第3回ひろしま自治体学校 広島の地域とくらしを考える研究交流集会〈案内〉1983年2月26・27日<作業中>
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第3回ひろしま自治体学校 広島の地域とくらしを考える研究交流集会〈案内〉1983年2月26・27日<作業中>
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第3次広島市政白書刊行記念レセプション 案内状と参加予定者
『広島 ヒロシマ 第3次広島市政白書』(自治体問題研究所・広島研究会編、広島市職員労働組合、19821225)
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平和憲法と広島<作業中>
『広島 ヒロシマ 第3次広島市政白書』(自治体問題研究所・広島研究会編、広島市職員労働組合、19821225)所収 |
1 「平和都市を軍靴で汚すな」-自衛隊パレードを阻止した市民のたたかい |
2 基地と軍需産業に包囲される広島市 |
3 核持込の疑惑と広島市 |
4 平和都市の理想をめざして |
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『広島 ヒロシマ 第3次広島市政白書』(自治体問題研究所・広島研究会編、広島市職員労働組合、19821225)
内容
編 | |||
発刊にあたって(佐藤光雄) | |||
はしがき(大西典茂) | |||
1 | 改令指定都市移行後の広島市改-その評価と問題点( 広島市職員労勧組合) | ||
はじめに 11 1 福祉、保険・年金、医療 11 2 教育、文化 17 3 保育園 20 4 まちづくり、都市計画 22 5 環境、公害 26 6 被爆者行政 31 7 三年目の区役所 33 8 財政 36 9 人事・機構 42 |
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2 | 職員が語る職場と仕事-市役所・仕事白書(広島研究会・「仕事白書」作成班) | ||
はじめに 49 1 福祉事務所・ケースワーカー 49 2 市民課窓口 50 3 区役所厚生課 54 4 区役所地域振興課 59 5 税務職場 61 6 公園づくり 65 7 下水道づくり 68 8 区役所建築職場 71 9 区役所管理課 74 10 区役所土木課・維持課 84 11 保母 79 12 留守家庭子ども会指導員 84 13 児童館指導員 87 14 家庭奉仕員(ホームヘルパー)89 15 看護婦 91 16 給食調理員 96 17 学校業務員 98 18 公民館職員 100 19 図書館司書 102 20 ゴミ収集作業員 105 21 ゴミ焼却工場(中工場)108 22 環境整備の工事担当職場 111 23 ゴミ埋立地 113 |
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3 | グラフでひもとく広島市民の暮らし(広島研究会・統計部会) | ||
1 人口・世帯数 121 2 働く人の状況 137 3 交通・道路 151 4 住宅 158 5 物価・家計 167 6 環塊整備 176 7 保育・教育・文化 184 8 公園 196 9 医療・保健 201 10 被爆者行政 207 11 環境・公害 212 <付属資料>階級構成表 219 |
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4 | 平和都市広島の埋想と現実(広島研究会・歴史部会) | ||
Ⅰ | 平和式典の思想 231 | ||
1 式典のあゆみ 231 2 平和宣言の思想 235 3 式典と市民 239 |
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Ⅱ | 平和公園内で対立する「平和」 241 | ||
1 原爆死者をめぐって 241 2 「平和」と対決した「祈り」-祈りの像 245 3 「平和」の分裂を意図した「祈り」-平和の灯 247 4 碑文論争 249 5 守られた平和の象徴-原爆ドームの保存運動 254 |
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Ⅲ | 平和憲法と広島 266 | ||
1 「平和都市を軍靴で汚すな」-自衛隊パレードを阻止した市民のたたかい 266 2 基地と軍需産業に包囲される広島市 270 3 核持込の疑惑と広島市 270 4 平和都市の理想をめざして 276 |
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<付属資料> | |||
1 広島平和記念都市建設法 282 2 大木惇夫の献詩-「祈りの像」側碑より 282 3 「広島市商・造船工業学校慰霊碑」碑文 282 4 「義勇隊の碑」碑文 283 5 「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」碑文(訳文)283 6 沖縄県南風原町非核地域に関する宣言決議 283 |
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5 | 広島市の産業・経済(広島研究会・産業経済部会) | ||
I 産業集積の展開と地域問題 志村賢男 1 石油危機後の構造変動に関連して 287 2 地域政策の展開に関連して 288 3 農・工間不均等発展の問題に関連して 290 4 産業間不均等発展-その光と陰 292 II 広島市(地区)の工業と地域経済 木谷直俊 1 広島市工業の最近の動向 297 2 自動車産業のかげりと工業集積の転機 306 3 地域経済と中小企業 309 III 広島市の都市形成と商業集積過程 白澤恵一 1 戦前の商店街形成と小売り商問題 313 2 商業の戦後復興過程 322 3 戦後の商業集積展開の地域構造 326 4 商業集積の現状と問題点 332 IV 広島市経済の第3次産業化 仁連孝昭 1 はじめに-地方中核都市・広島の実績 336 2 サービス経済化の実態 337 3 サービス経済化の展望 342 |
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あとがき | |||
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年表:被爆者家庭訪問をすすめる会
年月日 | 事項 | 備考 |
1981 | ||
01 | 高橋文枝さん( 広島原爆被爆者療養研究センター(神田山荘)のケースワーカー)ら、被爆者家庭訪問をすすめる会結成。 | |
1982 | ||
0425 | 被爆者家庭訪問をすすめる会、広島市内で初の平和学習会「ヒロシマ教室」。約40人が被爆者らの講演・体験を聞く。 | |
1984 | ||
06 | 「広島草の根ひろば」(山田順二代表)、広島の草の根市民運動が一目でわかるカレンダーを発行。南北ネットワーク、中東を考える会、平和交流をすすめる広島若者の会、ヒロシマ被爆二世の会、被爆者家庭訪問をすすめる会など11団体。 | |
1119 | 1984年アリス・ハーズ賞、 被爆者家庭訪問をすすめる会に決まる。 | |
1987 | ||
0621 | 被爆者家庭訪問をすすめる会(小林三枝子代表)、月1回の一生被爆者訪問始める。 | |
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被爆者家庭訪問をすすめる会<作業中>
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『ヒバクシャ―ともに生きる 第1号』(原爆被害者相談員の会、1982年12月11日)
機関誌
『ヒバクシャ―ともに生きる』発行。1982年12月11日創刊
頁 | 著者 | タイトル | 備考 |
01 | 河合幸尾( 代表) | 発刊にあたって | |
原爆被害者相談員の会に期待する | |||
04 | 志水 清 | 相談員の会に期待する | |
05 | 相原和光 | 平和への強いタネまき | |
06 | 伊藤直子 | 広島の被爆者の役割は大きい | |
07 | 栗原秀雄 | 被爆者から学ぶ | |
08 | 中村征之 | 期待を背負うワーカー | |
10 | 若林節美 | 原爆被害者相談の発足と一年間のあゆみ | |
16 | 久保浦寛人 | 「原爆被害者証言のつどい」について | |
18 | 高田素子 | 「原爆被害者証言のつどい」に参加して | |
19 | 胡明憲二 | 一日カメラマン | |
20 | 三村正弘 | 基本懇答申と第二臨調答申の関連について | |
25 | 畠山護三 | ワーカーとしての知識と経験を生かしたい | |
25 | 城谷正子 | 〔短歌3首〕 | |
事例報告 | |||
26 | ソーシャルワーカー・T | 1 病床からの意見陳述―被爆者に血の通った行政を | |
30 | 加藤礼子 | 2 苦悩を背負って | |
34 | 高橋文枝 | 3 被爆後詩を書きつづけて―両徳玉夫さんのこと― | |
江崎須賀子 | 4 「やっと生活保護が受けられた」来談者からの手紙 | ||
明田 勇 | 5 三十六年目の原爆手帳 | ||
中津泰人 | 解説 被爆者健康手帳とは | ||
44 | 座談会 | 相談員の会の歩みを振り返って | |
44 | (1)はじめに | ||
江崎須賀子(司会) | |||
若林節美 | |||
45 | (2)生みの苦しみ | ||
槙 繁 | |||
一 泰治 | (広島YMCA) | ||
46 | (3)相談員は | ||
相良カヨ | |||
宗像房子 | |||
47 | (4)弁護士の立場から | ||
島方正幸 | |||
二国則昭 | |||
48 | (5)被爆者の立場から | ||
蔵田和子 | |||
木村千代子 | |||
相談員の会の担い手として | |||
52 | 井上慰江 | 原爆被害者相談に参加して | |
53 | 桶舎洋子 | ボランティアとしての責任は | |
54 | 立神志伸 | 福祉労働者としての姿勢に学ぶ | |
55 | 河宮百合恵 | 夫婦参加を志向して | |
56 | 山田寿美子 | 第二日曜日の朝 | |
57 | 活動日誌(81・6~82・11) | ||
<1981年6月の項>研究会「医療法前史、県被団協の結成をめぐって」 宇吹暁さん | |||
62 | 基本懇答申についての解説・見解 | ||
66 | 資料:原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について 1980年12月11日 | ||
71 | 編集後記(正田恵子・江崎須賀子) | ||
宇吹メモ:分科会「平和と地域の文化」=19810913<作業中>
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年表:平和を語る青年のつどい<作業中>
年月日 | 事項 | |
1979 | ||
0623 | 平和を語る青年のつどい実行委員会。発足。 | |
『中国新聞』(0621)「被爆体験継承で集い 平和を語ろう 8・5広島の若者が計画 10数団体が参加表明」 | ||
0805 | 平和を語る青年のつどい、広島市青少年センターで開催。約150人が参加。 | |
1980 | ||
0802 | ~0804 平和を語る青年のつどい | |
0915 | 「平和を語る青年のつどい」(坪山和聖代表)のメンバーなど、似島の原爆遺跡を見学。 | |
1981 | ||
0215 | 平和を語る青年のつどい・中国帰還者連絡会など、「戦争体験を聞くつどい」、広島市平和記念館で開催。約100人が参加。(『中国新聞』) | |
0927 | 原爆遺跡めぐりハイキング | |
1985 | ||
0630 | 平和を語る青年のつどい(企画)、「被爆者と被爆地を歩く会」、広島市内で開く。市民10人が参加。(『中国新聞』) | |
1987 | ||
0805 | 平和を語る青年のつどい(熊中豊代表)、広島駅で「HIBAKUSYA」写真展。(『中国新聞』) | |
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ヒロシマ被爆二世の会 1980年11月30日発足<作業中>
機関誌:『きょうちくとう』 創刊:19801208
会の紹介(表) |
会則 |
会の紹介(裏) |
機関誌
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