日本文化人会議

日本文化人会議 1951年9月22日創立

「それぞれ専門分野を別にしながら文化活動にかかわる人々が、国内外の人々と提携して「平和」を守るために協力することを目的に結成」。破壊活動防止法制定に、戦前の「治安維持法」の再現として反対。また内灘や砂川など、米軍事基地拡張反対運動に積極的に参加。

雑誌『平和』(1952年5月 青木書店創刊。編集委員(淡徳三郎、福島要一、今中次麿、風見章、神近市子、務台理作、中野好夫、岡三郎、清水幾太郎、妹尾義郎、高桑純夫、上原専祿、柳田謙十郎)。のち、日本文化人会議の機関誌となり、編集長・中野好夫氏で大月書店より刊行。

出典:https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/archives/darc/bunkakaigi/

いのちの塔-広島赤十字・原爆病院への証言(目次)

『いのちの塔-広島赤十字・原爆病院への証言』
「いのちの塔」手記集編纂委員会
中国新聞社  19920610

目次

グラビア 痛恨の『あの日 あの時』
核時代の生命のしるし ~序にかえて~ 大江健三郎
プロローグ 被爆前後の日赤かいわい 前保美枝子
証言・その一 ~周辺住民と入院患者ら~
一枚の白衣 宗藤尚三
八月六日 笠間徳子
長い白日夢 真栄田年穗
救護活動の拠点・日赤で 中谷昇
まるで悪夢の日々 中島睦男
 父と弟の死の日に 船倉[土+坒]子
証言・その二 ~医師・看護婦~
外科医の、それは“悲しい日々”が… 服部達太郎
ヒロシマを語りつぐもの 入江長生
生き残った一人として 宇野ヨネ子
二十歳の夏に 面田孝子
従軍看護婦になりたかった私 内田千寿子
婦長の一言に励まされて 栗原アヤコ
若い血を躍らせた館 浅野智恵子
無念の涙 大阪己佐子
耳を澄ませば聞こえる悲鳴  高田静子
 青春の詰まる“故郷” 小里美智子
証言・その三 ~被爆後の入院患者~
日赤病院で受けたケロイド手術 光島太郎
日赤は生きる希望でした 米田美津子
日赤入院とその後 吉川生美
今もお世話になる日赤なのに… 小野春子
詩・『窓』 野津彼方
小説 『母の炎』から
母の炎 山口勇子
考証 『被爆遺跡としての日赤本館』
広島赤十字・原爆病院の建築について 石丸紀興
未来へのメッセージ
「広島日赤病院本館」について 後藤陽一
核政策への無言の抵抗碑として 伊東壮
貴重な原爆遺跡を保存しよう 久保浦人
あとがき 宗藤尚三
資料編
<資料1> 広島赤十字・原爆病院保存運動の経過
<資料2> 広島赤十字・原爆病院の沿革
<資料3>  座談会・あの時の広島赤十字病院

原爆遺跡保存運動懇談会(略年表)

被爆建造物保存のための懇談会(原爆遺跡保存運動懇談会)  結成日1990年12月4日

略年表(宇吹所蔵資料に基づく)

年月日 事項 備考
1990
0327 広島市議会「原爆遺跡の保存を求める決議」(全会一致) u
1204 「被爆建造物保存のための懇談会」、広島市で開催(約30人出席)。「原爆遺跡保存運動懇談会」を結成し活動することを申し合わせる。
1991
0123  原爆遺跡保存運動懇談会世話人名簿 1991年1月23日現在 u
0513 第5回世話人会(ご案内)[はがき] u
0520  原爆遺跡保存運動懇談会個人賛同者名簿 1991年1月23日現在 u
0617  原爆遺跡保存運動懇談会ニュースNO.2 u
0630 消すな!被爆の証人 原爆遺跡フィールドワーク [資料・新聞報道]。参加者60人?70人? u
 0706  第6回世話人会(ご案内)[はがき] u
0803 原水禁世界大会国際会議で発言(大中真一)
0804 原水禁世界大会国際会議「広島宣言」に原爆遺跡保存問題が位置づけられる。(長崎大会でも同趣旨で「宣言」に位置づく)
 0913   原爆遺跡保存運動懇談会第7回世話人会議[会議資料 B4 7枚] u
 広島赤十字病院被爆建造物保存運動の報告[会議資料 B4 4枚]
1024  原爆遺跡保存のためのシンポジウム--あのときそこでなにがあったのか‥‥ 遺跡は何が語りたいのか[ビラ 1枚] u
 1121  旧・理学部1号館(旧・文理大本館)保存についてのアンケート(実施期間 11月21日~12月9日)集約結果[部外秘] u
1992
0124 記者発表レジメ
0207  原爆遺跡保存運動懇談会第2回総会[案内]  u
 0212   原爆遺跡保存事業促進の要請(後藤陽一⇒広島市長平岡敬) u
0301 原爆遺跡フィールドワーク(Aコース30名、Bコース30名)
0317 核兵器廃絶・被爆者援護法の実現をめざす広島総決起大会「原爆遺跡保存についての特別決議」(案) u
0703 葉書[広島日赤原爆病院保存に関する依頼 *林*子⇒被爆建物等継承委員会委員宇吹] u
 1993
 0217  原爆遺跡保存運動懇談会第3回総会
 0924  元大正屋呉服店を保存する会発足。
1994
 0129  原爆遺跡保存運動懇談会第4回総会
 1995
0107  元広島文理科大学(旧広島大学理学部1号館)の保存を考える会。ところ:広島市婦人教育会館。
0215  原爆遺跡保存運動懇談会第5回総会[会議資料] u
 1996
0117 シンポジウム「あらためて原爆遺跡保存を考える-レストハウス、元文理大などをめぐって」 u
 0117  原爆遺跡保存運動懇談会第6回総会[会議資料]  u
 0209   原爆遺跡保存運動ニュースNo.2
 0213   原爆遺跡保存運動ニュースNo.3
 0219   原爆遺跡保存運動ニュースNo.4
 0222   原爆遺跡保存運動ニュースNo.5
 0227   原爆遺跡保存運動ニュースNo.6
 0301   原爆遺跡保存運動ニュースNo.7
 0305   原爆遺跡保存運動ニュースNo.8
 0319   原爆遺跡保存運動ニュースNo.9
 0402   原爆遺跡保存運動ニュースNo.10
 0419   原爆遺跡保存運動ニュースNo.11
  原爆遺跡保存運動ニュースNo.12
  原爆遺跡保存運動ニュースNo.13
 0610   原爆遺跡保存運動ニュースNo.14
 0628   原爆遺跡保存運動ニュースNo.15
 0731   原爆遺跡保存運動ニュースNo.16
0806 『ガイドブックヒロシマ-被爆の跡を歩く』(原爆遺跡保存運動懇談会著、新日本出版社、19960806)
 0820   原爆遺跡保存運動ニュースNo.17
 0909   原爆遺跡保存運動ニュースNo.18
 0930   原爆遺跡保存運動ニュースNo.19
1009 山瀬明(元大正屋呉服店を保存する会代表世話人)「ふる里の証、爆心の被害を告発し続ける元大正屋呉服店をそのまま保存してほしいと願う 弁護士会平和委員会への報告」 u
1116 レストハウス(元大正屋呉服店)の保存・活用についてみんなの思いを語るトーク集会。[配布資料] u
 1120   原爆遺跡保存運動ニュースNo.20
 1212   原爆遺跡保存運動ニュースNo.21
1997
0123 保存する会・保存懇合同世話人会。[配布資料] u
 0213  原爆遺跡保存運動懇談会第7回総会
 0303   原爆遺跡保存運動ニュースNo.24
0320  「パネルディスカッション・合唱コンサート 原爆遺跡 過去から未来へ 旧広島大学理学部一号館(元広島文理科大学本館)から何が見えるか」。[配布資料] u
 0401   原爆遺跡保存運動ニュースNo.25
 0417   原爆遺跡保存運動ニュースNo.26
 0430   原爆遺跡保存運動ニュースNo.27
 0527   原爆遺跡保存運動ニュースNo.28
 0610   原爆遺跡保存運動ニュースNo.29
 0630   原爆遺跡保存運動ニュースNo.30
 0707   原爆遺跡保存運動ニュースNo.31
 0715   原爆遺跡保存運動ニュースNo.32
0725   原爆遺跡保存運動ニュースNo.33
0818   原爆遺跡保存運動ニュースNo.34
0912   原爆遺跡保存運動ニュースNo.35
1013   原爆遺跡保存運動ニュースNo.36
  原爆遺跡保存運動ニュースNo.37
1206 元大正屋呉服店(レストハウス)の保存・活用をみんなで話し合う集い。[配布資料] u
1215   原爆遺跡保存運動ニュースNo.38
1998
0127 原爆遺跡保存運動ニュースNo.39
0218  原爆遺跡保存運動懇談会第8回総会
0323  原爆遺跡保存運動ニュースNo.40
0524 原爆遺跡フィールドワーク(第8回)[配布資料] u
0625  原爆遺跡保存運動ニュースNo.41
0925  原爆遺跡保存運動ニュースNo.42
1222  原爆遺跡保存運動ニュースNo.43
 1999
 0219  原爆遺跡保存運動懇談会第9回総会[配布資料] u
0420  原爆遺跡保存運動ニュースNo.44
0708 原爆遺跡保存運動ニュースNo.45
0921 原爆遺跡保存運動ニュースNo.46
1110 原爆遺跡保存運動ニュースNo.47
2000
 0121  原爆遺跡保存運動懇談会第10回総会[会議資料]  u
0225 原爆遺跡保存運動ニュースNo.48
0330 原爆遺跡保存運動ニュースNo.49
0701 建物疎開動員学徒の原爆被災を記録する会結成総会・フィールドワーク。
原爆遺跡保存運動ニュースNo.50
0718 原爆遺跡保存運動ニュース号外
0722 袋町小西校舎「伝言」を見学する会[配布資料] u
0809 原爆遺跡保存運動ニュースNo.51
1120 原爆遺跡保存運動懇談会10周年記念懇親会。[配布資料] u
1208 原爆遺跡保存運動ニュースNo.52
2001
0108 原爆遺跡保存運動ニュースNo.53
0109 原爆遺跡保存運動ニュース速報
0126 原爆遺跡保存運動懇談会第11回総会
0330 原爆遺跡保存運動ニュースNo.54
0828 原爆遺跡保存運動ニュースNo.55
1121 元広島文理科大学(旧広島大学理学部1号館)の保全と見学についての要望(⇒広島大学長牟田泰三)
1129 原爆遺跡保存運動ニュースNo.56
2002
0227 原爆遺跡保存運動ニュースNo.57
0328 原爆遺跡保存運動ニュースNo.58
0614  原爆遺跡保存運動ニュースNo.59
0806 『あの日ここで 原爆遺跡写真集』(原爆遺跡保存運動懇談会編・刊、池上利秋撮影)
0927   原爆遺跡保存運動ニュースNo.60
1227   原爆遺跡保存運動ニュースNo.61
2003
0430  原爆遺跡保存運動ニュースNo.62
 0620  原爆遺跡保存運動ニュースNo.63
1003  原爆遺跡保存運動ニュースNo.64
10 元広島文理科大学本館(旧広島大学理学部1号館)の保全運動の経過(保全を考える会)
2004
0323  原爆遺跡保存運動ニュースNo.65
0610   原爆遺跡保存運動ニュースNo.66
0906  原爆遺跡保存運動ニュースNo.68
2005
0414  原爆遺跡保存運動ニュースNo.70
0701 『爆心地中島 あの日、あのとき』(元大正屋呉服店を保存する会・原爆遺跡保存運動懇談会編刊、20050701)
2006
0806 『広島 爆心地中島』(原爆遺跡保存運動懇談会編、 新日本出版社 、2006/08/06)
1207 原爆遺跡保存運動ニュースNo.75
 2011
0126 『あの日ここでは 保存懇20年の歩み』(原爆遺跡保存運動懇談会編・刊)

被爆建造物を考える会

被爆建造物を考える会

設立:1989(平成元)年7月16日

目的:「本会は、広島の街から次第に姿を消そうとしている被爆建造物をとおして、歴史的な意味を持つ広島の体験をどう次代に伝えていくか多面的に検討し、市民に被爆体験の継承について考える機会を提供することを目的とする。」(会則第2条)

事業(会則第3条)
本会は、前条の目的を達成するために以下の事業を行う。
①被爆建造物の存在を広く市民に認識してもらうために、フィールドワークやスケッチ大会、シンポジウムなどを開催する。
②他都市における歴史的建造物保存の試みなどについて調査する。
③広島に残る被爆建造物について、専門家による多角的な調査・研究活動を行う。
④調査・研究活動の成果をまとめ、報告書として出版する。また、市民、子ども向けの被爆建造物マップ、解説書などの出版活動を行う。
⑤その他、会報発行など目的達成に必要な事業を行う。

動向

年月日 事項
1989
07 16 「原爆遺跡を考える会」、広島市で発足。呼びかけ人に飯島宗一・新藤兼人・庄野直美ら。原爆遺跡への関心を高め、被爆建造物の調査などを計画。事務局を広島平和教育研究所に設置。
07 25 「被爆建造物を考える会」主催原爆遺跡をめぐるフィールドワーク、広島市で実施(約60人参加)。広島赤十字・原爆病院・広大理学部などを見学。
07 30 「被爆建造物を考える会」、広島市内各所で、被爆建造物を描くスケッチ大会を開催(約30人参加)。
0925 「被爆建造物を考える会」。於教育会館<宇吹メモ>
12 24? 「被爆建造物を考える会」による本格的な調査活動、開始。同会社会部会、原医研資料センターの資料で被爆建造物について調査。
1990
08 02 「被爆建造物を考える会」、広島信用金庫横川支店で現地調査。その他の建造物についても調査中。
11 25? 「被爆建造物を考える会」の葉佐井博巳広大教授ら、広島市内の被爆建造物の残留放射能を測定し、各地点の中性子量を算出。それによると、日米合同委員会による被曝線量推定方式DS86とは大差。
12 03 「被爆建造物を考える会」、調査結果をまとめた「広島の被爆建造物-被爆45周年調査報告書」(監修者:庄野直美、発行者:被爆建造物を考える会、発行所:朝日新聞広島支局、発行日:1990年12月1日)を作成。
12 08 「被爆建造物を考える会」、広島市で、記念シンポジウムを開催(約300人参加)。大江健三郎による講演「壊れものとしての人間と文化」など。

 

年表:この子たちの夏・夏の会

年表:この子たちの夏・夏の会

1985 07 05 朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマ・ナガサキ」(木村光一構成・演出)、全国公演始まる。
1985 07 15 朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマ・ナガサキ」(木村光一構成・演出)、中国地方公演(4市)始まる。27日広島市で上演。
1985 07 27 原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏1945、ヒロシマ・ナガサキ」(木村光一演出)、
1985 07 29 原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマ・ナガサキ」東京で上演。
1986 07 01 朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマ ナガサキ」( 木村光一構成演出) 、新潟市で上演。全国での巡演開始(5日松江市、15日尼崎市など)。
1987 07 07 朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマナガサキ」公演、青森県八戸市で開催(米子・松山・金沢東京などでも上演、8月10日まで)。
1987 07 18 原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏~1945・ヒロシマナガサキ」、中国地方での巡演開始(28日まで)。18日米子市、19日鳥取市、他。
1987 07 24 朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマナガサキ」呉市で上演。
1987 08 09 地人会、朗読劇「この子たちの夏」を水道橋アール・エヌホールで上演.
1988 07 03? 朗読劇「この子たちの夏―1945・ヒロシマ・ナガサキ」、因島市で上演(国際ソロプチミスト因島の企画)。
1988 07 11 朗読劇「この子たちの夏-1945ヒロシマ・ナガサキ」、芦屋市で上演。(7月中旬、  津市で100回公演を達成)。
1988 07 14 原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏」、佐世保市で上演。
1988 08 01 朗読劇「この子たちの夏」,金沢で上演.
1989 05 09 演出家木村光一の講演会、広島市で開催。原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏」などについて。
1989 07 16 原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏~1945 ヒロシマ ナガサキ」の中国地方での巡回公演、開始(28日まで)。17日岩国市、18日山口市、26日下関市、28日広島市。
1989 07 28 朗読劇「この子たちの夏~1945  ヒロシマ  ナガサキ」(演出木村光一)、広島市で上演。
1990 02 11? 岡山市の市民グループ、原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏」公演への参加スタッフを募集。
1990 05 20 岡山市の市民グループ、原爆をテーマにした劇「この子たちの夏」の自主上演に向けて来広、被爆者らと懇談。
1990 06 03? 演出家木村光一、原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏」の市民による上演を呼びかけ。
1990 07 03 朗読劇「この子たちの夏 1945・ヒロシマナガサキ」公演、開始(8月9日まで全国28会場で上演)。
1990 08 04 広島市の市民グループ、朗読劇「この子たちの夏」を自主上演。
1990 08 05 広島市のノートルダム清心高校手話部・演劇部、朗読劇「この子たちの夏」を自主上演。
1991 04 01 習志野市の英語学習サークルのメンバーら、来広し、平和学習。原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏」上演に備えての事前学習。
1991 05 29? 山口県の長門大津原爆友の会や一般市民、8月5日に自主上演する「この子たちの夏」の練習を開始。
1991 07 06 朗読劇「この子たちの夏」(地人会)、岡山市で公演。8月9日まで全国各地を巡演。
1991 07 08 原爆をテーマにした朗読劇「この子たちの夏」、佐賀市で上演。13日まで九州公演、8月9日まで全国を巡演。
1991 07 27 「親子平和学習のつどい’91この子たちの夏-ヒロシマ・沖縄」、広島市の婦人教育会館でで開催(約50人が参加)。同会館で活動している市民グループが主催。朗読劇などを上演。
1991 08 03 瀬戸市内の主婦ら、朗読劇「この子たちの夏」を同市で上演。
1992 03 05 岡山県井笠主婦ら、朗読劇「この子たちの夏」を笠岡市での再上演を計画。
1992 03 16 広島市・亀崎小学校PTAの朗読サークル「きょうちくとう」、同校の5・6年生を対象に原爆朗読劇「この子たちの夏1945ヒロシマ」を上演。
1992 08 06 地人会、朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマ・ナガサキ」を東京・有楽町朝日ホールで公演。-9日。
1993 07 19 地人会、朗読劇「この子たちの夏」を米子市で上演。26日には尾道で。
1993 08 01 松江市の主婦ら、朗読劇「この子たちの夏」を上演。
1993 08 05 広島市の主婦でつくる朗読の会「はまゆう」、地人会の台本「この子たちの夏」の抜粋を広島市祇園西公民館で公演。7日には矢野公民館で。
1993 08 07 地人会、朗読劇「この子たちの夏」を広島市婦人教育会館で上演。
1994 07 18 地人会、朗読劇「この子たちの夏1945・ヒロシマ・ナガサキ」を広島市内で上演。
1994 07 30 広島市倉掛公民館で平和について考える市民の集い。朗読劇「この子たちの夏」を上演。
1994 08 06 朗読劇「この子たちの夏」、東京・有楽町の朝日ホールで上演。-9日。
1994 08 11? 滋賀県長浜市の「この子たちの夏」の実行委員会、7月13日の公演の収益の一部を広島の朝鮮人・韓国人被爆者団体に寄付。
1994 09 03 大阪府豊中市立刀根山小学校の6年生児童・母親・教師、朗読劇「この子たちの夏」を同校体育館で上演。
1995 07 30 広島女学院、被爆50周年記念事業として「地人会」の朗読劇「この子たちの夏」を同学院ゲーンスホールで上演。
1995 07 24? 福岡市原爆被害者の会、地人会の「この子たちの夏」の上演会を市立少年科学文化会館で開催。約700人が参加。
1995 08 01 「徹子の部屋」(朝日系)で日色ともえが朗読劇「この子たちの夏」について語る。
1995 08 06 岡山県・里庄町立図書館で朗読ボランティアによる朗読劇「この子たちの夏」の上演。
1996 08 06 地人会、朗読劇「この子たちの夏」を東京・有楽町朝日ホールで上演。-9日。
1998 07 14 地人会、朗読劇「この子たちの夏・1945ヒロシマ・ナガサキ」を長崎市内で上演。
1998 08 06 地人会、朗読劇「この子たちの夏1945・ヒロシマナガサキ」を東京有楽町・朝日ホールで上演。-9日。
1998 08 12? 岡山県・井原市立図書館で朗読劇「この子たちの夏・1945・ヒロシマ・ナガサキ」を上演。
1999 07 20 長崎新聞「時の顔:日色ともえさん-朗読劇「この子たちの夏」にことしも出演する女優-原爆の実態訴え続ける」
1999 07 26 中国新聞「この人:日色ともえさん-朗読劇「この子たちの夏」に今年も出演する女優」
1999 08 06 地人会、朗読劇「この子たちの夏」を東京・有楽町朝日ホールで上演。-9日。
2000 08 06 地人会、「この子たちの夏」を東京・有楽町朝日ホールで上演。-9日。
2000 08 06 「この子たちの夏」朗読会、北海道・苫小牧市で開催。約40人が参加。(北海道新聞)
2000 08 09 ABCテレビ「徹子の部屋」に朗読劇「この子たちの夏」の出演者、日色ともえ、山田昌、長内美那子が出演。
2003 08 02 地人会、朗読劇「この子たちの夏」を広島市内で上演。
2007 朗読劇「この子たちの夏」の全国公演を続けた演劇制作集団「地人会」解散。
2008 03 朗読劇「この子たちの夏」の出演者たちが「夏の会」を結成。新たな台本で活動を再開。
2009 07 10 「夏の会」、原爆朗読劇「夏の雲を忘れない 1945・ヒロシマ ナガサキ」を広島県廿日市市で上演。県内での公演は初。11日は福山市。
2010 11 07 第22回谷本清平和賞(主催:財団法人ヒロシマ・ピース・センター)授賞式。受賞者は、「夏の会」
2012 07 14 「夏の会」、原爆朗読劇「夏の雲を忘れない ヒロシマ ナガサキ1945」を広島市佐伯区で上演。
2014 07 12 なぎさ中学校(広島市佐伯区)、「夏の会」を招き、原爆朗読劇を観劇。
2015 07 25 「夏の会」、原爆朗読劇を広島県立美術館で上演。
2018 07 06 「夏の会」、原爆朗読劇を広島市安芸区民文化センターで上演。(『中国新聞』20180707)
2019 07 01 「夏の会」、原爆朗読劇を広島国際会議場で上演。(『中国新聞』20190702)

 

被爆者5団体(長崎)

長崎の被爆者5団体(代表者)

(2009年9月11日現在)

長崎原爆被災者協議会 谷口稜曄会長
長崎原爆遺族会 正林克記会長
長崎県被爆者手帳友の会 井原東洋一会長
長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会 川野浩一議長
長崎県被爆者手帳友愛会 中島正徳会長

 

被爆者7団体(広島)

被爆者7団体(広島)

構成団体

団体名 設立年月日 備考
広島県原爆被害者団体協議会 19560527
広島県原爆被害者団体協議会
財団法人広島市原爆被爆者協議会
在日本大韓民国民団広島県地方本部原爆被害者対策特別委員会
広島県労働組合会議被爆者団体連絡協議会
広島県朝鮮人被爆者協議会
広島被爆者団体連絡会議

 

「ヒバクシャ国際署名」呼びかけ団体 – kokusaishomeihiroshima ページ! (jimdofree.com)

被爆者7団体

広島県原爆被害者団体協議会【坪井直理事長】
広島県原爆被害者団体協議会【佐久間邦彦理事長】
韓国原爆被害者対策特別委員会
広島県朝鮮人被爆者協議会
広島県労働組合会議被爆者団体連絡協議会
広島市原爆被害者協議会【松井一實市長】
広島被爆者団体連絡会議

広島原爆障害研究会

広島原爆障害研究会 設立日:1956年11月

研究会メンバー

名前 所属 分野
井上省三 Inoue,Shozo 広島赤十字病院 内科
小川修三 Ogawa,Shuzo 広島大学理学部 理論物理
於保源作 Obo,Gensaku 広島市 内科
佐久間澄 Sakuma,Kiyoshi 広島大学理学部 理論物理
重藤文夫 Shigeto,Fumio 広島赤十字病院 内科
品川睦明 Shinagawa,Mutsuaki 広島大学理学部 分析化学
庄野直美 Shono,Naomi 広島女学院大学 理論物理
杉原芳夫 Sugihara,Yoshio 広島大学医学部 病理
瀬戸紀守 Seto,Norimori 広島市 産婦人科
原田東岷 Harada,Tomin 広島市 外科
広瀬文男 Hiroshe,Fumio 広島大学医学部 病理
広藤道男 Hirofuji,Michio 広島市 内科
細川利郎 Hosokawa,Toshiro 広島赤十字病院 内科
槙殿順 Makidono,Jun 広島市 放射線科
山本司 Yamamoto,Tsukasa 広島原爆病院 病理
以上は1957年12月末のメンバー
以下は1958年7月のメンバー表で新たに加えられたメンバー
Masuda,Yoshiya
Mizuno,Moriso
Nishida,Sekio
Nakayama,Hiromi
Tabuchi,Akira

広島県労働組合総連合

広島県労働組合総連合 結成日:19900127

『広島県労働組合運動史―-歴史的伝統を受け継ぎ県労連はかくたたかう』(広島県労働組合運動史編集委員会編、広島県労働組合総連合刊、19951220)目次

部章 節項 見出し
1 戦前・占領下の広島県労働組合運動(1899年~1951年)
1 戦前の広島県下の労働組合運動
2 敗戦・占領下の広島県労働組合運動
2 安保体制下の広島県労働組合運動(1952年~1979年)
2-1 サンフランシスコ体制と労働組合運動
1 広島における原水爆禁止運動-分裂から再建へ
1-1 原爆投下と被爆者の苦闘
1-2 広島の原水爆禁止運動
1-3 原水爆禁止運動の分裂と県原水協の再建
1-4 ABCCの調査拒否、撤退要求
2 広島における母親運動-母親が変われば社会が変わる
2-1 広島県母親連絡会の結成
2-2 「母親が変われば社会が変わる」
2-3 母親運動の統一、さらなる前進をめざして
2-4 母親運動の前進-いのちと暮らしを守り、核戦争の危機に歯止めを
3 勤評闘争から警職法闘争へ
2-2 歴史的な安保・三池闘争とその後の諸闘争
1 歴史的な安保闘争と広島のたたかい
2 三井・三池闘争
3 広島の中小企業における労働組合運動
4 マル生攻撃とたたかい多数組合に-全建労
5 ラジオ中国芸能員労組のたたかい
6 全造船広船分会のたたかい
7 初めての教職員の半日ストライキ
8 弾薬輸送反対のたたかい
8-1 米軍弾薬庫撤去・弾薬輸送反対のたたかい
8-2 米軍弾薬輸送の実態
8-3 弾薬共闘について
9 大学紛争と労働組合
10 マス・金・商・医労組連絡会の活動
11 戦争と失業と貧乏に反対して、全日自労のたたかい
12 部落解放運動への分裂攻撃
2-3 70年代・労働組合運動の再生
1 国労のマル生粉破闘争とスト権奪還スト
2 島県下での首長選挙・革新統一への努
3 新組織の結成-政治活動の自由と政党支持の自由を守って
4 広島硝子労組の工場閉鎖反対闘争
5 中国放送労働組合の12年間の長期争議
6 その後の部落解放運動
7 「教師論」と教師員組合運動
8 自治体労働組合の一層の前進をめざして
3 県労連前史-県統一労組懇の結成と活動・たたかう労働戦線の結集にむけて(1980年~1989年)
3-1 広島県統一労組懇と初期の活動
1 広島県統一労組懇発足
2 その日サイレンは鳴らなかった-石川島播磨重工呉の労災死亡事件
3 反合理化闘争と労働争議
3-2 国鉄の分割・民営化反対のたたかい
3-3 原水爆禁止運動と政治的諸闘争
1 原水爆禁止運動の歴史と伝統を守る
1-1 統一の原則確立
1-2 社会党・総評の右転落と分裂・変質策動の強まり
1-3 総評・県労・原水爆禁止世界大会から脱落
1-4 「ヒロシマ・ナガサキからアピール」署名と「平和の波」
3-4 八次小事件の勝利判決と部落解放運動
1 八次小事件起こる
2 軍拡・臨調路線反対の諸行動と85年県知事選挙
2-3 トマホークくるな!国民運動センター発足
3-5 階級的ナショナルセンター確立への展望に立って
4 県労連-たたかうローカルセンターの結成と運動(1990年~1995年)
4-1 希望に輝く未来のために-県労連の結成と602日のたたかい
3-3 平和と民主主義擁護の先頭に立つ
4 平和・原水禁禁止運動
4-1 被爆45周年-核兵器廃絶・被爆者援護法制定の運動
4-2 原水爆禁止91年世界大会と原爆遺跡保存運動
4-2 3万人の県労連をめざして-たたかう全労連の旗のもとで
2-3 「日の丸」「君が代」強制に反対するたたかい
  3 憲法があぶない-反戦と平和・民主主義擁護のたたかい
3-1 10・21反戦全国統一行動と第5の「平和の波」行動
3-2 自衛隊の海外派兵阻止闘争
3-3 原水爆禁止92年世界大会
4-3 連合政権・多様な政治課題とリストラ「合理化」のもとでの運動
2-3 原水爆禁止93年世界大会
4-4 原水爆禁止94年世界大会
8 「被爆・戦後50周年」の反核・平和運動
 8-1 被爆・戦後50周年に向けての諸運
 8-2 被爆50周年草の根国際共同行動
 9 10周年目を迎えた「アピール署名」運動と原水爆禁止95世界大会
9-1 10周年目の署名運動
9-2 原水爆禁止95年世界大会
  9-3 多彩な95年世界大会関連行事
座談会 県労連の当面する課題と展望

“広島県労働組合総連合” の続きを読む

原爆の子友の会

原爆の子友の会  結成日:1952年2月17日

年月日 事項
19520217 原爆の子友の会、結成式を広島大学文学部で開催。長田新編「原爆の子」に手記を寄せた児童生徒約100人出席.
19520324 中村巌原爆の子友の会会長ら30名、大阪大学理学部で京阪神の少年少女と交歓会を開く。
19520503 原爆の子友の会、広島大学図書館で大阪原爆の子を守る会と交歓会を開催。
19520730 原爆の子友の会の一行20名、上阪。
19520813 八木保太郎を囲む広島県教組と原爆の子友の会共催の座談会、広島市内の教育会館で開催。約70人(吉川清・谷本清ら)が参加。
19520816 原爆の子友の会の一行20人、東京神田・教育会館で芝居「原爆の子」を上演(朝日新聞)。
19520924? 広島原爆の子友の会、国際医師会議に提出するため原爆体験記を募集。
19530809 大沢幹夫作・原爆の子友の会総出演舞台劇「原爆の子」、広島市児童文化会館で初公開。
19550121 世界民主青年連盟代表を囲む原爆被害者懇談会、広島市内教育会館で開催。原爆被災者の会から20名、原爆の子友の会から5名を含む約100名が参加。
19550512 長田新広島大学教授、モスクワで開催されたソ連国内の平和大会に参加。「広島原爆の子友の会」から託されたソ連の子どもたちあてのメッセージを紹介。

原爆乙女の会

原爆乙女の会

代表者
谷本清
設立年月日
1950年3月
目的及び事業
当初、原爆障害者が聖書を研究することにより、精神的に立ち上がることを目的として、「原爆障害者更生会」として発足した。会員は原爆乙女の外、男子障害者や高年齢の女子障害者も加わっていた。
 <中略>
組織内容
会員数約80名
その他の参考事項
この会は、上記のような経過から、現在では男子会員及び女子高齢者会員は徐々に少数となり、現在の原爆乙女の会となった。
『原水爆関係団体名簿』(広島市衛生局原爆被害対策課、19670201)

 

 

 

 

 

原爆傷害者更生会 設立:1951年8月27日

書名コード 書名 編著者 発行所
49081501 平和のともしび-原爆第一號患者の手記 吉川清・富田勝己(補註) 京都印書館
50072501 ヒロシマの十字架を抱いて 谷本清 大日本雄弁会講談社
76072002 広島原爆とアメリカ人-ある牧師の平和行脚 谷本清 日本放送出版協会
81072401 「原爆一号」といわれて 吉川清 筑摩書房

原爆第1号吉川清の試み

【資料】原爆第1号吉川清の試み

『中国新聞』 1951.4.3
原爆第1号きのう退院
昭和21年1月広島赤十字病院に入院、療養をつづけていた原爆1号吉川清氏は前後16回におよぶ手術で健康を全く回復し2日午後退院、5年2ヵ月の病院生活に別れをつげた。
(吉川清氏談)私は原爆による限りない苦悩を過去の長い病床生活において切実に味わってきた。同じような原爆による傷害者とかたく手をたずさえ、更生の道をどこまでも突き進みたい。このような意味からこのたび広島原爆傷害者救済援護会を設立した。

『中国新聞(夕刊)』 1951.6.4
インドから援助第1号!
めぐり来る原爆7周忌を前に原爆第1号患者として有名な吉川清氏(38)を中心に同病傷害者のうち127名の有志が内外の浄財によって人造パール製造の共同作業所と原爆患者診療所を設置し、相互に雄々しく立ち上がらんとする朗話がある。
原爆傷者立上がる 作業・診療所“われらの手で”
発起人に選ばれた吉川氏は6年にわたる入院生活からさる4月2日退院、爆心地産業奨励館ドーム前に夫人生美さん(30)とともに外人相手にみやげ物店を開業、細々ながら再起の日々を送っていたが、たまたま同地の整地作業に訪れる原爆ケロイド患者の日雇人夫の人々と病状を語り合うと共に、身体障害でどん底の困窮生活にあえぐ人々の多きを知り“なんとか相携えて働ける仕事 もちたい”と話し合った結果、予算70万円で次の事業計画をたて、かつて日赤入院時代同氏を見舞った内外人にこの基金募集を呼びかけ、すでにインドのシャルマン氏(昨年12月来広)がニューデリーにおいて松本滝蔵代議士と会見、50万円寄付の伝言があり、6月からは地元名士の援助署名運動に着手している
▽共同作業場=主として海外輸出用の人造パール(真珠)の製作ならびに販売
▽原爆患者の診療所の設置=原爆患者に対し実費治療ならびに一般困窮者の無料診察および相談(担当医は日赤副委員長服部達太郎氏が無料奉仕で当たる)
(吉川氏談)なんとかこの同病患者が結束して暗い気持を忘れ仕事にぼっとうして立上がれば幸いと思っています。予算面もインドから50万円近く送金するという手紙もあり、残りは私がリュックサックを背負って全国資金行脚してでも完成さす決心です。

原爆被害者の組織化の萌芽

原爆被害者の組織化の萌芽
原爆被害者の組織は,すでに1946(昭和21)年当時から広島戦災供養会・広島市左官町慰霊祭実行委員会・広島観音会といった慰霊行事主催団体にその萌芽をみることができる。
こうした慰霊行事における原爆被害者の集まりが組織化された例もあった。広島県立広島第一中学校の犠牲学徒の親たちは,1946年秋,一中遺族会を結成しておたがいに慰め,励ましあった(秋田正之編『星は見ている』)。また,広島市立第一高等女学校では1946年10月10日に慰霊祭を催したが,以後毎年8月6日に追弔会を開き,1948(昭和23)年の石製慰霊碑建立を契機に遺族会を結成している(『流燈-広島市女原爆追憶の記』)。
1948(昭和23)年8月10日,本川小学校で開催された傷痍婦人協力大会は,原爆被害者自身の医療,生活要求にもとづく早い時期の組織化の試みと考えることができよう。
京都大学の学生自治会である同学会は、1951年7月10日から10日間、京都丸物百貨店で原爆展を開催したが,その準備の中で「原爆体験者の心からの願い,叫び,そして怒りと悲しみを全ての人々に訴える体験記を何らかの形で発表したいと考え,学内で2度の体験者懇談会を開き,京都を始め,広島・長崎・東京などに連絡して広く手記を募集した。こうして7月には謄写刷りの『原爆体験記』(発行者は京都大学文学部学友会原爆体験記編集委員会)を作製するが,その後記は,次のように述べている。
体験者の方々は夫々の学校,職場,町,村,家庭に於いて原爆体験者懇談会を作って下さい。集団の力こそ原爆を防ぎ,平和を守る最も強い力なのです。
このように,京大同学会の開いた原爆体験者懇談会は,手記募集のための単発的な集会としてではなく,「原爆を防ぎ,平和を守るための原爆体験者組織」として意図されたものであった。
広島でも6年間の入院生活から再起した吉川清は,原爆傷害でどん底の困窮生活にあえぐ人々が相携えて働く共同作業場および原爆患者の診療所の設置を計画し,1951(昭和26)年6月から援助署名運動に着手していた(「中国新聞」(夕刊)1951年6月4日)。同年8月27日になり,流川教会牧師谷本清・吉川清などによって原爆障害者更生会が結成された。(参考:「原爆第1号吉川清の試み」、「原爆傷害者更生会」)
また,1952(昭和27)年1月17日には,前年10月発刊以後大きな反響を呼び起こしていた『原爆の子』(長田新編)に手記を寄せた高・中・小学生ら約100人が,原爆の子友の会を結成した。

広島ペンクラブ

広島ペンクラブ 19490408設立(「広島県大百科事典」(岩崎清一郎・記)では1951年5月発会)

機関誌『ペン HIROSHIMA』

巻号 発行年月日 著者 タイトル 所蔵
所蔵:P=ピカ研、H=原爆資料館
1-1 19621031 発行人:田淵実夫 P
1-2 P
1-3 P
10-5 19770501 H
小倉馨 広島市長国連を行く
19830325 H
19840501 H
19860520 H
19870401  H
19880415  H
19881015  H
19901201  H
19910701 H
19911230  H
19920701 H
19930101 H
19930701 H
19940701  H
19941201 H
19950601 H
19951201  H
19960815 H
19961120  H
19970220  H
19980910 H
19990515 H
19990715 H
20000115 H
20000517 H
20010115  H
20020110 H
20020510 H
20070124 H
20071121  H
20080125  H
20080521 H
20080723 H
20080917  H
20090128 H
20090728 H
20100127  H
2013(下) 20130717 H
2014(下) 20140716 H
2015(下) 20150715 H
2016(上) 20160120 H
 舛井寛一 回想原田東岷会長
 松本忠之  日米安全保障条約
 吉中康麿
天皇皇后両陛下のご訪問
吉村良哉 ご対面 黄瀛さんと米田栄作さん
今田 被爆七十年の広島
高崎宗利 節目の思い出と裏話(その二)ご視察での天皇陛下のご記憶とご配慮
新川貞之 父をかえせ 母をかえせ 峠三吉さん
長谷川是求 是求柳壇―広島赤十字・原爆病院血液内科の日々
2016(下) 20160801  H
 梶矢文昭   オバマさんくるかなあ
 舛井寛一 回想原田東岷会長(下)

『中国公論』(19551230)

『中国公論』 発行所:中国公論社、編集兼発行人:百々幽学(第2巻第4号 19551230)所蔵:ピカ資料研

著者 タイトル
古川伸 賀屋さん お目出度う
遠山春遠 明朗天衣無縫の渡辺市長 緒についた渡辺市政―当選以来知られざる人間渡辺の横顔
川瀬秀夫 私の夢 未来の広島市(広島市産業局長)
涌島秀好 社会保障制度確立の必要性(社会福祉法人広島社会福祉協議会)
百々幽学 人物論壇―広陵財界の雄―藤田定一の足跡

 

『広銀行報』(広島銀行)

『広銀行報』(編集兼発行者:広島銀行文書課)

⇒『広銀』⇒『ひろぎん』⇒

発行年月日 著者 タイトル 所蔵
1 19511110 P
6 19520901 H
奥徹郎 百四十四柱の霊に捧ぐ
25 19551101 P
資料:当行年表(5行合併以後)昭和19年、昭和20年
広島銀行史編纂委員会 終戦時の回顧
26 19560101 P
資料:当行年表(2)昭和22年~24年
行史編纂委員会 終戦時の回顧(その2)
誌名変更『広銀』
44 19570815 P
広島銀行原爆物故者13回忌追悼
68 19590815 P
福見君子 <特別寄稿>8月6日への追憶
80 19600815 特集 H
原爆の詩
八月十五日の思い出
原爆十五周年によせて
103 19620715 H
哲朗生 原爆ドーム
104 19620815 〈特集〉原爆の思い出 H
哲朗生 随筆  原爆ドーム
誌名変更⇒『ひろぎん』
116 19630815 特集 H
あれから18年 ヒロシマのすがた
松田勝 原爆から立ち上がって
三木宏壮 その日・8月6日
奥哲朗 原爆ドーム⑭
我がふるさとヒロシマ
** 19650525 20周年記念特集号 H
松田勝 原爆記

広島市職員共済組合文化部会文芸部

広島市職員共済組合文化部会文芸部 機関誌:『デルタ』

発行年月日 著者 タイトル 所蔵
1 19580525 P
小堺吉光(社会課) お城のある日
吉光義雄(市民病院) ある偽善者の告白
山部茂美(宇品出張所) 俳句 広島の冬
林知夫・原田寿 シナリオストーリー ”広島の靴”
2 19591027 PH
四国五郎 表紙:市庁舎の秋
志水清(保健局長) 南方こぼれ話
藤田牢蘭(水道局) 秋はきにけり
森弘助治(総務局) 広島閑話三題
高井正文(教委・社教) <俳句>季節
山部茂美(宇品出張所) <俳句>神様、さわらないで
吉光義雄(市民病院) 歌をつくろう
高橋昭博 随想:映画つれづれ草
3 19601227 PH
四国五郎 表紙:秋の陽ざし
集録 昭和20年8月6日 あの日を憶う
吉田達雄 あの時
(図書館長、当時荒神町国民学校教頭)
野田益(企画調査次長) 衝撃
泉孝子(企画調査室) 幼なき日
森弘助治(企画調査次長) 遠き地に聞く
伊藤勇(東保健所普及課長) 乳房のきずあと
高橋昭博(広報課) 映画随想・映画の訴えるもの 汚職と官僚と大衆
山部茂美 (俳句)広島の祈り

広島児童文学研究会

広島児童文学研究会 同人誌『子どもの家』

発行年月日 著者 タイトル 所蔵
創刊
4 1961
5
7 1963 P
山口勇子 第7号を読んでくださるみなさまに
正田篠枝 しあわせは不しあわせの中から生れる
三宅俊章 雨蛙
13 19670520 P
特集 19680910 ヒロシマの物語集 P
16 19681201 P
18 19691130 P
25 19730420 P

 

 

週刊広島(広報出版センター)

週刊広島(広報出版センター)

発行年月日 著者 タイトル 所蔵
創刊 19650625 P
浜井信三 自治意識について
<ズームレンズ欄>国際都市ヒロシマである
<広島文芸-各団体作品集>「構成にあたって、独自の選による結社化を避け、もっぱら現在活動中の各グループに出稿を懇請して、流派、傾向のを問わぬ、綜合作品集の形をとることとした」
グループ名 代表者ほか
夕凪 高井正文
ひまわり 藤井柳波
名柄大学
ひろしま随筆 林賢治
白炎 新田隆義
時点 小堺吉光
木椅子 杉山白炎子
内海俳句 和多野石丈子
投書
広島市本通り 憤慨生 ドーム横の廃船
加古町 ある母親 平和のハト
2 19650709 P
紺野耕一  日本の広島人・井伏鱒二先生のこと
<広島文芸-各団体作品集>
日本現代詩人会 坂本ひさし
早苗(広島馬酔木会) (主宰)秋光泉児(主幹)宮原双馨
万年青(おもと) 鳴沢花軒
水晶体(現代詩) 岡崎水都
広島歌話会 渡部正則
晩鐘 森田良正
青史 深川宗俊
一路 山下陸奥
真樹 山本康夫
同時代人 松尾静明
橡の会(とちのきのかい?) 上本正夫
3 19650723 第一特集 おどらされたマスコミ 誤報だった『発禁』 PHG
門秀一 日本の広島人 森戸先生の額
<広島文芸-各団体作品集>
 回廊  塩田東邨
 瓶  名柄大学
 内海俳句  和多野石丈子
オレンジグループ 西川燕柳
アトマ 若宮綾子
 火幻  豊田清史
林間 岡本民子
ひまわり 藤井柳波
日本未来派 佐川英三
上本正夫
(K) 佐伯好郎博士の死
4 19650806   原爆特集 ここにも花を捧げよう PHG
 随筆四人集
 豊田清史  原爆の美化
 中村信子  河畔の人
<広島文芸-各団体作品集>
廻廊 杉山赤富士
 みすず  山下瓢宇
さいかち 国友栃坊
ホトトギス 内田柳影
青史 深川宗俊
白炎 新田隆義
襤褸 政田岑生
真樹 山本康夫
同時代人 松尾静明
特集 原爆詩歌選
7 19651201 P
 豊田清史  日本の広島人 清新な作家 阿川弘之
島薫 原爆初笑い
広島から発足した世界の百働会
横断歩道:新日本婦人の会広島県本部活躍
<広島文芸-各団体作品集>
一路
晩鐘
同時代人
むくげ
真樹
雨月
木椅子
ひまわり
埋火
内海俳句
早苗
12 19660301 P
みたりきいたり
原爆後遺症に法外措置を請願
「原爆と戦争の意識」アンケートまとまる
 映画ガイド  ヒロシマ」1966
 文芸
女人文芸
 ひまわり
 早苗
川柳ひろしま
 柊
女人短歌
真樹
 一路

 

 

白炎短歌会

白炎短歌会 機関誌『白炎』

発行年月日 著者 タイトル 所蔵
8 196608 P
上杉綾子

 顔に無数のガラスの破片が―私の被爆体験記―
 田中卓一  平和公園がどこにあるか それは残虐であり屈辱公園である!!
 白炎作品
 宮内照幸  作品評
 西名照義  作品評
 新田隆義  更に鋭く的確に
 村本節子  私の原爆意識と原爆にかかわる短歌
 新田隆義  原爆詠の可能性
  新田隆義  編集後記
9 1967 P
14 196805 P
16 196901 P
18 196908 P
広島特集
21 197011 P
27 197204 P
30 197308  P