原爆に生きて 原爆被害者の手記

『原爆に生きて 原爆被害者の手記』(原爆手記編纂委員会、三一書房、19530625)

内容

著者 タイトル メモ
序(原爆手記編纂委員会=山代巴・隅田義人・山中敏男・川手健・松野修輔)
1 生きる
短かき夜の流れ星 檜垣干柿 17
生命の河 小原秀治 41
白血病と闘う 恵京吉郎 52
ヌートリアの思い出 石井一郎 63
真如の心 磯川喜幸 78
母子抄 吉川みち子 87
2 歩む
敗戦日記 山下寛治 97
七年の記 日詰忍 112
「無窮」の木 鳥本正治郎 126
四十八願 浮気モト 133
夫はかえらない 多田マキ子 136
友の手紙 山野音代 146
生長の家から 宮田君子 156
行くとこなし 辻本トラ 169
未亡人の願い 山田静代 175
喜生園 大屋ヒデ 180
父情記 内山正一 187
傷害年金受給のこと 温品道義 196
3 叫び
春雪日記 山中敏男 215
平和をわれらに 上松時恵 233
青年の独想 浦本稔 239
甲神部隊の父 横山文江 248
すみれのように 牧かよ子 254
母となりて 池田精子 258
私は生きたい 西山わか子 261
子等とともに 尾形静子 271
半年の足跡 川手健 280

地域原爆被害者の会

地域原爆被害者の会作業中

出典:『核兵器のない明日を願って-広島県被団協の歩み』(河野通宏[著]・広島県原爆被害者団体協議会[編・刊]、 20010126)

内容

組織名 設立年月日 会員数 会員数*  メモ
*(1986年4月1日現在
広島市原爆被害者の会 19841110 120 257
皆実原爆被害者の会 195607 33 52
全電通遺族会 195508 20 10
県原爆被害者団体協議会青年部 195704 30 50
佐伯区原爆被害者の会 ―― 50 100
矢野町原爆被爆者の会 1955 853 1007
船越町原爆被爆者の会 ―― 400 950
呉原爆被爆者友の会 1973 1500 1800
竹原市原爆被爆者協議会 ―― 11 80
三原市原爆被害者の会 19560507 600 700
尾道地区原爆被害者の会 19570224 348 567
因島市原爆被害者友の会 19600910 114 154
福山市原爆被害者の会 19560701 805 920
福山市駅家町原爆被害者の会 19860525 65 ――
府中市原爆被害者の会 1957 350 630
大竹市原爆被爆者協議会 19710401 400 1600
東広島市原爆被害者の会 1955 25 2000
海田町原爆被害者の会 19560724 1100 1946
坂町原爆被害の会 19560819 936 1754
江田島町原爆被害の会 19760516 417 700
音戸町原爆被害者友の会 19640701 300 556
倉橋町原爆被害者の会 1967 301 459
下蒲刈町原爆被害者団体協議会  ――  60  143
蒲刈町原爆被害者の会   ――  171  230
加計町原爆被害者の会    ――  407  520
筒賀村原爆被害者の会    ――  119  176
戸河内町原爆被害者の会    ――  202  330
芸北町原爆被爆者友の会  1957  121  192
大朝町原爆被害者の会   ――  176  250
千代田町原爆被害者の会  19560518  525

 

 565
豊平町原爆被害者の会   ――  400  565
八千代町原爆被害者友の会   ――  215  300
川根原爆被害者友の会    ――  33  51
美土里町被害者友の会    ――  150
甲田町被爆者の会    ――  453  490
向原原爆被害者友の会  196505  460  546
福富町原爆被爆者協議会    ――  118  193
豊栄町原爆被害者の会    ――  180  220
大和町原爆被爆者協議会    ――  174  300
河内町原爆被爆者友の会    ――  248  339
本郷町原爆被爆者友の会  19871201  153  175
瀬戸田町原爆被害者の会  1957  90  160
御調町原爆被爆者協議会  19820401  102  129
久井町原爆被害者の会  197007  103  102
甲山町原爆被害者協議会  19551001  128  165
世羅町原爆被害者連絡協議会  19810802  137  236
世羅西町原爆被害者協議会  19631209  142  193
内海町原爆被害者の会    ――  10  29
沼隈町原爆被爆者友の会    ――  66  96
神辺町原爆被害者の会  1957  103  155
新市町原爆被害者の会    ――  38
油木町原爆被害者の会  19571023  55  74
神石町原爆被害者協議会  19650401  64  97
豊松村原爆被害者の会    ――  61  59
三和町(神石郡)原爆被害者友の会  19570825  64 98 1
上下町原爆被害者の会  1967  150  300
総領町原爆被害者の会    ――  50  126
甲奴町原爆被害者の会  19600924  115  140
君田村原爆被害者友之会  19820713  97  123
布野村原爆被害者の会    ――  86  124
作木村原爆被害者友の会  196304  100  149
吉舎町原爆被害者の会  19560506  230  334
三良坂町原爆被害者の会  19540806  150  253
三和町(双三郡)原爆被害者友の会  19800819  150 241
西城町原爆被爆者友の会  19690218  233  325
東城町原爆被害者友の会  195604  330  400

核兵器のない明日を願って-広島県被団協の歩み

核兵器のない明日を願って-広島県被団協の歩み』(河野通宏[著]・広島県原爆被害者団体協議会[編・刊]、 20010126)

内容

見出し
1 原爆と被爆者 1
1 原爆投下
原爆地獄 3 救われなかった命 5
二次被爆の恐怖 7 家族破壊の悲劇 9
2 原爆症 13
恐怖の原爆症 13 原爆熱傷 14
原爆外傷 16 放射線傷害18
3 後遺症・後障害 20
原爆ケロイド 20 原爆白血病 22
原爆白内障 23 悪性腫瘍(癌)25
4 廃虚の中で 27
苦しみを背負って 27「無」との闘い 28
冷たい視線 30
5 苦悩は消えず 33
繁栄の陰で 33 DNAの傷痕 34
遺伝影響への不安 36 拾えぬ遺骨 38
外国人被爆者と在外被爆者の嘆き 39
2 広島県被団協の歩み 43
1 原爆地獄からの再生 45
プレス・コードに抗して 45 講和条約締結 48
高まる原水爆禁止の声 50 ヒロシマの再生 52
2 被団協の誕生 55
動き始めた被爆者 55 初の原爆被害者大会 57
国会請願行動へ 58 県被団協結成 60
日本被団協発足 62 結集した被爆者 64
3 被爆者運動の前進 67
援護法要綱を発表 67 原爆医療法の成立 71
原水禁運動の進展 72 国際世論との連帯 74
平和会館誕生 75
4 分裂と対立の時代77
表面化した政治色77 決定的分裂へ 78
被団協の分裂 81 原点に立って 83
日本被団協内のしこり 84
5 試練を乗り越えて 87
援護法へ運動強化 87 核競争激化に挑む 89
被爆者支援を強化 91 平和会館、財団法人に93
6 協調の時代へ 95
協調の芽生え 95 五・一九合意 97
混乱と反発 99 動き始めた共同行動 101
7  苦難への挑戦 104
日本に核兵器が 104 衝撃の基本懇答申 105
均衡論を打破する 107 広がった署名運動 109
高まる核戦争の不安 110
8 飛躍をめざして 112
平和会館移転 112 広島市に被害者の会誕生 113
援護法要求運動を再生 115 広がる核廃絶の叫び 116
世界のヒバクシャと連帯 117 被爆体験を語り伝える 119
「被爆者の森」建設 120
9 沈痛の中の前進 123
核軍縮へ 123 理念なき援護法成立 124
森瀧さん逝く 126 伊藤理事長就任 128
沖縄へ交流団 129 意義ある平和祈念館を 130
原爆ドームを世界遺産に 132
10 平和な明日を求めて 134
在朝被爆者と交流 134 印パと交流 135
ヒロシマ・ガイド発行 137 伊藤理事長から藤川理事長へ 138
原対協をただす 139 被爆二世に期待する 141
県被団協小史 143
3 地域原爆被害者の会
原爆被害者の会の紹介 149
追悼 191
4 被爆者運動と被爆者援護の歩み 211
1 恐怖と苦難の十年 213
壊滅した医療 213 占領解除と援護法の施行 215
原対協の発足 216 国家補償の援護法を 218
2 原爆医療法の制定 220
世論の後押し 220 原爆医療法施行 222
法改正へ高まる声 223 小手先だけの法改定 226
国の怠慢裁かれる 228
3 原爆特別措置法の成立 230
初の被爆者実態調査 230 手当制度の創設 232
援護法要求を体系化 234
4 冷酷な被爆者行政 240
被爆者手帳一つに 240 画期的判決 242
基本懇の冷酷答申 243
5 被爆者援護法の制定 246
自民党政権の崩壊 246 被爆者援護法施行 247
厳しい認定制度 249 外国在住被爆者の叫び 250
5 核兵器廃絶運動の歩み 253
1  原水禁運動の発展 255
占領下の闘い 255 立ち上がるヒロシマ 257
第一回原水禁世界大会 259 核実験中止を 261
運動の分裂と再生 262
2 核狂乱に挑む 264
(一)核軍拡と核拡散 264
抗議電報と座り込み 265 海外平和行脚 267
(二)核狂乱 269
抗議のハンスト 270 ヒロシマの深化を 271
太平洋非核化 273 反核のうねり 275
3 核軍縮の時代へ 278
被爆の実相普及 279 ヒバクシャ交流 281
非核化の闘い 83
6 核兵器のない明日を 85
加害と被害を超えて 287 援護法に込めた思い 288
被爆体験をつなぐ 290 平和利用を考える 291
平和を行動する 293
祈念 295
7 ヒロシマと生きて(座談会) 311 1
付録 ヒロシマをめぐる動き 359

広島県被団協各会の活動状況(1971年現在)

広島県被団協各会の活動状況(1971年現在)<作業中

 各会  備考
1 山県郡千代田町 鉄田正基
2 広島市観音町 前田栄
3 広島市矢野町 伊藤サカヱ
4 広島市横川町  佐古田ハツ子
5  安芸郡海田町 石井玲
6 広島市段原町
岡本嵯峨次:思えば昭和27年12月、朝日新聞広島支局の講堂に有志が集まり被爆者について話し合い、・・・原爆被害者の会を結成した。
7 作木村原爆被害者友の会
8  皆実原爆被害者の会
9  尾道原爆被害者の会
10 安芸郡海田町原爆被害者会
11 芦品郡協和村原爆被害者の会
12 舟入本町西被爆者の会
13  因島市原爆被害者友の会
14  高田郡原爆被害者会
15 布野村原爆被害者の会
16  三良坂町原爆被害者の会
17  三原市原爆被害者の会
18 吉田町郷野地区被爆者の会
19 福山市原爆被害者の会 146
20  福山市松永地区原爆被害者協議会
21 芦品郡原爆被害者の会
 22  川根原爆被害者友の会
 23  千代田町原爆被害者の会
 24  神石郡三和町原爆被害者友の会
 25  三次市原爆被害者友の会
 26  山根町原爆被害者友の会
 27  倉橋町原爆被害者の会
 28  坂町原爆被害の会

出典:『平和を求めつづけて 広島県被団協30年の歩み』(広島県原爆被害者団体協議会編、汐文社、1986/12/10)

広島県原爆被害者団体協議会加盟組織一覧(1986年4月1日現在)

広島県原爆被害者団体協議会加盟組織一覧(1986年4月1日現在)

作業中

名称 会員数 備考
広島市原爆被害者の会 257  会長:瀬戸高行、事務局:北川哲
皆実原爆被害者の会 52  会長:日詰忍
電通遺族会 10  会長:小松キクエ
広島県原爆被害者団体協議会青年部 50  代表世話人:高橋昭博
舟入西本町原爆被爆者の会 50
矢野町原爆被爆者の会 1007  会長:伊藤サカエ、事務局長:畠山貞子
船越町原爆被爆者の会 950
呉原爆被爆者友の会 1800
竹原市原爆被爆者協議会 80
三原市原爆被害者の会 700
尾道地区原爆被害者の会 567
因島市原爆被害者友の会 153
福山市原爆被害者の会 920
府中市原爆被害者之会 630
三次市原爆被害者友の会 450
大竹市原爆被爆者協議会 1600
東広島市原爆被害者の会 2000
広島市佐伯区原爆被害者の会 100
安芸郡
府中町原爆被爆者団体協議会
海田町原爆被害者の会 1946
熊野町原爆被害者の会 800
坂町原爆被害の会 1754
江田島町原爆被害の会 700
音戸町友の会 556
倉橋町原爆被害者の会 459
下蒲刈町原爆被害者団体協議会 143
蒲刈町原爆被害者の会 230
佐伯郡
湯来町原爆被害者の会 953
佐伯町原爆被害者の会 818
高田被害者の会 80
山県郡
加計町原爆被害者の会 520
筒賀村原爆被害者の会 176
戸河内町原爆被害者の会 330
芸北町原爆被爆者友の会 192
大朝町原爆被害者の会 250
千代田町原爆被害者の会 819
豊平町原爆被害者の会 565
高田郡
吉田町被爆者の会 876
美土里町被害者友の会 281
八千代町原爆被害者友の会 300
川根原爆被害者友の会 51
甲田町被爆者の会 490
向原原爆被害者友の会 546
賀茂郡
黒瀬町原爆被害者の会 228
福富町原爆被爆者協議会 193
豊栄町原爆被害者の会 220
大和町原爆被爆者協議会 300
河内町原爆被爆者友の会 339
豊田郡
本郷町原爆被爆者協議会 175
瀬戸田町原爆被害者之会 160
御調郡
御調町原爆被爆者協議会 129
久井町原爆被害者の会 102
世羅郡
甲山町原爆被害者協議会 165
世羅町原爆被害者協議会 236
世羅西町原爆被害者協議会 193
沼隈郡
内海町原爆被害者の会 29
沼隈町原爆被爆者友の会 96
深安郡
神辺町原爆被害者の会 155
神石郡
油木町原爆被害者の会 74
神石町原爆被害者協議会 97
豊松村原爆被害者の会 59
三和町原爆被害者友の会 98
甲奴郡
上下町原爆被害者の会 300
総領町原爆被害者の会 126
甲奴町原爆被害者の会 140
双三郡
君田村原爆被害者友之会 123
布野村原爆被害者の会 124
作木村原爆被害者友の会 149
吉舎町原爆被害者の会 334
三良坂町原爆被害者の会 253
三和町原爆被害者友の会 241
比婆郡
西城町原爆被爆者友の会 325
東城町原爆被害者友の会 400
  出典:「広島県原爆被害者団体協議会組織実態調査表」(『平和を求めつづけて 広島県被団協30年の歩み』(広島県原爆被害者団体協議会編、汐文社、1986/12/10)

平和を求めつづけて 広島県被団協30年の歩み

『平和を求めつづけて 広島県被団協30年の歩み』(広島県原爆被害者団体協議会編、汐文社、1986/12/10)

内容

発刊にあたって 森瀧市郎 1
はじめに 檜垣益人 3
1 終戦時の惨状 11
A モルモット 11
B ストックホルム・アピール 12
2 被爆者組織と救援運動 13
3 国会請願と被爆者医療法 17
4 広島平和会館建設 19
5 特別措置法制定 21
6 中央行動 23
7  語り部活動 24
A 海外派遣 24
B 被爆者行脚 25
8 その後の活動 26
9 死没者への追悼 28
10 私たちは訴える 29
11 県被団協の誕生とその前夜 91
A 原爆投下 91
B GHQ指令 91
C 被害者調査 92
D 原爆犠牲者追悼式典 92
E 極東裁判執行 93
F 第二の原爆保有国出現 93
G ストックホルム・アピール 94
H ABCC建物完成 94
I 日米安保条約調印 95
J 原爆慰霊碑除幕式 95
K原爆投下は国際法違反 96
L ビキニ環礁付近水爆実験 96
M 広島県原爆被害者大会 99
N 初の国会請願 100
12 広島県原爆被害者団体協議会結成 103
A 経過報告 103
B 日本原水爆被害者団体協議会結成 107
C 原爆被害者援護法要綱 112
D 医療法成立 115
E 健康診断開始 116
F 原爆の子の像の除幕式 116
13 広島平和会館落成 117
A 別府温泉利用研究所開所 117
B 被爆者関係施設落成 118
C 第一回ヒロシマ平和巡礼出発 118
D 東京地裁原爆投下国際法違反判決 119
E 県被団協主催死没者追悼法要施行 120
F 援護対策促進被爆者行脚開始 120
G 広島・長崎八者協の被爆者特別措置法案 120
H 被爆者特別措置法成立 124
I 援護法の主要項目 125
J 県被爆教師の会結成と衆参両院付帯決議 129
K 日本被団協代表委員制に 130
L 援護法制定要求被爆者行脚 130
M NGO被爆者問題国際シンポジウム 132
14 各会の活動状況(昭和四十六年現在)133
1 山県郡千代田町 鉄田正基 133
2 広島市観音町 前田栄 133
3 広島市矢野町 伊藤サカヱ 134
4 広島市横川町 佐古田ハツ子 135
5 安芸郡海田町 石井玲 136
6 広島市段原町 岡本嵯峨次 137
7 作木村原爆被害者友の会 139
8 皆実原爆被害者の会 139
9 尾道原爆被害者の会 140
10 安芸郡海田町原爆被害者会 140
11 芦品郡協和村原爆被害者の会 141
12 舟入本町西被爆者の会 142
13 因島市原爆被害者友の会 142
14 高田郡原爆被害者会 143
15 布野村原爆被害者の会 143
16 三良坂町原爆被害者の会 144
17 三原市原爆被害者の会 144
18 吉田町郷野地区被爆者の会 145
19 福山市原爆被害者の会 146
20 福山市松永地区原爆被害者協議会 146
21 芦品郡原爆被害者の会 147
22 川根原爆被害者友の会 147
23 千代田町原爆被害者の会 147
24 神石郡三和町原爆被害者友の会 148
25 三次市原爆被害者友の会 148
26 山根町原爆被害者友の会 148
27 倉橋町原爆被害者の会 150
28 坂町原爆被害の会 150
15 新たな前進へ 151
A 世界情勢対策について 151
B 平和会館の利用について 151
C 国連軍縮特別総会へ出席 153
D 代表者会議開催 154
E 第二回国連軍縮特別総会へ 155
F 新日本プロレス社長猪木氏パンフ寄贈 155
16 故人を偲んで 157
〈年表・資料〉 169
国の原爆被爆者対策について 170
年表(檜原益人前事務局長のメモから)173
広島県原爆被害者団体協議会組織実態調査表 186

先人を語る会(広島市原爆被害者の会主催)

先人を語る会(広島市原爆被害者の会主催)

年月日 備考(敬称略)
1
2 20131116 広島市原爆被害者の会「第2回先人を語る会―藤居平一さんを語る」。冒頭、20分ほど話す。夜、A(広島ジャーナリスト)へメールで原稿を送付。
3
4 20160416 広島市原爆被害者の会「第4回先人を語る会=伊藤サカエ」。大手町平和ビル5階会議室。不参加。
5
6 20171021 広島市原爆被害者の会「第6回先人を語る会(慰霊と講演) 被爆者運動の創始者 川手健さんを語る」。司会:田中聡司。発言者:神崎昭男、池田精子(ビデオメッセージ)、中前妙子、中谷悦子、岡本智恵子(証言者の紹介:多賀)、宇吹。
6 「第6回先人を語る会 川手健さんを語る」。宇吹=1985年の語る会に藤居平一から代理で出席するよう要請。今回も藤居の代理のつもり。川手と同時代を過ごしたら、私には非常に嫌な人物だっただろう。川手は宇吹が藤居にしつこく質問しても語ることを避けた人物の一人。しかし、藤居は、彼の「被害者精神」は生かしてやろうと努力した、と語っている。
6 「第6回先人を語る会 川手健さんを語る」。舟橋、中川幹夫(彼から中島の証言集を購入1500円)。中座時、中谷と道面雅量(中国新聞文化部)と立ち話。
7
8 20191019 広島市原爆被害者の会「第8回先人を語る会(慰霊と講話~河本一郎を語る~)」。原爆資料館。

広島(吉川清)

『広島』(吉川清<編集・発行人>、広島八・六の会<発行所>、19580415)<第3版>

写真 備考
表紙 原爆慰霊碑、原爆ドーム
原爆ドーム
01 原子雲 木村権一撮影
02 被爆前の広島 比治山より写す
04 広島城 被爆前
04 広島城 被爆12年後
05 広島大本営跡
05 広島大本営表門
06 原爆ドーム・広島産業奨励館
07 原爆ドーム 閃光電球による美観
08 原子雲
09 原子雲
10
11 御幸橋西詰
12 兄弟
13 似ノ島収容所、
14
15
16 広大萩原教室のドーム内放射能検査
17
18
19
20 動員学徒及び義勇隊の罹災
21
22
23
24
25
26 日赤病院
27
28 日赤病院
29 富国生命ビル6階
30
31
32
33
34 収容名簿に見入る人々
35 富国生命ビル内、白骨
36
37
38
39
40 広島市戦災児育成所、天皇
41 原爆乙女
42
43 原爆・水爆禁止広島市民大会
44
45
46 原爆資料館、原爆資料館内部
47 100米道路、広島市公会堂
48 中国新聞社
49
50
51 広島大学、市営アパート
52 広島赤十字原爆病院
53 比治山ABCC
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63 (深川宗俊記)
64 広島原爆一号 吉川清氏
65

 

原爆の子友の会

原爆の子友の会  結成日:1952年2月17日

年月日 事項
19520217 原爆の子友の会、結成式を広島大学文学部で開催。長田新編「原爆の子」に手記を寄せた児童生徒約100人出席.
19520324 中村巌原爆の子友の会会長ら30名、大阪大学理学部で京阪神の少年少女と交歓会を開く。
19520503 原爆の子友の会、広島大学図書館で大阪原爆の子を守る会と交歓会を開催。
19520730 原爆の子友の会の一行20名、上阪。
19520813 八木保太郎を囲む広島県教組と原爆の子友の会共催の座談会、広島市内の教育会館で開催。約70人(吉川清・谷本清ら)が参加。
19520816 原爆の子友の会の一行20人、東京神田・教育会館で芝居「原爆の子」を上演(朝日新聞)。
19520924? 広島原爆の子友の会、国際医師会議に提出するため原爆体験記を募集。
19530809 大沢幹夫作・原爆の子友の会総出演舞台劇「原爆の子」、広島市児童文化会館で初公開。
19550121 世界民主青年連盟代表を囲む原爆被害者懇談会、広島市内教育会館で開催。原爆被災者の会から20名、原爆の子友の会から5名を含む約100名が参加。
19550512 長田新広島大学教授、モスクワで開催されたソ連国内の平和大会に参加。「広島原爆の子友の会」から託されたソ連の子どもたちあてのメッセージを紹介。

原爆乙女の会

原爆乙女の会

代表者
谷本清
設立年月日
1950年3月
目的及び事業
当初、原爆障害者が聖書を研究することにより、精神的に立ち上がることを目的として、「原爆障害者更生会」として発足した。会員は原爆乙女の外、男子障害者や高年齢の女子障害者も加わっていた。
 <中略>
組織内容
会員数約80名
その他の参考事項
この会は、上記のような経過から、現在では男子会員及び女子高齢者会員は徐々に少数となり、現在の原爆乙女の会となった。
『原水爆関係団体名簿』(広島市衛生局原爆被害対策課、19670201)

 

 

 

 

 

原爆傷害者更生会 設立:1951年8月27日

書名コード 書名 編著者 発行所
49081501 平和のともしび-原爆第一號患者の手記 吉川清・富田勝己(補註) 京都印書館
50072501 ヒロシマの十字架を抱いて 谷本清 大日本雄弁会講談社
76072002 広島原爆とアメリカ人-ある牧師の平和行脚 谷本清 日本放送出版協会
81072401 「原爆一号」といわれて 吉川清 筑摩書房

原爆被害者の手記編纂委員会

原爆被害者の手記編纂委員会 19520821

目次(同委員会編『原爆に生きて 原爆被害者の手記』、三一書房、19530625)

 カット:丸木位里・赤松俊子
原爆手記編纂委員会
 (山代巴・隅田義人・山中敏男・川手健・松野修輔)
序=「我々が原爆被害者の手記を集めようといい出したのは、1948年8月で、いよいよ具体的に仕事が進み出したのは、1952年8月」、「我々はその集め方について、適切な方法がみいだせず、それが為に仕事が前へすすまなかった」、「8月21日の相談の結果、新聞やだジオによる募集には、あまり頼らず、我々が被害者の家を直接訪問してお願いし、欠けない人のは代筆してもいい、発表の機会に恵まれない人々の、手記を書かれることに重点をおこうということになったことは、この仕事を進める一つの鍵になった」
1 生きる
檜垣干柿 短かき夜の流れ星
小原秀治 生命の河
恵京吉郎 白血病と闘う
石井一郎 ヌートリアの思い出
磯川喜幸 真如の心
吉川みち子 母子抄
2 歩む
山下寛治 敗戦日記
日詰忍 七年の記
島本正治郎 「無窮」の木
浮気モト 四十八願
多田マキ子 夫はかえらない
山野音代 友の手紙
宮田君子 生長の家から
辻本トラ 行くとこなし
山田静代 未亡人の願い
大屋ヒデ 喜生園
内山正一 父情記
温品道義 傷害年金受給のこと
3 叫び
山中敏男 春雪日記
上松時恵 平和をわれらに
浦本稔 青年の独想
横山文江 甲神部隊の父
牧かよ子 すみれのように
池田精子 母となりて
西山わか子 私は生きたい
尾形静子 子等とともに
川手健 半年の足跡

 

 

 

広島県原爆被害者団体協議会

広島県原爆被害者団体協議会
1956年5月27日設立

1555年8月、広島で開催された原水爆禁止世界大会直後、広島市内には,原爆乙女の会(シオン会)・原爆被害者の会・原爆の子友の会の先駆的3組織のほかに,広島子供を守る会,未亡人会(原爆被害者グループ),大会直前に原爆被害者の会から別れた八・六友の会と原爆被害者の会本部,および大会の期間中に組織された電気通信関係原爆犠牲者遺族会の8組織が存在した。世界大会直後から,これらの被害者組織の一本化が試みられたが,性格の異なる諸組織の統合には,多くの困難が存在した。10数回の会合ののち,1956年1月22日に広島市原爆被害者連絡協議会世話人会の発足にこぎつけた。

広島県原爆被害者大会(1956年3月18日)・国会請願(3月20日)の開催が,広島における既存の原爆被害者組織の大同団結と新たな被害者組織づくりの重要な契機となった。原爆被害者大会実行委員会は,1956年4月8日,事務局に県内各地から30人が参加して代表者会議を開催,次のような決議を行った。

県内の原爆被害者の組織は,被害者大会までに,大竹市(1955年8月6日結成)・甲奴郡(9月1日)・芦品郡(10月11日)・深安郡・神石郡・三次地区(1956年3月15日)などに結成されており,大会後の3月29日には,賀茂郡原爆被害者の会が結成された。

原爆被害者大会実行委員会は,4月8日につづいて5月13日にも代表者会議を開催,5月21日には,事務局長藤居平一の名で,5月27日の広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協と略称)結成総会の案内状を発送した。広島YMCA講堂で開かれた結成総会には,県内の被害者団体代表120人のほか,長崎8人,愛媛1人の代表が参加した。総会は,経過報告,規約案の審議ののち,次のような運動方針を決定した。

総会は,藤居平一(原爆被害者大会実行委員会事務局長・広島原水協事務局次長)・井上昇(広島県東部被害者連絡協議会)・日野義隆(大竹市被害者同志会)の3人を代表委員に,また,藤居を事務局長に選出した。

原爆被害者の会会則

原爆被害者の会会則
1952.8.10
<会則>
一、この会は原爆被害者の会といい、原爆の被害者によってつくられます。
二、会員には被害者で趣旨に賛成の人なら誰でも入ることが出来ます。
三、会の事務所は広島市細工町原爆ドーム裏吉川記念品店におきます。
四、会は被害者が団結して多くの人々との協力のもとに、治療生活その他の問題を解決し、あはせて再びこの様な惨事のくりかへされないよう平和のために努力することを目的とします。
五、この会は目的実現のために次の事業を行います。
①原爆傷害者の治療援助を当局に要求し、その他種々の便宜をつくり出す。
②原爆による生活困窮者の就職、生活援助を会員相互の協力によって行う。
③各種の方法により平和のための事業を計画する。
④その他の目的実現のため、会の決定したこと。
六、会は、総会、幹事会、協力会を持ち運営していきます。
七、会の趣旨に賛成し、協力する意志のある団体並びに個人によって協力会をつくります。
八、会の役員は会員の中から会長1名、副会長1名、幹事若干名を選びます。幹事会は事務局を設けます。
九、会の財政は会費、寄付、事業収入でまかないます。
<組織>
1.会員組織
一、会員の会費は月20円、かわりに機関紙を無料配布します。
二、会員はそれぞれの地区で支部をつくることが出来ます。
三、現在の幹事会のメンバーは次の通りです。
吉川清(会代表者)、佐伯晴代、内山正一、上松時枝、峠三吉
当分の間、会長、副会長を決定せず、幹事の合議により運営していきます。
四、事務局は活動に応じて各部を設け、幹事会の決定を実行します。
2.協力会員組織
一、原爆被害者でなく、会の趣旨に賛成、協力する人は協力会員になっていただきます。会費は半年150円、かわりに機関紙を無料配布します。
二、協力会員の協力方法として次の様なことが望まれます。
①一定金額の定期的な資金援助、或は一時的な資金援助
②被害者の就職、内職あっせんの協力
③被害者のその他の生活要求に対する協力
④被害者の平和運動を発展させるための協力
⑤その他、会の決定した計画に対する人的物的な援助、協力
三、協力会員は各地、或は各職種別の協力会をつくることが出来ます。
四、現在の東京協力会の世話人は次の通りです。(イロハ順)
石田一松、大田洋子、神近市子、武谷三男、倉田本、布施辰治、赤松俊子
3.原爆の手記編纂委員会
一、この委員会は独立した組織ですが、会とは密接な関係にあり、相互協力の関係にあります。
二、この委員会は原爆の手記その他を通じて被害者の実態、その要求、或いは原爆の実態、本質を明らかにしていく仕事を行います。
<事業>
1.医療
原爆の惨禍は尚あとをたたず、現在でも原爆症により病床にふし、或は死亡していく人達がいます。又、生活に追われて傷害を治療することも出来ず、苦しんでいる人も数多くあります。これらの医療問題を解決するために、私達は国家予算による無料での診察治療の実施を要求しています。このため実態調査を行い、これを基礎にして陳情書を作り政府並びに国会に陳情する考えでいます。当面の対策としては次の諸活動を行ひます。
一、原爆傷害者の実態調査を行う。
二、市民病院での無料診断実施を要求する。
三、緊急に治療の必要ある患者のカルテをつくり、県並びに市にその治療費の全額負担を要求する。
2.生活
原爆被害者は一般にいって殆どが生活困窮者です。一日わづか7,80円の内職で毎日の生活費にもことかく人達がいます。適当な職がなくて困っている傷害者もいます。生活を転換しようにもその間の生活費がないため、弱い体を無理な労働に使っている婦人もいます。又周囲の冷たい態度に泣きながら、誰か親身になっていろいろな相談の出来る人はないかと求めている人もいます。私達はこれらの生活問題を解決するために、軍事費支出をやめて、その予算で社会保障制度を確立する必要があると考えます。これはただ被害者だけでなくすべての貧困者の問題ですから、そういう人達と共に運動していきたいと思っています。当面の対策としては次の諸活動を行います。
一、出来る限りの就職、内職のあっせんを行う。
二、資金を集め、生活転換その他の理由で必要とする生活資金の貸出しを行う。
三、法律的な保護が受けられるにもかかわらず、それが出来ない時は会が交渉する。
四、衣類その他の生活用品に困窮している人達には寄付を仰いで分配する。
五、その他の問題について相談しあい、相互に助けあう。
3.平和運動
原爆の惨禍は体験した私達が一番よく知っています。二度とこの様な悲劇がくりかへされない様、私達は平和のために出来る限りの努力をしなければなりません。
多くのまじめに平和を求める人々と手をとりあって地道な平和運動を進めようと考えています。
一、原爆写真展の貸出
二、手記編纂委員会に協力し、手記、記録、訴えなどをひろめる。(以下略)
三、その他
4.その他
一、クラブや文化サークルなどをつくり、互いに話合ったり勉強出来る機会をつくる。
二、図書室をつくる。
三、機関紙を発行する。

原爆被害者の会

原爆被害者の会 (1952年8月10日設立)

原爆被害者の会設立の経緯

峠三吉が中心となって活動していた原爆の詩編纂委員会(1952年9月,詩集 原子雲の下より』を発行)が原稿募集を終えた1952(昭和27)年6月末,同委員会は吉川清の訪問をうけた。これを契機に委員会のメンバー,とくに峠三吉・山代巴・川手健・野村英一の4人は,原爆乙女・原爆孤児といった限定された原爆被害者のみでなく,一般被害者の組織化の必要を感じ,吉川とともに被害者の会の準備をはじめた。
7月10日,ロケのために末広中であった新藤兼人・乙羽信子など映画「原爆の子」のスタッフを呼んで開いた懇談会の席上,会結成の提案を行い,組織づくりの第一歩をふみだした。また,8月6日には平和公園の原爆慰霊碑前で会員募集と資金カンパを訴えた。
結成式は,1952年8月10日,広島市の知恩会館でおこない,会則・事業計画を決定,幹事として吉川清・佐伯晴代・内山正一・上松時枝・峠三吉の5人を選出した。結成時の会員は数十人にすぎなかったが,同年12月14日の第1回総会において組織強化の方針を決定し,大衆団体としての体裁を整えた。結成から半年後の1953(昭和28)年3月頃には,300人の会員を擁するまでlこなっている(川手健「半年の足跡」,『原爆に生ぎて原爆被害者の手記』所収)。
関連資料

原爆被害者の会会則 1952.8.10
中野懇談会の被爆者招請(1952年11月22日)
原爆被害者の会 「米国に対する損害賠償請求提訴の件について」 1953.4.5
原爆被害者の手記編纂委員会編『原爆に生きて-原爆被害者の手記-』(三一書房、1953年6月25日発行)
 原爆被害者の会の原爆裁判への対応
『芽生え』NO.2(原爆被害者の会事務局、1954年1月18日)