律家、原爆訴訟を検討]
HIROSHIMA, Japan, Feb. 12 (Reuters) – A legal committee here is studying international law to see if the city can claim damages from the United States for the 1945 atomic bomb attack. The Civic Bar Association passed a resolution yesterday setting up the committee.
1953.6.9 Reuters TOKYO 6.8
[ルーズヴェルト夫人、トルーマン大統領の原爆投下命令は正しかったと語る。]
1954.1.10 ATOMIC VICTIMS TO SUE
Japanese Plan to Name Truman in plea for Indemnity
[11人の日本人弁護士、今日、トルーマン大統領とアメリカ合衆国に対し、原爆被害者に対する損害賠償請求を行うと発表。]
TOKYO Jan. 9 (Reuters) – Eleven Japanese lawyers announced today that they would sue former President Harry S. Truman and the United States Government to gain compensation for every victim killed or wounded in the atomic attacks on Hiroshima and Nagasaki.
The lawyers, most of whom defended Japanese war criminals at post-war trials, alleged had violated both international and American domestic law. They gave no details as to where they would bring suit.
A spokesman for the group, known as the Atomic Bomb Compensation Federation, said it would demand about $3,000 compensation for every fatality, to be paid to relatives of the victims, and $600 for every survivor.
1955.4.4 1955.4.4
AP TOKYO 4.26
[広島の3人の原爆被害者、昨日、日本政府に原爆被害の賠償を提訴。]
1963.12.7 TOKYO COURT RULES ’45 A-BOMBS ILLEGAL
[東京地裁、原爆投下は国際法違反との判決を下す。]
TOKYO Saturday, Dec. 7 (AP) – A Japanese civil court declared today the United States violated international law by dropping atomic bombs on Hiroshima and Nagasaki in August, 1945, just before the end of World War Ⅱ.
The opinion by Judge Toshimasa Kozeki of Tokyo District civil court, on Pearl Harbor day, was in the case of five atomic bomb victims who sued the Japanese Government for $555 to $833 compensation each for their injuries. The court turned down their suit, ruling that neither national nor international law gave individuals the right to claim war compensations from the state.
The legal declaration condemning the atomic bombings was the first of its kind in Japan. Prof. Kaoru Yasui of Hosei University, director of the Japan Council against Atomic and Hydrogen Bombs, said the ruling had a “profounded significance and constituted a great encouragement to the ban-the-bomb movement in the world.” He said he regretted the court did not recognize the survivors’ claims.

 

在外被爆者裁判

『在外被爆者裁判』(田村和之編、信山社、20161130)

目次

事項 著者
はしがき 田村和之
序論 田村和之
1 2015年9月8日最高裁判決
2 被爆者に対する援護
3 在外被爆者を除外した被爆者援護
4 在外被爆者問題の胎動
5 本書の構成
在外被爆者裁判一覧表(20161030現在)
第1編 在外被爆者裁判 総説
第1章 在外被爆者裁判の萌芽
-孫振斗裁判,三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判
田村和之
1 孫振斗被爆者健康手帳裁判,402号通達
2 孫振斗裁判の影響
3 控訴審福岡高裁判決
4 孫振斗裁判最高裁判決複合的性格の原爆医療法
5 原爆被爆者対策基本問題懇談会(基本懇)
6 渡日治療
7 韓国への40億円支援
8 被爆者援護法の制定
9 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判の提起
第2章 被爆者援護法の国外適用へ郭貴勲裁判を中心に 田村和之
1 郭貴勲裁判へ至る過程
2 郭貴勲裁判の提起
3 大阪地裁判決の影響
4 郭貴勲裁判大阪高裁
第3章 国外からの手当等支給申請を認めさせる裁判 田村和之
1 在外被爆者支援団体の要望
2 新たな裁判の提起の検討
3 国外からの手当等支給申請却下処分取消訴訟
4 崔李澈関係裁判長崎地裁判決
5 広島地裁判決
6 崔李澈裁判福岡高裁判決
7 被爆者援護法施行令・施行規則の改正
第4章 在ブラジル被爆者健康管理手当裁判 田村和之
1 継続された在ブラジル被爆者健康管理手当請求裁判
2 勝訴つづく在外被爆者裁判
3 広島高裁で逆転勝訴-在ブラジル被爆者健康管理手当裁判
4 最高裁判決
5 最高裁判決をめぐる国会質疑
6 未払いの被爆者手当の支給
第5章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判最高裁判決 田村和之
1 広島高裁判決
2 最高裁判決
3 違法性の判断についての従前の判決との違い
4 精神的損害
5 被爆者健康手帳を所持しない者へも損害賠償を命じる
6 裁判上の和解による損害賠償の支払い
第6章 被爆者健康手帳裁判と被爆者援護法の改正 田村和之
1 在外被爆者に対し被爆者援護法の適用を求める認識の拡大
2 被爆者健康手帳交付請求裁判の提起
3 被爆者健康手帳裁判と原告の死亡
4 被爆者健康手帳裁判(本案)における当事者の主張
5 広島地裁判決
6 長崎地裁判決
7 大阪地裁判決
8 3判決の特徴
9 被爆者援護法の改正
10 被爆者援護法改正法附則2条
11 国外からの原爆症認定申請
12 被爆者健康手帳裁判の終結
第7章 医療費裁判 田村和之
1 はじめに
2 医療費裁判の提起
3 大阪地裁における当事者の主張
4 大阪地裁判決
5 大阪高裁判決
6 広島地裁判決
7 最高裁2015年9月8日判決【42】
8 政府・厚生労働省の動き
9 医療援護規定の在外被爆者への適用
第8章 小括 田村和之
第2編 在外被爆者裁判各説
第1章 在韓被爆者・郭貴勲裁判 永嶋靖久
1 郭貴勲裁判提訴以前の状況
2 郭貴勲裁判提訴の経緯
3 郭貴勲裁判が目指したもの
4 どこで手当打切りの違法性を確信できたか
5 裁判における双方の主張
6 大阪地裁判決
7 大阪高裁判決
8 上告断念
9 郭貴勲裁判の意義と残された課題
第2章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判 在間秀和
1 はじめに
2 提訴に至る経過
3 訴訟の概要と広島地裁判決
4 広島高裁の一部逆転勝訴判決
5 高裁判決は何をどう認定したか?
6 高裁判決は何故に画期的であるか?
7 最高裁で確定
8 最高裁判決その後
9 容易ではない在外被爆者全てに対する救済
10 韓国に引き継がれた日本の闘い
11 おわりに
第3章 在ブラジル被爆者裁判 足立修一
1 在ブラジル被爆者訴訟(手帳・手当訴訟)とは
2 在ブラジル被爆者の置かれてきた状況
3 原告のとの出会い
4 提訴に至るまで
5 裁判がはじまってから,郭貴勲裁判高裁判決により一定の解決を見た
6 一審判決では時効によって権利は消滅するとして敗訴した
7 控訴審では逆転勝訴した
8 上告審判決はどんな判決だったのか
9 おわり
第4章 崔季激裁判-身動きできない在韓被爆者救済訴訟 中鋪美香
1 はじめに
2 健康管理手当認定申請却下処分取消訴訟
3 葬祭料支給申請却下処分取消請求訴訟
4 不支給健康管理手当支給等請求訴訟
第5章 在韓被爆者医療費裁判 永嶋靖久
1 被爆者援護の根幹としての医療費支給
2 提訴に至る経緯
3 一般疾病医療費支給申請の却下と医療費裁判の提訴
4 大阪地裁における双方の主張と判決
5 大阪高裁における双方の主張と判決
6 最高裁判決
7 最高裁判決の意義
8 医療費裁判の困難
9 一連の訴訟を終えて
第3編 在外被爆者支援と裁判
第1章 在韓被爆者の闘いにおける在外被爆者裁判の意義〔市場淳子〕
1 在韓被爆者問題とは何か
2 在韓被爆者の裁判闘争史Ⅰ-戦後補償裁判期-
3 援護法と在外被爆者-在外被爆者裁判前史
4 在韓被爆者の裁判闘争史Ⅱ-在外被爆者裁判期
5 在韓被爆者の裁判闘争史Ⅲ-韓国裁判期
6 韓国で原爆被害者法が制定
7 アメリカ政府に対する補償要求
8 在韓被爆者支援運動の方向性
第2章 長崎における在韓被爆者(在外被爆者)の支援活動 平野伸人
1 長崎原爆の被害者と在外被爆者
2 在韓被爆者支援の活動のきっかけ
3 韓国の被爆者調査
4 長崎における支援活動の内容
5 金順吉(キム・スンギル)徴用日記の存在と金順吉裁判
6 その後の長崎における裁判の取り組み 258
7 台湾の被爆者
8 捕虜の被爆者たち(オランダ・オーストラリア)
9 第3章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判支援活動〔夏原信幸〕
第3章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判支援活動 夏原信幸
1 裁判提訴と支援する会の結成
2 地裁での闘いと支援運動
3 高裁での闘いと支援運動
4 国と三菱を解決に向かわせること
5 最高裁判決とその後
第4章 在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判支援活動 田村和之
1 はじめに
2 在ブラジル被爆者裁判(健康管理手当)の提起
3 在アメリカ被爆者裁判(国外からの手当等支給申請)
4 在ブラジル被爆者件被爆者健康手帳交付請求裁判
5 国家賠償請求・和解の取組み
6 在米被爆者医療費裁判
7 おわりに
補論 在外被爆者に援護法適用を実現させる議員懇談会 金子哲夫
おわりに-残された問題 田村和之
あとがき

 

 

 

東京裁判とヒロシマ

島津邦弘「東京裁判とヒロシマ-原爆投下責任論をめぐって-」( 『広島市公文書館紀要第3号(昭和55年3月発行)』所収)

はじめに
原爆投下に対する反響
「以下通訳なし」の意味
却下された書証の提出
裁かれる被告にとって「原爆」は・・・
朗読されなかった「パール判決書」
岡本尚一弁護士の情熱
結びにかえて
<補記>・・・また英文速記録、岡本弁護士関連の記述については「現代と広島の会」の田原幻吉・宇吹暁・石踊一則の各氏から資料提供などのご協力をいただいた。

黒い雨 内部被曝の告発

『黒い雨 内部被曝の告発』(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会、20120730)

内容

001 発刊にあたって 高野正明(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会)
004 「黒い雨」降雨地域図
006 <証言>
佐伯郡五日市町海老塩浜
佐伯郡五日市町
佐伯郡観音村
佐伯郡観音村三宅
佐伯郡観音村
観音村千同
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村
佐伯郡八幡村
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村保井田の山
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村利松
佐伯郡河内村下河内
佐伯郡河内村
佐伯郡砂谷村葛原
佐伯郡上水内村打尾谷
佐伯郡八幡村池田地
佐伯郡上水内村打尾谷
佐伯郡湯来町和田
佐伯郡砂谷村
佐伯郡水内村
佐伯郡水内村
佐伯郡上水内村
山県郡加計町
山県郡加計町字加計
山県郡加計町
山県郡加計町
山県郡加計町字坪野
山県郡加計町字穴阿地区
山県郡大朝町大朝
山県郡大朝町
安佐郡鈴張村
安佐郡三入村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
086 安佐郡可部町
安佐郡可部町
安佐郡可部町
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村大字勝木
098 「黒い雨」と「フクシマ」 増田善信(元気象研究所研究室長)
110 増田雨域
112 知られざる核戦争-放射線被害者隠ぺいという「科学」の装いをした核戦争- 矢ヶ崎克馬(琉球大学名誉教授)
124 放射性降下物の広がりと影響 沢田昭二(名古屋大学名誉教授 )
資料
134 広島市の実態調査について
136 原子爆弾被爆地域の拡大に関する要望書
139 「黒い雨」地区のアンケート調査について
142 原爆症認定訴訟と黒い雨 大越和郎(広島県原爆被害者団体協議会事務局長)
144 原爆「黒い雨」問題と住民の運動 牧野一見(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会事務局長)
148 原爆「黒い雨」に関する年表
150 広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会名簿
151 あとがき 高東征二(広島県「黒い雨」県連事務局次長)

 

 

 

黒い雨―降雨地域住民に被爆者手帳を

「黒い雨―降雨地域住民に被爆者手帳を 第1部」(『赤旗(連載)』1980年、40回)、「同 第2部」(1981年4月14日~7月28日

<『黒い雨』(広島県「黒い雨」・自宅看護」原爆被害者の会連絡協議会、19820111)に収録される>

内容

1部 1980年
見出し
1 8月6日その日 太い棒のように なぜ、このような雨が
2 気象かえた原爆 火災で巨大な雨雲 爆撃で複雑な作用発生
3 証言
4 ひょうのように
5 放射能
6 雨戸についた泥
7 ヒロシマ西方では
8 原因不明の鼻血
9 死んだ子ども
10 被災調査
11 江波山の気象台
12 被爆と気象台
13 白色の朝顔
14 煙と雲と
15 枕崎台風
16 台風と原爆
17 二男の脱毛
18 気象人気質
19 26インチ
20 爆心の決定
21 郊外でも
22 提案
23 聞き書き
24 報告書の作成
25 一枚の図
26 特別被爆者
27 特別被爆地域
28 住民の運動
29 片手落ち
30 急性症状
31 健康調査
32 みなしひばくしゃ
33 反響
34 指定の矛盾
35 踊る見出し
36 政府交渉団
37 妻の死
38 土壌調査
39 現地調査 係官を派遣せよ 当時の状況聞いて
40 燎原の火 本格的救済運動へ 署名も急速に広がる
2部 19810414~19810728
1 報告集会 線引きの矛盾つく 初めての住民組織発足
2 山やまを越えて 村上さんええ話でした 大歓迎、和気あいあいの懇談
3 行政の光 手帳交付の相談も 集会後に質問や意見続出
4 健康調査
5 陳情
6 請願
7 広がる請願
8 大きな流れ
9 出発点
10 残留放射能
11 相生橋 熱戦うけてから36年も 残留放射能を調査
12 核分裂生成物
13 突然の死
14 第五福竜丸
15 ブラボー爆弾
16 死の灰
17 広島の死の灰
18 政府の調査
19 対照地区
20 参院社労委 緊張”走る”渡辺質問 残留放射能の対応策は
21 参院社労委 強い放射能を含む 少雨地域も特別指定を
22 夏の大要のように ”被爆地”と認めよ 1市4町1村で署名2万
23 画期的な夏 初の原水協調査団 住民からの訴え次つぎ
24 証言の重み 北側にも大雨が・・・ 不合理な”線引き”ただす
25 すすむ運動 被爆地指定の声新た ”核兵器ノー”の声とともに
連絡協議会役員一覧

広島は訴える 原爆広島11年の記録

『広島は訴える 原爆広島11年の記録』(小積明男<川手健?>編、発行者:吉川清、発行所:広島原爆資料出版会、19560801)

目次

見出し
002 その朝までの広島
005 運命の日、八月六日
014 原爆は平和をもたらしたか
019 魔の遺産、原爆症
045 原爆被害者の生活
069 原爆被災児の実態
082 原爆被害者の運動
103 原水爆禁止運動の発展
128 附録1 原爆障害者調査結果表(原対協発表)
132 附録2 原爆被害者の損害賠償請求起訴状
145 附録3 損害賠償請求訴訟の政府側答弁書

岡本尚一『原爆民訴或問』(抄)(1953年5月)

岡本尚一『原爆民訴或問』(抄)(1953年5月)

「拝啓 人類と文明の為一書を敬呈することを御許し下さいませ。

私は昭和21年6月から2年有半に亘り東京に於ける極東国際軍事裁判に主任弁護人の一人として参加していました。其間終始私の念頭にありましたことは、戦勝国側の極めて重大な国際法違反が勝てるが故に何等その責任を問われない不公正でありました。然し私は、講和条約が発効した暁には、戦勝国側の指導者から広島・長崎に対する原爆投下については、悔恨の情を披瀝されるであらうと心ひそかに期待しつづけてきたものであります。

然るに、それより既に1ケ年を経た今日に於て、未だかかる言葉の片鱗だに聞くことを得ないのであります。

これが基督教を以て普遍的な宗教となし、ヒューマニズムを以て民主主義の基調とする米国・英国の態度であることは遺憾の極みであります。私は当時から講和条約が発効した後においては、尠くとも広島及び長崎に対する原爆の投下についてはこの責任を民事不法行為の面において採りあげて原爆投下の決定に参与した指導者及び国家に対して不法行為の管轄裁判所に対し提訴致し度いと念願し、これを親友にも語ってまいりました。(後略)」

 

月日 事項
1953年
01  16、17両日広島市在住弁護士46名長崎市在住弁護士18名に「主要関係研究事項」を付して原爆損害民訴提起の可能提唱の書面を郵送。又同じ頃弁護士、学者、宗教家等の知友その他64名に同一書面を郵送
0120  印度最大の新聞タイムズ・オブ・インディアの東京特派員(前本社副編輯長) N・G・ナンポリア氏来訪、岡本提唱の内容及び進行の予定について3時間に渉って質問、即夜徹夜して長文の記事原稿をタイプし空輸
0124  朝日新聞大阪本社社会部記者平野一郎氏来訪相当質問して取材
0128  朝日新聞7面中央に別枠で岡本提唱の記事掲載、又BKニュース放送
0130  UP通信員藤本博氏来訪。印度ではタイムズ・オブ・インディアその他の新聞の記事によってセンセーションを起しているので取材に来たという。同時にUP東京支局から電話で質問があった。
0131 人類愛善新聞記者長掛芳介氏来訪
0201 英文毎日に岡本提唱及び其の論拠を報じた
0221  1月31日付広島市内発行の法廷新聞は第1面を埋める記事を掲げ広島弁護士会はこの問題で2月11日臨時総会開催を報じた
0203 UP藤本博氏来訪。
0203 毎日新聞7面に「原爆投下に賠償請求」と題して広島、長崎弁護士会では岡本提唱がきっかけとなって右損害賠償請求訴訟の具体的研究にのりだしたことを報じ た。
0204 英文毎日は広島弁護士会総会開催その他の反響を報じた
0118~0201  原爆被害者その他から感謝激励の電信書面葉書来る。自宅への電報配達人は感謝激励の言葉を添えて送達紙を手渡した。被害者の手紙は一つ一つ泣かされる。
0206 原爆損害民訴の主要法律関係研究事項について一応卑見を原爆民訴或問と題して簡単な問答体に書き上げた書面を広島弁護士会員全部その他に郵送
0207  中国新聞によれば長崎弁護士会も立上り2月10日全員協議会を開く
0209 ナンポリア氏の令兄から記事掲載のタイムズ・オブ・インディアを届けらる。見出しには「日本弁護士原爆訴訟を計画す。トルーマン氏は被告名簿の一人」 とあり正確な好意ある立場での報道である。
0211  産経によれば10日開催の長崎弁護士会全員協議会では広島弁護士会と連絡提携し21日開催の日本弁護士連合会(常任理事会)に本問題の研究と善処方を要望する正式議案を提出することを可決した
0212  原爆民訴或問を長崎弁護士会員全部その他に郵送
0308 岡本、広島弁護士会の招請により広島に出張。特別委員諸氏と原爆訴訟の法律問題及び実行方法について懇談、又広島市庁及び原爆被害者の会訪問
0329  広島原爆被害者の会は幹事会開催原爆民訴の原告になる用意がある旨決議し、これを広島弁護士会に申入れた。
0427 岡本、長崎弁護士会に出張。同会員諸氏と原爆訴訟の法律問題及び実行方法について懇談

 

 

原爆被害の損害賠償を求める裁判(岡本尚一、原爆被害者の会)

原爆被害の損害賠償を求める裁判(岡本尚一、原爆被害者の会)

原爆裁判提訴の意図 岡本尚一書簡(広島弁護士会長宛)1953年1月14日
岡本尚一『原爆民訴或問』(抄)(1953年5月)
岡本尚一「米国に原爆の損害賠償を求む」
(『日本週報』1954年1月25日)
 
原爆被害者の会の対応 原爆被害者の会の原爆裁判への対応
-『芽生え』NO.2(原爆被害者の会事務局、1954年1月18日)
 
提訴への反響 原爆裁判提訴への米国の反応 1954.1.14
原爆裁判提訴への国内の反応[気流]
原爆賠償批判(『読売新聞』1954年1月15日)
原爆裁判提訴への国内の反応[民声]
原爆損害求償同盟に反対(『中国新聞』1954年1月15日)
原爆裁判提訴への広島市長の反応 1954.2.9
原爆裁判提訴への米国の反応(『中国新聞』1954年3月14日)
原爆裁判の提訴とその後の経緯
判決の反響 米紙The New York Timesの原爆裁判判決報道 1963.12.7
参議院「原爆被爆者援護強化に関する決議」 1964年3月27日
衆議院「原爆被爆者援護強化に関する決議」 1964年4月3日
参考文献 ドキュメント中国百年第3部-重い軌跡(中国新聞社(編)、浪速社、1968年5月27日)
原爆裁判ー核兵器廃絶と被爆者援護の法理(松井康浩、新日本出版社、1986年8月5日)