「NGO(あ行)」カテゴリーアーカイブ

女たちは核兵器をゆるさない〈資料〉平和のための婦人の歩み

『女たちは核兵器をゆるさない〈資料〉平和のための婦人の歩み』(関屋綾子、岩波ブックレット No.5、1982/06/18)<作業中

内容

1 出会い
2 「広島・長崎を考える旅」の12年
戦争責任の反省
真になすべき活動を模索して
若い人びとにひろがる「旅」
3 なぜ、今こうなのか
1905年
1938年
1945年
4 歩んできた道をふりかえって
NGO被爆問題シンポジウム
第1回国連軍縮特別総会
世界宗教者平和集会
5 光りはあるのか
「核おんな」
人間の良心を信じて
資料 へいわのための婦人のあゆみ
非武装国日本女性の講和問題についての希望事項 19500626
 全世界の婦人にあてた日本婦人の訴え―原水爆の製造・実験・使用禁止のために 19540915
 第1回母親大会宣言 19550609
19600416
19660510
19720515
19740418
197912
198007
 「元号法制化」に反対する声明 19790131
19791101
19801122
19810528
19820410
 5・23東京行動婦人のつどい アピール 19820523
 第2回国連軍縮特別総会に向けて婦人の行動を広げる会一覧(1982年5月現在) 
  bk19820618-No5-62s
  bk19820618-No5-63s

広島からオイロシマへ―大江健三郎 1982

『広島からオイロシマへ―’82ヨーロッパの反核・平和運動を見る 』(大江健三郎著、岩波ブックレット No.4 1982/06/18)<作業中

内容

月日 場所
1982年
0321 広島 平和のためのスピーチ広場で
0323 ウィーン
0324 ウィーン
0324 ウィーン
0326 ハンブルク
0327 フライブルク
0328 バーゼル
0329 フランクフルト、ベルリン
0402 ベルリン
0523 核兵器廃絶と軍縮をすすめる82年平和のための東京行動

反核-私たちは読み訴える 核戦争の危機を訴える文学者の声明

『反核-私たちは読み訴える 核戦争の危機を訴える文学者の声明(岩波ブックレットNo.1)』(生島治郎ほか編、岩波書店、19820420)

内容

発言者 備考
02 核戦争の危機を訴える文学者の声明
04 中野孝次 声明まで-経緯と趣旨
08 「核戦争の危機を訴える文学者の声明」署名者
11 発言1-3月3日の集会から
11 加賀乙彦 デイトンの空軍博物館
15 佐野 洋 それぞれの場で、やれることを
17 夏堀正元 管理社会の壁をくりぬく
20 小田 実 第1歩として―次に何をなすべきか
23 中野好夫 とくに、若い人々へ
27 井上ひさし 核戦争は「戦争」ですらない
31 発言2-記者会見から(19820120)
生島治郎/水上 勉/高橋健二/小田切秀雄/西田 勝
34 発言3-3月3日の集会から
34 山本太郎 友の原爆死を悼んで
37 松永伍一 今朝書いた詩
40 桂 芳久 筆舌につくし難いもの
42 大江健三郎 広島とドレスデン
46 井上 靖 集会へ寄せる 詩
49 メッセージと行動
51 発言4
51 尾崎一雄 核兵器―素人の心配
55 大岡 信 「遊星号」の憂愁
59 木下順二 「平和への演劇人の訴え」
62 小中陽太郎 国際的な反響―作家たちの署名
63 伊藤成彦 編集後記

岩波ブックレット

岩波ブックレット(出版社:岩波書店)<作業中

No 書名 著者 出版年 備考
1 反核-私たちは読み訴える 核戦争の危機を訴える文学者の声明 生島治郎 [ほか]編 1982/4/20
2 核戦略の曲り角-危機はここまできている 豊田利幸 1982/4/20
4 広島からオイロシマへ 大江健三郎著 1982/6/18
5 女たちは核兵器をゆるさない〈資料〉平和のための婦人の歩み 関屋綾子著 1982/6/18
6 「きけわだつみのこえ」37年 大島孝一著 1982/6/18
7 はだしのゲンはピカドンを忘れない 中沢啓治 1982/7/23
8 広島・長崎でなにが起ったのか 原爆の人体への影響 飯島宗一著 1982/7/23
13 世界人権宣言 イーデス・ハンソン、武者小路公秀 [述] 1982/12/3
17 核兵器と人間の鎖-反核・世界のうねり 岩波書店編集部編 1983/5/20
18 貧困-21世紀の地球 西川潤著 1983/6/20
20 皇国史観 永原慶二著 1983/8/15
22 人口-21世紀の地球 西川潤著 1983/9/20
21 教科書問題とは何か 山住正己 1983/9/20
26 反核と第三世界 文学者は訴える 伊藤成彦 [ほか]編 1983/11/21
27 食糧-21世紀の地球 西川潤著 1983/12/15
30 軍事化される日本 「世界」編集部編 1984/3/19
34 トマホークとは? 「世界」編集部編 1984/6/20
35 全面核戦争と広島・長崎 具島兼三郎著 1984/7/5
36 数字で読む米ソ関係 森本良男著 1984/8/20
南京大虐殺 藤原彰著 1985/4/19
44 核廃棄物―安全に処理する方法はあるのか 高榎尭 1985/5/20
46 SDIとはなにか-宇宙にひろがる核戦略 豊田利幸著 1985/6/20
51 アパルトヘイト、なぜ?-南アの実情、歴史、そして私たち 篠田豊著 1985/12/20
54 「1%問題」と軍縮を考える 核軍縮を求める二十二人委員会平和構想懇談会編 1986/1/20
57 靖国神社 村上重良著 1986/3/2
62 国際法からみた北方領土 高野雄一著 1986/5/20
63 未来人へのメッセージ 手塚治虫著 1986/6/20
64 治安維持法と戦争の時代 江口圭一 1986/6/20
68 軍事費を読む 中馬清福著 1986/8/20
69 「戦場にかける橋」のウソと真実 永瀬隆著 1986/8/20
74 チェルノブイリの放射能 赤木昭夫著 1986/11/20
83 「1%枠撤廃」をどう考えるか 核軍縮を求める二十二人委員会平和構想懇談会 1987/3/20
83 憲法はどう生きてきたか-平和と自由を求めた40年 渡辺治著 1987/4/20
90 歴史を学校でどう教えるか 永原慶二、山住正己 1987/6/22
93 恐怖のアウシュヴィッツ-生き証人は語る タデウス・シマンスキ著 永井清彦編 1987/7/20
94 平和を学ぶゼミナール 課題と資料 大田堯、小岩井増夫 [ほか] 著 1987/7/20
97 戦争と民話-何を語り伝えるか 松谷みよ子著 1987/8/20
99 旅しよう東南アジアへ 戦争の傷跡から学ぶ 高嶋伸欣著 1987/9/21
101 武器としての映画-軍政チリ・亡命・潜入 ミゲル・リティン 1987/10/23
102 <軍事大国>日本-どこまで軍事化されたか 「世界」編集部編 1987/11/20
112 飢餓と難民-援助とは何か 犬養道子著 1988/3/22
115 破壊される熱帯林-森を追われる住民たち 地球の環境と開発を考える会著編 1988/5/20
55 荒れ野の40年-ヴァイツゼッカー大統領演説(全文) ヴァイツゼッカー大統領著 永井清彦訳 1988/5/25
108 日本社会と天皇制 網野善彦 1988/2/22
110 新しい日米・日中を考える 國弘正雄著編 1988/5/20
114 さくら隊8月6日 広島で被爆した若き新劇人たち 新藤兼人著 1988/4/20
116 原爆被爆者の半世紀 伊東壮著 1988/6/20
日本の敗戦 (シリーズ昭和史, No.8) 荒井信一著 1988/7/20
二・二六事件 (シリーズ昭和史, No.2) 須崎慎一著 1988/7/20
ベトナム戦争と日本 (シリーズ昭和史, No.12) 吉沢南著 1988/7/20
大東亜共栄圏 (シリーズ昭和史, No.7) 小林英夫著 1988/8/3
118 「国家秘密法」私たちはこう考える 日本ペンクラブ編 1988/8/3
120 核廃絶と世論の力(長崎平和シンポジウム) 長崎市、核軍縮を求める二十二人委員会編 1988/8/3
サンフランシスコ講和 (シリーズ昭和史, No.11) 佐々木隆爾著 1988/9/20
南京大虐殺 新版(シリーズ昭和史, No.5) 藤原彰著 1988/10/20
日独伊三国同盟と第二次大戦 (シリーズ昭和史, No.4) 木畑洋一著 1988/11/21
占領と戦後改革 (シリーズ昭和史, No.9) 竹前栄治著 1988/11/21
盧溝橋事件 (シリーズ昭和史, No.3) 江口圭一著 1988/12/20
高度成長から「経済大国」へ (シリーズ昭和史, No.13) 伊藤正直著 1988/12/20
戦後意識の変貌 (シリーズ昭和史, No.14) 加藤哲郎著 1989/1/20
126 いのちの重さ-声なき民の昭和史 澤地久枝著 1989/1/20
147 地球汚染Q&A-君たちの未来が危ない 根本順吉編著 1989/1/22
昭和恐慌 (シリーズ昭和史, No.1) 中村政則著 1989/2/20
年表 昭和史 (シリーズ昭和史, No.15) 中村正則 1989/3/20
129 提言・日本の朝鮮政策 朝鮮政策の改善を求める会 1989/3/20
東京裁判 (シリーズ昭和史, No.10) 赤澤史朗著 1989/4/20
国民総動員の時代 (シリーズ昭和史, No.6) 北河賢三著 1989/4/20
130 メディアの昭和史 新井直之 1989/4/20
132 昭和の女性史 鈴木裕子 1989/5/22
136 無名戦没者たちの声 千鳥ヶ淵と昭和 石川逸子 1989/7/20
140 学習指導要領と教科書 山住正己 1989/8/21
143 非核三原則の立法化を 核軍縮を求める二十二人委員会編 1989/9/20
146 長崎市長のことば 本島等著 1990/2/9
ヒロシマHR合宿報告 1989 東京都立大泉高等学校第2学年編 1990/3/14
156 国連 子どもの権利条約を読む 大田尭著 1990/5/21
157 アジアから見たナガサキ-被害と加害 西田勝 [ほか] 著 1990/6/20
170 キーワードでよむ-ドイツ統一 永井清彦著 1990/10/19
171 学校と日の丸・君が代 山住正己著 1990/10/19
184 昭和を生きて 澤地久枝, 本島等 1991/2/20
186 植民地そだちの少国民 (証言 昭和史の断面) 野村章 1991/2/20
187 日の丸・君が代の成り立ち 暉峻康隆著 1991/2/20
189 世界の国旗と国歌 教科書問題を考える市民の会 1991/3/20
195 日本占領下香港で何をしたか (証言 昭和史の断面) 和久田幸助 1991/5/20
208 被爆者援護法 制定を拒むものは誰か 椎名麻紗枝著 1991/7/22
松代大本営 和田登著 1991/7/22
215 証言・日中アヘン戦争 江口圭一 1991/8/2
227 井上ひさしのコメ講座 続 井上ひさし 1991/11/20
226 朝鮮人<皇軍>兵士たちの戦争 (証言 昭和史の断面) 内海愛子 1991/11/20
229 朝鮮人従軍慰安婦 (証言 昭和史の断面) 鈴木裕子 1991/12/5
234 日系アメリカ人強制収容から戦後補償へ 岡部一明著 1991/12/5
236 世界紛争地図 激動の世界を一望する 伊藤正孝 1992/1/20
246 沖縄・チビチリガマの”集団自決” 下嶋哲朗 1992/3/19
248 ポスト冷戦とアジア太平洋の平和 進藤榮一 1992/4/20
250 湾岸戦争と環境破壊 谷山鉄郎著 1992/4/20
251 憲法第9条の時代 日本の「国際貢献」を考えるために 杉原泰雄 1992/4/20
254 市民の地球憲章 1992国連ブラジル会議市民連絡会編 1992/5/14
260 朝鮮植民地支配と戦後補償 戦後補償問題連絡委員会編 1992/7/20
261 帰らぬ女たち-従軍慰安婦と日本文化 富山妙子絵・詩 1992/7/20
281 世界と日本の先住民族 上村英明著 1992/12/21
284 ポル・ポト派とは? 小倉貞男 1993/1/20
303 浄土真宗の戦争責任 菱木政晴著 1993/7/20
305 21世紀に平和を 弓削達著 1993/7/20
308 チェルノブイリの子どもたち 高橋卓志 1993/8/20
309 「国連中心主義」と日本国憲法 浅井基文著 1993/8/20
315 イラクという国 水口章 1993/10/20
319 小選挙区制と政治改革-問題点は何か 石川真澄 1993/10/29
321 連合国捕虜虐待と戦後責任 油井大三郎、小菅信子著 1993/11/22
322 パレスチナ合意 背景、そしてこれから 芝生端和 1993/11/29
327 日本の森をどう守るか 藤原信 1994/1/20
328 戦争博物館 荒井信一 1994/1/20
339 わだつみ 不戦の誓い 大南正瑛、加藤周一編 1994/3/22
342 先住民族女性リゴベルダ・メンチュウの挑戦 岩倉洋子 他著 1994/4/20
347 貧困 西川潤著 1994/6/20
348 人口 西川潤著 1994/6/20
349 食料 西川潤著 1994/6/20
363 「常任理事国入り」 河辺一郎著 1994/12/20
377 「三光作戦」とは何だったか-中国人の見た日本の戦争 姫田光義著 1995/7/20
376 被爆者たちの戦後50年 栗原淑江著 1995/7/20
389 七三一部隊と天皇・陸軍中央 吉見義明 1995/12/20
392 核実験とフランス人 美帆シボ 1996/2/20
394 なぜ今、日米安保か 都留重人 1996/2/20
401 もんじゅ事故の行きつく先は? 高木仁三郎 1996/4/22
435 政教分離-地鎮祭から玉串料まで 田中信尚 1997/8/20
452 戦後を戦後以後考える ノン・モラルからの出発とは何か 加藤典洋著 1998/4/20
463 アジア米軍と新ガイドライン 梅林宏道著 1998/10/20
466 中国人戦争被害者と戦後補償 松尾章一 1998/11/20
467 戦後世代の戦争責任論-「敗戦後論」をめぐって- 李順愛 1998/11/20
478 周辺事態法Q&A 新ガイドラインを考える会 1999/4/20
487 コソボ紛争-冷戦後の国際秩序の危機 町田幸彦 1999/8/20
496 恐怖の臨界事故 原子力資料情報室 1999/12/20
508 国際選挙監視とNGO 首藤信彦、松浦香恵 2000/4/20
511 NPOはやわかりQ&A 辻元清美、早瀬昇、松原明 2000/6/20
515 暮らしの中の日米新ガイドライン-「周辺事態」を発動させないために 井上ひさし、前田哲男、太田千枝子、平山誠一、村中哲也、赤羽数幸 2000/8/18
530 グローバリゼーションと戦争責任 金子勝 2001/2/20
537 ローマ法王-世界を駆けるヨハネ・パウロ2世 宮平宏、藤谷健 2001/5/18
536 和解と共存への道 金大中 2001/5/18
571 有事法制 何がめざされているか 前田哲男 2002/6/20
583 パレスチナ、ジェニンの人々は語る-難民キャンプ イスラエル軍侵攻の爪痕- 土井敏邦 2002/12/20
597 地雷と人間 一人ひとりにできること 地雷廃絶日本キャンペーン 2003/7/4
603 平和を創る発想術 紛争から和解へ ヨハン・ガルトゥング 京都YWCAほーぽのぽの会訳 2003/8/7
616 イラク派兵を問う 天木直人・池田香代子・野中広務・田島泰彦 2004/2/5
618 NPOがわかるQ&A 早瀬昇、松原明 2004/3/5
627 「原爆の絵」と出会う 込められた想いに耳を澄まして 直野章子 2004/7/6
628 第五福竜丸 ビキニ事件を現代に問う 川崎昭一郎 2004/7/6
631 米軍はイラクで何をしたのか 土井敏邦 2004/8/4
639 憲法九条、いまこそ旬 井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子 2004/11/5
657 憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言 井筒和幸 [ほか] 2005/8/2
674 憲法九条はなぜ制定されたか 古関彰一著 2006/4/5
676 米軍再編 その狙いとは 梅林宏道 2006/5/30
684 被爆者はなぜ原爆症認定を求めるのか 伊藤直子、田部知江子、中川重徳著 2006/9/28
710 ホロコーストを次世代に伝える アウシュヴィッツ・ミュージアムのガイドとして 中谷剛著 2007/10/5
735 はだしのゲンはヒロシマを忘れない 中沢啓治 2008/8/6
788 爆撃 ハワード・ジン著 ; 岸本和世, 荒井雅子訳 2010/8/3
井上ひさしの言葉を継ぐために 井上ひさし[ほか]著 2010/12/8
被爆を生きて 作品と生涯を語る 林京子、島村輝・聞き手 2011/7/8
819 原発とヒロシマ 「原子力平和利用」の真相 田中利幸、ピーター・カズニック著 2011/10/7
820 第五福竜丸から「3.11」後へ 被爆者大石又七の旅路 小沢節子著 2011/10/26
887 非核芸術案内 核はどう描かれてきたか 岡村幸宜著 2013/12/4
906 核兵器を禁止する 川崎哲著 2014/8/6
944 アメリカ人が伝えるヒロシマ 「平和の文化」をつくるために スティーブン・リーパー著 2016/2/5
964 《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える 岡村幸宣著 2017/4/5
978 核兵器を禁止する 条約が世界を変える 新版 川崎哲著 2018/2/15
晴れた日に…雨の日に… 広島・長崎・第五福竜丸とともに 山村茂雄著 2020/3/1
1028 明子のピアノ 被爆をこえて奏で継ぐ 中村真人 著 2020/7/3
1029 湯川秀樹の戦争と平和 ノーベル賞科学者が遺した希望 小沼通二 著 2020/8/4
1048 被爆者からあなたに いま伝えたいこと 日本原水爆被害者団体協議会編 2021/7/6

石田原爆訴訟をすすめる会

石田原爆訴訟をすすめる会 1973年5月26日 結成総会

資料

「石田原爆訴訟をすすめる会」入会のお願い
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石田原爆訴訟支援の訴え 1973年8月6日
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年表

年月日 事項
1973
0516 「石田原爆訴訟をすすめる会」の準備会、広島市内で開催。23人が出席。
0517 広島被爆教師の会・石田明会長、原爆白内障の認定却下取り消し求め広島地裁に提訴。二十六日に「石田原爆訴訟をすすめる会」結成
0526 「石田原爆訴訟をすすめる会」、結成総会を広島市内で開催。50人が出席。
0626 広島県被爆教師の会、1973年度定期総会を広島市内で開催。石田原爆訴訟支援など1973年度活動方針を決定。
0626 広島地裁、石田原爆訴訟の第1回口頭弁論。
0724 広島地裁、石田原爆訴訟の第2回口頭弁論。
1113 広島地裁、石田原爆訴訟の第4回口頭弁論。原告側、24人の証人を申請。
1974
0336 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島市内で原告側弁護団と合同会議を開催。被爆者援護法制定要求とからめ石田原爆訴訟を支援する署名運動を30万人規模で展開することを決定。
0312 広島地裁、石田原爆訴訟の第5回口頭弁論。加藤智一元厚生省公衆衛生局企画課長補佐、被告側証人として証言。
0525 「石田原爆訴訟をすすめる会」、提訴1周年をむかえ支援集会を広島市内で開催。
0716 広島地裁、石田原爆訴訟の第7回口頭弁論。高橋澄子・富永初子、原告側証人として証言。
0919 広島地裁、石田原爆訴訟の第9回口頭弁論。伊東壮日本被団協事務局長、原告側証人として証言。
1224 広島地裁、石田原爆訴訟の第10回口頭弁論。佐久間澄が原告側証人として証言。
1975
0228 広島地裁、石田原爆訴訟の第11回口頭弁論。草野信男が原告側証人として証言。
0513 広島地裁、石田原爆訴訟の第12回口頭弁論。小川政亮が原告側証人として証言。
0715 広島地裁、石田原爆訴訟の第13回口頭弁論。
0909 広島地裁、石田原爆訴訟の第14回口頭弁論。田坂正利福島生協病院長が原告側証人として証言。
1009 広島地裁、石田原爆訴訟の証人調べ。庄治義治九州大学名誉教授、被告側証人として証言。
1209 広島地裁、石田原爆訴訟で第15回口頭弁論。杉本茂憲、原告側証人として証言。
1223 広島地裁、石田原爆訴訟の第16回口頭弁論。杉本茂憲、前回に引続き原告側証人として証言。
1976
0302 広島地裁、石田原爆訴訟の第17回口頭弁論。原告の石田明が証言。
0507 石田原爆訴訟の原告側弁護団、最終準備書面と原告の勝訴判決を求める日本原水爆被害者団体協議会の要望書を広島地裁に提出。
0511 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島弁護士会館で報告集会を開催。
0511 広島地裁、石田原爆訴訟の第18回口頭弁論。結審。
0517 「石田原爆訴訟をすすめる会」、「石田原爆訴訟の勝利をめざす報告集会」を広島平和記念館で開催。約80人が参加。
0712 広島地裁、石田原爆訴訟の判決を27日に言い渡すことを関係者に通知。
0727 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島市内で判決検討会を開催。国に控訴をやめるよう求めることを決定。
0727 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島城跡公園で判決報告集会を開催。約200人が参加。
0727 広島地裁、石田原爆訴訟で原告側勝訴の判決。
0727 日本原水爆被害者団体協議会、石田原爆訴訟の判決に関連し、政府が早急に被爆者援護法を制定するよう求める声明を発表。
0729 荒木広島市長、石田原爆訴訟の判決について、記者会見で、国が控訴を控えるよう希望を表明。
0731 広島県原水禁、役員会を開催。石田原爆訴訟で控訴しないよう国に要請することを決定。
0803 宅和純「石田原爆訴訟をすすめる会」会長ら3人、広島県・市の原爆対策担当者に石田訴訟の控訴を断念するよう首相に働きかけることを要請。
0806 三木首相・田中厚相、広島での記者会見で石田原爆訴訟の控訴をしない方向で検討していることを明らかにする。
0806 三木首相は式典後、原爆資料館、原爆養護ホーム訪問。県庁で被爆者代表五人と対談。記者会見「石田原爆訴訟は控訴しない方針で検討中」
0810 厚生省、石田原爆訴訟で、控訴断念を決定。広島地裁判決が確定。
0831 「石田原爆訴訟をすすめる会」、幹事会を開催。3年間の活動を総括、近く解散することを決定。
1001 石田原爆訴訟勝利を記念する講演会と祝賀会、広島市内で開催。石田忠一橋大学教授が講演。約100人が参加。
1977
0822 「石田原爆訴訟勝利1周年記念、桑原訴訟の勝利を目指す集会」広島市内で。
1978
0426 “桑原訴訟”の口頭弁論で、証拠書類として“石田原爆訴訟”の記録集を提出。
1990
0112? 「広島県眼科医会史」(A5、355ページ)、刊行。被爆直後の医療活動・「石田原爆訴訟」での活動記録など収録。
0512 石田明広島県議(被爆者で「石田原爆訴訟」の原告)、白内障の進行のため広大医学部附属病院に入院。(手術後 、視力を回復。)

 

遺骨奉還宗教者市民連絡会と壱岐への朝鮮人遺骨移管

吉川徹忍(浄土真宗本願寺派僧侶)『「遺骨奉還宗教者市民連絡会」と壱岐への朝鮮人遺骨移管―壱岐での深川宗俊氏らによる遺骨発掘に関わって』(『非核の政府を求める広島の会ニュース』第117号20190205~)

号(年月日)回
117(20190205)1
はじめに
1 壱岐での朝鮮人被爆者追悼
2 深川宗俊氏らによる追跡調査
3 深川宗俊氏らによる壱岐での遺骨発掘
4 本願寺広島別院から遺骨を金乗院へ
118(20190325)2 前回のあらまし
1 北海道から韓国への遺骨奉還
2 未解決の遺骨問題(金乗院)浮上―全国遺骨問題情報・意見交換会 17年6月9日
3 未遺骨問題浮上背景―金乗院・天徳寺の意向と森俊英氏らの取り持ち 17年1月31日
119(20190601)3 前回のあらまし
1 金乗院での会合と厚労省との意見交換会 17年12月
2 遺骨奉還宗教者市民連絡会結成と韓国市民運動との連携 18年
120(20190920)4 前回のあらまし
1 金乗院から天徳寺(壱岐)への遺骨の移管実現(2)―東アジアの和解と平和に向けて
おわりに
【参考内容】

沖縄被爆連運動のあゆみ 1963年9月~1966年3月

沖縄被爆連運動のあゆみ

1963年9月~1966年3月

年月日  事項
1963年
09. 原水協が先島オルグ活動のとき八重山の一性から原爆症の訴えを受けたのをきっかけに、沖縄県原水協ではこの問題を重視、被爆者救援運動にのりだした。
10. 原水協常任理事会を開き被爆者の実態調査を全琉各市町村長に依頼、期間を2ケ月と決定した。
11. 各市町村を通じて依頼した調査の結果11月末日現在で36名の被爆者のいることが判明した。
11-12. 2ケ月間の調査の結果被爆者の数は59名と判明12月27日付で原水協えは被爆者救援について日本政府及び琉球政府の各関係へ要請書を提出した(被爆者名簿添付)
1964年
01. 日本政府厚生省は、沖縄在住被爆者救援について治療問題については「可能性がある」と見解を厚生局へ明るい回答がよせられた。
02. 本土の原水協から沖繩の被爆者59名に見舞金が送られ1人当り千円の割で5万9千円(162ドル55セント)が送られてきた。
03. 3、1ビキニデー被災11周年沖繩県集会を那覇市内の文化座で催し死の灰再び降らすまいとして映画「世界は恐怖する」を上映して原爆の恐ろしさを訴えた。
04. 被爆者の数78名となったので、常任理事会を開き大島事務局長を本土政府並びに国会へ直訴のため派遣することを決定5月4日被爆者の補償要請のため渡日した。要請の趣旨は被爆者健康手帳の交付、沖縄へ専門医の派遣、原爆病院への入院、医療費の支給等について5月11日から総理府、特連局、厚生省、南方援護会、衆参両議院各政党へ実情説明、陳情をなした。これに対し政府関係筋は「法律上は被爆者保護の国内法適用には無理がある。しかし政府としては米琉当局とよく話し合い対琉援助計画の中におりこんで早急に解決のため検討したい。」と好意的な態度を示した。
05.20 衆議院外務委員会で社会党の帆足計代議士が同問題をとりあげ質問答弁に起った。小林厚生大臣、野田総務長官もそれぞれ「これは人道問題であり日本政府として黙視出来ない早急に資料を集めて検討する」と答えた。
05.27 大島事務局長は被爆者救援問題折衝から「本土政府は非常に厚意的で見通しは明るい」ということで帰任した。
05.29 午後2時から常任理事会を開き東江厚生局長を訪れ被爆者救援問題について積極的に解決するよう促進方を要請した。
1964年4月厚生局は4日日本政府南連事務所長にたいし沖繩の被爆者も本土並みに国庫で治療の受けられるよう取計い方を依頼した。
07.12 沖繩在住原子爆弾被害者連盟を結成し初代理事長に金城秀一氏を選出した。結成総会で次のことを決議し各関係先へ要請した。要旨は次のとおりである。
原爆医療法の沖縄への適用、専門医の沖縄への派遣検診、沖繩原爆被害者への原爆手帳の交付、また近く国会で立法化される被爆者生活援護法の沖繩への適用、沖縄独自の原爆医療法の早期制定、また米国政府にたいして原爆使用国として被爆者の救援に積極的施策をこうじるよう要請、その他再び犠牲者を出さないために、原水協に加盟、原水禁運動に参加することを決議した。
08.06 金城理事長が広島、長崎大会に沖縄被爆者問題を訴えるため原水協代表として渡日参加した。
08.28 午後5時から来県中の臼井総務長官へ金城理事長他3名の理事が要請書を手交した。これにたいし「本土政府としても皆さんの要望を実現できるよう努力する」とこたえた。
08.30 原爆症治療のため広島の原爆病院へ屋部村の岸本久三氏を送り出す。検診の結果原爆症と判明入院治療す。
10.04 亀甲原水協理事長外4名の常任理事は厚生局長を訪れ原爆医療法の沖縄への適用もしくは準用、専門医による検診の早期実現方を本土政府に促進するよう要請した。
来県された社会党沖繩調査団へ被爆者の救援に関する要請書を手交した。
1965年
01.25 金城理事長他大島事務局長を含む代表者9名は2時から立法院、厚生局、南連事務所を訪れ要請書を手交した。これにたいし東江厚生局長は非公式であるがと、まえおきして次のように語った。「被爆者救援については、日米外交ルートにのせられているようで、米民政府も好意的である。従って近いうちになんらかのめどがつくものと思う。」と述べた。
02.02 午前10時から立法院文社委員会に金城理事長、大島事務局長が被爆者救援問題について参考人として招れ事情説明をなし医療対策について話合った。
02.04 松岡主席は午後4時から民政府のワーナー民政官と会見し沖縄在住被爆者救援問題について日本政府が5月に実施する被爆者の実態調査に沖縄も含めもし被爆者がいれば日本政府で治療するよう外交ルートを通じ折衝方を要請した。これにたいしワーナー民政官も「正式な外交ルートを通じ早速折衝したい」と答えた。
02.10 定例会見でワーナー民政官は沖繩の被爆者救援について「琉球列島に居住する者の専門的診断及びそれらの者の治療に閉する同意書」を発表した。
02.12 立法院は午後1時から本会議を開き沖繩在住の原爆被害者救援に関する要請決議を可決した。宛先は日米両政府へ。
03.01 3・1ビキニ被災11周年原水爆禁止沖繩県集会で日米両政府へ1日も早く被爆者の救援対策を講じられるよう再要請した。
04.06 待望の専門医が来県され4月8日から20日まで長崎班、広島班は17日から24日までの両班に分れて被爆者の検診が始められた。検診の結果は次の通り発表された。
検診者184人の内原爆医療法の規定により被爆者と認められる者172人(広島62人長崎110人)その内訳は治療上特別の措置を要するもの14人。一般的治療を要するもの43人。経過観察を要するもの25人。治療効果の期待できないもの48人。症状のないもの36人。時間の関係などで充分検診を受けられないもの6人である。
04.17 午後2時から教育会館ホールで沖繩在住全被爆者大会を開催、次のことを決議し各関係先へ要請した。また来県中の日本自民党沖繩調査団長、床次徳次氏へ要請書を手交した。要請書の内容は本土政府にたいし原爆医療法の沖縄への適用。被爆者の実態調査の対象に沖繩の被爆者も含めていただきたい。これまでの医療費を本土政府で負担していただきたい。琉球政府には単独法として独自の原爆医療法の立法要請をした。
05.11 原爆被爆者医療審議会は午前10時から審議会を開き沖縄の被爆者検診結果について審議し13人は適切な治療が必要であると発表した。
06.05 原水協常任理事小牧喜(?)一氏が本土政府関係先へ被爆者救援について陳情要請のため渡日した。
06.07 原水協、被爆連で被爆者救援カンパ運動を展開街頭カンパ始める。6月11日までのカンパ類は次のとおりである。
街頭$224.66、職域$1,048.00で計$1,272.66である。
08.02 被爆連理事、真喜志津留子氏被爆20周年原水爆禁止世界大会参加のため被爆者代表として渡日し広島、長崎大会で沖縄被爆者の実情を訴えた。
08.06 被爆20周年原水爆禁止沖繩県集会で被爆者救援について決議し要請書を日米琉三政府宛送付する。
08.16 本土政府から沖繩の原爆被爆者13人の受け入れ体勢が出来ているので事務を進めてほしいとの連絡が厚生局へ届いた。
原爆死の遺族から弔慰金の支払について訴えがあり早速原水協常任理事会で検討関係当局へ照会し、その結果次第で問題にとっくむことに決定した。
08.20 戦後20年間も放置された沖縄事情を視察のため来県された佐藤総理、鈴木厚相へ被爆者救援について要請書を手交した。
08.25 沖繩違憲訴訟対策委員会弁護士団の金城睦弁護士来県9月9日東京地裁へ提訴の資料募集のため訴訟団と懇談し今後の運動について特別対策委員と話し合った。原爆訴訟では丸茂つる、謝花良順、真喜志津留子、真喜志ウト、翁長生氏の5氏が代表として原告として法務大臣(国)を被告として原爆医療法にもとずく医療費等請求の事件である。一方同日から11月本土で実施される被爆者の実態調査の予備調査として原水協、被爆連で実態調査及び死亡者調査を実始した。
08.22 原水協亀甲理事長本土の全逓大会参加を兼ねて本土政府並に関係先へ沖繩被爆者救援について陳情要請のために渡日した。
08.28 被爆者第2回定期総会開催沖縄会館ホールにて次の議件を審議可決した。1965年度運動の基本方針について、規約の一部改正について、役員選任について、被爆者救援金の配分について、1965年度予算定めについては役員会への一任。役員選任については金城秀一氏を理事長に再選し従来の役員5名を10名としその後世界大会に参加した真喜志津留子より報告があり次に宣言決議をなし関係当局へ送付した。
09.23 午後6時より沖縄会館ホールで広島、長崎の原爆病院へ治療のため出発する11名の被爆者の結団式と激励会を開いた。
09.24 正午ひめゆり丸にて11名の被爆者が本土での治療のため出発、原水協加盟団体、厚生局、南連その他一般民多数が見送った。広島病院へ9名長崎病院へ2名
10.05 日本社会党沖繩調査団長赤松勇氏外4名の代議士へ被爆者救援について陳情要請書を手交した。同日年後2時から沖縄教職員会館会議室で社会党代議士川崎寛冶氏を囲み遠憲訴訟の経過、今後の運動方針について原告、特別対策委員会金城理事長、原水協代表を交へて懇談した。
10.06 東京地方裁判所民事第2部中川幹郎裁判長のもとに歴史的な違憲訴訟裁判初公判始まる「憲法によって保障される基本的人権は人類固有の天賦の権利である貴職の公正なる裁判を乞う」の電報を打電した。同日より厚生大臣への被爆者健康手帳交付申請書作成並に医療費支払要請を開始した。
12.08 沖縄違憲訴訟第2回公判開かる。
1966年
01.26 本土のマスコミ安彦氏、小粥氏が沖縄の被爆者の実態調査のため来県し先島、本島をくまなく調査し被爆者の実際を見知された。
02.06 日本テレビ局員と沖縄被爆者との懇談会を沖繩会館ホールで開催、各個人的な生活状況を訴えていた。
02.18 違憲訴訟の件で日本弁護士団土井氏を囲んで原告、特別委員会、原水協代表と今後の対策について懇談した。
02.18 被爆者、石原愛子さんの請願による生活保護申請を那覇市福祉事務所へ申請し許可を得る。
02.22 被爆連の幹事会を沖縄会館にて催し、違憲訴訟の運動を強力におし進める。被爆者の貧困家庭に対する対策、日本政府並に琉球政府に対する要請、3・1ビキニデー沖繩県集会においての被爆者の活動について審議した。
02.23 全国活動家会議沖縄県集会に被爆者代表も参加して研究発表を行った。
03.01 3・1ビキニ国民統一沖繩県集会において被爆者代表として真喜志津留子さんが意見発表を行い被爆者救援を訴えた。
03.05 原水協代表が3・1ビキニ国民統一行動沖繩県集会において決議された「沖縄在住被爆者救援に関する要請書」を主席、立法院議長、厚生局長に手交した。また3月6日立法院より本土に派遣される知花議員、浜端議員、坦花議員、岸本議員に本土政府に沖繩被爆者救援問題を訴えていただくよう要請し資料を提出した。
日本政府厚生大臣宛に南連事務所を通じ「原爆被害者健康手帳の交付申請書」を依頼した。

沖縄在住被爆者第1回本土治療者

 

氏名 生年月日 現住所 症状 行先
大13.9.18 那覇市 肝機能障 広島
明40.2.7 那覇市 ケロイド 広島
明33.6.3 那覇市 ケロイド 広島
大6.4.1 宜部湾市 ケロイド 広島
昭10.7.20 宜部湾市 ケロイド 広島
昭6.3.14 コザ市 ケロイド 広島
明43.8.10 本部町 ケロイド 広島
大6.10.11 下地町 貧血 広島
大12.12.10 石垣市 異物残留 広島
10 大11.5.13 浦添村 異物残留 長崎
11 大13.4.16 南風原村 甲状腺腫症 長崎

 

1965年第1回検診結果

検診者 184人の内原爆医療法の規定による被爆者と認められる者172人で、広島62人長崎110人、その内訳は下記のとおりである。

 

治療上特別の措置を要する者 13人
一般的な治療を要する者 43人
経過観察を要する者 25人
症状のない者 36人
時間の関係で充分検査を受けられない者 6人
治療効果の期待できない者 48人
172人

 

出典:原水爆禁止沖縄県協議会『基地沖縄の全貌』(1966年12月)