「03 ヒロシマNGO」カテゴリーアーカイブ

広島通信

広島通信 1966年6月創刊 第1号~19号(1970年2月)広島県詩人協会刊、 第20号(1970年4月)~第68号終刊号(1983年7月31日)「広島通信の会」刊
1989年3月1日、「ヒロシマ・ナガサキを考える会」が復刻(「広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版」)

M D ZASSIMEI TITLE AUTHOR
66 06 広島通信創刊号 創刊号によせて-文学は何ができるか 栗原貞子
66 08 広島通信2 被爆の証人“原爆ドーム”の保存を 松元寛
66 08 広島通信2 ある建築の美しさについて 荏原肆夫
66 08 広島通信2 1966年夏-広島からの告発 栗原貞子
66 08 広島通信2 1966年夏、広島からの告発 栗原貞子
66 10 広島通信3 胎内被爆小頭症 志水清
66 10 広島通信3 小頭児に幸あれ 畠中国三
66 10 広島通信3 ひそかな啓示―小頭症におもう 文沢隆一
66 10 広島通信3 今、すぐに救護を―美農綾子さんを見舞う 栗原貞子
67 02 33 広島通信4 運命の日より21年を生きて 西土 万合枝
67 03 広島通信5 特集:広島の川
67 03 広島通信4 私はこう信じる-重藤文夫原爆病院院長訪問 重藤文夫
67 06 広島通信6 原民喜特集
67 10 広島通信7 ケロイド 原田東岷
67 11 広島通信8 あの頃の広島 北畠隆
68 02 広島通信9 告発する街として 浜野千穂子
68 06 広島通信10 原爆慰霊碑文再読 松元寛
68 08 広島通信11 地の塩への期待 安井郁
68 11 広島通信12 広島の声 高橋三郎
69 02 広島通信13 さらば広島 バーバラ・レイノルズ
69 04 広島通信14 原爆記録映画全面公開運動のいきさつ 庄野直美
69 06 広島通信15 排安易 田淵実夫
69 08 広島通信16 人類は生きねばならぬ-アトムかアトマか 森滝市郎
69 10 広島通信17 世界の中のヒロシマ 関屋正彦
69 12 広島通信18 沖縄とヒロシマ 袖井林二郎
70 02 広島通信19 被爆二世 杉原芳夫
70 04 広島通信20 観光客から巡礼者へ 山崎与三郎
70 06 広島通信21 中国・アメリカ平和巡礼 今堀誠二
70 06 広島通信21 ヒロシマを語る者として-アメリカへの出発を前に 大原三八雄
70 07 広島通信22 70年とヒロシマ-ヒロシマの風化に抗して 森滝市郎
70 07 広島通信22 アメリカ通信 大原三八雄
70 10 広島通信23 アメリカの孤独 大原三八雄
70 12 広島通信24 広島のひろい空の下 山田かん
70 12 広島通信24 山田かん氏を囲んで-長崎と原爆詩の関わり
71 02 広島通信25 ヒロシマの思想の亀裂 大牟田稔
71 02 広島通信25 第二の生きがい-アメリカ・東西南北記 大原三八雄
71 04 広島通信26 きうずれぬへいわをへいわをかえせ 寒川道夫
71 06 広島通信27 きうずれぬへいわをへいわをかえせ(その2) 寒川道夫
71 06 広島通信27 アメリカ人の社会的連帯性 大原三八雄
71 08 広島通信28 挽歌-マルチン・ルーサー・キングの墓所で[詩] 大原三八雄
71 10 広島通信29 京浜地帯の原爆意識を中心にしておもう 前川和子
71 12 広島通信30 アウシュビッツとヒロシマ 小谷鶴次
71 12 広島通信30 国連というところ 大原三八雄
72 02 広島通信31 ヒロシマと中国の核・人 森下弘
72 04 広島通信32 被爆朝鮮人救援の動き 平岡敬
72 06 広島通信33 「水ヲ下サイ」特集
72 08 広島通信34 ヒロシマに捧げる詩特集
72 08 広島通信34 あの夏からこの夏までの間 小倉馨
72 10 広島通信35 懐しい日本の皆さんに バーバラ・レイノルズ
72 12 広島通信36 地球時代・平和の新処方箋 加藤新一
73 02 広島通信37 「原水爆被災資料センター」設立の意義 湯崎稔
73 04 広島通信38 私の広島日記 佐々木雄一郎
73 06 広島通信39 ABCC特集
73 06 広島通信39 原爆死体解剖NO.1の山科清元軍医にきく 山科清
73 08 広島通信40 特集:ベトナムは終わったのか
73 10 広島通信41 28年目のヒロシマ 藤枝良枝
73 12 広島通信42 原爆の印象と記憶 縄田二郎
73 12 33 広島通信42 縄田 二郎
74 03 広島通信43 公害防止と平和への意志 田中公雄
74 04 広島通信44・45 特集:いまは亡き4人の原爆詩人たち
74 08 広島通信46 知られていない原子力発電の問題点 佐久間澄
74 12 広島通信47 特集:原子力平和利用
75 02 広島通信48・49 特集:韓国原爆被爆者と日本人
75 08 広島通信50 特集:ヒロシマとベトナム
76 01 広島通信51 あの体験の<意味> 小久保均
76 05 広島通信52 特集:今なお続く核実験
76 08 広島通信53 特集:平和と私との距離
76 12 広島通信54 特集:被爆体験は風化するか
77 05 広島通信55 特集:被爆者の医学的諸問題
77 12 広島通信56 特集:世界にとってヒロシマはなにか
78 04 広島通信57 特集:朝鮮人被爆者
78 07 広島通信58 特集:ヒロシマと地方との連帯性
78 12 広島通信59 特集:核時代の文学
79 06 広島通信60 特集:ヒロシマは核時代に非戦の力となりうるか
79 12 広島通信61 特集:原爆と原発
80 06 広島通信62 特集:廣島・広島・ヒロシマ
80 06 広島通信62 遅い出発 豊永恵三郎
80 06 広島通信62 原爆と原発 小林正一
80 06 広島通信62 江波分院のことなど 岡崎澄衛
80 06 広島通信62 「ヒロシマ」シリーズ作品展開催の意味 増田勉
81 01 広島通信63 ある被爆者の死-主人唯一のこと 栗原貞子
81 07 広島通信64 特集:非戦の戦い
81 12 広島通信65 特集:ローマ法王ご来広の軌跡
82 08 広島通信66 特集・ヒロシマのこころ
82 08 広島通信66 生きる原理を 石田明
82 08 広島通信66 播かぬ種は生えぬ 岡崎澄衛
82 08 33 広島通信66 石田 明
82 12 広島通信67 特集:ヒロシマに捧げる詩
83 07 31 広島通信68 ヒロシマの継承-「広島通信」終巻号
89 03 01 広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版 西土 万合枝
89 03 01 広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版 縄田 二郎
89 03 01 広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版 石田 明

 

原爆被害に関する事例報告(1976年)

『原爆被害に関する事例報告-生き続けた31年』(原爆被害者問題ケースワーカー懇談会<日本被団協気付・伊藤直子>、19760730刊)

目次

「原爆被害に関する事例報告」発刊にあたって―経過と目的――1976年7月30日原爆被害者問題ケースワーカー懇談会
事例報告
加藤礼子 1原爆に奪われた「人並み以上」の人生(広島赤十字病院・医療ソーシャルワーカー<ワーカー歴16年>)<当病院の医療社会事業部は、全国の日本赤十字社と足並を揃えて昭和28年ごろより始められ>
若林節美 2 被爆,下痢そしてスモン発病-2重の苦しみを背負って-(広島原爆病院・医療ソーシャルワーカー<ワーカー歴9年>)
西村清登 3ある被爆者の老後-24年目の親子再会-(放射線影響研究所・医療ソーシャルワーカー<ワーカー歴13年>)
中村住代 4 生きるのぞみをうばわれて(長崎原爆病院・医療ソーシャルワーカー<ワーカー歴7年>)
白石照子 5 なおつづく「戦後」を背負って―二世に及ぶ被害(長崎原爆被災者協議会相談員)
野口文子 6 アル中,そして死-妻子にも語れたかった死の恐怖-(柳原病院・医療ソーシャルワーカー<ワーカー歴9年>)
原玲子 7 影深く-尾をひく被爆体験(代々木病院・医療ソーシャルワーカー<ワーカー歴9年>)
石田忠 原爆被害の全体像をどうとらえるか-ケースワークにおける生活史把握の意味-<1976年2月29日広島県社会事業協会主催「被爆者問題事例検討会」での講演をまとめたもの>
記録をおわって あとがき
参考資料

 

全国ケースワーカー大会(日本医療社会事業協会主催)

全国ケースワーカー大会(日本医療社会事業協会主催) 1977年5月20~21日。テーマ:「資格制度の方向性をさぐる」。会場:中国新聞社・平和記念会館(広島市)。参加者約600人。2日目の8分科会の一つに「原爆被害者問題」(このテーマの分科会が設けられたのは初)。約50人が出席。長崎(友池敏雄・長崎原爆病院)と広島(山田寿美子・福島生協病院)から実践報告。午後1時から石田忠一橋大学教授の特別講演「ケースワーカーにおける生活史把握の意味」と分科会報告。

出典:「赤旗」1977年5月22日。

原爆と文学の会

原爆と文学の会

山口勇子=米、ハノイを爆撃。連日のニュースに目はくぎづけになる。でき得る限りの方法で、なにかをしなければ、といういら立つ思いの中から『原爆と文学』は生まれでた。
増岡敏和=今年の3月、山口勇子が東京に在住することになって、いきなりわたしのところに電話がかかってきた。そして文学における原爆のたたかいをすすめる話になり、『原爆と文学』を創刊する話に発展した。
出典:「あとがき」(機関誌『原爆と文学』創刊号1972年07月25日刊)

『原爆と文学』

発行年月日 備考
所蔵:G=広島原爆資料館、U=宇吹
01 1972/07/25 G、創刊号 U
02 1973/06/01 G
03 1974/06/15 G
04 1975/07/10 G、U
05 1977/08/01 G
06 1995/03/01 G、U、1995年版
07 1996/02/27 G、U
08 1997/03/01 G、U
09 1998/03/01 G
10 1999/03/01 G、U
11 2000/03/01 G、U
12 2001/03/01 G、U
13 2002/03/01 G
14 2003/03/01 G
15 2004/03/01 G、U
16 2005/03/01 G
17 2006/03/01 G
18 2007/03/01 G、2007年版

 

 

ヒバクシャ-ともに生きる第32号

『ヒバクシャ-ともに生きる第33号』原爆被害者相談員の会、20150806

目次

栗原淑江 今、「自分史」を書くということ~被爆70年をふりかえって~
1.はじめに―「被爆者の自分史」の20年
「自分史つうしん ヒバクシャ」を20年間240か月、240号(2013年1月)まで発行。のべ940編、実数は、被爆者95人、二世・三世10人、支援者66人。

 

 

ヒバクシャ-ともに生きる第33号

『ヒバクシャ-ともに生きる第33号』原爆被害者相談員の会、20160806

目次

三村正弘  巻頭言
田村和之 最高裁で勝訴-在韓被爆者医療費裁判~最高裁判決の意味、残された課題~
高東征二 「黒い雨」地域拡大の運動に参加して
望月照己 世界遺産・原爆ドームの近くにかき船は、いらない!
渡邊美和 原発事故から五年四ヵ月~福島原発ひろしま訴訟~
山地恭子 在韓被爆者渡日治療広島委員会活動終了の節目に
村田 朱 12・11基本懇意見書にこだわる被爆者問題講演会の報告
村上須賀子 「被爆体験の継承~ヒロシマMSWの生活史から~」

 

ヒバクシャ-ともに生きる第34号

『ヒバクシャ-ともに生きる第34号』原爆被害者相談員の会、20170806

目次

三村正弘 巻頭言
山下正寿 ビキニ事件を検証する
古寺愛子 原爆症認定申請を支援して
中野陽子 長崎原爆学級について
宇田茂樹 長崎原爆・被爆稲を育てて感じていること
渡辺淳子 “究極の偶然”リオオリンピック1分間の黙祷を目指して
古寺愛子 第35回 8・6原爆被害者証言のつどい報告
村田 朱 12・11被爆者問題講演会の報告
直野章子 講演録「被爆者を引き受ける―七一年目の広島で」
三村正弘 福島第一原発被災地の視察と交流・研修(概要)
中村有紀子 貧困研究会 第九回研究大会 シンポジウム報告
山地恭子 福島に生きるソーシャルワーカー~被災者として~
望月みはる 福島、原発避難区域の現地調査
三村正弘 浜通り医療生協組織部訪問
古寺愛子 『生きる』5集出版記念パーティー

 

ヒバクシャ-ともに生きる第5号

『ヒバクシャ-ともに生きる第5号』原爆被害者相談員の会、19861211

目次

 鈴木 勉 はじめに
第二回・平和的生存のためのボランティア講座
被団協調査
 原爆被害者相談員の会事務局 日本被団協調査のとりくみをふりかえって
証言活動
  久保浦寛人 証言のつどい五年の歩みから
一九八六年度証言活動一覧
活動報告
 広瀬 勝 原爆遺跡めぐりに参加して
 加藤礼子 中国を訪問して